●小さなライブハウスにて
路地裏のライブハウスには、20人近くの客が集まっていた。
「今日は私のライブに来てくれて、本当にありがとう」
ユミカは、笑顔で口を開く。
「皆さんの応援が、何よりも私の力です。私の歌も、皆さんの生きる力になれますように」
ユミカは思いを込めて歌い上げる。オリジナルのメッセージソング。路上シンガー時代から数えて、つくった曲数だけなら百曲を越える。
♪抱きしめて 本当の気持ち それも大切なあなたの気持ち
♪苦しみ嫉妬も悔しさも 憎しみも悲しみも欲望も 青い空に解き放つの……
透明感のある歌声が響く中、ライブハウスの入り口に新たな男が現れる。
ひょろりとした体つきに、不釣り合いなほど大きいデモノイド寄生体。
「……」
ずんずんと、彼はユミカにむかってつき進む。
「何だよ、押すなよ」
「大人しく、後ろのほうで聞いていろよ」
観客が騒ぐ中、男は巨大な刃に変えた右腕を無造作に振り抜く。それだけで2、3人の客が吹っ飛び、壁にたたき付けられる。
ばったばったと客を薙ぎ払いながら近づいて来る男を、ユミカは呆然とした表情で、見つめていた。
●淫魔ライブと乱入者
天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)の話によると、最近、ラブリンスターの配下にいる淫魔たちが、よくライブを開いているのだという。
「今までは、バベルの鎖の影響で、なかなか固定ファンがつかなったの。けれど、仲間になった七不思議使い達にライブ情報のうわさを流してもらえるようになったから、一般人を集められるようになったんだよ」
カノンが予知した『ユミカ』という淫魔も、その一人。
かつては路上でライブをしていたユミカ。客が集まらなかったり、ロードローラーに潰されかけたり、苦労を積んでいたらしい。
それが今は、売れない地下アイドルくらいの集客力はあるという。
「ただ、ユミカちゃんのライブ会場に来るのが、一般人だけだったらよかったんだけどね。ここに、デモノイドロードが来るんだよ」
しかも、そのデモノイドロードは、観客を蹴散らし、殺してしまうという。そのままユミカのところへと向かうらしいが、その目的は不明。
どちらにしろ、ライブ会場の一般人が殺されてしまう事態は避けたい。この件に介入をしてほしいと、カノンは言った。
ユミカのライブに来るデモノイドロードは、名前をマサタカという。
ひょろりとしたフリーター風の男だが、ごついデモノイド寄生体を宿している。
戦闘になれば、デモノイドヒューマンと、ロケットハンマー相当のサイキックを使うという。
「マサタカを灼滅するなら、彼がライブ会場に着く前に介入できるよ。戦闘ができるくらいの小路は、周囲にいくつかあるの。何人かで誘導して、何人かで待ち伏せして、って感じで、みんなだったら勝てると思うよ」
また、一般人の命を守るという観点からいえば、ライブを解散させてしまってもいい。そうすれば、一般人を安全に避難させることができるだろう。
ただしこの場合、ライブを邪魔されたユミカとの戦闘になる。
「ユミカちゃんの戦闘力はそれほど高くないけど、戦闘途中にマサタカが乱入してくる可能性があるから、そこは気をつけてね」
ユミカとてダークネスの一人。灼滅という選択肢は、視野に入れておいてもいいだろう。
「マサタカだけを灼滅する場合は、その後はユミカちゃんのライブを楽しんだり、楽屋に顔を出したりっていうこともできるよ」
どうするかは任せるね、とカノンは最後につけ加えた。
参加者 | |
---|---|
天鈴・ウルスラ(星に願いを・d00165) |
長姫・麗羽(シャドウハンター・d02536) |
神楽・美沙(妖雪の黒瑪瑙・d02612) |
ルリ・リュミエール(バースデイ・d08863) |
小鳥遊・亜樹(少年魔女・d11768) |
神楽・武(愛と美の使者・d15821) |
櫻井・聖(白狼の聖騎士・d33003) |
日下部・颯太(小学生七不思議使い・d33731) |
●ライブ場所変更のお知らせ
ライブ会場に近い雑踏の中。櫻井・聖(白狼の聖騎士・d33003)はデモノイドロードのマサタカの姿を見つけ、声をかける。
「キミ、ユミカさんと会いたがってますね?」
開口一番、本題へ。青年は顔をしかめ、聖から用心深く数歩距離をおく。
『どうして、俺がユミカのライブに行くと思ったんだ?』
(「ちょっと唐突だったかな、うん」)
内心にひやりとしたものを感じながら、聖は言葉を続ける。
「長年ファンをやってるとわかるだよね、うん」
『何だそれ……』
その時、少し離れたところから、誘導案内の声が響いた。
「ユミカのライブ、会場が変更になりましたー。こちらでご案内しておりまーす」
バイトスタッフを装う天鈴・ウルスラ(星に願いを・d00165)は、あえて全く違う方向に向けて声を張り上げる。
『会場変更だって?』
思わず聖から目を離し、ウルスラを見るマサタカへと、タイミングをはかっていた長姫・麗羽(シャドウハンター・d02536)が歩み寄る。
「ユミカのライブにお越しのお客様ですか?」
麗羽の腕には『STAFF』の腕章。マサタカの表情からこわばりが減る。
『ああ。会場か変わるって、何かトラブルか?』
「予想よりお客の入りがいいので、広い会場に移ることになりました」
『へえ! 人気があるんだな、ユミカ!』
感心したように片方の眉を跳ね上げるマサタカに、聖が追いついて声をかける。
「ボクたちが案内しますから一緒にどうかな?」
『あんたもスタッフか。……てか、いちいちスタッフらしくねえな。さっさと誘導しろよ』
彼らの様子を視線で追いつつ、ウルスラは何気ない動作で携帯電話を手にする。
「――ウルスラちゃんから、マサタカくんが、もうすぐ来るよって」
小鳥遊・亜樹(少年魔女・d11768)は携帯を操作しながら、皆に告げる。
「んー。早く終わらせて、ライブ見に行きたいなー」
「亜樹さんもライブに行くでありますか? ルリは、ユミカさんのライブでCDを買うつもりなのですよ」
わくわくと答える、ルリ・リュミエール(バースデイ・d08863)。
そんな会話を聞きながら、日下部・颯太(小学生七不思議使い・d33731)は、ラブリンスター勢力にいるという七不思議使い達のことを考えている。
彼らがライブ情報を広めているので、淫魔達のライブは、一般人の集客が可能になったという。……その七不思議使い達は、今、どうしているだろう?
(「……『道具』扱いじゃなきゃいいんだけど」)
「誘き出せなかったら、あっち行くしかないと思っていたけど、よかったワ」
神楽・武(愛と美の使者・d15821)は、色黒で筋肉質の上半身をくねっとねじる。見た目はガチムチのオニィさん、口調はとってもオネェさん。
「みんなで囲んで、ペシャんこにしちゃいましょうネ」
神楽・美沙(妖雪の黒瑪瑙・d02612)は扇子で口元を覆い、そんな武をちらりと見る。
「やれやれ、依頼とはいえゴリラと一緒に戦う羽目になるとはな」
武のこめかみに、ぴしりと青筋が一本。
「誰がゴリラよ! そんなんだからカレシの1人もできないのよ、行かず後家!」
実弟実妹となれば、容赦も遠慮もなく。
そんなやり取りが飛び交う中、小路の先から誘導班が戻ってくる。
●いくつかの問い
聖と麗羽に言われるままに小路へと入っていくマサタカを、数歩遅れてウルスラは追う。
予知では、ユミカのライブ会場に行くマサタカは、一般人を何人も殺すという。
(「このデモノイドロードは、何がしたいんでゴザロウな」)
マサタカはなぜ淫魔のライブに行くのか。肝心な部分が不明なことが、ウルスラは気になっている。
「かくごー!」
小路にマサタカの姿が見えるや、亜樹が、箒で滑空し不意を打つ。
『うぉう! びっくりするじゃねえか!』
亜樹のロッドを、マサタカは跳躍で回避。着地点に回り込む颯太が繰り出す、鋭い銀爪も空を切る。
「……残念だね、当たらなかったか」
『薄々怪しかったからな。でも、4、5人でかかって来られていたら、やばかったかもな』
マサタカの華奢な右腕から、デモノイド寄生体が蠢きながら広がっていく。
「ユミカちゃんの邪魔はさせないんだからね」
着地した亜樹は、マサタカへと真っ直ぐな口調で告げる。
『はっ、コドモが親衛隊気取りかよ。お子ちゃまは帰って寝てろ』
武が音を遮断し、灼滅者は小路へ展開する。一歩、美沙が踏み出す。
「ここに来た理由を聞いたところで、答える気はないかのぅ?」
「もしかして、ユミカさん狙いというより、ラブリンさんの事を知りたいのかな?」
そう言ったルリを見返し、マサタカの口元がにやりと笑みの形をつくった。
『さっきから面白い話してんのな。ユミカのライブには何かウラでもあんのか? その辺……詳しく聞かせろよ!』
膨れた蒼腕が持ち上がり、砲口から白光がほとばしる。
一瞬早く、美沙は地を蹴る。キャノンが命中した地面からは破砕音が響き、刺激臭のする毒煙が一筋上がる。
「仕掛けるぞ、武。遅れずついて参れ!」
「はいはい、連携は任せなさいな」
(「聞いたとて答えぬじゃろうと思っていたがのぅ」)
美沙は内心で思考を巡らせる。今のマサタカの言動で、わかったことが一つ。
――マサタカ自身には、自身のライブ参加を阻まれることには、心当たりがないらしい。
武が巨大化させた異形の腕を振り下ろす。軽妙なステップで回避するマサタカの、その逃げ道を塞ぐ横合いからの風の刃。美沙の神薙刃は絶妙な角度でマサタカを捉える。
『なかなかやるじゃねえか!』
たたらを踏むマサタカへ、ウルスラの『NEXUS』が迫る。仄青い刀身は刃片となって鞭状に伸び、弧を描く。
「事件の背景が読めないのは歯がゆいでゴザルが、ラブリンスター派には借りもある故、この程度の敵は引き受けまショウ」
「ユミカさんはダークネスかもしれないけれど、良い方向に精一杯頑張っている人を応援するのは正しいことだと思うのです」
魔法少女になったルリは『ゾディアック』を射出。帯状のサイキックエナジーに、黄道十二星座の加護が上乗せされ、狙いを定かなものにする。
「そんなわけで、ルリはユミカさんを応援するですよ!」
『だったら大人しくライブにでも行ってろ!』
マサタカは両手で巨大なハンマーを握りしめる。回転殴打がうなりをあげてルリへと向かう。
そのハンマーの真下へ、滑り込む麗羽。
小ぶりな麗羽の盾が、真正面から巨大ハンマーと激突する。力は拮抗。
「ま、ラブリンとはわざわざ事を構える必要もないってのもあるけど……純粋に音楽を楽しんでいる彼女の邪魔をするってのが、オレは見過ごせないかな」
麗羽の特徴的な声は、それ自体は耳に心地よい。彼自身、ライブハウスでは給仕兼歌い手としても活動している。
「主よ、白炎よ、どうかボクにみんなを守る力を」
修道女のケープがひるがえり、聖の白く長い髪と、ニホンオオカミの耳がのぞく。シスター服をなびかせながら、聖は刀身の分厚い聖剣でマサタカへと斬りつけた。
●デモノイドロード
横飛びで回避を試みるマサタカに、亜樹のフォースブレイクが命中する。
「マサタカくん、きみの目的はなに?」
『それを聞く目的は何だよ? 話してくれるなら俺も話すぜ?』
マサタカの返答には、おもしろがっている響きがある。からかわれた気がして、亜樹は唇をとがらせる。
「デモノイドロードってなんか、嫌い」
「アキ、そんな相手にまともな返答を期待しても無駄デース」
ウルスラは一気に距離をつめ、巨大な十字架を振り下ろす。青い腕と十字架がぶつかり合い、鈍く重い音が響く。
「ライブに影響が出ぬうちに、お亡くなり頂くでゴザル!」
至近距離から、十字架砲の引き金を引くウルスラ。ほぼ同時に、DCPキャノンから白い光がほとばしる。強毒性の光がウルスラを灼く。
颯太の指先から、回復の力が集められた霊力が飛ぶ。
「……好きなようには、させないよ……っ!」
「ボクも回復に回るよ、うん」
回復が追いつかない分は、聖の癒やしの矢がフォローに入る。
バランスのいい布陣と、堅実な護りで、灼滅者側は粘り強く戦いを進める。
攻撃時の戦略性にはブレがあり、統一感のなさも目立ったが、支援サイドが底上げをはかることで、戦いはじりじりと灼滅者優位に傾いていた。
『くそっ、いい加減寝ろ……!』
初めのうちは余裕のあったマサタカが、苛立たしげに吐き捨てる。
「……もうちょっと人間に配慮してくれれば、違ったかもしれないけどね」
「キミが無害な一ファンなら、問題はなかったんだよ、うん」
颯太のリングスラッシャーが撃ち込まれ、聖のクルセイドソードが、デモノイドロードの肩口を打ち砕く。
マサタカのDMWセイバーを上腕二頭筋で受け止め、武が吼える。
「ってぇな、オイ! 調子ノってっとツブすぞ、オラァッ!」
ガチムチのオネェさんから、ガチムチのオニィさんにモードチェンジした武の、たくましい大胸筋がワセリンの光沢に輝く。
「覚悟しろや、テメェ!」
マサタカの脳天に、武のダイダロスベルトがめり込む。
壁に手をつき、体を支えるマサタカの背に、麗羽のローリングキックが入る。外傷による痛みだけでなく、靴先に宿る影に精神を侵され、マサタカは苦痛に呻く。
「そろそろ仕上げじゃな」
「これでとどめだー!」
美沙のダイダロスベルトがマサタカを射抜き、亜樹のフォースブレイクが炸裂する。
「最後の一撃なのです!!」
ルリは妖の槍を握り、跳躍する。流れ星のようにキラキラ煌めく槍が、ルリの動きに合わせて光を散らしながら、マサタカの上半身を深々と貫いた。
『がッ……!』
かっと目を見開いたまま、マサタカはその場に膝をつく。倒れ伏す時には、灼滅された肉体は塵になり始めていた。
「さて、終わったことじゃし、一応ライブに顔を出すかのぅ。淫魔の実力の程、拝見させてもらうとしよう」
広げていたダイダロスベルトを手元に戻し、美沙は口元をほころばせた。
●大きな夢に向かって
ライブハウスの隅々まで、ユミカの澄んだ歌声は響く。
リズムに合わせて体を揺らす観客の表情は真剣で、彼らの一体感の高さが感じ取れる。
「なんか頑張ってる姿を見ると応援したくなるね、うん。でもいつかユミカさんとも戦うことになるのかな……」
一番後ろにいる聖は、まぶしそうに目を細める。
飲まれまいと思っていても、ライブハウスの雰囲気は独特で。聖は服の裾をぎゅっと握りしめる。
スポットライトの中、ユミカは笑顔で歌を紡ぐ。
頑張る人を肯定する、メッセージソング。
力強く伸びのある声には、心の中にすっと染みいる抗いがたい魅力がある。
♪抱きしめて 本当の気持ち それも大切なあなたの気持ち
♪苦しみ嫉妬も悔しさも 憎しみも悲しみも欲望も 青い空に解き放つの……
「うーん、完堕ちしちゃった子なのよネ。内心複雑ではあるけど……今は敵対関係じゃないわけだし」
ライブ会場での武の呟きに、美沙も小さく息をつく。
「ラブリンスター勢か。何かと関係の深いダークネスなわけじゃが……本心がどこにあるのか正直測りかねるで油断もできぬ」
「仕方ないワ、今回は、一般人を巻き込むわけにもいかなかったしネ」
――ライブ終了後、何人かはユミカの控え室へと足を運んだ。ウルスラは、「人知れず始末して人知れず去るでゴザル」と、先に学園へと帰還している。
ユミカは、会った直後は戸惑う態度を見せていた。武蔵坂学園の、と小さく呟く。前回の邂逅を思い出しているらしい。
「お疲れ様。一般客が集まるようになって、忙しくない?」
颯太は飲み物の差し入れをユミカへと差し出す。
「はじめましてー。ライブすごく良かったよ」
屈託ない口調で亜樹が言う。それで敵意はないと思ったのか、ユミカも緊張を解き、ありがとう、と笑顔で答えた。
一人一人と握手をして、あいさつを交わして。
しばらく話を続ければ、互いにだんだん打ち解けてくる。次のライブについて語るユミカの目は、キラキラ輝いていた。
CDも買いました、とルリは買ったばかりのCDをユミカに見せる。ユミカさんの夢の結晶ですから、と大事そうに扱うルリに、ユミカは感極まったように両手で口元を覆った。
「オレも普段はライブハウスでバイトしてるし、何か用があれば来なよ」
「ありがとう。麗羽さんの歌う日に、絶対に行きます」
未遂に終わったこの襲撃の話や、学園際の誘いなども取り交わして。
話の流れの中で、ぽつりと颯太が問う。
「……そっちの七不思議使い達は、みんな元気?」
「七不思議使いさん達には、よくしてもらっています。よい関係を築けているんじゃないかな」
ためらいなく答えたユミカの言葉は、解釈次第でどうとも取れる部分もあったけれど。
デモノイドロードの灼滅も無事に済み、ライブを守ることができた。淫魔ユミカとも、とてもいい状態で別れることができたといえるだろう。
この先、この関係がどんな形に発展していくのか。未来はまだ、闇の中。
作者:海乃もずく |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年7月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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