ドリンクバー・サバイバル!

    作者:邦見健吾

     ファミレスにこもり、紙に向かって何やら作業する青年が1人。手にしたペンや紙に描かれたコマから察するに、漫画でも書いているところだろうか。
    「もうちょっとだ……」
     傍らにはさっきまでコーヒーの入っていたカップ。運良く客が少なかったこともあり、青年がドリンクバーだけを注文して24時間が経過しようとしていた。
     もう一杯だけコーヒーを飲もうと席を立ったその時。
    「さっさと出ていけ!」
    「ごふっ!」
     この店の物とは違う制服を着た男が突如現れ、青年を殴り殺したのだった。

    「すみません、みなさんにお願いしたいことがあるんですが……」
     教室に集まった灼滅者に対し、園川・槙奈(大学生エクスブレイン・dn0053)が控えめに口を開いた。
    「ドリンクバーだけでファミレスに24時間居座ると殺される、という都市伝説が実体化するようなんです。このままでは被害が出るので、先にみなさんの手で出現させて撃破してください」
     出現条件は槙奈の言った通り、ドリンクバーだけで24時間粘ること。
     ただし注意する点は、
     ・ドリンクバーのドリンク以外のものを口にしてはいけない。
     ・途中で店を出てはいけない。
     ・途中で寝てはいけない。
     の3つ。
     店員に出ていくよう言われた場合は、ESPなどでごまかし(最悪武器で脅すなどして)何が何でもファミレスに居座らないといけない。なお、トイレは行っても大丈夫だ。
    「都市伝説自体はそんなに強くありません。特に作戦を立てなくても、普通にサイキックを使えばすぐ倒せます」
     一番怖いのは、店員や客からの痛い視線かもしれない。
     ずいぶんと暇を持て余すことになるので、この機会に何か課題などを持ち込んでもいいだろう。むしろ、何もやることがないと余計辛い。
    「危険はあまりないですが、都市伝説を出現させるまでが結構大変だと思いいます。申し訳ないですけど、よろしくお願いします……」
     もちろん都市伝説を倒せば、普通に注文して食事をとることができる。ドリンクバーで居座った分、たくさん注文してみるのもありではないだろうか。


    参加者
    藤枝・丹(六連の星・d02142)
    米田・空子(ご当地メイド・d02362)
    敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)
    御盾崎・力生(ホワイトイージス・d04166)
    五十嵐・匠(勿忘草・d10959)
    雨霧・直人(はらぺこダンピール・d11574)
    夢代・炬燵(こたつ部員・d13671)
    中島・優子(飯テロ魔王・d21054)

    ■リプレイ

    ●ドリンクバー8つ
    「ククク、このファミレスマイスター魔王『狂華』にかかればこの程度のミッション楽勝であるぞ!」
     灼滅者達が深夜のファミレスに到着し、2つのテーブルに分かれて座る。自称ファミレスを統べる魔王、中島・優子(飯テロ魔王・d21054)は自信満々のご様子。
    「ご注文は何になさいますか?」
    「あっ、ドリンクバーとこの期間限定トロピカルハンバ……ってちがいますちがいます! すいませんドリンクバーだけです!」
     が、いつもの調子でハンバーグまで頼みかけ、慌てて取り消す。
    「あわわ、いつものようにナチュラルに注文しそうになっちゃったんだよよ!?」
     ひとまず人数分のドリンクバーを注文できたが、今からこれでは先が思いやられそうだ。
    「めざせなんかんだいがくー」
     夢代・炬燵(こたつ部員・d13671)は合格祈願と書いたハチマキを頭に巻き、大量の参考書を持ち込んで受験勉強する浪人生を装う。
    (「24時間耐久レースのような感じですが、私たち武蔵坂の学生はもっと過酷な地獄合宿を乗り切っています。なので、油断さえしなければ大丈夫でしょう」)
     コーヒーの入ったカップを傍らに置いて勉強開始。炬燵の集中力は持つのだろうか。
    「まずはドリンクバー制覇です」
     せっかくなのだから楽しもうと、グラスにジュースを注ぐ米田・空子(ご当地メイド・d02362)。事前に食事も済ませ、今は順調なように見えるが……。
    「祖父の弟の奥さんの従妹の娘さんから聞いた話っすけど……俺達、兄妹らしいっすね」
     一方、藤枝・丹(六連の星・d02142)達のテーブルでは緊迫した空気が漂っていた。事実を知った異母兄弟が、今まさに顔合わせしているという設定である。
    「実は……俺、血が繋がってるって知ってたんだ……」
     苦い表情を作り、そう言葉少なに語ったのは五十嵐・匠(勿忘草・d10959)。真相を知る彼女がこの場でのキーパーソンとなるのだろうか。
    「ちょっと待て、どういうことだ? 父さんは物心つく前に死んだって聞かされてたんだが」
     雨霧・直人(はらぺこダンピール・d11574)は真人達の顔を見回し、信じられないと言わんばかりに眉をひそめた。彼らの父親が何人の女性と関係を持ったのか、想像したくもないところである。
    「そんなことはどうでもいい。問題は遺産を相続するのはこの中の1人だけってことなんだよ……!」
     敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)は血縁などに興味はなく、眼中にあるのは遺産のことだけ。話の様子からすると、どうやら彼らの父親はすでに他界してしまったようだ。
    (「深夜のファミレスって何でもありだな……」)
     優子達と同じテーブルから視線を送り、兄妹の行く末を見守る御盾崎・力生(ホワイトイージス・d04166)。食事から休憩、気まずい会合まで、ファミリーレストランの利便性には驚嘆せざるを得ないだろう。

    ●自分との戦い
     日が昇り、時間は朝。
    「これとこれを……」
     ドリンクバーのドリンクを一通り堪能した空子は、ドリンクを混ぜ合わせて禁断の錬成を試みる。とりあえずメロンソーダと乳酸菌飲料を1:1で混ぜてみた。
    「ふむふむ……普通ですね」
     おいしいのだが面白味が足りない。スリルと刺激を求め、空子は深みへとはまっていくのだった。
    「……」
     優子はイヤホンを耳に突っ込み、携帯ゲームをプレイ中。空腹を紛らわそうと画面に意識を集中させるが、バッテリーは危険域に差し掛かっていた。
     さらに時間が流れ、時計の針は12時を差す。いつの間にか店員の顔ぶれも変わり、時折こちらに向けられる視線が痛い。
    (「他に客は……大丈夫そうだな」)
     店内に視線を巡らせ、他に長く居座る客がいないか探す力生。先に都市伝説の出現条件を満たすような客がいれば危険だからだ。
    「あ、申し訳ないがお手洗いはどこかな?」
     気を逸らすため、近づいてくる店員に話しかける。トイレから戻ると、空腹を紛らわそうと氷を噛んだ。
    「兄さん、って呼べばいいんすかね?」
    「そうなるか。急に弟ができるなんて変な感じだな」
    「まさか先輩が兄さんだったなんて……驚いたっす」
     緊張感が満ちる中、丹と直人は手探りでやり取りを続けていた。
    (「ドリンクバーだけで24時間持たせるって、相当な根性だな。なかなか該当する奴もいない気はするが、被害者が出ると予測されてしまった以上は対処するしかないか……」)
     直人の後ろからランチセットを注文する声が聞こえる。無辜の人々を守るためと言い聞かせ、ぐーぐー鳴るお腹を押さえた。
    「好きに呼んでくれていいぜ。俺に相続させてくれるんならな」
     あくまで遺産の相続を主張する雷歌。ふとメニューに目を向けると、表紙に載ったステーキの写真に思わず喉が鳴る。
    (「肉、肉……塩はありなのか?」)
     耐えかねて視線を逸らすと、その先には卓上塩が。少し舐めるくらいなら大丈夫……そんな考えが頭をよぎり、首を横に振る。もしこれで都市伝説が出現しなくなったら最初からやり直し。危険過ぎるリスクだ。
    (「今回は危険は少ないとはいえ、なかなか忍耐が要求されるね。一番の敵は睡魔かな……」)
     匠はあくびを噛み殺し、濡れた目を擦る。さすがにファミレスでは霊犬をもふもふすることは難しい。
    「……そうそう、遺書もあるよ。本物かわからないけど」
    「何だって!?」
     匠の発言に、雷歌が声を荒げて反応した。ご飯そっちのけでこんな話をしていると、本当に遺産の取り合いをしている気になるのかもしれない。
    「お客様、申し訳ありませんが……」
    「ごめんなさいっす。大事な話の途中でちょっと」
     席が埋まり出し、退席を促そうと店員が話しかけてくる。だが丹が憂いを含む表情で笑うと、女性の店員は顔を赤くして下がっていった。ラブフェロモンが効いたのだろうか。
    「んん……ふぅ……」
     旅人の外套を利用して他の客が食べた後の皿を回収し、自分が食べたように見せかける炬燵。しかしカモフラージュは良かったが、うとうとして舟を漕いでしまっている。
    「寝るな! 寝たら死ぬんだよ!」
    「んんん……」
     優子が炬燵の肩を猛烈に揺さぶり、強制的に叩き起こす。しかし優子もゲームの電池が切れ、何かしていないと眠ってしまいそうだった。

    ●極限の攻防
     とうとう日が落ち、ディナータイムに突入。店も追い出すことは諦めたのか、冷たい視線を向けられることはあるものの、何か話しかけらることはなくなった。
    「はぁ、はぁあ……我慢、我慢です……!」
     インソムニアで眠気をごまかしている空子には空腹が人一倍響いていた。呼び出しボタンに手が伸びるが、ここで押してしまえば全てが水の泡。血走った眼で荒い息を吐きながら必死に踏みとどまる。残り数時間が、永遠にも感じられた。
    「あーはっはっはー……この世は魔王狂花さまのも――ごっ!」
     意識を失いかけるも、運良く机に頭をぶつけて覚醒する優子。ゲーム機は既になく、紙ナプキンで遊ぶがとても気を紛らわすことはできない。
    「リンゴ、ゴマ、マント、トロピカルハン、ハン……ハンマー……?」
     薄れゆく意識の中でセルフしりとり。眠気と空腹に同時に襲われ、もはや自分で何を言っているのかも分からなくなっていた。
    「母の従妹の旦那さんの兄が父と知り合いで……」
    「その人……さっきも出てきた?」
    「ああ、双子なんすよ」
     匠が疑問の声を上げると、丹は何事もなかったかのように笑って答える。遺書によって進展するかと思われた遺産相続だが、ここに来て暗雲が立ち込めていた。丹が遺産に近いと目されるも、身の上を聞くと非常に胡散臭いのだ。
    (「そう、これもつまり心を鍛えるサバイバルと思えば……都会のコンクリートジャングルを生き抜くためのサバイバルなんだ……!」)
     遺産ネタを最初に出した雷歌にも、もう何が何だか分からない。
    「てめえ、本当は兄弟でも何でもないんだろ! ああん!」
    「いやいや、ちゃんと血の繋がった兄弟っすよ」
     雷歌がすごむが、丹は薄笑いを浮かべて受け流す。
    「遺産よこせって言ってんのが聞こえねえのか!」
    「待て、一旦落ち着くんだ」
     ヒートアップする雷歌を諫めようとする直人。極限状態の中で意識を保つには、もはやありもしない遺産にすがるしかなかった。たとえ先の見えない霧の中を進むことになろうとも、歩みを止めることはできないのだ。
     ピピッ。
    「!」
     その時丹がセットしていたタイマーが鳴り、灼滅者達が息を呑む。そう、都市伝説を倒すためにここに来たのだ。使命を思い出し、都市伝説出現までの長い10分を待つ。
    「うう、いかん、飲み物ばかりで腹具合が……」
     しかし氷をガリガリしていたのが余計に効いたのだろう、力生は腹を手で押さえて席を立つ。行先はもちろんトイレ。
     24時間経過まであと5秒……4、3、2、1……0。
    「さっさと出ていけ!」
     どこの物とも分からない制服を着た男が突如現れ、灼滅者達に拳を振り上げた。
    「24時間も頑張ったんだから、絶対ぼこぼこにして帰るよ」
    「おおおおおっ!」
    「メイドビーム! メイドビーム!! メイドビィームッ!!!」
    「魔王ハンバーグパーンチ!」
     しかし灼滅者達の反応は速く、匠のグラインドファイア、雷歌の戦艦斬り、空子のご当地ビーム、優子の鬼神変、丹のマジックミサイル、直人の斬影刃、あと各サーヴァントの諸々の攻撃が次々に直撃した。そこに慌ててトイレから飛び出してきた力生がベルトを直しながら駆け寄る。
    「手を洗っていないが、許せ!」
    「ぐべっ」
     倒れ掛かりながら閃光百裂拳。こうして都市伝説は出現から1分足らずで消滅した。
    「zzzzz……んん……」
     暴漢を退け、静まり返った店内に炬燵の寝息が響く。どうやらこの都市伝説、誰か1人でも条件を満たせば出現したようである。

    ●苦難からの解放
    「もう大丈夫っすよ、落ち着いて。……あと、一番早くできるのください」
     丹は動揺する店員を全力落ち着かせ、早速オーダー。灼滅者達はもう我慢の限界で、丹も例外ではない。
    「ここからここまで、全部お願いしますっ!!」
     メニューを広げ、目を輝かせて片っ端から注文する空子。普段からお腹を空かせている空子にとって、この24時間がどれだけ長かったか。セットからサイドメニュー、デザートまで衝動のままに口に放り込んでいく。
    「長かった……この時をどれだけ待ちわびたか! トロピカルハンバーグ1つ! いや2つ! ハーッハッハッハ! ハーッハッハッハ!」
     呪縛から解放された優子は、ちょうど24時間前に頼もうとしたトロピカルハンバーグを注文。眠気が一周回ってテンションがおかしくなったのか、すごく魔王っぽかった。
    「肉、肉……!!」
     特大ステーキセットを前に、雷歌が唸る。獣のように食らい、あっという間に平らげて再び肉を注文する。肉の味を味覚で受容し、腹が膨れる度に体が歓喜するのを感じた。
    「いただきます……!」
     垂れそうになる涎を拭い、ハンバーグを頬張る直人。ナイフを入れる余裕などなく、フォークでぶっ刺してそのままかぶりつく。24時間ぶりに食べる肉の味は、脳に焼き付く旨さだった。
    「空腹は分かるが、こんなに……」
     暴食に走る仲間達を見て、力生が絶句する。
    「もう朝なのか夜なのか分からないな……これを朝食にしようか……」
     何か食べたいのは山々だったが、お腹を壊した力生には肉はきつい。大人しく雑炊を頼み、ふーふーしながら胃に収めていく。
    「……」
    「zzz……」
     規則正しい寝息を立てて熟睡する匠と炬燵。彼女達の深い眠りが、戦いの厳しさを物語っているようだった。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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