私のパンセ

    作者:麻人

    「パンセポンセ?」
    「なにそれ」
    「ピンポンパン?」

     どこへ行っても誰に言っても彼女の主張は聞き入れられなかった。それでも諦めずに全国を駆け巡っているうちに闇に堕ちたご当地怪人の名を――今川パンセポンセ怪人といった。

    「今川焼きってほんとーにいろんな呼び名があるんだね」
     月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)は首を傾げて集まった仲間たちを見渡した。
    「でも太鼓焼きとか大判焼きはなんとなく意味がわかるけど、パンセポンセって?」

     パンセポンセ。
     目の前の箱に聞いてみてもいまいち実態のつかめない呼び名。
     パンセポンセ。
     しかし全国津々浦々、どこにでも湧いて出るご当地怪人にもそんなやつがいたのである。
    「パンセ、ポンセ!! 皆様、パンセポンセをよろしくお願いします。パンセポンセ、パンセポンセです!! 大判焼きでも太鼓焼きでもありませんその名はずばりパンセポンセ!!」
     選挙カーみたいな勢いでスピーカー片手に自転車を疾走させるショートカットの女の子。パンセポンセ怪人はふんわり茶色いスカートに餡子色の靴と帽子をつけて今日も元気に営業妨害という名の宣伝行動を頑張っている。
    「パンセポンセ、パンセポンセです!!」

    「圧倒的なまでのご近所迷惑……」
     耳を塞ぐ仕草をして、玲は本題に入った。
    「彼女が普通の人間なら別のところに任せたい案件だけど、あくまでダークネス。倒せるのは私だけってことで協力してもらえる? 放っておけばエスカレート間違いなしな上に、ご当地怪人たちの最終目的を考えたら早めに退治しておきたいよね」
     どう、と玲は同意を求める。
     ここに集った以上、否やはない。
    「ありがと。彼女が自転車で走り回ってるのは都心に近い大きなお寺があるこの辺り。外国人の観光客も多い、この辺りね。大通りで張ってればあの大音響だからどっちから来るかはすぐにわかるはず。人払いをしつつ、戦いを挑むよ!」
     相手は身軽でやる気にあふれた女の子。
     戦いは受けて立つ。マジカルロッド片手に自称スタイリッシュなチャンバラ戦を繰り広げてくれるだろう。

    「それじゃ、いこっか」
     よろしくね、と玲はにっこり笑ってみせた。
    「それにしても、パンセポンセ……いったい何なんだろう……?」


    参加者
    笑屋・勘九郎(もふもふ系男子・d00562)
    ヴァイス・オルブライト(斬鉄姫・d02253)
    ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)
    月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)
    亜寒・まりも(メリメロソレイユ・d16853)
    白臼・早苗(静寂なるアコースティック・d27160)
    神宮寺・柚貴(不撓の黒影・d28225)
    若桜・和弥(山桜花・d31076)

    ■リプレイ

    ●語感は大事
    「パンセポンセかー!」
     パンセポンセ、パンセポンセ。
     笑屋・勘九郎(もふもふ系男子・d00562)はスキップするような口調で何度も繰り返す。
    「でもそれが何なのか全然わからない時点でPRできてない気がするけど!」
    「うむ……」
     腕組みをして、ヴァイス・オルブライト(斬鉄姫・d02253)が頷いた。
    「笑屋の言う通り、あれでは何がなんだかさっぱりわからん。選挙カーと同じく、支持よりも顰蹙を多く買う事請け合いだな」
    「うん。あまりにも聞いたことないもんね、パンセポンセって」
     月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)は顎に手を当てる。
    「餡子入り焼き菓子の名称と言ったらやっぱり……」
    「――パンセポンセ!!」
    「そう、パンセポンセ……じゃなくて!」
     タイムリーに聞こえてきたのは、拡張器を通したご当地怪人の声だ。既に周辺は殺界形成とサウンドシャッターによって人払いが完了している。
    「ヘペレ、うまくやってねっ」
     亜寒・まりも(メリメロソレイユ・d16853)が軽くライドキャリバーの頭(遊園地やデパートの屋上にあるような熊の乗り物っぽい額の部分)を撫でると、ギュルンと噴かしたエンジン音が返事の代わりだ。
     ――道の向こう。
     いきおいよく自転車をこいでやってくる怪人めがけて――。
    「いってっ!」
     走り出したヘペレは真正面からキャリバー突撃でご当地怪人と激突する!!
    「きゃー!!」
     放り出された怪人は「あいたたた」と尻もちをついて涙目になった。
    「いきなりなにすんのよ!」
    「今川焼ぃ~♪」
    「ひゃっ!?」
     彼女がこちらの会話を妨害して宣伝したように、今度はファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)が拡張器を使って宣伝――いや、歌ったのだった。
    「餡子恋しやほかほかの~♪」
     人払いに使ったラブフェロモンの残り香よろしく色気たっぷりに歌う姿に今川焼の被り物が似合わない。
    「み、耳が……」
     白臼・早苗(静寂なるアコースティック・d27160)は思わず耳を塞いだ。
    「す、すごい音痴……」
    「こりゃまた壮絶やな」
     神宮寺・柚貴(不撓の黒影・d28225)はスレイヤーカードを解放して足元に影をくゆらせながら、顔をしかめる。
    「ファルケ、あかんこれじゃ味方にも影響が――」
    「今川焼き~リフレイン♪」
    「こ、根性でいこう」
     逃げ遅れた人はいないよね、と若桜・和弥(山桜花・d31076)は辺りを見渡した。
    「うん、大丈夫」
    「よし!」
     和弥に頷いて勘九郎は尻尾の代わりに羽を振っているナノナノを振り返る。
    「頑張ろうね、こりんご!」
    「ナノッ!」
     目をきらきらと輝かせたこりんごは、浄霊眼でも使っているつもりなのかもしれない。自らを霊犬だと思っているサーヴァントによって戦場はしゃぼん玉であふれ返った。

    ●呼び方も大切です
    「パンセポンセはパンセポンセなのよ!!」
     突然現れた灼滅者たちにご当地怪人は頬を膨らませてお怒りのようだ。マテリアルロッドを剣のように両手で持って、「てやー!」と斬りかかる。
    「なんの」
     受け止めるのはブラックフォームによって強化されたヴァイスのバベルブレイカー――SBB-03 “ガネット”。
    「くっ、やるじゃない」
    「ところで、ひとつ聞いてもいいか」
    「なによ!?」
    「今川焼きや大判焼きと一体どう違うんだ」
    「へっ……」
     基本の基本。
     ふんっ、と怪人は鼻を鳴らした。
    「違くないわよ」
    「なに?」
    「あんたたちの言う今川焼きや大判焼きこそが、パンセポンセなのよ!!」
     どーん、と。
     人差し指を突きつけて怪人が言った。
    「あ、当たり前のことで偉そうにしてるよ……」
     玲は燃え盛るレーヴァテインを宿した縛霊手を振り回しつつ、和弥の耳元で囁いた。炎に映える黒。黒死斬からティアーズリッパーに切り替えて怪人の死角を狙いつつ、和弥は小さく小首を傾げ、オーラを纏わせた利き手で手刀を作る。
     そもそも、と口を開いた。
    「今川何とかというのはあの、何か円筒状の焼き菓子的な感じのヤツ……?」
    「そこからなのか!」
     ショックを受けたように玲。
    「確かに知らなければそこからして意味不明だよね……」
    「うん。知ってる前提で宣伝されても付いていけないんですけど……!」
     ふっ、と息を吐くと同時に鋭い刃が怪人の懐を切り裂いた。思わず、怪人は距離を取ろうと後退する。そこに潜り込んでいた柚貴がにやりと唇に笑みを刻んだ。手元で愛用の獲物――穿・改が宇唸りを上げる。
    「その心臓を、穿つッ! ブチ抜けッ、螺穿槍ォッ!」
    「きゃあっ!!」
     まるで竜巻のような突穿が怪人の胸元を狙い、真価を発揮する。
    「くっ、パンセポンセも知らないくせにやるじゃないの!」
    「いや、だから今川焼きそれ自体は知ってるけど……その呼び方、始めて聞いた」
     早苗の指先がクロスグレイブに触れた途端――全ての砲門が開いて無数の弾丸がご当地怪人めがけて降り注ぐ――!!
     マジカルロッドで顔を庇いつつ、怪人が叫んだ。
    「パンセポンセを知らないですってぇええええええ!?」
    「えっ」
     まりもが目を丸くする。
     祭霊光でファルケの傷を癒しつつ、尋ねる。
    「なんであんなに驚くの?」
     だって、知らないよね?
     おやきか大判焼きだよっ。
     まりもの疑問にファルケは歌を中断しつつ――この間ずっと彼は歌いながら戦い続けていたのである――神妙な顔で言った。
    「まさかあいつはあの営業妨害という名の宣伝が効を奏していたと思い込んでいたとでもいうのか……」
    「……なるほど。まさか向かい風にも気づいていなかっただなんて……」
     やれやれと肩を竦め、早苗はファルケの歌に被せるようにしてエンジェリックボイスを発動。
    「あの……それ、迷惑になってる以上、倒すよ。……それとも、静かにしてくれる?」
    「め、迷惑ですってえええええ!?」
     再び、ショックを受けた顔で叫ぶご当地怪人。
    「あかん、自分を客観視できてないにもほどがあるわ」
     柚貴は口調こそ呆れてはいるが、そのフォースブレイク捌きには一切の無駄がない。正面から、マテリアルロッド同士斬り結ぶ――!!
    「ナノッ」
     こりんごによるハート乱舞!
     人気のない大通りで繰り広げられる乱闘は次第に勘九郎の気分を上げていく。年齢に見合わない幼さ全開に、子犬のような快活さでエアシューズを駆って戦場を駆け巡る。
    「こっちこっちー!」
    「くぬっ!」
     星々をまき散らしながら逃げ惑う勘九郎を追いかけてご当地怪人のマテリアルロッドが空を切った。
    「すばしっこいわね!」
    「あまりそちらにばかり気がいっていると……」
     ヴァイスは僅かに目を細め、バベルブレイカーから離した右手で拳をつくる。百裂の拳撃がマテリアルロッドごと怪人を打ち砕こうと炸裂――!! 間断なくファルケの槍が螺旋を描いて追い打ちをかける。
    「ところで、どうしてそんなに呼び名にこだわるの?」
     デッドブラスターを撃ち込みながら早苗がたずねた。
    「どうもこうも、それが私の存在意義だから!」
     怪人のばら撒くご当地ビームは餡子の甘い香りがする。
    「でもご近所迷惑になる宣伝は逆効果じゃないかなー」
     機銃掃射で牽制するヘペレの後ろからまりもが「えいっ!」と跳ねるように撃ち込むDCPキャノン。ちょうどビームと錯綜する形で戦場を翔り飛ぶ。ぼろぼろになりながらも、怪人は律儀に叫んだ。しかも拡張器を使って。
    「ご、ご近所迷惑ですってぇええええ!?」
    「まさか本当に気づいてなかったの? あ、ちなみに私は大判焼きと夫婦まんじゅう派ね!」
     ショックを受けて固まっている怪人に追い打ちをかけるべく、ライドキャリバーを引き連れた玲はグラインドファイアの炎を吹きさらしながら突撃した。
     怪人は体勢を立て直そうとあがくが、既にかなりの体力を失っている。
    「このあたしが……迷惑だったなんて……」
    「堪能しな? これが俺の魂の旋律、サウンドフォースブレイクだぜっ」
     容赦なくファルケは勝負を決めにいく。
     歌のエネルギーチャージは十分だ。
     刻み込め、と叫ぶ!
    「まだよっ……!!」
     まるで刃同士の鍔迫り合いの如く、ファルケと怪人のロッドが切り結んだ。ぎり、と互いに譲らない。
    「頑張れ―!」
     勘九郎が巻き起こすセイクリッドウィンドが火照った体をクールダウンしてくれる。
    「よいせ、と」
     和弥はかけ声をかけて怪人の背後から抗雷撃をお見舞いする。雷を纏った拳は吸い込まれるように怪人を打ち据えた。
    「このっ!」
     だが、怪人は反撃に移れない。ファルケを援護するようにヴァイスのロッドが更に打ち合わされたからだ。
    「くっ……」
     怪人が歯ぎしりする。
    「餡子入り焼き菓子戦争…それは今川焼派、大判焼派、回転焼派、あじまん派、御座候派、夫婦まんじゅう……通称ふーまん派……様々な派閥が入り乱れた最終戦争だったんだよ……」
    「ええいっ、気が散るわ!」
     エアシューズで駆けまわりながら玲が別称を連呼するので、ついに怪人がキレた。しかし既に身体は自由に動かず。束縛に成功したまりもが小さく舌を出した。
    「そろそろ終わりかな」
    「ああ、勝負を決めにいこか」
     早苗と柚貴は視線を交わしあった。
    「……悪いが、逃がさんッ! 落ちろォッ!」
     十字架の咆哮と同時に柚貴の足元から無数の影が躍り上がった。怪人の悲鳴ごと掴みかかり、闇に引きずり込む――!!
    「ジャ、ジャスティス様ー!!」
     助けて、と最後まで言い終える前に和弥の両手が怪人の体に回り、遠慮なしの角度で放り投げた。
    「きゃああああっ!!」
     それは愛が深すぎたゆえの闇堕ち――柚貴はゆっくりとまぶたを閉じる。
     願わくば、パンセポンセという名称が今後認知される日が来るように、と。

    「熱意があるのは良い事だよね。あの積極性は嫌いじゃなかったよ」
     並んで街を行く和弥のつぶやきに、早苗が大判焼きを頬張りながら頷いた。
    「……そういえば、ご当地怪人は奇抜な格好のダークネスが多いけど。今日のはとても人に近い姿だったね……。もう少しお話が通じたら、倒す必要、無かったかも」
    「うんっ。世界征服さえ諦めてくれたねー」
     おいしい、とまりもは笑顔いっぱいでチョコあんの大判焼きを食べる。
    「おいしいね」
     玲はまた一口、大判焼きを齧った。
    「許しちゃだめなこと、だからね……」
     少し、いや多分。
     曖昧な玲のつぶやきは人気の戻った観光地の雑踏に掻き消える。
    「味が良ければ呼び名にこだわることないのにな」
    「ああ……」
     怪人の自転車に残っていたパンフレットをファルケとヴァイスは覗き込みながら、そんなことを言った。
    「結局、謎だったよなーパンセポンセ!」
     勘九郎は大判焼きを口にくわえながらもう一度それを呼ぶ。
     パンセポンセ。
     不思議な響きの不思議な呼び名。

    作者:麻人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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