密室寺

    作者:佐和

     長谷山本土寺は豪族・平賀家の屋敷跡と言われており、平賀家三聖人出生の聖跡として知られる。
     また「朗門の三長三本の本山」と称される寺の1つとしても名高い日蓮宗寺院である。
     とはいえ、一般的に有名なのは、その敷地を覆うあじさいの方だろう。
     その数は5万本以上に及び、参拝よりもあじさい目当てで訪れる人は多い。
     他に桜や花菖蒲も見られ、秋には紅葉、冬には雪化粧と、四季折々の顔を見せる。
     そんな有名な場所ではあるが。
     その本堂が今は密室と化していることは、知られてはいない。
     閉じ込められた寺の者と大勢の観光客が、恐怖と畏怖の視線を向ける先には。
     金髪碧眼の青年が、何やら本を熱心に読んでいた。
     ぺらり、とページを捲る音がやたら響いて。
     何かを思いついたように顔を上げた青年は、あるページを見せつけるように開きながら、やおら立ち上がる。
    「よし。では次はこのザゼンというのにしましょう」
     そして再び本を見ながら、人々に指示を出す。
    「20人くらいでいいでしょうか。ここに1列に並んで座ってくださいね。
     精神集中、心を空っぽにして。動いたり変なことを考えたりしたら駄目らしいですよ。
     駄目な人は僕が殺しますね」
     さらっと告げられた言葉に人々は動揺し、不満や悲哀が駆け巡る。
     けれども、青年に逆らうことなどできない。
     青年の、日本文化を体験するかのような、だがその実は滅茶苦茶な行動によって、すでに殺された人を目の当たりにしているのだから。
    「じゃ、その辺の人達、来てください」
     青年は、怯える人々を適当に指し示し、にこやかに笑った。
     
    「千葉県松戸市の密室……やはり、あじさい寺にもありましたか……」
     重苦しく呟いたジンザ・オールドマン(オウルド・d06183)に、八鳩・秋羽(小学生エクスブレイン・dn0089)がこくりと頷く。
     MAD六六六のゴッドセブン『密室殺人鬼』アツシの創る密室。
     そのうちの1つに向かったことのあるジンザは、新たな密室の発見を告げながら複雑な表情を見せた。
     だがすぐに気を取り直し、教室に集まった灼滅者達の前に、本土寺の地図を広げる。
    「密室となっているのは、ここ、本土寺の本堂です。
     そこに300人程の人が閉じ込められています。
     ほとんどが、あじさいを見に来ていた方々のようですね」
     あじさいの見頃は終わったが、帰ることを許されなかった人々。
     そして、彼らの前で傍若無人に振る舞うのは六六六人衆。
    「密室の主の名は、ティモシー。序列六二七番の青年です。
     日本文化に興味があるようで、気まぐれにそれを模倣しながら人を殺しているようです」
     説明を進めれば進めるほど、ジンザの表情が重くなる。
     さらに厄介なのが、先日オルフェウスの悪夢によって闇堕ちした学園の灼滅者、ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)の存在だ。
    「こちらの襲撃を予想して、警戒態勢を敷かれています」
     MAD六六六に加入した彼女が、灼滅者から密室を守るべく、配下の六六六人衆を松戸市に配置しているらしい。
     目的は不明だが、そうしてMAD六六六での自身の地位を上げようとしているようだ。
     結果として、密室攻略のためには、ハレルヤの警戒網を逃れることが必要となっている。
    「本土寺では、参拝受付所の辺りに1人いることが分かっています。
     参道を使って本堂に行くには必ずここを通りますから。
     そこで、8人くらいの不自然な子供の集団、を見張っているようですね」
     普段の灼滅者達は8人で行動している。
     それに、小学生から大学生まで年齢幅がある集団、というのは参拝客としては珍しく、不自然だろう。
     参道を通るなら、ある程度外見年齢を揃えて、また、何組かに分かれて本堂に向かう必要がありそうだ。
     また、本堂周辺は木々が覆い茂っているため、参道を使わずとも侵入はできる。
     ただし、どこにハレルヤの配下が潜んでいるかは分からないのだという。
    「あと厄介なのは、密室に閉じ込められている人を外に逃がすと警戒網にひっかかる、というところですね」
     ハレルヤの配下は、灼滅者に気付けば戦闘を仕掛けてくる。
     さらにハレルヤへ襲撃を知らせるため、新たな六六六人衆が増援にあらわれてしまう。
     敵ダークネス数が増えれば、撤退すら難しくなるだろう。
    「ティモシーは殺人鬼のサイキックの他、日本刀と護符揃えを使用してきます。
     他の六六六人衆については詳細不明です。
     増援のこともありますし、ハレルヤさん配下の方に見つかってしまったら、それを倒して撤退するべきでしょうね……」
     歯切れ悪くジンザは言う。
     それも当然だろう。
     それはすなわち密室を見逃すということと同義であり、ハレルヤが密室を守ったという実績を与えることに繋がるのだから。
    「……どうするか、は、皆次第……」
     教室の重苦しい雰囲気を見回して、ぽつりと秋羽が呟くように言った。
    「悔いのない、選択を……」


    参加者
    ミカエラ・アプリコット(弾ける柘榴・d03125)
    叢雲・こぶし(怪傑レッドベレー・d03613)
    ジンザ・オールドマン(オウルド・d06183)
    城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)
    廿楽・燈(花謡の旋律・d08173)
    サフィ・パール(星のたまご・d10067)
    桐ヶ谷・十重(赤い本・d13274)
    玄瀧・ユーレリア(炎雪・d25557)

    ■リプレイ

    ●参拝受付所を通って
     あじさい寺、というその場所の通称を思い起こしながら、ジンザ・オールドマン(オウルド・d06183)は辺りを見回した。
     見頃は大分過ぎてしまい、花よりも葉が多くなってしまったが、それでも目につくあじさいの株。
    「屍体を埋めたら色変わるとか聞きますが本当ですかね?」
     誰にも聞こえぬよう呟きつつ、皮肉るように苦笑して、参道の向こうに見える本堂をさり気なく視界に収める。
    「やらせませんけど」
    「お待たせしましたジンザ先輩。受付、終わりました」
     そこに城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)が笑顔で走り寄ってきた。
    「本土寺には国の重要文化財に指定されている宝物もあるけど、まずは建物や境内の雰囲気からかしら?」
     境内案内図を広げるその手には、雅な和柄の手帳もあって。
     ジンザの不思議そうな視線に気づき、千波耶はそれを開いて見せる。
    「御朱印帳なの」
    「ゴシュイン?」
    「お寺や神社を参拝した時に、印章をもらって集めるのよ」
     ほら、と示されたのは、毛筆の文字と朱色の判が織り成すアート。
     またその手帳の表紙も百花繚乱、和の趣が美しく。
    「Oh,Cool、デスネー」
    「社務所も後で、ね。まずは本堂に参拝ですよ」
     目を輝かせるジンザに、千波耶は先を促した。
     海外からの留学生を案内する寺社女子、といった2人だが、それは潜入のための演技で。
     少し間を開けて受付を訪れたサフィ・パール(星のたまご・d10067)は、緊張の面持ちで歩を進める。
    (「見張られてると、ドキドキ……です」)
     予知されたのは対灼滅者の警戒網。
     その監視の目を潜り抜けるために、灼滅者達はESPを使わず、さらに3つのグループに分かれていた。
    「エル、戦いまではカードで大人しくしててください、ね」
     未だ解放していないスレイヤーカードをポケットの中でそっと触りながらサフィは囁く。
     その背中から、はしゃぐようにして抱き付いたのは廿楽・燈(花謡の旋律・d08173)。
    「こんなとこでも密室があるなんて……
     悪趣味なものはさっさと終わらせちゃいたいね」
     耳元に寄せた小声でサフィにだけ決意を漏らして。
     でもすぐに離れると、燈はちょっと拗ねたような表情を作ってくるりと回った。
    「あじさいの見頃は過ぎちゃってて残念。
     どうせだったら見頃のとき来れたらよかったなぁ」
    「も少し早く、日本、来れればよかったです……ね」
     サフィもしゅんとして見せ、来日した親戚との観光、という設定を漂わせるようにしながら、近くにあったあじさいの葉を撫でるように触る。
     しかし、その手を叢雲・こぶし(怪傑レッドベレー・d03613)が元気に引いて。
    「サフィちゃん、燈ちゃん、こっちこっち。五重塔があるんだよ」
     3人の中で1番のお姉さん、ということで、こぶしは張り切って参道を進む。
    「日像ぼさつ650年記念? とかで、平成3年に建てられたんだって」
     事前にネットで調べた情報を披露すれば、サフィの瞳が輝いた。
     付け焼刃なだけにちょっと怪しいところがありますが。
     頑張るその姿に、燈は楽しそうに微笑んで、参道の先へと視線を向けた。
    「ねえ、こぶしちゃん。五重塔の向こうにある、あれが本堂?」
    「そうそう。じゃあ、そっちもお姉さんが案内するよ!」
     燈の方が背が高く年上に見えることをちょっと気にしていたりするこぶしは、演技半分競争心半分な感じで、またサフィの手を引きながら歩き出す。
     年少組が立ち去ったところで、飛び込むように駆けてきたのは、高校生組のミカエラ・アプリコット(弾ける柘榴・d03125)。
    「あじさいいっぱいだっ!」
     花の間を元気に飛び回る蜜蜂のように、数少ない花を見つける度に笑顔で顔を寄せた。
    「見頃を終えてこれですから、本当にすごいのでしょうね」
     ゆっくりその後を追いながら、くすりと微笑んだ玄瀧・ユーレリア(炎雪・d25557)も、倣うようにあじさいに手を伸ばして。
     そこにパシャリ、とシャッター音が響く。
    「綺麗な1枚、いただきました」
     カメラの向こうから悪戯っぽく笑う桐ヶ谷・十重(赤い本・d13274)に、ユーレリアは驚いたような照れたような、でも嬉しそうな表情を返した。
    「あたいも撮って! ユーレリアと一緒っ」
     気付いたミカエラが駆け寄ると、2人であじさいを挟んでにっこり笑顔。
     十重もつられるように笑いながら、またシャッターを切った。
    「被写体には困りませんね」
     そしてカメラ越しに十重は辺りを見回して。
     ユーレリアもその様子を追うようにしながら、周囲を観察する。
     仲良し3人組を装いながらも、注意は怠らない。
     そして、本堂と、先行する2グループをファインダーに収めて確認してから、十重はカメラを下ろした。
    「あちらの建物の前で、記念撮影しません?」
    「賛成! 今度はみんなで撮ろう!」
    「どなたかにカメラをお願いできますでしょうか?」
     楽しそうに話しながら、本堂へ……そこにある密室へと、灼滅者達は集まっていく。

    ●本堂に入って
     打ち合わせ通りに、特に妨害にも合わずに本堂前で合流した灼滅者達は、警戒網にかかる前にと素早く密室へと入り込んだ。
     全員入ったのを確かめたジンザはすぐに扉を閉め、密室を保つ。
     そっと状況を見ると、ティモシーは灼滅者達の侵入に気づかぬまま、予知の通り、熱心に本を読んでいるところだった。
    「広さは充分だし、外側に寄ってもらえば大丈夫だよね」
    「わかりました」
     さっと内部の構造を確認したミカエラが小さく言うと、ユーレリアが頷いて。
     ジンザも同意を伝えるように無言で頷く。
     そして改めて視線を向けた先で、ティモシーが開いた本を見せながら立ち上がった。
    「よし。では次はこのザゼンというのにしましょう」
    「Quiet! 全員、速やかに壁際へ」
     即座にスレイヤーカードを解放したジンザは、声を張り上げて大仰に手を振るう。
     呆然とする人々へ、ミカエラがにっこり明るい笑顔を振り撒いた。
    「助けに来たよ! こっちに来て、アイツから離れて!」
     ユーレリアも、近くにへたり込んでいた女性にしゃがみ込み、優しく手を差し伸べながら、早くこちらへ、と退避を促す。
    「ここから離れて後方へ!」
     黄色にスタイルチェンジさせた標識を振るいながら前へ出た十重は、背中越しに人々へ声を飛ばした。
    「おや。いつの間に入り込んだのやら」
     その動きに、ティモシーは本を閉じながら肩を竦めて見せる。
     そこにサフィの魔法の矢が向かい、燈が異形巨大化させた腕で殴りかかった。
     戦いの始まりを見た千波耶は、外の警戒要員に気づかれないようにとサウンドシャッターを展開する。
     そして十重は、その黒瞳で真っ直ぐにティモシーの碧眼を見据え、話しかけた。
    「どうもこんにちは。因果応報の時間です」
    「インガオーホー? 何だいそれ?」
     本を投げ捨て、日本刀に持ち替えながら首を傾げるティモシーに、こぶしはご当地ビームを撃ち込むが、するりとそれは躱されて。
    「あと、これはウチイリってやつかな? でも、まだそれは勉強してないから……」
     無造作に抜いた刃が、深く鋭く十重へと閃き、その膝をつかせる。
    「ザゼンにしようよ?」
     にっと笑ったその視線を遮るように燈が立ち塞がり、サフィは癒しの矢を番えた。
     面白がるように日本刀を弄び、ティモシーは周囲を見回す。
     そこでは、囚われた人々の間をミカエラの赤茶色のポニーテールが元気に駆け回り、ユーレリアの銀色の長髪が優しくも力強く揺れて老人を抱え上げ、ティモシーとの距離を広げていた。
    「外も危険な状況です。安全確認が取れるまで、動かないように!」
     ジンザは扉に警戒を示すテープを貼っていき、開けようと群がる人々を王者の風も使って牽制する。
     一般人に扉は開けられないと分かってはいるが、1ヶ所に殺到されたり、開かないことで混乱が起きることは好ましくない。
     だからミカエラも、開けて、と懇願する女性に安心させるように笑いかけた。
    「外にアイツの仲間がたくさんいて、危ないんだ!」
     そう説明する中で、ミカエラは、女性の怯えがジンザにも向けられていることに気づいて、笑みを悪戯っぽいものに変える。
    「あ、ジンザね、怖そうに見えるけど、怖くないから。
     殺すしかないアイツとは違うんだから!」
    「はい。ジンザさんは、とても面白い方です」
     ね? と求められた同意に、ユーレリアが微笑みながら頷いた。
     当人はテープを貼る作業で2人に背を向けていて、その表情は伺えなかったけれども。
     苦笑の気配だけで、賛否の声は上がらぬまま。
     3人は避難誘導を続けていく。
     その様子を面白がるように眺めていたティモシーは、外縁に集まっていく人々に向けて殺気を放とうとして。
     刹那、霊犬・エルがその目の前に立ち塞がった。
    「アナタの相手は燈たちでしょ?」
     桜を象った薄桃色の結晶を輝かせながら杖を振り下ろし、燈もティモシーの気を引くように声をかける。
    「余所見なんてしてたら足元すくわれるんだから」
     そしてそのまま桜雫と魔力とを叩きつけた。
     巻き起こる爆発の中を、千波耶がクロスグレイブを手に飛び込んで。
    「座禅がお望みなら、警策を与えてあげるわ」
     一般人から引き離すように、渾身の力で押しやっていく。
     だがティモシーは打撃を受けつつも、押し込みからはするりと逃れて、千波耶の死角からその刃を鋭く振るった。
    「ケーサクは僕の役目だよ」
     にやりと笑いかけてから再び避難の様子に目を向けようとしたところに、十重が流星の煌めきと共に蹴り込んで。
     こぶしも、ティモシーを足止めするように展開した盾で殴りかかっていく。
     密室に囚われた人々を守るため、灼滅者達は積極的にティモシーへと向かっていった。
     しかし、数では勝るとはいえ、避難誘導のために人手を割いた状態で、さすがダークネスと言うべき重い一撃を持つ格上の相手との戦闘は、均衡を保つので精一杯。
     ティモシーが一般人に手を出せないよう畳み掛ける仲間を、メディックのサフィはエルと共に必死に支える。
     だがそこに、どす黒い殺気を放ちながら、ジンザが立ちはだかった。
    「やあどうも。眼鏡は掛けないで下さいね、ルックス被りますから」
     その台詞に、あははと笑いながらミカエラも畏れを纏った斬撃を放ち。
    「お待たせしました」
     ふわりと微笑んで、ユーレリアもその影でティモシーを絡めとる。
     おや、とティモシーの注意が新規参戦した3人へ向いたのを見て。
    「喝! 集中が乱れてるよ。その本にも書いてあるだろう?」
     こぶしのご当地ビームが炸裂した。
     出来うる限りであるとはいえ一般人の避難完了、そして戦力の追加に、灼滅者達はここからと言うように勢いづく。
    「ニホンのこと、知りたがるは良いですが、人を殺す、見過ごすは出来ません」
     巨大なオーラの法陣を違和感なく展開しながら、サフィは声をティモシーに向けて。
    「お寺は神聖な場所。それを踏みにじるあなた。
     ニホンの心は永遠に理解出来ないです……ね」
     主のその思いに応えるように、エルが飛びかかり、その刃を閃かせた。
     むっとした表情でティモシーが放った護符は、そのまま前衛陣を包み込む。
    「日本かぶれも良いのですけど」
     だがその直後、至近で聞こえた声に振り向けば、B-q.Riotを手にしたジンザが鋭い視線を向けていて。
    「女性軽視は、拾うトコじゃないでしょうよ」
     その銃身のナイフで斬りかかってきた。
     負傷を無視して、後に続けと千波耶も飛び込んで、Silencerと魔力とを叩きつけ。
     さらにその隙をついた燈が、ティモシーの足を切り裂いた。
     そんな仲間達の背を見て、ユーレリアはぎゅっと手を握る。
     これが初めての戦いとなる彼女は、震えそうになる剣を必死で押さえていた。
     攻撃。それは何かを壊すことだから。
     壊れる、という怖さに身を震わせながら。
     刀身を覆う炎に視線を落とし、それを自身が持つ意味を思う。
     それは、きっと。
    (「……護る事が出来る、と、魂が、信じたから」)
     決意と共に顔を上げると、ミカエラがにっこり笑いかけていて。
     さあ行こう、と誘うように、その手のバベルブレイカーを示して見せた。
     炎を纏った剣と、過去を刻みこんだ杭。
    「やっぱり警策は僕らがやるべきだね」
     翼を広げるように帯を射出したこぶしに、千波耶も頷いて続く。
    「くそっ……」
     重なる傷に、ティモシーの余裕が目に見えてなくなっていって。
     苛ついたように振るわれた日本刀が、十重の腕を切り裂いた。
    「ほんと、あなたたち六六六人衆ってなんなのでしょうねえ」
     その傷にエルの瞳が優しく向けられたのを感じながら、十重は呆れた口調で話しかける。
    「自分の楽しみで人を害して、やり返されないなんて思ってないでしょう?」
     足に纏わせた炎と共に、鋭い蹴りでティモシーを弾き飛ばせば、苦しげな息が漏れた。
    「殺しておいて、楽に黄泉路を渡れる訳がない」
    「グランマ。この敵倒す、力を」
     あと一押しと、サフィも両手にオーラを集めて攻撃に転じて。
     燈の刃が、千波耶の十字が、ティモシーを追い込んでいく。
     そして、ふらつく相手に、ジンザは眼鏡の奥で笑みを見せ。
    「も少し、功徳を積んでおくべきでしたね」
     そのナイフを振り切ると、ティモシーは声も出せずに、最初に投げ捨てた本の上に倒れ込んだ。

    ●あじさい寺を解放して
     密室の主の灼滅を確認してから、灼滅者達は次々に本堂の扉を開け放った。
     サフィやジンザは警戒要員たる他の六六六人衆の動きに気を張っていたが、新たな襲撃もなく、人々の本当の避難は問題なく進んでいく。
     とはいえ、灼滅者達が来る前に、すでに幾人かの犠牲はでていて。
     沈んだ表情を見せる人達を、ユーレリアは悲しげに見守るしかなかった。
    「普通に観光したかったなあ……」
     十重の呟きは、そういった他の仲間の心も代弁していて。
     悪趣味な密室への思いに、雰囲気は沈んでいく。
     そこに。
    「十重、撮って撮って!」
     ミカエラが、近くにいた燈の腕を抱えて引っ張りながら、笑顔で声を上げた。
     突然のことに驚いた燈も、すぐにいつもの笑みを浮かべ、2人揃ってポーズを決める。
     十重も意図を察して、笑いながらカメラを取り出した。
     楽しそうな撮影会を横目に、千波耶はくるりと周囲を見回す。
    「もう見張られてはいないようね」
    「結果の報告に行っちゃった、とか?」
     こくりと首を傾げるこぶしに、ジンザは苦笑を見せて。
    「報告はアツシさんに行くのでしょうかね? それとも、ハレルヤさん?」
     呟かれたその名に、ユーレリアはすっと目を伏せた。
    (「例え氷山の一角でも、これで崩せたのなら……」)
     いつかはそのどちらかに辿り着けるのだろうか。
     サフィも空を見上げて、誰にともなく問いかけた。
    「ハレルヤさん、どこにいるのでしょか……」
     その答えは、まだ今は、ない。
     

    作者:佐和 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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