今年の夏は爽やかな白にデニムの定番コーデで決まり!

    作者:宝来石火


     月明かりに皓々と照らされた、地面の剥き出しになった田舎道。自動車の轍がくっきりと残ったその道を、魅惑的なスタイルの美女がウキウキと体を弾ませながら歩いて行く。
    「お針子しごとが待っているわ。
     わたしのお手手がウズいているの」
     そう口ずさむ彼女のその手には、安土城怪人の求人情報が堂々と掲載された一冊の求人雑誌が握られている。そこに書かれた求人内容のホワイトぶりは、フライングメイド服を始めとする種々諸々のフライング服飾系眷属を作成していた強力な淫魔をして、真っ当な就職活動に励ませるほどであった。
    「チクチックチク、ぬいぬぅいぬい。
     チクチックチク、ぬいぬぅいぬい。楽しみだわっ」
     安土城怪人配下のペナント怪人が待つ集合場所に向けて心身ともに胸を弾ませる淫魔レプラコーンは、一体の眷属を連れていた。メイド服やらバニースーツやらと、如何にもなデザインが主であったこれまでのフライングな作品群と違い、一見して街を行く女性が着ていてもおかしくない――というより、普通の女性が普通に着る普通の私服である。
     そう。これこそが彼女が今回の就職面接にあたって作品サンプルとして作成した「フライング2015年夏のイチ推しコーデ」であった。
     ――トップスは、ノースリーブにショート丈な純白サマーニットに、今年の流行色を取り入れたスキューバブルーのシースルーレースカーディガンを羽織って、ガーリーなニット地にセクシーな印象をプラス。
     下に履くデニムホットパンツはダメージ仕様で、大胆なローライズカットが流石は淫魔のデザインと見る者を唸らせる。
     足元を飾る白のレースアップサンダルは甲の部分にワンポイントであしらったメタリックなシルバーのハートマークがアクセント。
     やはり流行色のクラシックブルーのフリンジバッグを肩掛けて、白・青系のトータルコーディネートを崩すこと無く印象を引き締める。
    「他にもレトロなデザインとか。
     スポサンなんかも流行っているわ」
     そう口ずさんだレプラコーンは、自らの作成したフライング2015年夏のイチ推しコーデにくるりと向き直り、白く美しい指でカーディガンのレースをなぞった。
    「でもアナタが、自信作よ。
     そうアナタが、トレンドなの。
     コレで合格」
     パチンっ、とレプラコーンがウィンクを送ると、フライング2015年夏のイチ推しコーデはくるっと一回ターンして、月明かりをスポットライトにポーズを決めてみせた。
     

    「結局一番大事なのは、それが自分に似合うかどうかというただ一点なんだろうけどね」
     鳥・想心(心静かなエクスブレイン・dn0163)のファッションに対する簡潔な認識はさておいて、灼滅者達はこれから挑む戦いについての詳細に耳を傾けた。
    「小牧長久手の戦いに勝利した安土城怪人は、早速勢力の拡大に乗り出しているようだ」
     安土城怪人の主な配下であるペナント怪人。そのペナント怪人の増産・強化のため、フライング服飾系眷属の生産で高い実績を持つレプラコーン達を雇用しようという目論見のようである。
    「ダークネスの戦力増強……当然、こちらとしては防ぎたい。
     そこで君達には、レプラコーンが安土城怪人側と接触する前に、彼女を灼滅してもらいたいんだ」
     フライング服飾系眷属を量産するその腕前からも分かる通り、靴からメイド服まで紡ぐ妖精職人として知られるレプラコーン。ブレイズゲート内のメイド無法地帯にも出現する彼女らと対峙したことのある灼滅者も少なくない。
     戦闘となれば神出鬼没を絵に描いたような高速移動能力でもって、一瞬で敵に肉薄して接近戦を仕掛けてくる。そんな彼女らの力の源にして弱点となるのは大地のどこかに眠る「黄金鉱脈」だとも言われているが定かではない。
    「戦う相手の攻撃の威力を削いだり動きを封じる技に長け、また自らの傷を癒やすことも得意な彼女は持久戦に優れていると言えるだろうね」
     加えて、今回彼女の連れているフライング2015年夏のイチ推しコーデもまた、作り手である彼女自身の強い思いが込められているためか、レプラコーンと全く同じ系統の技を使いこなすという。
     重ねて動きを封じられては厄介だが、様々な種類の攻撃への対応を考えなくてもいいという面では楽だとも言えるかもしれない。
    「けれどあまり時間をかけて戦っていると、彼女と合流する予定のペナント怪人が現れる可能性もある。できるならば一息に倒してしまえれば、と思うね」
     勿論、最終的な戦術に関しては君達に任せるけれど、と想心は言って灼滅者達を見回す。
    「今年の夏も暑くなりそうだ。ファッションもいいけれど、熱中症や夏風邪なんかにも気をつけてね」
     そう言って灼滅者への説明を全て終えるまで、遂に想心は「強」にした扇風機の真正面から一歩も動くことはなかった。


    参加者
    風花・クラレット(葡萄シューター・d01548)
    喜屋武・波琉那(淫魔の踊り子・d01788)
    一之瀬・暦(電攻刹華・d02063)
    志那都・達人(風祈騎士・d10457)
    安藤・小夏(折れた天秤・d16456)
    竹間・伽久夜(月満ちるを待つ・d20005)
    天原・京香(信じるものを守る少女・d24476)
    白峰・歌音(嶺鳳のカノン・d34072)

    ■リプレイ


    「待ちなさい! その服は私が着させて貰うわ!」
     レプラコーンのホワイトな未来への道を遮る、凛とした声が響く。
    「生憎、この子はサンプルなの――というか一体誰かしら!?」
     誰何の声に答えるように、レプラコーンの行く手に姿を現す七人の影。
     最初にぴしゃん! と先陣きってレプラコーンを制止したのは風花・クラレット(葡萄シューター・d01548)。
     その影からすっと一歩前へと踏み出したのは、一之瀬・暦(電攻刹華・d02063)だ。
    「残念だけど、此処から先は通行止め」
    「悪いけど、安土城怪人の所へ行かせるわけにはいかないんだ」
     後を続ける志那都・達人(風祈騎士・d10457)の言葉に、レプラコーンはムッ、と不快感を露わにする。
    「他人の就活邪魔するなんて! わたしに何かしら恨みでも!?」
    「恨みはないんだけどね。でも――」
    「おー! 近くで見ると、ホントセンス良いなー!」
    「えっ?」
     達人の言葉を遮り、起こりかけた険悪な雰囲気を吹き飛ばしたのは、白峰・歌音(嶺鳳のカノン・d34072)の明るい声。空飛ぶ服に近づいて、そのデザインを四方から見つめる。
     爽やかだけど大胆なんだなー。とか、これ絶対注目されるよなー。なんて。シンプル且つストレートな美辞麗句に、フライング2015年夏のイチ推しコーデはもじもじと袖を捻らせる。
    「レプラコーンの姉ちゃん! このデザイン作れるなら、動く服でなくても凄い仕事になるぜ!
     ……なぁ、普通の服作りをしてくれないか?」
     そう言って、上目遣いでレプラコーンを見つめる歌音の眼差し。
     そこには、無駄だとわかっていても一縷の可能性に賭ける純真な光がある。
    「……勿論飛ばないコーデだって、わたしが仕立てれば一流よ」
    「それならっ!」
     レプラコーンの答えに、喜屋武・波琉那(淫魔の踊り子・d01788)の口を、心からの言葉が突いて出る。
    「それなら……もう、悲劇は終わりにしようよ。
     作った服で、カナシクなる人が居なくなるように……」
     波琉那の言葉を受けてしかし、レプラコーンは口を固く結んで首を振った。
    「けれどわたしのホンキを出せる、それはこの子達じゃないとダメ。
     わたしはね、ホンキなのよ。いつだってね、ホンキなのよ。どんな仕事も」
    「いい心がけ……かしらね。迷惑だけど」
     天原・京香(信じるものを守る少女・d24476)も首を振り。
     わかりきっていたことを再確認するように声に出す。
    「おしゃれは私も好きだし、流行のファッションとかもいいだろうけど。
     どうあっても敵になるってのなら……仕方ないわね、うん」
    「……安土城怪人ではなく、ラブリンスターの下へ向かう気はありませんか?」
     そう、レプラコーンに持ちかけるのは竹間・伽久夜(月満ちるを待つ・d20005)だ。ダメ元の提案だが、まさかということもある。
    「募集のあるわけではありませんが、きっと交渉の余地も――」
    「安土城怪人はNGで、ラブリンスターはOKで……。
     成程ね、あなた達が。灼滅者ね、武蔵坂の。噂に聞いた」
     しかし。その提案を聞いたレプラコーンは口元を不敵に釣り上げて、その手の内に凝った意匠の斧を構えた。
    「わたしの履歴書の経歴を、飾れる実績が増えそうね!」
    「あッ!?」
     主の態度に呼応するように。フライング2015年夏のイチ推しコーデは歌音を振り払うように距離を取り、臨戦態勢に入る。
    「案外、好戦的なんだね。
     その方が、此方としてもやりやすいけれど」
     ブォン、と唸るエンジン音をどこからか月夜に響かせながら、達人は静かに目を細めた。
    「未来のイメージ決めたのなら、迷わず真っ直ぐがコツなのよ!
     生き方も、針仕事も! デザインも、攻撃も! 一緒なのよ!」
    「この、バカ……!」
     食いしばる歯から絞り出す様に声を出すクラレットの隣で、暦はスレイヤーカードを構えた。
    「善悪無き殲滅(ヴァイス・シュバルツ)」
     忽ちに展開される殲術道具。暦に続き各々構える灼滅者達の隣へと、後ずさりながら歌音は小さく呟いた。
    「……分かってたもんな。こうなるって」
     そう言って、少しだけ目を閉じて。再び開いた瞳に、迷いはない。
    「――嶺鳳学園のヒーロー、マギステックカノン!
     人を傷つける洋服を生み出す、お前を灼滅させてもらうぜ!」
     その言葉をきっかけに、戦いの火蓋が切って落とされ――。

     ズボァッ!!

    「うわっ!?」
    「何っ!?」
     ――落とされようとした時、突如地面から突き出してきた二本の手に、この場の誰もが揃って目を剥き、動きを止める。
    「ブハァ!」
     腕に続けて砂土を飛ばし、上体を起こして地面の中から現れたのは安藤・小夏(折れた天秤・d16456)であった。
     予め浅めに穴を掘っておき、遠くに敵を確認した所で上から自身の霊犬ヨシダに土をかけてもらって大地の眠りで不意をつく――小夏の画期的な不意打ち作戦であった。
    「……ちょっと早かったかなッ!」
     事前に潜る時間を決める大地の眠りでは、厳密なタイミングは図り得なかった。
     呆然とする皆の中心で全身を起こし、小夏は構える。
    「よし、来い!」
    「え、えぇ~……」
     色々と、台無しになった。


     最初に正気を取り戻したのは暦だった。
     電攻刹華の二つ名は伊達ではないと知らしめる、高速の足運びで間合いを詰める。その相手は、レプラコーンではない!
    「その子、狙い!?」
     ギュァォオン、と音を立てて唸るバベルブレイカーは、前傾になった暦の体を覆ってみせるほどに大きい。
     そんな得物から繰り出されるドグマスパイクが、フライング2015年夏のイチ推しコーデを狙い違わず巻き込み、引き裂く。
     ――否。レプラコーン渾身の作品がその一撃で裂かれるようなことはないが、しかし。
    「余所見してると、頂くから。
     この……えっと、夏コーデ」
     慌てて暦の攻撃をから距離をとったフライング2015年夏のイチ推しコーデ改め夏コーデ。自慢のニット地にはほつれが見え始めている。
    「勝手に略しちゃダメじゃないの!」
    「長いし……」
    「この子は今年の夏のコーデ! 時世を見る目も自慢なのよ!」
     プンプン怒るレプラコーンに、波琉那が続けて冷水を浴びせる。
    「でも……他の子と被ったら、量産品っぽくなっちゃうよね……」
    「そ、そんなことは有りはしないわ! 既成品には出せない味が――」
    「でも流行って結局、同じような格好ってことだよね……?」
     レプラコーンを明らかに挑発する言葉、これは本心ではない。レプラコーンの意識を反らせ、自分に向けさせ、更にその上で――。
    「いいえそもそも流行とはね……ッ!」
     その気配に気づいたレプラコーンは姿を消した。いや、そうではない。そう思わせるほどに高速でその場から飛び退いたのだ。
     しかし。ペトロカース――言葉の影で掛けた石化の呪いを、レプラコーンは避けきれない。
    「やってくれるじゃない、お姉さん……!」
    「だって……逃すわけには、イカないもん」
     自慢の美脚に鈍さを感じながらも、レプラコーンは自身に肉薄する気配を感じ取る。
    「たァッ!」
     小柄な体を更に低く屈め、一息でレプラコーンの懐に潜り込む歌音。ぎゃりっ、と車輪を響かせて、反り返るような勢いで蹴り上げる炎の脚!
    「――ッ!」
     紙一重――否、布一重。胸を覆うエプロンドレスギリギリを炎の軌跡が掠めていく。
    「わたしの服にまで綻びが!」
    「そっちだけ見てていいの?」
     京香の得物が月の光を受けてキラリと輝く。その眩さが想起させるのは、月の光のその源、黄金に輝く陽光の熱!
    「攻撃も迷わず真っ直ぐって、言ったのはそっちだからね!」 
    「やっ……!」
     レプラコーンの声は金陽の咆哮によってかき消された。
     銃弾の嵐は比喩でなく燃え盛る炎となって、狙い違わず夏コーデを炎の嵐に包み込む。
    「わたしの可愛いコーディネートがぁっ!? 猛暑と言っても程があるわっ!」
     狼狽するレプラコーンに、追い打ちを掛ける者がある。
    「暑いなら冷やしてあげるわ! 服より先に、あなたの頭からね!」
     その穂先を向け、強く握りしめられたクラレットの妖の槍。
     力がその切っ先に集中し、形作るは冷気の氷柱。
     ――ギィン! と、空気を引き裂いて撃ち出されたその槍は、レプラコーンの地肌に突き刺さる。
    「キキキッキィキッ……!
     けれどわたし達は負けないわ、今年の夏を引っ張ってくの!」
    「あの、そもそも……」
     氷で射抜かれ、却って熱くなるレプラコーンに、やや冷めた様相で語りかけたのは伽久夜だった。
    「ちょっと、流行らないと思います。その服」
    「なななっ、なななぁななっ、なんですって!?」
     端的ながらその言葉は、波琉那のそれとは違って他に意図があることを感じさせない、本心からのものであるように聞こえた。
     がぁん、と総身を震わせるレプラコーン。その衝撃が精神的な物のみでなく、伽久夜に制約の弾丸を撃ち込まれたものであることにさえも気づかない。
    「実際確かめてみるしかないよね、流行ってるかどうか」
     と、身も蓋もない事を言うのは小夏である。
    「そうよ街に出てみればいいわ! それでわかるはずよ、この夏の――ッ!」
    「そんなチャンスはないけどね!」
    「そうでも、ないわっ!」
     バチリッと雷の疾走る音がする。
     雷光を纏い振り上げられた小夏の拳はしかし、虚空を貫くのみ!
    「ッ、はや!」
     神出鬼没を体現するレプラコーンの高速移動。彼女の狙いは最も精神的に痛めつけられた伽久夜――としたい所だが、彼女の技でも前に立つ敵を無視して一気に後衛に構える彼女は狙えない。
    「最初の一針が肝心ね!」
    「さあ」
     レプラコーンの狙いは、歌音。
     彼女の生地が最も針を通しやすいと、レプラコーンのバベルの鎖が告げている。
    「風を」
     風音さえも置いていく高速移動の中、バイクのエンジン音が聞こえた気がした。
    「吹かせようかッ!」
    「ッ!?」

     ――ギャギンッ!
     
     それは、レプラコーンの斧と達人とライドキャリバー・空我の鋏とが宙空で響きあう鋼音。
    「わたしの動きが見えていたのっ!?」
    「聞こえただけだよ。風がね」
     再びガォンと空我のエンジンが吠えて、刃毀れを癒やしながらレプラコーンを巻き込み地へと降りる。吹かしたエンジンをそのままに、ギャリリッ、と空我と達人のタイヤが深い轍を道へと刻む。
    「燃えて貰うよッ!」
    「キィッ!?」
     靡いたマントの陰から盛る炎の足が、レプラコーンの胴を薙ぎ、再び宙へと蹴りあげた!
    「白峰さん!」
    「あぁ!」
     拳を握って歌音は跳んだ。レプラコーンが逃げるための足場は、ない。
    「今度は外さないぜー!」
     繰り出す拳は無数。外れることなく、敵を打ち据えた拳の数もまた無数。
     閃光百裂の拳はレプラコーンの体を真っ直ぐに吹き飛ばした。


     灼滅者達は着実にレプラコーンを追い詰めていた。
     ――ゴゥッ!
     炎に包まれながらも尚も健気にその形を保つ夏コーデが、主とそっくりの構えからフリンジバッグを振り下ろす。
    「ふっ」
     左手に着けた五指形ガントレットでバッグを弾き、暦は小さく息を吐いた。
     横目で見やったレプラコーンの体は、目の前の夏コーデ以上に傷つき疲弊している。空我に乗ったまま振るわれた達人のクロスグレイブに打たれる、その半身は波琉那による石化の呪いでモノトーンと化していた。
    「……このサンダル、色々合わせやすそう」
     戦いの最中のその呟きに、戦術的な意図は無かった。
     防戦一方、自らの傷を癒やすばかりのレプラコーンは、どこか虚ろに応えを返す。
    「……お洒落の基本は足元から。だけど予算も考えなくちゃ。
     モノトーンは、便利なのよ。着回しとか、重ね着にね」
    「高くてハデなのは、避けたほうがいい……?」
     小麦色に焼けた波琉那の脚が流星となって振りかかるのを、レプラコーンは避けられない。霊犬のピースが指示通り夏コーデへの警戒をしながらも、終幕の気配を察して主の足元へと寄ってくる。
    「ビビッドな小物はそれだけで、一気に印象を変えれるわ。ケースバイ、ケースよね」
    「あー……あるわよね、そういうの」
     京香は頷き、得物を構える。
     バニーガールにウサギの耳が無ければ――とは言い過ぎにしても。リボンのデザインやニーソックスの色味一つで、見る者に与える印象は大きく変わる。
     Reine malicieuse――柔らかなシルエットを持つそのカービンライフルは、京香の持つ明るげな少女のイメージを崩さぬまま。しかしそこから敵を撃ち抜いた一条の光線は、女王の華を感じさせるギャップがあった。
    「楽しいファッション談義を邪魔して悪いけど」
    「ええ。もう、時間もありません」
     流星を纏い、月を背にして小夏は降り注ぐ。その足先を追いかけるように振り下ろされた伽久夜の標識が示すのは、通行止めの赤。
     正しくこの蹴りは一方通行。二人の攻撃を弾くこともできず、レプラコーンはよろめき呻いた。
    「針仕事の続きは、地獄の針山でしたらいいんじゃない。流行は追えないだろうけど」
    「鬼のパンツの最先端を――わたしがリードしてみせるわよ」
    「本当に……バカッ!」
     嘯くレプラコーンにクラレットは、叫んだ。彼女が一目見て気に入っていた夏コーデは鉤裂きと焦跡とで傷つけられ、文字通りに襤褸襤褸だ。
    「安土城怪人の所になんか行かないで、服作ってれば良かったでしょ!?
     世の中にはコスプレイヤーとかご当地ヒーローとか! 優れた衣装を求めている人は沢山居るのよ!」
     誰にも見えない後衛の位置から、京香もうんうんと頷いた。しかしレプラコーンはそれでもまだ、首を横に振る。 
    「言ったでしょ。見えてたのよ。わたしの針、目指す未来……白い未来……」
    「バカ……」
     クラレットの、爽やかな緑の衣が風を切る。掴み、抱え上げたレプラコーンの体は抵抗する意思さえも失っているようだった。
    「緑を照らす光よ!」
     ずんだ餅ダイナミックが大地を揺らし、レプラコーンの体を砕く。風に散るレプラコーンの残滓の中、クラレットは一人小さく、呟いた。
    「そんげなこつ、てげてげでいっじゃが……」


    「さて、今の内に撤収だ」
    「そうだね。目的は果たした」
     撤退を促す暦と、それに賛同する達人。残された夏コーデのことが気にならないでもなかったが、レプラコーンは途中から自身らの回復に重きをおくことで戦いを長引かせていた。それほど猶予があるとは思えない。
    「……なあ、普通の服になってみろよ! そんでお店にしれっと混ざってれば、絶対売れると思うぜ!」
     歌音の言葉が聞こえたのかどうか。夏コーデはゆらゆらと何処かへと飛んで行く。
    「今度生まれ変わったら……可愛い普通の服を作る子になって欲しいな」
     波琉那は虚空に消えたレプラコーンに、そっと祈りを捧げる。
     一陣の夜風が、その祈りを何処かへと届けるように吹き抜けていった。

     風に乗ってペナント怪人の声が戦場跡に届くその直前に、灼滅者と夏コーデはそれぞれにその場を立ち去った。

    作者:宝来石火 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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