八つ裂きの弓兵

    作者:波多野志郎

     ――ヒュオン、と鋭い風切り音が、その村の一角で響いた。
     ここは、とある山村。人口も50人を少し超える程度の、小さな村だ。夜になれば、多くの家で明かりが消える。近くを流れる川のせせらぎと自然の息吹に包まれるそののどかな山村に、鈍い爆発音が響き渡った。
    「な、何じゃあ!?」
     飛び起きた老人は、爆発音がした方を見た。暗闇の中、その老眼でも確かに見えたのは、軽トラックが爆発している光景だ。もしも、これが昼間であれば濃い赤の炎と黒煙が立ち上るのがよく見えた事だろう。
     ――そして、その炎の中で瓦礫を踏み砕いて進む異形の人影も。
    『――ギギ』
     今宵、この山村は消滅する。それを成した異形は、口の端を持ち上げ確かに笑った……。

    「例によって、面倒は話っす」
     湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)は厳しい表情のまま、そう切り出した。
     今回、翠織が察知したのはクロムナイトの行動だ。
    「人里から少し離れた場所に配置されたクロムナイトが、人里にたどりついて一般人を虐殺するんすけどね?」
     これを見逃せば、多くの一般人が犠牲になる。そこにたどり着くまで時間があるとはいえ、ただ倒せばいいという訳でないのが問題だ。
    「クロムナイトが戦闘経験を積めば積むほど、量産型クロムナイトの戦闘力も強化されるっす。向こうからすれば、こちらが動いても良し動かなくても良し、そういうつもりっす」
     このロード・クロムの目論見を阻止するためには、できるだけ戦闘経験を積ませずにクロムナイトを倒す必要がある。つまり、クロムナイトを戦闘開始後短時間で灼滅する必要があるのだ。
    「クロムナイトは最初、山村から離れた山の中に放置されてるっす。で、このルートで移動してくるんすけど――」
     きゅー、と翠織はサインペンで一本の線を地図に引く。そして、厳しい表情で付け加えた。
    「人里にたどり着く前、この森の斜面で迎え撃つしかないんすよ。この地形が、結構厄介っす」
     足場は決して、良くはない。障害物は多く、光源は必須。戦場としては、状況は悪い事ばかりだ。だからこそ、戦術を練って対象を短時間で倒さなくてはならない。
    「相手は射撃戦特化っす。幸い、サイキックの構成はわかってるっすから。それを参考に、作戦を考えてほしいっす」
     が、優先順位を考えればまずはこのクロムナイトの撃破が重要だ。でなければ、犠牲者が出る――そうなっては、本末転倒だ。
    「人払いのESPは必須っす。短時間の撃破に拘りすぎて敗北しては、元も子もないっすから……もしもの時は、クロムナイトの撃破を優先してほしいっす」


    参加者
    九条・風(廃音ブルース・d00691)
    海神・楓夏(ミーミルの泉・d00759)
    由津里・好弥(ギフテッド・d01879)
    千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)
    皇樹・桜夜(夜光の死神・d06155)
    吉野・六義(桜火怒涛・d17609)
    氷月・燎(高校生デモノイドヒューマン・d20233)
    ヒュートゥル・マーベリック(ピースオブクラップ・d25797)

    ■リプレイ


     ゴォ、と山が鳴る。風だ、吹き抜けていく風が自然を通り抜け低く音をこもらせるのだ。
    「遠距離系ねェ、気が合うんだか合わねェんだか……」
     闇を真っ直ぐに見上げ、九条・風(廃音ブルース・d00691)が呟く。斜面は、かなり急だ。加えて、木々や植物に覆われている――戦場として考えた時、これが吉と出るか凶と出るかは定かではない。
    「砲台相手に射撃戦て燃えるやんな」
     ガトリングガンの握り具合を確かめながら、千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)は口の端を笑みの形に持ち上げた。短期決戦だ、だからこそいつでもトップギアに入れられるように、サイは意識を研ぎ澄ませていく。
    「来たで?」
     氷月・燎(高校生デモノイドヒューマン・d20233)の言葉に、仲間達に緊張が走る。しかし、同時に燎は呼吸を整えた。
    (「業の匂いはしとらん――まだ、殺してないっちゅうことか」)
     前のクロムナイトには業はなかった――もしこのクロムナイトにあったら、そう思っていたがそちらの思惑は外れていたらしい。
     姿を現わしたクロムナイトは一度、歩みを止めた。鋭利なフォルムと金属の鎧の光沢――その圧力に、由津里・好弥(ギフテッド・d01879)は唸った。
    「戦闘前に尖った石踏んだとか、ついつい前日に毒キノコパーティしちゃったとかサービスしてくれてもいいのですよ?」
     そんな相手の不調を期待してしまうのは、人情だ。ダークネスだから関係ない? いいのだ、気分の問題である。
    「平和な村を攻撃されるわけにも、クロムナイトに戦闘経験を積ませるわけにもいかないな」
     自分達の背後には、人里がある――行かせる訳にはいかない、と吉野・六義(桜火怒涛・d17609)は言い放つ。
    「ロード・クロムさん、貴方の思惑通りにはいきませんよ。逸る気持ちはぐっと抑えて、力を合わせて早期灼滅を目指しましょう」
    「Yes master」
     海神・楓夏(ミーミルの泉・d00759)の言葉に、ヒュートゥル・マーベリック(ピースオブクラップ・d25797)が答えた。クロムナイトが弓を構える姿を見て、皇樹・桜夜(夜光の死神・d06155)はスレイヤーカードを手に唱えた。
    「さあ、狩りの時間だ!」
     ――直後、クロムナイトから射放たれた矢が大量に分解、灼滅者達へと嵐のように襲い掛かった。


     矢の嵐の中、怯まずにエンジン音を轟かせたのはライドキャリバーのサラマンダーだ。
    「サラマンダー、アレに貼り付いて他が狙いやすく照らせ。良いか、壊れようが逃すんじゃねェぞ!」
     風に応えるように、地面をタイヤで抉ってサラマンダーが加速する。駆け上がるサラマンダーに、ライトに照らされたクロムナイトが地面を蹴った。
    「禅くん」
     楓夏の呼びかけに、ウイングキャットの禅は青いマフラーをなびかせ尾のリングを光らせる。それに合わせて、Passepied Blancheに包まれた足で疾走、真白な花びらを舞わせながらレイザースラストを射出した。それを、クロムナイトは弓で受け止め――。
     ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ! とサラマンダーの機銃掃射がクロムナイトの足元へと次々と撃ち込まれていった。巻き上がる砂煙、その中を突っ切って、風が炎を宿した跳び蹴りを叩き込む!
    「チッ!」
     しかし、それをクロムナイトは弓で受け止めていた。踏ん張らない、そのまま蹴り飛ばされる勢いを利用して、斜面の上へと後退する。ヒュオン、というリングスラッシャーの牽制を、風は横へ跳んでかわした。
    「ヤーハー!」
     そして、そこへサイが爆炎を凝縮させた銃弾を着弾させる。闇に咲くのは、炎の花――着地の瞬間を狙った、木々を縫うようなサイの精密射撃だ。それを踏ん張って耐えるクロムナイトに、斜面を一気に駆け上がった六義が迫る。
    「いくぜ、速攻!」
     マテリアルロッドをデモノイド寄生体で包み刃へと変えて、六義は振り払う。それをクロムナイトは、弓によって受け流した。ギギギギギギギギギギギン! と六義は打ち合いながら、不意に横回転。リズムを狂わされたクロムナイトの虚を突いて、その胴を遠心力を込めた剣先で切り裂いた。
    「接近戦なら遅れは取らないぜ!」
     六義が、身を沈める。そこへ、ヒュガガガガ! と燎の放ったレイザースラストが深々と突き刺さった。
    『――ギギ』
    (「笑うクロムナイト……な」)
     燎は、その笑みに感情を読み取っていた。それが本能から来るものか、理性から来るものかは判別できない。ただ疑問を抱くのは、そこにロード・クロムの意図があるかどうか、だ。
    (「クロムがほんまに失敗作のデモノイドに自我を与えるつもりなんか? その基準を少しづつでも見つけてるんか、この実験の先に何があるかほんま読めへんわ」)
     だが、もしもその意図があるのだとすれば――と、そこで燎の思考が断ち切られた。クロムナイトが、牽制に矢をばら撒いたからだ。
    「この程度で怯むとでも?」
     駆け上がりながら、桜夜は夜光の聖槍を構える。牽制の矢を一つ、二つ、三つ、四つ、五つ目を火花と共に弾くと螺旋の軌道を描く刺突を繰り出した。ギギギギギン! と鎧を穿つが、浅い。クロムナイトは穂先を引き抜くと、そのまま真横に駆け出した。
    「――High-speed computing」
     HAL-XAMR50 “tumble weed”を右手に、HAL-M13/.45“Battle Hammer”を左手に構え、ヒュートゥルは身構える。高速演算モードによる脳の演算能力を高速化・最適化――周辺情報の収集、弾道計算を開始した。
    「一手たりとも無駄にはできないですね」
     仲間達の損傷を計算に入れ、好弥はクロムナイトへと右手をかざす。短期決戦における一手は、重い。だからこそ、回復役の好弥がクロムナイトへと風の刃を旋風と化して放った。
    『ギギギギ!』
     しかし、クロムナイトは構わない――そのまま、矢ではなく生み出した光の輪を弓へとつがえ、セブンスハイロウで薙ぎ払った。


     夜の闇の中、無数の光源といくつもの戦闘音がそこで行なわれている戦闘の激しさを物語っていた。
    「この肌を焼くような空気、呼吸、間合い、これこそが戦場よ」
     好弥は、真剣な表情で呟く。クロムナイトはそれに一瞥、視線を感じて好弥は言った。
    「へっへーん、分からないでしょう、それっぽいことを言ってるだけですからね!」
     クロムナイトは、無視した。そのまま、一気に駆け下ろうとする。しかし、それを六義が許さない。
    「目標捕捉……ファイヤー!」
     ドゥ! と六義のDCPキャノンが炸裂した。砲門と化した腕を構えながら、六義は言い放つ。
    「……やったか……!?」
     ――やっていない。そのままクロムナイトは疾走――しようとして、サラマンダーのキャリバー突撃が、それを防いだ。
    『ギギギギギギ!』
     細身のどこにそんな力があったのか? クロムナイトは強引にサラマンダーを投げ飛ばす。しかし、その一瞬さえあればいい。風はスパイク付き登山ブーツで強く地面を蹴り、そのまま踵をクロムナイトへと落とした。
    「桜夜ちゃん!」
    「はい!」
     ズン! という風のスターゲイザーの重圧に動きを止めたクロムナイトに、死角から滑り込んだ桜夜が桜吹雪の襲撃による蹴りでクロムナイトの足を切り刻む! ガクリ、と片膝をついてクロムナイトへと楓夏が舞い降りる。桜夜の舞い踊る桜吹雪がごとき蹴撃と、楓夏の真白の花びらを揺らした跳び蹴りが、咲き乱れるかのごとく放たれた。
    「お願いします!」
    「おう!」
     禅の猫魔法が炸裂する中、楓夏の要請に応えて燎が跳ぶ。もう一撃重ねられたのは、燎のスターゲイザーだ。クロムナイトが、蹴り飛ばされる――その反応に、最初の頃ほどの身軽さはない。
    「これだけ重ねても――」
     しかし、燎は着地と同時に身構えた。クロムナイトは空中に飛ばされたまま、リングスラッシャーを射放ったのだ。ヒュオン! と闇夜を切り裂くリングスラッシャーを、サラマンダーが強引に割り込み庇った。
    「俺の可愛いキャリバーだ、造作もねェよ。とっとと片付けて帰るぞ、今夜も蒸し暑ィ」
    「心得ました!」
     風の言葉を信じて、好弥が駆ける。一条の電光を軌跡に残し、クロムナイトの眼前でバチンとその姿が消えた。クロムナイトは、振り返る。弓の横一閃、それを飛び越え好弥は雷霆によってクロムナイトの装甲を切り裂いた。
    「遠距離戦で、負けるわけにはいきません……」
     そして、そこへヒュートゥルのバスタービームの一撃が正確無比に撃ち込まれた。それでも踏みとどまるクロムナイトに、灼滅者達は包囲するように挑みかかっていく。
    (「経験はいちばんの力です。敵と解っている相手に、それを積ませるわけにはいかないですね」)
     ヒュートゥルにとって、遠距離戦で負けるわけにはいかない。だからこそ、一射一射に込められた想いが違った。
    (「ああ、チキンレースやな、これ」)
     サイは、そう理解する。足止めを重ね、クロムナイトの回避を奪った。しかし、その嵐のような攻撃は未だに健在だ。一手一手が勝負のこの状況で、回復さえの手間さえ惜しい、というのが正直なところだ。だからこそ、この状況で引いた方が負ける――これは、そういう戦いだ。
    「この一分が、勝負ですね」
     タイマーが鳴っても、楓夏は焦らない。すべき事を果たせば、必ず勝てる――そう信じて疑わないからこその落ち着きだ。
    「楓夏ちゃん! そっちに――」
    「お任せ下さい」
     風の警告に、楓夏はうなずく。ドン! と自らを狙って放たれたリングスラッシャーを、楓夏は自然な動きで花の手招きで受け止めていた。
    「ふふ」
     白銀の手に輝く宝石に、送ってくれた大事な相手の顔が思い浮かぶ。一人で戦っているのではないのだ、そう自覚して楓夏は疾走する。花の手招きを振りかぶり、白い花びらを舞わせクロムナイトを殴打した。
    『ギギ!?』
     禅の肉球パンチと楓夏の縛霊撃を受けて、クロムナイトが宙に舞う。そこへ、好弥は右手をかざした。
    「倒されても経験引き継ぎですか? ゲームか何かでやればいいじゃないですか? 人生はノーコンティニューなんですよ」
     そして、グっと右手を握り締めた瞬間、ゴォ! と好弥の神薙刃が巻き起こり更に高くクロムナイトを上へ放り上げた。
    「とりあえず物理で殴り続ければ死ぬ、を証明します」
    「まったくだってェの!!」
     そこへ、サラマンダーの突撃と風のBETによる殴打が炸裂した。ゴォ! と上から下へ、一気にクロムナイトが叩き付けられる!
    「Jackpot!」
     その会心の手応えに、風が笑う。立ち上がろうとするクロムナイトへ、サイは逢魔時――夕闇を思わせる黄昏色のオーラで生み出した砲弾を放った。片膝立ちで、クロムナイトはそれを迎撃しようとすかさず矢を放つ――それに、サイは拳を頭上へ掲げた。
    「沈むだけが太陽でも――」
     ギュオン! と砲弾がその動きに合わせて、急上昇。矢をすかすと、サイは拳を下へ振り下ろした。
    「――昇るだけが太陽でも、あらへんで!」
     ドォ! とホーミングしたサイのオーラキャノンが一直線に落下、クロムナイトに着弾する! ゴォ! と巻き起こる爆発、のけぞるクロムナイトへ燎は生み出した氷柱を振りかぶり言った。
    「楽しいか、苦しいか、腹立たしいか。今、お前が何思って何感じてるかを話す……のは無理よなあきっと」
    『ギギギ!!』
     立ち上がろうとしたクロムナイトへ、燎は氷柱を投擲。バキバキバキ!! と白く染まりながら踏みとどまったクロムナイトへ、ヒュートゥルが一気に駆け上がった。
    『ギギギギギギギギギギギギ!!』
     ヒュオン! とリングスラッシャーが、ヒュートゥルを襲う。ヒュートゥルはHAL-M13/.45“Battle Hammer”を構えるとそのナイフでリングスラッシャーを振り払った。
    「ここです」
     ザザザザザザザザザザン! と縦横無尽のナイフの斬撃。そして、ヒュートゥルはナイフの切っ先を胸元に突き立てた瞬間、引き金を引いて全弾叩き込んだ。
    「ここで、落とす」
     桜夜が闇の羽衣をその両腕に集中させ、六義が木の幹を足場に高く跳躍。
    「ソメイヨシノキック!」
     ヒュガガガガガガガガガガガガガガガガガ! と上下左右から連続のコンビネーションを繰り出した桜夜の連打、そこに合わせて放たれた六義の跳び蹴りが、クロムナイトを捉えた。クロムナイトが、吹き飛ばされる。一回、二回、三回と地面を転がり――鈍い爆発音と共に、爆発四散した……。


    「お疲れさまでした、きっちりと倒せましたね」
     楓夏の柔らかな笑みに、仲間達も重いため息をこぼした。まるで、必死に泳ぐために息継ぎの暇さえ惜しんで泳ぎきったような、そういう疲労感がある。
    「ま、最後に立ってた方が勝ちや」
    「もう経験とか関係ない方法で勝負しましょうよ。じゃんけんとか」
     サイが気だるげに呟き、好弥が唸る。そして、風が夜空を見上げて言った。
    「ほんと、ダークネスってのは何でもやるもんだ。実験なんぞどうでも良いけどな、どうせいずれ叩き潰すんだ。今の内必死に手数隠して震えてろ、青モップ共が」
     それは、宣戦布告だ。言い終え、肩をすくめると風は言い捨てる。
    「さァて、帰ろうぜ」
    「この後、ご飯とかいかがですか?」
     全員が無事に戦い終えた、その事に笑みをこぼし桜夜は仲間達を誘った。夜の闇は、まだ濃い。しかし、明けない夜はないのだ――その事を、灼滅者達はよく知っていた……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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