闇の森、抱く不安

    作者:幾夜緋琉

    ●闇の森、抱く不安
     夏の薫風が心地よく流れる山中。
     緑が生い茂り、昼に登れば小鳥達も相互に鳴き声を木霊させ、心地よい一時を楽しめるはずだろう。
     しかし……そんな心地よい一時も、真っ暗闇の中においては、恐怖へと取って代わる。
    『……うぅ……こわいよぉ……ねぇ、ここから出してよぉ……』
     中学生位の少年が、泣きべそを掻きながら、森の中を歩く。
     いつまでも、何処までも……ずっと、ずっと続く、うっそうと茂る山道。
     もはや少年の心は、その終わらない山道に、挫けかけている。
     そして、そんな山道を歩く少年に。
    『クククク……少年が苦しむ姿を見るのは、本当楽しいですねぇ……♪」
     闇に潜むダークネス、シャドウ。
     彼は、少年の精神世界に侵入し、悪夢を見せて、その精神を壊していく。
     ……そして、もう彼も、その檻にとらわれ、数日。
    『もう……やだよお……うぇえええん……』
     その場に座り込み、大泣きする彼。
     そんな彼に、シャドウは笑いを堪え切れず。
    『ははは! さぁて、そろそろ最後のダメ押しとでもいきましょうかねぇ……ほら、時間ですよ!』
     シャドウの声と共に、少年の周りに居る木々が木人の如く立ち上がり……少年を取り囲んでいくのであった。
     
    「皆様、お集まりいただけて何よりです。それでは早速にはなりますが、ご説明を始めさせて頂きます」
     ゴスロリ服に身を包んだ野々宮・迷宵が、皆に軽く一礼すると共に、早速、今回の依頼の説明を始める。
    「今回の依頼ですが、彼の救出です」
     と、差し出した一枚の写真。
     ちょっとあどけなさが残る少年の写真は、見た目小学生高学年位にも見えるが、実は中学生。
     そんな少年に。
    「彼はどうやら、シャドウに取り憑かれてしまった様です。その為、ここ数日、苦しみに悶え苦しみ続けています」
    「このままでは、少年の心がシャドウに負けてしまい、彼はシャドウに屈服してしまうかもしれません。そうなる前に、皆さんにシャドウを灼滅してきて頂きたいのです」
     そして迷宵は、続けて彼を取り巻く状況について。
    「シャドウは皆様も知ってのとおり、陰湿な相手です。シャドウ自身、自分が勝てると思わない限り、その姿を現すことは稀で、基本的には悪夢を延々と見せ続けることで彼の体力を疲弊させ、疲弊しきった所に仲間達と襲い掛かるというものになります」
    「逆に言えば、彼が疲弊しきらない限り、シャドウ自体は出てきません。それを妨害しようとする者に対しては、彼の配下……どうやら周りの大木が木人となって動き回るというモノの様ですが、それが襲い掛かってきます」
    「つまり、少年を護るためにソウルボードにアクセスした後、妨害者を排除する為に現われたシャドウの配下との戦いを不利に装うことで、シャドウが現われる、といった具合の様です。そうなれば……シャドウを倒すチャンスはあるでしょう」
    「とは言えシャドウ自身もダークネスですから、彼単体の戦闘能力は高いものです。逃げ隠れ続けているから弱い、とは決して思わないよう、お願いします」
     そして、迷宵は最後に皆を見渡して。
    「逃げ回る敵ですから、シャドウを逃すことは致し方ありません。シャドウが少年の夢から退去すれば、少年は目を覚ます筈ですから……彼を少年の夢から撤退させること、それが今回の目的になります。皆様、宜しくお願いしますね」
     と、微笑みを浮かべて、皆を送り出すのであった。


    参加者
    大神・月吼(禍憑に吼える者・d01320)
    神威・天狼(十六夜の道化師・d02510)
    遠野・潮(悪喰・d10447)
    七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)
    海川・凛音(小さな鍵・d14050)
    巳葦・智寛(蒼の射手・d20556)
    夏目・真(ナイトメアロマンス・d23131)
    七飛・白霧(その生の目的は一つ・d27423)

    ■リプレイ

    ●闇に来る
     夏の一時、薫風が心地よく流れる、とある山中。
     緑が生い茂り、昼は小鳥たちも相互に鳴声を木霊させて、心地よい一時を楽しませる……そんな夢の風景。
     ただ、それだけなら良い光景ではあると思う。
     でも、このシャドウは、その光景を永遠と繰り返させている……暗闇の森の中で、ずっと、ずっと。
    「……暗い森に……一人だけは怖い……白霧は、それを、知ってるから……」
     と、七飛・白霧(その生の目的は一つ・d27423)の言葉。
     その言葉に遠野・潮(悪喰・d10447)と、大神・月吼(禍憑に吼える者・d01320)、そして巳葦・智寛(蒼の射手・d20556)が。
    「ま、こう言うのって、己の中にある恐怖が具現化してるとか良くいうよな。ま、これはどっかの卑怯な誰かの仕掛けた悪趣味な夢みてぇだがな」
    「ああ。まぁ耐性のねぇ奴ならこの反応は当たり前だよな。しかし、こんな原始的なやり方をする奴は久々に見たな。原始的だが、良い線行ってんじゃねぇの?」
    「ああ……とは言え相も変わらずシャドウは悪趣味な輩だ。人の脳裏に巣くう寄生虫は、早々に駆除するに限る」
     ……そんな三人の言葉に、夏目・真(ナイトメアロマンス・d23131)が。
    「しかし悪夢の闇はいいですねねェ。掻き回すのは無粋ですが、これも私の愛の為です」
     何処か飄々とした彼の言葉には、何かシャドウに対する違った感情を持っている様にも思える。
     ……それに白霧が。
    「……?」
    「ん、どうしました?」
    「あの……その……なんでも無いです……」
     白霧がうつむくと、そうですか、と微笑む彼。
     そして七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)と海川・凛音(小さな鍵・d14050)、そして神威・天狼(十六夜の道化師・d02510)が。
    「しかし森の中、一人、何故泣くのでしょうか。悪夢なのでしょうか。それが彼女にとって何が怖いのでしょう?」
    「そうですね……少年に山登りを無理強いさせられている。それも延々と、終わりが見えない状況な訳です。それも暗い暗い森の中で……心細いのも、仕方ないとは思いますよ」
    「そうだね。恐怖も涙も面白く無いよねー。さぁ、少年には笑顔になってもらおうかなっと♪」
     最後の天狼の言葉に、そうですか……と小首を傾げながらも、鞠音は頷き。
    「解りました。それでは、彼の夢の中へ潜るとしましょう」
     と、彼の枕元に立ち……そして、彼の夢の中へ、ソウルダイブするのであった。

    ●狡猾者
     そして……灼滅者達が目を覚ます。
     シャドウが産み出した夢の中は、迷宵の言うが通り……薄暗闇の森の中。
     そしてその夢の中で、延々と山道を歩き続けている少年の泣き声。
    『やだよぉ……もう、もうここから出してよぉ……』
     そんな泣き声は、灼滅者達の視線の先から……。
    「本当、あんな小さい少年が苦しむのを見て楽しんでいるとは……性格が悪い奴らだぜ」
     舌打ちする潮。
     とは言え、彼を救う為に……シャドウを引っ張り出す必要がある。
     その為には、彼の性悪な悪事に乗っからなければならない。
     そして灼滅者達は、少年の元へ。
     ずっとずっと山道を登り続ける少年の前に立ちふさがる。そして、うつろな表情の少年を抱き留めながら。
    「よしよし……今迄良く頑張ったな」
     と、潮が少年の頭を撫でて褒める。
     突然の事に驚く彼、それに更に真、白霧も。
    「おやおや、迷子ですか? もう大丈夫ですよ。私達と一緒に行きましょう?」
    「うん。大丈夫、必ず出られる……」
     ……そして、更に凛音と天狼が。
    「そう……なぜならこれは、夢だから。ただの悪夢です。覚めない夢はありません。だからこの悪夢も、必ず終わります」
    「そうそう。森ってさー、ちょっと怖い感じもするかもしれない。けどさ、君はもう一人じゃない訳だし、耳を澄ませてみなよ。心地よいものに気づけるかもよ?」
     そして天狼は、彼の目の前でちょっとした手品を披露してみせる。
     ……だが、そんな灼滅者達の動静に。
    『……全く、何ですかねぇ……この私の一時の楽しみを、邪魔しないで欲しいですねぇ……?』
     響き渡る、シャドウの声。
     そしてその声に対し、おびえた声を上げる少年。
     そんな少年に、真がその手に懐中電灯を握らせて。
    「……何があっても、その手の中の希望を見失わないでください」
     肩を叩くと……灼滅者達の動きにシャドウは。
    『全く。灼滅者とか言う奴らですかねぇ? ……邪魔ですよ。さっさと消し飛びなさい』
     と言うと共に、シャドウの指示に従い、周りの木々がゴゴゴ、と動き始める。
     そして……甲高い奇声を上げて、灼滅者及び、少年を威嚇してくる。
    『ひ、ひぃっ!?』
     恐怖におびえた声を上げる少年……それに白霧が。
    「えーっと……目を閉じて。そしたらすぐに終わる。聞こえる音は風の音だよ?」
     と、彼に目を閉じさせるよう、言葉を紡ぐ。
     そして木人達に対して、鞠音が。
    「……すいません、何故木は動くと怖いのでしょうか?」
     と訪ねる、それに月吼が。
    「ん? そうだな、人間ってのは暗闇を忌避する傾向があるからな。その辺りで増幅された恐怖心がなんでもないものを悪い物に変換しちまうのさ。要は、アレだ。幽霊の正体見たり枯れ尾花ってやつだ」
     と答える、それに鞠音が。
    「万物に通じる恐怖があるのでしたら、それを利用すればいいですか。私にはわからない恐怖、を実行しているのですから……貴方は、恐怖を理解していないのですね?」
     シャドウに対する問いかけ……勿論、シャドウは何等答えを返す事はない。
     そして、鞠音は少年に向けて。
    「木は、動きません。じっと待ち、あなたの中に、切々と命の言葉を述べるだけです……耳を澄ましてください。目を凝らして下さい……木々のざわめきにまける程、私達は、脆く見えますか?」
     繭音の言葉、そして智寛が。
    「さて……手はず通りに行くぞ……着装」
     スレイヤーカードを掲げ、発声と共に青い強化装甲服に身を包む。
    (「さて、この装甲、どこまで耐えられたものか……」)
     その装備を確認するように……そして。
    「さぁ、始めるぜ!」
    「ええ……雪風が、敵だと言っている」
     と月吼、鞠音が先陣を切って攻撃開始。
     命中の高いペトロカースの一撃を放つと共に、潮も黒死斬。
     しかし……その攻撃は、真剣なようで、実はその狙いを少し外した一撃。
     木人らは、直撃を避けるよう、バックステップで回避。
     そして更にジャマーの天狼、スナイパーの智寛、真らも。
    「さあ、始めましょう」
    「……当たれ……っ!」
    「信じる者は救われるらしいですが……さて」
     と、次々と攻撃を叩き込んで行くが、やはりこれらも真剣なようで、あえて芯を外して命中率を下げる。
     そんな灼滅者達の攻撃に対して、木人の反撃。
     灼滅者達を逆包囲するように陣形を整えつつ……大きな木の身体から繰り出す攻撃。
     一番の狙いは、灼滅者達が後ろに護る、少年。
     しかしそれら攻撃は、鞠音、凛音のディフェンダーが。
    「くっ……彼だけは、護らないと……っ!」
    「……必ず、護ります」
     二人の言葉……しかし苦しみの声を上げて、苦戦を装う。
     そして、ダメージを受けた二人を、白霧が白炎蜃気楼でのエンチャントを付与しながらの回復。
     ……それから数ターンの間、少年を死守しながらも、木人達に対しては苦戦し続ける。
     その苦戦の間。
    「本式じゃない分、かなりやり辛ぇな……チッ、この程度ならいろいろと試せると思ったんだが、それが仇になっちまうとはな!」
    「シャドウの力……これ程までとは……」
    「痛っ……護るのが精一杯ですねェ」
     月吼、凛音、真らの悲壮なる言葉が漏れていく。
     ……そして、木人と戦い続けて、約10分程。
     苦戦し続ける灼滅者達は、流石にボロボロになりつつある。
     そして……それと共に呟かれるのは、弱音。
    「これは……拙いかもしれないね」
     と天狼が呟いた一言に。
    『そうですかそうですか……フフ、まぁ、所詮その程度だった、という事でしょうねぇ……ならば私が直々に、息の根を止めてやりましょうか!』
     勝てる、とすっかり信じ込んだシャドウが、満を持して登場。
     ……姿を現したシャドウを一瞥すると、真は。
    「なんだ……この夢も違ったんですね。ならば……もう用はありません」
     と、言い捨てる。
     そして、それと共に。
    「そんじゃ、そろそろギアを上げるか」
    「ペイバックタイムです」
     月吼と鞠音の言葉をきっかけに、今迄抑えていた全力を、一気に放出。
    「面制圧をかける。まとめて凍り付け」
     と、智寛のフリージングデスを尖端に、シャドウの前に立ちふさがる木人達は、少しずつ少しずつ削っていた体力を、それぞれが隠し持っていた強力な攻撃で、次々と、一匹、また一匹と灼滅していく。
     ものの2ターン程で、シャドウを取り囲んでいた木人達は全て崩れ墜ち……残るはシャドウ本体のみ。
    「ターゲット入力完了。マジックミサイル生成、発射」
     と智寛がマジックミサイルを、シャドウに集中砲火。
     蜂の巣になったシャドウに、更に天狼がヴォルテックス、真がデッドブラスターと、シャドウ単体に間髪無い総攻撃。
     そして……トドメとばかりに、前衛陣がシャドウを囲い込むと。
    「どんな闇にも必ず出口はあるってモンで……今回それは此処だ。だからお前を逃がす訳にゃぁ行かなくてな。悪いが此処で往生してくれ」
     潮の最後の宣告と共に、放たれた紅蓮算の一撃。
     その一撃が、シャドウの身体のど真ん中を切り裂くと、その身体から闇が吹き出す。
     苦しみの咆哮を上げるシャドウに、月吼が。
    「これで終わりだ……!」
     渾身の蹂躙のバベルインパクトがたたき落とされ……シャドウは、そのまま影の中に消え失せるのであった。

    ●安心の声
    「……終わった様ですね」
     静かに息を吐き……武器をしう鞠音。
     そして……背中で守り切った少年に振り返ると。
    「さて……そろそろおはようの時間だな」
     潮の言葉。
     その言葉に、まだまだ少し混乱気味の彼が。
    『え、おはようって……だって、ぼく、起きてる……よ?』
    「そうだな。確かに起きてる……でも、それこそが夢だ。このまま夢を見続けていると、体力を全て吸われてしまうだろう……だから、今ここで起きるんだ」
     と月吼の言葉。
     それと共に、ぱぁぁっ、と空が明るくなり始める。
    「ほら、夜が明けていきますよ。もう、帰り道は解りますよね?」
     真の言葉……それと共に、少年の夢の空間は、白い靄に包まれていく。
     少年も、灼滅者達も……静かに意識が遠のいていく。
     そして……再び目を覚ますと、眠りについていた少年の寝息は落ち着きつつあり……その表情も安息の影が見える。
    「……うん、これで大丈夫でしょう」
     と潮が微笑み、少年の汗を拭う。
     そして、他の仲間達もそれに頷き……彼が目を覚ます前に、その場を後にするのであった。

    作者:幾夜緋琉 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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