妖刀と壬生狼と鬼と

    作者:泰月

    ●狩る者、狩られる者
    「冗談じゃねえ。これ以上、天海に従ってもジリ貧じゃねえか……!」
    「ならばここで死ぬが良い」
     琵琶湖に近い和風旅館。その離れの一室で、睨み合う2つの影があった。
     片や黒曜石の角を持つ、羅刹。片や狼頭の獣人、スサノオ。
    「相変わらず融通が効かんでござるな、壬生狼は」
     そこに、外から割り込む新たな声。
    「何者っ!」
     反応した壬生狼の刀が、背後の障子を切り裂く。
     そこにいたのは、一振りの刀。
    「刀剣怪人か……いや、この気配。もしや、貴様……妖刀か!」
    「いかにも。妖刀・村正。徳川に仇なす妖刀でござる」
     壬生狼の問いに、刀の頭部を持つ怪人は事も無げに答える。
    「お、おい。あんた、安土城怪人の仲間だろ! 同じような刀頭、見た事あるぜ! そっちに加わるから助けてくれ!」
     羅刹が上げた明確な離反の言葉を、壬生狼が聞き逃す筈もない。
    「敵に下るくらいならば死ねぃ!」
     ギィィィィ――ッン!
     響く、金属音。
    「頼まれずとも、もとよりそのつもり。させんでござるよ」
     一瞬で踏み込んだ村正の刀が、壬生狼の刀を阻んでいた。
    「フン。少々相手が悪い……か」
     言いながら、壬生狼が刀を構え直す。
    「尻尾を巻いて逃げる気はなさそうでござるな」
    「……愚問! 逃亡を計った者を粛清に来た己が、どうして敵前逃亡など出来よう! 邪魔をするなら、勝負だ、妖刀!」
    「さあ、斬り合うでござるよ!」

    ●動く理由
    「札幌の戦いお疲れ様。すぐで申し訳ないんだけど、また天海大僧正の所から、羅刹の造反者が出るわ」
     灼滅者達を労った夏月・柊子(高校生エクスブレイン・dn0090)だが、すぐに本題を切り出した。
    「今回も壬生狼組のスサノオが追っ手なんだけど、妖刀・村正が介入するわ」
     妖刀・村正。
     安土城怪人と天海大僧正が琵琶湖一帯の覇権を争っていた頃に姿を現して以来、前線で見る事はなかった刀剣怪人の筆頭が、動きを見せるという。
    「これまでも何度かあった造反者と壬生狼の事件の中で、造反者を見逃したケースもあったでしょう?」
     安土城怪人勢力に加わった者の話が、村正にも伝わったのだろう。
    「放っておけば、勝つのは村正よ」
     以前、慈眼衆相手に見せた力の片鱗を思えば、それも頷ける。
     だが村正は『灼滅者ではない』のだ。
    「壬生狼のように居合わせた人を殺すつもりはないけれど、戦いを隠そうとはしない――それどころか、人目に付くように戦うわ」
     かつて、村正は自身の事を『刀が武器として振るわれる世の再来と征服を望む者』だと言っていた。
     戦いを人目に付かせるのも、そこに関係する意図があると思われる。
    「それに、巻き添えが出ないと言う保証もないの」
     特に壬生狼の方は、気にしないだろう。
    「造反者は標準的な羅刹。天海の所から持ち逃げしてきた断罪輪を使うわ」
     逃げられる隙があれば、逃げようとする。
    「壬生狼が使うのは、人狼の能力と日本刀よ。村正の方は、判明しているご当地ダイナミック以外は、全て刀を使った剣技系よ」
     そして、村正の介入により、こちらの取り得る介入のタイミングも変わっている。
     これまでのように、壬生狼が斬り捨てた造反者を配下に作り変える、と言う事が起きないのだ。
    「村正より先に踏み込む事は可能よ。それでも、村正も少し遅れて現れるけど」
     柊子がそこまで話した所で、質問が上がった。
     ――村正を灼滅する事は可能なのか、と。
    「難しいわ。壬生狼を上手く利用すれば、不可能ではないけれど……村正は灼滅されそうになる前に、余力のある内に撤退しだすから」
     村正にとって、命を懸ける程の戦場ではないのだろう。
     問題は撤退される事ではなく、その後だ。壬生狼が生存していれば、連戦になる可能性は低くない。そうなれば危険度は増す。
    「逆に壬生狼を倒して村正が残った場合、連戦を避けられる可能性はあるわ」
     村正は以前も、話を聞く姿勢を見せている。
     壬生狼に比べれば、理性的と言っていい。灼滅される前に撤退するつもりの今回も、出方次第で戦わず話をつける事も可能だろう。
    「或いは村正と壬生狼を戦っている間に造反者の羅刹を倒して、双方に停戦を持ちかけるのも手かも知れないわ」
     どちらの戦う理由も、半分はそれで失われる。
     いずれにせよ、状況は恐らく三つ巴になる。3体の内の1体を倒さねば、活路は開けそうにない。
    「ややこしい状況になってるし、壬生狼も村正も戦闘力が高い相手よ。だから状況によって、自分達の事を最優先にする事も考えておいて」
     その判断が必要になるかもしれない危険性がある、と言う事だ。
    「気をつけて行ってらっしゃい」
     それでも、柊子はいつもと同じように灼滅者達に最後の言葉をかけた。


    参加者
    迅・正流(斬影騎士・d02428)
    加賀谷・色(苛烈色・d02643)
    リーリャ・ドラグノフ(イディナローク・d02794)
    システィナ・バーンシュタイン(罪深き追風・d19975)
    鳳翔・音々(小悪魔天使・d21655)
    花衆・七音(デモンズソード・d23621)
    戦城・橘花(嘘と忘却・d24111)
    リサ・ヴァニタス(アンバランスライブラ・d33782)

    ■リプレイ

    ●介入
     砂利を蹴散らして、狼の獣人が吹き飛ばされた様に旅館の中庭に飛び出す。
     その後を追って、妖刀村正が離れの建物から悠然と姿を現し、遅れて羅刹が用心しながら顔を出した所に、灼滅者達は飛び込んだ。
    「貴様らは……!」
    「げっ!?」
    「やはり来たでござるな、武蔵坂の」
    「覚えているか判りませんが、1年ぶりですね、村正」
     三者三様の反応を見せる中、鳳翔・音々(小悪魔天使・d21655)が、真っ先に面識のある村正に声をかける。
    「1年ぶりという事は、お主はあの時に……そう言えば、その桃色の頭に見覚えがある気はするでござるな」
     壬生狼から意識を外さぬまま、村正が記憶を漁って軽く頷く。
    「思い出して頂けたようですね。単刀直入に言います。用があるのは壬生狼だけ。そちらの羅刹とも、貴方とも敵対する気はありません」
     村正の記憶に残っていた事を安堵し、音々は介入の目的を伝える。
    「義により、っちゅうわけやないけど助太刀するで妖刀村正!」
     既にシャドウとしての姿、闇が滴る漆黒の剣となった花衆・七音(デモンズソード・d23621)も、言葉を重ねる。
    「我々の介入も予想されていた様子。なら話は早い。壬生狼を倒す、その目的は共通している筈だ」
     黒のスーツに身を包み、黒い狼の耳と尻尾を生やした戦城・橘花(嘘と忘却・d24111)は、牽制するように壬生狼を見やりつつ、村正に声をかける。
    「確かに。だが、断るでござる」
     橘花の言葉に頷きながら、村正は灼滅者達の申し出を一蹴した。
    「壬生狼一人、敵の助力を得なければ勝てない相手ではござらん」
     それは、刀剣怪人筆頭としてのプライドから出た言葉か。
    「こちらの無粋な行為は少々目を瞑ってもらえると助かります」
     そこに、リーリャ・ドラグノフ(イディナローク・d02794)が銃口を壬生狼に向けたまま口を挟む。
    「別に親睦を深めよう、などとは言いません。敵の敵は味方でなくても、利用できればそれでいい。そうは思いませんか?」
    「去る気はなさそうでござるな。好きにするでござる」
     言い募るリーリャに、村正が不承不承と言った様子ながら頷く。
    「灼滅者が……余計な横槍を入れるなら、ただでは済まさんぞ!」
     その一方で、壬生狼は羅刹に近寄る3人の灼滅者に視線を向けて、怒りを露わに低い唸り声すら上げる。
    「うふふ。狼さんが怒ってますし、さっさと逃げてもらえませんかねぇ」
     艶のある笑みを向けて、リサ・ヴァニタス(アンバランスライブラ・d33782)が羅刹に声をかける。
    「ボク達はキミと戦う意思はないから、早めに撤退してくれるとありがたいな」
    「あっちのほーが逃げやすいぜ。あの壬生狼のテンション高くてめんどそーだから、さっさと逃げちまえよ」
     システィナ・バーンシュタイン(罪深き追風・d19975)も撤退を促し、加賀谷・色(苛烈色・d02643)は羅刹が逃げても被害が出ない方向を示してやる。
    「壬生狼に斬られるよりは灼滅者に従う方がマシだな。ずらからせて貰うぜ!」
    「行かせるか!」
     決断した羅刹が踵を返すのを見て、壬生狼の足に力が篭る。
     その前に、殺気を滲ませた漆黒の鴉が進み出た。
     その手に構えた刃渡り2mを越す巨大な漆黒の剣に、炎を纏わせて。
    「我は無双迅流・迅正流! いざ尋常に――
    「「勝負!」」
     迅・正流(斬影騎士・d02428)の声にもう1つ、声が重なる。
     炎を纏った剣が振り下ろされると同時に、火薬の爆ぜる騒音を響かせ、橘花が壬生狼の横で刃を抜き放った。

    ●剣戟
    「おおぉぉっ!」
    「ガァァァッ!」
     ギィンッ、ギギギィンッ!
     裂帛の気合を上げ、激しく刀を打ち合わせる村正と壬生狼。金属音が断続的に響き、跳ね上がった砂利が斬られて落ちる。
     迂闊に首を突っ込めば斬られそうな戦いに、灼滅者達は臆せずに首を突っ込んだ。
    「剣技ならうちも負けてへんで。魔剣・花衆七音の切れ味、味わうとええで!」
     魔剣と自負する七音が、村正を飛び越える。破邪の光を纏った斬撃は、壬生狼の体より先に掲げた刀を叩いた。
    「村正殿! 無双迅流の剣技、とくとご覧あれ!」
     素早く壬生狼の後ろに回り込んだ正流は、巨大な刃を器用に操り壬生狼の足を狙う。背後からの低い斬撃に、壬生狼は刀の鞘を差し込む。
    「あはっ、いいですねぇ、ゾクゾクしますねぇ。狼さん、もっともぉっと、リサとも殺しあいましょぉ?」
     足を斬られた壬生狼に、長い銀髪を揺らしリサが間合いを詰める。妖艶な笑みを浮かべて振るった刃は、壬生狼の刀を抜けて急所に突き刺さった。
     離れるリサと入れ替わりに、ベルトのような爆導索が突き刺さる。次の瞬間、橘花のサイキックエナジーが連接した爆薬を起爆させた。
    「ぐぅぅ……っ」
    「此方でござるよ、壬生狼!」
     一瞬、苦痛を浮かべた壬生狼の横で、回り込んでいた村正が声を上げる。
    「舐めるなっ!」
     獣の爪が光る腕を振りかぶり、壬生狼が地を蹴った瞬間。
    「ぬんっ!」
     爪より遠い間合いで村正は刃を鞘走らせた。奔った剣風が砂利を撒き散らし、壬生狼を斬り裂く。
    「敵同士だけど、あんたの刀さばきとは一緒に戦ってみてぇ」
     色は村正の戦いぶりを賞賛しながら間に割り込み、壬生狼の爪を受け止め、半獣化させた自分の銀爪を逆に突き立てる。
    「うむぅ……こちらはやり難いでござる」
     しかし色の賞賛には返さず、村正はぼやく様に呟いた。
     先のように、村正が壬生狼に攻撃を気づかせるのは、これで2度目。
    「やっぱり村正は、本館に近い方で戦いたいみたいですね」
     音々は村正の意図を考察しながら、都市伝説を呼び傷を癒す紫煙を広げる。
     壬生狼を敵とするのは共通でも、その戦い方は相反する。結果、戦場に関しては中庭で膠着状態になっていた。
    (「村正にも攻撃するならやりようはあるけど、変に攻撃されて致命傷は嫌だね」)
     胸中で呟きながら、システィナは阻む位置にある壬生狼の刀を気にせず、摩擦の炎を纏った靴底を叩き込んで壬生狼を蹴り飛ばす。
     戦場を変えられないなら、やるべき事は自ずと決まる。
    「早期に対象を撃破するまでだ」
     リーリャは周辺を警戒しつつ飛び出し、壬生狼の懐に潜り込む。
     長い銃身を持つガンナイフを慣れた様子で操り、一角獣の角のように突き立てた。

    ●村正の意図
    「お主達、何をしたでござる?」
     戦いの最中、村正が灼滅者達に問いかけてきた。
    「これだけ激しく戦っているのに、誰一人として顔を出さない。お主達が、何かしたのでござろう?」
    「ま、他の人、巻き込むわけにゃいかねーしな」
    「……ボク達は、一般人に被害が出ない事を最優先にしています。この戦いの音は、この場にいない人には聞こえていない筈ですよ」
     色と音々が村正に答えるのを聞きながら、戦いの音を断っている本人であるシスティナは内心で舌を巻いていた。
    (「漠然とだけど、気づくとはね。結構、周りも見ているね」)
     だが、村正は灼滅者達をさらに驚かせる行動に出る。
    「この戦いが衆目に触れぬのなら、これ以上、お主達と並んで刃を振るい、拙者の技を見せる理由はないでござるよ」
     言うなり切っ先を下げ、さっさと後ろまで下がってしまったのだ。
    「去りはせぬ。その壬生狼を生かして帰すつもりもないでござるからな。と言うか、驚いている場合ではないでござるぞ」
    「ぐるぁぁっ!」
     村正が指差す先には、畏れを纏わせた刀を振り上げる壬生狼の姿。
     考えている暇はない。
    「くっ」
     振り下ろされた刃と、銃剣がぶつかる。リーリャの小柄な体が地面に叩きつけられた
    「ムラサキカガミ!」
     その声で音々の隣に現れる、紫の髪を持つ少女の霊。
     少女の髪と同じ紫の縁の鏡から、味方を癒し浄化する紫煙が一帯に広がる。
     だが、多数を癒す為の紫煙は、一人当たりの回復量はさほどない。一撃の剣技がほとんどの壬生狼との相性は、良いとは言えなかった。
    「平気だ。自分で治す。その分攻撃を」
     癒しの霊力を放とうとした七音を制し、リーリャはオーラを変えた力で自分を癒す。
    「おっと。逃がしはしないぞ」
     包囲が僅かに緩んだ隙間を壬生狼は狙おうとしたが、橘花がいち早く飛び出し、その進路を塞いでいた。
     赤いネクタイと黒い尾をなびかせ、黒と白の柄を持つ槍で壬生狼の足を貫く。
    「やってくれるやんか!」
     浮かび上がった七音は、漆黒の刃に影を宿して壬生狼の白い体を斬り裂く。
    「ぐ!? ぐぅぅぅっ」
     苦悶に呻く壬生狼。トラウマは、狼に何を見せたのか。
    「……裏切り者も妖刀も斬れず、離脱する事も適わぬか……かくなる上は、刺し違えてでも1人は殺る!」
     トラウマにも負けず、しぶとく気勢を上げる壬生狼。
    「ホント、めんどーなテンションだな。殺されてたまるかよ!」
     言って、色は壬生狼の態勢が整う前に飛び掛り、煌きと重力を纏わせた足で顎を強かに蹴り上げる。
    「裏切り逃亡許すまじ。そんな心構え、嫌いじゃないけどね……ここでキッチリ倒させて貰うよ」
     続けてシスティナが杭打ち機からドリルのように激しく回転する杭を打ち込み、壬生狼を貫き捻じ切る。
    「うふふ、すっごぉく気持ちのいい時間ですけどぉ、そろそろ終わりにしましょぉ?」
     戦場に似つかわしくない熱っぽい吐息とは裏腹に、リサは赤色に変えた標識を勢い良く壬生狼に叩き付けた。
    「剣士の端くれとして、村正殿の前で恥かしい戦いは出来ぬ……これで決める!」
     猛然と突進する正流に、壬生狼は衝撃で痺れた腕で刀を頭上に掲げる。
     直後、正流は這い蹲る程に体勢を低くして、構えも上段から下段に変えた。
    「無双迅流秘剣! 天昇地雷光!」
     雷光の如き速さで跳ね上がった漆黒の刃が、壬生狼を宙に打ち上げる。
     重力に従い、砂利の上に落ちた壬生狼の体は、起き上がる事無く消滅していった。

    ●境界線
     羅刹と壬生狼は退場した。残るは、妖刀と灼滅者達。
    「壬生狼の次は拙者と勝負――するつもりは、ないようでござるな?」
     どこかつまらなさそうに村正が訊ねてくる。
    「壬生狼は目撃者を消すつもりがあったから、ボク達は灼滅しに来たのです。そちらが被害を出さずに退いてくれるなら、戦う気はありません」
    「何故、拙者の方が退かねばならんでござる?」
     が、音々の答えを聞いた村正の声音が、急に一段低くなった。
    「お主達は、以前より腕を上げているでござる。ここで先の脅威を摘んでおくと拙者が考えるとは、思わなかったでござるか?」
    「今は敵対する気はないから、このまま立ち去ってくれると嬉しいかな」
     張り詰めた空気の中、システィナが冷静に返す。
     ……。
     十数秒の沈黙の後。
    「構わぬよ。こちらもお主達と戦うのは、今日の目的ではないでござる」
     村正はあっさりと、頷いた。
    「お主達の思惑通りも癪ゆえ、少しはったりを効かせてみただけの事。まだ負けるつもりはござらんが、闇堕ちされたら判らんでござるしな」
    「……村正が出てくるも、危うさは避ける。この騒ぎも大詰めなのかな」
     言って刀を納める村正に、橘花がカマをかけてみる。
    「何のことでござるかな? 拙者はただ、後詰め続きで錆付きそうだったゆえ、安土殿に頼んで出張っただけでござる」
     飄々と答える村正の内を、橘花は探ろうとする。
     まさに文字通りの鉄面皮だが、嘘を言っているようには思えなかった。今日のこれまでを考えれば、それが全てとも思えないが。
    「……正直1年も天海と睨み合いを続けてるとは、思っていななかったですよ」
    「お主達の横槍がなければ、どうなっていたか判らんでござるぞ?」
    「個人的には、火種が燻り続けるくらいなら、安土城怪人に天海を倒して欲しいと思っているんですけどね……人々に被害が出る事さえなければ」
     村正にあっさり言い返され、音々もさらに返すがその言葉はやや歯切れが悪かった。個人的な考えの域を出ない以上、これ以上を言えば嘘になりかねない。
    「もう行くんか、妖刀村正」
     踵を返そうとした村正に、七音が人間形態に戻りながら声をかける。
    「ああ。あの羅刹も拾った方が良いでござ……ござ?」
     その変化を目の当たりにし、村正が一瞬言葉を失った。
    「ううむ。剣から人になるとは、なんと面妖な……」
    「あんたに言われたないわー!」
     村正の漏らした呟きに、思わずツッコミを入れる七音。
     一度は張り詰めた空気も、それで完全に霧散した。
     正流も戦いは避けられたと、鴉の面と右の篭手を外して、村正に歩み寄る。
    「村正殿。不肖、迅正流! 宜しければ握手をお願いしたい!」
    「敵と友誼を結ぶ気は、毛頭ないでござるよ」
     しかし、村正は敵と呼び、差し出された手を取ろうとはしない。
    「武蔵坂には刀剣怪人もやられているでござる。同胞の仇だの、恨み言を言う気はない。刀は武器、敗北すれば折れて散るは必定。さりとて、馴れ合う気もないでござる」
     滔々と語る、それが妖刀の中で引かれた境界線。
    「そうか。でも、ボクはお目にかかれて嬉しかったよ。友達が以前会ってたから、ちょっと興味があったんだ」
     システィナは、小さく笑みを浮かべて本音を口にした。
    「いずれ正々堂々と戦って、決着つけてみたいね」
    「その時まで拙者が生きていれば、望む所でござるよ。後ろのも戦いたがっているようでござるしな」
     システィナに頷き返し、村正はその後ろのリサに意識を向ける。
    (「うふふ。今日は我慢ですねぇ」)
     当のリサは戦いたい気持ちを抑えて、熱っぽい視線を返した。
    「その時は互いの立場も関係なく、邪魔の入らない戦場で相まみえたいものですね」
     そこに、リーリャも声をかける。
    「貴方の本質は、忠や義よりも遥か深層に根付く戦いへの渇望。そういったものだとお見受けします」
     答えはなかったが、リーリャは村正が愉悦の笑みを浮かべたような気がした。
    「こっちも退くとするぜ。次はガチでやりあおーぜー」
     村正との戦いは楽しいものになりそうだと、色も声をかける。
    「互いに剣に生きる者なれば……何れまた戦場でお会いしましょう!」
     正流の礼に、刀の頭が無言で前後させると踵を返す。
     それきり振り返る事無く、妖刀は夜の闇の中へと消えていった。

    作者:泰月 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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