生と死の境界匣

    作者:一縷野望

    ●犯人さがし
    「さてーー『お婆ちゃん、誰が貴女を殺したんだい?』」
     開襟シャツに洗いざらしのジーンズ、片目の直毛の茶髪に素鼠の瞳……臓物をはみ出させて白目を剥いた老婆を掲げあげるのは、どこにでも居るような凡庸な茶髪の青年だ。
    「うん……うんうん、うん」
     死体に頬寄せまことしやかに頷く彼を取り囲むのは、数百を超える二対の瞳。
     7割ぐらいの者は食い入るように彼を見据え、放たれる声を漏らさんとす。
     2割は絶望にうちひしがれて蹲る。
     そして1割は投げやりに冷たい床に横たわる。
     共通しているのは圧倒的なる恐怖の感情。
    「ははぁ……10代後半の女性」
     ザッ。
     7割は該当する存在を探すように周囲へ視線を散らかす。
     該当する女性達は身を竦める。顔を覆う者、弁解するように首を振る者……。
    「ああ……先程の夕食を配給される時、後ろから刺されたんだね」
     青年は『配給所』と書かれた敷居へ視線を向ける。
     ざわ、ざわざわ。
     疑いあう住民達を、悦に入った笑みで見下ろす青年の名は、槇・省五(まき・しょうご)と言う。
     彼は犯人捜しの茶番をゆうるりと睥睨し、心から愉しむ。
     1日数回の殺人劇場。
     役者は捕らわれた無辜の人々。
     この後、探し当てられた殺人犯は、皆のリンチにより死を迎える。
     勿論、犯人役には凶器や証拠は配布済み。受け取り拒否は即座の死。故に犯人役は証拠を受けとり、必死に別の人物へ罪をなすりつけようとする。
     ……住民はわかっている。この殺人が槇の手により行われたのだ、と。けれどそれを糾弾なんてできやしない。
     先日糾弾したら、槇は手当たり次第に傍に居た人間を殺しだした。ざっと数十名。
     だから、できやしないのだ。
     
    ●松戸市八柱霊園にて
     確か三度だろうか、此の地の傍に密室を作られてしまったのは。
     墓石屋を片手に坂道を登り切った霊園近辺にて、依代・七号(後天性神様少女・d32743)が調査した結果、密室が作られているのが判明した。
     ゴッドセブンナンバーワン・アツシに密室を与えられ支配しているのは、槇・省五という六六六人衆の番外だ。
    「密室に潜入して、槇の灼滅を目指して欲しいんだけど……以前に比べて厄介事が増えてるんだ」
     愁いに瞳を瞬かせ、灯道・標(中学生エクスブレイン・dn0085)は溜息をつく。
    「ハレルヤ・シオンというダークネスがね、松戸周辺で『灼滅者の襲撃』を予想して警戒態勢を敷いてるんだよ」
     その名を呼ぶ際に僅かに滲む揺らめきを隠し、標は傍らの七号へ視線を移す。
    「つまり、気取られぬように八柱霊園傍の密室にまで辿り着け、そういうことですね?」
    「そ。ハレルヤが配置した配下に見つからないように、道中は充分注意して欲しい」
     
     配下の目を躱せば密室への侵入自体は簡単に行える。また捕らわれの人数が多いため、当初槇は灼滅者の侵入に気付かない。
    「一番単純にして確実な作戦は、推理劇場な場の状況や一般人は無視して槇の元に行き戦闘を仕掛けるコト」
     何故これが灼滅に近いかというと、槇は灼滅者と相対するとーーなんと、自分の手数を一般人を殺すコトにまわすのだ。殺人鬼と、魔導書相当のサイキックでこの場を地獄に、変える。
    「槇が何分間そうして、何人が殺されるかはわからない……けど、その間は確かにチャンスだよ。此方の損傷なく、かつ敵に手傷を負わせられる」
     自分の命すら粗末にしているのか、その厭世観が彼を番外たらしめているのか。
    「つまり、犠牲に目をつぶって灼滅を最優先にする作戦ですね」
     暗に一般人を庇うのも厳禁かと七号は問う。
    「そうだね。防御に執心したら、きっと勝てない」
     標は頷く、それ含みで。
     ちなみに、単純でない作戦は場の状況を利用する、だ。だが一から作戦を全てを構築し、戦闘への留意も落とせないため、非常に難易度が高くなる。
    「……とにかく、密室攻略のためには、まずハレルヤの警戒網から逃れなきゃなんない」
     失敗したら、ハレルヤ配下の六六六人衆と戦闘になる。武器や戦い方は残念ながら不明。
     ただ、早急に切り抜けて撤退する必要が、ある。
     長引かせたら侵入を察知したハレルヤにより、新たな六六六人衆が差し向けられて撤退不可となってしまうのだ。
     
    「第一目的は密室事件の解決。でもハレルヤの配下に発見されたら、そいつの灼滅を目的に切り替えて」
     今回の事件の成功失敗はハレルヤの評価に直結している。
     密室を守り切り評価が上がれば彼女自身の目的へ指を伸ばし、密室を潰され続けて評価が下がれば挽回策をたてざるを得ないだろう。
    「考えるコトが多くて大変だろうけど……」
    「それが灼滅者としてある、ということなんでしょうね」
     七号の横顔に微笑み、標は皆へと頭を下げた。


    参加者
    彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)
    紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)
    イシュテム・ロード(天星爛漫・d07189)
    フィオレンツィア・エマーソン(モノクロームガーディアン・d16942)
    海弥・有愛(置き去りのアリア・d28214)
    雨堂・亜理沙(白影紅色奇譚・d28216)
    藤原・漣(とシエロ・d28511)
    依代・七号(後天性神様少女・d32743)

    ■リプレイ

    ●偽りの解答編
    『ははぁ……10代後半の女性』
     愉悦孕む槇の声に、明らかに顔色が変わる娘が1人。いち早く気付いたのは紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)だ。恐らく密室への道中ハレルヤ配下への警戒を一身に引き受け神経を尖らせていた、そのセンサーが継続していたからであろう。
    「貸して下さいです」
     謡の合図受け気配殺し近づいたイシュテム・ロード(天星爛漫・d07189)は、少女が握り込むナイフを奪い取った。幸いにも槇は自分の視線から犯人を読み解かれたくないようで、目を盗む隙はあった。
     その間、海弥・有愛(置き去りのアリア・d28214)をはじめとした灼滅者は、蹲る2割に紛れていく。
     嗚呼、振りなどしなくても容易く溶け込めてしまうのは何という苦渋。この場にある絶望の毒素は、空気を真綿に入れ替えるように緩慢にして確実に死を突きつけるのだと彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)は溜息を落とす。
    「アンタなの?!」
    「違うわ! あなたでしょう?!」
     老若男女の高まる疑惑のフラム。殊更大きいのはソプラノとアルトのパート。
    (「なんでこんな……あんまりっすよ……」)
     やりきれない風情で頭を揺する藤原・漣(とシエロ・d28511)の内心は、煮えたぎるような怒りに充ち満ちている。
     無辜の人が命を堕とす理不尽に臍噛む彼を、依代・七号(後天性神様少女・d32743)は気遣わしげに見つつ、
    (「無茶をしなければいいのですけど……」)
     かつて眼下に置いた村人の興奮と似た気配に俯き機を伺う。
     不意に、
    「うぅ」
     高まる緊張に耐えきれぬと言う風情で、イシュテムは血塗れナイフを取り落とす
    「彼女だ」
     落ち着いた青年の声が疑惑を集積し誘導する。
    「彼女が犯人だ」
     あくまで姿は群れに暈かし、雨堂・亜理沙(白影紅色奇譚・d28216)はそう繰り返した。
     そんな亜理沙に実は夥しい嫌悪が満ちている事、被害者も加害者も知ろうよしもない。
    「……わ、私は」
     戦慄く指、歴然とした存在感をもって足下を転がるナイフ。
    「こんなところで死にたくないのです!」
     髪を掻きむしるイシュテムは周囲を突き飛ばし後方へ逃げだした。
    「追え!!」
    「逃がすなぁ!」
    「引きずり出して罪を償わせるんだ!!」
     豪奢なレース翻し走る少女へ、怒号と共に追いすがる足音は地響きとなりて場を沸かす。
     ……そこに本来の被害者すら混ざっていたのは利口と言うべきか狡猾と言うべきか。
     いや、彼女を責めるのは筋違い。赦されざる存在は密室遊びに興じるダークネスただ一人なのだと、フィオレンツィア・エマーソン(モノクロームガーディアン・d16942)はキャスケット越しの瞳で罪人を捕らえた。
    『さてっと……これは是非是非見届けなければ!』
     ……拙い。
     老婆を投げ捨て歩き出す槇に、7人はイヤホン越しの相談を瞬時に展開する。
     斯くなる上は――。

    ●謀
    『行動開始』
     謡の合図はイシュテムに知らせる意図もある。それに合わせ跳ね起きたのは漣だ。
    「もう、沢山っすよ……」
     喚き立て周囲の人間を下がらせるよう何度も地団駄を踏み癇癪を起こす。
    「オレ、オレ……わああああ」
    「どうして……こんなことを」
     騒ぎの中相変わらず無反応に横たわる者を押し退けて、謡は体を引き摺りにじり寄る。
    「家に帰してください……」
    「そうよ……いつになったらここから出られるの?」
     人が退けた淵、防波堤になるように対称で立ったのは七号とフィオレンツィアだ。
    『帰りたいのなら犯人を捜す事だね、諦めて文句を吐くだけの愚者に未来はない』
     懐に手を差し込む仕草に過去の惨殺を思い出したか、怯えたように後ずさる人々。
     そうだ、今は少しでも遠くへ――とはおくびにも出さずに灼滅者達はヒステリックな抗議を破裂させる。
    「どうして私達は選ばれたの?」
    「友達と遊ぶ約束だってあるんです……お願いします」

     ――あっはっはははははは!

     そんな中浪々と響き渡るは、果たして槇ではなく亜理沙の笑いであった。
    「そいつだ! そいつが煽ったっす!!」
     顔赤くして指さす漣を亜理沙は首を傾けて受け流す。
    「次の犯人は、彼らの中から選んでみませんか?」
    『ははーん……キミ面白い壊れ方をしたね』
     足止めた槇は『それとも最初からかな?』と軽妙にからかった。
    『ふむ、探偵君達は皆ご出張。確かに仕込むにはいいチャンス、連続殺人事件と行こうか』
    「……まだ事件は片付いていないぜ」
     罪愛すその名の儘に狂うた面でゆらり、倒れ込むようにして槇にしがみついた。
    「ワタシが真犯人だよ」
     まだ紅蓮の如き寄生体は制御し隠し絡めた腕に力を籠める。
    「あのババアはアンタが刺した後も息が合ったんだ」
    「そ……その人が犯人だっていうなら……」
     呼吸困難の如き荒い息で立ち上がり、さくらえは唇を戦慄かせる。
    「ワタシだって犯人です……っ」
     予想外だったのは傍に居た人々だろう。まさかの虫も殺さぬような女性の告白に、恐怖という感情が蘇ってくる。
    『へえええ』
     罪愛に羽交い締めにされるが儘に、新たなる殺人者の登板を興味深げに探る槇。
     一方、
    「いや……いやよ。あの人以外にも殺人犯なんて……!」
    「ひいい! 殺されるっ! 逃げるっすよおお!!」
    「帰りたいです、お願いですお願いです」
    「ああ、こんな場所にはいたくない」
     フィオレンツィアに漣、七号に謡には2割を……出来れば意志なき1割も下がらせんと恐怖を煽った。
    「ワタシを殺してアイツを呼び戻してくれ」
     更には常日頃2つの人格を抱える有愛が真に迫った絶叫で縋り付く。
     膠着。
     混乱。
     ――使嗾。
     いつしか叫ぶような7人と面白がる槇、今までになかった展開に巻き込まれまいと逃げはじめる人々。
    「ワタシを殺してみろよ……なァ?」
    『さすがに鬱陶しくなってきたなあ』
     鍵爪であいた襟の内側を引っかかれ槇は形の良い眉を寄せた。そろそろ彼方で私刑が始まる頃だろうし?

    『次の被害者はキミでいいや』

     芝居の終焉――。
     その声をイヤホン越しに聞いたイシュテムは、迷宮の進入口付近で身を屈めていた。
     ハレルヤ配下がいつくるとも知れぬため入り口の開放は儘ならなかったが、此処まで誘導すればしばらくはもつはずだ。
     更なる足止め招くためそっと偽り凶器を置くと、気配を殺し身を翻す。
    「誘導完了、戻るですよ」
     ……仲間達が持ちこたえるのを祈り彼女は走る。

    ●此の展開は、外道
     つ。
     チョークで引かれた1本線、破けて吹きだす紅飛沫。
     2つの指はナイフの如き切れ味で、罪愛の喉を斬り裂いた。
     しかし、だ。
     感触の差異に槇はすぐに勘づく。更にしかしを重ねるが、其れは灼滅者の想定内。
    「逃げろ」
     低く獣が唸るように響く声。
     地を蹴り獲物を捕らえるように蹴られる死に体の老婆。
     掌翳し招いた神薙ぐ刃は謡から旅立ち槇の肩を抉った。
     パニック飾る悲鳴の歌声を背に、1本の線の如き真摯な踏み込みで距離を詰めたのはフィオレンツィアだ。
     形の良い手は蒼に融け巨なる十字を孕み不格好に膨れあがる。
    「許すわけにいかない」
     不意を突いた今、畳みかける。
    「卑劣なダークネスは、狩るわ」
     果たして強酸浴びてのたうつ槇を前に、紫苑の彼女は怜悧に冷静に怒りを口ずさむ。
    『は……ははは、灼滅者』
     怒りと諦観、しかし勝ったのは……怒り。
     煮えたような灼熱で喉疵塞ぐ『真犯人』へ、忌々さ露わの足払い。今度は本気の人殺シ。
    「痛ぇなぁ……やりゃあ出来るじゃねぇか」
     台詞と裏腹、痛みなど毛程も感じぬとでも言いたげに余裕綽々。
    「ままごとは済んだか? じゃあ寝る時間だぜ」
     ぱしゅり。
     同時の音は罪愛が射出した弾丸が胸焦がすモノ。
    「皆さん」
     追撃を加える仲間を示し、七号は己を豪奢さで包み喉を振り絞る。
     2割の半数以上は既に引いている。導かれぬため弱者は踏みつけにされ怪我……下手すれば命を落とすだろう。しかしそこまで構うことは不可能と判断。それは誠に賢明である。
    「ほんの少しでも生きたい、という気持ちがあるのなら、その足で立ってここから離れてください!」
     そんな坩堝へ更に押しやる方が、此処に残すよりまだ助かると判断、した。
     故に七号が告げる此は、未だ逃げる判断のつかぬ半数へと気力すらなくした1割の憐民への言葉だ。
    「ここは抑える」
     鼓舞に震える心の在処を抑え、さくらえが滑るように投げやりな彼らの前に躍り出た。
    「だから足掻いて、お願い」
     誰だって死にたくない。
     こんな理不尽な恐怖から、一秒でもはやく解放されたい。
     ……そう、誰だって。
     背で守ると斜線を遮るさくらえの手にした符は、槇へ未だしがみつく有愛を包み守る。
    (「ナナさん……」)
     仲間の影に潜むよう走る亜理沙。だがその攻撃は非常にダイナミックだ。子供の体躯は軽くある聖職者の十字を悪辣なる殺人者の土手っ腹にめり込ませ、亜理沙は七へ気遣わしげな眼差しを向ける。
    (「亜理沙さん」)
     大丈夫と七号は気丈に面を縦に揺らす。
    「今のままじゃ勝てないんです! 力を貸してください!」
     ――命を零れ落とさぬためならば、再び偶像へ身を窶しましょう。
    (「わかったよ、縋ろう……」)
     嗚呼、年上の友は少女の心を慮り憂う。
     その少女は、昔のように厳かに手の甲を天に翳し指輪からの漆黒で槇を戒めた。
    「あぁ、あ……」
     感銘示す声が漏れ、生きる屍の中這いずるように下がる者が現れはじめる。
    「……出来る範囲でいいっす。逃げそびれる人の手助け頼むっすよ」
    「ナーノナーノ」
     判断ついて逃げる若者へ漣は願うように告げ浮かべた盾の矜恃の儘に前へ。その姿はさながら移動要塞、身を犠牲に守り通す誓いのせて合わせた手の甲を敵顔面へと叩き下ろした。

    ●指の隙間
    『やっぱよい子ちゃんはモブすら殺したくなあい……ってかい?!』
     短く舌を出し魔導書を繰る槇は、怒りを抑え込むと煉獄の炎を横たわる者集う辺りへ着火する。
     判断より先に体が動いたのは、護り手の有愛と漣である。
     断末魔の悲鳴。
     肉の焦げる臭気と厭な音。
     ……それらがほぼ同時に匣を満たす。
     2人の護り手、庇えるのはただ2人――選んだのは、子を力無く抱く母と、訳もわからず瞳を瞬かせる幼子だった。
    「お母さん。生きて、欲しいっすよ……」
     取り零した5つの命に悔しげに唇歪め、漣はそう絞り出すのがやっとだった。
     ……それでも。
     それでも、失われた命が5つで済んだのは僥倖なのだ。残る合計3割の内、2割8分までを知略で退去させる事ができていたのだから。
     もし、侵入直後に槇に仕掛けていたら被害は軽く10倍は数えたに違いない。
    「ナノ~」
     シエロのハートがふわり、憔悴見せる主を励ますように吸い込まれる。
    「怯まないで! 守るべき人を見るんだっ!」
     掬い上げた命が心を折らぬように、亜理沙は声を迸しらせた。
     彼が足の腱を斬りできた揺らぎを、攻撃手のフィオレンツィアは見逃しは、しない。
    「命を弄んだ報い……その身で受けるといいわ」
     寄生体とフィオレンツィア本来の拳が鬩ぎ合い爆ぜ上がる蒼は、軋む音たて腰から胸をこそげるように圧倒的な力をつきつけた。
     ――負けるものか、嗜好ただそれだけで命を軽はずみに奪う輩に。
    「にゃあ!」
     箒にお嬢様坐りのイシュテムの隣、ぬこのやや濁った声が響き尻尾のリングが澄んだ光を放った。
    「くだらないインチキ推理ショウは終わりですの」
     沈む空気を打ち消すように、イシュテムは真っ赤な帽子を被りヒールで床を1回弾いた。
     すると、融けるような影がたちまち広がり槇を溺れさすように包み込む。
     続けざま灼滅者達は残る者へ逃げろと叫び促した。
    「落ち着いて、転ばぬように」
     謡が解けかけの包帯をつまみ上げ放つ先には、ナイフを逆手に持ち襲いかかる有愛が、いる。

    ●生と死の境界
    「見えてるかー? おーいママゴト野郎」
    「もう、誰も誰も……っす」
    「みにゃ!」
     槇の一般人を害する呆けは2回。しかしその何れも、護り手の二人とぬこの身を張った防御により阻止された。
     合計3回非効率な攻撃をしてしまった事。
     序盤から回避の甘さを孕んだ結果、気がついた時には射手多めの布陣へ太刀打ちが一切できなかった事。
     ……代償は槇にとって計り知れぬものであった。

    「無理しないで」
     しゅるり、解けた包帯が匣をあけるように舞い到達点をくるむ。がむしゃらに身を捨てるように護る漣を、謡は特に気に掛け癒していた。
     肌掠める空気は伝えている、終幕は近い……と。
    「諦めたくはなかった。いや……」
     黒い花びら葬送曲、さくらえは睫を揺らし槇の裂けた開襟シャツの隙間へ夥しい影を送り込む。
    「諦めてなんか、いない」
     取りこぼした命への悔悟籠めさくらえは唇を切り結ぶ。
     ぬこの額のしましま撫でて、イシュテムはねぎらいを浮かべた。
     だがすぐに磨き上げた瑠璃にて殺人者を射抜く。ぴんと伸ばした背筋ですんなりとした腕を掲げる。
    「地獄で詫びるですよ――遊びで消した命の炎に」
     狙いはさくらえの花が蝕む胸元、星が集まるように目映く輝く光は果たして鋭く罪人の胸を焦がした。
     巡るように裾翻し、至近に詰めた七号は握った拳で顎の下をしこたま打ち付けた。
    「許しません」
     命奪った事、特に漣の前でそれを為した深き業罪を決して。
    「……本当に、イライラする」
     乾きを吐露し、白髪の青年は心に抱いた嫌悪をもはや隠しもしない。そこには当初被ったトリックスターの巫山戯た顔は、ない。
    「そうだ……君の血でも、もらおうか」
     命、もらおうか。
     裂いた胸元滴る血に舌なめずり。
    『か……やっぱり……無理、だよなぁ』
    「それは最初から諦めていたからよ」
     あくまで静逸に、フィオレンツィアは腕を下ろすと細い紫糸越しに膝つく男を見下ろした。
    「あなたには覚悟が、ない」
     例えば私が不死王戦争で多くの命を奪った時のような。
    『はっははははは! 同じ人殺……』
    「……」
     僅かに有愛が眉を寄せるも、それっきり。
    「同じものか」
     ぷつり。
     それは不遜な遊びに耽った罪人の喉が壊れる軽い軽い、音。蒼から伸びた帯は、それ以上の音を赦しはしなかった。

     ――斯くして、墓の元で行われた死者と生者の冒涜は、此にて幕を引くのである。

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 14/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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