お兄ちゃん、ようこそ!

    作者:灰紫黄

     時間は夜。場所は、地下の小さなライブステージ。
     やたら排熱が大きそうな男たちがステージ上の少女に熱狂していた。数は20ほどだろうか、なぜかチェックのシャツを着ていた。なぜかって、知らんわそんなもん。
    『お兄ちゃん、大好き~~!!』
    「「ありさたーーん!!」」
     少女は小学校低学年くらいで、アイドルじみた、というかアイドル淫魔であった。
    「ぶおおぉっ!! ありさたーん!!」
     と、そこにかっちりスーツ着込んだ男が乗り込んできた。チェックシャツをひき潰し、少女に迫る。

    「はああああああああぁぁぁぁーーーーー」
     盛大に溜め息をつく口日・目(高校生エクスブレイン・dn0077)。
     察しろ、という空気が教室に漂っていた。なんかね、空間がブルーに見えそう。
    「なんていうかアレな羅刹が出たわ。まぁ最後まで聞いて」
     最近、ラブリンスター配下のアイドル淫魔が頻繁にライブを行っているらしい。バベルの鎖のせいで集客に苦労していたが、その辺りは取り込んだ七不思議使いのおかげでマシになっているようだ。
    「まぁ、それだけならみんなを呼んだりしないわけで」
     しかし、ライブを聞きつけたダークネスが乱入、一般人を巻き込んで大暴れしてしまう。よって、その対処を灼滅者に依頼したい、とのこと。一般人への被害を防ぐには、乱入ダークネスを倒すか、事前にライブを中止させるかになるだろう。
    「乱入してくるのは、イケメンサラリーマン風の羅刹よ。こいつがなんていうか……アレなのよ」
     エクスブレイン曰く、小さな女の子が大好きらしい。戦闘能力はそこそこだが、その弱点を突けば楽に勝てるだろう。
    「具体的にいうと、小さな女の子が『お兄ちゃん』て呼ぶと戦いの中で戦いを忘れると思う。……すごい気持ち悪いけど」
     ちなみに、サイキックは神薙使いとガトリングガンのものを使う。が、この情報が必要かは分からない。
    「あと、被害を防ぐために、ライブそのものを中止させる方法もあるわ」
     ただ、この場合は淫魔との戦闘になる。こちらも戦闘能力はさほど高くないが、そこに羅刹が乱入してくることも考えられる。
    「じゃ、頼んだわよ。私はちょっと休んでくる」
     そう言い残し、目は教室をとぼとぼと立ち去った。


    参加者
    和泉・風香(ノーブルブラッド・d00975)
    ミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019)
    碓氷・炯(白羽衣・d11168)
    静闇・炉亞(刻咲世壊・d13842)
    緒垣・翠(空の青夕日の赤・d15649)
    風間・紅詩(氷銀鎖・d26231)
    月影・瑠羽奈(蒼炎照らす月明かり・d29011)
    凪野・悠夜(朧の住人・d29283)

    ■リプレイ

    ●お兄ちゃん現る
     路地裏の裏、複雑に入り組んだ路を進み、灼滅者達は件のライブ会場にたどり着いた。見るからに寂れていて、近寄りがたい雰囲気が漂っている。その中に次々とチェック柄のシャツを着た男が吸い込まれていく。
    「ここで間違いなさそう……だね」
     事情を知らなければ、怪しげな集会に見えただろう。いや、事情を知っていても怪しいことに変わりはないが。凪野・悠夜(朧の住人・d29283)は深く溜め息をついた。早く帰りたい。
     その足元で、人数を少なく見せるよう蛇変身をした風間・紅詩(氷銀鎖・d26231)が首をもたげた。
    (「アレの集会……いえ、触らぬ神に祟りなし、です」)
     不要な思考をシャットアウト、羅刹を倒すことに集中する。知らない世界は知らないままでいい。
    「調子はいかがです?」
    「さぁ、やってみないことには」
     碓氷・炯(白羽衣・d11168)の問いを、静闇・炉亞(刻咲世壊・d13842)はくすりと笑んではぐらかす。二人の同じクラスの友人だ。実力はある程度知っている。意味のない質問に、意味のない答え。言葉に意味はなく、投げ合うだけの戯れだった。
    「らっライブ、成功、させないとね……」
     少女の服に身を包んだ緒垣・翠(空の青夕日の赤・d15649)だが、性別は男の子。羅刹をだませるかどうかは、やってみないと分からないだろう。小さく縮みそうになる心を、なんとか奮い立たせる。
    「お、あれかのう」
     和泉・風香(ノーブルブラッド・d00975)が向こうに指を指す。そこには、かっちりスーツを着こなした長身の男の姿があった。整った顔立ちに、涼しげなフレームレスの眼鏡がよく似合っていた。……黒曜石の角は若干のマイナスであったが。
    「瑠羽奈、準備はいい?」
    「はい、ミリーお姉様」
     ミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019)と月影・瑠羽奈(蒼炎照らす月明かり・d29011)は最近、花園と呼ばれるところで知り合ったらしく、仲がいい。本当の姉妹のように手を取り合ってにっこり笑う。……花園とか、あんまり聞かない方がいいのだろうか。
     とにかく、役者は揃った。あとはライブ会場から羅刹を遠ざけてキルするだけである。
    「あの、すみません。ありさたんのライブはこちらでよろしかったでしょうか」
     羅刹はものすごく礼儀正しかった。声もイケメンだった。でも『ありさたん』という単語が出ただけでイケメンオーラは粉々に砕け散った。諸行無常、盛者必衰の理である。

    ●お兄ちゃん、こっちだよ!
     淫魔のライブを守る義理はないが、一般人の犠牲は看過できない。例えアレでもだ。ともかく、今はこちらに注意を向けさせる。
    「ありさたんなんてどうでもいいのじゃー。妾と遊ぼう、お兄ちゃん」
    「いえ、私に妹はおりませんので」
     風香ももう高校三年生。いくら胸が小さかろうと、羅刹の嗜好には入らないようだった。キリ、という音が聞こえそうなくらい凛々しい表情でお断りされてしまった。だがこれが悔しいかというと、そんなことはなかった。
     次は翠がチャレンジ。おずおずと羅刹の前に出る。
    「おっお兄ちゃん、あっちで、あっ翠と、おっお話、しよ……」
     緊張しているのが、誰からも分かった。怖いのか、上目遣いの目はうるうると雫に濡れていた。
    「私、弟もおりません、の、で」
     しかし撃沈。普段そういう格好をしているからといって、女の子に見えるとは限らない。それらしい工夫をしていれば、結果も変わったかもしれないが。とはいえ、微妙にうろたえていた。惜しい。
    「お兄様、わたくしと遊んでくださいませ」
    「ずるいよ瑠羽奈。ボクが先だよね、お兄ちゃん?」
     今度は姉妹同時攻撃。残りは男性陣しかいない。ここが最後の砦だった。だが、羅刹は陥落したようで、キリ、がふにゃ、になっていた。イケメンでも笑い方で気持ち悪くなるらしい。客観的に不気味だった。
     ともあれ、羅刹は二人の(即席)妹に手を引かれてふらふらと路地を戻っていく。その後ろを、他の仲間もついていった。溜め息混じりで。
    「社会人のアレはアウトでしょ」
    「いえ、学生ならOKというものもないかと」
     悠夜の少しズレたツッコミに、冷静に再ツッコミを入れる紅詩。まだ戦闘は始まっていないのに、二人とも疲れが見えた。だってイヤでしょアレと戦うの。とぼとぼ歩きながら、スレイヤーカードから武装を呼び出す。
    「……早く斬りたいですね」
     敵に気付かれないよう脇差に触れながら、炯はそう呟いた。路地裏は風が通らず、空気が澱んでいた。羅刹のせいだとは思いたくないが、しかし澱んだ気が羅刹から発せられている気がしてならなかった。
    「ええ。なます斬り、とかね」
     炉亞も同調してうなずく。自分はなぜここにいるのだろう。一般人を守るため? 衝動を満たすため? 間違ってはいないが、違うようにも思う。汚物の消毒。それが一番しっくりきた。
     やがて、少し開けた場所で姉妹が振り返る。それが戦闘開始の合図となった。怒りと呆れと諦めが込められた刃が、夜空に踊る。

    ●お兄ちゃん、遊んで!
    「変態野郎はお呼びでねぇんだよッ! 死ね!」
     怒りで目を真っ赤にした(元から赤いけど)悠夜が、蛇剣を振り回し、極小の竜巻を起こす。普段は温厚だが、殺人鬼の性分なのか、アレへの正義の鉄槌なのか、かなり荒れていた。羅刹は回避敵わず、頬から血を流す。
    「くっ、罠ですか。卑劣なことを」
     羅刹は怜悧な顔をゆがめ、眼鏡を直す。アレのくせに画になるのが鼻に突いた。
    「だが死ぬのはあなたたっ」
    「お兄様、いけません! 乱暴なお兄様なんか嫌いですわ!」
     逆襲のガトリングを向ける寸前、瑠羽奈が射線を遮る。怒ったような悲しいような、悲痛な表情で羅刹を引き留めた。
    「そうだね、お兄ちゃんが悪かったよ」
    「わぁい、優しいお兄ちゃん大好きー」
     ガトリングを捨てる羅刹に、ミルドレッドが笑顔ですり寄る。つられて笑顔になる羅刹は、やっぱり気持ち悪かった。
    「うむ。やはり妹おるではないか。妾の演技を無駄にした罰を受けてもらおうかの」
     口調とは裏腹に、風香はにやりと上機嫌に笑んだ。それもそのはず、手にはクロスグレイブが握られている。先日、ハルファスとの戦いで得られた武器だ。試すのにこれほどよいサンドバッグがいるものか、と。がら空きの背中に、聖歌付き冷凍砲を撃ち込む。『業』を凍らせるというそれは、この羅刹にはもってこいだった。業深そうだから。
    「攻撃されたの、気付いていないのでしょうか」
     背中を氷漬けにされても、羅刹は姉妹と戯れていた。あまりに夢中で気付いていないらしい。それなら好都合、と炯はダイダロスベルトを氷まみれの背中に突き刺す。ぶすりと肉を貫く確かな感触が手にかえってくる。しかし、羅刹はまだあははうふふ状態。
    「あっ翠も、が、がんばる」
     最初はゆるく、けれど次第に鋭く。エアシューズが唸りをあげ、翠の体を加速させる。さらに跳び上がり、流星のごとき跳び蹴りを見舞う。今度は首元に命中。それでもやっぱり気付かないので、そうとうタフか、鈍いか、馬鹿なのだろう。
    「もはや手に負えませんね。早く何とかしませんと」
     紅詩は首を横に振る。呆れを通り越して、もう何を言っていいのか分からなかった。灼滅者は、ダークネスを倒すことで癒しを得るという。確かに、癒しがないとこんなの相手に戦っていられないだろう。せめて早く終わるように、とギターをかき鳴らす。
    「油断大敵、どころではないですね」
     相手はダークネス。闇の支配者なのだ。アレでも情けは無用。炉亞は後ろから近づき、バベルブレイカーの引き金を引く。途端、高速回転する杭が羅刹の胸を貫き、鮮血を路地にぶちまけた。ここでようやく攻撃に気付く。
    「私が妹達と遊んでいるうちに不意打ちとは……あなた達のような卑怯な人たちは初めて見ました」
     口やら胸やら、いろんなところから血を流してぐぬぬ、と拳を振るわせるお兄ちゃん。不意打ちも何も、気付かない方がおかしいのだけれど。

    ●さらばお兄ちゃん
     羅刹がこちらの攻撃に気付いたころには、すでに死に体。勝敗は決したといっても過言ではないだろう。あとはもう、とどめを刺すだけだ。
    「もうお終いですよ。ねえ?」
    「はい、狩りと行きましょうか」
     炯は冷たく笑う。人を忘れた、殺人鬼の笑みだった。刃の如く鋭い横顔には、獲物を前にした喜びと、とりあえずアレから解放される安堵とがあった。懐に飛び込んだかと思えば、壁を蹴って背後を取る。
     同時、炉亞も踏み込む。長い髪が風になびき、隠れなかった右目に羅刹の背中を貫いた非物質の刃が反射してきらめいた。くすり、と笑む。その瞬間には、螺旋の槍もまた、羅刹を穿っていた。
    「ぐおおおおおおおッッ!!」
     背と胸から血が噴き出しても、羅刹は止まらない。ようやくその本分を思い出したかのように、力の限りに鬼の腕を振るう。それを受け止め、風香はまた不敵に笑う。
    「往生せーい!!」
     身の丈以上の十字架で、殴って、突いて、また殴って、とにかく滅多打ち。ふらついたところに、悠夜が追い打ちをかける。
    「クッソ……前に闘った羅刹はもっとソレらしかったぞ!? お前は何なんだよッ!?」
    「グ、ステレオタイプはよくないですよっ」
     羅刹らしさって何なんだろう。お兄ちゃんならぬ鬼ちゃんの抗議ごと、畏れを纏った剣で斬って捨てる。
    「これもあなたの因果です。諦めてください」
     炎を纏ったギターが羅刹を横から打ち付ける。紅詩は無表情で、何を考えているか分からない。あるいは、何も考えないようにしているのかもしれない。なんか空しいから。
    「ああ、ああ、瑠羽奈、ミリー……君達は、私の見方だよ、ね?」
     息も絶え絶え、ようやく立っているといった感じだ。羅刹は足を引きずりながら姉妹に近づこうとする。が、その前にミルドレッドはにっこり笑う。
    「うん。だから、ボク達とも遊んでね? ね、瑠羽奈」
    「はい。お兄様、わたくしとミリーお姉様の愛を受け止めてください」
     無慈悲に笑み、瑠羽奈は桜色の殺戮帯に命じる。穿て、貫け、と。ミルドレッドも炎を帯びたエアシューズで蹴り抜く。完全ノーガードだった羅刹は直撃を受けて吹き飛び、地面に熱いキスを交わした。
    「ご、ごめんな、さい。さっさようなら」
     動けなくなった羅刹に、翠がとどめを刺した。縛霊手の指先に、赤いオーラを宿して切り裂く。
    「……男の娘も、悪くないかもですね…………」
     最期に不穏なことを呟いて、羅刹は塵になって消えたのだった。新たな世界に目覚めるには、少し遅かったのだろう。
     羅刹を倒した後、ライブを見に行くものはライブへ、それ以外の者はそのまま帰ることになった。
    「で、では行ってきます」
     ぺこりと小さく頭を下げて、翠はまた来た道を戻る。
    「……何だったんだ、今日のは」
     たぶん、みんな同じことを考えている。だからこそ、悠夜の呟きに応えるものはない。
    「忘れましょう」
     かろうじて、それのみを返す紅詩。アレな羅刹などいなかった。それでいいじゃない。
    「お疲れ様でした」
    「炉亞さんも」
     学友二人で、お互いを労う。果たして癒しを得ることはできただろうか。それは彼らの身が知る。
    「うす、これけっこう精神削れる……」
    「お姉様、お気を確かに」
     うなだれるミルドレッドを、瑠羽奈が励ます。乙女の心に刻まれた傷は深い。
    「うむ。これにて一件落着じゃ!」
     もうカオスもいいとこなので、風香は無理やり締めた。ビバ、力技。
     かくして、アレな羅刹は滅び去った。だが、これからも第二第三のアレが現れるかもしれない。その時はまた、激しい戦いが繰り広げられるだろう。がんばれ、灼滅者達よ!

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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