燃える夏

    作者:邦見健吾

    「こら、野菜も食べなさい」
    「えー、いいじゃんたまには」
     母親はそう言って、嫌がる子どもの紙皿に焼けた玉ねぎとピーマンを乗せる。何組かの親子が集まり、山中の河原でバーベキューをしているところだ。
     オオオオ――。
     その時、肉食獣の鳴き声のような音が遠くから響いた。
    「なにか言った?」
    「う、ううん……」
     謎の声に顔を見合わせる人々。遅れて何か重い物が地を蹴る振動が伝わってくる。
    「ガアアアアッ!」
     そして炎獣の雄叫びが、夏の河原に轟いた。

    「よく来てくれたな、エブリバディ!」
    「……腕は確かみたいだな」
     灼滅者が教室に入ると、桜庭・照男(高校生エクスブレイン・dn0238)がすでに待っていた。その隣には天下井・響我(クラックサウンド・dn0142)もおり、響我は納得いかない表情で携帯のカメラで自分を映している。
    「オレが髪をセットした時に見えたんだ。山ん中にイフリートが現れるってな」
     照男の予知によると、イフリートが姿を現すのは山中のキャンプ場で、そこでは何組かの親子がバーベキューをしている。このままでは1人残らず殺されてしまうので、そうならないようイフリートを撃破してほしい。
    「逃がそうとしても、途中でイフリートが出てきちまう。うまいことイフリートの攻撃を凌ぎながら避難させてくれ」
     イフリートはネコ科の肉食獣に近い姿をしており、シャウト及びファイアブラッドのサイキックを使う。他にも口から火の玉を放つ攻撃もあるため、注意が必要だ。
    「特に攻撃力と体力が高い、戦車みてえな奴だ。油断は禁物だぜ、エブリバディ?」
     イフリートは灼滅者10人ほどに匹敵する戦闘力を持つ。個の力の差は圧倒的で、力を合わせて戦う必要があるだろう。
    「ただでさえ暑いってのに、イフリートの相手までするとなると考えただけで汗が噴き出そうだな。それじゃみんな、頑張ろうぜ」
     響我の言葉にそれぞれ反応を返し、灼滅者達が出発した。


    参加者
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)
    暁・鈴葉(烈火散華・d03126)
    フランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)
    栗原・嘉哉(陽炎に幻獣は還る・d08263)
    今野・樹里(切り札・d20807)
    フェリシタス・ロカ(ティータ・d21782)
    旭日・色才(虚飾・d29929)

    ■リプレイ

    ●夏の山
     灼滅者達はイフリートが出る山に入り、キャンプ場の近くから様子を窺う。
    「特に裏を考えるまでもない一件っすね。自然災害同然のイフリートを一匹灼滅して終了。言うだけなら簡単っす」
     もちろん、それを実行するのが簡単ではないことはギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)も知っている。だからこそ、灼滅者は力を合わせるのだ。
    (「今や盛りの夏を楽しむ市井の人々、その営みを灰燼に変えさせる訳には行きません。刃にかけて討ち果たすのみ」)
     フランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)は、真剣な面持ちでバーベキューに興じる人々を見つめる。
    「しかし何と言う事でしょう。未来予知を見た後にエクスブレイン自ら現地調査に赴き、あわやイフリートに頭を焼かれかけて帰るとは、勇敢なれど危険な……」
    「いや、あれは焼かれたわけじゃねーから」
    「え、あの髪は違うのですか?」
     響我にツッコまれ、きょとんとするフランキスカ。火で焼けてもあんな立派なリーゼントにはなりませんよ。というかエクスブレインがそんなことしたら十中八九死にます。
    (「暑さで気がめいったんかな。しかもイフリートだから自分の炎でいらいらも倍増。……そんな気はないけど、この時期には堕ちたくないなぁ。絶対自分の熱でいらつくって」)
     栗原・嘉哉(陽炎に幻獣は還る・d08263)は青空と太陽を見上げ、内心げんなりした気持ちで息を吐く。イフリートが自身の炎を熱いと感じるのかは分からないが、夏が暑いことだけは間違いない。
    (「山間部に出現するのが多いのは……やはり、人の手が入り難い場所が多い、から……でしょうか?」)
     イフリートの生態に疑問を覚えつつ、フェリシタス・ロカ(ティータ・d21782)は息を潜めて敵の出現を待つ。ダークネス種族にそれぞれに謎は多いが、いずれ明らかになることはあるのだろうか。
    「――」
     旭日・色才(虚飾・d29929)は片目を右手で隠し、ポーズをとりながら怪談を語る。その内容は仲間達からは聞き取れないが、間もなくバーベキューに来ていた人々がそわそわし始める。
    「ガアアアアッ!」
     しかし人々がその場を離れようとしたとき、業火を纏った巨獣が地響きを伴って現れた。暴虐の炎獣、イフリートだ。
    「止まれ獣よ、ここから先は人の領域だ」
     即座に暁・鈴葉(烈火散華・d03126)が飛び出し、腕を狼のそれに変えて銀に光る爪を突き立てた。まずは攻撃でイフリートの注意を引きつける算段だ。
    「おーい! ここから逃げろー!」
     その間に、今野・樹里(切り札・d20807)がパニックテレパスを使用。すぐぬ逃げるよう混乱する人々に大声で呼びかける。
    「殲具解放」
    「封印されし絢爛なる魔獣よ、我が力として顕現せよ!
     ギィと色才は駆けながら殲術道具の封印を解除。ギィは斬艦刀を携え、色才はウイングキャット・クロサンドラの鈴を傍らに呼び出す。
    「アンタの事、ちゃんと食べてアゲるから安心して?」
     同じく封印を解いたフェリシタスは本性を現し、勝気な表情で笑む。再び炎獣の咆哮が轟き、熱暑の戦いが始まった。

    ●炎獣の猛威
    「こっちだぞ、ほら、こい!」
     嘉哉の影が伸び、獣とも人とも分からない形になってイフリートに迫る。嘉哉が右足を蹴り上げると、その動きを再現するように影も刃を振り上げた。
    「グオオオッ!」
    「させねえよ」
     イフリートの口内で炎が圧縮され、火弾となって嘉哉に飛ぶ。しかし巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)が立ちふさがり、その体を盾にして受け止めた。
    「えっと……ちょっとじっとしててね」
     樹里は混乱しながらも、子どもを抱き寄せて走る。色才はクロサンドラの鈴を誘導に向かわせようとしたが、サーヴァントには荷が重かったようだ。響我も避難誘導に加わるが、段取りができているとはいえず、完了させるには時間がかかりそうだった。
    「グルルルル……」
     イフリートが爪に炎を宿し、逃げる人々を睨んだ。低く唸りを上げ、獲物を見定めようと瞳を動かす。
    「通さぬ、と言ったぞ」
    「余所見しちゃダメよ?」
     しかし鈴葉が後方から跳び、斬艦刀を振るった。真上に振りかぶった大刀を斬り下ろし、イフリートの頭をかち割らん勢いで豪快に叩き付けた。さらにフェリシタスがクスリと笑い、死角から飛び出してイフリートの丸太のような足を聖剣で斬る。
    「フッ、弱者を狙うなど幻獣種の名が泣くぞ」
    「グオオオオッ!」
     色才は光の盾を展開し、正面から拳ごと殴り付ける。イフリートは光に目を眩ませられ、怒りを誘われて燃え盛る爪を振り下ろした。
    (「去年は夏バテしたイフリートがいたと思いやすが、今はまだ夏バテには早い時期っすかねぇ。元気なことで」)
     ギィは身を低くして走り、斬艦刀を構えて突進。あと一歩というところでさらに速度を上げ、踏み込みとともに切り上げた。
    「うう、柄まで熱くなってくるっすよ」
     炎獣の肉体に食い込んだ刀身が炎で熱され、その熱がギィの手にも伝わってくる。ギィはイフリートの体を蹴り、反動で斬艦刀を引き抜いた。
    「こちらから行くぞ」
     冬崖の拳から紫電が迸り、バチバチと音を立てて空気を焼く。そのまま突撃して拳を振り上げ、炎獣の腹に叩き込んだ。同時に雷が身を包み、状態異状への防護を与える。
    「グラアアアッ!」
    「意志なき獣は狩られるのみ、止まれ!」
     イフリートは炎の翼を広げ、魔を破る力を宿らせる。だがフランキスカは冷静に弓を引き絞り、番えた矢が星のように流れて破魔の力ごと撃ち抜いた。
    「待たせたな!」
     一般人の避難を完了させ、樹里も戦線に復帰。周囲に符を投げて五芒星を作り出し、防壁となる結界を築いた。

    ●炎熱の夏
    「大丈夫か?」
    「おう、ありがとう」
     ヒールサイキックが届かないため、嘉哉は前衛に移動。冬崖に注射器を突き刺し、薬液を注いで体力を回復させる。
    「んじゃ、1人夏フェスといくかな」
     響我も力強い歌声を響かせ、仲間の傷を癒す。
    「ガアアアッ!」
    「だぁ! 暑いし熱い! もうちょっと火は抑えろよ……!」
     しかしイフリートは咆哮を上げ、前足を地面に叩き付けて炎の波を放つ。波打つ炎に呑み込まれ、自身がファイアブラッドをルーツとすることを差し置いて嘉哉がぼやいた。
    「ああ、暑苦しいな。だがそれもまた一興」
     炎の奔流はそれだけにとどまらず、川に及んで大量の水蒸気を巻き上げる。鈴葉は高熱の蒸気に包まれつつも、凛とした顔を歪ませて生き生きと笑った。
    「さあ、そなたの炎、我らの炎、どちらが上か試そうぞ!」
     掌から炎が迸り、長大な刃を包む。砂利を蹴って一気に距離を詰め、烈火の剣で獣を切り裂く。
    「おおおっ!」
     戦闘が激化するとともに頭痛が冬崖を苛み、内に眠る闇が湧き上がる感覚を覚える。しかし冬崖はそれをかき消すように雄叫びを上げ、拳を握る。体重を乗せて鋼のごとき拳を叩き付け、衝撃が獣を貫いた。
    「天の星を仰ぎ、地に這うが良い!」
     エアシューズで加速し、フランキスカが跳躍。イフリートの頭上から降り落ち、跳び蹴りで獣を打った。打撃の瞬間、星の瞬きが散り、解き放たれた重力が敵を縛る。
    「裂けろ」
     ギィが虚空を指差すと、その先に赤い逆十字が生まれる。赤のオーラに包まれた十字架は精神ごとイフリートを引き裂き、心身に傷を刻み込んだ。フェリシタスはエアシューズを駆り、イフリートの側面から回り込む。イフリートが薙ぎ払おうとした瞬間、さらに加速して胴の下に潜り込み、炎を纏うローラーを腹に叩き付けた。
    「ガアアアア!」
    「お願い!」
     だがイフリートは傷つけば傷つくほど獰猛に吠え、体中から赤く燃え盛る炎を噴き出して灼滅者に襲いかかる。ビハインドの影裂きは樹里の声に応えて炎獣の爪を受け止め、樹里は手の中に渦巻く風を解き放つ。夏空を舞う風は刃となり、獣に一太刀浴びせた。
    「貴様も俺の伝説の一節となるがいい!」
     色才が十字架を構えると、砲門が開き、光が収束する。響く聖歌に乗せて光弾を発射、ウイングキャットも肉球をぶつけてパンチを繰り出した。

    ●消える炎獣
     戦車と形容されただけあり、イフリートの肉体は頑強にして、その攻撃は強力。壁となって攻撃を受けたサーヴァントは余さず撃破された。
    「ガアアアアッ!」
    「させねえって言っただろ……!」
     傷つき怒り心頭となったイフリートが炎の砲弾を口から発射する。だが冬崖が咄嗟に射線を遮り、自身を犠牲にして仲間を庇った。意識を失って吹き飛ばされるが、防御役としてその役目を果たせたと言えるだろう。
    「祓魔の騎士・ハルベルトの名に於いて汝を討つ。滅せよ!」
     灼滅者側に戦闘不明者が出たが、イフリートの限界も近い。灼滅者達も連続攻撃で畳みかける。まずはフランキスカが刀を振り上げ、踏み込みとともに縦に一閃。素早い斬撃を見舞った。
    「跡形もなく、燃えて、尽きろ」
     斬艦刀に炎を纏わせ、ギィが豪快に叩き付ける。その一撃は斬撃というより、力任せの打撃といった方が近いだろう。嘉哉は自身の拳を炎で包み、同じく火炎を武器にして攻撃を繰り出す。炎獣の眼前に飛び込み、烈火を帯びた正拳突きを打ち込んだ。
    「父さんの仇!」
     樹里は鞘に納めた刀に手をかけて直進。間合いに入るや否や刀を抜き放ち、すれ違いざまに斬る。鈴葉は斬艦刀を脇に構えながら駆け、自身の体ごと回転させて力強い一撃を食らわせた。
    「フハハハッ! 閃光に消えよ!」
     身に纏うオーラを両の拳に収束させ、色才がイフリートに肉薄。無数の光が閃いて次々を獣を打つ。
    「言ったデショ? ちゃんと食べてアゲルって……」
    「ガアアアアアアアッ!!!」
     食べるとは、その存在を奪うこと。フェリシタスが剣を両手で握ると、烈火が刀身を覆う。そして炎熱の刃に両断され、炎の獣は断末魔とともに消え去った。

    「お疲れさま、なのですよ?」
     戦いが終わり、フェリシタスは武装を解除して再び猫を被る。その雰囲気は女性というよりも、女の子という表現の方が適切そうだ。
    「なんとか灼滅できてよかったっすね」
     ふう、と息をつき額の汗を拭うギィ。先ほどまでは汗も一瞬で乾くほど熱気だったので、川で冷やされた風が心地良い。
    「怪我はどうだ?」
    「ああ、問題ねえ」
     響我が冬崖の手を引っ張って助け起こす。力尽きて倒れてしまったものの、幸い深い傷はなさそうだ。
    「あっつぅ……終わったし、どっかで涼もうぜ……」
     嘉哉はがっくりと肩を落とし、木陰へと避難。灼滅者ならどれだけ炎天下に晒されても問題ないが、暑いものは暑い。
    「ふう……」
    「あー、気持ちいいー……」
     暑苦しいのもまた一興とか言っていたのはどこに行ったのか、鈴葉は川の水に足を浸して涼んでいた。樹里もパシャパシャと川の中を歩き、流れる水を肌に感じる。
     なお、色才は勢い余って川に思い切りダイブしていた。水面に全身を打ち、バベルの鎖で大事には至らないものの痛いものは痛い。
    「日本の夏は獣さえ猛り狂わせるのでしょうか……私達も戦の熱を冷まして帰りたいですね」
     イフリートも猛暑は嫌いなのかと考えつつ、フランキスカは帰りの道中のことを思い浮かべる。こんな暑い日には、かき氷などどうだろうか。
    「皆さんもお1ついかがっすか?」
     ギィは持参していたクーラーボックスを開け、よく冷えた麦茶で喉を潤す。日本の夏には麦茶。これはフランス生まれの彼にとってもそうなのかもしれない。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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