●中学校の体育倉庫
夏休みの直前に体育倉庫を見回った先生が、中にいる少女に気付かず外から鍵をかけて閉じ込めてしまう──そんな怪談を友人たちと語り合った数日後、少女サキは怪談どおりに体育倉庫内に閉じ込められてしまった。
なんで先生は確認してくれなかったのか。そんな怪談をしたのがよくなかったのか。幾らそんな事を悩んだところで、頑丈な鉄の扉はびくともしない。
全ての希望を諦めかけて、暗鬱でひもじい夜が訪れた時、少女の中で何かが囁いた。
(「どうせこのまま死ぬのなら、怪談どおり、皆を怨んで死ねばいい」)
その時サキは変容する……閉じ込められた少女から、タタリガミ『閉じ込められた少女』へと。
●武蔵坂学園、教室
哀れな少女が閉じ込められぬように手を尽くす事はできない、と園川・槙奈(大学生エクスブレイン・dn0053)は首を振る。
「何故なら、サキさんがタタリガミとなる前に助けたところで、いつか再び闇堕ちする結果となるからです……その時、再び彼女を助けるヴィジョンが見える自信は、私にはありません」
ただ、だから彼女を灼滅しなければいけないかというと、どうやらそうでもないようだ。
「サキさんは、タタリガミとなってもなお、生き残るための希望を完全には失わないようでした。もしかしたら……これは、灼滅者としての素質の表れかもしれないのです」
とはいえ彼女を救うには、幾つかの条件を満たす必要がある。
一つ目は彼女が闇堕ちした直後、体育倉庫の扉の鍵を開けて彼女を出してやること。サキは闇堕ちした瞬間に甲高い悲鳴を上げるため、これは容易に満たせるだろう。
二つ目はタタリガミとなった彼女を倒し、体をサキの本来の魂に明け渡させること。これも灼滅者たちであれば問題あるまい。
ただし三つ目。灼滅者たちが彼女を害するために来たのではないと、サキに信じて貰うこと。閉じ込められた怒りに任せて七不思議使いと同様のサイキックを使用してくる彼女を迎撃しつつ、それが全て彼女のためだと理解して貰うには、一体どうすればよいだろう?
「そして最後……彼女を、武蔵坂学園に誘って下さい。さもなければ、彼女が心の中のダークネスを制御する方法を学ぶのは困難でしょうから……」
参加者 | |
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夜舞・リノ(星空に煌めく魔法使い・d00835) |
辰峯・飛鳥(紅の剣士・d04715) |
山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836) |
七塚・詞水(ななしのうた・d20864) |
十・七(コールドハート・d22973) |
不動・大輔(旅人兼カメラマン・d24342) |
南野・まひる(猫と猫と猫と猫と猫と猫美少女・d33257) |
庄治・メアリー(耳はどこかに置いてきた・d33846) |
●閉じ込められた少女
街の灯りは無機質に光り、南西の空には上弦の月。
けれどもそれらの光のどれならば、閉じ込められた少女サキを明るく照らせだろう?
(「寂しいよね。怖いやんね」)
彼女の心中を想っただけで、夜舞・リノ(星空に煌めく魔法使い・d00835)の心はずきずきと痛む。
(「……待っててね」)
原因は、単なる先生の不注意だ。それが悪意でない事くらいはサキも解っただろうと、不動・大輔(旅人兼カメラマン・d24342)は想像する。
(「けれどもサキにとっちゃ、皆から見捨てられたのと同じ気分だったろうな」)
誰も彼女を見捨てたりはしない。そんな風に寂しがらせてなるものかと、大輔は強く拳を握った。
もちろんサキを助けたいと思うのは、大輔だけに限らない。誰しも彼女の悲劇を知って、手を差し伸べたいと思っていたはずだ。
けれども十・七(コールドハート・d22973)には解るのだ……この季節、脱水症状の果てに現実のものとなり兼ねない『死』。それに抗わんとする中で、そんな手を振り払って自分の中のナニカに身を委ねたくなる瞬間を。ぞっとする。
させるまい。山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)は二色のカステラ饅頭を握る。かつてクラブで考えたこの饅頭を、必ずやサキに味わって貰うのだ。生の喜びを噛み締めるには、甘いもので腹を満たすのが一番なのだから。
希望の光は消させない。辰峯・飛鳥(紅の剣士・d04715)の心に炎が灯る。南野・まひる(猫と猫と猫と猫と猫と猫美少女・d33257)の顔をふと見れば、彼女は長い鼻水を垂らしてじっと体育倉庫の扉を見つめていた。丸っきりしまらない顔ではあるが、ずるずるとすする音がサキを怯えさせたりしないよう、彼女なりに配慮した結果なのだ多分。
その努力を無駄にするまいと、飛鳥はサキを助けると誓う。いや彼女が助かるのだと固く信じる。さもなくば、どうしてサキに信じろと言えるだろう?
その時つんざくような長い悲鳴が、夜の校舎に響き渡った。
それがサキの声なのか、既にタタリガミのものとなっているのかは、七塚・詞水(ななしのうた・d20864)には最早判然としない。
(「でも兎に角、サキさんには強くなって欲しい……タタリガミの支配を跳ね除けられるように」)
少女だけではそれが難しくとも、その手助けとなるために彼らはここに来たのだから。
●閉じ込められていた少女
リノが扉に差し込んだ鍵を捻った瞬間、扉は凄まじい勢いで左右に開け放たれる! 右扉に手をかけていたリノの体が右に、左扉の大輔が左に弾き飛ばされるのに少し遅れて、開け放たれた漆黒の空間から、瘴気を纏った姿を現す少女!
その瞳は爛々と死の色に輝いて、目の前の灼滅者たちを憎悪の瞳で睨む。けれども庄治・メアリー(耳はどこかに置いてきた・d33846)はそんな彼女に、あたかも級友と何気ない話をする時のように、口元に微笑みさえ浮かべて語りかけるのだった。
「ねえ……『閉じ込められた少女』っていう怪談は知ってる?」
「ナンデ……私ヲ閉ジコメタ!!」
けれどもミイラじみた少女が返すのは、耳にした単語に反応するだけの答え。タタリガミの口から発せられる呪が、メアリーの周囲に渦を巻く!
その呪に恐る恐る手を伸ばし、詞水は呪を自らに纏わせる。呪は少年を苛むが、少年は苦痛を感じさせぬように礼儀正しく少女に挨拶をした。
「こんばんは、サキさん。迎えに来ました。遅くなってすみません」
「モウ、手オクレダ!」
荒れ狂う少女。間から血の滲んだ爪を一振りしただけで、灼滅者たちの肌にも爪を立てた時のようなミミズ腫れができる。
闇の怨念。それから彼女を解放するのに、飛鳥に今できる事はただ一つ。
「サキちゃん、もう大丈夫……一緒にここから出よう?」
サキを傷つけるつもりはないと示すため、飛鳥はサキを抱きしめる。少女がいくら彼女を傷つけたとしても……。
「安心しろ、俺たちは味方だ、俺たちが救ってやる。何が起きようと救ってやるから安心していいぜ!」
大輔が少女の頭を撫でると同時に、ぱらぱらという軽快な音が聞こえてきた。まひるの十八番、『チャーハンを作る猫』の七不思議だ。後ろでは、ついさっきまで寝ていた『ねこ・ざ・ぐれゐと』が起き上がり、実際に噺を再現してみせる。それを一口食べてみせ、大輔は美味いと力こぶを作った。
「怖かったよね、でも、もう大丈夫だよ」
私たちが助けにきたやんね、と囁くリノ。
「……ムダダ!」
タタリガミは怒ったように叫び声を上げた。
「さきトイウ女ハ、モウ死ンダ!」
「そんな事はないと思うけど?」
メアリーの口調はいかにも愉快げでありながら、眼差しだけが少女を真剣に貫いている。
「だって、『少女がミイラで見つかった』ってのは、本当の結末じゃないんだもの。本当の結末はまだないの……アナタだったらどんな結末がいいか、アタシらに教えてくれない?」
「今ある結末のそのままじゃ、少女は楽しい学校行事にも参加できないし、好きなドラマを見る事もできない。皆を恨んで過ごす日々の辛さは、『閉じ込められた少女』さんが一番よく知っているはず……サキさんのこれからの生活が、そんな結末のままで本当にいいの?」
透流は強く否定する。そんな、悲劇の結末を。少女自身も拒絶する。自分が死ぬ事で終わる物語を。けれども……。
サキの中のタタリガミだけが、それこそが正しいのだと是認した。
「そんな想いに飲まれたら、本当に怪談のまま……怪談そのものに、なるわ」
七の手首が鋭く返る。
「だから私は……『殺す』。貴女を殺そうとする存在を」
内と外から苛まれたタタリガミが、悲鳴を上げた。
●タタリガミが閉じ込めた少女
少女の真っ赤に血走った目。呪詛の言葉が口から流れ出るものの、その言葉は以前よりもぎこちなく。
「タタリガミ! サキちゃんの体は奪わせない! ……着装!」
叫んだ飛鳥の全身を、赤い強化装甲服が覆う。
「血流清浄、バックパック内圧動作値に到達……行くよ!」
血潮が燃えて翼を作る。鋭く振られた『PLBG-11』は、炎を吸ってますます輝く!
直後に鈍い音。タタリガミの爪痕は、詞水の盾を形作るエナジーを歪ませていた。
(「恐ろしいまでの憎しみです。まさに、圧倒的な……」)
呑まれそうになる心を奮わせて、詞水は一瞬の逡巡ののち、逆に盾を支える手に力を込める。『みけだま』のねこぱんちが敵の意識を逸らした隙に、拮抗を破って盾を押し込んでやる!
怒涛の反撃。バランスを崩したタタリガミの足元を掬うように、透流の足の甲が繰り出された。地面との摩擦で燃え上がるほどのそれは、タタリガミの纏う瘴気に引火して、ミイラの体は浄化の炎に包まれる。
「確かに、あなたは一度『閉じ込められた少女』になったのかもしれない。だけどそれは、怪談で語られてる少女そのものになったわけじゃ、決してない」
「そりゃ、閉じ込められた絶望、悔しさ、そういった気持ちは、アタシらが思ってるよりもずっと強いのかもしれないけれど」
メアリーは一つの心温まる物語を語った後で、こう続けた。
「今は、アタシらが来たから一人じゃないだろう?」
「そうそう。私たちが鍵外しちゃったから、貴女は今は『閉じ込められた少女』じゃないよね? どんなに怪談どおりになろうとしても、怪談そのものになりきれてないよ……でもそもそも、怪談怖いんじゃなかったっけ?」
ダイダロスベルトを縦横無尽に仲間に飛ばしながら(そして時折それを鼻紙代わりにして鼻水を拭いながら)、不思議そうに少女の顔を覗き込むまひる。
「なのにまだサキを怪談そのものにしてやろうって奴は……」
大輔が、真紅の大剣を頭上に振り上げた。
「俺たちが……こうしてブッ倒してやる!!」
タタリガミを覆っていた瘴気の一部が、ごっそりと、こそげ取られるように崩れ落ちた。露になったタタリガミの本体へと、さらに巨大な十字架での衝撃が一つ!
「その力はね、貴女のために、そして人を助けるために生まれてきたの」
衝撃で煙を燻らす武器を傍らに置き、リノは説く。一見邪悪なタタリガミの力ですらも、正しく御する事さえできれば、こんなに頼もしいものはないのだと。
「私たちも、同じような力を持ってるやんね。今は怖いと思うけど……大丈夫。一緒に帰ろう?」
「ヤメロ……呪ッテヤル……!」
頭を抱えてうずくまったタタリガミの全身が、霊力の網に縛り上げられた。
「呪う?」
網を片手で操りながら、七は微かに片眉を上げる。
「そんなこと、望んでいないでしょう? 自分自身を、思い出して」
●閉じ込められたくない少女
「助……けて……」
タタリガミの発する声色が、一瞬だけ少女らしさを取り戻した。けれどもすぐに、別の声がその懇願を打ち消そうとする。
「邪魔ヲ……スルナ……!」
聞いて、細まる七の目。まだ何やら言いたげなタタリガミの口を封じるように、一度、二度、布帯が宙を舞って彼女を襲う。
「貴女の言葉になど、誰も耳など貸さないわ。タタリガミ」
戦いの場を照らし、サキを安心させるために用意された灯りの数々が、剃刀のように鋭い七の姿をタタリガミに印象付けた。はっと息を呑む怨霊。
「閉じ込められた八つ当たりをしたいなら、していいよ」
メアリーは、いつでも飛ばせるように指先で布帯を丸めながら言った。サキがそうと解って力を使うならむしろ、力に呑まれないやり方の訓練になるだけなのだから。
敵の呟く呪詛の只中へ、リノが脇目も振らず飛び込んでゆく。振る杖に宿した星界の魔力で、少女に纏わりつく瘴気の大半を振り払いつつ。
「アルとこロに……一人ノ女の子がいたンだって」
タタリガミの声とサキの声が混ざり合った。その語りは次第に、サキの声の比率を増してゆく。
「サキさんなら勝てるって、信じてます」
再び滲み出ようとした瘴気もまた、詞水の蹴撃に掻き消され。
「そノ子は終業式の日、一人デ体育倉庫を片付ケていたんだけど、先生ガ気付かずに体育倉庫に鍵をかけちゃって……」
その語りが意味するところを察し、透流は大きく頷いた。
「それでいい。あなた自身の手で、あなた自身の物語を紡ぎ続ければいい」
「そうそう。折角怪談を力にできるようになったんだし、こんな暗い怪談の一つで満足するのはよくないと思うな」
ねこ・ざ・ぐれゐとのチャーハンを律儀に皆に配りながら、まひるも頷く。危機を察したタタリガミが、慌てて全ての力を振り絞る!
「九月ニナッテ、先生ガ倉庫ノ鍵ヲ開ケルト……」
「させるか!!」
紅い大剣を力任せに引き寄せて、大輔は強引に強烈な一撃を叩き込んだ。今まで体の中に潜んでいたデモノイド寄生体が噴き出して、青が赤に、爆発的な威力を追加する!
「わたしも……ここにいるみんなも、サキちゃんには闇に飲み込まれて欲しくないと思ってる」
飛鳥は光の刃を振るった。少女が怪談の続きを語る。
「ソこにハ……変ワリ果テタ少女ノ姿……」
「サキちゃん。これから、一緒に楽しい時間を過ごそ?」
ヘルメットのバイザー越しに飛鳥の目を見つめ、こくりとサキは頷いた。
「……はなく、実は彼女は何者かに助けられ、楽しく夏休みを過ごしたのでした」
●もう閉じ込められてはいない少女
闇は去った。同時に、恐怖、緊張、飢え、渇き、そして安堵……様々なものに同時に襲われた少女は、一瞬、立ち眩みに襲われて足をもつれさせる。
「おっと、大丈夫か?」
疲労で実際の体重よりも重くなった少女の体を、大輔はそっと受け止めた。ちょっぴり役得を期待していたはずが、実際に少女の重みを腕に感じれば、そんな下心などすぐに吹き飛んでしまう。
まずは水だ。七のペットボトルの水は夏の夜の風に当てられて、丁度いい温度に温まっている。
十分な水分を与えた後は、暖かなスープ。これは詞水が持ってきたものだ。今や灼滅者としての力に目覚めた少女は、それだけでもすぐに話のできるほどまで回復する。
……灼滅者としての力。
改めてサキに説明しておかねば、彼女の本当の物語は始まり得ないもの。
人々の魂に潜む闇の力。それに抗う者たちの学校の存在。七が語った話はいずれも、数分前までただの女子中学生に過ぎなかったサキには、怪談よりもずっと遠い世界の話だった。
「でも、それが作り話じゃないって事は、サキちゃんはもう知ってるよね? わたし達もサキちゃんと同じで、心に闇を飼ってるんだ」
そう言って、そっと自分の心臓に手を当てる飛鳥。かつて彼女はそれを知り、炎の獣を手懐け戦うと誓ったのだ。次は……サキが未来を決める番だ。
「アタシらと来れば」
くすり。ミステリアスにメアリーは笑う。
「その力の使い方、もっと教えてあげられる。力に呑まれない使い方。そして……『閉じ込められた少女』のさらなる続きをね?」
「もちろん、それはサキさん決めること。無理強いはしないけど……でも、武蔵坂学園に来てみない?」
透流の差し出したノルまんを、サキは恐る恐る受け取った。そして……自らの運命を噛み締めるように一口。
「ちょっとは興味あるかも? ……なんて」
「よく頑張ったね……改めて、闇の世界からお帰りなさい」
優しく頭を撫でるリノに、サキは口の中にものを頬張ったまま、子供扱いが不満だとでも言うように恨めしそうに口を尖らせた。
「それもそうやんね……あなたは私たちの大切な仲間だもの。改めて……初めまして、サキちゃん。私からも、サキちゃんに武蔵坂学園に来てほしいやんね……」
びえっくしょーい!!
突然、まひるが大きなくしゃみを響かせた。鼻水が他人の方向に飛ばなかったのだけが不幸中の幸いだ。
「あー、これ花粉症じゃないね。体冷えたね多分」
思えば、急に涼しい風が辺りに吹き込んでいた。いくらサキとの出会いを大切にしたいからといって、彼女とこのまま、ずっと学校で語り続けるわけにもいかないだろう。
別れ際、最後に一つだけお願いがあるのです、と詞水はサキの方を振り向いた。
「よろしければ、サキさんも僕らに力を貸して下さい」
それから彼は職員室へと向かう。悲劇になりかけた事件の顛末を先生方に残し、二度と同じ事が起こらぬように、と。
作者:るう |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年7月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 4
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