鍛錬です。特訓です。筋トレなんですぅ!

    作者:雪神あゆた

     杜の都仙台の夕暮れ。
     オートキャンプ場に設置されたプロレスリングの前に、1人のマスクレスラーが立っていた。
     マスクで表情は見えないが、強い喜びの波動が感じられた。
    「ケツァールの翼出身のレスラーは全て敗北した。私は全てを失ったのだ」
     嘆くような台詞を言いつつも、声音は完全に台詞内容を裏切っている。セリフと感情が合致していない。
    「つまり、私もまだまだだったという事だ。これは、師匠の元に戻って修行するしかないっ!」
     叫ぶケツァールマスク。
     彼女にとって己の団体の完全敗北は、パワーアップの為の導入。大技を掛ける為に、一度しゃがまなければならないのと同じ。
     そこに、一体のデモノイドが乱入する。
     ただのデモノイドでは無い。デモノイドロード。レアメタルナンバーの一体、ロードビスマスである。
    「ちょっと待って下さい。あなたのお力を、わたし達に貸してくれないでしょうか」
     ロードビスマスは、挨拶の為の菓子折りをケツアールマスクに差し出し、会釈。
    「わたし、こういうものなのです」
     彼が出した名刺には、ラブリンスター事務所 アイドルレスラースカウト担当 ロード・ビスマス と書かれていた。
    「今は、アイドルの時代です。ケツアールマスクさんには、アイドルレスラーの団体を立ち上げて欲しいのです! それが、ラブリンスターの望みなのです」
    「……」
     ケツァールマスクは、ビスマスに頷く。
    「うむ、アイドルレスラーか。それもまたあり。だが、そのためには、各地にスカウトに行くしか無いだろう。才能のあるものを見つけ出さねばなるまい」
    「スカウトキャラバンですね、わかります」
    「そうか、わかるか」
     ロード・ビスマスとケツアールマスクは、頷きあった。
     
     教室で、姫子は灼滅者に説明する
    「シン・ライリーの組織と抗争をしていたケツアールマスクに新たな動きが出ました。
     抗争に敗れたケツアールマスクは、新たなレスラーを発掘するため、スカウト活動を始めました。
     ケツァールマスクが設立を計画しているのは、アイドルレスラー団体。勧誘対象は『アイドルを夢見る少女』。
     この活動の裏には、ラブリンスター勢力の影も見え隠れします。
     とにかく、罪無い少女を闇堕ちさせアイドルレスラーにするなんて、許せません。
     闇堕ちしかけた少女の一人、八歳の女の子ミツさんのもとに赴き、彼女が完全に闇堕ちする前になんとか救出してください」
     姫子は補足する。
    「救出が不可能だった場合は、灼滅もしかたないでしょう。
     が、アイドルレスラーとなったアンブレイカブルの危険度が低い、皆さんがそう判断した場合……灼滅するか逃がすかは、皆さんにお任せします」
     
     今回の救出目標、ミツはアイドル志望。体を鍛えることをこよなく愛していて、口癖は「鍛錬です」「特訓です」
     毎日、学校が終われば公園に行き、暗くなるまで踊りの練習や筋トレ。家に帰れば筋トレ。
     そんな彼女は、『アイドル力が自分より高い相手に、プロレス勝負を挑み勝てば、アイドルになれる』と思い込み、『アイドルっぽい人間にアイドル勝負を挑み、まければ、ダークネスの力を使いプロレス勝負を挑む』ことを繰り返している。
     が、こんなことを繰り返していれば、いずれ完全に闇堕ちする。
     ミツは夕方は公園で踊り続けている。その公園でなら、接触は容易。
    「ここで、彼女にアイドル勝負を仕掛けてください。アイドル勝負に勝てば、プロレス勝負を挑んできます。これにも勝ってください。
     ただ勝つだけでは、彼女は救出できません。勝負の合間に説得し、人の心を刺激した上で倒せば、救出できるでしょう」
     プロレス勝負では、ミツはプロレス技を使ってくるが、技の性能はストリートファイターの三つの技の性能とほぼ同じ。
     他に「筋トレをしまくり気温を急上昇させ、遠い列にプレッシャーを与える、神秘の技」も使う。
    「筋トレが好きなのもアイドルに憧れるのも、悪いことではないはず。ミツさんを助けてあげてください!」
     
     公園で。10代後半の女性の前で、小学生のミツはうなだれていた。
     ミツはこの公園で女性にアイドル勝負を挑んだのだが、女性の歌や踊りのうまさに、負けを認めた。今はがっくりとうなだれている。
    「筋肉はすごいんだけど、活かせてないのよねぇ。筋トレ以外にも大事なことが……」
     女性の指摘にミツは立ち上がる。
    「違いますっ! 人にとって、アイドルにとって、鍛錬が筋トレが、何より何より、大事なの! 次はプロレス勝負で、鍛錬の大事さおしえてあげますぅ!」
    「プロレス勝負? まあ、付き合ってあげるけど」
     泣きそうなミツに、女性は呆れて頷く。
     次の瞬間、ミツの腕が女性の首にぶつかった。ラリアット。女性は意識を失う。
    「勝ちました! でも、もっと頑張らないと。特訓です。鍛錬です。筋トレです!」
     決意に燃えるミツだった。


    参加者
    巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)
    裏方・クロエ(昆布提督にして焼き肉純情派・d02109)
    ヘキサ・ティリテス(火兎・d12401)
    志乃原・ちゆ(トワイライト・d16072)
    黒影・瑠威(二律背反の闇と影・d23216)
    ジュリアン・レダ(鮮血の詩人・d28156)
    甘莉・結乃(異能の系譜・d31847)
    一条・星(ミリオタ魔法使い・d33720)

    ■リプレイ


     西日が強い。公園に立つ灼滅者たちの影も、長くなっていた。
     灼滅者たちは今、引き締まった体の少女、ミツの前にいる。
     甘莉・結乃(異能の系譜・d31847)は明るく声をかける。
    「こんにちわー。その様子だとアイドル修行をしているの? でも――幼いと、アイドルじゃなくて子役になっちゃうんじゃないかな~」
     そういって結乃は胸をそらした。女性らしい体の曲線を強調する。
    「そ、そんなことないです! 小学生ですけど、アイドルには絶対になれます! 筋トレだってしてますし」
     即座に反論するミツ。
     ジュリアン・レダ(鮮血の詩人・d28156)はくすり笑う。
    「貴女は愛らしくて魅力的だけど、でも今のやり方で、夢に届くかい? 届くって言うなら、オレたちと勝負してみる? 楽器演奏とか位なら、オレもできるし」
     ジュリアンはギターを掲げ、首をかしげてみせた。
     結乃とレダの挑発に、ミツは鼻息を荒くし頷いた。
    「わかりました。勝負します! 筋トレの成果、見せてあげますっ」

     そして、互いにパフォーマンスを披露しあう、アイドル勝負が始まった。
     裏方・クロエ(昆布提督にして焼き肉純情派・d02109)は、中立の立場で実況を申し出、承諾された。
     クロエの視線の先で、ミツは踊りだす。クロエはマイクを握った。
    「ミツちゃんの魅力はなんといっても鍛えられた体。基本に忠実な動作ながら、彼女の筋肉が踊りに、他にはない躍動感を出しています!」
     クロエの実況に、ミツは踊りながら笑む。そして、最後まで精いっぱい踊り切った。
    「ミツちゃんの演技は終了! とっても元気な演技でした!」
     称賛するクロエ。
     一条・星(ミリオタ魔法使い・d33720)はアイドルオタクの姿をして、サイリウムを元気なく振っていた。ミツが演技を終えると、カーン、と鐘を一つ鳴らす。
     ミツの演技の価値は鐘一つだと、言外に言う星。
     愕然とするミツ。その前で、星はポーズを取った。
    「アイドルオタクにしてアイドルの私と、その仲間が作り上げる、歌と踊りのハーモニー見せてあげる」

     クロエが灼滅者グループの演技の開始を告げる。志乃原・ちゆ(トワイライト・d16072)はアイドルグループ風の衣装で、皆を応援しはじめた。ジュリアンはギターの弦から軽快な音を紡ぎだす。
     黒影・瑠威(二律背反の闇と影・d23216)は、曲に合わせ踊りだした。
     長い青髪を揺らしながら、瑠威は背を大きくそらす。
     さらに上体を戻し、足を高く上げる。
     瑠威の踊りは身長の高さや手足の長さを、最大限に活かしたもの。
     ミツは、自分にはないものを強調する動きを見て、悔しそうに唇をかんだ。
     セクシーコーデを着た結乃は、なまめかしい表情で歌い、星は黒のツインテールを靡かせながら声を響かせた。
     バックダンサーは、巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)とヘキサ・ティリテス(火兎・d12401)。
     冬崖が足を折り曲げ一気に伸ばす。跳躍する。ヘキサも火兎の玉璽で地面を蹴った。
     冬崖とヘキサは宙で体を捻る。一回転、二回転、三回転。そして二人同時に着地!
     筋肉質な体を見事に操る冬崖。機敏かつ大胆に動く細身のヘキサ
    「うわぁ」とミツは感嘆。
     そして、灼滅者たちのパフォーマンスは終わった。
    「す、すごい……で、でも……」
     ミツは灼滅者たちの演技に圧倒されていた。が、素直に負けを認められない様だ。
     ちゆはそんなミツに、
    「ええっとコホン。いいですか? いいですね?」
     と、早口でまくしたてた。
    「アイドルとはなんたるかを考えてください。アイドルとは、サービス業。第三次産業です! あなたにはサービスをする心構えがない! 私たちにはあった だから――」
     ちゆはそこで言葉を切る。
     ミツはしばらく黙り――、
    「だから……私の負け……ぐすっ」
     目に涙をためる。皆のパフォーマンスが、ミツに負けを認めさせたのだ。
     だが、ミツは涙をぬぐう。「つ、次はプロレス勝負ですう!」と宣言。


    「うおおおっ」声を上げ駆けてくるミツ。
     彼女の前に立ちはだかるのは、クロエ。
    「受けるよ。『筋肉もすごく大切だけど、他にも大切なものがある』ってこと、知ってもらいたい。だから、ヒールレスラーのボクたちが、全力で相手するよ!」
     ミツがクロエの前で止まる。ミツのチョップがクロエの胸をしたたかに打つ。
     クロエは力に押され尻もちをついてしまう。
     が、ウイングキャットのエコーがクロエの頭上で鳴いた。声と光で応援してくる。
     クロエは立つ。鬼神変を使う。巨大化した腕で、ミツを殴りかえす!
     星は、ふらつくミツに愛用のライフルAce of SWORDSの照準を、合わせた。
    「こう見えてもヒールですから」
     無感情な宣告と同時に撃つ。
     星の光線は直撃する。ミツが吹き飛び、地に転がった。
     ジュリアンはミツが立ちあがる暇を与えず、ギターの弦の上で指を走らせた。ミツを音波で攻める。
     ジュリアンは止まらない。ギターを剣に持ち変え、前進。剣を振り落す。ミツの肌と衣装を切り裂く!
     それを契機に灼滅者は、次々ミツに攻撃を当てる。
     が――。「こんなの平気です! 筋トレしてますから!!」
     ミツは立ち上がった。瞳には、敵意。
    「さあ仕返しです!」
     叫ぶミツの前に、冬崖が立つ。両腕を広げた。仲間を攻撃させまいと仁王立ち。
     冬崖はミツに両足を掴まれた。持ち上げられ、背と後頭部が地面に激突。パワーボム風の地獄投げ。
     激痛。が、冬崖は腹筋の力で立ち上がる。上腕の筋肉を盛り上げた。冬崖は巨大なBeelzebubを振る。ミツの腹を殴りつける!

     ミツの動きが一瞬止まった。冬崖は声を張り上げる。
    「俺も鍛えることは好きだ。ラグビーをやっているからな。だからミツの心映えは立派だと思う」
     拳を握りしめ、訴える。
    「だからこそ! ミツの心が、人を傷つけることに向かってほしくない!」
     ミツは冬崖に気圧されたように黙る。数秒後口を開き反論。
    「で、でもっ。私はアイドルレスラーになりたいの! アイドルレスラーだよ、人を傷つけるのは当然で……」
    「違う」
     と星はミツの言葉を遮った。
    「レスラーはリングの外では無暗にプロレスしないし、人を傷つけない。あなたはレスラー失格!」
     ジュリアンはミツの前にたち、彼女の瞳を覗き込む。
    「強いだけじゃ、『アイドル』レスラーじゃないよね。アイドルなら、見る者の心を動かさないと。体を鍛えるのも大事だけど、それ以外にも大切なことがあるよ」
     ミツは目を見開いた。
    「わ、私はレスラー失格? アイドルでもない? 筋トレ以外にも大切なこと? あわわわ」
     冬崖、星、ジュリアンの言葉に、ミツは目に見えて動揺している

     ミツは数十秒かけて悩み――
    「ど、どうしていいか、わからなくなった。と、とりあえず、筋トレしよう! 筋トレをすればいいアイデアが浮かぶと思うっ!」
     ミツは両手を頭の後ろにやった。スクワットを始める。ミツの肌に大粒の雫が浮かび――熱気が生じた。強烈な熱さが前衛の灼滅者を消耗させる。
     後衛のヘキサは前衛の危機を見て、駆けだした。
    「そンなの、アイドル力じゃねェ! 見せてやろォじゃねェか、筋肉かけるスピードかける熱さ! これがアイドル力の神髄だァー!!!」
     ヘキサは跳びあがり、体を縦に回転させる。白く燃え輝く火兎の玉璽、その踵でミツの脳天を強打! ふらつくミツ。
     攻撃がやんだ隙に、結乃は剣を掲げた。
     結乃は風を吹かせる。涼やかな風。
     結乃の風と祝福の力が、ミツの熱気を払う。仲間たちに与えていた重圧を取り除く。
     ミツはまだふらついていた。
    「き、筋トレ……」
     呻くミツ。着地したヘキサは指を突きつけた。
    「聞け! お前は筋トレだけにかまけて、筋肉を活かす努力をしてねェ! 誰かにいわれたこと、あるンじゃねェのか?」
    「……筋肉を活かす努力……でも、そんなのどうしたら……」
     ミツは頭を押さえた。
     結乃は彼女の肩をぽんと叩く。顔を上げたミツに、結乃は微笑み、
    「急いで結論を出さなくても大丈夫。アンタは頑張り屋さんで、努力の価値を知っているんだからさ、慌てなくても大丈夫だよ」
     結乃の柔らかな言葉に、ミツの体から力が少し抜けた。
     瑠威は結乃の隣に並んだ。
    「他の皆が言っているように、安易に暴力を振るう今のままでは、あなたはアイドルになれないと思います」
     瑠威は足をまげミツと視線を合わせ、言葉を続ける。
    「アイドルになる方法を見つけるのに、時間はかかるかもしれません。けれど、焦る必要はないですよ。貴方の努力は必ず報われますから」
     ちゆは自分の胸に手を当てる。明るい口調で、
    「私たちの学園に来ませんか? 強い方、すごいアイドルの方、色んな人がいます。学園でならきっと、ミツさんにとって良い道が見つかると思いますよ」
     ミツに新しい道を提示する。
    「……あ、ありがとうございます。でも、でも――わ、私はっ」
     ミツの心に残るダークネスが、戦い続けろと命じているらしい。
     ミツは動いた。ちゆの腹に裏拳をめりこませ、瑠威の顎に掌の硬い部分を叩きつける。
     ちゆは体をくの字に曲げる。瑠威も衝撃に、足を揺らした。
     二人は倒れない。
     ちゆは上体を立て直し、水晶を据えたメイスを振る。先端でミツにぶつけ、力を流し込む。フォースブレイク!
    「がはっ」呻くミツ。
     瑠威は跳んだ。空中で、黒鉄の脚装をつけた足を、一閃させる。ミツの首の後ろを強く蹴る。
     ミツはうつ伏せに倒れた。
    「とめて、くれて……あり、がと……う」
     そういって意識を失う。


     ジュリアンはミツに歩み寄る。ミツの様子を確認した
    「彼女は無事のようだね。ダークネスの力も消えてるし。……皆、お疲れ様です」
     瑠威はジュリアンの隣に立っていた。ほっと息を吐く。
    「彼女を助けることができたようですね……けれど、ビスマスと言い、ケツァールと言い厄介な……」
     ちゆもミツの様子を確認していたが、彼女のまぶたがぴくっと動いたのに気付いた。
    「あ、目を覚ましますよ。――おはようございます、ミツさん」

     目を覚ましたミツは、しょんぼりした顔をする。
    「うう、私、いろいろ間違ってたみたいでごめんなさい……」
     クロエが彼女に歩み寄る。彼女の目を見つめ、
    「やり方は間違ってたけど、キミが真剣、ガチなんだって、伝わってきた。ミツちゃんの夢、すごく素敵だって思うよ」
     結乃も背中をぽんと叩いた。
    「夢に向かって努力ができるアンタは、きっとイイ女になれるよ」
     ヘキサは指をびっとたてた。
    「もうお前は大丈夫だ。筋肉の魅力は暴力じゃねぇ、それさえ覚えてりゃ、な」
     ミツはじわっと涙を浮かべた。
    「ありがとうございます……本当に、本当に……」
     星はミツが泣き止むのを待ってから、誘う。
    「志乃原さんも言ってたけど、本当に学園に来ない? 体育祭には、二天一流ハイパーMUSASHIって筋肉を活かせる競技もあるよ!」
     ミツはしばらく灼滅者たちを見つめ、
    「皆さんのところで、いろいろ勉強したいです。だから、よろしくお願いします!」
     ちょこんと頭を下げた。
     冬崖は
    「歓迎するぞ。なんなら、俺も一緒に筋トレしてもいいしな!」
     と力こぶを作り、豪快に笑う。
     他の何人かも顔をほころばせる。
     その時、夕焼けにそまる公園に、さわやかな風が吹いたのだった。

    作者:雪神あゆた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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