いけない人ですね

    作者:邦見健吾

    「どこまで行くんだ?」
    「いいところですよ」
     スーツを着た中年の男が、黒い長髪の女に続いて路地を歩く。
    「別にあれでいいじゃないか」
     痺れを切らしたように男が指差したのはとある目的で使われる簡易宿泊施設。しかし女は首を傾げ、嘲るように笑った。
    「いけない人ですね。そんなこと考えていたんですか?」
    「ぐわっ!?」
     黒髪の女が男を組み伏せ、鋭いナイフを振り上げる。
    「いけない人にはお仕置き……したいところですが」
     しかし女は気配を察し、ナイフをしまって暗い路地の向こうに消えていく。
    「何かあったんだよ?」
     そして反対側から現れたのは、路地に迷い込んだ大鷹・メロ(メロウビート・d21564)だった。

    「闇堕ちしかけている女の子を見つけたんだーよっ」
     メロが目撃した情報を伝えると、冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)は六六六人衆に堕ちかけた少女の未来を予知したのだ。
    「彼女の名前は蓮見・玲香さん。高校生の少女です」 
     玲香は大人びた容姿を利用し、思わせぶりな言葉で妻子を持つ男を騙しては路地裏で半殺しにしている。今はその程度で済んでいるが、いずれ完全に命を奪うことになるだろう。
    「蓮見さんの両親は、父親の浮気が原因で離婚しました。それが彼女の行動の理由なのでしょう」
     路地裏で待ち受ければ玲香と接触できる。灼滅者達が玲香を引きつければ男は勝手に逃げるので、あまり気を配る必要はない。
    「可能であれば灼滅者として救出を。完全にダークネスに堕ちてしまうようなら灼滅をお願いします」
     もし玲香に灼滅者としての素質があれば、闇堕ちから救うことができる。しかしそうでなければ、灼滅する他ない。
    「蓮見さんはナイフを武器にし、シャウト及び殺人鬼のサイキックで戦います」
     完全に堕ちていないとはいえ、その力は灼滅者を圧倒的に上回る。隙を見せれば命取りとなることだろう。
    「蓮見さんは追い詰められると逃亡する可能性があります。逃がしてしまうと確実にダークネスになりますので、何らかの工夫があった方がいいかもしれません」
     また、説得に成功すればある程度戦闘力を弱めることができる。戦いを有利にするためにも、試みる価値はある。
    「蓮見さんの気持ちに理解を示す人もいるかもしれませんが、だからといって見逃すことはできません。どのような結果になろうともここで止めてください」
     蕗子は淡々とした口調でそう述べ、灼滅者達を見送った。


    参加者
    虹燕・ツバサ(レインボーフローライト・d00240)
    石弓・矧(狂刃・d00299)
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    清流院・静音(ちびっこ残念忍者・d12721)
    篠井・音雪(華金魚・d19981)
    藤川・公(リコリスの花を貴方へ・d20024)
    大鷹・メロ(メロウビート・d21564)
    伏木・華流(桜花研鑽・d28213)

    ■リプレイ

    ●闇の待ち人
     灼滅者達は玲香の逃走を警戒し、二手に分かれて挟み撃ちにする作戦を取った。虹燕・ツバサ(レインボーフローライト・d00240)達A班は、路地裏を塞ぐように玲香を待ち受ける。
    (「気持ちはわからねぇが、1つ俺にもわかる。こんな事しても何にもならん、ただの八当たりだ」)
     家族を壊す者に怒りを抱くツバサにとって、玲香の行いは許せるものではない。いざとなれば殺してでも止めるつもりだ。
    (「まぁ浮気はよろしくありませんが……だからといって傷つけるのはやりすぎですね」)
     石弓・矧(狂刃・d00299)は普段と同じ柔和な笑みを浮かべ、玲香が来るのを待つ。今ならまだ間に合う。取り返しがつかなくなる前に彼女の凶行を止めたいところだ。
    (「家庭裁判所へ行けば、ごろごろ転がってそうな話ね。 私はもう結婚しているけれど……不実な相手を選びたくはないものだわ」)
     一方、アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)達はB班。玲香が来たら飛び出せるよう建物の陰で息を潜めている。
    (「両親の離婚でござるか。子どもとしては複雑でござるな。しかし如何な境遇とて暴力が許される道理はないでござる」)
     ずり下がるマフラーを上げ、屋根の下で身を小さくする清流院・静音(ちびっこ残念忍者・d12721)。まだ救える可能性があるのなら、完全に堕ちる前にその手を掴んでみせる。
    (「彼女は父親ですけど、親が居ない寂しさは私もわかるつもり。だからこそ、このまま灼滅したり、闇堕ちさせたりしない……っ」)
     かつて両親を失った篠井・音雪(華金魚・d19981)には、玲香の気持ちが少しは理解できる気がする。できる気がするから、彼女が堕ちていくのを見過ごすことなどできない。
     灼滅者達がどれだけそうしていたか。夜らしい湿った熱気に汗がじんわりと滲む。そこにコツコツと、靴が地面を叩く音が聞こえた。
    「おいおい、どこ行くんだ?」
    「いいところですよ」
     遅れて黒髪の女とスーツを着崩した男性が現れる。しかし女は灼滅者達の姿を見つけて立ち止まった。
    「あなた達は……?」
    「初めまして……だーねっ。」
     訝しむ玲香に、大鷹・メロ(メロウビート・d21564)がニコッと笑う。
    「いいところをお邪魔したかしら? いけない夜遊びは終わりにしてもらうわよ」
     さらにアリス達B班が背後に飛び出し、玲香の逃亡を封じた。
    「Slayer Card,Awaken!」
     そしてカードの封印を解放。アリスは白き光の剣を握り、眩い輝きに身を包む。
    「クリスタライズ!!」
     ツバサも殲術道具を纏い、燃え盛る炎のようなオーラが龍の翼をかたどる。そして玲香のナイフが闇夜に閃き、戦いが始まった。

    ●夜の刃
    「ど、どうなっているんだ!?」
     武装した集団に取り囲まれ、スーツの男が慌てて逃げていく。もちろん、彼の行方を視線で追う者はいなかった。
    「同情はしてやるが……それで別の『家族』に手を出すなら、ここでお前を叩き潰す」
    「私が声をかけなくても、どうせ浮気する男はするわ。私は少しお灸を据えてるだけよ」
     ツバサはエアシューズで瞬時に加速して跳躍、星のように流れ落ちて跳び蹴りを見舞った。星の瞬きが散り、解き放たれた重力が玲香の足を鈍らせる。
    「フッ、潰せるかしら?」
    「させないんだよっ」
     しかし玲香は鼻で笑い、闇に紛れてナイフを突き立てる。だがその切っ先は咄嗟に動いたメロが受け止めた。
    (「自分と誰かは違う人間なのだから、それを受け入れなくてはね」)
     藤川・公(リコリスの花を貴方へ・d20024)は鋼糸の代わりに縛霊手を使い、頑強な手甲を叩き付ける。拳が触れた瞬間、霊力で編まれた網が伸びて敵に玲香に絡みついた。
    「父親のような人間を恨む気持ちもわかるが……本当に男を殺してしまえば、悲しむ子どもが増えるだけだ」
     毅然とした口調でそう述べ、伏木・華流(桜花研鑽・d28213)が光の盾を広げて仲間ごと自身を覆う。ウイングキャットのサクラは宙を舞いながら魔法を発動し、玲香の動きを奪った。
    (「闇堕ちした果てが淫魔じゃなく六六六人衆とは、よっぽど殺意を抱いたんでしょうね」)
     アリスが玲香に向けて手をかざすと、その先に魔力が集まって矢の形を作る。白光の矢は宙を貫き、玲香の肩に刺さって爆発した。放っておけば、遠くない内に見境なく罪を重ねるようになるだろう。彼女を止めるなら今夜が最後のチャンスだ。
    「坊主憎ければの心理でござるかな、浮気そのものが憎らしいのでござろう。……しかし、今貴殿がしようとしていたことは何でござるか」
     静音の言葉に、玲香の動きが一瞬止まった。
    「思わせぶりに誘惑して騙し、挙句に理不尽な暴力を振るう。浮気などよりも余程無体なことでござるよ」
    「……うるさい!」
     その隙を突き、すれ違いざま剣を振り抜く。長い黒髪の下には、わずかに動揺の色が浮かんでいた。
    「動きを止めます」
     矧は巨大な十字架を携えて突撃。円を描くように十字架を振り回し、遠心力を乗せて叩き付けた。
    「邪魔しないで!」
    「おいで、春の風!」
     玲香の体から殺気が噴き出し、どす黒い靄になって灼滅者達を覆うが、音雪が癒しの風を吹かせて払い飛ばす。ナノナノのちまきもハートを飛ばして回復に加わった。
    「こうなったら……」
    「ダメなんだよっ」
    「そうはさせない」
     玲香は逃げようと一瞬隙を窺うが、メロの霊犬・フラムが刃を振るい、華流の影とともに挟撃してそれを許さない。
    「くっ……!」
     追い込まれつつある状況を悟り、玲香は唇を噛んだ。

    ●歪んだ復讐
    「玲香さん、あなたのしていることって、あなたのお父さんの相手と同じじゃないかしら? 自分と同じ境遇の子を、そんなに作りたいの? 自分だけ不幸なのは嫌だ。他人の幸せなんてぶち壊してやるって腹づもり?」
     アリスは両の拳を重ね、純白のオーラを収束させて砲弾に変える。
    「無様よ、それって。負け犬根性丸出し。父親を見返してやる、くらいの気概を持ちなさいな」
    「好き勝手言って……!」
     光弾が迫り、玲香は身を反らしてギリギリで回避した。その瞳は憎らしげにアリスを睨む。
    「強蹴一閃! メテオシュート!」
    「遅いわ!」
     ツバサは再び跳び上がり、隕石のように急降下して蹴りを繰り出す。しかし玲香は攻撃を見切り、容易く躱した。
    「家族の時間を奪われたくなかっただけなのですよね。……だけどまだ貴方の幸せは無くなってしまった訳ではないのでしょう。貴方のこれからの幸せも、見知らぬ誰かの幸せも、まだ壊れてはいないのですから大丈夫、なのでございますよ」
     まだ大丈夫と、公は優しく諭すように語りかける。伸びる影を腕に変えて四肢を拘束し、霊犬のイオも路地を駆けて魔を絶つ刃を振るった。
    「離婚してほしくなかったよねっ、今まで居た人が居なくなるって寂しいよね。けど、殺しても寂しさは埋まらないよっ」
     それは言うまでもない、当たり前のことかもしれない。それでも言葉にすることには意味があるはずだ。メロは言葉を投げかけながら、ダイダロスベルトを伸ばして仲間を守る。援護を受けた華流は身を低くして懐に飛び込み、構えた十字架を突き出して至近距離から打撃を加えた。
    「この……!」
    「今のような姿を母君が見られたらどのように思うでござるか? 今ならまだ間に合うでござる。暴力の衝動に流されず、己をしっかり見つめるでござるよ!」
     玲香が殺気を解き放ち、ビハインドの影千代が主を庇った。静音が縛霊手で殴り付けて不可視の網を放つと、矧も間髪入れず飛び出し、歪に曲がった刃を突き立てて傷を斬り抉る。
    「どうして? 何がいけないの? 父に似た男に声をかければ皆引っかかるわ。私には分かるの、人を裏切る悪い男が――」
    「玲香さん、やめましょうこんなこと!」
     精神をすり減らし、混乱したように早口でまくし立てる玲香。しかしその時、音雪が耐えかねたように声を上げた。
    「御身に起こったことがどれだけお辛いことか、心中察するに余りあります。ご両親の別れ、お父上のしたこと、全部つらくて許せないのでしょう。……でも! だからこそ! その辛さを知っている貴女が、今こんなことをしてはいけません! 同じ思いをする人を、どうか貴女の手で増やさないで……っ」
    「……!」
    「行って、冬の風!」
     強い意志を秘めた目で見つめ、風の刃を放つ。公は続けて祭壇を展開し、霊を払う結界で闇を封じ込めた。

    ●折れる刃
    「私は、私は……!」
     玲香は体中傷にまみれ、目に見えて動きが鈍っていても戦いをやめようとしない。それは怨讐のためか、あるいは自身の内に眠る闇に突き動かされてか。
    「まだ命を手にかけていないのは闇に抗っている証拠でござるか。ならば、我らが必ず救い出してみせるでござる!」
     静音は再びマフラーを上げ、エアシューズで加速し猛火とともに蹴り上げる。公は伝説に迫る声で高らかに歌い、メロも体に巻き付いたダイダロスベルトを刃に変えて一閃した。
    「削り落とすわ!」
     アリスは光の剣を構え、一気に踏み込む。白く光る刃を真横に薙ぎ払い、玲香の中から溢れ出る闇を斬り裂いた。ツバサはバベルブレイカーのジェットを起動、爆発的な推進力を利用して肉食獣のように食らいつき、零距離から杭を撃ち込んだ。
    「さあ、そろそろ終わりにしよう」
     華流は再び十字架を握り、路地を蹴って頭上から叩き付ける。矧も十字架を構え、砲門を展開。聖歌が響く中、罪業を凍らせる光の砲弾を撃ち出した。
    「止めてあげて、影金魚!」
     音雪の影は夜闇を池水のようにすいすいと泳ぎ、小さな魚の形になって玲香に飛びつく。
    「あ……」
     そして玲香が力尽き、崩れ落ちる玲香をメロと公が抱き留めた。

    「任務、完了」
     ツバサは虚空に十字を切って武装を解き、憎々しげな表情のままその場を後にした。
    「皆さん大丈夫ですか?」
     先ほどと変わらぬ柔和な笑顔を浮かべ、仲間に尋ねる矧。戦いの途中で倒れた者はなく、深い怪我を負った者はいない。そしてそれは静かに胸を上下させている玲香も同じようだ。
    「んん……」
    「お目覚めでございますか?」
     やがて玲香が目を覚ますと、公が傍から見つめていた。
    「では僭越ながら、お近づきの印に。~♪」
     公が歌を響かせると、玲香の肩の力が少し抜けた。柔らかな歌声のおかげでいくらか緊張も和らいだらしい。
    「浮気をする男って最低だし、殺したいくらいに憎いかもしれないけど……殺しはね、本当はやったら駄目なんだよっ?」
     メロは玲香の顔を覗き込み、言いたかった言葉を伝える。あたしが言っても説得力ないかも知れないけど、と心の中で付け加えながら。
    「けど、離婚も良い決断じゃないかなっ。それも新しい人生の第一歩だよっ」
    「……」
     ついでにダークネスや灼滅者、武蔵坂のことも説明するが、整理がつかないのか玲香は俯いたまま話を聞いていた。
    「辛い境遇に負けてはならぬでござるよ。我らの学園は似た者も多いゆえ、貴殿も共に歩んでは如何か」
     最後に静音が学園に誘い、手を差し出す。玲香は手を伸ばそうとして引っ込め、それでもゆっくりと手を近づけ、そっと指先を触れさせた。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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