輪島塗三羽烏、現る!

    作者:夕狩こあら

    「能登ふるさと博が今年もやってくる!」
    「昨今のパワーインフレに出遅れた我々も何か事を起こさねば!」
    「人が集まる今こそ、輪島塗を世に知らしめよう」
     カレンダーを見て志気を高めるは、北陸は石川県、輪島塗3人衆。彼等は自分達を『輪島塗三羽烏』と呼んでご当地PRに励むも、知名度は今ひとつない。
    「こう……一目で輪島塗と分かり、衆人の眼に焼き付く何かが……」
    「輪島塗タワーっていうのはどう?」
    「タワー?」
     多くの観光地でシンボルにされるタワー(電波塔)。その存在感が輪島塗にもあれば、いずれデートスポットや映画の聖地になるやもしれぬ。
     そして3人のご当地パワーを電波に乗せれば、人々を洗脳して世界征服も……。
    「よし、タワーに決定!」
    「全て輪島塗で作ろう!」
     そうと決まれば、彼等の行動は迅速で、
    「輪島塗で世界征服♪ 巨大なタワーで世界征服♪」
     三羽烏はいそいそと道具を担ぐと、輪島マリンタウンへと向かった。
     
    「既に建造が始まっているようですね」
    「イベント当日に洗脳電波の試験運転が始まるッス!」
     彼等のブログに掲載されていた『輪島塗タワー完成予定図』を一同に差し出した日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)は、この危機にあっても気品ある麗顔を崩さぬアンジェリカ・トライアングル(天使の楽器・d17143)に頼もしさを感じつつ、そのまま説明を続けた。
    「輪島塗三羽烏は、能登ふるさと博に人が集まる好機に付け入り、シンボルタワーを建てようと黙々働いてるンす。イベント会場で彼等のご当地パワーが注入された電波を浴びれば、人々は輪島塗の狂信者と化して街を徘徊するんス」
     勿論、そんな悪事は灼滅者が許さない。
    「アンジェリカの姉御らには、輪島マリンタウンに行って、タワーの破壊と三羽烏の灼滅をお願いしたいんス!」
     タワーは彼等のサイキックでしか破壊できない。己の出番を知った灼滅者達は、ノビルの声に強く頷いた。
    「輪島塗三羽烏は、茶托怪人、打出小槌怪人、携帯端末カバー怪人の3体。3者共通して放つご当地ビームに合わせ、各々の推しアイテムを武器として攻撃を仕掛けて来るッス」
     戦闘時のポジションはそれぞれ、ディフェンダー、クラッシャー、スナイパー。彼等の武器は、灼滅者が使用するWOKシールド、ロケットハンマー、手裏剣甲と同じだ。
     三羽烏はその名が示す通り団結力があり、奴等の結束を妨害するのは難しいものの、1人を灼滅してしまえば動揺は増す。まずは1体の灼滅を目標にして欲しい。
    「最大の懸念は、3者1体となって放つ『輪島塗電波ビーム』ッス! タワーは未完成でも、ここにビームを集めて放たれると大ダメージを被るんで、塔の破壊は早めが肝ッスね」
     怪人との戦闘に加え、塔の破壊もある。作戦は困難だが、攻略の道がない訳ではない。
    「奴等は迸る愛ゆえに輪島塗トークに飢えてるんス。話しかけると確実に反応して手を止めるんスよ」
     弱点見たりと微笑した灼滅者らは、闘志を露わに席を立つと、
    「塔の破壊と、3体を相手取る闘い――難しい任務ッスけど、自分は兄貴と姉御らを信じてるッス!」
     ノビルの敬礼を受け取って教室を出た。


    参加者
    守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)
    冴凪・翼(猛虎添翼・d05699)
    黒蜜・あんず(帯広のシャルロッテ・d09362)
    犬蓼・蕨(犬視狼歩の妖異幻怪・d09580)
    柾・菊乃(鬼薊姫命・d12039)
    土岐・佐那子(夜鴉・d13371)
    アンジェリカ・トライアングル(天使の楽器・d17143)
    荒覇・竜鬼(鏖龍・d29121)

    ■リプレイ


     陽に暖められた潮風が夏の近付きを感じさせる、心地良い午後だった。
     輪島塗三羽烏は、今日も今日とて『輪島塗タワー』を囲みながら、黙々と作業の手を進めている。数日もすれば、塔は漆黒の煌きを蒼穹に突き出し、毒電波を発して人々を洗脳する筈だった。
    「なぁ、それって輪島塗?」
    「ん?」
     度を過ぎたゆるキャラとして見る事すら憚られた3怪人に、語尾を疑問符で持ち上げた若々しい声が掛かる。
    「兄ちゃん、輪島塗に興味あるんけ?」
     振り向く怪人らに頷きを返したのは、冴凪・翼(猛虎添翼・d05699)――灼滅者の1人。
     束ねた黒髪を湊風に遊ばせながら歩み寄った彼女は、吃驚のうちに塔の高さを見上げると同時、傍らで鈴を振るような声を響かせたアンジェリカ・トライアングル(天使の楽器・d17143)の言を聞く。
    「流石は世界に誇る巧の技」
     格式高い佇まいと、制作中の塔の出来栄えを眺めた彼女は、彼等を引き付けるように更に言を重ねた。
    「輪島塗と言えば丈夫さが知られていますが、美しさも他に劣りません」
    「その通り!」
     金糸の髪を項に流して塔を巡る彼女に、嬉々と相槌を打って随う3怪人。同じく塔をまじまじと見ていた翼が、陰ながら内部に『ご当地パワー増幅器』を発見した事にも気付かず、輪島塗トークに盛り上がる。
    「木地の繊細な造形、漆の鮮やかな発色、施される蒔絵の金の輝き……。
     皆様はどれが一番の自慢ですか?」
    「それは勿論――!」
     アンジェリカの質問に、各々が武器ともなる『推し輪島塗』を取り出そうとした瞬刻、懐へと手が隠れた隙を狙って鋭刃が碧空を裂いた。
    「なっ……何!?」
    「ッ、塔が!」
     爆風と轟音が天地を揺るがし、破損した塔の欠片と粉塵が頭上に降り落ちる惨事に驚愕した怪人らは、斬撃が飛び込んだ方向を辿って睨み見る。
    「誰だ!」
     苛立ちに荒げた声の先には、土岐・佐那子(夜鴉・d13371)と犬蓼・蕨(犬視狼歩の妖異幻怪・d09580)。
    「個人的には物凄く完成を待ちかったのですが……そういう訳にはいきませんので」
    「洗脳っていうのはどうかと思うのさ」
     佐那子が神薙刃を塔の頂きに差し入れると同時、風刃に細身を滑らせた蕨が土台に巨杭を撃ち込んだのだ。上下に届いた同時攻撃に塔は亀裂を走らせ、3怪人は自らも皹割れんばかりの血管を浮き上がらせる。
    「! 貴様等、何者だ!」
    「中々の強度……これは時間が掛かりそうですね」
     湿気を含んだ重たい風に艶髪を戦がせて現れたのは柾・菊乃(鬼薊姫命・d12039)。今の衝撃と損傷具合に塔の制圧に掛かる時間を読んだ彼女は、殺意の波動を覚醒させると同時、犀利な瞳を繋ぎ合わせて一同と戦術を一致させる。
     最初の標的は――黒蜜・あんず(帯広のシャルロッテ・d09362)の鬼神変が捉えた。
    「すきありっ!」
    「ッ、ぐゥ!!」
     愛らしい顔立ちからは想像も出来ぬ怪腕を迫出した彼女は、打出小槌が振り翳された矢先に修羅の如き膂力を駆ってその腕に裂傷を走らせる。
    「打出の!」
     痛撃に弾かれた仲間の右腕に血潮を認めた怪人らは、蒼天に滲む鮮血を死闘の幕開けとして邀撃に出た。
    「塔は破壊させん!」
    「闖入者は仕置くべし!」
     血を見て滾ったか、憤怒した茶托怪人と携帯端末カバー怪人は、それぞれの武器を手に遠近を合わせた攻撃を撃ち込む。火球の如く灼滅者の布陣に迫った連携技は、然し沈黙の盾が咄嗟に衝撃を往なした。
    「(ミ・カ・タ・ヲ・マ・モ・レ)」
     物言う瞳で声無く意思を疎通させていた荒覇・竜鬼(鏖龍・d29121)と、彼と魂を共有する翼猫・山姫である。竜鬼は眼前に飛び込む衝撃を怖れもせず猛りもせず、クルセイドスラッシュの閃きに手折り、山姫はリングを光らせて前衛を強化する。
    「輪島塗タワー、何も無ければシンボルになりそうだけど」
     悪事に使われるなら見逃す事は出来ないと、守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)は繊麗なる四肢を疾風に預けてガトリングガンを連射する。之に佐那子のビハインド・八枷も霊障波を合わせれば、怪人らの驀進が止まった。
    「お前達……何者だ……!」
     三羽烏と名乗るほど固き結束力に勝るとも劣らない連携、そして歴戦を潜り抜けたと思われる戦い慣れた動き――灼滅者の機動力に息を呑んだ3怪人は、チラと互いを見遣った後に勢いよく躍り出た。


     その立ち回りに彼等を手練と認めた怪人らは、三位一体となって攻撃を仕掛ける。
    「まずは我が小槌、受けてみよ!」
     攻撃の要である打出小槌怪人が身ごと旋廻して槌の殴打に迫った瞬間、颯爽と鋭刃を突き入れたのはあんずと蕨。斬影刃とレイザースラスト、左右同時に伸びた斬撃は敵に的を絞らせず、共に肉を刻んで鮮血を呼ぶ。
    「グゥッ! 小癪な!」
     激痛に睨み返した時には既に2人の姿はなく、間合いの外で傷一つない花顔が挑発的な微笑を注ぐのみ。
    「ッ、蹴散らしてくれる!」
     小槌に代わって突進したのは茶托を構えた巨躯で、鉄塊の如き漆黒の盾には竜鬼と山姫が立ち塞がる。
    「ぐゥぬうウウッ!!」
     怒涛の勢いを削いだのは、死角より滑り込んだ黒死斬。猫魔法の弾幕に牽制を受けた隙に腱を断たれた茶托怪人は、然し血を噴きながらも茶托を迫り出し、待ち受けた佐那子の斬影刃と衝撃を散らした。
    「……っ」
    「やりおる!」
     盾と矛。両者譲らぬ武の競り合いは互いに体力を削るも、アンジェリカの祭霊光を受け取った佐那子にやや分があったか、抗衝は徐々に崩れゆく。
     両者の拮抗を破るべく飛翔したのは両陣のスナイパーで、
    「三羽烏の名は伊達でなし!」
     発声と共に撃ち出された携帯端末カバーが黒々と空を覆えば、之に細顎を上げて炯眼に射た菊乃と結衣奈は、螺穿槍と神薙刃を差し入れて相殺した。
     爆ぜる音と衝撃は凄まじく、その波動は疾風となって広場を駆け巡るも、先に翼がサウンドシャッターを展開したお陰で戦場より漏れ出る不安はない。
     それ故にか本人も熾烈な攻撃を躊躇わず、突き出した拳より焔の奔流を解き放って敵群を灼熱に包んた。
    「ああああ熱ゥ!」
     彼等がダメージ以上に不安がるのは、熱を嫌う漆器故にか。3者揃ってザワつく姿にも団結の程を知った灼滅者らは、愈々彼等を翻弄すべく戦陣に話術を展開した。

    「ちょこまかと動きおって!」
     小槌を大地に振り下ろし、激烈たる震動に敵を足止めた打出小槌怪人は、ふと声を挟んだ結衣奈にグイと意識を奪われる。
    「その打出小槌、黒に金のボディ、紅の紐が映えて格好いいよね~」
    「むっ……そ、そうだろう!」
    「祝事に相応しい気品がありますこと」
    「実は一番のお気に入りだ」
     続いて賛辞を寄せたアンジェリカにポーズを取れば、地に這う衝撃波は凪の如く止む。
     攻撃の手を緩めた彼を咎める仲間が居ないのは、他の怪人もまた灼滅者の話術に嵌っていたからで、
    「輪島塗の茶托に乗せるなら、湯呑は硝子と陶器、どっちが良いかなー」
     茶托怪人に照準を絞った翼が斯く問えば、
    「夏が近付く今なら硝子が良かろう。茶托は通年使えるからな!」
     四季に合わせた使い方の説明が延々と返り、長らく彼の挙動を奪う事となる。
    「情報端末は余り持ち歩きたくないのですが、これがあれば好きになれそうです」
    「使ってる機種、今持ってる?」
     一方で佐那子がスマホカバーに興味を示せば、之に耳を欹てた怪人が機種を確かめに近付いた。輪島塗の話題を前に掌を返して食いつく可笑しさは、彼等ならではといった処。
     そうして3者が分断された隙を逃す灼滅者ではない。
    「油断したわね?」
    「ぬわっ!」
     飛翼と化したあんずが風を切って敵懐に潜ると、雷光閃く拳が敵の躯を跳ね上げる。
    「打出ッ!」
     痛烈な拳打に仲間が振り返る間もなく、竜鬼が【夜刀】を、菊乃が日輪槍【緋魔破】を手に妖冷弾を放てば、援護に動かんとする両怪人は氷塊に楔打たれて歯噛みするのみ。
    「今こそ彼奴らに我等が渾身のビームを……っ!」
     茶托怪人がそう言った、正に刹那であった。
    「有無を言わさぬ手段を採った時点で、私達みたいなのが現れる事は予見すべきだの」
    「おおををおおぉぉっっっ!!」
     颯の如く疾駆した蕨がグラインドファイアを打出小槌怪人の胴に叩き込み、絶叫が虚空を彷徨うと同時、煉獄の炎にその身を断罪していた。


    「打出の、ッッ!」
     同胞の爆散を目の当たりにした2怪人は、哀哭と憤怒に指を震わせ、一気に蕨へと矛を向けた。
    「子犬が生意気に噛み付きおって!」
    「わうっ!! オオカミだよ!」
     聞き捨てならぬとイヤーデバイスを動かした彼女は怒気を露わに吼えてみせたが、動きはあくまで冷静かつ俊敏。反撃を警戒した彼女は直ぐに射程外に退くと、同時に妖冷弾を被せて視界を遮り、敵を霍乱した。
    「クッ、……ならば2人でもビームを!」
    「がってん!」
     本来なら3体揃ってこその合体ビームであるが、喪失感に襲われた両怪人は気の急くまま塔に光芒を集める。
     然し、
    「……あれ?」
     塔へ向き直った双方が首を傾げたのは、粒子を束ねた太いビームが八枷の差し入れた霊撃に散らされ、分光するそれらを佐那子のバトルオーラ【神器闘神の纏】の疾走に蹴散らされたからだろう。多くを語らぬ麗顔に、光の粒子が柔らかく降り墜ちる。
     威力が増していないと訝しんだ二人は、
    「増幅器だけは壊してやったぜ」
    「な……っ、何時の間に!」
     驚きに声主を辿って絶句した。
     見ればイカロスウイングを引き戻した翼の手には漆製の何かが跡形なく横たわっており、悲しげに地に零れていく――それは正に世界征服の夢が潰えた瞬間だった。
    「漆器だもんなー? 熱や傷には弱いんだろ? だったら避けろよ……」
     加えて翼のダブルが決まれば、敗色は愈々濃厚。
    「避けさす気もねぇけど」
    「ぐおをッッッ!」
     ルーズリーフを紐で束ねただけの写本だが、刻まれた禁呪は凄絶。猛炎にて茶托の盾を焼き尽くした彼女は、膝折る敵を眼下に敷いて好戦的に微笑んだ。
    「茶托、ッ!」
     此処で連携せねば劣勢を覆す事は適わぬ筈であったが、その判断さえ話術で摘み取ったのはあんず。
    「うーん、スマホカバー、ちょっと変わったのが欲しかった処だったり……」
    「えっ!」
    「あ、でも、茶托が家にあるとお客さん来た時にいいかもだし……」
    「そうそう! オススメ!」
     柔らかな頬に華奢な手を宛がって悩む彼女にすっかり踊らされた両者は、
    「でも、全部買おうとするとお小遣い足りないし……」
    「ここはカバーを一新!」
    「いやいや茶托で持成しを!」
     我こそはと挙手して踏み出る様に結託の意思はなかった。
     完全に心を離された怪人らの耳に、天上の音色は届いたか――癒しの譜を奏でていたアンジェリカのトライアングルが、攻撃に変調したのが終幕を予感させる。
    「最終楽章――」
     鮮やかな赤のドレスの裾を揺らし、彼女が紡いだのは宵闇の調べ。地を滑った影は茶托怪人を呑み込み、トラウマに包んで苦しめると、仲間と分断された携帯端末カバー怪人には挟撃の牙が喰らい付いていた。
    「私もお吸い物に使うのは、必ず輪島塗のお椀なんですよ」
    「ほぉ~」
    「澄んだ出汁と具が一層映えて綺麗なんですよねっ♪」
    「本当本当……って、カバーじゃないんかいっ!」
     天駆ける菊乃は風舞う花弁の如く細身を翻してフォースブレイクを放つと、地より身を低くして疾走した結衣奈は冴えた光矢の如く、レイザースラストを脇腹に突き入れる。
    「カバーという意味では役割微妙すぎ!」
    「ぐっ……正論……ッッッ!!」
     感情の絆を強くした両者の攻撃は疾く鋭く、そして美しい。上下のコンビネーションを受け取った茶托怪人は激痛に叫んだ後、爆音を轟かせて散った。
    「――!」
     残された者が友の死を嘆く間もない。
     否、嘆きの声は即座に閃いた竜鬼の聖剣【闇祓】に咽喉を裂かれ、隠されたのである。
    「……ッァ、ッフ……!」
    「殺れ、山姫」
     代わりに静寂に染みたのは静かなる低音。
     名を呼ばれた双翼の猫は滑空して敵懐へ潜ると、血の雨がしとど降る中、その爪で命の灯火を掻き消していた。


    「塔もきっちり破壊しないとだね!」
     催事を控えるなら尚更と、結衣奈が気合十分に言うと同時、ガトリングガンが火を噴く。
     続く佐那子がオーラキャノンを合わせて漆の外装を貫くと、欠けた切先が更に頭を垂れ、細長い躯を愈々折り曲げた。
    「……惜しいですね」
     不覚にも吐息が零れるのは、和を愛する心がその粋に惹かれていたからだ。
     最後に菊乃が鬼神変にて鋭爪を差し入れれば、粉微塵となったそれは潮風に運ばれて黄泉路に溶ける。散りゆく様はさながら3怪人への餞であった。
     悪の三羽烏と、彼等の野望の象徴であった塔を冥土へ送った灼滅者達は、戦闘痕を始末する傍ら、あんずが漏らした一声で話を広げる。
    「怪人達の輪島塗に対する盲信は過ぎていたけれど……どれも綺麗だったわね」
    「悪事に加担させられて、とんだ迷惑だったろうな」
     あんずも翼も、話術で怪人を翻弄したものの、輪島塗への理解と同情を募らせるばかりか、寧ろ彼等と戦った事で親近感を覚えたくらいだ。
     二人の言にゆっくりと頷いたアンジェリカは提案に口を開き、
    「名物の朝市は見られませんでしたが、少し観光地を巡ってみましょうか」
    「のんびり散歩も良いもんだ」
    「お散歩? 行こうよ!」
     翼が微笑む隣、蕨からは勢い良く賛成の手が挙がる。散歩という言葉に鋭く反応し、テイルデバイスが元気に揺れる――やはりわんこではないかと……言ってはならない。
    「輪島塗のアクセサリー買おうっと!」
    「お供します。潮風も心地良いですからなぁ」
     土産屋を探そうと、ふわり軽快に広場を去る結衣奈に竜鬼が続いたのは、工芸品の美やデザインに興味があった訳ではないが、自らが守り抜いたものを見るのも悪くないと思ったからだ。無心に闘った彼の血塗れた肌を撫でる風も優しく、情緒を味わう一時が制勝の感を強くさせてくれる。
    「秋には能登に輪島塗の観光列車が走るそうなんです」
    「輪島塗の!?」
    「えぇ、私は楽しみです……!」
     菊乃の声に驚きの佳顔を寄せる仲間達は、戦闘を終えれば『普通の女の子』。ガールズトークに花を咲かせる彼女らに、死闘の終幕と勝利を実感した竜鬼は、急く足にやや遅れて戦場を後にした。

     斯くして灼滅者らは人知れず輪島の地に平穏を届けて去ったのであるが、彼等が齎した平和は、後日催された『能登ふるさと博』の成功によって裏付けられる。輪島マリンタウンに溢れた人々の笑顔こそが、何より彼等の勝利を証していた――。
     

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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