理不尽なる力

    作者:邦見健吾

    「ああ、てめえ俺様に逆らおうってのか?」
    「いえいえ、そんな滅相もありません……」
     ガラの悪いチンピラ風の男に凄まれ、スーツの男性が青ざめた顔で必死に首を横に振る。
    「まあいいや、ムカついたから死ねよ」
    「は……?」
     男の突然の発言に、一瞬理解が遅れ面食らう男性。しかし男はその大きな手で男性の頭を掴み、ぐっと力を込めた。
    「あ……あ……」
    「は、じゃねえ。一番偉い俺が死ねっつってんだ。さっさと死ぬのが礼儀じゃねえか? ああん?」
    「あああーーーーっ!」
     グシャ。
     そして男性の頭が、絶叫とともに砕けた。

    「アツシの密室はいったいいくつあるのかしらね。私が調べた結果、松戸市市役所の支所周辺が密室になっていることがわかったわ」
     そう言って、淡々と報告を続ける合瀬・鏡花(鏡に映る虚構・d31209)。密室になっているのは松戸市南部にある市役所の支所。そこは今、キョウジという名の六六六人衆が支配している。
    「密室に突入し、キョウジを灼滅してください。ただし密室の外ではMAD六六六の一員となったハレルヤの配下が警戒態勢を敷いています」
     冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)によると、密室内に入るにはハレルヤ配下の六六六人衆の目を掻い潜る必要があるという。
    「私の予知によれば、ある日の昼頃、近くのガソリンスタンドで爆発事故が起こります。ある程度近づいたところで住宅やマンションなどに隠れ、爆音が聞こえた瞬間、全速力で密室内に駆け込んでください」
     そうすれば、配下の六六六人衆が爆発に気を取られている間に侵入できるはずだ。なお、幸いにも爆発事故による死者は出ない。事故のことは気にせず、一目散に走ればいい。
    「密室を支配しているキョウジですが、シャウトに加え、バトルオーラと龍砕斧のサイキックを使って戦います。力に秀でた敵ですので気を付けてください」
     キョウジの正確な序列は分からないが、それほど高くないのは確かだ。灼滅者達が全力で挑めば灼滅できるだろう。
    「キョウジは市役所支所に陣取っています。こちらが襲撃する時は周囲に一般人はいないので、思う存分戦ってください」
     なお、もし密室の外でハレルヤの配下に見つかれば戦闘は避けられない。その場合新たに増援を呼ばれてしまうので、すぐその場を切り抜けて撤退する必要がある。配下の戦い方や武器などは不明だが、1体だけであれば十分撃破可能だ。
    「まずは密室内にいるキョウジの灼滅が目標ですが、ハレルヤの配下に見つかってしまった場合はキョウジの灼滅を諦め、配下を撃破して松戸から脱出してください」
     そこで蕗子は茶を飲み、また口を開いた。
    「手探りな現状ではありますが、密室の事件を解決し続けることでMADも何か動きを見せるかもしれません。……それでは、よろしくお願いします」


    参加者
    鹿嵐・忍尽(現の闇霞・d01338)
    神門・白金(禁忌のぷらちな缶・d01620)
    ヴァン・シュトゥルム(オプスキュリテ・d02839)
    柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)
    楠木・夏希(冥界の花嫁・d26334)
    合瀬・鏡花(鏡に映る虚構・d31209)
    エメラル・フェプラス(エクスペンダブルズ・d32136)
    結城・カイナ(闇色サクリファイス・d32851)

    ■リプレイ

    ●爆炎とともに
     灼滅者達は密室近くのマンションの軒下に身を隠し、来たるべき時を待つ。
    (「また密室か。アツシとは一体どんな奴なんだろうか。……いや、考えてもどうせわからんか」)
     神門・白金(禁忌のぷらちな缶・d01620)は腕を伸ばし、軽くストレッチ。
    「まー、やることはしっかりやらないとな」
     分からないなら力ずくで引きずり出すだけのこと。まずは目の前の事件を解決し、アツシに迫っていくとしよう。
    (「密室事件ですか……。六六六人衆の好きにさせておく訳にもいきませんし、これ以上犠牲者を出さないためにも頑張りましょう」)
     ヴァン・シュトゥルム(オプスキュリテ・d02839)は周囲に気を配りつつ、道路の先を見やる。密室の発見が相次いでいるが、一刻も早く元凶を叩きたいものだ。
    「はっ、大した序列でもねぇ奴が一番偉い? よく言ったもんだぜ……」
     その冷たい表情を崩さず、キョウジを嘲る結城・カイナ(闇色サクリファイス・d32851)。力を見せつけたいキョウジにとって、密室はちょうどいい箱庭なのだろう。
    「鹿嵐さん、大丈夫?」
     楠木・夏希(冥界の花嫁・d26334)が尋ねると、蛇に変身して肩に巻き付いた鹿嵐・忍尽(現の闇霞・d01338)が小さく頷く。白金は小さな兎に変身したエメラル・フェプラス(エクスペンダブルズ・d32136)を抱き、ヴァンも蛇に姿を変えた合瀬・鏡花(鏡に映る虚構・d31209)を腕に乗せる。動物に変身し、見かけの人数を減らす作戦だ。
    (「私の予想した通りだね。でも推理が当たったといえ、密室が本当にあるというのはあまり嬉しくないね。……いや、此処は犠牲者を減らす機会を得たと考えて全力を尽くすべきかね」)
     鏡花は複雑な心境ながらも、体をヴァンの腕に巻き付けて安定させる。
    (「それにしても、ガソリンスタンドで爆発事故ね。死者は出ないし無視していいとの事だけど、随分なことだね。そこでも密室があるとか言わないよね」)
     奇跡的に死者は出ないらしいが、それでも十分な惨事である。しかしおかげで警戒をかい潜れるというので、今はその偶然に感謝し、確実に密室を解放するとしよう。
     灼滅者達が待つこと十数分。その時は唐突に訪れた。
     ドカン。爆音とともに炎が弾け、空気をオレンジ色に染める。
    「しっかりつかまっておけよ?」
     灼滅者達は周囲が喧騒に包まれる前に反応し、白金はエメラルを抱き締めて真っ直ぐ走る。四国犬に変身した柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)も続いて駆け、爆発を見る野次馬の間を突き抜ける。そのまま立ち止まることなく走り続け、灼滅者達は速やかに密室内に突入した。

    ●力の暴君
    「楠木殿、かたじけないでござる。此の礼は、戦いの中にてお返し申す!」
    「うん、頼りにしてるね」
     密室への侵入に成功し、動物に変身していた灼滅者が元の姿に戻る。忍尽が礼を言うと、夏希が頷いて返した。
     事件を解決するなら、一刻も早い方がいい。灼滅者達はひと塊になり、急ぎ市役所支所の庁舎へ向かった。
    (「見つかったのはいいさ。それだけ犠牲者の数が減ることになるんだから。……でも、本当にあったのは複雑だね」)
     支所の建物を前に、改めて意志を固める鏡花。殺人鬼の密室など、すぐに破壊してみせる。
    「ああ? なんだてめぇら?」
     灼滅者達が支所に足を踏み入れると、髪を金に染めた柄の悪い男が立っていた。床や壁の至るところには血が飛び散っており、彼の残虐さを物語っている。男は六六六人衆の1人、キョウジ。この密室の主だ。
    「己の気分一つで他者を屠る等、鬼畜の所業。いざ、成敗にござる」
     忍尽は剣を抜き、霊犬の土筆袴とともに駆ける。左手で素早く印を切ると刃が光を放ち、白光帯びる剣を振り抜いた。土筆袴も、魔を絶つ刃で斬撃を見舞う。
    「何しやがんだ! 大人しく死にやがれ!」
     楯突かれたと思ったキョウジは怒りを露わにし、手にした斧を振り下ろす。普通の人間なら真っ二つにしかねない一撃を、忍尽は腕を交差させて受け止めた。
    (「いくら強くたって、それだけじゃ偉くなんてないよ。それに、自分の想いひとつ我慢できないなんて強くすらないの」)
     エメラルは体に巻き付いたダイダロスベルトをほどき、忍尽に向けて伸ばす。
    「ボクたちの方が絶対ずっと強いもん。だから絶対、負けないよ!」
     帯は包帯のように忍尽を包み込み、傷を癒すとともに防御力を高める。仲間を支えることもまた1つの戦いだ。想いを声に変え、強者を気取る暴君に宣戦布告する。
    「悪いがこの密室、潰させて貰うぜ」
     高明は歯を見せて野獣のように笑い、長剣を握って突撃。壁を蹴って急激に方向転換し、そのままの勢いで突っ込んだ。足目掛けて刃を振るい、キョウジの動きを鈍らせる。
    「逢いたかったぜ、六六六人衆……」
     冷淡な表情の中、瞳に殺意を映してカイナが迫る。側面から接近し霊体となった太刀を突き立てるが、キョウジはギリギリで身を躱した。だが白金は駆け抜けながら鋼の糸を伸ばして敵を絡めとり、傷を刻みながら締め上げた。
    「さすがにお強いですね」
     冷静に指輪をキョウジに向け、ヴァンが魔力の弾丸を撃ち出す。魔弾はキョウジの胸に吸い込まれ、込められた呪縛が制約を与えた。

    ●暴虐の力
    「オラァ!」
     キョウジが両の拳を重ね、束ねた気を砲弾に変えて撃ち出す。気弾が夏希に迫るが、ビハインドのノワールが射線を遮って庇った。
    「助けてくれなくても自分で…………あ、ありがと」
     ノワールは夏希の素直ではない言葉に小さく頷き、すぐさま拳を握って攻撃に転じる。
    「ちょっ、他に反応ないのっ?」
     夏希はそんなやや素っ気ないともいえる態度に刺激され、負けるまいと槍から氷柱を放ったのだった。
    「てめぇ、足元見ねぇと掬われるぜ? ……まぁ、今から死ぬんだ。忠告も無駄か」
     カイナの腕がデモノイド寄生体に呑み込まれ、巨大な砲台に姿を変える。砲口から迸る光がキョウジを焼き、死の毒がその命を蝕み始めた。
    「キョウジ……矜持とは、己の才覚を誇る事でござったか。然し他者を踏みにじる其れは只の奢りにござる」
     閉鎖された狭い空間で強者を名乗るのは、むしろ器が矮小な証ともいえるだろう。忍尽の影が形を変え、キョウジ目掛けて走る。黒い影は口を大きく広げ、獣のように敵を呑み込んだ。
    「邪魔すんな!」
    「Impregnable!」
     キョウジが拳を振りかぶり、高明に向けて力任せに叩き付ける。しかし高明は不惑の闘志を光に変えて盾を展開、拳を真正面から受け止めた。負けじとキョウジが拳を連打するが、光の盾を割ることはできなかった。
    「援護します」
     ジグザグに駆けて距離を詰め、ヴァンは鞭のようにしなる帯を刃に変えて斬撃を繰り出す。傷を深く刻み、身に纏うジャケットごと敵を切り裂いた。
    「ここは住民のための施設だ。君のようなのにはお引き取り願おう」
     鏡花は少し芝居がかった口調で言い、ウロボロスブレイドを構えて飛び込む。鞭剣は獲物に食らいつく蛇のように伸び、背後に回って斬撃を見舞った。
    「これならどうだ?」
     白金は身を包むオーラを拳に集めて殴り付けるが、キョウジは動きを見切って飛び退いた。考え無しに攻撃しては、さすがに通じるものも通じなくなってしまうだろう。
    「調子に乗ってんじゃねえぞ!」
     キョウジが斧を振りかぶり、鏡花の真上から叩き下ろす。だが霊犬のモラルが咄嗟に体当たりして突き飛ばし、代わりに受け止めた。
    「力を合わせれば大丈夫だよ!」
     エメラルは笑顔を絶やさず、再びダイダロスベルトを伸ばしてモラルの傷を癒す。一見灼滅者達が戦局を有利に進めているようだが、敵の攻撃力は高く、防御を担う灼滅者やサーヴァントのダメージも少なくない。戦線を維持できている間にキョウジを追い詰められるかが、勝敗の分かれ目となりそうだ。

    ●暴虐の最期
    「うらあっ!」
    「させん!」
     キョウジが夏希目掛け、気功の砲弾を放つ。しかし先刻の言葉通り忍尽が割って入り、自身の身を盾にして受け止めた。
    「ありがとう、大丈夫?」
    「これしきのこと、何でもないでござる……!」
     忍尽は一瞬膝をつくが、夏希の言葉を受けて立ちあがる。土筆袴やノワールもすでに力尽き、消滅した。灼滅者達の疲弊も大きいが、キョウジを倒さねば守ってくれたサーヴァントに申し訳が立たない。
    「アツシは何処にいる。答えれば幸せだぞ?」
    「誰が言うか!」
     白金はエアシューズで疾走し、暴風を伴って回し蹴りを見舞う。だがキョウジは斧を盾にして受け止め、問いとともに弾き返した。
    「一番偉いとか偉ぶってる奴ほど器が小せぇんだよな……消え失せろ」
     カイナは寄生体によって腕と太刀を一振りの刃に作り変え、真っ直ぐに突進して胸に突き立てる。ヴァンは死角から影を伸ばし、刃を形成してキョウジの腱を断ち切った。
    「負けないって言ったでしょ!」
     ここが決め時と判断し、攻撃に加わるエメラル。小悪魔のような翼を無意識にはためかせ、響く聖歌とともに十字架から光弾を放つ。夏希も輝くオーラを拳に集め、気の弾丸を撃ち出した。
    「逃がさねえよ!」
     ライドキャリバー・ガゼルが突進し、間髪入れず高明も駆け出す。左右から挟撃し、ガゼルが衝突する瞬間、白光放つ剣で切り裂いた。鏡花はエアシューズで加速し、机を蹴って跳躍。星のように降り落ちて頭上から跳び蹴りを食らわせた。
    「無辜の人々を死に追いやった者には然るべき制裁を……黄泉にて詫びよ!」
    「ああ……あっ!?」
     そして忍尽が瞬時に肉薄。至近距離から鋼の拳が貫き、殺戮者は自身の敗北を理解できぬまま消えていった。

    「お疲れ様でした。お怪我の具合は如何でしょう?」
     ヴァンは周囲を見渡し、仲間の怪我を確認する。楽な戦いではなかったが、サーヴァント達が守ってくれたおかげで深い傷を負った者はいなかった。
    「……ありがと」
     夏希は自身のスレイヤーカードを見つめ、誰にも聞こえないくらいの声で礼を言う。しかし段々と悔しさがこみ上げ、そそくさとカードを仕舞った。
    「何か手がかりになる物がないか?」
     MADに繋がるものはないかと、白金は支所内を物色。気になることがあれば推理してみてもいいだろう。
    「まったく、本当に幾つあるのやら。答えて貰えるはずもないけど聞いてみたいよ」
     鏡花は呆れたように肩をすくめ、嘆息した。密室を作り出すアツシの居場所を突き止め、早く元を絶ちたいところだ。
    「……せめて、安らかに……」
     そっと目を伏せ、ここで失われた命に黙祷を捧げるヴァン。瞳を閉じたまま、静かに冥福を祈った。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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