暗澹

    作者:菖蒲

    ●sombra
     くす――。
     耳障りなその声は、夏寺の中で怪談話を続ける男女には聞こえない。
     寂れたその寺は、草木が生い茂り根拠もない噂や使い古された怪談話をするのによく似合う。茫と照らされた灯りがぬらぬらと『それらしい』雰囲気を作り出している。
    「お訊きなすって」
     雪色の長い髪はべっとりとインクを零したかのよう。髪の隙間から覗く暗澹の瞳は虚空を眺めながら嬉しそうに唇を震わせた。
     寺の中で男女が話した噂話――愛おしい『暗澹』にとっての、食事の時間。
    「こぉんな夜に、くるのだわ。『ちょうだい』」
     生温い風に揺れながら少女は『在り来たり』な物語を語る。彼女は、タタリガミ――新たな怪談を聞き、生み出して、新たな都市伝説を生みだしていくのだろう。
     ほら、また。彼女はゆっくりと赤く色づく唇を揺れ動かした。
    「女はずるずると地面を這いながら無くした『部品』を探しているのだわ。
     その髪を、その瞳を、その手を、その腕を、その――」

     ――その全てを、ちょうだい?
     
    ●introduction
    「夏寺での怪談話がタタリガミの動きを活発にしているみたいだな」
     ぶよぶよとしたクラゲのぬいぐるみを指先で突きながら二夕月・海月(くらげ娘・d01805)は困った様に眉根を寄せる。
    「その怪談話がヒントになって、新しい都市伝説が波及していくの。
     都市伝説を生みだすなんて……タタリガミも面倒な相手なのね」
     む、と唇を尖らせて不破・真鶴(中学生エクスブレイン・dn0213)は言う。
     海月が調査した噂は、郊外にある寂れた寺の中で行われた七不思議がタタリガミの動きを活発にしているのではないかという『夏に在り来たり』な状況が現実的に存在しているという結果を齎した。
    「面倒も面倒だ。……都市伝説を生み出したなら、危険が増してしまう」
    「うん。だから、接触できるのは――都市伝説を生みだしたその瞬間」
     タタリガミが都市伝説を生みだす前に接触するとバベルの鎖に察知される。だからこそ、生み出したその瞬間に奇襲を仕掛ける他にない。
    「タタリガミは『暗澹』。名前は暗いけれど、長く白い髪を揺らした少女の姿をしてるの」
     長い白い髪に、その名の通り暗い瞳。上半身は少女のものであれど、下半身はぬらりと光る蛇を思わせる肢体を持っている。
     分厚い本を持った『暗澹』は都市伝説を生みだし、人々が慌てふためく姿を子供の様に楽しんでいるらしい。それは一種の暇つぶしなのかもしれないし、何らかの意図があるのかもしれない。
    「彼女が今回生み出したのはよくある話なの。体の部品を探して彷徨う女の都市伝説。
    『かよ子さん』って呼んでたけど……夏寺で話してた男女の怪談のタイトルなのかな」
     首を傾げる真鶴は、かよ子さんと暗澹のどちらかを灼滅することが必要だと告げる。
    「タタリガミと都市伝説。どちらもを相手に取るのはとても難しいの。
     ハッピーエンドを得る為にも、頑張りましょうね。マナ、お帰りをお待ちしてるの」


    参加者
    二夕月・海月(くらげ娘・d01805)
    宮瀬・冬人(イノセントキラー・d01830)
    狼幻・隼人(紅超特急・d11438)
    リデル・アルムウェン(蒼翠の水晶・d25400)
    果乃・奈落(果て無き殺意・d26423)
    炎帝・軛(アポカリプスの宴・d28512)
    アリス・ドール(斬撃の人形姫・d32721)
    唯・ソルシェール(オカルタ・d34848)

    ■リプレイ


     生温い風は、夏の風物詩によく似合う。微かに混ざり込む蝋の香りは、電気の通らぬ木造の古寺の中のものなのだろう。
     湿気からくる気怠さよりも、上昇する体温に緊張した様に身を固くしたアリス・ドール(斬撃の人形姫・d32721)は寺の中から響く男性の声に怯える様に唇をきゅ、と噛み締める。ビスク・ドールのような肢体を包み込んだ淡いパステルブルーのロリータドレスはこの季節には少し暑いものだろう――しかし、アリスは表情も、汗の粒一つも浮かばない涼しい顔をしている。
     アリスと同じく露出が少なくとも汗を流す事無く、目深にフードを被った唯・ソルシェール(オカルタ・d34848)は占い師然としたドレスの裾を持ち上げて、ゆっくりと深々と落ちる帳の中を往く。
    「――さぁさ、初めての仕事が因縁の相手とは、上出来でございますよ」
     色付く唇に乗せたのは好奇の意味。長い袖口から覗いた雪の様なほっそりとした指先は楽しげに揺れ動く。
     ソルシェールの言葉を遠巻きに聞きながら、同じく目深にフードを被った果乃・奈落(果て無き殺意・d26423)が殺意や敵意を剥き出しにした様に唇で笑う。
     タタリガミという七不思議使いにとっての『宿敵』はソルシェールにとっては待ち望んだ存在であり、ダークネスを灼滅(ころ)すべしと胸を焦がす奈落にとっては当たり前のことなのだろう。
     教室で耳にしたタタリガミは純粋無垢な少女の様に都市伝説を創造しているのだという――しかし。
    「無邪気なのか、他に意図があるのか知らないが……」
     どちらにせよ『ダークネス殺スベシ』という信念があるのには何の変わりもない。
     冷静に言葉を漏らした奈落に内なる殺人衝動に身を焦がす宮瀬・冬人(イノセントキラー・d01830)が何処か困った様に笑みを浮かべる。殺意の度合いでは、随分と奈落は上を往くのだろう。
    「……元凶、だもんね」と小さく呟く彼は殺人を嗜好する存在でありながら、随分と一般的な倫理観を持っていた。柔らかな榛色の髪を風に静かに揺らす彼の足もとで彼の髪よりもなお明るい柔らかな毛並みを持った犬が尾を揺らして居る。
     丸い眉の下で細められる眸が印象的な超霊犬あらたか丸は今回の冒険仲間達へと挨拶をするようにへこりと頭を垂れた。
    「どないしたんや? あらたか丸」
     にしし、と笑った狼幻・隼人(紅超特急・d11438)の脳裏に過ぎったのは殺(あい)す事を生業とした殺人鬼。愛が欲しいと強請る粘っこい女を札幌の迷宮で看取った――その後に、彼が耳にした都市伝説は敵の身体の部品を欲しがる女。成程、強請られ続けるのもイイ男の宿命と言った所だろうか。
    「まー、流石にやるわけにはいかんけど」
    「渡してしまうと僕達がデッドエンド、だからね」
     くすくすと笑みを漏らすリデル・アルムウェン(蒼翠の水晶・d25400)の冗句に驚いたように口元を覆ったリリィは豪奢な白いドレスを揺らし首を振る。
    「大丈夫だよ、リリィ」
     主を心配する様に――何処か不安げなビハインドを見詰める茫とした夜色の瞳は何処か安堵の念を感じさせた。


     くすくすと小さく響く笑い声に耳を傾けて、炎帝・軛(アポカリプスの宴・d28512)は獣の唸りを上げる。
     頭の上で揺れる狼の耳はぴこぴこと揺れている。影で編んだ日本刀をしかと握りしめる彼女の脚先は深い夜の中をゆっくりと進んだ。

     くすくす――

     少女の笑い声は、何処までも不気味だ。鼓膜を叩く様なその声音に軛が抱いた不安感は彼女の耳や尾に見られる。しかし、表情は変らない。怯えることなく闇に抗う小さな彼女は「くる」とぽそりと呟いた。
    「お訊きなすって」
     雪色の髪が、地面にべとりと付いている。暗澹の名にもふさわしい虚空の瞳は二夕月・海月(くらげ娘・d01805)を捉えて離さない。
    「断る」
     きっぱりと。意志表示は明瞭な海月は『在り来たり』な怪談話に『在り来たり』な事に勤しむ男女に、厄介だと悪態を付く。無愛想な口振りは、何処となく冷やかなナイフを思い出すがその実、優しい少女であることを仕草から感じさせた。
    「こんなドキドキは誰も求めて居ないだろう。さっさと退いて貰おうか」
    「遠慮されずに」
     甘える様な声音に眉根を寄せる。しゅるりと下半身を覆った鱗を揺らし、憐愍の視線を灼滅者へと向ける『暗澹』はその傍らから地面を這う様に姿を見せた都市伝説に意に介すこともない。
     リデルが抱えたLEDライト越しにてらてらと光る鱗の気味の悪さは、中性的なかんばせを歪めずにはいられない。
    「夏の夜。暑くもなってきたし怪談にはもってこい、って感じだね?」
    『かよ子さん』の往く手を阻む様に脚元から赤黒い影を呼び出した冬人が緊張した面立ちで彼女を見下ろした。
     微笑がデフォルトと言えど感情の出やすい彼はアリスが一般人達の下へと往けるように『お兄ちゃん気質』を前面に押し出して居る。
    「よくある怪談や言うてもな。そう好き勝手にはさせんのや」
     わん、と大きく鳴いて尻尾を揺らすあらたか丸は隼人の空だから立ち昇ったオーラに臆することなくしっかりと都市伝説を見詰めている。少しばかり『ホラー染みた』風貌に驚いたあらたか丸が竦む脚をゆっくりと動かしたのは余談だ。
     背を向けて走り出すアリスは月色の長い髪をゆっくりと揺らす。護身用として抱きかかえた『侯爵夫人』をしかと抱き締めて、ゆっくりと進む彼女は何処となく不機嫌そうに唇を尖らせた。
    「……夏の怪談……興味はあるけど……本当に……でるのは……迷惑なの……」
    「勿論。それを生み出す元凶(レディ)とて傍迷惑な存在でしかありません。我々が成すべきは一つ――」
     じっとりと濡れる様な視線を送るソルシェールの唇は『Treachery』のコードを刻む。
     都市伝説の女の行く手を阻む隼人の額から汗が伝う。視線をちらりと遣った奈落は鉄鞭を撓らせて暗澹を捉えている。
    「都市伝説を野放しにするのは気になるが……、まずは元凶(こっち)だな」
    「わたくしからで宜しくて」
     淡々と告げる暗澹の瞳に飲み込まれそうな感覚が奈落を襲う。彼の名――『奈落』が如く、底冷えするタタリガミの瞳に地面を踏みしめた海月は臆する事もない。
    「お前の存在の所為でこれで怪談禁止になったらどうしてくれるんだ?
     さあ、何から聞きたい。墓場で宴会をする鬼の噺でも、一つ語ろうか」


     知的好奇心とでも呼べばいいのだろうか。タタリガミの心を擽る様に怪談を用意した灼滅者達は確かに彼女の視線を釘づけにしていた。
    『今宵ひと時このことは、泡沫夢幻の絵空事にございましょう――
     知ってはならない知ったなら忘れておしまいなさい』
     囁くソルシェールの声音に合わせ、夏寺で怪談話に興じる一般人達を王者の風で避難させたアリスは不安げに敵を見遣る。
     都市伝説と1on1。あらたか丸を入れれば一人と一匹だが――それ以上に、タタリガミ自身が分断を良しとする訳もない。
    「手段等選ばない。狼の噺でも聞かせてやろうか? 冥土の土産だ」
     くす、と笑った暗澹が抱きかかえた旧い本は俄かな輝きを宿している。軛の言葉に興味深そうに首を傾げる彼女の周囲からでろんと伸び上がった気味の悪い影に足を掬われた気がして冬人が目を見開いた。
    「暗澹(きみ)の瞳って――引き摺りこまれそうだよ」
     皮肉の様に告げて、咄嗟に地面へと突き刺した交通標識。『Danger』の文字列にチェンジさせ、前線に立つ海月、隼人、奈落へと耐性を与えていく。
    「わたくしって……そんなに弱い、かしら」
     こてん、と首を傾げるタタリガミの眼前に飛び込んだ都市伝説。「あらたか丸ッ」と呼び、身体を滑り込ませた隼人の後方から暗澹を狙い穿つ焔の花が舞う。
     地面を器用にステップを踏んで、ソルシェールは唇で弧を描く
    「蛇欲をまき散らすことなく、炎の花を抱いてお眠りなさい――」
     その言葉に臆することなくタタリガミが狙いを定めたのは後方で支援や援護を行うリデル。
    「定石ですの」
     虚空を見つめる眸に背筋に走る嫌な気配を振り払い、白花を散らしながらカヴァーに入るリリィは都市伝説へと攻撃を繰り出した。
    「ッ――そうはいかないですよ?」
     翡翠の色をした髪が柔らかに揺れる。器用にリングスラッシャーを扱うリデルが回復を渡せば、前線で攻撃手を担った海月が鋭い勢いで都市伝説へと影を遊ばせる。
    「クー!」
     脚元から伸びあがる影は海月の動きに同期した様にぐん、と引き寄せられた。
     海月の名と同じ、クラゲの形を象った影業を親友の様に扱う彼女の攻撃は繊細そのものだ。豪気な雰囲気を持ちながらも、攻撃の動きが繊細なのは影を信頼している想いからくるのだろうか。
    「影――くださいな」
     じわ、と伸ばされる腕を『獲る』ように術中のメスは落とされる。
     奈落の一手に「ヒッ」と怯えた様な声を上げたタタリガミが暗い眸で見下ろす都市伝説はずるずると後退していく。
     灼滅者達の中に前衛を務める人間は少なかった。後衛まで届く遠距離攻撃を主体としたタタリガミにとって、前衛後衛のバランスは些細なことではあったが――現に、体力の少ないソルシェールがふらつき、アリスがそれを支えている。
     都市伝説を一手に引き受ける隼人は傷口から溢れた痛みを拭い唇に笑みを乗せた。
    「さあ、こっちや! 俺もお前をチョイっと貰ったる!」
    「だ、大丈夫?」
     慌てた様に冬人が言えば主人に変わって霊犬が大丈夫だと大きく頷いた。
     ぼた、と落ちる赤はこの暗い夜の所為か――色合いを感じさせない。闇を吐きだす様に見えて、不安を抱きながらも己の胸の内に感じた衝動に冬人は唇を噛み締める。
     赤い血は、不気味なものでしかないのに――
     タタリガミは異形の姿であるのに、どうして、『おんなのこ』を象るっているのか。
     殺人衝動は優しげな面立ちをした冬人を苛んでいく。手にした断罪輪を握りしめる彼の足もとに奇妙なぬいぐるみが落ちていた。
    「あ、」
     ス――と衝動が落ちついて行く。
     男の尻に目がないというオネエ人形はどうしようもないほどに冬人に『なんでこんなの持って来たんだろう』という気持ちを抱かせた事だろう。
    「……大丈夫でしたか?」
     不安げに見上げたリデルの視線が暗い夜に向けられる。星一つない暗澹の夜は彼の好きな空の色とは違っていた事だろう。
     戦いを好まぬ彼が後方で支援を送る最中、鼓動の高まりと衝動に襲われる冬人が視線に止まったのは仕方がない。
    (「――『僕も』」)
     贖罪は。罪の意識に襲われることしかない。
     首を振ったリデルが「ラストスパートです」と状況把握を促せば、軛は「了解した」と短く返した。
    「そうだな、話してやろう」
     狼の噺を朗々と語り上げよう。御伽噺にも通ず、怪談話には程遠いかもしれない――しかし、底冷えする狂気を感じさせるその物語。
    「一際輝ける炎を抱いた一頭は、地に縫い止められ延々と時を繰返したという。誕生し、殺し、育ち、朽ちる――輪廻転生繰返し繰返し」
     言葉にすればするほどに軛の胸の中に湧きあがるのは『焔』に似た嫌悪感だった。長い髪先が暗澹のものに酷似していく。
    「半永久続いた終ること無き夢。輪廻を絶ったのは別の炎獣であった」
     言葉を吐き出して、地面を踏みしめた軛は援護の如く、攻撃を繰り出した。
    『噺』を語らうことに不快感は無い。むしろ、ソルシェールにとっての生業の様にも感じて仕方がない。
    「お手をどうぞ。物語の結びは必ずハッピーエンドで終焉すべきでしょう?」
     緋牡丹の色が、その眸に焼けついた。声を堪えたアリスが大太刀を振り翳す。
    「……切り裂く」
     言葉少なに一撃放ち、その向こうに見えた景色に小さな彼女は唇を引き結ぶ。
     長い金の髪を掠めた攻撃にビスク・ドールのような少女は不快感を唇だけで顕した。
    「……影の国へ……いってらっしゃい……」
     伸ばした影に合わせて、冬人がとん、と地面を踏みしめた。
     何重にもなって見える影の形。暗闇を映す虚空の瞳を見開いた暗澹が「嗚呼――嗚呼――」と小さく呟く声を、奈落は確かに聞いていた。
    「語らいましょう。気が済むまで、まだ、眠る時間では無いわ」
    「何?」
     奈落の怪談蝋燭が、至近距離で灯っている。燻ぶる蝋の香りに、おんなは。
    「嗚呼、一人にしないで頂戴」とだけ、呟いた。


     地面を踏みしめたスニーカーは、柔らかな土にめり込んだ。
     人気のない森が大きくざわめく。『クー』がふわりと宙を舞う様に動き、海月の身体が捻られる。
    「夏の楽しみを奪わせはしない」
     蛇から放たれる緋牡丹の焔。其れさえも彼女にとっては苛むものではないかのように海月は渾身の一撃を振り上げた。
    「あ」
     鼓膜に響いた声はそれだけ。どろ、と少女の肢体を象ったタタリガミの姿が消えていく。
     肩で息をして、座り込んだ隼人を支える海月が眺めたのは未だに余力を残す都市伝説の姿。
     タタリガミが劣勢に陥った時点で逃亡を試みていた都市伝説は最早遠い。
     追いかけて倒す事も出来る――しかし、戦闘を継続するには更なる被害を産む可能性だってあった。
    「……逃げた……都市伝説。……必ず……斬り裂くの……」
     静かに告げたアリスの言葉にソルシェールが小さく頷く。
     刃を仕舞いこんだ軛がほっと胸を撫で下ろす様子に影業を足元に戻し、冬人はゆっくりと視線を上げた。
    「『かよ子さん』か……。体の部品を奪われたって、どういうことだろう?」
     噂の元となったのはどの様な噺だったのか。想像するに易いその噂を頭から振り払う冬人の背にぞくりと寒気が走る。
     都市伝説は確かに――彼を見て笑っていた。
     ずる――ずる。
     体を引きずる音とともに遠く、離れていく都市伝説の姿を遠目に見遣り冬人は息を吐く。
    「まだ、終わってはいないんですね……」
     何処か、不安を抱いたリデルは『かよ子さん』と呼ばれた女の姿が見えなくなるまで見送り、黒く塗りつぶされた夜に感じた不吉を振り払う様に首を振った。
     ぽつぽつと灯る灯りの向こう側、森から離れたその場所には、きっと誰かの日常があっただろうか。
    「……元凶を立てた。それだけでも良しとしよう」
     融ける様に消えた女を思い出し、口元を服で隠した軛は小さく息を吐く。
     その夜は、生温い風が吹いていた。

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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