救い廻る夜猫

    作者:SYO


     世界が夜の帳に包まれて夜が一層深くなった頃。暑さとも湿気とも異なった寝苦しさに、そしてじわりじわりと心を絞めるような悪夢が狐雅原・あきら(アポリア・d00502)の眠りを妨げる。
    『汝、ダークネスとして生まれながら、灼滅者という罪により意識の深層に閉じ込められ、同胞たるダークネスを灼滅する者よ』
     声の主は奇怪な兜を被り、心の奥底に響くように呼びかけている。だが、その声は『あきら』に――ではなくあきらの心の底に鎮めた『アポリア』に。
    『狐雅原・あきらという殻に閉じ込められ、孵る事なき、雛鳥よ』
     一言、一声紡がれるたびに心が軋む音がする。自身の中に眠る闇が蠢き、心という殻を破ろうとする音。あきらは静かに抵抗を続ける――が。
    『我、オルフェウス・ザ・スペードの名において、汝の罪に贖罪を与えよう』
     自身の意志で心の闇を抑えるだけでも厳しく、重なるのはオルフェウスの悪夢の言葉にあきらは勝ち目がないことを悟る。
    『我が声を聞き、我が手にすがるならば、灼滅者という罪は贖罪され、汝は殻を破り、生まれ出づるであろう』
     故にあきらは魂の消耗を抑えるために闇への抵抗を止める。
     それは、諦めではなく、仲間が必ず助けに来てくれることを信じて。
    「二度も世に出られぬように閉じ込められた妾を助け出したオルフェウスには恩があるにゃ」
     ひとたび抵抗を止めれば闇があきらを飲み込むのは一瞬であった。現れたのは猫の耳に尻尾を揺らす姿。
     借りを返す為に忠誠を誓った猫の淫魔の瞳が耀けば、自由な夜の世界へ飛び出していく。
     夜に耀く町、すすきの。ネオンが明るく輝く道を避けて、身を隠すのは暗い顔をした淫魔。
     かつてアリエル・シャボリーヌに闇堕ちさせられてエッチなお店で働いていた淫魔に映る表情は曇った物。
     アリエルが灼滅され、一緒に働いていた淫魔の多くも灼滅されてしまった今、彼女に頼るべきものなどありはしない。
     生き残ったのはただ運が良かったから、しかしそれもいつまで続くか分からないと思う淫魔の肩に不意に柔らかな手が触れる。
    「お主、こんな所でなにをしているにゃ」
     びくりと肩を跳ねあげる淫魔が振り返ると、その瞳に映るのは自身と同じ淫魔の姿。その淫魔はアリエルのもとに居た淫魔の中では見覚えがないが――。
    「オルフェウスの頼みを受けてお主を助けに来たにゃ」
     差し伸ばされる手、どこか敵である灼滅者の事を良く理解しているようにみえるこの淫魔とならと――。
    「このままだとお主も灼滅者にやられるにゃ。わらわが時間を稼いでいる間にここから離れるにゃ」
     差し伸ばされた手を掴んで立ち上がる。猫の淫魔――アポリアはその様子をみて高らかに笑い。
    「他にも生き残りを探して、集めるにゃん。たくさん集まったら新しい店をつくるにゃん」

    「実は行方不明だった狐雅原・あきらさんの居場所が分かったの」
     教室に集った灼滅者達に花見川・小和(高校生エクスブレイン・dn0232)が安堵とどこが不安を混ぜた表情でそう告げる。続く言葉は苦しげに、けれど意を決するように紡ぎ出して。
    「でも、見つかった狐雅原さんは闇堕ちをしているみたいで……」
     ある日、朝になったら姿を消していたあきらは今、闇に飲まれた姿ですすきのの町に出没しているようだ。
    「ええと、狐雅原さんは先日行われた札幌迷宮戦で灼滅されたアリエル・シャボリーヌのもとで働いていた淫魔を集めて、新たなお店を作るように動いているようです」
     あきらが何故アリエルの配下に手を差し伸ばしているのか、その真意までは分からないがこのままにしておくことは出来ないだろう。
    「狐雅原さんとの接触は淫魔の逃亡を手助けして分かれた直後に可能になります。
     今回は狐雅原さんの配下は居ないようですが、どうやら前回戦った時の経験から私達が救出するために接触してくることは予測しているようです」
     その為、今回の救出には大人数での接触は不可能となってしまい、少人数であきらのもとへ向かうことになる。
     更に灼滅者達の戦術への理解も高く、理性的な面も強い為に強行手段で挑めば救出も灼滅も叶わないことが予測される。
    「ただ、闇堕ちした狐雅原さんの目的は淫魔の逃走の手助けのようなので、皆さんが接触してから十分に時間が稼げるまではその場に留まります。ですので、その間に皆さんの言葉と想いが狐雅原さんへと届けばきっと――」
     また、説得する際の注意点としてあきらとより親しい者の言葉ほど、聞きたくないというダークネスの意志があり説得を妨害するように動いてくるだろう。
    「こんなことはあまり言葉にしたくないけれど……もし、狐雅原さんの説得が不可能で助けることが無理なときは、どうか灼滅してください。
     今の狐雅原さんはダークネスです。迷って居れば致命的な隙が出来て灼滅することも困難になってしまいます」
     小さく漏れる吐息には不安と緊張の想い。けれど、一息整えて最後は微笑んで。
    「この機会が狐雅原さんを助けることのできる最後の機会です。けれど、皆さんならきっと――どうか、宜しくお願いします」


    参加者
    逢坂・啓介(赤き瞳の黒龍・d00769)
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    緋桜・美影(ポールダンサー系魔法少女・d01825)
    月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)
    山岸・山桜桃(ヘマトフィリアの魔女・d06622)
    小柏・奈々(レアキャラ・d14100)
    天枷・雪(あの懐かしき日々は・d28053)
    月森・ゆず(キメラティックガール・d31645)

    ■リプレイ


    「サリュ、こんばんは淫魔。そう易々と逃がしはしないよ」
     すすきの、裏通り。淫魔アポリアがアリエル・シャボリーヌの残存淫魔を逃がしたその時に響くのは月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)の声。
    「もう来たのかにゃ! わらわが時間を稼ぐ間にここから逃げるにゃ!」
     来るのは分かっていたといった様子のアポリアの合図で残存淫魔はこくりと頷き逃走する。だが、灼滅者達の狙いは元より淫魔アポリアの灼滅、そして狐雅原・あきらの救出である。
    「殲具解放」
     逃げ行く淫魔には目もくれず、ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)がアポリアに接近。下段から振り上げる形で超重量の刃がアポリアに迫る。
    「また会ったっすね、アポリア。今度もあきらを返してもらうっす」
     刃が直撃するかと思われた瞬間、アポリアが寸前で身体を捻り最小限のダメージで受け止める。殺しきれなかった衝撃は宙へと飛び壁を蹴り戻ることで抑え、視界に入れた青年の姿を見たアポリアは苦々しい表情を浮かべ。
    「またお主かにゃ! せっかくまた出てくることが出来たのに邪魔しないで欲しいにゃ!」
     そんなアポリアが言葉を返した瞬間に山岸・山桜桃(ヘマトフィリアの魔女・d06622)が手にした十字架でアポリアの顎先を弾き飛ばす。
    「(罪のオルフェウスが直接闇堕ちを呼びかけてくるなんて……。他にも同じようなことがたくさん起きてるみたいですし、気をつけないといけませんね)」
     連日起こっていた闇堕ち事件に警戒感を感じながら、まずはこの事件を止めると山桜桃は戦いへと意識を移していく。
    「慣れない立ち位置だけど、久々の得物だし丁度良いか」
     しゅるり、と手にしたナイフを逆手に持ち替えた千尋がアポリアの足を狙ってナイフを振り払う。
    「キミは帰りたい?帰りたくない?その思いを、ボクらは叶える為に来たんだ」
     そのナイフの切っ先は山桜桃の一撃で鈍った足を更に鈍くさせるもの。アポリアの内に沈むあきらへと言葉を投げ掛けながら、千尋のナイフが深く突き刺さる。
    「どれほど堅牢な城壁に護られていようと、どれほど深い闇に飲まれていようと、私の役割は変わらないわ――さぁ、迎えに来たわよ」
     天枷・雪(あの懐かしき日々は・d28053)の腕と脚に巻かれた包帯が射出され、動きがより遅くなったアポリアの身体に次々に突き刺さる。アポリアも予期していたとはいえ灼滅者達の介入のタイミングの悪さに歯がみする。しかし、その間にも残存淫魔の姿は見えなくなって。
    「本当に嫌なタイミングでお主たちは現れるのにゃ。でも今回はそう簡単にやられないにゃ」
     そう言って視界に入る灼滅者達の姿を確認するアポリア。目に映る中でアポリアが印象に残ったのは3人、その内の一人である緋桜・美影(ポールダンサー系魔法少女・d01825)が声を出そうとした瞬間――。
    「うるさいにゃ! お主たちの声は届かせないにゃ」
     アポリアの歌声が美影に向かって撃ち放たれる。それでも美影は臆することなくその攻撃を受け止めてでも言葉を出そうと進み出る。
    「お前に用はないんだ!黙ってそこで爪でもといでろ!」
     美影がアポリアの技に飲み込まれるその直前、割り込んだのは月森・ゆず(キメラティックガール・d31645)だ。
     アポリアの強烈な一撃に飲み込まれるゆず。全身に奔る痛みに耐えてゆずは美影に声を掛け続けるように促して。
    「美影さん、声を掛け続けるんや! 必ずここで、あきらさんの心とりかえさな…絶対にっ!」
     ゆずの声に勢い付けられて、再び言葉を紡ごうとする美影。だがアポリアもそうはさせまいと全力で妨害しようと仕掛ける――が。 小柏・奈々(レアキャラ・d14100)がアポリアの攻撃を受け止め、弾き飛ばされながらも交通標識を回して味方へ異常を振り払う力を与えていく。その最中に美影はあきらへと声を掛ける。
    「にゃー! お主たちの言葉を聞く気はないにゃ!」
     だが、動きが妨害されるなら声でと、美影の声を打ち消すようにアポリアの声が響く。しかしそうはさせまいと続いて逢坂・啓介(赤き瞳の黒龍・d00769)が動く。
    「アウェイクン!」
     全方位に展開した帯がアポリアの身体を絡め取り口を塞ぐ。だが、アポリアも一方的にやられる訳ではなく、高速で動き回りながら帯を斬っては避けを繰り返して。
    「あきらはん戻って来い!」
     啓介の声がアポリアの耳に届く。その瞬間ギロリと視線を移しアポリアは啓介の帯を全て断ち切る。その表情に映るのは二度も灼滅者達の思い通りにはさせないという強い意志が見えて。
    「オルフェウスの恩に報いるためにも今はここを離れる訳にはいかないにゃ。けれどもお主らの思い通りにはさせないにゃよ」
     戦いはまだ序曲。逃した淫魔が完全に離れるにはまだ時間がかかるだろうが、アポリアの体力にもまだ余裕がある。アポリアはそれを理解し、崩された体勢を整えながらちらりと灼滅者を見て嗤った。
     

     じりじりとアポリアを囲い込む灼滅者達。だが、アポリアも自分を囲って逃がさずにあきらを救おうとする狙いは知っているからか動きまわりながら退路を残すように立ち回る。アポリアの放つ牽制の攻撃の数々は啓介のライドキャリバーや奈々、ゆずが防いで後方への被害を最小限にしていく。
     やや回復手段が少ないが元より狙いは短期決戦であると灼滅者達は苛烈に攻め立てて。長期戦を望むアポリアと短期決戦を望む灼滅者。どちらの思惑通りに動くのか。
     と、膠着状態にさせないように山桜桃がアポリアに空から蹴りで急襲しつつ仲間達に声を掛けて退路を塞ぐように位置取っていく。蹴りを受け止めたアポリアも囲まれる前にと即座に四ツ足で灼滅者達の隙間を縫うが、千尋の操る影が次々に現れては迫り行く手を塞ぐ
    「逃がさないようにわらわの足を狙うなんて分かってるにゃ!」
     素早い動きで踵を返して影を避けきったアポリアは笑みを浮かべるがその直後――。
    「仲間の道を切り拓く事が、人の身でなくなった私の役目」
     押し潰すが如く前面に更に迫る雪の『落涙』から放出される魔力の塊。咄嗟の守備態勢を見せるアポリアだが、その防護ごと弾き飛ばされて。
     出来た隙は逃さないと迫るのはギィ。振るった一撃は寸前でアポリアにかわされるが空いた右腕でアポリアに掴みかかって。そのままESP『接触テレパス』でギィは言葉を流し込む。
    「いい肌触りっすね――でも、『アポリア』もいい感じっすけど、自分はやっぱり『あきら』を求めてるっす」
     組み付いたギィを振り払おうと暴れるアポリア。アポリアの爪が、蹴りが組み付いたギィを次々と傷つける。だが、ギィは離すことなくそのまま言葉を流し込み続けて。
    「あきら、帰ってきたら存分に楽しませてあげるっす。お仕置きもするっすけど、嫌じゃないっしょ? 皆の所へ帰って楽しく過ごしやしょう?」
     声に出すことなく流れ続けるギィの言葉。更に言葉を重ねようとしたその時――。
    「――止める、にゃ! これ以上その言葉をわらわに流し込むんじゃないにゃ!」
     耐えかねたアポリアがギィの拘束を弾き壁面へと叩きつける。強烈な衝撃に肺の中の息を全て吐き出すギィ。それでもギィは言葉を届けることだけは止めず。
    「……甘い誘惑の言葉を紡げるのは、淫魔だけじゃないんすよ……?」
     唇からこぼれる血すら拭わずに出したギィの言葉にアポリアの動きが一瞬止まる。そこに迫るのはアポリアがあきらに聞かせてはいけない言葉を紡ぐと認識していた想定の外にあった奈々だ。
     あきらを救いたいと想う者の全てが今この場に立てる訳ではなかった。今回は少人数で行かなければアポリアに勘付かれる。そして、この場に向かえなかった者達の想いを受け継いだ代表として奈々はここに居るのだ。その手にはひとつのエンブレム、それはあきらが居た場所を表す証。
    「みんな待ってるんだから早く帰ってきなさい」
     奈々の言葉に皆の想いが籠った証を目に映したアポリアがもがき、苦しむ。それは確かにあきらがアポリアと戦っていることを表していて。
    「うるさいうるさいにゃ、そんな言葉もそんな物も見たくないにゃ!」
     奈々の周囲に音波が飛び交う。ぐるり、ぐるりと奈々の視界が眩む。咄嗟に縛霊手から光を奈々に放つゆず。アポリアに一瞬奪われかけた意識を取り戻した奈々が仲間に向けて交通標識を見せれば後方の仲間にも異常を払う力が与えられて。
    「あきらはんのおらんクラスなんてもう同じクラスやない!」
     奈々の支援を受けた啓介は攻撃の手を緩めさせないようにアポリアに向かいハンマーを振り下ろす。ギィに奈々の言葉が重なって動きが遅くなっていたアポリアの足元が地響きと共に砕けて次々に礫が突き刺さる。
     しかし、アポリアはそれを尻尾で振り払う啓介に向かってカウンター気味に歌声を響かせる。アポリアの一撃に反応が遅れた啓介、守りの要である奈々もゆずも動けない。だが、その一撃は啓介に直撃しなかった。寸前で音波と啓介の間に割入った啓介のキャリバーが全て受け切ったのだ。
     ギリギリと鉄のボディが弾ける音を響かせながら、主の言葉をあきらに届かせるために。ガシャン、と大きな音を上げながらキャリバーの姿が消えたとき、啓介の身体は自然と動いていた。
     啓介が駆ける。アポリアも啓介が近づいて言葉を投げ掛けてくるのを理解して距離を取ろうとするが――。
    「あきらさん、目を覚ましてください」
     その足を止めさせるのは山桜桃の十字架。啓介の言葉が最大限届くように、先端で押さえ付けて離さない。
    「――耳を傾けて、心配する人、戻ってきて欲しいと望む人の声を聞いてください」
     その山桜桃の言葉があきらへと届いたのか、アポリアの動きが一瞬緩まる。騒ぎ立てていた声も小さくなり――。
    「あきらはん! 何よりクラスがとかよりも俺自身が悲しいんや! あきらはんのこと、めっちゃ好きやねん!」
     そこに飛び込んでくる啓介の声。その声はアポリアの耳に確りと入り込み未だ闇に沈むあきらへ。
     そして、深層の底であきらとアポリアの意識が戦っているのか苦悶の表情を見せた。


    「(……時間は十分稼げたにゃ)」
     啓介の声で影響が強くなったあきらを押さえ付けながらもアポリアは、これ以上灼滅者達と交戦し続ければかつて自身がその檻から出た時と同じ結末を迎えることになると思惑を巡らせて。
     既にアポリアの体力は限界が近い。だが、目的であるアリエルの残した淫魔の逃走の時間は十分に稼げただろう。後は逃げるのみ、だが――。
     いち早くアポリアの動きを予期した千尋がアポリアの逃走ルートを塞ぐよう瞬時に死角に回り込み脚を斬りつける。戦いが始まってから今までずっと仕掛け続けていた攻撃は確かにアポリアの動きを鈍くさせていて。逃走のタイミングにぴったり合わせて振るわれた刃はアポリアを地に伏せさせる。
     だが、そのまま四足で一気に灼滅者達を抜けるべくアポリアは地を蹴る。完全に動きが止まったと誰もが思った瞬間の素早い動きに反応したギィである。ギィの身体は先程の接触で限界寸前だが、自身で回復した上でギリギリのところで立っている。あきらを逃さないようにしっかりと押さえこみ残る体力全てを使って抑えつける。
    「……あきらがどうしてオルフェウスに目を付けられたかは知らないっすけど、シャドウなんかには渡さないっすよ。あきらは……自分のものっす」
     だが、それも一瞬の間。即座にアポリアに組み伏せられギィは地へと叩きつけられる。しかし、その一瞬の間によって間合いを詰めた奈々とゆずがアポリアの退路を塞ぐ。仲間を守りながら回復をし続けた二人も既に満身創痍、攻撃寄りの布陣であったからこそここまでアポリアを追い詰められたのだが――。
    「邪魔するんじゃないにゃ!」
     アポリアの激しい踊りのような連撃に奈々が、ゆずが弾き飛ばされる。一点突破で抜けきるというアポリアの狙いは成功したかに見えた――しかし。
    「何時まで寝てるんだよあきら。寝坊にも程があるよ?」
     アポリアの動きを最後に止めさせたのは美影だった。影を伸ばしギリギリのところでアポリアの動きを抑えると言葉を紡ぐ。堪らず声を発して美影の声を打ち消そうとするアポリアだが。
    「……ちぃとだけ、お話聞いててっ!」
     最後の体力でゆずが投げた飴玉がアポリアの口の中へと転がる。大声を上げようとした瞬間に投げ込まれた飴玉に意表を突かれ、その間にも美影の声がアポリアの奥のあきらへと伝わっていく。
    「夏休み、一緒に遊びに行こうって約束したろ。水着用意できたっていったら、あきらも喜んでくれたじゃんか」
     零れるように溢れ出る美影の言葉。それは少しずつ、だが確実にあきらに伝わっていき、あきらの心を起こしていく。このまま逃げられて終わりになる位なら。美影は覚悟するように、『切り札』の想いを伝えようとしたその時に。
     そっと、もう大丈夫という風に山桜桃と雪が美影の傍に並び。気を張り続けていた美影を助けるように、微笑んだ山桜桃はアポリアを逃がさないとエアシューズを加速させ逃れようとしたその足を完全に止める。
    「――貴方はそこで、何をしているの?」
     そして雪が一歩前へ、掛ける言葉は眼前のアポリアに向かってではなく、その先のあきらへと。一歩、もう一歩と歩みを進めながら雪は首筋から身体に液体を流し込む。そして、雪の身体は急速に右半身が氷の如く結晶となっていく。人造灼滅者である雪だからこそ取れるその姿で雪はまっすぐあきらへと進む。
    「二度ならず三度も身体を闇に明け渡し、自由気ままに使われて――聞こえているのでしょう? 差し出された手も見えているのでしょう?」
     そして、地を蹴る雪。瞬時にアポリアの眼前へと迫れば、構えた魔導カノンから溢れる魔力の塊はより一層濃く。なんとか逃れようとするアポリア、だがそこに千尋のナイフが再び振るわれる。
    「傷はだんだん深くなる……、逃がしはしない!」
     更に啓介もアポリアを取り囲むように帯を展開しその動きを拘束し、――そして。
    「もう少し意地をみせなさい。男の子。――制御術式一時解放承認。オーバーロード。撃ち砕け」
     雪の放った魔力の奔流に飲み込まれていくアポリア。その奔流が放つ目映い光が収まった時、そこに在るのは狐雅原・あきらの姿であった。
     深い闇より戻ったあきらへと美影が寄り添う。ギィも軋む身体を起こしてあきらの身を案じて傍に寄る。
     その様子をどこか安心した様子で見守る一同に目を覚ましたあきらにオルフェウスについて問いかける千尋。
     だが、あきらの口から聞ける情報は既知のモノのみで。啓介がまずは学園に戻り休息が第一とニカッと笑顔を見せれば皆も同意して。
    「とりあえずは救出成功やな。ほなみんなで帰ろか。みんなボロボロやで」
     そして、あきらと皆は学園へと戻るのであった。

    作者:SYO 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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