毎日が退屈。
(「……なんて、私でもいっちょまえに悩むんだなぁ」)
ショウコはHRが終わるとひとりで教室を出た。部活にも入っていない、特に親しい友達もいない。勉強が得意でも運動が苦手でもない、普通の女子高生。
すれ違う生徒達みんながまるで違う世界に生きているみたいに思える――孤独。
「私、いなくなっても気づかれないよね」
ため息。
彼女の目の前に小さな手が差し出されたのは、その時だった。
「じゃあ、どこかいっちゃう?」
「え……?」
にっこりと幼い子供が笑った。
どこから入り込んだのだろう、十歳くらいの女の子――何となく見覚えのある――ショウコははっと気づいた。
そっくりなのだ、自分の子供の頃に。
あどけない顔立ちをした黒髪の女の子がにっこりと笑って手を差し出してくる。
「いっちゃおうよ、大丈夫。こわくなんてないよ――……」
神奈川県横須賀市のとある高校で生徒が次々と行方不明となっている。
「都市伝説のしわざ、だね」
須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は小さくうなった。サイキックエナジーが人々の噂話や無意識と融合することで生み出される怪現象――今回のそれはどうやら、無邪気な子供の姿で人々の前に現れるという。
「事件はこの学校の敷地内に限られてる。その子と出会うには条件があるんだけど……」
まりんは集まった灼熱者達の顔を見渡した。
「囮になってくれる人はいるかな? 要は、学校の敷地内で『ここじゃないどこかへいっちゃいたい』って強く願えばいいみたいなんだ」
理由は何でもいい。
絶望でも期待でも、とにかく『ここにいたくない』という願望がその都市伝説を引き寄せる。自らの子供時代を模して現れるそれは、特殊な空間へと対象を引き摺り込んでしまうのだ。
もちろん、とまりんは声をひそめる。
「ついていった先に何かあるわけじゃない。そこはただの無。だけど確かに現実ではないどこか。『その子』を倒せば、囚われてるみんなも元の世界に戻るはずだよ」
囮は何人でもいい。
囮と同じ数だけ件の『子供』が現れる。数が多いほど力も分散するが、手数も多くなるので一概にどちらが有利とはいえない。囮役のものが誘われる際にどこか体の一部に触れていれば一緒に特殊空間へ移転できるようだ。
空間内は広く、障害物の類は見られない。
『子供』はこの場所を守るため、応戦する。現実以外の居場所を求めた無意識によって作られた存在だ。本能的に敵を排除しようと、影絵のように闇を操り単体や列範囲の攻撃・回復を使い分ける。
まだ幼い己の姿を保ったまま――……。
「戦いづらい、かな?」
まりんは気づかうように尋ねた。
例えイエスであったとしても、このまま放っておくわけにはいかない。まりんはそれ以上何も問わずに説明を続けた。
「敵の布陣はそのまま囮になった人のポジションを真似るみたいだね……あっ、そうだ、この高校って私服校なんだけど女子高なの! 中高生の女の子ならそしらぬ顔で混ざってもごまかせると思うけど、他の人は何か工夫して潜入をお願いするね。説明はそれくらいかな」
まりんはいってらっしゃいと手を振って、灼熱者を見送る。ここからは皆にしか解決できない、戦士たちの領域だ。
「人生いろいろだけど、そんなところに囚われてたらどこにもいけないもんね。それじゃ、いってらっしゃい。みんなちゃんと無事に帰ってきてね!」
参加者 | |
---|---|
朱宮・穂波(焔舞・d00370) |
風嶺・龍夜(闇守の影・d00517) |
風間・海砂斗(おさかなうぃざーど・d00581) |
奏・律嘩(漆闇の現・d01011) |
苑城寺・蛍(月光シンドローム・d01663) |
神代・紫(なんちゃって縮地使い・d01774) |
若宮・斎(かくれおに・d01811) |
奇坂・五月(パッチワークオーガ・d04746) |
●どこかへ――
(「ここではないどこか、ですか……誰しも一度は願う事かもしれませんね」)
朱宮・穂波(焔舞・d00370)の眼前には瀟洒な校舎が立ちはだかる。敷地内には生徒らしき女子の姿がちらほらと見られた。
「体育館はあちらですね」
私服に鞄を提げれば、身長が高めの穂波はすんなりと高校生の群れに溶け込んでしまう。隣の建物から様子を窺っていた風嶺・龍夜(闇守の影・d00517)は二度の跳躍を繰り返して学校の塀を越えた。
「来たか」
「任せて、ちゃんと切り抜けてきたよ」
神代・紫(なんちゃって縮地使い・d01774)はVサインをつくる。その手は風間・海砂斗(おさかなうぃざーど・d00581)の手をしっかりと握っていた。彼は学生や教員に見咎められる度に涙をためた瞳で紫の腕にしがみつき、訴えたのだ。
「おねーちゃんいっしょじゃないとヤだもん……」
屈託がなく人懐こい性質の海砂斗が同情を集めるのは簡単だった。
(「潜入作戦って刑事ドラマみたいだなー」)
涙ぐむ一方でそんな風にわくわくできるくらいには、好奇心旺盛な少年である。
「実はホントに寂しかったりして?」
からかうような紫の言葉に慌てて首を振る様子が逆に図星のようだった。
「違うよ、振りだってば! ホントだよ」
言いかけてはっと口をつぐみ、ぎゅっと姉役の紫にしがみつく。
「はいはい、危ないからお姉ちゃんから離れないでね」
と、海砂斗をなだめる紫も堂に入っている。彼らは二組に別れ敷地内に侵入。体育課裏で合流する手はずになっていた。
「ああ、教育実習生です。よろしくお願いします」
スーツを纏った奏・律嘩(漆闇の現・d01011)は、呼び止めた教員に余裕の笑みを向けた。
「あら……そんな予定があったかしら」
中年の女教師は首をかしげつつも、「それじゃ」と去っていく。
「うまくいったな」
「意外と楽勝だったね」
腕の中の猫を撫でながら苑城寺・蛍(月光シンドローム・d01663)が笑う。私服校で制服は目立ちすぎるので、上からピンクの豹柄パーカーワンピースを着ていた。どちらかというと大人しげな生徒の多いこの学校で蛍の装いは特に目立つ。
「結構いいとこの学校みたいけどね。逃げたい、か」
物言いたげに真っ白な子猫が金眼を瞬かせた。
被害者は「ここにいたくない」というよりも「自分の居場所」を探しているのではないか――若宮・斎(かくれおに・d01811)はそう感じた。
だとすればこの都市伝説は罪つくりにもほどがある。
願いを曲解し、何もない場所へと誘う――魂は報われない。
(「絶対に助けなきゃ」)
決意を込めて長い尾を二度振る。
奇坂・五月(パッチワークオーガ・d04746)は長い髪を背に払い、小脇に挟んだ学生鞄を抱え直した。生徒を装い、律嘩を案内する風体で集合場所に向かう。
「んで、こっちが体育館でなー」
「立派な学校だな」
「広いからな、迷子になんなよ」
手招きして連れ込んだ体育館裏には既に穂波ら四人が集まっていた。
「待たせたな」
「いいえ、さっき来たばかりです」
穂波が頷き、囮役の龍夜を振り返る。
「それじゃ、お願いできますか?」
龍夜が請け負うと同時に蛍は律嘩と五月に手を差し出した。
「さあ、扉が開くよ」
龍夜の肩にも穂波や海砂斗の手が触れる。
(「どこか幸せになれる世界に行きたい」)
無難な願い方の龍夜に対して、蛍の願いといえば――。
「アイドル目指すイケメン達にちやほやされる、そんな二次元にあたしはいきたい」
「えっ……」
冗談のような言葉に紫が何かを言いかけた途端、子供の笑い声が聞こえた。ひとりは白いパジャマを着た黒髪の少女。もうひとりは幼い顔立ちにどこか険しい表情を浮かべた少年だった。
「いこう」
「いこう」
ステレオのように彼らは口々に誘う。
「きっと楽しいよ」
「こんなつらい世界にいることはない」
少年と少女が言い切った途端、辺りが真っ暗な闇に包まれた。それはまさに夜の色であり、絶望そのものを意味する場所に思えた。
●闇出ずる処
周囲は見渡す限りの闇だった。
「……行きましょう、焔牙」
穂波は小さく己の武器の名を呼ぶ。同時に解除された力が全身にみなぎった。対峙する少年は首を傾げる。
なぜ、戦うのかとでもと問いたげだった。
「生憎、姿形に惑わされる性は持ち合わせていません。踏み外した道ならば、正すまで」
「そういうこと。大体、私には別の処へ行きたいって気持ちも解らんのだ」
それ自身が颶風のような五月は力強く掴んだ斬艦刀を振り上げて、纏わせた炎を吐き出した。
迎え撃つ少年はその足下から兎の形をした影を呼び出す。
「高天原に神留まり坐す。皇が親神漏岐神漏美の命以て八百万神等を……」
ディフェンダーの2人が彼を抑えている間に斎は縛霊手――白糸縅の甲冑に似たそれ――で除霊結界を紡ぎあげた。
僅かに眉をひそめた少女は影を鬼の形に変えて紫のティアーズリッパーと斬り結ぶ。
「えっと……ごめんね……遠慮なくいくよ!」
紫の攻撃は手加減というものがない。本人である蛍でさえまじまじと写真で知った自らの子供姿を眺めた後、無感動にも闇の弾丸を放ったのだ。
(「別にここにいたいわけじゃない。ただ、ここでなくともいいというだけ」)
無茶苦茶だった願いの裏側にはそんな本心が隠されている。
知ってか知らずか、眼前の少女はくすくすと笑った。
「なら、ずっと『ここ』にいればいいのに。どうして戦うの?」
律嘩は問いに小さな吐息で返した。
腰を落として照準を定めた後、自らの闇を一点に凝り固めて弾丸を生み出す。
「暗き深淵より出でよ、呪いの弾丸」
闇よりも深き闇の弾丸は少女の眉間を真っ直ぐに射抜いた。だが、穴はすぐに鳥の影絵によって癒される。その時、影にひそんでいた龍夜が死角から飛び出した。
「風嶺龍夜。参る!」
拳に宿した闇を少女目がけ、叩き込む。悲鳴をかき消すように彼は次の拳を振り被った。
「奥義の参、薙旋!、奥義裏の弐、虎喰!」
反撃の隙など与えず、ひたすらに攻撃を撃ち込み続ける。
「っ……!」
少女の影が蜻蛉を描いた。
宙を舞いながら飛来した羽根に頬を切り裂かれた海砂斗は悲鳴を飲み込んで、マジックミサイルから切り替えた彗星の矢を投擲、少女の腕を貫いた。
「大丈夫、こんなの痛くないもんね」
「みさとくん、頼もしいよ!」
紫は笑んで日本刀を真一文字に薙ぎ払う。態勢を崩した少女の四肢を律嘩の結界糸が絡め取った。
「少し大人しくしていろ」
少女の様子を注視していた斎は、彼女の動きが鈍った瞬間に風を舞わせる。それは心身の穢れを払う浄化の風であり、神道を受け継ぐ斎の身に備わった力でもあった。二重のトラウナックルによって生み出された敵にもまれ、龍夜の黒死斬に一刀両断された少女は一瞬にして闇と変り果て消滅する。
「まず、一人。任務、完了だ」
龍夜の眼差しの先で、穂波の剣光に押された少年が影絵を蝶の形に作り替えた。撒き散らす闇の鱗粉が武器を沈黙させる。
「さすがジャマーってところかな」
紫は舌で唇をなめ、集気法を発動。
「けど、それだけ。攻撃力も防御力もそこまで脅威じゃない!」
「ですね。残りひとり、一気にいきましょう」
斎は縛霊手を一振りして神薙刃を具現化すると少年の肩口を撫で斬るように薙いだ。これまで防戦に回っていた穂波と五月が攻勢に出る。
右に穂波、左に五月。
「特に思い残すこともないでしょう」
呟いて、その白い手に光刃を生み出す。入れ違いで迫った鬼の影手の前に五月が滑り込んだ。
「お前の相手は、私だろうが!」
叫び、その身に戦神を降ろすと不敵な笑みで少年に告げた。
「効かねぇな、全然効かねぇぜ!」
少年の注意が五月に逸れた瞬間、律嘩が舞うように彼の背後に迫り鋼糸を閃かせる。ティアーズリッパーによって引き裂かれた少年の肌からは血ではなく闇がこぼれ落ちた。灼熱者は更に敵を翻弄する。
いつの間にか死角に身を潜めていた蛍が一瞬にして少年の眼前に姿を現して、闇の弾丸を撃ち込んだ。
「ここじゃないどこかは自分で行くから、安心して滅せられろ」
こぼされる笑み。
――そして、五月の斬艦刀が大上段に掲げられる。
「正面から叩き割ってやらぁ!」
真っ二つ、としかいいようのない勢いで斬り下ろされた刃は少年の形を捨てて溶けだした闇ごとそれを葬った。
視界の闇に一筋の光が差し込む。
やがてそれはマーブルのようにねじれ溶け合い、しまいには白日の元に彼らを送り戻していた。
●wish
無事に着地を果たした律嘩は小さく息をついた。ここではないどこかへ――そんな誰しも一度は思ったことのあるだろう願いを捻じ曲げ、誘った存在は自分達の手によって滅された。
「一件落着か」
「みんなおつかれ! おしばいだけど、おねえちゃんと一緒はちょっと楽しかったな。ちょっと照れたけどさ。神代さん、ありがと!」
「こちらこそ、姉弟のふり楽しかったよ」
紫は海砂斗と手を打ち合わせ、笑み合った。
「う……」
「あれ、私……どうして……?」
気づけば、数人の女性徒が周囲に倒れている。少し遅れて彼女達も無事に闇から解放されたようだ。
「子供? なんでいるの?」
「あっ……えっと、パパとママが旅行中で寂しかったから!」
とっさに言い訳をしながら、海砂斗は「バイバイ」と手を振って駆け出す。龍夜は去り際に一言を言い置いた。
「ひとつだけ言っておこう。ここではない何処かなどありはしない。居場所は自分で切り開くしかないんだ」
「え?」
不思議そうな顔をする女生徒たちに優しく微笑みかけたのは斎だった。
「見つけ出すにしても作り出すにしても、それは自分の手でやらなきゃね。駄目だよ、誰かの救いを求めては」
まだぼんやりとしている女生徒は互いに顔を見合わせている。その中にはショウコの姿もあった。
同じ願いを抱いていたという点で、彼女たちは同胞といえた。心の中になんとはなしの空洞を抱いている――。
「……きっと、誰にもその人だけの居場所がある。そう信じて構いませんよね」
「うん。逃げるなんてもったいなくてできないよ。生きてるだけで、こんな面白いことがいっぱいあるんだから」
穂波と蛍は肯き合い、仲間の後を追って校門を出た。
夏は終わり名残惜しむかのような暑さの中にも秋の気配を感じる。時が移り変わるのを無情と思うか新生と尊ぶか、それを決めるのは人の心以外になかった。
作者:麻人 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2012年9月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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