薄暗い空間。並べられたパイプ椅子に若者たちが座っていた。みな興奮した面持ちで前方のステージを見ている。
ここはビルの地下にあるライブ会場。
ステージにスポットライトが当たる。立っているのはスレンダーな体格の少女。少女は、観客の若者たち20人に手を振った。
「みんなー! きてくれてきてくれて、ありがとーっ!」
デニムのホットパンツをはいた彼女は、そういってぴょんっと飛び上がる。
「おおおーっ」とあがる歓声。
「今日もミラランのステージ、チョー元気にいっくよーっ」
そういって踊りだす少女にしてアイドル淫魔のミララン。
ミラランはしばらく踊り続けていたが、あるとき動きをピタッと止めた。
ライブ会場の入り口に、異形の存在がいるのに気付いたからだ。
それは腰にミノをつけた太った男だった。頭からは巨大な角を一本伸ばしている。羅刹だ。
「ぐへへへへへへーっ」
羅刹は、余り気味の胸の肉を揺らしながら、会場に入る。
「ぐへへへへぇっ」
羅刹は口を開けた。人間なら顎が抜けるほど大きく開く。虫歯だらけの歯がのぞいた。そして
「かぁーーーっ」
羅刹は緑色のガスを吐き出す。
「え? なにこ……」
ガスに包まれた人間たちはばたりばたりと倒れていく。
観客たちが倒れた後、羅刹は歩きだす。ステージにいるミラランと羅刹の距離が詰まっていく……。
教室で、姫子は灼滅者たちに説明を開始する。
「最近、ラブリンスター配下の淫魔が頻繁にライブを行っているようです。
今まではバベルの鎖がある為、ライブを開いても客が集まる事は無かったのですが、仲間になった七不思議使い達にライブ情報の噂を流してもらうなどして、一般人を集めるのに成功したようですね。
といっても、お客さんはせいぜい20人程度のようですが」
姫子は続けた。
「ライブに来るのが一般人だけなら、問題は無かったのですが……、
アイドル淫魔の一人ミラランのライブ会場に、やってくる羅刹がいるのです。
この羅刹は、ライブ会場に到着すると観客を殺し、ミラランのところへ向かいます。
羅刹の目的は不明ですが、ライブ会場にいる一般人が殺されてしまうのは、阻止しなくてはいけませんよね。
羅刹がライブ会場に入る前に、灼滅してくださらないでしょうか?」
羅刹に会う最適のタイミングは、夜七時、ライブ会場に近い公園でだという。
この公園で待ち伏せしていると、会場に向かおうとする羅刹と遭遇することができる。
羅刹は戦闘になれば、前衛ディフェンダーのポジションで戦おうとする。
また次のような技を使うようだ。
口からヴェノムゲイル相当の毒の混じった臭い息を吐き出す技。
さらに、口からペトロカース相当の、呪いのオーラを吐き出す技。
口の中の歯をこすり合わせることで、ソニックビート相当の騒音を出す技。
また、体勢が崩れればシャウトも行う。
「神秘の技が得意な厄介な相手ですが……うまく作戦を立て、倒してください」
姫子はすこし考えたのち、言葉を紡ぐ。
「事件を未然に防ぐ方法は、羅刹を倒す以外に、もう一つあります。
それはミラランのライブに乱入し、解散させ一般人を避難させる、という方法。
この場合、ライブを邪魔されたミラランは怒って戦闘をしかけてくるでしょう。
ミラランさんの戦闘力はそれほど高くありませんが、戦闘途中で羅刹が乱入してくる可能性もあるので、難易度はあがってしまうかもしれませんね。」
説明は以上のようだ。姫子はふかぶかと頭を下げた。
「作戦は皆さんにお任せします。みなさんが最善を掴みとること、心から信じています」
参加者 | |
---|---|
鏡・剣(喧嘩上等・d00006) |
羽柴・陽桜(はなかげおと・d01490) |
神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914) |
深束・葵(ミスメイデン・d11424) |
ライン・ルーイゲン(ツヴァイシュピール・d16171) |
緑風・玲那(緋閃葬翼・d17507) |
朱屋・雄斗(黒犬・d17629) |
月姫・舞(炊事場の主・d20689) |
●
公園内にある街灯が、灼滅者八人と木々とを照らしていた。
神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)は公園の入り口の一つに目をやる。入り口は今見ている一つを除いてカラーコーンなどで封鎖済み。一般人の不在も確認している。
「後は、待つだけね。招待されてしまった余計者を」
隣には、ライン・ルーイゲン(ツヴァイシュピール・d16171)と深束・葵(ミスメイデン・d11424)が立っている。
ラインは首を動かす。淫魔ミラランのライブ会場のある方向を見やり、
「複雑な気持ちもしますが……でも、一般の方の被害は出したくありませんからね。ここで必ず止めましょう」
ラインの視線を、葵も追う。葵は肩をすくめ、苦笑。
「アタシはライブ自体に興味ないし、どうでもいいんだけどね。けど、会場が阿鼻叫喚な絵になるのは避けたいし、鬼さんは撃退しなきゃね」
朱屋・雄斗(黒犬・d17629)は地面に耳をつけていた。体を起こし、感情を感じさせない声で告げる。
「足音が近づいてきている。音の大きさから考えて、おそらく羅刹だ」
仲間の表情が引き締まる。
数秒後には足音が聞こえ始める。さらに数秒たつと、羅刹の姿が灼滅者の目に映る。
茶色いミノを腰にまきつけた男。太っていて、胸や腹の肉がゆれている。体からは酸っぱい臭い。額から角を突き出したできものだらけの顔が、灼滅者に向けられている。
「ぐへへへへへへへっ、ぐへっ」
笑う羅刹の前に、羽柴・陽桜(はなかげおと・d01490)が立ちはだかった。行く手を遮るように両腕を広げ、
「ミラランちゃんのライブの邪魔はさせないの!」
気丈に発言。
月姫・舞(炊事場の主・d20689)と緑風・玲那(緋閃葬翼・d17507)が、彼女の横に並ぶ。
「貴方は私を殺してくれる? それとも殺されるのかしら?」
「深淵の先を逝く者達を祓う聖光の加護を!」
舞は妖笑とともに、玲那は赤の瞳に信念を込め、封印を解く。
鏡・剣(喧嘩上等・d00006)も灼滅者の姿を現し、バトルオーラを滾らせる。
「じゃあ始めようぜ? 俺たちの喧嘩をな!」
地面を蹴る。姿勢を低くし、羅刹へ特攻。
彼の視線の先で、羅刹は口を大きく開き、黄色や黒の不潔な歯を見せた。
●
先手を取ったのは羅刹。羅刹の腹が膨れへこんだ。灼滅者へ息を吹きかけてくる。
陽桜は鼻に強烈な硫黄臭を感じた。息は臭いだけではない、毒が混じっている。ライン、明日等、葵は、毒を吸い消耗してしまった。
陽桜は毒がもたらす痛みをこらえ、声を張る。
「ライブに乱入しようとしたり、毒を吐いたり、マナー違反ばっかり! その根性、ひおが叩き直してあげます!」
桜の枝を模した『はないかだ』を横に振る。風を吹かせ、悪臭と毒を払う。
明日等は咳込んでいたが、陽桜の風で呼吸を整える。
「……こんなやつ、一刻も早く灼滅してやるわ」「にゃにゃ~」
怒る明日等に答え、ウイングキャット・リンフォースが鳴く。
リンフォースは肉球で羅刹に殴りかかる。羅刹はリンフォースを払いどけようとする。
が――明日等が羅刹の手の動きより早く、拳を突き出す。明日等の手に握られていたのは、ベルト。先端で羅刹の腹を貫く!
傷を押さえる羅刹の前、舞は指をしなやかに動かした。
舞の意に応じ、黒影布が動く。
「バラバラにしてあげる」
言い終えるや否や、黒影布が羅刹の肌を切る。血を散らせる。
灼滅者たちは勢いづく。次々に攻撃を命中させるが、羅刹は再び口を開く。
「ぐべぇーーーぃっ!」
緑色の、呪いの気を吐く。
後衛を狙って飛ぶ呪いを玲那が受け止めた。玲那は顔を青ざめさせる。
ラインはギターの弦から片手を離す。人差し指を羅刹に突き付けた。
ラインは指先からオーラキャノンを放つ。ラインの力が羅刹の体に激突! 舞い上がる土煙。
「Bitte!」
凛と響く声に、ナノナノのシャルは、ハートの力を玲那に注いだ。
玲那は平静を取り戻す。先ほどラインの攻撃で発生した土煙も晴れている。玲那は跳ぶ。
「すみませんが、これ以上暴れる前に、倒させていただきます!」
敵の頭上から声をかけ、落下。白く光る足を突き出す。羅刹の顔面を蹴る!
蹴られた羅刹は、着地した玲那を掴もうと手を伸ばすが――。
雄斗が手に嵌めていた黒数珠を外した。
途端、雄斗の腕の筋肉が膨れ、巨大化。
雄斗は口を堅く閉じたまま、巨大化した腕を羅刹へ叩きつけた。
雄斗の拳の威力は強大。手を伸ばしていた羅刹を、吹き飛ばす。
羅刹は焦った顔をしながらも、器用に着地。
羅刹は続く灼滅者の攻撃の幾つかを避け、
「ふんむー。とっておきをぉ、きかせてあげるよぉお」
おもむろに口を閉じる。
羅刹の口の中で音が鳴る。ギリギリギリギリィ、不快で大きな音が発生。
葵のライドキャリバー我是丸が羅刹の正面に移動、音波を機体で止める。
我是丸が攻撃を受けているうちに、葵は羅刹の側面に回り込んだ。
「キミみたいな鬼さんがライブに入ったらダメ。だから――」
黄金色に煌めく回転砲を羅刹へ向け、発射。大量の弾丸が羅刹の肉体にぶつかり、爆発し、燃える。
「ぐ……ぐぬぅ、ボクちゃん、おマエらぁ、ぐへへへへへっ」
羅刹はまた口から何かを出そうとしたが、
剣はその羅刹の懐に飛び込んだ。
「歯ぎしりに臭い息。まったく口の減らない奴だな。いい加減うっとおしいから、永遠にその口塞いでろ!」
剣は手を握りしめる。拳を下から上に。顎を殴る。さらに殴る。顎への連打!
打たれて閉じた羅刹の口、その隙間から「うぐぐぐ……」うめき声。
●
時間は経過する。灼滅者は攻め続けたが、しかし、反撃も苛烈。
今も、剣が歯ぎしり音波をうけ、傷を作っていた。
しかし、剣の瞳は生気に満ちていた。その目を限界まで開く。口角をぐいっとつりあげる。
「この程度か? なら、次はこっちだ。いくぜえ、羅刹ぅっ!」
剣は片足を半歩前へ。相手の胸ぐらをつかみ引き寄せる。
剣は逆の手で、相手の顔を殴る。殴った腕から炎を発し、顔を焼く!
明日等は槍の穂先を、顔を抑える羅刹の胴へ向けた。
目を閉じ、精神を集中。数秒後に目を開いた。
「さっきの息のお返しをしてやるわ!」
明日等は槍の先から氷の塊を打ち出す。同時にリンフォースが「にゃ~」と魔法で加勢。
氷の塊が鬼の胴に直撃。巨体を氷で覆う。
体を抱き、凍える羅刹。弱った羅刹に、灼滅者は次々攻撃し傷を増やす。
が、一分後、羅刹は天を仰ぐ。
「ぼくちゃんんん!!! ライブ、いくんだああああ!! ぐへえ!!!!」
絶叫。その声で己の闘志を高め、氷を溶かす。崩れた姿勢も立て直す。
しかし、敵の攻撃の手は止まった。
陽桜は隙を逃さず、オーラを立ち昇らせる。桜色の花びらが散った。陽桜はオーラを腕に集中させ、敵に向かって射出!
ほぼ同時、玲那が前進。敵の前で、紅く煌く剣を振り上げ――渾身の力で振り落す。クルセイドスラッシュ!
陽桜のオーラがみぞおちにめり込み、玲那の斬撃が肩を切る。
「ぐへえ」
たまらず膝をつく羅刹。
陽桜と玲那は問う。
「さっきライブに行くと言いましたね? 誰の命令でそうするのです?」
「ライブの妨害を貴方に頼んだのは、誰なのですか?」
羅刹から返ってくるのは、「げひひひひひ」という笑いのみ。
ラインは、
「言葉は喋れても、意思疎通は無理のようですね」
言いながら片足をあげた。足が眩く輝いた。膝をついたままの羅刹の側頭部を、足の甲で蹴りつける。スターゲイザー!
羅刹の太った上半身が揺れる。
しかし、羅刹はまだ倒れない。一分後には、
「げはああっ」
緑色の呪いの気を吐いた。標的はライン。まがまがしく粘つく気が、ラインに絡みつく。
ラインは冷静さを崩さない。「Bitte!」再びシャルに命じ、己の体を癒す。戦闘姿勢をとり続ける。
戦闘は続いた。灼滅者は羅刹に大きな傷をつけていたが、灼滅者もまた無傷ではなかった。
雄斗も毒で消耗し、額に汗の雫を浮かべていた。けれど、疲れを表情には出さない。
雄斗は数珠を嵌めた右手を天へ突き出した。
腕の先に神経を集中。
そして振り下ろす。出現した風の刃が羅刹の肩をえぐる。
羅刹はふらつく。倒れそうになるが、「がああ」己の膝を手で押さえ踏みとどまった。
雄斗は首を動かす。傍らの仲間を見た。
「いけるか?」
「ええ」と舞が頷く。
舞は濡れ燕の柄をしっかりと握りなおす。逆の手で殺略の箱を開く。
「……技を借りますね。血河飛翔っ、濡れ燕!」
黒髪を揺らしながら、舞は動いた。
影と刃を操り、一閃、二閃!
舞の技が羅刹の肌にXの字の傷を刻む!
「があああ?!」
血を流し、うつ伏せに倒れる羅刹。数秒間、羅刹は動かない。
が――それでも羅刹は生きていた。
羅刹は一分かけ顔を上げる。「ぶはあああ」これまでない勢いで、毒を噴出する。
毒を浴びたのは、葵。葵は毒を浴びつつも、我是丸とともに前進。
「最後の最後でそれ? やっぱり、キミはライブに出入り禁止だね」
我是丸が突撃し、羅刹を轢く。
葵自身は白銀に揺らめく帯を伸ばし、羅刹の背を刺した。
葵の一撃が、羅刹の命を奪った。
●
「厄介な鬼さんだったけど、これで終わり……だね」
葵は敵が完全に消滅したのを見、体から力を抜く。日常の姿に戻る
雄斗は視線を下げ、鬼が消えた場所をみやる。
「……」
手を合わせ、口の中で経をよんだ。
しばらくの後。灼滅たちは地下のライブ会場にいた。
ステージでは、淫魔ミラランが片手を振り上げる。
「いえーーーーーーーーーーいっ♪」
「「いえーーーーーーーーーーいっ♪」」
ミラランの叫びに観客たちは声を返す。
明日等は椅子に座りつつ、観客たちを見回していた。
「みんな楽しそう……ライブに被害が出なくてよかったわね」
明日等の視線の先で、観客たちは立ち上がり、拍手をしている。
ラインは座ったままではあるが、拍手を送る。ミラランの歌の技術には欠点も多い。でも、とラインは呟く。
「でも、元気の良さとお客さんとのコミュニケーションで独特の雰囲気を作り上げているのですね……」
剣は腕を組み、ステージ上のミラランを見つめていた。
ミラランは歌い踊りながらも、時折観客たちに呼びかけ、手を振る。観客席に移動し、握手を交わしたりもする。
「アイドルってのも地道な活動なんだな。こうやってファンサービスしてやっと人が来るようになんのか」
剣は感心したように頷く。
やがて、ライブは盛り上がりの中で終了する。
灼滅者たちは楽屋を訪れた。ミラランはソファーで休憩していた。
玲那は彼女の前に立ち、
「ライブお疲れ様、見てて楽しかったです! よろしければ、これを」
黄色い花束を差し出した。
「きゃ、これ、フリージア! ありがとー」
花束を軽く抱き、はしゃぐミララン。
陽桜も、おつかれさまでした、です! とねぎらったのち、「緑茶飴」を差し出した。
「これもさしいれなの! ひおの幼馴染のお店の飴玉、喉にもいいから歌の合間によかったら、どうぞです!」
「おいしそー。ありがとねっ……それに他の皆もありがと、来てくれて、ちょーっげんきでるっ。らぶっ!」
喜びはしゃぐミララン。灼滅者はひとしきり、ライブの感想など述べたのち、別れを告げる。
舞は深く頭を下げた。
「失礼しますね、ミラランさん。あなたもお客さんも元気で楽しかったです、良いライブでした。ラブリンスターさんにもよろしく言っておいてくださいね」
舞が言うと、ミラランは満面の笑みで頷き、手を振ってくれた。「ありがとねー」背中に、言葉を聞きながら、灼滅者は歩いていく。
作者:雪神あゆた |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年7月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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