俺の一念星をも砕け

    作者:魂蛙

    ●バベルの鎖に絡め取られた与太話
    「誰かに言っても信じてもらえないし、夢か幻覚でも見たんじゃないかって言われる。実際、自分自身そうなのかもしれない、と今では思ってるよ」
     彼はそう前置きしてから語り始めた。
    「仕事が終わって同僚と1杯やった帰りだった。いい気分で夜道を歩きながら、何の気なしにマンションを見上げた、正にその時だったよ。結構距離があったのに、どーん、とかばりばりー、みたいな凄い音だった。まるで、ベンチで隣に座ってる奴に雷が落ちたような。とにかく凄い音で、空気も地面もビリビリ震えたのを覚えてる。それで、マンションが天辺真ん中から、真っ二つに裂けたんだ。丁度、ポテトチップスの袋を開けるみたいに」
     そこまでは、原因不明のマンション崩壊事故として知られ、何故か大きく報道はされなかったものの、他に数名いる目撃者やマンション住人の被害者からも語られている話だ。
     続きを促され、彼は躊躇いがちに口を開く。
    「……マンションが裂ける直前、屋上に人がいたように見えた。多分、1人だった。そいつが、その、下段突きって言うんだっけ? 空手家が瓦割りをするみたいに、マンションの屋上から真下に目掛けて、そいつがパンチしたのを……俺は確かに見たんだ」

    ●俺の一念星をも砕け
    「アンブレイカブルが街中で暴れる事件を予知したんだ」
     灼滅者達が教室に集まったところで、須藤・まりん(高校生エクスブレイン・dn0003)が早速説明を始める。
    「アンブレイカブルの名前は苔野・一年 (こけの・かずとし)。普段は山に籠って修行に明け暮れているんだけど、気紛れで街に降りてきてマンションを試し割りの対象にするんだ。これを阻止して、街の人達を守ってほしいんだ」
     強力なダークネスとの戦闘になる。しかし、必ずしも灼滅しなければ解決できない事件ではない。

    「苔野は自分の拳で地球を割る事を目標に鍛錬に勤しむアンブレイカブルなんだ。もちろん、いくらダークネスでもできるわけないと思うんだけど……」
     少なくとも苔野は本気だ。本気で地球を割る為に岩山を砕き、木々を薙ぎ倒し、日々己を鍛えている。苔野にとってはマンションも同じに過ぎず、そこに住む人々など岩の下にいるダンゴ虫も同然だ。そこに悪意は微塵もないが、それ故にタチが悪い。
    「苔野と接触するのは難しくないよ。事件が起きる午後11時に、事件現場のマンション屋上に行けば苔野に会える。あとは、マンションを試し割りするよりもみんなと戦う方が鍛錬になる、と思わせられれば、とりあえず事件は未然に防げるよ」
     そのままマンション屋上で戦闘を開始してもいいし、付近にある公園くらいなら苔野も大人しくついて来る。
     予知の中でマンションを崩壊させた一撃は、一切の邪魔が入らない事を前提に力を溜めに溜めて放つ、言わば試し割り専用の物だ。灼滅者達との戦闘ではそこまでの被害を撒き散らす事はないので、どこでも戦いやすい場所を選べばいい。
    「苔野はかなり強力なダークネスで、今のみんなでは勝って灼滅するのは難しいかもしれない。けれど、お互いにある程度のダメージを与え合えれば、充分鍛錬になった事に満足して苔野は山に帰っていくんだ」
     他者との関わりが極めて希薄な苔野には強さを他人と競うという概念がなく、勝負に勝つことには拘らない。灼滅者達を手足の生えたサンドバック程度にしか見ていない、とも言える。その認識を覆してやるのが、今回の目標だろう。
    「苔野の戦闘時のポジションはクラッシャー、使用サイキックはストリートファイターの鋼鉄拳と抗雷撃、妖の槍の螺穿槍、無敵斬艦刀の戦神降臨に相当する4種だよ」
     力を溜めてぶん殴るという単純明快な戦闘スタイルだが、その破壊力は十分以上の脅威だ。無策でぶつかっては、一年が満足するまで受けきれる物ではないだろう。


    「きっと激しい戦闘になると思う。けど、みんななら無事に帰って来られるって信じて待っているよ」
     祈るくらいしかできないけれど、だからこそ心から。まりんは精一杯の祈りを込めて、出発する灼滅者達を見送った。


    参加者
    羽坂・智恵美(翠凰碧蓮華・d00097)
    守咲・神楽(地獄の番犬・d09482)
    物部・七星(一霊四魂・d11941)
    鳳蔵院・景瞬(破壊僧・d13056)
    乱獅子・紗矢(獅子心乙女・d13748)
    アルマ・モーリエ(結晶の銃士・d24024)
    水無月・詩乃(命供至水・d25132)
    土也・王求(天動説・d30636)

    ■リプレイ

    ●人と会話するの数年ぶりなもんで
    「まったくアンブレイカブルの脳筋は思考が一々大仰で困りますわね。ま、地球を砕かれる前に帰って頂きましょうか」
     呆れを隠さない物部・七星(一霊四魂・d11941)の言葉に、土也・王求(天動説・d30636)が頷き扉に手を掛ける。
     マンションの屋上では、カーゴパンツにTシャツ一枚、伸ばしっぱなしの髪を後ろで纏めたその男、苔野・一年が力を溜めに溜めていた。
    「その試し割り、ちょっと待ったぁ!」
     王求が鉄製の扉を派手に開けると、一年は一瞬そちらを横目で見やる。
     そして、再び力を溜める事に没頭し始めた。
    「だから待ったと言っておるじゃろう!」
     まさかのスルーである。
    「ん? 俺か?」
    「ええい、ここにはお主しかおらんじゃろう!」
    「そうか? ……おお、そうか」
     憤慨する王求を鳳蔵院・景瞬(破壊僧・d13056)が宥め、揚々と挨拶する。
    「ごきげんよう、よい晩だな! 動かない石の塊を殴っていてもつまらないだろう?」
     景瞬は鷹揚に頷き、浮かべた笑みに自信を覗かせる。
    「それとも。動く物を殴るのに興味はないかな?」
    「動かない無生物を殴って鍛錬っち笑わせるわ。動く獲物を倒してこそやろ」
     守咲・神楽(地獄の番犬・d09482)が鼻で笑うも、一年は戸惑いながら足元を指差した。
    「いや、俺が砕きたいのは地球だからな。動かないし、地球」
    「ん? なんじゃって? 地球を? 砕く?」
     身を乗り出した王求が笑い飛ばす。
    「HAHAHAHA! ナイスジョーク! その喧嘩買ったぁ! 地球を砕こうと言うのならば、まずは妾を倒してからにしてもらおうか!」
     王求はおっ立てた親指で己を指し――、
    「この地・球をな!」
     ――地平説で言う所の地球を模る頭部を持つダークネス形態に姿を変えた。
    「……何で?」
     渾身の名乗りも糠に釘である。
     怒りに打ち震える王求を水無月・詩乃(命供至水・d25132)が抑えて一歩前に出ると、丁寧に一礼した。
    「貴方の鍛え上げた武が如何程のものか、是非とも試させて頂きたいのです」
    「それなら見てろ、今からこのマンションを――」
    「――そうではなくて!」
     振り出しに戻りかけた一年を、羽坂・智恵美(翠凰碧蓮華・d00097)が遮った。
    「今のあなたじゃ、地球どころか、マンションどころか、私だって割る事なんて出来ないです! こっちにおいでなさい、あなたに修行を付けて差し上げます」
    「そうか? ……おお、そうか」
     ようやく一年も灼滅者達の言いたい事が理解できてきたようだ。
    「そういうわけだ。ここじゃなんだ、公園にでも行こうぜ」
     乱獅子・紗矢(獅子心乙女・d13748)は、ここからも見える公園を指す。
    「建物の中にはここに住んでいる方々もおります。力試しなら相手になりますので、どうか私達と一緒に公園まで来ては頂けないでしょうか?」
     アルマ・モーリエ(結晶の銃士・d24024)の言葉に、腕組みした王求が深々と頷く。
    「お主も積み重ねの大変さはわかっているじゃろう? ローン払うために一生懸命なお父さんもいるんじゃよ」
     王求の言葉に一年は頷きかけ、そして首を傾げた。
    「入口んとこに賃貸マンション入居者募集中ってのぼり出てたぞ」
    「ええい、細かい! ローンでも家賃でもどっちでもいいじゃろう! とにかくわかったなら移動!!」
     ここにきて灼滅者達も悟ってきた。こいつ、恐ろしく会話が下っ手くそだ。
     灼滅者達は説得よりも意図を伝える事それ自体に四苦八苦しながらも、なんとか公園に移動を始める。
    「これだから脳筋は……」
     ひっそりと嘆息する七星であった。

    ●衝突する一念
     公園に到着し、灼滅者達と一年が対峙する。
    「チェーンジ、ケルベロース!! Style:DeepBlue!!」
     スレイヤーカードを解放した神楽が、紺碧の燐光を纏う。
     景瞬は襷掛けにしたダイタロスベルトに手を掛け、ぐいっと引き抜き構えた。
    「さあ、死合いを始めようじゃないか!」
    「始めていいのか?」
     灼滅者達の戦闘準備が整っているが、どうやら一年は勝負の始め方が分からないらしい。
     そこで、頷いた王求が――、
    「来い!」
     ――言うが早いかロケット花火の様に飛び出した。日本刀を抜き放ち、一年の懐に飛び込む。
    「先手必勝!」
     王求は刀の切先を一年に向けた正眼に構えから、真っ直ぐに打ち込む。
     一年は咄嗟に上げた右の拳骨で受け止め、あまりの密度にスパークする程のオーラを左拳に握り固めてアッパー気味に放つ。その一撃は殆ど腕の振りだけで放ったにも関わらず、王求を木の葉の様に容易く打ち上げた。
     空中で身を翻し姿勢を制御しつつ着地した王求に、景瞬が駆け寄る。
    「流石に拳の方は雄弁じゃの。喋るのは下っ手くそじゃけど」
     鈍重な痛みを苦笑いで誤魔化す王求を、景瞬がラビリンスアーマーで治療する。
     アルマの闘志に煽られ、周囲に展開したダイタロスベルトが陽炎の様にゆらめく。
    「そのまっすぐな思いの拳、私たちが受け止めて差しあげましょう」
     踏み出した一年大きなストライドで一気に間合いを詰め、アルマを上から叩き潰すように拳を振り下ろす。が、一年の手首に巻き付いたダイタロスベルトが拳打の軌道を逸らし、つんのめる一年の顎をアルマのアッパーが迎え撃つ。一年の体が伸び上がるとアルマが交差させた腕を振り下ろし、それに追随するダイタロスベルトが一年の胸に十字の傷を刻み込んだ。
     間髪入れず、七星がレイザースラストによる追撃を狙う。一年は迫るダイタロスベルトを思い切り腕を振り上げ弾き飛ばし、バックステップで後退する。
    「俺の拳を受けてくれるんじゃなかったのか?」
     幾度も折り返しながら執拗に迫る七星のダイタロスベルトを、一年が大きく動いて躱すその先に神楽が待ち構えていた。
    「受けてやるよ。ただし――」
     一年が上体を捻ってレイザースラストを避けたタイミングで、神楽が前に出る。重心を落として掴みかかる一年の腕を掻い潜り、両の掌を一年の腹に押し当てた神楽が口の端の吊り上げ八重歯を覗かせた。
    「――この灼滅者達は反撃の牙を持っちょんで?」
     瞬間、神楽の掌から噴き出す深い青の閃光が一年を直撃して吹っ飛ばす。
     一年は左手で地面を鷲掴み、強引な着地から即座に反動をつけて飛び出した。
     肉弾と化して突っ込む一年を迎え撃つ詩乃は、和傘の形を取る雨紫光を持つ腕を水平に持ち上げる。傘を開いた雨紫光はさながら十字架の如く。
     詩乃は一年の加速の乗った拳を傘で受け流し、旋転から雨紫光を逆水平に振り抜き一年の脇腹を薙ぎ払う。
     間髪入れず、妖の槍を構えた智恵美が妖冷弾を連射しつつ間合いを詰める。左右に散らしつつ足元を狙った氷弾は着弾点に氷柱を衝き立て檻を形成し、智恵美は刃に氷を纏わせた槍を上段から振り下ろす。
     即座に薙ぎ払いつつバックステップで退避する智恵美と入れ代わり、一年の背後から紗矢が氷柱を踏み台に跳び越え、捻りを加えた前宙から胴廻し蹴りを一年の肩口目掛け振り下ろした。
     紗矢が蹴り跳ぶ反動で下がって一年の振り向き様の裏拳を躱すと、一年の視界を塞ぐようにウイングキャットの獅音が飛び掛かる。
     一年がまとわりつく獅音を振り払った時、既に紗矢は一年に肉迫し、踏み込む左の足先を軸に踵を捻じ込む様に回転させ、上体を捻じり、腰を切り、生み出した加速と遠心力を右の蹴り足に乗せ切ろうとしていた。
    「ぬぅっ?!」
    「せいやァッ!!」
     裂帛の気合いと共に紗矢が放った右ハイキックが、一年の側頭に炸裂した。

    ●Breaker
     衝撃に一年の上体が持っていかれ、左足が引っこ抜かれる。が、一年はそこで堪えた。
    「だぁっ!」
     一年は四股を踏む様に強引に立ち直る。
    「殴り合いならそう言ってくれよな」
     一年は見当違いの愚痴を零しつつ、高く持ち上げた足で地面を踏み抜き構える。
     構える。
     ただそれだけの動作が地面をめくり上げ、土砂を撒き散らすその余波で紗矢を吹っ飛ばした。
     紗矢を追って一年が飛び出すと、背負った龍砕斧の宝珠から溢れる光を纏った王求が割り込み立ちはだかる。
    「好きにはさせんぞ!」
     両腕を上げてガードを固める王求に、一年が肉迫する。力任せに捻じ込む一年の右ストレートはガードを容易く圧し割り、王求に踏み堪える余裕を与えず大きく吹っ飛ばした。
     景瞬は王求の救護に向かい、詩乃と紗矢が時間差をつけつつ一年に襲い掛かる。
     一年は背後から振り下ろす雨紫光ごと詩乃を振り向き様の裏拳で弾き飛ばし、炎を纏った跳び蹴りで横から強襲する紗矢をスレッジハンマーで叩き落とす。
    「凄まじい力……本当に地球を割るつもりでいるのですね」
     アルマは加速度的に破壊力を増しつつある一年の豪腕に感嘆しつつ、クロスグレイブを構える。
     クロスグレイブは蒸気を吐きながら顎を開くように先端の砲口を露わにし、聖歌を響かせ、砲口へと疾駆する電光に十字の巨躯を震わせる。
     砲口が一際高く吼え、砲身を跳ね上げる反動をもって黙示録砲が放たれた。
    「何だろうが――」
     迫る光弾に対し、一年はあろうことか拳による迎撃を敢行した。
    「――叩き壊す!」
     重厚なオーラを纏った拳と閃光の塊が激突し、グレアを撒き散らす。その爆心にいた一年が無傷な筈もないが、それでも一年はまだ立っていた。
    「奇遇やな。僕もただ愚直に殴る事しか出来んけん……やってやるわ!」
     出鱈目な強さを見せつけられ、寧ろ闘志を奮い立たせた神楽が飛び出す。
     神楽は一年の迎撃の左ストレートをヘッドスリップで躱しつつクロスレンジに飛び込み、ボディフックからワンツー、左のショートアッパーから右のオーバーハンドブローへ繋ぐコンビネーションを叩き込む。
     全てを受け切った一年は、反撃のコークスクリューブローで神楽を打ち抜いた。
     智恵美は一年との距離を保ったまま旋回し、死角に回り込みつつレイザースラストを放つ。振り向く一年の更に背後、2重の死角からダイタロスベルトが襲い掛かり一年の背中を切り裂く。
     一年の気が逸れた一瞬を突いて飛び出した智恵美は、頭上で回転させる妖の槍を後ろ腰へ持っていき、一年の脇を駆け抜け様に遠心力を乗せて薙ぎ払う。
     振り返って追いかけようとした一年を、鉛の弾幕が押し留めた。
    「あら? アンブレイカブルがエクソシストの、それもこの程度の攻撃で怯みましたの? これは世にも珍しい……こんな様では修行をし直したほうがよろしいのではなくて?」
     ガトリングを構えた七星は挑発的に言いつつ、トリガーを引いて更に弾幕を展開する。焼けた鉛玉が容赦なく一年の分厚いオーラと引き締まった筋肉の鎧を穿った。
    「今その修行中なんだが」
     弾雨から飛び出した一年を詩乃が追撃する。重心を落として一年の拳打を潜った詩乃は雨紫光を引き寄せ、抜き胴で一年に魔力を叩き込み駆け抜ける。
     制動を掛けた詩乃は雨紫光をそっと肩に乗せて傘を開き、背後の一年の土手っ腹で炸裂する爆光を遮った。
     たたらを踏みつつも振り返った一年が飛び出そうとすると、横から飛び込んできた王求が矢のようなタックルで一年の体を持っていく。
     地面を削りながらブレーキを掛けた一年は強引に王求を引き剥がし、右ストレートを放つ。
    「地球は――」
     ノーガードで一年の拳を受けた王求の額、その平面地球に亀裂が走る。
    「――砕けん!!」
     気を吐き耐えた王求が両の掌を組んで突き出し、一年の上体を飲み込む程の光の奔流を放った。
     が、光の濁流を突き破った一年の左手が、王求の頭を鷲掴む。一歩踏み出した一年はそのまま王求の頭を強引に引き寄せ、強烈なナックルアローを叩き付ける。
     王求は受け身を取る事さえ許されず、地面を跳ね転がった。
     ここに来て更に加速した一年が弾けるように飛び出す。行く手を遮る獅音を、一年は体重と加速を武器に体当たりで撥ね飛ばした。
     尚も止まらない一年を、紗矢が迎え撃つ。同時に踏み込み繰り出した一年の左腕と、紗矢の右腕が交錯する。
     どちらも譲らずに拳を振り抜くクロスカウンターは壮絶な相討ちとなる。一年は大きく後退りながらも踏み堪えたが、既にダメージが許容量を越えていた紗矢は膝を着いたまま立ち上がる事が出来なかった。
     アルマがクロスグレイブを構えて一年を狙うが、トリガーを引くよりも早く飛び出した一年の拳が届き、アルマをダウンさせる。更に追撃を狙う構えを見せるが、智恵美が盾となるべくアルマの前に立ちはだかった。
     が、一年はすぐに前には出なかった。ワイドスタンスで構える一年が呼気を押し出すと、そのオーラが膨れ上がる。
     アルマはまだ立ち上がれない。ならば、智恵美は動かない。
    「これはどうも不味い気配がするな!」
     景瞬は天星弓に矢を番え、真っ直ぐに打起した。天星弓の鏃に灯った光球が、引分けるにつれて増幅する。
     こんな時でも景瞬は不敵な笑みは崩さない。
    「その拳、好きに打たせるわけにはいかないのでな!」
     会に至った景瞬が矢を放つ。
     光速で翔ける彗星は一年を直撃し、猛るオーラを消し飛ばす。
     が、超密度のオーラに対しそれは完全ではなく、未だ重厚なオーラを右拳に集束させた一年が、地を蹴り飛び出した。
     一年が右腕を振り被る。拳が一年の背中越しの弧を描き、智恵美に――、
    「私達は、砕けません!」
     ――迫る。

    ●Unbreakble slayers
     まだ倒れている灼滅者がいる。アルマ自身も智恵美と互いに手を貸し合わねば立っていられない。
     それでも。
    「どうです? 私達相手では貴方には物足りなかったでしょうか?」
     戦い抜いた仲間達の分まで、誇らしげにアルマが尋ねた。
    「いや、思ったよりも良い鍛錬になったぞ」
     灼滅者達も満身創痍だが、一年もあれ程までに重厚だったオーラを維持できない程度に疲弊しているようだ。とは言え多少は余裕もあるようで、一年は早々に帰り支度を始める。
     踵を返した一年の背中に、智恵美が声を掛ける。
    「今後何かで腕試ししたい時は灼滅者に挑んでください」
    「そうか? ……おお、そうか」
     振り向いた一年の応対は、最後までぎこちないままであった。
     立ち去る一年の背中見つめていた詩乃が、己の拳に目を落とし自問する。一途に高みを目指すこの拳は、一年のそれとどれ程の違いがあるのだろう、と。
     深く息をついた神楽が大の字に寝転んだ。
    「お好み焼きでも食って帰りたいわ」
     それからややあって、景瞬の手当てを受けていた王求が目を覚ました。
    「気付いたか、地球君!」
     王求は首を動かし周囲に視線を巡らせ、状況を把握したようだ。
    「随分と派手にやられてしまったものだな!」
     王求が体を起こすのを手伝いつつ、景瞬は豪快に笑い飛ばす。
    「うむ。だが、妾は砕けなかったからの。今日の所は引き分けじゃ」
     痛みを強がりで誤魔化しつつ、王求はそれでも満足げに笑みを浮かべる。
    「地球は砕けなかった!」

    作者:魂蛙 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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