二日間にわたり開催された学園祭が、惜しまれながら幕を閉じる。
肌を揉むような暑さがまだ漂う中、夜の色が増していく程に会場の灯りはぽつぽつと消え始める。昼間に賑わっていた人々の声や光を連れて。
そうして過ぎていった時間も、真新しい想い出として、まだ彼らの中で熱を保っている。
余韻に浸っているのだ。儚さの象徴である線香花火のように。
ならば、その余韻をも想い出として刻もう。
学園祭当日の夜――打ち上げという名のひとときを使って。
若者たちはまだ眠らない。
会場を照らした燦々と輝く陽射しが眠りに就こうとも、残る余韻が火種のように燻っている若者たちは、すぐに眠れるはずもなく。
だから彼らはグラウンドへ向かう。
企画を終えた祝いの証に。学園祭で紡いだ絆の記念に。或いは何気なく。
多くの理由を抱いて、光は夏の夜空で花開くときを待っていた。
「あ。もしかして、キミも花火を見に行くのかな?」
下駄箱を訪れた君へ、狩谷・睦(中学生エクスブレイン・dn0106)が声をかけてきた。
そして少女の後ろから、ひょいと顔を覗かせた丹波・途風(高校生人狼・dn0231)が次に口を開く。
「いや、火を灯しにゆく方かもしれないぞ!」
無邪気な笑みを浮かべた途風を前に、君はふとグラウンドの話を思い出す。
グラウンドでは特別に火の使用許可が出ていると聞いていた。そのため花火大会ほど大きくは無いが、家庭用の花火も打ち上がる。上がる花火を眺めるだけの過ごし方も、ゆっくり出来て良い。
もしくは、自らの手で大小様々な花火に命を吹き込むのも良いだろう。コンビニやスーパーで販売されている、家族向けの花火セットを持参する学生も多い。
「私たちはあそこへゆく! あなたともまた会えると嬉しいな!」
「お互い楽しもうね。それじゃ、お先に失礼するよ」
君よりも先に靴へ履き替えた途風と睦は、校舎の玄関を潜っていった。
二人の背を見送った君は、徐に自分の靴箱へ手を伸ばす。
さて、君はどうしようか?
●
息が詰まるほど暑かった青空は、深い藍に押しやられ、すっかり姿を晦ませていた。
夜に紛れる紺と、夜に浮かび上がる白が歩いていく。ハンスと倉子が訪れると、校庭は既に多くの先客がいた。観賞するにしても火を灯すにしても、人気を避けた場所を探すのに時間を要する。
「あ。あの辺りはいかがでしょうか」
見回していた倉子が、線香花火をするのに相応しい片隅を見つけて足早に向かう。
しかし慣れない草履が土を咬み、空足を踏む。バランスを崩した倉子だが、地面へ倒れることは免れた。引き上げるように掴んだハンスが、支えてくれたからだ。礼を述べた倉子が気付くのは、握られた手の温もりで。
先に耳まで赤くした倉子は、線香花火で勝負しましょう、と話題を作る。同じ色に頬を染めていたハンスも、持ちかけられた勝負に意気込んだ。
「良い思い出になりそうですね。受けて立ちましょう」
打ち上がる花火を背に、二人は再び歩き出した。
一方、校庭から少し遠いところでは。
手に収まる液晶画面へ目を通し、貴明は小さく息を吐いた。校庭には見知った顔も疎らにある。だが、人気の少ない場所へ身を傾ける方が、今の自分には相応しいのかもしれない。不意に、沈むばかりの胸を叩いたのは空気を震わす破裂音。
――見たかったな、一緒に。
花火の残響は、貴明の心へじんわりと沁みた。
人気を避けていたのは、彼だけではない。
民子にかけた供助の労いは、浮かない表情によって拭い去られた。不完全燃焼なのだと唇を尖らせた民子を横目に、成程なと呟いて供助がススキ花火を灯す。
弾ける火花を眺めつつ、脳裏を過ぎった「来年」の文字に、民子は慌ててかぶりを振る。
「あー! 気分変えて吹き上げ花火したい!」
「だな。するか、五つぐらい並べて!」
二人は声を張り上げ、花火を買い足しに踏み出した。
次ではなく、今を味わい尽くすために。
そして大輪から遠い場所では、楽しい一日に費やした体力を取り戻すように、アリスが花火に興じる人々を眺めていた。徐に掲げた両の手で、四角い枠を作って景色を収める。
通りかかった睦と挨拶を交わし、アリスは携帯電話を取り出した。記念写真だと告げれば、睦も納得して頷く。
「既に巣立った者として、昔を追想しているだけよ」
遠くを見据えるアリスの呟きに、睦も柔らかく目を細めた。
ドン――花火が打ち上がる。
千波耶の耳に蘇ったのは歌だ。鼓膜を震わせた歌。大空で開花した光が魅せる葉の横顔に、ステージを想起して。火薬の匂いを吸い込んだ葉は、そんな千波耶へ呼びかけた。
「来年はお前の歌、聴かせろよ」
種を分け合った花火を手にして、千波耶が固まる。困惑にか口籠る千波耶へ、葉は沈黙を作らず話しを続けた。
「俺からリクエストしたっていいだろ。そのうちとかじゃなくて、来年に」
拳を握った千波耶は、明確にされた時期を反芻する。来年。そのうちではなく、来年。
「……わかったわ。来年ね」
結んだ約束を後押しするかのように、二人の指の先から、か細い火の玉が零れ落ちた。
祭の盛況を象るように噴出した花火は、【待合せ】の郁を圧倒させた。
よろけた郁の背を、咄嗟に十六夜が背を支える。ふと顔を上げた十六夜の双眸には、輝きの雫が降り注いで映って。
「何か、一緒に消えて行きたい気持ちになるな」
十六夜から出た呟きに、零奈が深く頷いた。
「そやね、花火とても綺麗やけど消える時は切ないんよ」
天空に咲く大輪が、瞬いてそれぞれの顔を闇夜に照らし出す。そしてあっという間に、明るいひとときは去った。僅かに保たれた沈黙を、郁が静かに破る。
「……けど、その寂しさを誰かと共有できるのは、なんか嬉しい」
それは紛れもなく、絆が紡いだ想い。
視線を重ねれば、笑顔を綻ばせて零奈が手を叩いた。彼女は打ち上げ式の花火を取り出し、点けてほしいと十六夜へ視線を投げる。早く早くと二人に急かされて、くすぐったげに着火する。
夜を彩る花に、零奈は唇に喜びを刷いた。
「真っ暗夜空にキラキラ輝く花。うちにとってふたりはそんな方達なんよ」
奏でる心の旋律は耳に心地よく、十六夜も郁も照れくさそうに頬を緩める。
「また皆でどっかいこーぜ!」
そう笑った十六夜の頭上で、ひときわ眩い花が咲いた。
●
「ね、あなたの眸に星がみえるわ」
イコからの報せに円蔵が薄く微笑む。覗きこんだ顔の距離が、呼吸を奪うほど夢中にさせる。大輪の雫が流れ星のように降り注ぐ。その光景を映したはずの双眸は、既にひとつの命だけを捉えている。
だから円蔵は名を紡いだ。愛おしさを惜しげなく含んだ声で。そしてこう連ねるのだ。
「大好きですよぉ!」
星を宿した瞳を逸らさずに、伝えたい想いだけを。
そしてイコが言の葉代わりに贈るのは、感謝と愛を象る口付けで。融け落ちる粒も、流れる星も、一緒だから愛おしい。だから掬いたくなるのだ――最後のひとしずくまで。
さわさわと木の葉が歌いだす。
その隙間、ふわりと宙を漂う影ふたつ。華々しい光を浴びながら、影は秘め事を囁き合う。長く過ごせて嬉しかったと告げた拓馬に、樹の頬に紅が差す。思い返せば、今年は随分と一緒に居た時間が長かったと樹も振り返り。喧騒を離れた今だからこそ、二人だけで寄り添い見られる花火を、その眼に焼き付けた。
ラムネを販売し終えた【烏兎の匣】も、校庭へ集合していた。
創が看板店員になっていたことを聞いていたと報せる紗雪の波に、見事なカリスマラムネ屋さんでした、と朱璃も絶賛を重ねた。
「まぁ、頑張ってらったことは、認める。ありがどさんな」
次々と浴びる称賛の嵐に、創がむず痒そうに身を捩らせた。
「あー! ハジメが赤くなってるー!」
空木が見逃すはずもなく、愛い奴めー、と創の頬をつつく。葎もすかさず言葉を挟んだ。
「……お前、普段褒めて構ってなクセに何赤くなってんだ」
「うるせー! 俺だって照れくさくなることだってあんだよっ」
恥ずかしさに駆られて叫んだ創の周りから、止まない笑い声。
素敵な夏の夜の景色に、紗雪も薄ら笑みを頬へ乗せた。同時に湧きあがるのは、来年こそはと意を決する自身の想いが。
だから花火に着火していた焔へ寄る。
「んと……わたしも、がんばります。来年は今年以上にしましょうね」
紗雪の宣言に、ぱちりと目を瞬かせた焔もすぐに口端を嬉しそうに上げた。
「ンだな。来年は、皆で頑張るべ」
来年、という単語に創や空木もニッと笑って。
「よし次! ホラ空木、次はお前が選べよ宣伝担当!」
「じゃあ、アタシこの派手そうなヤツで!」
止まない賑わいと笑い声。
終幕の気配が無い仲間たちを見守っていた葎の横に、朱璃が並んだ。
「葎さんは、一歩下がって皆さんを見てらっしゃるんですね」
「……俺の特等席だからな」
言われて朱璃も仲間たちを見遣る。
輪の外から眺める仲間の姿は、天に咲く色彩の花に照らされ、より鮮明に浮かび上がる。
魅力的だと朱璃は思った。
「お裾分けのお礼に、今日は私が葎さんを皆さんの元へ連れて行きます」
差し出された手と、お裾分けと称した誘い。俺の負けだと笑って、葎は礼を受け入れた。
冷てッ、と木陰で悲鳴が上がる。片頬を抑えた志郎の眼前に憂が見せびらかすのは、汗を搔いたラムネ瓶。一年越しの仕返しに緩む口元を、志郎は抑えた。
日本に来た頃より知らないものは少なくなった。大輪が飾った空に、憂がくるりと指先で気持ちを描く。
「しろうくんと一緒に居たから」
教えてくれた花火も、一瞬の想いのかたちも、キミが居てくれたからとくすぐったげに告げた憂に、志郎の世界は一瞬静寂に包まれた。
そして響いた花火の音に紛れて、志郎は沈黙を破る。囁きはか細くも芯を捉え、けれど憂から返るのは甘美なおねだりで。
――もういっかい。
どうしたって彼女に敵いそうにないと、志郎は額を覆った。
●
璃依は天穹に輝く花を背景に、学園祭で得た品々を翳していた。一つずつ振り返る度に、巡ったクラブでの思い出も花を咲かせる。
だからこそ見たくないと璃依は渋っていた。花火の終わりが、訪れる時を。翔琉も同じだった。二人で過ごした学園祭の記憶を辿っていく。
やがて翔琉は、肩にかかる温もりに気付いた。はしゃぎすぎたのだろう。璃依が凭れ掛かっていて、思わず目元が緩む。そのまま静かに掲げたブレスレットを光に透し、翔琉はそこに希望を見出す――次はどんな思い出を作ろうか。
暑気を払う爽やかさが散らばる。陽気な声が響き渡った。
麦茶とレモンスカッシュで乾杯した、【糸括】から零れてきたものだ。
一際目を惹くのは、明莉が二日間氷水に浸けておいた西瓜を始めとする冷やし野菜と、千尋持参のプリンやゼリーといったぷるぷるシリーズ。
「皆好きに食べていいぞー、あ、鈍は人参な!」
冷やし野菜を広げた明莉の容赦無い一言に、脇差の顔が露骨に曇った。隙を狙い皿へ人参を横流しされたことにも気づかず、明莉はトマトを丸かじりする千尋からクーラーボックスを拝借する。
「……って、人参いらね!」
ゼリーを取り出した後、さも当然のように皿で寝転ぶ人参を、鈍へ直送した。
乾杯で減った飲み物を注いで回っていた輝乃は、脇差と明莉の押し問答に挟まれ揺れる人参を、ひょいと掬い上げる。
「うん、美味しい」
頬張った輝乃から溢れる満面の笑み。
救いの手に感激する脇差の元に、心桜の魔の手が伸びた。
「はい、ニンジンは鈍殿に」
宿命からは逃れられない。
だが宿命を背負うのは彼ひとりではなかった。
「去年はね、これ付けて参加だったなのよお?」
杏子からそっと差し出された、厚意という名のうさみみ。想い出に馳せる杏子の眼差しを知り、理利の唇が何事か呟く。
「男の矜持とは、女子の期待に応えるもの……」
諦観したような顔でうさみみを装着する様に、仲間内から感心の声があがり、杏子も笑顔でうさみみを被った。
思わず明莉は震えた声でコップを掲げる。
「長いものに巻かれてしまった興守に敬意を評して」
「巻かれてません」
黄昏ながらも、理利はしっかり言葉を返した。
近くでは、渚緒たちの線香花火勝負が幕を開ける。
「勝ち負け気にせず、気楽にやろっか」
灯りを長く保てば勝ちだが、勝負と言いながらも、渚緒の笑顔に違わず雰囲気は実に穏やかだ。真剣な面持ちで震える手を抑えた心桜の、背後に忍び寄る一つの影。
影の挙動を目撃した明莉は、こんな夜には、と徐に口を開く。
「誰も居ないはずの背後に、バニー服を着てあまつさえウサミミまで付けた何ともいえないおっさんが……」
突然悲鳴があがった。心桜と杏子が、頬を抑えて同じ方向を振り返る。そこにいたのは。
「へへへー、びっくりした?」
バニー服を着てあまつさえウサミミまで付けた何ともいえないおっさんではなく、こんにゃくを携えたミカエラだった。
「こんにゃくと怪談は禁止じゃー!」
訴える心桜の手元では、既に火の玉が消えていた。
反対に、怪談話にもこんにゃくにも負けず、平然と花火を続ける輝乃は、怯える杏子に気付いて首を傾ぐ。
「逃げるおっさんが居たような……」
「キノセイキノセイ」
夏の風物詩に新たな波が訪れようとしている、のかもしれない。
人々の輪から遠く、並ぶ二つの人影が花火を見上げていた。
連れる温もりへ咲哉が視線を寄せると、真珠の瞳に光の花が咲いていた。だから映す輝きを邪魔しないよう、そっと手を伸ばす。咲哉自身も同じ景色を焼きつけて。穏やかで良い。空へ昇りつめた光彩が咲き誇り、はらりと花弁が舞い降りるように。時にまたたき、時に優美に過ごせれば。
ありがとう、と咲哉が告げれば、手の平に優しく力が籠もった。
プルタブを押し上げる音が、離れた場所で落ちる。
ユージーンが缶コーヒーを呷った。バケツへ放ったばかりの花火の残り香がコーヒーのそれに紛れる。ふと横を見れば、硝子が次の線香花火を手にしていた。煌々と燃える火の玉を見ていたユージーンは、柔く名を呼んだ硝子へ視線を移す。
「線香花火はね、火がついてる間の変化で……草花の名前に、たとえられるのよ」
火の玉は牡丹。激しく燃えるときは松葉。
「硝子は、松葉の状態が好き」
繊細な身から迸る光が、硝子の表情を深い夜に照らし出す。
「日本人ならではだな。一つの花火の変化に草花の名を付けるのは」
ユージーンは風流を感じて薄青の瞳を眇める。今し方知った草花の流れを再び見たくなり、次の線香花火へ手を伸ばす。
二人は散り菊が尽きるたび、新たな火を灯し続けた。傍らに置いた飲み物の缶が、汗を搔くのも構わずに。
●
赤から紫、紫から青。鮮やかな色が移ろうにつれ、闇に浮かび上がる表情も変化する。
変色花火がテラス横顔に見惚れていた灯倭は、不意に視線がぶつかったことで、みるみるうちに頬を染める。花火の光で誤魔化せるかと思われたその色も、空は見過ごさなかった。
「これも夏の風物詩なのかな」
からかうように告げた言葉は、灯倭の耳を幸福で包み込む。言い返すより先に、空一面を覆うほどの花々が咲き誇った。
「また、来年も……いっしょに過ごしたいな」
花を映した双眸から、想いが零れる。
地へ落ちる前にそれを拾った空は、来年も変わらず在ることを願い、頷いた。
煌めく粒と芯を震わせる音は、別の場所に居ても届くものだ。
小太郎が手を重ねる。希沙と築いてきた数多の記憶が、甘く心身を融かす。
「希沙さん」
一年かけて馴染んだ名が、隣を望むだけで精一杯だった日を遠くに感じさせた。互いに恐れていたあの頃の自分たちには、きっと信じられないだろう。今ここにある二人の距離も。名を刷く唇の色も。
瞼を伏せ、耳だけを傾ける希沙へ小太郎が贈るのは、育んできた時間と想いに対する、感謝の言葉。絡めた指が、ただ隣を許されただけではない絆を物語る。はらはらと零れる愛しさが、憚っていた当時の想い出も温かく包み込む。
希沙に笑顔が浮かぶ。夜空を飾る色艶を浴びた瞳は、溢れんばかりに濡れていて。
「……ありがとうは、きさこそ」
そうして昨日より、もっとすきになる。すきになっていく。
炎の筆が綴る心は、燃え尽きるまでの短い時間で模られる。烏芥が認めるのは、余韻に煽られた己の胸の内。
そこを叩くように花開く空の彩に照らされながら、届くはずもない光を記した。
微笑みはすぐ傍らから返る。揺籃が残した軌跡を瞳孔に焼き映そうとした刹那、揺籃の筆の先で夜を飾った色彩に、掻き消えた。
だから無言のままに、烏芥は掌を寄せる。瞳の奥に刻まれた、雪のような華に魅入られるため――。
数が集まれば、賑やかさも華やかさも増す。
辺りへ明るさを鏤めつつ、花火に興ずる若者たちもいた。
「白地に赤が映えてとても素敵ですね」
「黒地の浴衣、コルサコヴァの綺麗な銀髪が映えて素敵よ」
ナタリアと櫂のように会話を交え、花火をしていた【宵闇】の面々だ。
早速、櫂が手持ち花火を絵筆に小振りのハートを描く。気づいた葵と嵐も同じ形を描いた。
そして、元気良く弾ける花火の数が減ってきた頃合いを見計らい、よろしければどうぞ、と雫が皆へ線香花火を配りだす。
「お顔を拝見しながら灯せるから」
花火と人との橋渡しに勤しむ雫の後ろで、線香花火が好きだと宣言した司の顔と、灰色がかった髪先に、煌々と燃える炎の色が映える。
同じく灯した火の玉を見つめていた冬崖は、指先から伝う震えを抑えようと意識するあまり、震えが止まらなくなっていた。
「俺、線香花火ヘタクソなんだわ。何でかこう、手が震え……」
言っている傍から、ぽた、と灯りが地へ転がる。
一部始終を追ってしまった桐も、不安を瞳に帯びる。
「桐もこの花火苦手なんだ、最後までできればいいのだが」
「たまに酷い当たり外れあるよな……一瞬で消えたり」
次の花火を指の腹で弄り、湿気ているか確認する司の近くに七が並んだ。
彼らの話を耳に挟んだ七は、風上に背を向けてやや斜めに佇む。すると握る線香花火の種が瞬いた。
「こうすると少し長くもつのよ?」
なるほど、と次に頷いたのは嵐だ。浴衣の袖を摘まみ、姿勢を七に真似ながら手元を見下ろす。
「……あっという間だったケド、皆と遊べたカラ楽しかったな」
過ぎた一日を惜しむ情が、嵐のアルトボイスに混ざる。耽る嵐の横顔に、金平糖が掬えなかった嵐を思い出して、葵は思わず口端を緩めた。
幾つもの想いを乗せ、人々の手が届かぬ世界で花が咲き誇る。それが溶けるように消えゆく姿を目の当たりにし、桐は滲む寂寥感を胸の内へ押し込める。
見渡せば皆がいる。紛れもない現実が、桐の心を和らげた。
ぽつりと、何気なく朋恵が呟く。
「どっちも消えたり落ちたりしちゃいますけど……」
宿る眼差しは、未来を向いていて。
「きっと、忘れられない夏の思い出になりますですっ」
朋恵の言葉に、ナタリアも祈るように指を折り、瞼を伏せた。
「そうですね。またこうして皆さんと集まって、楽しめたらと思います」
だな、と冬崖も右に倣う。線香花火に寂しさを覚えるのは確かだ。しかし皆と楽しむ祭りは、それ以上に喜ばしいことで。
彼らが思うのはひとつ――次の夏もまた、皆で。
こうして祭りの夜は更けていく。
真夏の涙――大輪の雫を想い出に映して。
作者:鏑木凛 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年8月4日
難度:簡単
参加:52人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 1
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