密室劇場と王子様と

    作者:彩乃鳩

    ●死の劇場
     千葉県松戸のとある劇場。
     密室と化した劇場内は今日も、パフォーマンスに励む音と悲鳴が交錯する。
    「素晴らしい、合格です」
     華やかなBGMと、スクリーンに映る丸印。
     伊達メガネをかけた、如何にも業界人といった風貌をした男。MAD六六六の、マスターPは手を叩いて喜んだ。
    「惜しむらくは、ビブラートが少し一般受けしない種類という所感ですが……この個性を上手く武器にして欲しいですね」
     ステージ上で、歌っていた女性は安堵の息を吐く。まさに、九死に一生を得たといった表情で舞台を無事に降りた。
    「では、どんどん行きましょう。次の方、どうぞ」
    「は、はい。三十二番、ジャ、ジャグリングをやります」
     次にステージに上がった青年は、バトンを手にしていた。彼は空中でトスしてはキャッチを繰り返す。顔面は蒼白。ガタガタと、演技をしながらも全身が震えている。
    「あ」
     緊張のためか、その動きは硬く……最後の最後でバトンは彼の手から滑って地に落ちてしまう。落ちて、しまった。
    「残念。不合格です」
    「ちょ、ちょっと待ってくれ! もう一度、もう一度チャンスを!」
     ブブーという音と共に、スクリーンには大きなバツ印が浮かぶ。
     マスターPは、心底がっかりした面持ちで舞台上の青年に近付いた。
    「私を満足させられないような演技者には、死を――」
     鈍い音が鳴り。
     青年の体が瞬時に、八つに裂かれる。密室内の人々は何度目か分からぬ悲鳴をあげた。
    「もう嫌!」
    「いつか、こ、殺される!」
    「た、助けは来ないのか!」
    「出して! ここから出して!」
     この密室で生き残る術はただ一つ。
     舞台に上がり、この殺人者が満足するような芸事を成すしかない。もし、不合格の烙印を押されれば最期だ。
    「うーん、参ったなー」
     そんな恐怖に支配された劇場内において……場にそぐわぬ呑気な声が、混じっていたことに気付いた者はいなかった。
    「密室殺人を見物に来たは良いけど、出る方法が分からないとは。メイさん、怒っているだろうなあ」
     
    「松戸市で密室が、発見されました」
     五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)が灼滅者達に説明を始める。
     白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044)の調査によって、劇場の密室が作られていることが判明したのだ。
    「ゴッドセブン・アツシに密室を与えられ支配しているのは、マスターPという六六六人衆の番外です」
     マスターPは人々をステージに上げて、何かパフォーマンスをさせる。それが気に入らなけば殺す、という行為を繰り返しているようだ。密室から脱出するためには、この六六六人衆を灼滅する必要がある。
    「今回の件で気をつけなければならぬことが、二つあります」
     一つはこの密室内に、マスターP以外にもう一人厄介な人物がいること。
     序列五五三番タイガ・カズマという六六六人衆が、お忍びで密室内を見物しているのだ。
    「彼は以前に、武蔵坂学園と兵刃を交えています。MAD六六六とは無関係のようですが、正直どう動くか分かりません」
     もう一つの注意点は、松戸周辺をハレルヤ・シオンが警戒態勢を敷いていること。
     バベルの鎖に察知されないように行動する『灼滅者』の行動パターンを予測して松戸市の警戒を行っている為、まずは彼女の配下に見つからないように行動する必要がある。
    「灼滅者から密室を守る事で、MAD六六六での地位が向上すればハレルヤ・シオンは目的に近づく事ができるのでしょう」
     密室を攻略するためには、ハレルヤの警戒網から逃れる為の作戦が必要となる。もし、ハレルヤ配下と戦闘になった場合は、素早くその場を切り抜けて撤退することが第一となる。
    「ぐずぐずしていると灼滅者の侵入を察知したハレルヤにより、新たな六六六人衆が増援にあらわれ、撤退できなくなります」
     警戒にあたっているハレルヤ配下の、武器や戦い方などはわかっていない。
    「マスターPの方は芸事に熱心のようですから、そこを利用できれば密室内の人達の安全をより確実に出来るかもしれません」
     劇場内は広く、現在千人近くの人々が詰め込まれている。
     密室の中に一度入ってしまえば、紛れ込むことは充分に可能だろう。
    「密室の外も中も対策が必要ということだね」
     今回の依頼に参加する遠野・司(中学生シャドウハンター・dn0236)が確認すると、姫子は頷いた。
    「松戸の密室の事件を解決する事が第一の目的ですが、敵に発見された場合は警戒にあたっていた六六六人衆の灼滅と撤退を目的として行動して下さい」
     密室事件を解決する事ができれば、ハレルヤのMAD六六六での評価が下がり。できなければ、ハレルヤのMAD六六六の評価が上がるだろう。それは今後のハレルヤの行動に影響が出るということだ。
    「どちらと戦うことになるにしても、充分に気をつけて。皆さんの健闘を祈ります」


    参加者
    万事・錠(ハートロッカー・d01615)
    廣羽・杏理(フィリアカルヴァリエ・d16834)
    白石・翌檜(持たざる者・d18573)
    アルディマ・アルシャーヴィン(リェーズヴィエ・d22426)
    鳥辺野・祝(架空線・d23681)
    ターニャ・アラタ(破滅の黄金・d24320)
    白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044)
    観葉・あとり(中学生七不思議使い・d34456)

    ■リプレイ


    「観葉は、どの演目が好き?」
    「普段は、歌劇をよく見ますよ」
     私服で観劇に向かう学生……を演じる者が二人。
     鳥辺野・祝(架空線・d23681)と観葉・あとり(中学生七不思議使い・d34456)だ。待ち合わせを装い、他班と密かに連絡をとる。 
    「今の所、ハレルヤ配下の影はなしだよ」
    「予定通り、このまま祝さんと密室へ向かいます」
     現在松戸は、どこに敵の目があるか知れたものではない。
     灼滅者達は目立たぬよう数組に分かれて、問題の劇場を目指していた。万一、警戒網に引っ掛かった場合には即周知し合流する手筈だ。
    「分かった。そっちも気をつけろよ」
     連絡を受けた白石・翌檜(持たざる者・d18573)は、偽装用のギターを抱え直す。アルディマ・アルシャーヴィン(リェーズヴィエ・d22426)も頷いた。事前に地形を把握し連絡は密に。少しでも早く確実に密室へ。それが犠牲者を減らすことにも繋がるはずだった。
    (「上手くバンド仲間に見えてくれれば良いけどな」)
     万事・錠(ハートロッカー・d01615)は、さりげなく周囲を注視しながら歩く。 
     バンド集団がコンセプトの錠、翌檜、アルディマの三人は、マスターPの気を引く芸事を担当する班でもある。
    「夜奈ちゃんにアイス買ってあげようね」
    「うん……お兄ちゃん」
     廣羽・杏理(フィリアカルヴァリエ・d16834)と白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044)は観光中の兄妹という設定だ。猫変身したターニャ・アラタ(破滅の黄金・d24320)は夜奈に抱えられていた。
    (「嘆かわしい、MAD六六六のせいでマッドシティになってしまったのだな」)
     ターニャが変身したのは金色がかったペルシャ猫。可愛らしいが、何となく態度が大きい飼い猫である。
     ただ、松戸の現状と密室事件を憂えているのは仲間も同様だ。
    (「救えるものは全部掬いたくなるものです。零れ落ちないよう全部腕に掻き集めて」)
     兄妹の演技をこなし。
     裏ではスマホで位置や時間などを他のチームと通信しながら。
     杏理は、決意を固めていた。
     もし、観客が全滅。或いは誰か死ぬくらいなら――そこまで考えて、背後からの不意の声に思考は中断させられる。 
    「あ、あの武蔵坂学園の灼滅者さん達……ですよね?」 


    「あなたは……」
     声を掛けてきた人物に、夜奈とターニャは見覚えがあった。
    「お、お久しぶりです。タイガ様従者のハクバ・メイと申します」
     眼鏡をかけたメイドがガチガチに畏まる。以前タイガ・カズマと一緒に見かけた少女だ。
    (「まさか、こんな場所で再会するとはな」)
    「え、えーと、戦意はないので、私の話を聞いて――あ」
    (「?」)
     メイはターニャを見て、言葉を止め――蕩けるように破顔した。
    「ね、猫さんだー! か、可愛い!?」
     恐ろしいほどの早業で、ペルシャ猫……ターニャを抱き上げ。
     メイドは幸せそうにくるくる回った。
    「ニャンコー、ニャンコは正義ー、ウフフー……はっ! すいません、ちょっと我を忘れました」
     灼滅者達の視線に気づいたメイは、名残惜しそうにターニャを夜奈に返す。急激に空気が弛緩した。
    「……それで、話とは?」
    「は、はい。察するに密室劇場に行くんですよね。でも、このままだとMAD六六六の警戒網に引っ掛かります」
     灼滅者達は顔を見合わせた。
    「私が安全なルートで案内しますので、み、皆さんついてきて下さい」
    「何で、そんなこと、してくれるの?」
    「タ、タイガ様が戻ってこないのが心配で。私は密室に入らぬよう命じられていて困っていたんです……あの王子様は、序列が五百番台まで落ちても本当どこ吹く風で」
     夜奈の問いに、メイドの少女はあたふたと答える。
     密室事件が解決しないと、困るのは同じらしい。
    「そ、それに、私は灼滅者とダークネスは想いを伝え合えば手を取り合うことだって、出来ると思うんです……タイガ様にはいつも大笑いされますけど」
     結局メイは半ば強引に、全班を劇場の前へ案内した。
     灼滅者側にしてみても、ここで無用な騒ぎを起こすわけにもいかない。
    「はっ! また、猫さんが。うう、撫でたいっ」
    (「この人が、タイガさんのメイドさん……」)
     猫変身してアルディマについてきていたサポートの山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)を見て、メイがまた暴走しかかった一幕もあったが。敵に遭遇することはなかった。
    「知らせを受けたときは、方針を変更せざるをえないと思ったがな」
    「一応、礼を言っておいた方が良いのかねェ」
     アルディマにしても、錠にしても意外な展開には変わりない。次々と密室へと乗り込む灼滅者達一人一人に、メイは深々と頭を下げた。
    「皆さんのご武運をお祈りします……タイガ様にはお気をつけて」


    「はい。次の方、どうぞ」
     密室劇場は、死の匂いに満ちていた。
     マスターPが立つステージの上は、鮮血の斑が広がっている。犠牲者達の無惨な姿は、目を覆いたくなる有様だった。
    「自分基準のゲーム感覚で人を殺す……これだから六六六人衆は」
    「遠野達は一般人対策を頼む。誘導と被弾しないように保護だ」
     祝は嫌悪の念を抱きながら小型インカムを装着する。錠や他の者もイヤフォン風に偽装したものなどを用意している。灼滅者達は群衆に紛れて、それぞれの分担場所に向かう。
    「残念。不合格です」
    「ちょっと待った。それより俺達の芸を見てもらおうかっ」
     スクリーンに大きなバツ印が浮かぶ。
     最後尾に並んでいた芸事班は、一般人を殺害しようとするマスターPとの間に身を呈するように割って入った。
    「日頃鍛えた腕前、存分に魅せてやっぜ!」
    「ふむ? 大した自信ですね」
     錠は慣れた手つきでドラムを組立てる。
     スティックを華麗に回し、披露されるパワフルなドラミング。緩急付けたドラマチックなフレーズは聴衆を魅きつけた。
    「ほう!」
     マスターPが目を見張るのとほぼ同時。
    『タイガを発見しました。三階席中央です』
     サポートの興守・理利(伽陀の残照・d23317)から通達が入る。
    「分かった。私達はタイガとの交渉に動く。皆は避難指示を頼む」
     猫変身を解いたターニャの後ろに、夜奈も続く。
     祝や杏理達は手分けして舞台から見えにくい位置から、避難誘導を進める。
    「脱出の相談しよ? 気付かれないよう静かに上の階に集まって」
     ラブフェロモンを使用して、極力こっそり順に声掛けをしていく。舞台上の動向に注意を払うことも怠らない。芸事組が時間を稼いでいる間が勝負だ。
    (「見回り役の六六六人衆に乱入されたら危ない……杞憂ならいいけど」)
     あとりは脱出が進むのを待ちながら、可能性を心に留める。
    「錠さん、翌檜さん、アルディマさん……どうか、無事に帰ってこれますようになのです」
     何としても大事は起こさせない。
     北南・朋恵(ヴィオレスイート・d19917)は、父親代わりと慕う人達のためにも、懸命に避難をサポートした。


    「お、ターニャ君にヤーニャちゃん。こんな所で奇遇だねえ」
     序列五五三番・通称斬り裂き王子。
     面識のある二人に気付いたタイガ・カズマは、旧友に再会したかのようにはしゃぐ。
    「ヤーニャって、よばないで」
    「はは。相変わらずだなあ、ヤーニャちゃんは」
     どんなに冷たくつっけんどんに睨んでも、気にした様子もない。
    「密室殺人も盛り上がってきたね。斬新さんも退場しちゃったし、今やホットなのはアツシ君やハレルヤちゃん辺りかな」
     綺麗に微笑みながら紡がれる殺意に。
     灼滅達は気を引き締めながら対する。
    「タイガ・カズマ。私達は共闘と一般人への配慮を要望する」
    「共闘? 僕と君達が?」
    「ヤナたち、密室かいじょ、するためにここにきた。
     マスターPたおせば、出れる。
     メイさんってひとに、おこられるの、イヤなら。
     あなたも、いっしょにたたかう?」
    「ふーん。それなら……僕がここで密室内を皆殺しにした方が早くないかな?」
    「!」
    「なーんて、冗談だよ」
     人命優先でなければ、この六六六人衆を倒してしまいたい。
     そんな夜奈の言外の態度も意に返さず、カズマは視線をステージへと移す。
    「音楽は既に仲間が披露しましたが、少し趣向を変えてオペラの曲を」
     舞台を引き継いだアルディマが、今度は有名なオペラのアリアを歌う。劇場内に響く独唱にしばし耳を傾けるカズマに、ターニャは脈ありと判断した。
    「ふふっ、王子様ならお姫様の我儘も快諾するものではないか?」
    「そうだね。じゃあ、一つ条件を呑んでくれるかな……お姫様方?」
     斬り裂き王子は指を立てて悪戯っぽく笑った。
    「この密室で誰も闇堕ちをしないこと……それが条件だ」


     序列五五三番との交渉結果は、即仲間達にも通信された。
    「まさか、敵に釘を刺されるとはね」
     カズマの真意は分からない。
     ただ今回、杏理をはじめ闇堕ちも辞さない覚悟の者が多いことは事実だ。
    (「とにかく。二流は二流なりに、やれる事をやるだけだ」)
     インカムを外し、翌檜は三番手として舞台に上がる。トランプの手品と話術で出来る限り時間を稼ぐ。カズマの件は別にしても、少しでも避難誘導組に時間的余裕を与えるために引き伸ばした。
    「さあ、このカードの中から一枚選んで――」
    「待ちなさい、どうやら外野が騒がしいようですね」
     避難が進めば進むほど事態は発覚しやすい。観客席の動きに気付いたマスターPに対し、翌檜は大仰な態度で立ち回る。
    「ちょっと待ってくれ。俺たちにはもうひとつ、とっておきの芸があるんだ」
    「……とっておきの芸ですと?」
    「どうせここは密室。慌てなくてもアイツらはどうせ逃げられない。だったら芸を見てからだって遅くはない……違うか?」
    「まあ、それもそうですか」
     芸事に熱心なマスターPの気が逸れる。
    「俺たちの最後の芸、それは何だと思う?」
     近場に控える仲間達は、気づかれぬように構えた。
    「正解の発表だ。答えは――その身体で味わいやがれ!」
     翌檜とマスターP。
     二人の黒死斬がぶつかり合う。
    「まさか、武蔵坂の手の者かっ」
    「貴様の相手は私だ、こちらを向け!」
     間髪入れずアルディマが、シールドバッシュで注意を引く。錠はレイザースラストで敵を狙った。
    「全員極力舞台から離れて!」
    「舞台から離れて後方へ! 手ぇ出させないから信じろ!」
     あとりが割り込みヴォイスで、周囲へ声掛けしてから合流する。祝もステージへ急いだ。杏理は一般人の避難が、まだ残っているのを懸念したが。
    「杏理はとってもつよーいから、おもいっきりたたかえるように、てつだうね」
     と手助けするために付いてきた、深匡・千栄(捨て猫・d33988)が後を請け負う。他にも理利、朋恵、透流などのサポート組も動いている。
    「わかった、後は任せるよ」
     頷いて、杏理はダイダロスベルトを遠距離から射出し参戦する。マスターPは、連続する攻撃に口元を歪ませた。
    「武蔵坂学園流のパフォーマンス、確かに驚きはしましたが。この程度では、合格点はやれませんね」
     敵はバイオレンスギターを取り出し、見事なビートを刻む。まさに魂が籠った殺人音波が灼滅者達を襲った。
    「さすがに芸達者ということか」
     上階から降りてきたターニャが、槍と十字架の重量級武器の変則二刀流で戦闘態勢に入る。黒衣のミリタリー幼女は、こんな時でも無表情だ。
    (「ヤナは、ジョーのドラムの方が、好き」)
     夜奈の方は、錠の大ファンであるため完全にそちらびいきである。本人には恥ずかしくて、とても言えぬのだが。
     ともあれ、敵の一撃の威力はあなどれない。
     翌檜はソーサルガーダーでディフェンダー陣の守りを固める。アルディマはワイドガードで前衛にBS耐性を付与した。
    (「初依頼ということに甘えず、迷惑をかけないようにしないと」)
     あとりは錠から順に味方を癒しの矢で強化する。
     相手の回避性能は高い。
     錠がサイキック斬りでブレイクを試み。祝が連携してグラインドファイアを放つが、巧みな体捌きで躱される。ステージに掲げられたスクリーンには、ブブーとバツ印が浮かんだ。
    「チャンスが一度きりなんて狭量な奴だ」
    「芸に妥協はしない性質でしてね」
     杏理とターニャが十字架戦闘術で足止めをする。続いて夜奈はレイザースラスト、ビハインドのジェードゥシカは顔を晒して攻撃した。
    「どれ、お次は別の芸をお見せしよう」
     マスターPが今度はウロボロスブレイドを手にした。
     鞭のようにしなり動きを封じ。変幻自在に動く刀身が陣営そのものを切り刻む。この六六六人衆は、言うだけあって多芸だ。多彩な技の数々に、灼滅者達は翻弄されていく。
    「さて。そろそろ、観客席の方も整理しておきますか……二度と愚かな夢を見ぬように」
     MAD六六六の眼光が、避難する人々に向いた。
     手品のように無数のナイフが出現し、ジャグリングしながら投擲される。
    「っ!」
     サポートの千栄が守りを固め、透流が一般人を護り、理利が攻撃を盾で防ぐ。だが、それでも凶刃の全てを払うことは叶わない。絶望的な暴威が、観客席全体へと向かい――
    「五五三番、『合体ロボ・ブレーメン5!』を口遊みながら反撃します」
     陽気なメロディと共に、タイガ・カズマの剣雨が全てを押し返した。


    「殺人者の気は逸れたので大丈夫、落ち着いて下さい!」
     理利や朋恵達が、観客席の皆を落ち着かせる。
     だが、この場面で最も動揺していたのは密室の主の方だった。
    「序列五五三番の斬り裂き王子!?」
     三階から一気に、舞台へと飛び降りてきたカズマに。
     手傷を負ったマスターPの声が震える。
    「な、何故、お前が灼滅者達を助ける!」
    「そうだねー。僕も自分で自分が不思議だよ」
     と、そこでカズマの後ろに立った人物がいる。
    「よう、俺のこと憶えてっかな? この間世話になった灼滅者だ」
    「はは、君にまで会えるとはね。北条君」
     カズマと交戦した経験がある北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495)は、サポートとしてその動きにずっと目を光らせていた。
    「アンタと対等に交渉が出来るとも思っちゃいないが、もし可笑しな動きをするなら、差し違えてでも止めてやるぜ?」
    「オーケイ。ここから出るまでは仲良くいこうか」
     かつて、命のやり取りをした二人の視線が一瞬だけ交錯し。
     カズマはマスターPへ向かい。葉月は避難誘導に戻る。
    (「ちょっと、複雑だけど。いまは、いっしょにたたかう」)
     夜奈が即座にクルセイドスラッシュを放つ。敵の動きは明らかに鈍い。他の者もこの好機を逃さない。
    「これ以上の暴挙、見逃さんぞ」
    「くっ」
     アルディマは確実に攻撃を命中させ、バッドステータスを蓄積させていく。ターニャの槍が唸りをあげ、光の砲弾が放たれた。あとりが、辛抱強く味方を強化したおかげで全体の命中率も上がってきていた。
    「理不尽も不条理も人生じゃ当たり前。全く以てその通り。だからって、その因果の根源を見逃す理由にゃならないよ」
     祝が放つ妖冷弾の氷が相手を苦しめ。
    「ほら来いよ序列番外。殺したんなら殺してやる。応報喰らって輪廻に迷って来ると良い」
     更に切り替えたグラインドファイアの炎が延焼する。
    「このっ……味なマネをっ!」
     マスターPが祝に向けて必殺の鞭剣を振るうが、翌檜が壁となって立ち塞がる。
     先に死なない、最期を看取ってやるという約束が二人にはある。当然、ここで死なせるつもりもない。
    「へー。絶縁の殺人鬼と、家族としての秘めた思い……か」
     見えないものを見通し。
     何かを見透かすようにカズマが笑う。
     次いで、今度は連携して一撃一撃を積み重ねる杏理を見つめる。
     ――何の為に強くなったのか。どうすれば心の孔が埋まるのか。少なくとも、誰かを助けてダークネスを灼滅すれば癒される。
    「埋められぬ孔……こちらも興味深いね」
     激戦の中、一人一人を眺め。最後にカズマの目に留まったのは同じ六六六衆だった。
    「さて、君の心の傷の出番だ……マスター・ピエロ君」
     序列五五三番がつけた傷に反応して、MAD六六六のトラウマが再現される。
    「ひっ!」
     マスターPの視界に、血塗れのピエロの格好をしたトラウマ達が群がる。それは、彼がことごとく殺してきた犠牲者達の姿をしていた。
    「想いを伝える。それはラブリンスターさんを始め、僕達ダークネスにはとても難しい……結局、君は人間に嫉妬していたんだね」
     芸であれ何であれ。
     バベルの鎖は、想いを伝え合うのを大きく阻む。
    「さァて、今度はテメェの断末魔を聴かせてくれよ。ココで殺したヤツ全員分より、デッケェ声で頼むぜ!」
     錠の渾身の一撃が直撃し、マスターPは芸のない大声を残して消滅した。スクリーンが崩れて外への出口が出現する。
    「次があれば別の舞台にしたいものだな。密室は正直息が詰まる」
     ターニャの言葉に誰もが頷く。
     灼滅者達は混乱しないように、生存者を劇場外へと誘導する。あとりが見回り役の六六六人衆の乱入に、気を配っていると肩を叩かれる。
    「お疲れ様、ルーキー君。良い動きだったよ。また、どこかでね」
     序列五五三番が笑って、あとりに賛辞を送った。
    「……皆で家に帰ろうぜ」
    「万事君だっけ? また無駄なことを……そういうの嫌いじゃないけど」
     走馬灯使いを使用する錠に、微笑んでから。
     斬り裂き王子は、ラブリンスターの『飛び出せ初恋ハンター!』を鮮やかに口笛で奏でて、いつの間にか消えていた。

    作者:彩乃鳩 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 11
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