儚い命は眠りと共に

    作者:相原あきと

     ――やめろ、誰じゃ。
     明るくも無く暗くもない、鉛色の空が重く垂れこむ悪夢の中で八握脛・篠介(スパイダライン・d02820)が呻く。
     見られている。
     視界には映らないのに自分を見つめる相手の姿は妙にリアルに浮かび上がる。
     それは、奇妙な兜を被ったダークネス。
     ――ワシを、俺を、見るな!
     曇天の空の下、そのダークネスが口を開く。
    『汝、ダークネスとして生まれながら、
     灼滅者という罪により意識の深層に閉じ込められ、
     同胞たるダークネスを灼滅する者よ』
     ダークネスの声が響く度、少しずつ光が陰り、そして薄闇が広がっていく。
    『八握脛・篠介という殻に閉じ込められ、孵る事なき、雛鳥よ。
     我、オルフェウス・ザ・スペードの名において汝の罪に贖罪を与えよう』
     ――俺の闇を、覗くなよ……!
    『我が声を聞き、我が手にすがるならば、
     灼滅者という罪は贖罪され汝は殻を破り生まれ出づるであろう』
     ――あ……あぁ……。
     悪夢の中でポツリポツリと水滴が堕ちる。
     聞こえるは雨音。
     それは少しずつ大粒に、数を増やし、やがて完全な雨となる。
     篠介は自身の魂の奥底にある闇が、抑えきれぬほど暴れ出しているのを実感する。
     嵐のように吹き荒れる闇、そこに飲み込まれればもはや人間の意識を保つことはできないだろう。篠介は必死に抵抗するが、間断無く贖罪のオルフェウスが妨害してくる。それを必死に拒否し、避け、耐え続け。
     ――……黙れ、指図するな……俺が必要なのは、貴様だろうオルフェウス。
     すでに悪夢の中は土砂降りの雨。
     そして――。
    「やれやれ、篠介も脆い……だが折角の娑婆だ。楽しませて貰おうじゃないか」

     木々が生い茂る東北のとある山の中を、フード付の黒いロングコートを着た男が気楽な調子で登って行く。
     フードの下から見えるは白い髪と額の複眼模様、引きずる長柄のスコップを持つ手の爪は宵闇の黒。まるで外国の墓堀人、或は墓守のようだった。
     少し経つと青々とした木々の天井より、一筋、二筋、と木漏れ日が差し込み始める。
    「山の天気は変わりやすい……か」
     低く妖しい色気を持つ声で、しかしどこか気怠い雰囲気のまま墓守――グロバリは呟く。
     やがて静寂に支配された木漏れ日の下で、グロバリはシェークスピアの愛読本を取り出し、適当に見つけた切り株に腰を下ろして読み始める。ディンドンベル ディンドンベルと作中歌を口ずさみつつ、心地よい木漏れ日が途切れるまでグロバリは自由に読書をし続けるのだった。

    「みんな、集まってくれてありがとう」
     鈴懸・珠希(中学生エクスブレイン・dn0064)が教室に集まった灼滅者達を見回しつつ。
    「今回みんなにお願いしたいのは、闇堕ちした学園の仲間の救出よ!」
     闇堕ちした学園の仲間、名を八握脛・篠介(スパイダライン・d02820)。
     彼は就寝前まで普通に生活をしていたのに、朝になるといつのまにか姿を消していたという。
    「オルフェウス……」
     そう苦々しく呟くは荒木・琢磨(大学生ご当地ヒーロー・dn0018)、珠希もそれに同意しつつ。
    「どうやら彼は闇堕ちしてどこかに雲隠れしていたらしいの。でも、未来予測に引っかかって接触できる場所を特定できたわ。それはココよ!」
     珠希は東北のとある地図を出し印をつける。
    「皆が現場に到着した時、天気は晴れており彼は木漏れ日の差し込む切り株に座って1人静かに本を読んでいるわ。山には一般人は誰もいないし、奥深い場所だから登山客や猟師が迷い込んでくる事も無い、ただ一つ注意して欲しい事は、接触から5分後に天候が急変する事なの」
     珠希が言うには5分過ぎると、急に天候が変わり雨が振り出すと言う。その雨は時間と共に豪雨に変わっていくのだが……大事なのはダークネスたるグロバリの性格だ。
    「好天候時は気怠げで口数も少なく、灼滅者の言葉にも積極的に耳を傾けてくれるわ。でも悪天候時だと愉快そうに惨殺優先で動くの」
     つまり、説得して弱体化を狙うなら、天候が悪化する前の5分間が勝負という事だ。
    「彼はまだ完全なダークネスになってないの。ただ、もし今回のチャンスで彼を逃すようなことがあれば……完全に堕ちるわ。そうなれば二度と救出はできないと思って」
     珠希が断言する。
     ダークネスたるグロバリは、殺人鬼と無敵斬艦刀、それに影業とバトルオーラに似たサイキックを使い、ポジションはディフェンダー。特に近接戦闘はかなりの腕前だと言う。
     性格は自由を愛し残虐で賢く、嘲る態度の裏は冷静沈着、挑発に乗らず逃亡も厭わないという。ダークネス自身の判断基準は興が乗るか否からしいが、そこを突けるアイディアを出せるかは難しい所だろう。
     ちなみに灼滅者と相対しても、灼滅者の命を取ることは無い(トドメは刺さない)らしい……が、全滅したり、陣形が崩れれば逃亡される可能性もあり、油断はできない。
     珠希はそこで一度言葉をきり、集まった灼滅者達を真剣な表情で見回し言う。
    「彼を救出したい……そう、皆も思っているのはわかるけど……。どうしても救出が無理だと判断したら……ごめんなさい、その時は彼を灼滅して」
     迷いは隙に繋がるから……と珠希は呟き、そのまま皆に頭を下げたのだった。


    参加者
    神羽・悠(炎鎖天誠・d00756)
    葛木・一(適応概念・d01791)
    シェリー・ゲーンズボロ(白銀悠彩・d02452)
    暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)
    丹生・蓮二(アンファセンド・d03879)
    桜田・紋次郎(懶・d04712)
    九重・藍(伽檻・d06532)
    アイナー・フライハイト(フェルシュング・d08384)

    ■リプレイ


     東北のとある山中を40人を越える一団が黙々と進む。
     その1人、暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)が年上の兄のようなあの人との思い出を反芻しつつ歩を進めれば、もう忘れられてるかもしれないけど……それでも、との思いで歩みを共にする凛空などもいる。
    「とどめを刺さないのは、らしいと思ったけどね」
    「でも、自分が感動したしょーすけちゃんとは……」
     壱里や隣の言葉もどこか暗い。
     足場をしっかり確認しつつ登山靴で踏みしめ歩く九重・藍(伽檻・d06532)に、是が非でも連れて帰ると覚悟を決めるはシェリー・ゲーンズボロ(白銀悠彩・d02452)だけではない。皆が皆、同じ覚悟を……。

    「読書中お邪魔するぜ」
     葛木・一(適応概念・d01791)が遠慮なく声をかければ、墓守――グロバリが手に持つ小説から顔を上げる。
    「お前がグロバリ、か。仲間を……返せ」
     顔を上げたグロバリに桜田・紋次郎(懶・d04712)が単刀直入に言う。
    「気が向いたらな……」
     興味無しとばかりに再び本に視線を落とそうとし。
    「おいっ! 邪魔しに来たって聞こえなかったのか? 悪いけど、そこで眠ってる俺達の大切なダチを返してもらうまで、本なんか読ませねーからな」
     神羽・悠(炎鎖天誠・d00756)の怒気混じりの声に、グロバリがぱたんと本を閉じる。
    「……で、何なんだお前達」
     フードの下の気だるげな目で灼滅者達を見回す。すでにアイナー・フライハイト(フェルシュング・d08384)の他、いつの間にか灼滅者達が囲み陣形を展開していたのだ。
    「ああ、不思議なものだな……こんなに大勢、まるで、綺麗な人形達のようだ」
     小説の一部を引用するかのようにグロバリが呟く。
    「その本の台詞? でもその本は許しと愛のお話だよ」
     京音が指摘すると、グロバリが「知っているさ」と言う表情で返す。
    「だが、お前がいないと悲しむヤツがいる事は知らんだろう」
     香艶が言い、煉火が「まだまだ想い出が足りないんじゃないかい?」と言えば、「ほんと、バカなんだから」とヴェロニカが前に出て蓮二にチラリと視線を向け。
    「蓮二さん、手加減しなくていいわ。ぼっこぼこにしてでも、連れて帰るなの」
    「ふむ……彼我の実力差がわからないらしいな」
    「そんなの知ったことか! お前は邪魔だ! 邪魔なモノは俺がぶっ壊してやる、さあ! さっさと出てこい篠介!」
     丹生・蓮二(アンファセンド・d03879)が吠え、足下の霊犬つん様もそうだと言わんばかりだ。
    「やれやれ……お前達に帰って貰わねば、本の続きは読めないようだ」


    「Alea jacta est」
     シェリーは解除コードと同時、出現した交通標識をくるり、注意標記に変え仲間達に耐性を付与。
    「君が居ない図書館は寂しいよ。これから重ねる想い出には君が必要で、今まで皆と紡いだ想い出や絆はきっと闇にも負けない。だから――」
     スコップを手にしたグロバリと目が合う。その目を、奥の彼まで届けるように射抜きシェリーは言う。
    「信じてわたし達を。そして一緒に戦って」
     だがグロバリはフードの上から頭を掻き視線を外す。
    「篠介、こっちを見ろ! 鎖解く天啓の焔、炎鎖天戟・焔ノ迦具土!」
     悠の螺旋の一撃を紙一重でかわすグロバリだが、悠は視線が自分に向いた所でまくしたてる。
    「そうだ! 恐れず、声がする方を真っ直ぐ見据えてみ? 曇天に射す一筋の光が見えっから!」
    「そんなものは――」
    「目を背けるな!」
    「……っ」
    「お前を見てんのは俺らだ。一緒に居たいから、救いたいから此処へ来た、皆の目を、しっかり見ろよ!」
     悠の声にしかしグロバリは周囲の灼滅者達を睥睨する。
    「そう、言われてもな?」
     やれやれ。
    「いつまで寝ぼけてるつもりだ。お前が作った場所に帰らんでどうするよ?」
    「違うな。奴が寝てるんじゃない。ただ、俺が起きただけだ」
    「っざっけんな! 悪夢の時間はおしまいって言ってんだ! 子分は、返してもらうぞ」
     仲間達を守るよう一が鉄と連携して立ち位置を詰めながら言う。と、それを飛び越えるように迫るサズヤ。炎を足に纏いグロバリを蹴りつつ様々な想い出を語る。
    「沢山の綺麗な物を知れたのは、八握脛が作った居場所のおかげだから……」
    「……けどな、まだまだ足りないんだ。この間の写真だってまだ見せてないし、お前だってやりたい事が山積みだろう?」
     サズヤの言葉を引き継ぎ蓮二が言う。イエローサインで仲間に付与を与えつつ、しかしその目はしっかりとグロバリを見据え。
    「こんな所で終わるなよ……だから、帰るぞ篠介」
    「無理だな。あいつは今、暗い雨の世界に1人っきりだ」
    「だからこそ皆で迎えに来たのだろう。お前さんが帰らねば悲しむ奴が沢山居るんだ」
     紋次郎の影が無防備に立つグロバリの脇腹を僅かに切り裂く。
    「痛いじゃねーか……良いのか? 肉体は『同じ』なんだ。お前の行動こそ俺の中の『あいつ』が悲しむんじゃねーか?」
     無表情のまま言うグロバリ、だが。
    「何をほざく。他人の手助けで交代出来た程度の奴が篠介を語るな。おい、篠介。もうちっと根性見せろ」
     紋次郎の言葉を無視するようにスコップで殴りかかってくるグロバリ、その一撃を小柄な体で受け止めつつイコが言う。
    「ノエルや学園祭、依子先輩達にお引き合わせ下さったのは篠介先輩よ。先輩が、ご縁を紡いで下さったの」
    「そうです。ここにあるのはあなたの縁です」
     昭子が縛霊撃をグロバリの腹に吹っ飛ばしつつ言えば。
    「いちごだって滅茶苦茶心配してるんだからねっ! 依子先輩は特にそうなんだから!」
     壱子が同意しつつイコを回復。その間に立ち上がったグロバリには千珠がチェーンソー斬りで押さえ込みつつ。
    「ほら、依子先輩も叫んで! 先輩の声を一番届けなきゃいけないんす!」
     と、依子は壱子に押さえられているグロバリの胸倉を掴むと頭突き一発。
    「ぐあっ!?」
    「八握脛篠介! 其の手が紡いできた縁が、こんなに強く呼んでいる」
     呆然と依子の声を聞くグロバリ。
    「篠介、起きて。篠介君がいない世界なんて嫌……此からも貴方と一緒に生きたいの」
    「……ワシは――」
     呟くような声。
     だが、その弱々しい声は降り出した雨音にかき消される。
     雨。
    「大切な人になんつー顔させてんですか、アンタそれでも男ですか!」
    「紡がれる想い出はどれも大事な物語です。それは皆がいるから、そこから貴方が欠けてしまうなんて、そんな哀しい結末にどうかしないで下さい……!」
     多少の焦りをはらみつつ成海とユーレリアがまくし立てる。
     グロバリは雨を受けるよう空を見上げ、右手で顔を押さえたままポツリポツリと。
    「希望を知らねば本当の絶望も解らんだろうと……篠介の奴を甘やかして来たが……」
     再び灼滅者達へ視線を戻したグロバリの瞳は、明らかな殺意が宿り始める。
    「ああ、その通り。鐘の歌に呼ばれンのはあらしばかりじゃねェってな」
     説得が効いている事を確信しつつ藍が言う。
    「生憎、お呼びじゃなかろうが、連れて帰らねェと他の奴らに面目が立たないんでな。是が否でも連れて帰らせてもらうぜ」
     降り始めた雨の中、藍が再度夜霧隠れを前列へ。
    「皆……くっ、おのれ……」
     グロバリが口をキツく結び、何かを押さえ込むようにスコップを強く握る。
    「思い出せショウウケ。何も知らなかったオレに居場所も、仲間の暖かさも教えてくれたのも君だった。ブレイズゲートへ繰り出しては馬鹿な事もした。身に覚えがなかろうと、皆の声が、答えだ。全部、過去の思い出に変えるには……まだ、早い」
     だが、降り始めた雨は加速度的に勢いを増し、どしゃ降りへと変わっていく。
    「くっくっくっ……まったく、これほど美しいと思わなかったよ……人間というものがな!」
     バサリ、フードがめくれ現れるは白い髪と額の複眼模様。その顔は先ほどまでと違い六六六人衆の本能たる殺意によって満ち溢れていた。


    「ああ、素晴らしき新世界が目の前に……嵐に血を! 篠介の事は諦めろ!」
    「諦められっかよ!」
     ガキンッ!
     グロバリのスコップが飛び込んできた悠の煌炎を灯す聖剣を受け止める。
    「いいや――」
    「黙れ! 此処から先は言葉は無用! 拳に乗せての全力全開だ!」
     悠の気合いと気迫に押されるグロバリだが、バックステップで体勢を建て直しつつ左腕を天に向け。
    「嵐よ!」
     凝縮された殺意の領域が竜巻のように広がり前衛達を飲み込んでいく。
     しかし、即座に射線上に割り込むは一と鉄、そしてシェリー。
    「バシッと止めるぜ!」
     身を呈して殺意の広がりを抑える一達。
    「八握脛の為に集まった仲間達だ。その繋がった想いを届かせるまで、オレが、オレたちが守る!」
    「本当に届いていると思っているのか?」
    「お前と話す、暇は無い……」
     言いつつ流星のようにグロバリに蹴りを入れるはサズヤ、その蹴りをスコップで防ぎつつ。
    「本当か? 俺が娑婆に出られたのはなぜだ? 篠介がオルフェウスを呼び込んだからじゃないのか?」
     ガッシとサズヤの足首を掴み投げ飛ばす。
     サズヤが戦う間に、回復役の琢磨や蓮二達が先ほど仲間を庇った仲間達を回復させる。他にもサポートとして七や真琴、ノアらが回復を担い、彼らの守り役として十織も盾役で控える、かなり万全の態勢だ。
     そして、痛みが和らいだシェリーは一直線にグロバリへと駆ける。
    「シェイクスピア。良い趣味だね」
     突っ込むと共にグロバリの背後にシェリーと同じ姿の影が立ち上がり抱き付き、グロバリの身体を縛り上げる。
    「何っ!?」
    「君に人間賛歌がわかるかな。篠介の物語も、眠りと共になんて終わらせない」
     シェリーの言葉と共に縛られたグロバリの顔に影が差す。見上げればファルシオンのような斬艦刀を振りかぶった紋次郎。
     避けられない……そう判断した瞬後、グロバリはスコップを手放し足先で蹴り上げ紋次郎の巨剣にぶつけ、僅かに軌道をずらし致命傷を避ける。
     肩口を斬られ、同時に影の拘束から逃れたグロバリが2人から距離を取り。
    「そう簡単に俺を縛れると思うな」
    「そいつァ全く頷けるが、俺らもアンタの言葉に縛られてやる気はねェ……」
     背後からの言葉に慌てて振り返るグロバリ、目の前に迫るは雷を纏った藍の拳。
     ドドガッ!
     瞬間、グロバリは藍へと拳を付き出し、しかしお互い顔面前で相手の拳を空いた手で防ぐ。
    「……なァ篠介、聞こえるか。アンタの大事な女が塞いでンのは手に負えん。帰ったらまずは一発といわず殴られろ」
    「残念、篠介は帰ってこない」
    「残念なのは貴様の方だ。ショウスケは連れ帰らせてもらう」
     かぶせるようにアイナーがサイキックソードで斬りかかりつつ言葉を繋ぐ。
    「台詞だけならいくらでも言える」
     スコップで防ぎ鍔迫り合いをし笑うグロバリ。
    「黙れ。ショウスケ、目を開けろ。また一緒に馬鹿な事させろ。返さなくちゃならない借りが、あったろう」
     ドッ。
     多くの言葉を伝えようとした隙を突き、アイナーの腹を蹴り吹き飛ばす。
     いつの間にか降る雨は激しさを増し、普通の会話は雨音に消されるほど。
     史子が前衛を支えるよう回復を飛ばしつつ。
    「どんなに強い雨に遮られても、聞こえるやろ? 篠介はんを信じて待ってる皆の声が」
    「聞こえるのは鐘の音だけ、全てが消える弔いの鐘だけだ!」


     嵐のように降り注ぐ雨の中、最高潮の殺気で襲いくるグロバリ。
     だが、灼滅者達も負けてはいない。前衛の人数を揃え列減衰も加味した陣形は良い作戦だったと言える。そして、雨が降るまでの説得で弱体化させれたのも大きい。
     ただし、こと近接戦においてグロバリの強さは頭2つ以上抜けており、ついに壁役達が無造作に振るわれたスコップに薙ぎ払われ一斉に倒れる。
     だが。
    「オレは……親分だからな、子分の弱音も受け止めてやる。育てた花は必ず芽吹くんだ、雨もいつか止む」
     倒れたまま呟く一、その声はグロバリの中で眠る子分へ。
    「お、お前の傷が、なんなのか……オレは知らん。だけど、お前が差し伸べた手を離すな。守りたい場所を作ったんだろ? なら、何度でも抱え直せよ!」
     ふらふらになりながらも立ち上がろうとする一。
    「その為の手伝いなら、いくらでもしてやっからよ……だから、男を見せやがれ八握脛! 八握脛が、八握脛で居られる場所に帰っぞ!」
     肉体を魂が凌駕し、再び構えを取る一。
     その横には、同じくシェリーが立ち上がる。腕を折ったか片腕を押さえつつだが、その瞳に諦めは無い。
    「篠介を連れて帰れるなら……腕の一本や二本、君にあげる」
     シェリーもまた凌駕したのだ。
     ――少し、まずいか……。
     グロバリの中で焦りが生まれ強引に突破を狙う、だが。
    「行かせるかよ、アンタの行き先はそっちじゃねぇぞ」
     地形等から逃走経路を先読みしていたヴィンツェンツ達のおかげもあり、危なげなく御伽が立ち塞がる。
    「このっ」
     蜘蛛糸のような影を繰り強引に集中突破を狙うグロバリだが、その糸が横合いからの別の糸によって絡め止められた。
    「蜘蛛の糸は私も持っていてね」
     有無だ。
     そして動きが止まったグロバリに千穂がスターゲイザーで追撃、回避するも再び輪の中心へ追いやられた。
    「逃げちゃだめだよぉ、篠介くんのお迎えに来たんだから」
     夜音のダメ押しにグロバリは頭を切り替える。メインで戦闘を行なうメンバー、その盾役はあと1・2撃で押し込めるはず……ならばそこから。
     グロバリが一やシェリーに向き直り……そしてその姿が無い事に気がつく。
     そこにいたのは藍と蓮二、一とシェリーは逆に後ろに下がっていた。
     ポジションチェンジ。
     まさにソレを効果的に使ったと言える。
     僅かに茫然とするグロバリに、藍が遠慮なく炎を纏った蹴りを叩き込む。
    「ぐあッ」
    「なぁ篠介、アンタが居ねェとどうにも締まらんし調子が狂うんだ。くらだねェコト話して、笑い合って、気がつきゃ居着いちまってた場所……早く帰ろうぜ、風邪っ引きになる前に、さ」
    「無理だと……言っている」
     地面スレスレを駆けグロバリが迫る。だが――。
     蓮二がグロバリの突撃を迎撃、そのスコップをオーラを纏った両手で掴み押し返す。
    「あの場所は息をつける貴重な場所だ。篠介、お前は俺の親友だろう、普段はふざけ合ってばかりだが俺はお前に一目置いているんだ。早く戻って来い!」
     声が枯れんばかりに叫び、グロバリを殴りつける。
     そしてチャンスと見た灼滅者の怒濤の連撃が開始される。
     サイと小次郎がスターゲイザーでグロバリの機動力を削ぎ、巳桜がジグザグスラッシュで足止めを加算。動きが鈍った所に煉が縛霊撃を、亮がペトロカースで雁字搦めに。
     そして硬直するかのように立ち尽くすグロバリの前に、両の拳を燃やし、炎を纏うように構えた紋次郎が立つ。
     身体側から炎の先端に向けて鮮血色から赤そして青色へと変色する燃え盛る炎、それが紋次郎のオーラだった。
     覚悟を決めたか、どこか楽し気にも見えるグロバリに接近戦を挑み、降り注ぐ雨を蒸発させつつ閃光を纏う拳を百と叩き込む。だが、グロバリも同じく紋次郎に拳を叩き込み、同時に吹き飛ぶ2人。
     違うのは、即座に追撃する仲間達が灼滅者達にはいる事。
    「猛き炎は覚悟の証、炎纏いし救彩の剣!」
     悠が真正面から炎の剣で斬りかかると同時、グロバリの死角たる背後からアイナーが背を切り裂く。
    「ぐっ……く、そ……」
     スコップを地に刺しなんとか倒れないグロバリ。
     その目の前に――。
    「八握脛をずっと一人にするのは嫌、引きずってでも一緒に帰る」
    「この……っ!」
     グロバリが目の前に立つサズヤに蜘蛛糸のような影を伸ばしその身を切り裂く。
     頬から、腿から、肩から血が噴き出る。
    「どれだけ斬られても、痛くない。Ccの皆や彼との思い出を、俺はまだ増やし続けたい」
     痛みを無視して拳を握り込む。
     今日は何も譲らない。伝えたい想いは一つも零さず、託された皆の全部も込めるように。
    「一人ぼっちの悪夢は終わり、起きろ篠介、もう、朝だ」
     そして、振りかぶった拳を――。


    「おはよう、八握脛」
    「君がオレより寝坊助だとは知らなかったな」
     最初に聞こえたのはサズヤとアイナーの声だろうか……八握脛・篠介は雨の止んだ森の中でゆっくり瞼を開ける。
    「おかえり寝坊助! みんな待ってるぞ!」
     見れば一や蓮二、クラブの仲間達もいる……。
    「さ、立って篠介。もうすぐ学園祭だよ? いつもの日常へ帰ろう」
    「もう?」
     シェリーの言葉に驚けば。
    「そうですよ、先輩がいないと学園祭だって楽しくないですし」
     イヅルの言葉に「今からでは準備が……」と頭を過ぎるも。
    「お帰り、そしてお疲れさん……だが、俺達より先に、言うべき存在がいるだろう」
     紋次郎がそう言い、メロや木葉、ジアンが道を空けると、その先にいるのは――。
    「私の声、聞こえた?」
     依子が泣きそうな顔で微笑み、篠介は「当たり前じゃ」と笑い抱きしめる。
     木々の隙間から木漏れ日が差し、まるで2人を祝福するかのように照らす。
     誰かが、お帰りという言葉と共に手を叩いた。
    「あらしが止んだそのあとは、万雷の拍手で迎えてやるがお約束、だろう」
    「喜劇の第二幕のスタートっしょ」
     藍の言葉に狭霧が続き。
     皆の拍手は喝采へ……。
     今や篠介にかかっていた悪い魔法は完全にとけた。
     篠介は救われたのだ。
     皆の祈りと、絆によって。

    作者:相原あきと 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 2/素敵だった 17/キャラが大事にされていた 0
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