その魂は犬か? 狼か?

    作者:叶エイジャ

     今宵は満月。しかし墨のような雲がかかり、かげっていく。
     砂利の敷き詰められた庭も、闇にのまれていった。
    「望月も欠けたねぇ……天海の爺様ももう終わりさ」
     琵琶湖の近く、武家屋敷然とした宿の一室。キセルを手にした羅刹の女は縁側の柱に身を預けていた。腰まで届く黒髪を横で束ね、着物には墨染めの地に桜が舞い散る。女は桜をだらしなく歪ませていた。裾から見える足は腿まで覗け、うなじと同じ薄雪が墨地を彩る。
    「泥船に乗って共倒れなんて、御免だね」
    「では、安土城に……」
     尋ねたのは、傍に控える強化一般人の配下。羅刹が笑みを浮かべる。
    「どうせこのままでも末端で犬死に。なら勝ち馬に恩を売った方がマシってもんさ。問題は繋ぎかねぇ――」
    「繋ぎなら、問題はない」
     声は、斬撃の前触れだった。
     襖を剪断し、室内に入ってきた襲撃者が二ノ太刀を放つ。それは配下の首を斬り飛ばし、羅刹の抜いた刀と火花を散らし、女の身体を庭へと弾き飛ばした。
    「俺が繋ぎになってやろう。地獄と、だがな」
     現れたのは狼のヒトガタだった。青を基調とした羽織は、新撰組のそれと似ている。
    「壬生狼組のスサノオ……」
     女の顔が色をなくし、ついで怒りに染まっていった。
    「ジジイめ、これがテメエのやり方かよ!」
    「吠えてろ、野良犬風情が。主を裏切り脱走とは……士道不覚悟!」
    「ハッ、忠犬気取りの狼とは笑わせるねぇ。死にさらせや!」
     羅刹が刀を納める。微かな月光に煌めくのは鋼糸の輝きだ。鋼糸はスサノオの身体を貫き、体勢の崩れたそこへ女の居合切りが放たれた。
    「……っ!?」
     刹那、舞ったのは切断された鋼糸と羅刹の血潮であった。倒れた女はもはや痙攣するばかりで、その背に赤い華を咲かせていく。
    「犬の刃に、魂は宿らぬ」
     一刀の元、相手を斬り伏せたスサノオが庭から宿を見上げる。
     その頃には、戦闘の音を聞いた他の宿泊客が騒ぎ出していた。庭の惨劇を見て、悲鳴を上げる者もいた。
    「……」
     スサノオが宿の中へと戻っていく。得物は手に提げたまま。
     刀はまだ血を求めていた。
    「お前も来るがいい」
     歩み行くスサノオから畏れが放たれ、羅刹にまとわりつく。
     宿に犠牲者の悲鳴が満ちたころ、虫の息だった女は立ち上がり……スサノオの配下となって主のあとを追った。

    「天海大僧正の勢力で動きがあったみたいだよ」
     天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)はそう言って、説明を始めた。
     小牧長久手での敗北により、末端のダークネスに離反の動きがあるらしい。天海大僧正は陣営の瓦解を防ぐため、配下のスサノオを派遣し、問題を解決するようだ。
    「派遣されるのは新選組のような衣装の、刀を装備した剣士のスサノオだよっ。隊名はスサノオ壬生狼組っていうみたい」
     このスサノオたちに倒された造反ダークネスは、彼らの配下に作り替えられてしまう。
    「寝返ろうとするダークネスを助ける必要はないんだけどね……スサノオ壬生狼組って凶暴で、そのあと周囲の一般人も斬り殺すみたい」
     まさに血に飢えた狼。強力な敵であるが、一般人の虐殺を看過することはできない。
    「みんなには、このスサノオの撃退をお願いしたいんだっ」
     カノンが言うにはこのスサノオ、人狼のサイキックに加え無敵斬艦刀のサイキックを使うようだ。その戦闘能力は侮れない。
     スサノオが一般人を襲うのは、羅刹との戦闘の後になる。襲う理由は不明だが、戦闘が終わるまでに手出しはしないようなので、一般人の避難はあまり考えなくてよいだろう。
    「問題は仕掛けるタイミングかも。スサノオが踏み込んできた直後か、羅刹が倒された直後になるんだけど……」
     前者の場合、羅刹は渡りに船と戦場から撤退する。その場合、安土城怪人の勢力が増強されてしまうだろう。
     後者の場合は、逃走こそしないが、スサノオ配下のダークネスとして戦闘に加わる。先の状態に比べて戦闘の激化は必須だ。
     女羅刹の名は珠音。日本刀と鋼糸のサイキックを使う。
     一旗上げようと天海大僧正側につき、今に至ったようだ。
     
    「どちらの方針をとるかは、みんなに任せるよ。一番は、無事に帰ってくることだからね!」


    参加者
    東雲・由宇(終油の秘蹟・d01218)
    柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)
    伊勢・雪緒(待雪想・d06823)
    咬山・千尋(高校生ダンピール・d07814)
    桐ヶ谷・十重(赤い本・d13274)
    瀬川・蓮(悠々自適に暗中模索中・d21742)
    糸木乃・仙(蜃景・d22759)
    鳴海・歩実(人好き一匹狼・d28296)

    ■リプレイ


     最初は霞のような薄い雲だった。それが幾重も月を覆い、闇を広げる。
    「夜の宿ってドキドキしますね」
     暗くなった庭の奥、瀬川・蓮(悠々自適に暗中模索中・d21742)は呟いた。夜も更け、宿は静かだ。耳をすませば遠くから、湖の波音が聞こえてくる。虫の鳴き声に、霊犬のルーも耳を傾けていた。鳴海・歩実(人好き一匹狼・d28296)は蓮の言葉に、微かに口元を緩ませる。
     隠れるという行動自体は、なんだかドキドキして楽しい。
    「小説や物語なら、ロケーションは完璧ですね……ちょっと不謹慎かな?」
    「あ、でも、わかります。怪談の季節でもありますし……」
     おまけに血みどろ――さすがに蓮はそれを口にしなかった。草木の影から宿をうかがう。歩実も視線を宿へ。その先には女羅刹がいた。今のところ動きはない。
    「これからの戦闘はちょっと怖い、ですね」
     そう言った歩実に蓮が頷く。
    「緊張しますね」
     灼滅者たちが狙うは、スサノオと羅刹の同時撃破。
     予知された『その時』はもうすぐだった。

    「沈む船から、逃げるネズミさん……を、狩りに来たのは、浅黄色の、衣を着た狼さん」
     別の場所では、伊勢・雪緒(待雪想・d06823)が「ふむー」と考え込む。声にはもふすきー的な響きがあ。霊犬の八風が「集中してー」という様子で、肉球でぺしぺししていた。
    「犬だろうと狼だろうと、敵なら灼滅するのみってね」
     東雲・由宇(終油の秘蹟・d01218)の明快な声に、柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)も首肯した。
    「そういうこった。ま、みんなは俺とガゼルがきっちり守ってみせるぜ」
     今宵は彼が最年長にして唯一の男性陣。ならば漢を見せる機会でもあった。スタイリッシュな灰色のスーツでばっちりキメた高明は、油断なく羅刹の女へと目を向けた。珠音という羅刹は着物をだらしなく着ていた。はだける胸元も、のぞく腿も、甚だけしからぬ。高明は今宵愛用のライフルの、スコープを持ってこなかったことを悔やんだ。せめて双眼鏡が欲しかった。もちろん敵状をつぶさに観察するためである。
     くつろいでいた珠音が表情を変えた。床に置いた刀をとるのと同時、室内にスサノオが入ってくる。首を失った強化一般人の胴から血がほとばしり、室内を赤く染めていく。
     庭に下りた壬生狼組と羅刹が対峙した。
    「舞台立てといいダークネスの衣装といい、幕末ぽいよね」
     でも、と糸木乃・仙(蜃景・d22759)は言葉を紡いだ。彼女なりに一瞬、当時の何かに惹かれたのかもしれない。しかしどこかぼんやりとした表情で、言葉にしなかったそれを切り捨てる。
    「現代の方が生き易くていいや」
     そう言った仙が歩き出した時には、ダークネスの勝負は決していた。斬られた羅刹が倒れる。
    「斬りこませてもらうよ」
     咬山・千尋(高校生ダンピール・d07814)が闇に乗じて駆けた。千尋の足が大地を強く蹴ったと同時に、桐ヶ谷・十重(赤い本・d13274)はどこか暢気さを含む、淡々とした声を出した。
    「これも忠義なのですかねえ」
     声はあえて小さくしていない。宿へ向きかけたスサノオが止まった。そこで接近する千尋へ気付くも、動作に滑らかさはない。
    「隙あり!」
     白光の斬撃が闇を切り裂いた。


     千尋の力任せの一撃がスサノオを大きく後退させる。ダークネスが地面を踏みしめるより早く、仙が帯を放ち、雪緒が制約の魔弾を放った。その間に由宇がESPで音を遮断していく。
     雲間から月が現れ、庭に光を満たした。
    「……灼滅者か」
     刃の軌跡が光を散らす。スサノオは帯を断ち切ると腕を掲げ、魔法弾を受け止めた。向けられた獰猛な視線に雪緒が息をのむ。 
    「もふもふ狼さん、お顔がとっても怖いのです……」
    「そこの女を狙っていたか?」
     羅刹を示し、問うスサノオ。その身体から『畏れ』が溢れ出し、珠音にまとわりつく。
    「そちらの事情はどうでもいいし、興味もない」
     歩実が答え、指輪を掲げる。そこに魔力が宿った。
    「この後一般人も殺すつもりだろう。それは見過ごせないし、許せない。ここで阻止させてもらおう」
     制約の弾丸を放たれ、剣士の刃がそれを両断する。
    「なるほどな」
    「ダークネス同士の殺し合いならいざ知らず、だがな。それにしても裏切り者の粛清とは穏やかじゃないぜ?」
    「それに、天海僧正はこういうこと、OKなんですかね?」
     高明、そして蓮が言った。スサノオが鼻面にしわを寄せ牙をむく。
     笑ったようだった。
    「愚問。我らが動くとはこういうことだ。お前たちの許す許さないも、知ったことではない」
    「なるほど」
     十重の頷きは納得ではなく、ああそういう考え方なのかといった調子だ。その手の蝋燭が燃えあがれば、揺らめく赤は幾つもの華と化し、火球と化す。
     夜が赤に染まった。音を遮断していても、羅刹との戦闘音で目覚めていた者は何事かと顔を出す。
    「迷惑なだけだね」
     仙が拳を作り、小指を立てる。
    「指切拳万――昔は本当に小指の先を切ったらしいね。貰った後で不義理をすると、音が鳴るんだよ……指の容れ物から。コツ、コツ、コツ……って。安易な約束はするもんじゃないね」
     百物語が発動し、宿へと広がっていく。影響を受けた一般人に十重が「遠くに逃げてくださいね、さあ早く!」と声を掛けていった。仙がその光景を尻目に言葉を結ぶ。
    「覚悟なんて人に強制するものじゃない。それ以前に、無意味な殺戮とか迷惑だよ。本当に」
    「まったくね。色々な勢力が裏でコソコソ……めんどくさいから全部ぶっ潰してあげる!」
     由宇がスサノオへ重力の蹴りを放った。同時に十重もスサノオの背後へ緋牡丹を投げ放つ。
    「問答する気はない。来るのなら、貴様らも斬り捨てるまで」
     挟撃に、スサノオは前へと進んだ。斬撃が由宇のエアシューズとぶつかり、彼女を弾く。
     同時に火球が、見えざる何かに断ち切られ爆散した。十重がその場を飛び退くと、刻まれた地面がパッと砂煙を上げる。
    「鋼糸です!」
     蓮の目が月光に煌めく糸を捉える。倒れた珠音が立ち上がったのはその時だった。
    「まるでゾンビだね」
     すかさず仙がドグマスパイクを撃ち込む。日本刀がその切っ先を跳ね上げた。
    『ひどい言いぐさじゃないか』
     虚ろな声で珠音がそう言い、灼滅者たちの後方へと跳躍する。スサノオと挟み撃ちになった形だ。狼が嗤う。

    「貴様らも地獄へ繋いでやろう」
     スサノオが低い青眼から踏み込んだ。苛烈な一閃は相手を捉えずとも、衝撃波と化して灼滅者たちに牙をむいた。巻き起こった風が触れれば、容易く肌が切り裂ける。スナイパーの雪緒と歩実が遠距離から迎撃するが、斬撃はそれ以上の数をもって襲ってくる。
    「回復を!」
     蓮が滞空リングを展開し、護り手を中心に援護を開始――しようとした瞬間、鋼糸がリングを弾いて襲って来た。
    『そうは問屋がおろさないよ』
     スサノオの配下となった羅刹が蓮やルーを狙い鋼糸を放つ。千尋が槍でそれを打ち払った。攻撃が途絶えたタイミングで雪緒が鬼神変で羅刹を殴り飛ばす。
    「スサノオに羅刹……どっちも強いね。でも、両方倒してみせる」
     細い黒槍を構え、千尋は羅刹へと向かう。鋼糸の対象が彼女に変わった。手数の増した糸に対応が遅れ、千尋の肩口から血が飛沫く。構わず投げた槍は空を貫き、続くギルティクロスは珠音を捉えるも、引き裂くには至らない。
     逆に、羅刹の刀は千尋の腿を切り裂いた。
    『あんたダンピールかい。命乞いでもすれば、鬼のよしみで助けてやらなくもないよ?』
     片膝ついた千尋を笑った珠音が、彼女の顔を見て止まる。
    『なんだい、その目は』
    「哀れだよね」
     立ち上がった千尋が再びサーベルに白光を灯す。
    「生き延びようとして、早死にして。運が悪いのか、見通しが甘いのか」
    『……死にたいようだね』
    「滅びるのはそーっちっ」
     上段からのフォースブレイクが、展開する鋼糸を吹き散らした。魔力の爆発に後退した珠音に、由宇が剣を突き付け、告げる。
    「あなた達もどっちにつくとかで色々大変なんだろうけどさ、もう心配しなくていいわよ。纏めて地獄に送ったげるから」
     そこまで言って、由宇は軽薄な笑みを浮かべた。
    「なんなら祈ってあげましょうか、三秒くらい」
    『喋るね小娘どもが。いっとう頭にきたよ』
     羅刹が鋼糸と刀を振るう。由宇が転がって避けた。後を追って庭の岩や木々が切り刻まれていく。怒れる珠音へと、仙は嘆息しつつ接近した。
    「怒るのはいいけど、こちらにまで八つ当たりはやめてほしいね」
    「糸木乃さんは、ゾンビと言ってしまってたような」
     十重はそう言いつつ、自らの影を動かす。月の光に浮かんだ影は突如膨張して伸び上がると、珠音へと向かって疾駆した。その幾つかは鋼糸や日本刀の一閃に断ち切られるも、珠音の身体に巻き付き、拘束する。
     そこへ魔杖に込められた力が爆発した。
    「……あれは言葉のあや」
     フォースブレイクで敵を吹き飛ばした仙が、小声で返した。

    「治癒完了です!」
    「ありがとう」
     蓮のヒールサイキックを受けた千尋が宣戦に戻った時には、珠音は滅びを迎えようとしていた。
    「ムカつくヤツは蹴っ飛ばすに限る!」
     由宇のスターゲイザーと羅刹の剣が交錯し……斬られた由宇がよろめく。
    『死ね、似非シスターが……ッ!』
     とどめを刺そうとした珠音の頭が、直下からの炎の蹴りに跳ね上げられた。
    「一発で終わりと思った? んな訳ないじゃん」
     サマーソルトの要領で蹴りを放った由宇が、血の気のない顔で笑う。
    『この……っ』
    「これで」
     鋼糸を十重の妖冷弾が撃ち落とし、影の刃が羅刹を穿つ。千尋のサーベルが白の軌跡を残して振り抜かれ……
    「終わりだよ」
     弧を描いての二撃目は、血のように赤い。
     紅蓮斬に滅ぶ敵を、灼滅者たちは最後まで見届けることはなかった。
     戦いはまだ終わってはいない。

    「はあっ!」
     歩実の放った闘気が、スサノオの姿を捉えた。
    「やるな、中々避けられぬ」
     敵の賛辞は、しかし余裕の表れだ。苦い顔をする歩実に、スサノオの剣士が肉薄する。
    「八風、鳴海さんを守るのです!」
     雪緒の声に鳴き声一つ、八風がスサノオの前に立ちふさがる。斬魔刀がスサノオの剣と噛み合うが、
    「その忠義は買うがな」
     瞬時に変化した斬撃の軌道が、八風を薙ぐ。
    「八風っ」
    「どだい、犬では狼に勝てぬ!」
     スサノオの呼気が爆発した。戦神の如き畏れが、その身体を一回り大きくしたようにも見せる。
     敵陣ごと斬り裂く斬撃に限界を超えた八風が消え、攻撃は後衛へと向かう。闇の契約を発動していた雪緒もその奔流に巻き込まれ……
    「impregnable!」
     直前、割り入った高明が障壁を展開。即席のシールドは砕け高明も傷を負うが、守護には成功する。
    「すみません!」
    「気にすんなって。雪緒ちゃんに怪我なんてさせたらアイツにどやされらぁ」
     雪緒を庇った高明は青い帯で負傷を塞ぎ、スサノオを見据える。笑みは崩さない。
    「一張羅が台無しじゃねぇか。高いんだぞコレ」
    「死出の衣装にはよかろう」
    「上等ッ」
     高明は敵の間合いに踏み入った。とたん、刃は死神の鎌となって出迎える。
     ――速ぇ!
     斬撃は瞬く暇もなく迫ってくる。高明は十字剣での迎撃を瞬時に諦め、体を低く落とした。頭上で弾かれた剣が舞った時には、スサノオの足へグラインドファイアを放っている。
     完璧なタイミングでの返し技を、しかし狼は軽く跳んでかわしていた。
    「無駄だ」
    「そうか?」
     高明が言った直後、ライドキャリバーのガゼルがスサノオへと体当たりした。
    「同じこと!」
     至近距離から銃弾を撃ち込むガゼルに刃が突き立つ。キャリバーが火花を散らして消滅した。
     転瞬、キャリバーの影に隠れて接近していた歩実に気づいたスサノオが瞠目する。
    「くらえっ!」
     歩実の畏れ斬りがスサノオの剣をかちあげた。足元から伸び上がった影を胴に叩き込む。よろめくスサノオへと、雪緒が薬指の指輪に口づけ、左手を向ける。
    「必ず帰るのです……力をください」
     想い人を思い浮かべ撃ち出した制約の弾丸が、スサノオに突き刺さった。スサノオの顔から獰猛さが消える。
    「――さすがにひやりとしたぞ」
     風が巻き起こった。
     森羅万象断が、歩実の前で振り抜かれる。
     とっさに彼女を突き飛ばした高明の背から、血潮が溢れ出した。
    「灼滅者といえども、中々歯応えがある」
     スサノオが剣を構える。支えられた高明が魂で意志を繋いで立ち上がり――そこへメディックの癒しが入った。
    「あの女も滅びたか」
    「ルーちゃん、カバーに入って」
     蓮が霊犬に指示を出す。高明の負傷は殺傷率が高く、治癒の効能が薄かった。雪緒と歩実、そして蓮自身も含む後衛も同様だ。
     スサノオの攻撃に回復が必要になり、羅刹の撃破に時間かかってしまったのが一因と言える。
    「お前たちの勝ち、と言えるだろうな」
     スサノオは突然、そんなことを言った。
    「もう宿に人はおらぬ。我は造反者を連れ帰れず、天海様に申し訳が立たぬ」
    「それでも、戦うつもりですか?」
     十重の問いに狼は牙をむく。
    「敵前逃亡こそ士道不覚悟。ここで死すとも、数人は道連れにしてやろう」
    「面倒な性格だね」
     仙が苦い顔で呟いた――戦闘に余力があるのは、彼女と十重くらいだ。
    「いいね、今夜はあたしも血が騒ぐんだ。思う存分斬り合おうよ」
     千尋がサーベルで斬りこんだ。交わった刃同士が火花を散らすが、千尋の足元がふらつく。力押しされそうになったそこに、由宇が神霊剣を放った。迎撃をすり抜けた斬撃はスサノオの精神を乱し、纏う力が弱くなる。
     しかし、形勢を逆転には至らなかった。
     畏れ斬りに千尋が意識を手放し、何度目かの森羅万象断に護り手候補の歩実たち後衛が戦闘不能になったところで、灼滅者たちは撤退を決めた。
    「常々思いますが、あなたがたの在りようはなんのでしょうねぇ」
    「闇に身を委ねてから問いを投げたらどうだ?」
     そう返す剣士に影と氷で目くらましを行い、十重たちは宿から離れた。ダークネスは追ってはこなかった――元より勝者でないことを、敵も知っている。
    「最低限のことはできた……けど、しこりが残った感じ」
     仙のその言葉は、月夜に重く沈んでいった。

    作者:叶エイジャ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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