最後に男が望むもの

    作者:カンナミユ

     ――何故、俺は。
     男は自分がもう亡い事を知っていた。
     ――何故、まだ、在る。
    「それは残留思念がこの場に囚われているからです」
     誰にも聞えぬ声に応えるのは柔らかな声。
     ――囚われている?
     男の言葉に柔らかい声の持ち主である少女は瞳を向けて言葉を続ける。
    「私には分かります。あなたは思いを残したまま倒れ、この場に留まっているのです」
     ――嘘だ。
     見えぬ姿の自分に向けられた言葉を男は否定した。
     ――俺は、何も思い残す事などない。何も。
    「本当に?」
     否定する男の言葉に問いかけた少女の視線はふと地面のある一点へ落ち、そして戻り、
    「問いましょう。あなたは本当に、思い残す事なく倒れたのですか?」
     ――…………。
     男は答えない。
     長い沈黙が続き、それを破るのは少女。
    「本当に? 本当に何も思い残していないのですか?」
     沈黙を続ける男に少女はなおも問いかけた。
    「思い残していないと言い切れますか? 本当に――」
     ――……いや。
     問いかけを遮る言葉に少女が向ける瞳は優しいものだった。
    「私は『慈愛のコルネリウス』。思いを残し、倒れた者を見捨てたりはしません」
     優しい言葉は誰かに自分を匿うよう口にしていたが、男の耳には届かなかった。
    「……そうか、俺は」
     まだ、戦いたいのだ。
     少女が視線を落とした場所に残されていたそれを男――満は拾い上げ、水平線へと視線を向けるのだった。
      
    「彼は満足していた訳じゃなかったんですね」
     慈愛のコルネリウスが灼滅者に倒されたダークネス――高橋・満の残留思念に力を与えてどこかに送ろうとしている。
     神崎・ヤマト(高校生エクスブレイン・dn0002)からその話を聞き、三国・マコト(正義のファイター・dn0160)はぽつりと口にした。
     サングラスに黒の上下というアンブレイカブルは武を極めようと戦い、灼滅者達と拳を交え――思い残す事なく灼滅された。
    「倒されたその時は満足していたんだろうが、実は心の奥底では満足していなかった。多分そういう事なんだろうな」
     ヤマトはそう言いながら思案し、
    「いや、本当は満足していたのかもしれない。だが、本当にそうかと問われ、そうじゃなかったと思ってしまったのかもしれないな」
     真実は本人のみぞ知るところだが、分かる事はただ一つ。
    「コルネリウスによって力を与えられた満の残留思念を放置する事はできない」
     あの男との決着をもう一度つけてきて欲しい。
     エクスブレインの言葉に灼滅者達は頷き、ヤマトは資料を手に取った。
    「満の残留思念に力を与えたコルネリウスは強力なダークネスだ。現実世界に出てくることは出来ず、その姿は実体化する事はない」
     そう言うヤマトは資料をめくり、接触できるタイミングは満が実体化してコルネリウスが去った後だと話す。
     現れるのは海岸沿いにある崖。あまり人が訪れる場所ではないようで、人払いの心配はないという。
    「最後に戦った場所ですよね」
    「ああ。満はお前達、灼滅者が使う基本的なサイキックに加え、ストリートファイター、バトルオーラに似た能力を使う。強さは全員で戦って互角かそれ以上だ」
     マコトの言葉に頷きヤマトは資料へと視線を落とし、
    「満は自分が残留思念だと自覚している。だからこそ、この機会は自分に与えられた最後のチャンスだと戦いを求めている筈だ」
     武を極めようとした男は死してなお、戦いを求める。
    「強くなりたくて、沢山の人と戦いたかったんですね」
    「多分な。これがおそらく最後の戦いになる筈だから、一緒に戦ってきたらどうだ? お前の鍛錬にもなるだろ?」
     自らの宿敵であるダークネスとの戦いに頷くマコトを目にヤマトは視線を灼滅者達へ。
    「『慈愛のコルネリウス』。慈愛の名の通り、その行動は一面的には良い事であるようなのだが、何を考えているかわからないダークネスだ」
     資料を閉じたヤマトは視線を巡らせ、言葉を続けた。
    「だからこそ、あの男と決着をつけてきて欲しい。……頼んだぞ」


    参加者
    千布里・采(夜藍空・d00110)
    赤威・緋世子(赤の拳・d03316)
    深火神・六花(火防女・d04775)
    神宮寺・刹那(狼狐・d14143)
    三和・悠仁(偽愚・d17133)
    柿崎・法子(それはよくあること・d17465)
    獅子鳳・天摩(謎のゴーグルさん・d25098)
    奏真・孝優(灰色の模索者・d25706)

    ■リプレイ


    「炎神! 輪壊!!」
     潮風が吹くその場所に拍手一つと共に響くのは、深火神・六花(火防女・d04775)の声。
     解除コードと共に緋焔刀を手に、その双眸が見据えるのは一人の男。
     アンブレイカブル――高橋・満。
    「満のおっさーん! へへー、また会ったな!」
    「……またお前達と会うとはな」
     霊犬・ラテを連れた赤威・緋世子(赤の拳・d03316)の言葉に満は言い、サングラスの奥の瞳は『また会った』もう一人の若者――奏真・孝優(灰色の模索者・d25706)へと向いた。
     灼滅者達の前に立つ男は既に亡い、この場に残された思い。
    「前にもコルネリウスの似たような依頼には参加したことはあるけどね。同じようなもう二度とないと思っていたチャンスを逃す気はないよ」
     柿崎・法子(それはよくあること・d17465)の言葉に三国・マコト(正義のファイター・dn0160)は得物を手にごくりと息を飲み、
    「貴方がアンブレイカブルだろうが残留思念だろうが関係ありません、お互いに心から満足する殴り合いをしましょう」
     神宮寺・刹那(狼狐・d14143)は荒ぶる御霊の如き魔力を封じた篭手を装備した拳を握りビシッ! と満へと向ける。
     武を極めようと戦い続け、灼滅されてなお、戦いを求めたその思いは『慈愛』の手により実体化した。
     ビハインド、奏真・亮一を伴う孝優はその姿を目に、様々な思いが胸中を過るが――、
    「兎に角全力で喧嘩を楽しむ、互いに満足するまでさ!」
    「及ばずながら全身全霊お相手つとめさせてもらうっすよ」
     ぐっと拳を握る孝優と悪魔の紋が刻まれたロングバレルを手にライドキャリバー・ミドガルドと共にする獅子鳳・天摩(謎のゴーグルさん・d25098)は言う。
     だが、
    「……俺は喧嘩はしない」
     ぽつりと返ってくるのはあの時と同じ言葉。
     男の言葉はそこで途切れ、しばしの静寂。
    「『火防女』深火神・六花……語るに及ばず……!」
     それを破り戦闘態勢を整えていた六花は地を蹴り刃を閃かせるが、放つ白刃は空を切る。その攻撃サイキックを目に三和・悠仁(偽愚・d17133)が盾を構え、シールドバッシュを放つもやはり捌かれてしまった。
     珍しく真正面からのそれを捌かれた悠仁が見据えれば、
    「俺が求めているのは戦いだ」
     満は言いながらすと身構え、さらに言葉は続く。
    「命を削るほどの、魂を燃やすほどの、全てを賭けた戦いを」
     ああ、やはりこの男は戦いを欲しているのか。
    「ほんまに、心残りなく戦いましょ」
     足元に白い霊犬を連れた千布里・采(夜藍空・d00110)も構え、実体化した思念は対峙する。
     これが最後の相手となるだろう若者達を見渡し、男は口にした。
    「来い、灼滅者。……最後の決着をつけよう」
     

     がつん!
     真正面からの一撃は重い。
     目標であり憧れであった男の拳を受け、孝優がきっと瞳を向ければ緋世子がエアシューズを駆り、蹴り上げラテと共に襲い掛かっていた。
    「どうだおっさん!」
     にっと笑い繰り出す攻撃を満は捌くと続く刹那の連撃を防ぎ、天摩とミドガルドのコンビネーション攻撃をすれば、孝優は構えて蹴り上げた。
    「少しは腕を上げたようだな」
     腕に伝わる痛みに呟き亮一の攻撃をかわせば采が仲間達への天魔光臨陣を展開し、
    「三国さん」
     鬼火を纏う霊犬が動くのを目に言う采の言葉にマコトも動き、法子は攻撃を受けた緋世子の傷を癒す。
    「王焔、咬み砕け!」
     周囲を動き回り六花はグラインドファイアを放つと悠仁は死角に回り込み、切り刻む。
    「悪くはない……だが、足らないな」
     流れる血を払い、満はぽつりと口に構え直して回復を図ると、
    「戦いは食事みてぇだな。たらふく食って一時的に満足したって時間が経てば本能で腹が空く!」
     声を上げるのは緋世子だ。
    「永遠に満足ってのが無いなら何度でも満たすまでなんだぜー!」
     勢いよく地を駆け、バベルインパクト!
     払い避けられたとしても緋世子は気にも留めない。
    「そんで俺は倒した者の想いを拳に宿し、最強を目指す!」
     更に声をあげて次の攻撃に備えて仲間達と目配せし、連携を図る中、悠仁も戦う仲間達へと目を向けていた。
     悠仁には言いたい事以前に言える事が特になかった。やれるのはただ、戦り合って、殺り合う事だけ。
    「……だからこそ、それを感じて再度逝け。充実を、心行くまで」
     いつもとは違う、正々堂々と真正面からのフォースブレイクが最大火力で放たれた。
    「おぉぉりゃぁぁぁ!」
     がづ、ん!
     フォースブレイクを受けた拳は迫り、クロスカウンターを狙う刹那の拳は打ち合い、相殺。
    「あぁ……とても楽しいですね、でもまだまだ足りません、もっともっと戦いを楽しみましょう!」
     そう、この男が残留思念だろうがダークネスだろうが関係ない。全力でぶつかるまでだ。
     刹那の言葉に戦いを望む男も口元に不敵な笑みを浮かべ、灼滅者達の攻撃を捌くとくふりと笑い采が影を放つ。
     『あの国』に行っても戦うのは哀れだと思いつつも振り払う姿、霊犬が動く姿を目に、采は次の攻撃に備えた。
     戦いは続き。
     六花は得物を手に孝優が戦う姿を見守っていた。
     愛しい人は傷付きボロボロになるのも厭わず仲間達と戦い――喧嘩を続けようとしている。
    「緋焔、灼き祓え!」
     『力尽くして討て』と守護する軍神の言葉に六花も戦う。
     炎神。我々に……『あの人』に、御加護を――。
    「これがオレの拳代わりっすよ。銃など無粋とか言わないっすよね!」
     戦いの中、刹那の攻撃に続きロングバレルから放つ攻撃は弾勢いよく弾かれてしまう。だが、天摩は全く気にする事はなかった。
    「無粋も何も――」
     不死鳥の影を纏わせ拳をぶち込むその先にある男は一撃に眉根をひそめ、
    「そういうものだろ。戦いというものは」
     何かの拍子に頬を切ったのかつと引かれた紅線を伝う血をぐい、と拭った。
     

    「拳のみで戦う者もいれば、かつての俺のように、武器を手にする者もいる」
     伴うサーヴァント共に動く孝優と采の攻撃を受ける中、マコトの刃を払いながら満は口にした。
    「正々堂々と真正面から戦いを挑む者もいれば、不意打ちや奇襲を好む者もいる」
     腰を落とし六花の一撃をかわし、目前に迫る悠仁のフレイル型のロッドを受けるもその拳を振るい、
    「一人で戦う者もいれば――」
     言葉を続けながらも繰り出す拳は六花を捕らえるが――、
    「させるか!」
     飛び出す孝優の拳がそれを防ぐ。攻撃を庇い防がれたとて、満は気にもしなかった。
    「お前達のように力を合わせ戦う者もいる。そういうものだろ……灼滅者」
     新たに血がつと流れる中の言葉。
    「へへっ、確かにそうだな! 高橋のおっさん」
     それぞれの信念を持ち、それぞれの戦い方で戦う者達へと満は見渡せば、にっと笑い緋世子が地を駆ける。放たれるグラインドファイアを正面から受け、刹那の連撃を、天摩の格闘を防ぎ孝優の拳をすとかわす。
     亮一が攻撃をする様子を目にちらりと視線を走らせれば、男の口元は嬉しそうに歪んでいるではないか。
    「これで、当たるとえぇんやけど」
     再びくふりと笑い、人影に紛れて放つ影は爪を伸ばし満へと襲い掛かる。死角から引きずり込まれそうになるも口元はかわらずで、まるで戦う事を楽しんでいるかのようにも見えた。
     霊犬の動きを読み、マコトの拳をもあっさり避ける満はふと、サングラスの奥の瞳を法子へと向けた。
    「こないのか? お前は」
     その言葉に法子は、そして孝優は目を見張る。
     お前は仲間の傷を癒すだけなのか? それでいいのか?
     口には出さないがそう言いたいのだろう。仲間を癒すという自らの役割上、言われる可能性を法子は予測していた。
     だから、
    「俺には分かる。殴りたいんだろ? ……来い」
    「回復を疎かにして勝てる相手じゃないとは思っているよ」
     誘う言葉にも用意していた言葉をきっぱり返す。
     殴りたいのは山々だが、回復を怠る訳には行かないのだ。
     でも。
     でも、今のタイミングなら――、
    「ならば一撃、喰らってみなよ!」
     法子が放つそれを満は敢えて真正面から受けたのだろう。
    「王焔、咬み砕け!」
     小回りに長けたエアシューズを駆り放つ六花の一撃を受け、そして殺意を上乗せした悠仁の死角からの攻撃を満は受けた。
     灼滅者達の攻撃を受け、裂かれ、血を流し、それでも満は倒れない。
     ――まだだ。
     ――足りない。俺はまだ、そう、もっと。
     言葉なく男は振るう拳でそれを伝え表せば、それに灼滅者達は応え、
    「……白が黒を得たことだし……赤は……?」
     更に応える者達がいる。
     恐らく聞えないであろう相手への言葉を口に、シャルロッテは得物を手に動く。
    「羅弦やグレイのように決着がつかないまま永遠に試合うか……分割存在として勝てない相手に倒され続けるか……どちらが幸せかしらね」
     地を蹴り目前に迫る男への一撃。あまり使わなかった攻撃の腕は鈍っていないと確認すれば、
    (「コルネリウスは好きませんが……たまには、アジな真似をしますわね……!」)
     乱戦の間を縫い、懐に飛び込むのはバトルマニアな求道家、リィザだ。
    「――ふふ、私とも遊びましょう!」
     髪をなびかせ、狙い澄ませた抗雷撃は満の顎を捉えると、次いで透流も拳を握る。
    「戦いに満足を求めること……それ自体、あなたが強い人だからこそできること。武蔵坂学園という群れを得るまで力なく死の影に震えていた私たちの恐怖」
     駆けながらクラブ仲間の悠仁へ視線をちらりと向け、
    「餞別代わりに、その身に刻み込んで果てるといい……!」
     サポートしてくれた礼を込めて真正面からの一撃。そして、
    「あたしオジサンよりずっと弱いし、得物使ってもいいよね?」
     謎の鉄パイプを手に民子は構えて全力のフルスイング!
     ごっ。
     響くのは腕と打ち合う鈍い音。
    「普段戦いとかどーでもいい方なんだけど……たくさんの人と戦いたいって願い、シンプルで美しくて好きだよ」
     慈愛に囚われた男の願いを叶えるべく更に構える隣では露香が戦う仲間達を見据えていた。
    「皆さん大丈夫ですか?」
     戦いに必要なのは攻撃だけではない。癒しも必要なのだ。
     ふわりと舞う癒しは仲間達が流す血を止め、傷口を塞げば、
    「ひーこ、ボク達からのプレゼントですよー」
     生前に拳を交える事が叶わなかった相手へと連撃を放つクロエはエコーに指示し、リングを光らせる。
    「満るんるん、誰だって悩みはありますよ。恥ずかしい事でも何でもないです。強さの高みなんて何処までも上なんですし、アンブレイカブルならそれを誇って向こうへ行って下さいね」
    「ありがとな! クロエ」
     にっと応える緋世子だが、共に満と拳を交えた仲間の姿を目に留めた。
    「今回は見届けに来たつもりだけど、貴方が望むなら戦線に加わるわよ?」
    「……お前か」
     幾度も対峙したその姿――梓を目に満は呟き、
    「貴方が甦ったのが本当に未練なのか、確かめさせて貰うわよ?」
     舞を興じるかの如くしなやかな攻撃を受けて立つ。
     あの男が迷う姿など見たくない。望みを終わらせるべく梓は男を見据え、戦列に加わり拳を振るう。
    「武を極める姿に、あるいはその姿勢に気になった人もいはるやろ。それがあんたさんの生きてた証やない?」
     加勢を加えて戦う中、断罪転輪斬を放つ采は瞳を向けた。
    「こんだけの人があんたさんと拳交わしに来たんやで。心残りもないやろ?」
     自分達だけではない。サポートとして戦いに加わる仲間達もいる。
     攻撃を捌き、払う男は血を流し、
    「……俺が欲しいのは証ではない」
     ならばこの男は何を求めるのか――。
     戦う中、天摩は男が求めるものが少し分かる気がした。それは今まで理解できなかったもの。
     尽きる事無い戦いへの、強さへの渇望。
     こんな熱くなるガラじゃないが、不思議だ。楽しくて仕方がない。
    「オレの全て、出し惜しみなく燃やしつくして送り火にしてやるっすよ!」
    「俺の全力全開を叩きつける!」
     サーヴァントと共に天摩と孝優は己の全力を叩き付けた。
     戦いは続くが灼滅者達は数で勝り、実体化した思念の攻撃は複数を対象としない事もあり、そう長くも続かない。
     回復を図り、出血を止めるも完全に癒しきれるものではなかった。
    「まだだ、まだ……」
     だらりと下がる腕を上げ、男はなおも戦いを続けようと構えるが、
    「……っ」
     立て続けの攻撃を受け、おそらく体力が限界を向かえたのだろう。サングラスの奥にあるその表情は苦痛に歪む。
     武器を手にする灼滅者達の視線の先で激しく咳き込み血を吐く男はがくりと膝を突き――、
     その背後にすと六花が立った。
     

    「亡い者を介錯か……面白い」
     背に立つ意図を読み取った満はぽつりと口にすると、
     ぎいん!
     後首を捉えた刃は弾かれ宙を舞い、どずりと地に刺さる。
    「俺に介錯などいらん。……それは死に逝く者へする事だ」
     口元の血を拭い既に亡い男はよろめきつつも立ち上がる。
     流れる血は地へと落ち、吐き出す息も荒い。戦い続け、己を削った男の存在は長くはもたないだろう。
     そんな男の前に立つのは缶コーヒーを手にする法子。
    「よく『拳で語れ』とは言われるけど一応聞いておくよ。『この戦いで満足した?』」
     その言葉にサングラスの奥の瞳は法子を、そして差し出された缶コーヒーを見つめ、
    「……満足、か」
     そう、ぽつりと口にした。
    「満たされる時、それは終わりの時だ。心は常に飢え、求める頂は辿りつかない……いや、辿りついてはいけないのだ」
     死してなお、戦いを求めた男は何を思うのか。
     法子が手にする缶コーヒーを満はじっと見つめ――、そして。
    「お前達に返す……俺にはもう……必要のない、ものだ」
     ぽん、と放るのは二つの缶コーヒー。それは満が実体化した時に拾い上げたもの。
     受け取った緋世子と孝優、そして灼滅者達の視線を受ける中、自分を見つめ近づく姿に気付いたのだろう。満はすとサングラスを外して投げ――、
    「あの女には……感謝しないといけないな。……最後にこうして……戦う機会を与えれくれた事に……」
     呟くような声と共に消えた。
     サングラスも、その姿も光の粒子となり、残留思念は消えてしまった。
     後に残るのは優しい潮風と灼滅者達。
     尽きる事無い戦いへの強さへの渇望は満たされたのだろうか。
     全身全霊で挑み、送った天摩は粒子が消えゆく様子をじっと見つめ、
    「――おやすみなさい」
     霊験を足元に采が呟き見上げれば、悠仁もまた空を見上げると六花は居住まいを正し、拍手を一つ。
    「修羅のなみだよ、天へかえれ……」
     祈念し終えて愛しい人へと寄り添い、すと手を伸ばし――、
    「ありがとうなー! 高橋のおっさーん!!」
     響くのは孝優の声。
     あの男への感謝を水平線へと向け、叫ぶ姿を目に六花も水平線へと目を向ける。
     しばらく言葉なく灼滅者達は水平線へと瞳を向けていたが、
    「……にがっ」
     静寂を緋世子の言葉が破った。
     心配そうにラテが見上げる中、自分が渡した、しかも満が愛飲していたものと同じ銘柄のコーヒーを口に緋世子は眉をひそめるが、それも一瞬。
    「でも満足だ、ありがとな!」
     にぱっと笑顔になる。
    「さようなら、貴方と戦えた事を糧に私は更に高みを目指します」
     びしっと敬礼する刹那を目にマコトも空をじっと見つめ、孝優はそっと持参した缶コーヒーを置く。
     
     残留思念は消え、それぞれの思いを胸に灼滅者達は何を思うのか。
     灼滅者達は潮風を受け、そしてそれぞれが戻るべき場所へと帰っていくのだった。

    作者:カンナミユ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 13/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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