
●
「畜生塚とはまた随分と酷い呼ばれ方をしたもんだねェ」
橋の欄干にもたれた青年は、けらけらと笑いながら河原を見下ろした。束帯を纏った異質な外見もしっくりとくるのは、京都という土地柄か。
とはいえ、日中なら観光業なのだろうと納得も出来るが、今は夜更けである。
「一族郎党皆殺し。イイねェ、最高の心霊スポットだねェ」
カシャッ。服装に似合わず、比較的新しい機種のスマートフォンで橋を撮影した青年は、足取り軽く夜の街へと消えてゆく。
ゆらり。青年が去った後の橋に、首の無い4つの人影が残った。
●
「豊臣秀次は知ってるか?」
神崎・ヤマト(高校生エクスブレイン・dn0002)に問われ、黎・葉琳(ヒロイックエピローグ・d33291)の眉間に皺が寄る。
「豊臣秀吉の、えっと……」
「秀吉の姉の長男、つまり甥っ子だな。どこまで本当か分からないが、謀反を企てて切腹になったそうだ。秀次暴君論や殺生関白なんて悪称もあるらしい」
教科書の隅に載った小さな絵を指して見せると、今度は地図を取り出した。
「秀次とその家族が死刑になったとされる三条河原に行って欲しい。今でこそ観光地だが、元は刑場で心霊スポットでもある」
「それって、もしかして」
「そう、葉琳の予想した、『武将に纏わる都市伝説を生むタタリガミ』だ」
葉琳が息を飲む。
「タタリガミに接触出来るのは、橋の中央で都市伝説を生みだした後。つまり、都市伝説とダークネスの両方を相手しなければならない。……まあ、タタリガミの方は戦闘になればすぐ逃げるから、深追いさえしなければそこまで危険は無いな」
タタリガミまで灼滅出来ればなお良いが、都市伝説さえ倒せば当面の被害は無いとヤマトは言う。
「ここって観光地よね? 周囲への被害とか……」
「人払い系のESPを使えばタタリガミは察知して逃げてしまう。あくまでも行動は都市伝説が出現してからだ。それまでは観光客や通りすがりの振りして橋の上に居るか、橋のたもとで待機する事になるな」
夜中とはいえ、観光地な上に河原に沿って人家も多く、人通りが全くないわけではない。また、葉琳のように小学生が居ると訝しむ者が居るかもしれない為、保護者に見える人と共に待機するなど、工夫する事が望ましいようだ。
「都市伝説だが、秀次らしき武将と、家臣らしき男、奥方らしき女性、小さな子供だ」
ちなみに全員首が無い。夏の怪談話に相応しいだろう、とヤマトはため息混じりに言った。
「武将は無敵斬艦刀に似た技を使い、威力の高い攻撃に長けている。家臣は日本刀を持ち、他の3体を守るように動くようだ。女性は蝋燭を手に、後方から援護。子供は遊んでいるように見えるが、手毬が影業のように形を変えてくるから要注意だ」
考え込む葉琳の肩を、ヤマトが軽く叩く。
「一般人対策等、大変だろうが頑張って欲しい。心霊スポットが賑わう季節だが、本当に首の無い亡霊に会いたいと思ってる人なんざ、そうそう居ないからな」
| 参加者 | |
|---|---|
![]() 苑田・歌菜(人生芸無・d02293) |
![]() 立見・尚竹(轟雷震電・d02550) |
![]() 布都・迦月(紅のアルスノヴァ・d07478) |
![]() 霧島・サーニャ(北天のラースタチカ・d14915) |
![]() 船勝宮・亜綾(天然おとぼけミサイル娘・d19718) |
![]() 七塚・詞水(ななしのうた・d20864) |
![]() 黎・花琳(レジェンダリエピローグ・d33290) |
![]() 古寺・車(グリム収集家・d34605) |
●公開処刑場跡地
自転車に乗った警察官が、ちらりと視線を寄越す。一瞬合った目を逸らし、黎・花琳(レジェンダリエピローグ・d33290)は隣の青年を見上げた。
(「なんだか、おにーちゃんがいるのは、不思議」)
留守番している双子の姉妹を気に掛けつつも、今はやるべき事をと思考を切り替える。
「ねえ、おにーちゃん」
「なんだ?」
くいと服の裾を引かれて布都・迦月(紅のアルスノヴァ・d07478)がかがんで目線を合わせると、パトロール中の男性は何事も無かったかのように通り過ぎて行った。河原沿いを、親に手を引かれた塾帰りの子供が何組か歩いている。警官は彼らの事も兄妹と判断したらしく、そのまま振り返る事は無かった。
「処刑された人数、すごいですね。小さい子まで……」
花琳と同じく小学生である七塚・詞水(ななしのうた・d20864)は、堂々と橋の上に居た。エイティーンですらりと和服を着こなす青年の姿になった彼を、見咎める者は誰も居ない。豊臣秀次の死について調べた内容を思い返し、浮かべた悲しげな表情だけは年相応だった。
「刑場を観光地にしちゃうのもぉ、別の意味ですごいですけどねぇ」
京都ミステリースポットと書かれた観光ガイドをめくり、船勝宮・亜綾(天然おとぼけミサイル娘・d19718)が肩を竦めた。戦場となる橋の周辺を確認しつつ、しっかり観光も楽しんでいる。
「こういう面倒くさい都市伝説をホイホイ起こすんじゃないわよ」
「本当に。斯様な場所で戦う事になるとは、安らかに眠ってた三条河原の皆さんに、謝らないといけないでござるな」
溜息混じりに河原を見下ろす苑田・歌菜(人生芸無・d02293)に、霧島・サーニャ(北天のラースタチカ・d14915)は同意する。観光客に扮した仲間に対し、彼女らは警備スタッフに扮している。
「それにしても妻子まで処刑なんて、余程の事があったのでしょうねぇ。何で首切られたんです?」
一方、橋の全体が見渡せるたもとで待機していた古寺・車(グリム収集家・d34605)は、興味津々といった様子で立見・尚竹(轟雷震電・d02550)に尋ねていた。
「謀反を企てたから、と『言われている』」
というのも、朝廷への献金だのから謀反を疑われたという話はあれど、具体的な記録が少ないのだと話す。殺生関白の説も後世に誇張された可能性があり、真相ははっきりしていない。
「つまり冤罪という可能性もありうると」
「そういう説もあるな。丁度秀次卿について調べていたところにこの事件に遭遇するとは、何かの因縁だろうか。――あれは……!」
疎らとはいえ人が行き交う橋の上、垂纓冠を頭に乗せた、異質な容貌の男が立っていた。
●官吏姿のタタリガミ
「イイねェ、最高の心霊スポットだねェ」
いつの間に、どこからやってきたのだろうか。飄々とした態度で、スマートフォンを操作した男の前に、4つの人影が立ち上がる。
「近辺に爆弾が設置されたと予告がありましたぁ!」
都市伝説が姿を成すが早いか、亜綾が声を張り上げた。同時に周囲の一般人に送り込んだ精神波の影響で、橋の上が騒がしくなる。
「避難してください!」
「こちらへ! しばらく橋には近寄らないで!」
プラチナチケットで警備員だと信じ込ませた歌菜と、ラブフェロモンで惹きつけたサーニャが、手早く都市伝説の出現地点から一般人達を引き離す。残りのメンバーは敵の移動を防ぐべく、取り囲んだ。
「これは……どう見てもホラーだよな」
周囲の音を遮断した迦月から伸びたダイダロスベルトが、鈍い銀色に輝いた。狙った先は、女の姿をした都市伝説。細い鎖に穿たれ、その手に握る蝋燭の炎が揺らぐ。
「おかしいねェ、何で灼滅者がここに?」
目を丸くしたタタリガミを余所に、詞水は周囲の一般人を守るべくシールドを展開し、花琳は氷の魔法を唱える。そこに逃げ惑う人々の流れに逆らい、尚竹と車が合流した。彼らが一般人を遠ざける為に放った殺気を感じてか、主君を庇うように飛び出した家臣を、螺旋を描いた独特の形状の槍頭が貫く。
「死んだ後に勝手な悪名を残され、首なしの姿を再現され……胸懐察するに余りある」
「夜の京都に束帯のタタリガミ。……すごく……写メりたい……、です」
自身の射程では家臣に守られた後衛を狙うのは難しいと判断し、車は子供に赤い標識を叩き付けた。首の無い都市伝説達を目の当たりにして、思わず首の古傷を撫ぜる。
「おやおや、何人居るんだか」
ひらりと欄干に飛び乗ったタタリガミは、次々と現れた灼滅者達を見回すと苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。ESPを駆使してあっという間に戦う為の場を整えてしまうのだから、自分が来る事を知っていたと悟るのは容易い。
「後はあんたらに任せたよォ!」
そのまま河原へと飛び降り、闇の中へと消えていった。
「出来ればタタリガミも一気に片付けたかったけど……それはまた今度、ね」
元よりタタリガミは追わないと決めていた。歌菜は一般人の誘導を終えるなり、敵に向き直り指輪から魔法弾を撃つ。弾丸と入れ替わりに飛んできた黒い手毬が跳ね、彼女を飲み込むようにぶわりと広がるが、亜綾の霊犬である団長代行猫烈光さんが間に入る。直後、飛び交う六文銭。
●秀次一族
「本格的に潰しにかかろうか」
避難誘導が完了し、これで心置きなく戦えると、迦月は影を伸ばした。黒い海に飲まれた女に、詞水の影が続く。
「都市伝説は実際の死者とは違いますけど……」
あてもなく暴れるくらいなら眠らせてあげたい。ぽつりと呟いた少年の元からウイングキャットのみけだまが飛び立ち、魔法を放つ。
ゴウ、と暴風のごとき音を立て、武将の刀が前衛を薙いだ。灼滅者達が体勢を崩した瞬間を見逃さずに家臣が抜いた刀を、車は地面に交通標識を突き立て、受け止める。
「まったく、タタリガミも余計なことを!」
時代劇マニアな親戚の影響だろうか、武将が好きだというサーニャは、憤りも露わに敵の刀を凍てつかせた。尚竹が槍を振るい、彼女の魔法に負けず劣らず強烈な冷気を女性にぶつけると、自身を覆う氷を振り払うように女は身を捩り、仕返しとばかりに尚竹へ炎を走らせる。
「回復するよ」
花琳が癒しの矢を放つ隣で、歌菜が奇譚を語る。彼女の語る怨恨系の怪談は女性を叩きのめし、消滅へと導いた。
「はいはい、次は子供を狙いますよぉ」
「了解」
亜綾のライフル銃が子供を撃ち抜き、迦月の錫杖が鳴った。玲瓏な響きとは裏腹に、苛烈な衝撃が子供の身を削る。
続いて詞水がシールドを体の前に構えて間合いを詰めるが、家臣が立ち塞がった。そこに、弧を描いて手毬が放り込まれる。無造作に投げたように見えて、鋭く少年の体を袈裟に裂いた。
家臣が主を守ろうとするのと同じように、詞水と家臣の間に割って入ったみけだまが、尾の鍵が並ぶリングを光らせた。烈光さんもまた、浄霊眼で援護する。
ばさり。サーニャの広げたマントから射出された幾本もの帯が荒れ狂い、子供を地面に縫い付ける。手から零れ落ちた黒い手毬が、子供の体と共に溶けるように消えた。
それを見届ける間も与えず、武将の刃が眼前に迫る。サーニャは刀で往なそうとするも、振り抜かれた大刀に鮮血が散る。すかさず花琳が機械仕掛けの縛霊手の指先に霊力を灯し、治癒を施した。
歌菜が敵から槍を引く一瞬の隙を突いて、家臣が刀を振り下ろす。間に飛び込んだ車が注射器のシリンジで弾き、小気味良い音が響いた。
「ありがとう!」
「いやー、お礼には及びませんよ」
そう言いながらも、鼻の下を伸ばしたのは気のせいか。がら空きになった家臣の胸元に、毒薬を注入する。間髪を入れず踏み込んだ、迦月の異形化した左腕に叩き潰され、刀を握る腕はあらぬ方向にひしゃげた。
「むぅ。頭が無いとぉ、視界がどうなっているのかわかりませんねぇ」
あわよくば霊犬を投げつけて視界を遮ってやろうと考えていた亜綾は、都市伝説の姿に首を傾げる。烈光さんが安堵するように息を吐いた。が、
「必殺ぅ、烈光さんミサイル、ダブルインパクトっ」
容赦なく首根っこを掴んだ烈光さんを投げると同時に、ジェット噴射で接近。体に風穴を開けられた家臣は、バベルブレイカーに引き千切られて消し飛んだ。
大刀を構え直した武将に、燃え上がるような気迫が宿る。
「花琳が回復するから、大丈夫」
「それは心強いな」
迦月の錫杖が涼やかな音を立てて振るわれ、武将の鎧が爆ぜた。サーニャの斬撃を水平に構えた大刀で受けるが、重い一撃に押し込まれ、肩口に深い傷を刻む。追い討ちをかけるように跳躍した歌菜の蹴りが炸裂し、武者の体がよろめいた。それでも踏み止まり、力強く大刀が振るわれる。
ガッ!
叩き付けられた鉄塊の如き刃を、詞水がシールドで受け止めた。腕の骨が軋む音がしても、負けじと叫ぶ。
「今です!」
「――この一太刀で決める。我が刃に悪を貫く雷を。居合斬り、雷光絶影!」
裂帛の気合いと共に抜かれた尚竹の大太刀が、真一文字に武将の胴を裂いた。ふらふらと後ずさった武将は凭れるように欄干に崩れ、橋から落ちる。灼滅者達はすぐに河原を覗き込んだが、既に武将の姿は影も形も無かった。
●刑場に架かる橋
周囲の状況を確認し、歌菜は満足そうに頷いた。
「観光地だもの、綺麗にしておきたいわよね」
幸い、周辺の公共物に傷はついていない。灼滅者達の正確な役割分担による迅速な行動のおかげで、一般人への被害もゼロだ。
「『武将に纏わる都市伝説を生むタタリガミ』か……厄介な敵が現れたものだ」
タタリガミはどこに行っただろうかと考えたものの、尚竹は深く息を吐き、かぶりを振った。武将に所縁のある心霊スポットなど、各地に点在している。
「葉琳、ちゃんとご飯食べたかな」
「私達もご飯くらい食べて帰りたいところですが、まずは秀次墓参りツアーと行きましょうかね」
家で待つ家族を気遣う花琳の傍らで、車は秀次の墓参りを提案する。どこか落ち着かないのは、夜の元刑場というシチュエーション故か。
「ああ、俺も手を合わせておきたいと思っていた」
「一族なら瑞泉寺に祀られているはず。ここから遠くないでござる」
迦月とサーニャも同意し、灼滅者達はその場を後にする。
「刑場と言えばぁ、有名な石川五右衛門もここで処刑されたそうですねぇ。それから……」
「ちょっと、亜綾さん怖がらせないでくださいよ!」
ふと、詞水は橋の上から川を見やる。仄かな灯りが、ふわふわと浮いていた。
「……蛍?」
蛍が多く集まる場所には霊が居る、とはどこの伝承だっただろうか。詞水は季節外れの蛍に小さく手を合わせ、先輩達の背を追いかけた。
| 作者:宮下さつき |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
![]() 公開:2015年7月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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