ネズミバルカンの館

    作者:波多野志郎

     その旅館が潰れてから、どれだけ経っただろうか?
     山の自然を堪能できる事を売りにしていたからこそ人里は遠く、すぐに人は寄り付かなくなった。そのまま朽ちていく、そう思われていた――彼らが、住み着くまでは。
    『ヂュヂュ』
     はぐれ眷属、ネズミバルカンの群れだ。その数は五体、少なくはあるがその中の一体が凶悪だった。人間大のネズミバルカンを更にもう一回り大きくした巨体、その頭には角のように一本の蝋燭が立って揺れていた。
     ここに居ついている間は良かった、しかし――。


    「しばらくしたら、人里まで移動しちゃうみたいなんすよ」
     そうなる前に何とかしないと、湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)は、そう続ける。
     今回、翠織が察知したのははぐれ眷属、ネズミバルカンの群れだ。
    「潰れた旅館にはぐれ眷属が住み着いたんすけどね、それが人里に移動しちゃう前に対処してほしいんすよ」
     ネズミバルカンに、目的がある訳ではない。ただ、移動した先に人がいたか否か――しかし、人間にとってその差はあまりにも大きいのだ。
    「今の内なら、旅館にいる間に接触して戦えるっす」
     敵は五体。通常のネズミバルカン四体に、一回り大きい頭に怪談蝋燭をつけられたボスが一体という構成だ。
    「人の目はないっすから、昼間に挑んでも大丈夫っす。ただ、この五体は二階建ての建物にバラバラにいるんすよ」
     そして、戦いになればそこへ急行して来る。うまくやれば、各個撃破も可能だろう。数そのものも多くはない、最悪一度に全部とぶつかっても対処可能だ。
    「ただ、一般人にはネズミバルカン一体でも対処不可能な脅威であることを忘れないでほしいっす。確実に、処理してくださいっす」


    参加者
    月見里・无凱(深淵揺蕩う銀翼は泡沫に・d03837)
    渡橋・縁(神芝居・d04576)
    青柳・琉嘉(自由奔放サンライト・d05551)
    来海・柚季(月欠け鳥・d14826)
    十六恋・來依(高校生ご当地ヒーロー・d21797)
    八城・佐奈(バッドアップル・d22791)
    音森・静瑠(翠音・d23807)
    黎・葉琳(ヒロイックエピローグ・d33291)

    ■リプレイ


    「旅館の周り自然がいっぱーい! 営業してる時に来てみたかったね!
     古ぼけた旅館の前を元気一杯に駆け回る青柳・琉嘉(自由奔放サンライト・d05551)と霊犬の霊犬のトウジロウに、月見里・无凱(深淵揺蕩う銀翼は泡沫に・d03837)は周囲を見回した。
    「山の自然を堪能できるように、ですか。確かに綺麗な感じではあるか……季節ごとに姿を変える山や自然は、さぞ見物であっただろうな……」
     自然との調和を心掛けたのだろう、旅館の細かい心遣いが散見される光景だった。もぐもぐ、と音をさせずお菓子を頬張りながら、来海・柚季(月欠け鳥・d14826)は呟く。
    「人里に入ってしまう眷属さんですか……一般人に被害が出る前に、眷属さんには悪いですが退治させていただきましょう」
    「まだ、被害を出して、いなくても……いずれ、人に、危害を及ぼす、やもしれないなら、捨て置くことは、出来ません」
     帽子で目元を隠しながらも、渡橋・縁(神芝居・d04576)がこぼす。確かにまだ、はぐれ眷属は罪を犯しているとは言えない――しかし、未来では違うのだ。
    「ええ、一般人に被害が出る前に予知して頂けて良かったです。必ずここで終わらせなければなりません、油断せずに参りましょう」
     小さくうなずき、音森・静瑠(翠音・d23807)は仲間達に確認して戸に手をかける。鍵はかかっていない、ガラ、と戸はあっさりと開いた。
    (「ネズミの館ってのもちょっと嫌なものね」)
     この中に人間大のネズミの群れがいるのだ、そう思うと黎・葉琳(ヒロイックエピローグ・d33291)は嫌悪を抱かずにはいられない。玄関を踏み越え、灼滅者達は廊下を静かに進んでいく――不意に、十六恋・來依(高校生ご当地ヒーロー・d21797)が笑みをこぼした。
    「いたわぁ……」
     ジーっと、その漆黒の瞳で見詰め続ける來依。そこには、ガラリと障子を開けて出て来たばかりの通常個体のネズミバルカンが、ピタリと動きを止めていた。
    『ヂュヂュ!?』
    「おっと」
     琉嘉が、ESPサウンドシャッターを発動させる。ネズミバルカンは、こちらを敵と認識したのだろう、迷わず駆けてきた。
    「さぁ、こちらですよ?」
     无凱が床を蹴り、横に跳ぶ。移動する先は、旅館の中庭だ。遠くまで歩かずとも自然を楽しませようという気遣いだったのだろう、その中庭の造りに无凱は言い捨てる。
    「しかし、人が来なければ……奴らの巣窟になるのはしごく当然か!」
    「来るわよ……」
     裏庭に着地、八城・佐奈(バッドアップル・d22791)が解体ナイフを逆手で引き抜いて身構えた。迎撃体勢を整えた灼滅者達の元へ、ネズミバルカンが飛び掛かる――!
    「在るべきものに剣を振るう」
     柚季が、灼滅者達がスレイヤーカードを開放し武器を構えた。
    「何事も早め早めに手を打ちましょう。延焼注意、です」
     開放した直後、縁は凛と言い放つ――小柄な身の丈より長い交通標識を棍のように回転させると、イエローサインで仲間達を強化する。
     ガガガガガガガガガガガガガガガガガン! とネズミバルカンが牽制の銃弾をばら撒いた。その中を來依が立ち塞がり、その影で銃弾を受け止めていく。
    「おいたは、駄目よぉ……?」
    『ヂュ、ヂュヂュ!?』
     小首を傾げて愛らしく――と本人は思っているものの、その笑みにネズミバルカンが気圧されて目を白黒させる。そこへ妖黎槍『烙叉』、六叉の鉾と呼ばれる形状に3本の枝刃が飛び出た魔槍を構えて无凱が駆け込んだ。まさに、滑るような加速――无凱が繰り出される螺旋の刺突がネズミバルカンの脇腹を抉る!
    『ヂュ!』
     枝刃が肉を絡めとり、更に深く深く巻き込むのをネズミバルカンは強引に後方へ下がって逃げた。その逃げた先へ、琉嘉とトウジロウが同時に踏み込む。
    「ちょっと大人しくしててねー! 仲間が来るまではオレも殴っちゃうもんねー!」
     繰り出される琉嘉の放電光を宿したアッパーカットがネズミバルカンの顎を打ち抜き、トウジロウの斬魔刀が足を捉えた。踏ん張れず中に浮かされるネズミバルカン、それを笑みをこぼした來依の影の刃が切り裂き、やせ気味でどことなく不気味なナノナノ――ジュジュのしゃぼん玉が飲み込んだ。
    「もうひとつ、よ」
     佐奈の体からあふれ出したドス黒い殺気――鏖殺領域が、ネズミバルカンへと襲い掛かる。ネズミバルカンは、体勢を崩しながらも何とか着地に成功した。そのまま旅館の中へと、転がり込もうとするのを射出された布が突き刺さり妨害する。
    「させません」
     柚季のレイザースラストに、ネズミバルカンが地面に叩き付けた。起き上がろうともがいたネズミバルカンへ無数の兵士の影――葉琳の七不思議奇譚が、影の武器を突き立てていく!
    「今よ、音森さん!」
    「それでは――参りますね……!」
     葉琳の呼びかけに応えて、ヒュオン! と静瑠のマテリアルロッドが振り回された。ゴォン! という轟く衝撃音、静瑠のフォースブレイクが、文字通りネズミバルカンを粉砕する。
    『ヂュヂュヂュ!!』
    「右から一体、左から一体、とりあえず二体よ……」
    「まだ、ボスは出て来ないみたいね」
     周囲に視線を走らせた佐奈に、縁が短く言い捨てた。ボスがまだこちらに出て来ないなら、こちらが優位だ――灼滅者達は姿を現わしたネズミバルカン達へ、挑みかかった。


     ――无凱が、駆ける。中庭の砂利を蹴り、その後にわずかに遅れて銃弾がそこへ着弾していった。
    「どうしました? こっちですよ」
     ボボボボボボボボボボボボボボボボボボゥッ! と、着弾する度に炎を撒き散らすブレイジングバーストの弾丸に无凱は大きく跳躍する。そして、地面に残した影へと命じた。
    「与えし名は鵺黒羽!! 影の獣が甘美な死という名の毒と共に貴様等を喰いつくす!!」
     音もなく、影の翼が広がる――鵺黒羽、そう名付けられるのにふさわしい黒翼を持つ影の獣がネズミバルカンへと襲い掛かった。ネズミバルカンは銃弾で迎撃しようとするが、相手は影だ。構わず、黒翼を持つ影の獣はネズミバルカンを地面へと叩き伏せた。
    『ヂュ、ヂュヂュ!』
     首元に牙を突き立てられなお抗おうとネズミバルカン、そこへ柚季の足元から鋭く伸びた影がネズミバルカンの四本の足を、ガトリングを、首を、絡めとる――柚季の影縛りだ。
    「お願いします」
    「任せて」
     身動きを封じられたネズミバルカンへ、佐奈が地面を蹴る。ゴォ! と炎に包まれる蹴り足、佐奈のグラインドファイアによる踵落としがネズミバルカンの体を断ち切った。
    『ヂュ――』
    「ネズミさん、こちら! よそ見したら嫌よ!」
     倒された仲間を振り返ろうとしたネズミバルカンへ、葉琳が疾走する。ネズミバルカンは、反射的にガトリングを乱射し迎撃を試みた。それに、葉琳は舞うようにステップを刻む。ギギギギギギギギギギギギギギギギンッ! と放たれる銃弾を、炎のような刀身を持つ紅蓮の槍が火花を散らしながら弾いた。緋凰一閃は、込められた願い通りに弾幕さえも切り開く!
    「ネズミ駆除にも手は抜かないわ!」
     畏れを炎のような刀身へと宿して、葉琳はネズミバルカンを切り裂いた。ネズミバルカンは、後退する。しかし、葉琳はそれを追わなかった。
    「ボスよ!」
    「わかってるわ」
     縁の声に、葉琳は視線を上げる。青い空に浮かぶ青い炎、炎、炎――その炎は巨大なネズミの群れとなって灼滅者達へと、降り注いだ。それにすかさず、縁は交通標識を振るいイエローサインで仲間達を回復させる。
    「ようやく、現われたわね」
    『ヂュヂュ――』
     一番最後に姿を現わしたのは、人間大のネズミバルカンを更にもう一回り大きくした巨体に、頭に角のように一本の蝋燭を立てたネズミババルカンだった。そのボスへ、トウジロウの浄霊眼による回復を受けた琉嘉が駆け込む。
    「お前の相手はオレ達だよー! 行くよ、トウジロウ!」
     琉嘉へ、ボスはガトリングの銃口を向けた。しかし、射撃よりも早く懐へ潜り込んだ琉嘉は、シールドで包まれた拳で殴打する。
    「私とジュジュは配下側の守りに入るわぁ……」
    「頼むよ!」
     來依が、残り二体となっていたネズミバルカン達と向かい会いながら言うと、琉嘉も振り返らずに叫んだ。ジュジュがたつまきを巻き起こし、來依が闇よりもなお深い影でネズミバルカンを飲み込む――そこへ、重ねるように静瑠のオーラキャノンが放たれた。
    「まずは、こちらを……!」
    「はい!」
    「当然ね」
     そこへ、柚季の巻き起こした冷気の嵐と佐奈の吹かせたヴェノムゲイル、猛毒の竜巻がネズミバルカン達を飲み込んだ。
    (「人里に下りたら被害が大変ね……それにしてもなんで一匹だけ、大きくなったんだろう……?」」)
     佐奈は疑問を抱くが、そこに答えはない。あのボスはもちろん、この通常のネズミバルカン一体でも、大きな犠牲が起こるだろう。そう確信できる程度の実力をネズミバルカンは持っていたし、ボスにいたってはこちらが一対一で戦えば負けるだろう実力の持ち主だった。
     だが、八人と二体を相手に数の不利を押し返せるほどの力があるあるか? そう問われたなら、NOだ。雑魚が倒され、ボスのみとなればその結果は顕著だ。灼滅者達に、ボスは追い込まれていった。
    『ヂュヂュ!!』
    「あら? どうして、怯えるの……?」
     ニッコリと満面の笑顔――を浮かべたつもりの來依へ、ボスは反射的に緋牡丹灯籠を放った。その綺麗な炎の花は、來依へたどり着く前で弾けて散る。來依のオーラの砲弾をぶつけられて、四散したのだ。
    「散り際が、綺麗ね……」
     どう聞いても違う意味にしか聞こえない來依の足元から影が走り、ジュジュのしゃぼん玉と共にボスを捉えた。踏ん張るボス――そこへ、元気一番琉嘉がトウジロウと共に飛び込んだ。
    「行くよ、トウジロウ!」
     琉嘉が燃え盛る蹴りでボスを宙に浮かせ、トウジロウが刃を突き立てる。苦しげにもがいたボスの下へ、二筋の蒼雷が迫った――无凱だ。
    「耐え切れるかな?」
     ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダン! と蒼雷の軌跡を残して、无凱の閃光百裂拳が更にボスを宙へ宙へ打ち上げる――縁が、そこへ右手をかざした。
    「外れるので動かないでください――」
     縁は、狙いを定める。その右手にボスの体躯が隠れた瞬間、硬くグっと握った。
    「止まれ」
     その瞬間、ゴォ! と風の刃が旋風となってボスを飲み込んだ。縁の神薙刃に切り刻まれるボスへ、葉琳は緋凰一閃の切っ先を向ける。
    「はい、合わせさせていただきます」
    「よろしくね!」
     その意図に気づいた静瑠が駆けたのを、葉琳は確認。力強くうなずくと、その背後から大量の影の兵士を呼び出した。古の英雄と共に戦場を駆けた名もなき勇者達が、己の武器を掲げボスへと突き立てていく!
    『ヂュ、ヂュ!!』
     ズダダダダダダダダダダダダダダン! と突き立てられた武器、武器、武器、それをボスは強引に振り払おうとして、静瑠の生み出した巨大な氷柱――妖冷弾に貫かれた。
    「申し訳ございませんが……これにてお休みください……!」
     静瑠が言い放ち、ボスが貫かれた勢いで落下する。そこに待ち構えていたのは、柚季と佐奈だ。共に振りかぶった腕が、異形の怪腕へと変貌する――!
    「これで、終わりです」
    「砕け散りなさい」
     ドドォ! と落下してきたボスへ、二つの巨大な鬼の拳が叩き込まれた。胴体に柚季の拳が、頭に佐奈の拳が命中し、文字通りボスは欠片も残さず粉砕される。吹き抜けた夏の風が、塵も残さず通り過ぎていった……。


    「トウジロウ頑張った! 偉いぞー!」
     わしゃわしゃと頭を撫でて労う琉嘉に、トウジロウもご満悦な顔だ。念のために旅館を見回った柚季は、仲間達を振り返った。
    「お疲れ様です。これで、ようやく一安心ですね」
     安心したところで、柚季はもぐもぐとお菓子を口にする。ここに住み着いた全てのはぐれ眷属を倒せた、それによって多くの犠牲者が出ずにすむのだ。その事の対しての、安堵は大きい。
    「……やっている時に、来たかったわね」
    「ええ、そうですね」
     都会とはまた違ったすごしやすさがある、木陰から青空を見上げてしみじみとこぼした葉琳に、静瑠も同意する。ただ影に入る、それだけで気温が一度二度は違うだろう、そう体感していた。
    「何で、大きくなったのかしら?」
     その答えに繋がる痕跡は、見当たらなかった。佐奈はため息混じりに、戦いのあった中庭を眺める。
     ふと、柚季が花束を地面に置いた。死体も残っていないはぐれ眷属達への弔いの花だ。
    「まだ、人を、殺しては、いなかった……です、から……」
    「はい、そうですね」
     縁は帽子を深く被り直して、呟いた。柚季もそれにうなずくと、青い空を見上げる。
     悲劇は、これで回避された。その事を自覚しながら、灼滅者達は夏の空の下を帰路へと歩き出した……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ