猛火の獣、夜天を燃やす

    作者:波多野志郎

     夏の星空、雲ひとつないその夜に一つの咆哮が轟く。
    『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
     それは、まさに燃える炎そのものが形を持ったような獣だった。体長は六メートル程度。風にたなびく緋色の毛並み。それが長く、美しい。犬科の狩猟動物のフォルムを持つ燃える獣は、夏の草原を疾走していく。
     火の粉の軌跡を残して走る獣が一路向かう先は、イルミネーションに包まれた街だ。夜空と同じく色取り取りの輝きに包まれた地上を、獣は赤一色に染めようと駆け続ける……。


    「イフリートってのは、衝動に火が着くと厄介っすね」
     深いため息と共に、湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)は語り始める。
     今回、翠織が察知したのはダークネス、イフリートの存在だ。
    「山奥から、イフリートが足を伸ばした……そんな感じっすね。イフリートからすれば足を伸ばしただけ。でも、こっちからすれば大事っす」
     山の麓にたどり着いてしまえば、後は暴れまわるだけだ。被害が出るかどうかなど、火を見るよりも明らかだ。
    「だから、そうなる前に止めて欲しいんす」
     イフリートは、草原で待ち構えていれば遭遇出来る。人払いの必要はないが、時間は夜だ。光源の用意は必須となる。
     敵は一体のイフリートだ。体長は六メートルほど。炎にも見える見事な毛並みを持った獣だ。
    「イフリートは、その大きさに見合った攻撃力と耐久力を持ってるっす。そんな相手と真正面から殴りあう必要があるんすよ」
     草原は見渡しもよく、障害物もない。お互いに不意打ちなどを行なえる状況ではない。だからこそ、こちらは数の利と戦術で対抗でなくては勝ち目はないだろう。
    「このまま行けば、多くの犠牲が出るっす。その瀬戸際だからこそ、みんなには頑張って欲しいっす」


    参加者
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    五十里・香(魔弾幕の射手・d04239)
    時宮・霧栖(紅色の忘れ形見・d08756)
    大和・蒼侍(炎を司る蒼き侍・d18704)
    湊元・ひかる(コワレモノ・d22533)
    鷹司・圭一(スクエアリングの糸・d29760)
    鴻上・廉也(高校生ダンピール・d29780)

    ■リプレイ


     夏の星空、雲ひとつないその夜空の下に広がる草原をアリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)は見回した。
    「あれが今回のターゲットね。遠くからみるには綺麗だけど、だからってここを通すわけにはいかないわ」
     アリスの視線の先、森の中を疾走する緋色の輝きが夜に鮮やかに刻まれているのが見える。それに、時宮・霧栖(紅色の忘れ形見・d08756)も飄々と言い捨てた。
    「満天の星空の中で炎の獣と戯れる……と聞けば聞こえはいいんだけどねぇ……。人を襲うとなっちゃ無視する訳にもいかないね」
    「破壊の力……けれど先を照らす灯でもあって」
     湊元・ひかる(コワレモノ・d22533)は、呟く。その夜の闇の中でも眩しい灯火が、あの人と重なった。
    「あなたを、止めなきゃ。人を殺して罪を重ねないよう、その光は、使い方さえ違ったなら、きっと……」
     森を駆け抜け、イフリートがその姿を現わす。体長は六メートル程度。風にたなびく緋色の毛並み。それが長く、美しい。犬科の狩猟動物のフォルムを持つ燃える獣――その姿に、ダグラス・マクギャレイ(獣・d19431)が歯を剥く獣のように笑った。
    「野っ原駆けるのが楽しいのは、まあ解るが。テメェをこれ以上先に進ませる訳にゃいかねえんでな」
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     イフリートが、咆哮を轟かせる。その声に、集中力を高めながら目を閉じていた大和・蒼侍(炎を司る蒼き侍・d18704)が目を開いた。
    (「……今回も外れか」)
    「夏の夜に燃えるのは、花火と恋心までにしときましょか……あ、やめてライドウさんそんな冷たい視線送らないで」
     鷹司・圭一(スクエアリングの糸・d29760)の軽口に、ライドキャリバーのライドウがライトを冷たく点滅させる。一歩、また一歩と加速するイフリートに、鴻上・廉也(高校生ダンピール・d29780)は言い捨てた。
    「イフリート自体はダークネスの中では比較的悪感情はないが、俺たちは人間の味方だ。人を襲うというなら、ここで灼滅させてもらう」
    「獣は人に狩られるものだと教えてやる」
     五十里・香(魔弾幕の射手・d04239)がそう言い放った瞬間だ、ヒュガガガガガガガガガガガガガ! とイフリートを中心に炎の砲弾が生み出されていく――それを見て、アリスがスレイヤーカードを構えた。
    「Slayer Card,Awaken!」
     ドドドドドドドドドドドドドドドンッ! と全方向へ撃ち放たれるフルバースト、イフリートのオールレンジパニッシャーが赤く夜天を焦がした。


    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     イフリートが、更に加速する。爆煙の中へイフリートが飛び込んだその時、咆哮に負けないエンジン音が高らかに鳴り響いた。
    『グル!?』
     ガゴン! とライドが、イフリートと激突する。突進が止まった、その事に圭一が歓声を上げた。
    「キャー、ライドウさん今日もクールだねぇ」
     圭一の腕がデモノイド寄生体によって、砲門と化す。ドン! と放たれたDCPキャノンを、イフリートは炎で包んだ尾で受け止めた。
    『ガル――!!』
     イフリートが、尾を薙ぎ払う。同時にその風で、爆煙が散らされ――。
    「カハ!!」
     爆煙の中から、笑みの混じった呼気を吐き捨てダグラスが踏み込む。雷を宿したその拳が真下から、イフリートの顎を強打した。しかし、振り切れない――その体格差、膂力差は明白だ。だが、ダグラスの笑みは濃くなるだけだ。
    「いいのか? そっちだけに集中して」
     不意に、踏ん張ったイフリートの足が切り裂かれた。蒼侍だ、爆煙を利用して死角へと滑り込んだ蒼侍が、刀でイフリートの足を斬ったのだ。
     イフリートの体勢が崩れる、そこに跳躍した香が降下する!
    「いい弾幕だったわ――!」
     香のスターゲイザーが、イフリートの背に叩き込まれた。鼻をつく、大気を焦がした匂い――その熱さえも楽しみながら、香は重圧でイフリートをその場に圧し止める。
    「さぁ、夜狩りの時間だ。きりきりと働こうか」
     その間隙に、ヒュオンと槍を振るって武器を握り直した霧栖が駆け込んだ。螺旋を描いた刺突、霧栖の螺穿槍が深々と突き刺さる。
    「凍てつきなさい――!」
     そして、イフリートを中心にアリスのフリージングデスが吹き荒れた。熱気と凍気が、混ざり合いながら爆音を立てて周囲を吹く抜けていく――直後、イフリートを中心に炎が吹き上がった。
    「なるほど。災害だな、これは」
     護符揃えから符を一枚引き抜き、廉也は己に護りの力を宿す。そして、ひかるもKEEPOUTを振るいイエローサインで仲間達を回復していった。そして、霊犬は浄霊眼によって蒼侍の傷を癒す。
    「綺麗、なのに……」
     ひかるが、こぼした。綺麗だから恐ろしいのか、恐ろしいから綺麗なのか、どちらなのかは定かではない。ただ、その炎の美しさは手を伸ばせば自らを焦がしてしまうのだと、何故か納得できた。
    「何にせよ、これからが本番か」
     廉也が、目を細める。明確に、イフリートからの殺気が増した。今の攻防で火が入ったのは、どうやら肉体だけではないらしい――破壊と殺戮の衝動を爆ぜさせ、イフリートを地面を震撼させ衝撃を撒き散らした。


     夜を焦がしながら、イフリートが草原を疾走する。しなやかな躍動美は、まさに獣ならではの美しさだ。それを認め、ダグラスが地面を蹴って並走した。
    (「愉しくて仕方がねえ。ああ全く、ゾクゾクする」)
     人の形である事さえ、もどかしい。互いが獣の如くに敵だけを見据えて鎬を削るこの瞬間、全力での命の奪い合い。ダグラスは、口の端に――。
    『――――』
     イフリートと視線が合った瞬間、ダグラスは息を飲む。そこに自分と同じ笑みを見たのは、決して見間違いではないはずだ。
    「……ヤベェ。足、踏み外さねえ様に気を付けねえと」
     首を強く左右に振って、ダグラスは強く一気に加速。Miachを硬く硬く、握り締めた。手足の延長、己の爪牙のごとく――ダグラスがイフリートに叩き込む!
    「合わせてくれ」
     廉也が、宙を舞う。廉也の踵落とし、スターゲイザーがイフリートの頭部を捉えた直後、香がStOBを構え引き金を引いた。
     ドォ! という香の黙示録砲の光弾が、イフリートを捉える。ビキビキビキ、と長い緋色の毛並みを白く凍らせるイフリートに、しかし、香は表情の厳しさを増した
    「浅いか、来る」
     直後、ヒュオンとイフリートを中心に炎の輪が形成――ギュゴォ! とリップルバスターが灼滅者達を薙ぎ払った。
    「駄目……」
     すかさず、ひかるはイエローサインで回復させ、霊犬もそれをフォローする。
    『ガ、ガアア、ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
     ライドウは機銃を掃射、ガガガガガガガガガガガガガガガッ! とイフリートの足元へ銃弾の雨を撃ち放った。それに、圭一がロケット噴射で加速した一撃をイフリートへ見舞った。
    「あ、イフリートさんもふっとした。ライドウさんはもふもふはお好き? ……あ、ちょっと無視しないで」
     目の前で揺れるイフリートの毛並みに圭一が軽口をたたくが、ライドウは無視を決め込んだらしい。
    「隙有りだ」
     そして、頭上の死角を舞った蒼侍の一閃が、イフリートの毛並みを切り裂いた。そこへ、草原を疾走しながらアリスが汎魔殿から伸ばした複数の魔物の腕がイフリートをねじ伏せる!
    「本当に、タフね」
     グググ、と踏ん張り魔物の腕を振り払ったイフリートに、アリスは言い捨てた。
    「でか……この大きさで暴れられたら下の町なんて一溜りも無いだろうね」
     眼前でイフリートを見上げ、霧栖はクロスグレイブを構える。イフリートと視線が合った瞬間、霧栖は言い放った。
    「謝らないよ? こっちにはこっちの都合があるからね」
     直後、霧栖は黙示録砲の光弾をイフリートへと直撃させた。
    「ひゅー、皆も結構やるわね」
     軽く口笛を吹いて、圭一は笑う。しかし、その軽さと裏腹に、状況は決して油断できるものではなかった。イフリートの高い耐久力と高い攻撃力から放つ範囲攻撃の数々、それは灼滅者達を易々と追い込んでいく。
    (「だが、その程度は元より覚悟の上だ」)
     サイリウムの輝きで、足場の状況を補完しながら廉也は身構えた。相手はダークネス、元よりその戦闘能力の差は理解している。だからこその役割分担、だからこその連携――押し切られる、そのギリギリラインを持ち堪え続けた。
     互いに、後一押しが出ない。そういう状況の続く持久戦――その流れを完全に断ち切ったのは、香だった。
    (「来い、来い――」)
     香が、駆ける。その動きを視線で追ったイフリートの周囲に、ボボボボボボボボボボボボウッ! と炎の弾丸が大量に生み出されていく。それを見て、香はザザザッ! と足を止めた。
    「――来た、それを待っていた」
     ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドゥ! とイフリートのオールレンジパニッシャーが、香へと降り注ぐ。何と言う弾幕、まさにバレットストームの雨の中にいる気分に浸り、香はヒュガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ! とイフリートのオールレンジパニッシャーを無数の魔法光線、アンチサイキックレイで相殺した。
    『ガ、ア――!?』
    「いい弾幕だった」
     砲弾を打ち抜いた香の光線が、イフリートへと降り注ぐ。
    「物騒な散歩はココで終いだ。獣は獣らしく生存競争に従って貰おうか」
     光の雨の中を、それこそ散歩するような気楽さでダグラスが駆ける。まさに、豪雨の中を疾走する豹がごとく、その拳を牙にイフリートの顎を強打――のけぞらせた。
    「ま、こっちは団体、単体だとテメェの方が強いって辺りが、ちっとばかり情けねえけどよ――」
    「これが、灼滅者の戦い方だと思ってもらおう」
     そして、廉也の渾身のレーヴァテインの炎に包まれた前蹴りが、イフリートの巨体を吹き飛ばした。廉也に蹴り飛ばされたイフリートを、ライドウが突撃して下へと押しやり――。
    「いらっしゃーい!」
     待ち構えていた圭一のロケットスマッシュの豪快な一撃が、イフリートを迎撃する! そして、そのイフリートを、ひかるのオーラキャノンと霊犬の六文銭が捉えた。
    (「救えるなんて思っていないけど、綺麗なまま眠って欲しい」)
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
     ドォ! と爆炎が巻き起こる中、イフリートが立ち上がる。そこへ、霧栖はオーラを集中させた両の拳を振りかぶり、間合いを詰めた。
    「謝らないよ? こっちにはこっちの都合があるからね」
     イフリートの視線を真っ直ぐに受け止めて、霧栖はダダダダダダダダダダダダダダダダダン! とその拳を振るった。霧栖の閃光百烈拳を受けながら、イフリートは踏ん張る。
     そこへ、アリスが踏み出した。世の理は弱肉強食。それだけがきっと自分達とダークネスの共通認識だから――アリスは、渾身の力で言い放つ!
    「冥府の最奥に封ぜられし懲咎の冷気よ、大地より伝いて獣を罰せ!」
     ドォ!! とイフリートの巨体を飲み込む冷気の嵐。アリスのフリージングデスが、草原を、大気を、イフリートを凍て付かせる中、蒼侍が続く。
    「イフリートは……全て斬る!!」
     蒼侍が放つ、居合いの一閃がイフリートを断ち切った。グラリ、とイフリートの巨体が、力なくその場へと崩れ落ちる。
    「その身体に少しだけ触れさせて……?」
     優しく、おそるおそるとひかるの手がイフリートの毛並みを撫でた。暖かい、そう思えるのは錯覚ではないはずだ。柔らかなその感触が、失われていく。
     少しだけ、悲しい。そう胸中でこぼしたひかるの目の前で、イフリートが火の粉となって風に掻き消されていった……。


    「お疲れちゃん、っと。皆無事かね?」
     圭一の問いかけに、仲間達もようやく緊張を解いた。
    「ふぅ~……暑かったね。昼間じゃなくて良かったよ」
     霧栖が、そうこぼすと冷たいとさえ感じる風が吹き抜けていく。戦いが終われば、夏とはいえ夜の風は肌寒い。ましてや、直前まで戦いの熱が体を支配していたのだから、なおさらだ。
    「いつになったら目的を達成できるんだ……」
     一人、すぐに踵を返して歩き出した蒼侍は、小声でこぼす。その背中に続きながら、ふと廉也は夜空を見上げた。
    「ここに来ず山にいれば……いや、無駄な仮定か。たとえ人が山に迷い込んだのだとしても俺たちのやることは変わらない」
     圭一も、廉也の視線を追って夜空を見上げた。深い深い黒の闇に、色取り取りの宝石をぶちまけたようなすんだ夜空は、言葉に出来ない美しさがある。
    「星が綺麗なんで、上ばかり見て帰りそうだよ」
     圭一の呟きに、廉也は思う。あのイフリートもまた、この星空を綺麗だと思ったのだろうか? だとすれば、確かに今夜は走るのにはいい夜だ――そう思わずには、いられなかった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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