琵琶湖を臨む古びた温泉旅館に、一人の小柄な老人が逗留していた。
「パラジウムめの薦めで天海大僧正に付いたは良いが、あの御仁もそろそろ落ち目じゃ。泥船に最後まで縋るのは阿呆のすることよ」
露天風呂の湯船に浸かりながら、齢80を超えるだろうその老人は、年に似合わぬ鋭い目つきで、虚空を睨んでいる。
「さて、安土城怪人めとどう繋ぎをとるべきか……」
老人は、白髭を蓄えた顎を撫で、考え込んだ。その時。
「悩む必要はありませんよ、ご老体」
脱衣場から露天風呂へと続くドアが蹴破られる乱暴な音と、穏やかな声音がほぼ同時に響き渡った。
現れたのは、浅黄色の羽織を纏った、狼頭の獣人が如き姿。その異形に、温泉にいた湯治客達から悲鳴が上がる。
「お迎えに上がりました、ロード・タケゾウ殿。あなたの取り得る道は二つ。このまま私と共に天海様の元へ帰るか、それとも畏れと成り果てて天海様の元へ帰るか、です」
「討手か! じゃが、儂の命、そう易々と獲れると思うな!」
風呂から上がった老人の身体が、見る見る青き装甲のようなものに覆われていく。
「その言葉、その行為、どうやら後者がお望みとお見受けします。是非も無し、と言ったところでしょうか」
狼頭の男が、腰に差していた日本刀を抜いた。
数合の打ち合い。
力の差は、圧倒的だった。
「法度に背きし罪にて、誅殺致します」
突き出された刀が、タケゾウの纏う青い装甲を易々と貫通する。タケゾウの身体は、そのまま白い炎に焼かれ……そして、命尽きたはずのその身に、畏れが宿る。
再び動き出したタケゾウを見て、狼頭の男は満足そうに頷いた。
「嗚呼、サイキックアブソーバーの声が聞こえる……。小牧長久手の戦いで敗北した天海大僧正の勢力が、瓦解を始めていると」
集まった灼滅者達に、神堂・妖(目隠れエクスブレイン・dn0137)は陰気な声でそう告げた。
「……天海大僧正不利と見た末端のダークネス達が、安土城怪人への寝返りを画策してる。これを防ぐために、天海大僧正は配下のスサノオ壬生狼組に出動を命じたみたい」
「スサノオずらか!?」
反応したのは、スサノオを宿敵に持つ人狼の叢雲・ねね子(中学生人狼・dn0200)だ。
「……スサノオ壬生狼組は、ダークネスだけでなく周囲の一般人も斬り殺す血に飢えたダークネス。このままでは宿に逗留する多くの一般人も斬り殺されてしまう。……だから、今回はこのスサノオを撃退して、旅館の人達を救って欲しい」
スサノオ壬生狼組のスサノオは、人狼と日本刀のサイキックを使用してくるという。
「……その力は、同じダークネスであるデモノイドロードのロード・タケゾウを圧倒するほど。十分注意して」
「言われるまでもないずら。スサノオ相手に、油断なんかしないんだべ」
いつになく真剣なねね子に頷きかけると、妖は先を続けた。
「スサノオに接触できるのは、スサノオが踏み込んできた直後か、ロード・タケゾウを倒した直後。……もし踏み込んできた直後に戦闘をしかけた場合、タケゾウはこれ幸いと逃走してしまう。……タケゾウを倒した直後なら、逃げられることはないけど、タケゾウはスサノオ配下の畏れとして戦闘に加わってくる」
つまり、踏み込んだ直後に戦闘をしかけると、戦闘自体は楽になるが安土城怪人の勢力が増強されてしまう恐れがあるということだ。
「……どちらの方針をとるか、良く相談して決めて」
「了解ずら。スサノオは絶対に許さないんだべ!」
息巻くねね子を、妖が落ち着かせる。
「……スサノオ壬生狼組は強敵だけど、旅館の人達を守るため、力を尽くして欲しい」
妖の言葉に、灼滅者達は一斉に頷くのだった。
参加者 | |
---|---|
九条・雷(アキレス・d01046) |
神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756) |
高村・圭司(いつもニホンオオカミ・d06113) |
エリスフィール・クロイツェル(蒼刃遣い・d17852) |
黒揚羽・柘榴(魔導の蝶は闇を滅する・d25134) |
梢・藍花(影踏みルーブ・d28367) |
藤原・漣(とシエロ・d28511) |
押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336) |
●白炎
スサノオの刀が、ロード・タケゾウを貫いた。
その刃から発した白い炎がタケゾウを包み込み、そして、
「ク、カカカカ」
確かに息絶えたはずのタケゾウの体が、糸に引かれた操り人形のように、再度動き始める。
その様を見てスサノオは満足そうに頷き――、
「やァねェ、面白いことしてくれんじゃない」
そこに飛び込んできた九条・雷(アキレス・d01046)の雷光を纏ったアッパーが、タケゾウの体を宙高く舞い上げた。
「おや?」
スサノオが思わぬ乱入者に身構える間にも、
「ダークネスに断罪を!」
黒揚羽・柘榴(魔導の蝶は闇を滅する・d25134)の纏った帯が刃のように伸びて、中空のタケゾウを刺し貫いていく。
「どうやら灼滅者とお見受けしますが、私の任務の邪魔をしないで頂きたいものですね」
スサノオが、嘆息と共に無造作に日本刀を一閃させた。たちまち、放たれた衝撃波が温泉の湯船を波立て、風呂桶や椅子を吹き飛ばしていく。逃げ遅れていた温泉客達から悲鳴が上がるが、
「折角の温泉宿で血の雨降らせるとか、そんな惨劇絶対阻止するっす!」
押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)と霊犬の円が温泉客達の前に立ちはだかり、衝撃波から彼らを守る。
「悪いが、そこまでだ。共食いなら、人間に関わりない所でお願いする」
同じく温泉客を庇っていたエリスフィール・クロイツェル(蒼刃遣い・d17852)が、跳び蹴りをタケゾウの脳天に炸裂させた。
「仰るとおり、此度はあくまで身内の問題。手出し口出しは無用に願いたいものですね」
穏やかな口調とは裏腹に、スサノオの剣捌きは鋭い。まとわりつくビハインドのシルヴァリアに、畏れを纏った刀身による連続した突きを繰り出していく。
「身内のケンカなら、とばっちりで周りに迷惑かけるの、やめてほしいっすよ」
仲間達がスサノオとロード・タケゾウの相手をしている間に、藤原・漣(とシエロ・d28511)が温泉客の避難誘導を開始した。
「みんな、こっちだべ! はやく逃げるずら!」
更衣室へと続くドアの前に陣取った叢雲・ねね子(中学生人狼・dn0200)も、避難を手伝い始める。
「なるほど。慈眼衆の皆さんから伺っていましたが、武蔵坂の灼滅者というものは人命を優先して行動する傾向があるようですね」
スサノオが逃げる温泉客に目を向けるが、避難経路を塞ぐように位置取った神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756)のために、視界が通らない。
(「スサノオは当然として、最近勢いを増している安土城怪人の勢力を増させない為にも此処でタケゾウも逃す訳には行かない。両者討たせて貰おうか」)
煉は、絶えず避難経路を塞ぐように立ち回りつつも、手にした解体ナイフでタケゾウの装甲の間隙に複雑な傷を刻み付けていく。
「スサノオ壬生狼組か。会ってみたいと思っていたのだ。うむ」
高村・圭司(いつもニホンオオカミ・d06113)は、全身から立ち昇る白い炎で方陣を展開させていった。その方陣は、前衛で戦う仲間達に、スサノオの畏れの力を打ち消す力を与えていく。
「タケゾウ殿。いつまでやられっぱなしでいるのですか? 少しは役に立って頂きたいものです」
スサノオの言葉に反応し、防戦一方だったタケゾウの腕が砲塔に変形し、そこからどす黒い光線が発射された。狙われたのは雷だったが、そこへ割って入った霊犬の護郎丸が代わりに光線を受け止める。その隙に、タケゾウに斬りつけたのは梢・藍花(影踏みルーブ・d28367)だ。藍花はタケゾウごと、彼が纏っている畏れを影の刃で切り裂こうとするが、
「……やっぱり、無理……かな」
タケゾウの体に傷を付けることは出来ても、畏れを払うことは出来なかった。
「一度刃を交えた以上、敵に背を向ける事は法度に反します。すみませんが、ここで全員死んで頂きます」
穏やかな声で、だが裏腹に物騒なことを語るスサノオ。戦いは、こうして始まった。
●避難
「皆さん危ないです! 早くこっちに来てください! ついてくるのです!」
風呂場から逃げる人々を、仮夢乃・聖也が漣やねね子と手分けして誘導していく。
「……焦っても仕方がない。今はやれる事をやらなくては」
志賀野・友衛は、人狼としてスサノオの存在を気にしつつも、まずは避難に手を貸すことに専念していた。今も、足がすくんで動けなくなっていた男の子を抱えて走っている。
「周囲に被害が出なければ共倒れして貰っても構わないと思うけどね」
四月一日・いろはも、足を怪我したらしい老人を背負って避難する人々に続いていた。
「おいおい、何が起きてるんだ?」
温泉で騒ぎが起こっていることを知らないらしい湯治客には、
「危ないっす! 今風呂場では、刃物を持った暴漢が暴れてるっすよ!」
漣がもっともらしい説明をして、風呂に近づかないように促していく。
「さて、面倒事はこっちで引き受けとくかね」
九凰院・紅も、プラチナチケットの効果で旅館関係者を装って避難を手伝っていた。
彼らのサポートで、程なく一般人の避難は滞りなく完了したのだった。
●天誅
「天海様の御為にも、この場で滅殺させていただきます!」
唐竹割に振り下ろされたスサノオの刃が、柘榴を真っ二つに叩ききろうとする。だがそこへ、ビハインドのそーやくんが割って入り、かろうじて刀の軌道を逸らした。
「そーやくん、ありがとう……。でも……スサノオの攻撃……まともに受けちゃだめ、だよ。倒れないこと、一番大事……だから……ね」
藍花は自らのビハインドにそう語りかけながらも、畏れの力でタケゾウに対抗していく。
「まったく、随分躾の行き届いた狼さんだこと。壬生狼組って聞いてもうちょい荒々しいのを想像してたのに。もしかして実は、ちょっとお偉いさんだったり?」
雷が、タケゾウに炎を纏った蹴りを叩きつけつつ、スサノオに言葉を投げかけた。
「この場で死に行く相手に、お答えしても意味のないこと。タケゾウ殿、いつまで手間取っているのです?」
「クカカカッ!」
スサノオの号令に、タケゾウは左腕の装甲を刃の形に展開し、柘榴に斬りかかっていく。だがその攻撃も、飛び込んできた霊犬の円が身代わりに受け止めていた。毛皮を切り裂かれた円を、ナノナノのシエロが必死に癒していく。
さらに、
「みんな、おまたせっす!」
「おら達も参戦するずら!」
避難誘導を終えた漣とねね子も駆けつけ、タケゾウへの攻撃に加わった。
「成る程、質より量といったところでしょうか。集団戦は本来、私達壬生狼組の得意とするところなのですが」
スサノオが嘆息する間にも、灼滅者達の攻め手は止まらない。
「お前達の得意な戦法など、どうでもよい」
エリスフィールのサイキックソードの斬撃が、
「この張り手、耐えられるっすか」
ハリマの縛霊手を用いた張り手が、
「燃え尽きてもらうぞ」
煉の炎を纏った蹴撃が、
「タケゾウさん、そいつ、元々敵っすよ。これで思い出すっす」
そして漣の放った導眠符が、スサノオを守るタケゾウに連続してヒットしていく。思わずタケゾウがよろめいたのを見て、スサノオが一歩前へと出た。
「烏合の衆相手であれば、こちらの技の方がよさそうですね」
そして、素早く日本刀を一閃。斬撃と共に放たれた衝撃波が、前衛に立つ灼滅者達を吹き飛ばしていく。
だが、柘榴は魔力で出来た蝶の羽を展開して衝撃波を耐え抜くと、マテリアルロッドを構えてスサノオに飛び込んでいった。
「ク、カカカ!」
スサノオをかばわんとタケゾウがその身を割り込ませるが、柘榴の狙いは端からタケゾウの撃破。
「魔力集中……弾け飛べ! フォースブレイク!!」
五芒星の形に収束した魔力が爆発し、タケゾウに炸裂する。これまでの戦いで傷ついていたタケゾウの青い装甲が砕け散り、年老いたタケゾウの体は爆発に耐えきれず、バラバラに吹き飛んでいった。
「形成逆転だな、うむ」
ナノナノのシエロと手分けして前衛の傷を癒していた圭司の言葉に、しかしスサノオは大して動じた様子も見せない。
「これで勝ったつもりでいるのでしたら、とんだ思い違いというものです」
スサノオの全身から、白い炎が吹き上がる。それは、彼が本気を出した、その証だった。
●斬撃
「斬っ!」
スサノオの放った居合い斬りが、雷を切り裂く。咄嗟に飛び退いて致命傷こそ避けたものの、傷は決して浅くない。だが、雷の顔に浮かぶのは、苦悶ではなく愉悦の表情。
「あはは! 良いねェ壬生狼! 滾らせてくれるじゃない! 刀って好きよ、切られる感触ってゾクゾクする。最後まで楽しく遊んでくれなきゃやァよ」
そしてカウンター気味に放たれた手刀が、スサノオの萌葱色の羽織を切り裂いた。その攻撃に続いて、ハリマがスサノオににじり寄り、組み付く。
「これがあんた達の士道っすか? 百年ちょっと前から全く変わってないってことっすか」
「変わらぬからこそ価値のあるものが分からないとは、所詮は短い時しか生きられない人間風情ですね」
密着されて刀は使えないと判断したスサノオは、右腕の鋭い爪でハリマの背中を引き裂いた。そして、苦痛でわずかにハリマの力が弱まった隙をついて彼を振り解く。
「貴様らの士道など知った事では無いな。私達には関係無い」
だがその隙に、背後に回り込んでいたエリスフィールが動いた。
「シルヴァリア……もう少し一緒に、頑張って」
咄嗟に抜き打ちで放たれた斬撃をビハインドのシルヴァリアが受け止め、その間にエリスフィールの超低空の跳び蹴りが、スサノオの足に炸裂する。
そして、スサノオが体勢を崩したのを見て取った柘榴が、素早くスサノオに肉薄していった。
「守護を引き裂き切り刻め! ティアーズリッパー!!」
切り裂かれたスサノオの白い体毛が乱れ散り、
「どうした、剣が乱れているぞ」
追い打ちとばかりに、煉がスサノオの傷を更に解体ナイフで押し広げていった。
「くっ! しかし、壬生狼組に撤退の二文字はありません」
スサノオの傷口から白い炎が吹き上がり、見る見る傷口を塞いでいく。だが、
「完全に癒し切れたわけではないようだな。うむ」
ハリマの背中の傷を癒していた圭司は、スサノオの回復が完全ではないことを見抜いていた。
「貴重な手番を回復にまわしたって事は、もしかして相当追い込まれてるっすか?」
漣がローラーダッシュでスサノオに急接近すると、摩擦熱を炎に変えて蹴りを放つ。スサノオの毛皮が、白い炎ではなく赤い炎に包まれていき。
「灼滅者の力がこれほどとは……。天海様の脅威になる前に排除しなければいけませんね」
それでも、スサノオの闘志は衰えた様子を見せない。戦況をひっくり返すべく、スサノオは衝撃波を放つ構えを取る。が、
「この前の……人より、お喋り……だね。……口の固さは変わらない、かな?」
壬生狼組と戦った経験のある藍花が、素早く制約の弾丸を撃ち放っていた。魔法弾は衝撃波が放たれるよりも速くスサノオの右腕に着弾し、技の発動を妨げる。
「今だベ!」
その一瞬に、飛び込んだねね子が狼の爪でスサノオの胸を切り裂き、そして、
「ほらほらどうした、あたしはまだ死んじゃいないよ。その刀で掻っ捌いてみなァ!」
雷が、青い稲妻を纏った拳を、スサノオ目掛けて放った。スサノオは咄嗟に日本刀を突き出し雷の腹部を突き刺すが、雷は止まらない。拳が、スサノオの狼頭を捉え、そしてそのままその頭部を粉々に吹き飛ばした。
「……!!」
断末魔すら発することも出来ず。残されたスサノオの体は、うつむけに倒れ伏したのだった。
●温泉
「……左様なら、ね?」
スサノオの体が白い炎に包まれて消えていくのを、藍花はそっと見守っていた。
「終わったようだな。ならばせっかくの温泉旅館なんだ。皆で浸からないだろうか? うむ」
スサノオが完全に消えたのを見計らって、いつの間にか狼の姿になった圭司がそう提案する。
「悪いけどあたしは先に帰るわ」
周囲を警戒していた雷は素っ気なく誘いを蹴ったが、こんなこともあろうかと水着を用意してきていた煉やエリスフィールはすっかり乗り気で。特に煉などは他のメンバー用の水着まで用意してきていたほどだ。
「そーいうことなら、オレも入ってくっすよ。女性陣の水着が楽しみっす」
学園指定の水着を受け取りながら、はやくも鼻の下を伸ばす漣。
「ところで圭司。狼の姿のまま温泉に浸かるというのなら……少しそのもふもふを楽しませて貰えないか?」
「え? それは、うむ。うむむ……」
煉のお願いにとまどいの様子を見せる圭司。
そうして彼らは、水着に着替えるべく更衣室へと消えていったのだった。
作者:J九郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年7月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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