クロムナイト・タイプ『嵐』

    作者:空白革命


     男は猟師を生業としていた。ゆえに猟銃を扱うことができたし、それが手元にあったが、今ほど銃が役に立たないと感じたことは無い。
    「ひ、ひい!」
     青い鎧を着たバケモノだ。
     バケモノは突然山から現われ、倉庫や車を破壊していた。熊のたぐいかと思って銃を撃ったが、その弾は着弾と同時にはじけて消えたのだ。
     バケモノは振り返り、腕を巨大な剣に変えた。
     腰を抜かす――暇すら無い。
     バケモノは両腰や足につけた装備から空気をジェット噴射すると、凄まじいスピードで男のそばを駆け抜けていった。
     通り過ぎたあとに残ったものは、真っ二つにされた男の下半身のみ。
     一旦遅れて、上半身が地面にぐしゃりと落ちた。
     このバケモノこそロードクロムによって作成された強化型デモノイドのカスタムタイプ。
     クロムナイト・タイプ『嵐』である。
     

     朱雀門のデモノイドロード、ロードクロムの活動を知っているだろうか。
     かつて武蔵坂学園を利用して行なわれた強化デモノイド『クロムナイト』の実地試験は、兵隊を人里に受けて放つことで武蔵坂学園が止めに入らざるをえない状況を作り、その上で戦闘データを収集するというものだった。
     その実験は更に発展を見せ、量産型のクロムナイトを同じように実験するという活動に変わっている。
     今回戦う相手もそんなクロムナイトの一体だ。
     このクロムナイトの所行を止めつつ狙いにも乗らない。このためには、クロムナイトに短期決戦を仕掛けて勝たなければならない。
     クロムナイト・タイプ『嵐』。
     この呼称はエクスブレインが便宜上行なったもので、カスタムパーツによって機動性を大幅に高め嵐のように動き回ることから名付けられている。
     デモノイド特有のアームソードやアームキャノンは勿論のこと、複数の装備によって大きく強化されている。
    「ただでさえ強力なデモノイドを更に強化したクロムナイト。これに短期決戦で勝たなければならないとなれば、相応のダメージは覚悟すべきでしょう。でももし短期決戦が難しいと判断したら迷わず長期戦に移ってください。皆さんが負けた先にあるのは、一般市民の死なのですから」


    参加者
    伊舟城・征士郎(弓月鬼・d00458)
    海神・楓夏(ミーミルの泉・d00759)
    リーリャ・ドラグノフ(イディナローク・d02794)
    白波瀬・雅(光の戦士ピュアライト・d11197)
    織部・霧夜(ロスト・d21820)
    サイラス・バートレット(ブルータル・d22214)
    清浄・利恵(華開くブローディア・d23692)
    香坂・翔(青い殺戮兵器・d23830)

    ■リプレイ


     踏んだ土が大きく沈み、枯れ草をめり込ませていく。
     デモノイド特殊強化体、クロムナイト。その量産型カスタムタイプ。体格は平均的なデモノイドにくらべてすらっとしていて、金属製の軽鎧を装備している。足や腕の鎧にはそれぞれジェット噴射機や展開式武器の収納口などが見える。
    「これがデモノイド(ダークネス)であることを考えれば、装備は外側から付与したものというより一度取り込んだものを露出させているといった具合でしょうか。しかし、一般的なデモノイドと比べて特別戦闘力が増したようには見えませんね……」
     スコープごしにクロムナイトを観察していたリーリャ・ドラグノフ(イディナローク・d02794)は横目で香坂・翔(青い殺戮兵器・d23830)を見た。
    「以前戦ったタイプ焔はどうでしたか」
    「どうって、んー……」
     顔をしかめる翔。
    「戦いながら戦い方を覚えてる感じだったかな。今回はその強化版ってことになる……んだよな? ただデモノイドの強化ってことなら気になるんだよ。もしデモノイドヒューマンも同じように……」
    「どうでしょうね。あれは我々にはフィードバックできないものだと思いますよ」
    「んあ?」
     横で聞いていたサイラス・バートレット(ブルータル・d22214)が片眉を上げた。
    「そりゃクソみてえな実験してる力なんて欲しくもねえけどよ、『できない』ってどういうことだ?」
    「いや、できないというか意味が無いというか……まだ観察による仮定ですし、今は必要ないですから、後で話しますよ」
    「ええ、今は……彼を止めることに集中しましょう」
     すっくと立ち上がる伊舟城・征士郎(弓月鬼・d00458)。
    「一般人を利用した卑劣な実験などせずとも、お相手しましょう。第一戦うことは、暴走したデモノイドをとめる唯一の方法でもあるのですから」
    「止める、か。そうだな。運命が少し違えばボクもああなっていたのかもしれない」
     カードを翳し、デモノイドフォームにチェンジする清浄・利恵(華開くブローディア・d23692)。
    「これ以上の命は奪わせない。せめてものはなむけとして」
     こくりと頷き、武器をとる海神・楓夏(ミーミルの泉・d00759)。
    「力を合わせて、早期灼滅を目指しましょう」
     微笑んだ楓夏の後ろで、無言のまま眼鏡のつるをつまみあげる織部・霧夜(ロスト・d21820)。
     腕時計のスイッチを押し込むと、小さく唱えた。
    「始めるぞ」
     短いアラーム音と同時に長い布が螺旋状にねじれ、蛇のようにかまくびをもたげる。霧夜が目を僅かに細めるやいなや、槍のようにねじれた布がクロムナイトへと発射された。
     着弾――のコンマ五秒前に脚部ジェットを噴射。円を描くように攻撃をかわすが、霧夜の布槍もまた軌道をねじって追跡。クロムナイトの肩口を掠めていく。
    「マジピュア・ライトアップ!」
     正面から飛び出し突撃を仕掛ける白波瀬・雅(光の戦士ピュアライト・d11197)。カードを放り投げ、跳躍。
     そして格闘の距離まで入った所で、まるで映像編集をかけたように衣装をスライドチェンジ。
    「スターライト、クロス!」
     巨大な十字架が出現。それを両手で掴み重力と共にクロムナイトへ叩き付ける。
     クロムナイトはそれをスウェーで回避し、雅の斜め後ろに回り込んだ。
     地面に深くめりこんだ十字架をそのままに、後ろ蹴りを放つ雅。
     が、蹴りの距離とまったく同じだけのバックスウェーによってそれを回避した。
     やはり簡単には当たらないか。格上の戦闘特化個体だ。そのくらいは想定している。
    「『蒼の力、我に宿り敵を砕け』!」
     翔が横合いから攻撃。剣をまっすぐに突き込むが、クロムナイトはそれを腕を剣に変形させて弾いた。手から離れ回転して飛んでいく剣。
     対する翔も腕を剣化して二の太刀を放った。
     剣と剣がぶつかりあって止まる。
     押し込――もうとしたところでクロムナイトがジェットを使ってバックダッシュ。
     二人の間にギルティクロスが着弾。足下の土を切り裂いて散らす。
     高所からリーリャが放ったものだ。
     この射撃を避けたのか。もしくは翔と打ち合いになることを避けたのか。
     クロムナイトは片足ジェットで反転。後方からサイラスによって投擲された槍を弾くと、続けざまに放たれた神薙刃を返す刀で弾いた。
    「小細工は効かねえってわけか。それほど『やわ』でも困るけどな」
     サイラスは腕を剣化させて突撃。
     対してクロムナイトは腕の剣を鎖のように展開した。
     サイラスを切り払う気だ。そう察した利恵が間に割り込み、連続で振り込まれた遠距離斬撃をカバーガード。身体に同化させたデモノイドアーマーがごりごりと削れていく。
     削れたそばから帯状に伸びたデモノイド寄生体を展開。傷口を塞いでいく。
     だが削れる勢いのほうが早い。このままでは押し切られるかという所で、クロムナイトがジェット加速によるダッシュを仕掛けてきた。
     回避行動。一瞬間に合わず、腕を持って行かれる。
     が、即座に楓夏から癒しの矢が飛んできた。
     腕を強制修復。修復したての腕をついて転がり、その場を離脱する。
    「おちついて狙ってください。大丈夫ですよ」
    「カバー役を代わります」
     弓を構えた楓夏の横を駆け抜ける形で、征士郎がクロムナイトの前に立ちはだかった。
     別方向からは黒鷹(ビハインド)。クロムナイトの後方には禅(ウィングキャット)が回り込んでいる。簡単にだが包囲状態が完成した。
     禅は猫魔法を乱射。行動を牽制しつつ、黒鷹が剣で斬りかかる。
     クロムナイトはその場から渦巻き状に高速移動しながら魔法を回避し、切り払いの動きで黒鷹の剣も弾いた。そのタイミングを狙って跳び蹴りをしかける征士郎。
     が、ギリギリに空いたわずかなスペースを狙ってクロムナイトが包囲を脱出。そのままある方角へとジェット噴射によるダッシュを開始した。
     その方角とは。
    「いけません。あちらには民家が――!」
     征士郎は身を翻し、クロムナイトを追って駆けだした。


     山の斜面を削るように駆け下りていくクロムナイト。
     吹き上がる砂塵を切り払いながら、霧夜は全力で相手を追跡していた。
     足下から飛び上がった影業を掴み、ダーツの要領で大量に投擲する。
     クロムナイトはそれをジグザグ走行で回避。一発だけが当たるが、霧夜は絶えず次の影業を補充。と、そこで腕時計のアラームが短く鳴った。
    「――五分だ。急げ」
    「簡単に言ってくれるな」
    「援護はする」
     霧夜は両手の指の間に大量の影業ダーツを挟み込み、それらを一斉投擲。
     たまらず反転して鎖剣化した腕で切り払うクロムナイト。そうして生まれた『切り払い後』の隙に、利恵は素早く接近。ラリアットのように相手の腕の付け根をかっさらうと、そのまま抱え込んでホールドした。鎧を帯状に展開し、周囲の木々に巻き付ける。
     木々が巻き付けたそばからへし折れていった。
     だがこれによって僅かながら速度は落ちる。利恵が邪魔になったのか、クロムナイトは剣の腕で彼女を突き刺した。
    「攻撃はボクが受け止める。守った仲間が火力になる。君は足を鈍らせ、装備を軋ませるだろう。それがボクの戦いだ」
    「回復します、利恵さん! ――弾、助けてあげて」
     癒やしの矢を飛ばしながらウィングキャットに指示をだす楓夏。彼女に応じて、弾はクロムナイトの斜め上を飛行し始めた。足下を牽制するように猫魔法を連射。
     土砂が飛び散り、高速で走っていたデモノイドは生まれたくぼみに躓いて転倒した。ホールドしていた利恵も放り出され、斜面を転がっていく。
     一方のクロムナイトは両腕を鎖化させて展開し――た途端、サイラスが弓につがえていた矢を放った。
    「あんまり力んでくれるなよ。リラックスリラックス」
     皮肉げに笑うサイラス。矢は常識外れの威力で鎖化した腕を貫通し、引きちぎっていく。
     転がり落ちていく腕を見て、クロムナイトは初めて動揺したようなそぶりを見せた。
     腕を剣化して急接近。サイラスはもう一方の腕を深々と切りつけた。
    「強力な敵と一対一で戦う場合、ある程度の対抗パターンを組んだとしても最後は総合出力によるつぶし合いになります」
     同じく急接近し、炎を纏わせた膝蹴りを入れるリーリャ。てこの原理でへし折れた腕に、更に肘を入れる。完全に引きちぎれ、転がり落ちていく。
    「ただし強力な複数個体と一人で戦う場合、あらゆる手に対するカウンタープランでがんじがらめにされるようになる。まるで軍隊アリに食いつぶされるように、じわじわと縛られる。手数と考える頭の数によって敗北するのです。それが、朱雀門が圧倒的な格差をもちながらも武蔵坂に敗北し続けた理由……」
     だとすれば。と小声で呟くリーリャ。
     だがそれから先の語りが続くことはなかった。クロムナイトは低いうなりと共に両腕を強制修復し、同時にその腕を鎖剣化したのだ。
     両足と両腰からジェット噴射。その場でコマのように回転すると、リーリャたちを一斉に切り払った。
     凄まじいダメージである。常人であれば一分足らずで文字通りの八つ裂きになっていただろう。
     刃の距離は非常に長く、離れていた楓夏にまで届きかけていたが、カバーリングした征士郎と黒鷹によってそれは阻まれた。
     傷ついた腕をだらんと垂らして呼吸する征士郎。
    「怪我はありませんか、楓夏様」
    「平気。お二人こそ、大丈夫ですか?」
    「ちょっと……危ないですかね」
     征士郎の頬に大粒の汗が流れる。かたわらでは、黒鷹ががくりと膝をついていた。足下から順に消滅を始めている。
     クロムナイトの猛攻に対して限界が生じたのだ。
     征士郎はヴァンパイアミストを展開しながら仲間の様子をうかがった。
    「長期戦への移行を、もうそろそろ考えるべきでしょうか」
    「それも、大丈夫」
     楓夏が囁いた。
    「きっと、平気ですよ」

     短期決戦を狙う以上回復よりも攻撃が優先される。それ故にダメージも大きく、多少の戦闘不能者には目を瞑らなくてはならない。とはいえ全滅しては元も子もない。
     押し切るか、引くか。その見極めは必要なのだ。
    「でもここは、押し切ります!」
     雅はファイティングポーズでクロムナイトの前に立った。
     ジェットを噴射し、高速で突っ込んでくるクロムナイト。常人であれば身体を上下に分割されるような場面である。
     それを前にして、雅は瞑目。
     避けも防ぎもせず、斬撃を自らの腹で受け止めた。
     切断されなかったのが奇跡のような斬撃を、肉体そのもので固定。しかる後。
    「サンライト、オーラ!」
     両腕にオーラを纏わせ、クロムナイトの鎧が無い部分に突っ込んだ。
     内側で無理矢理両手を開き、オーラを開放。
    「ジャッジメント!」
     爆発。クロムナイトの両脇が吹き飛び、肉片が飛び散る。
     一方の雅はぐらりと傾き、仰向けに倒れた。
     仲間が作った絶好のチャンスだ。翔は肉体のエネルギーを使いきる勢いで突っ込むと、クロムナイトに全力の斜め斬りを繰り出した。
     上下真っ二つに切り裂かれ、斜面を転がっていくクロムナイト。
     そして、残った肉片は次々に爆発四散した。


     えぐり取られた山の斜面に、楓夏は立っていた。
     そばによってきた弾を撫でてやる。
     振り返ると、利恵が飛び散った残骸を拾い集めていた。
    「クロムナイトのカスタムパーツか。ボクにも流用できるだろうか……」
    「流用? そういえば」
     翔がはたと気づいてリーリャのほうを見た。
     酷い怪我をおって、傷口に包帯をまいているところである。
    「クロムナイトの進化がオレたちにフィードバックできないって言ったのは、結局なんでだったんだ?」
    「ああ、それですか」
     リーリャは手を止めて、霧夜とサイラスへと振り向いた。
    「個人的な感触として、クロムナイトが通常のデモノイドより特別強いと感じましたか?」
    「……いや」
     やや間を置いて応える霧夜。直接的な経験があるわけではないが、基本武蔵坂灼滅者が八人チームで対応するデモノイド灼滅作戦のそれと、対して違いはないように思えた。
     苦労したのは短期決戦をする必要があったからで、時間をかけられるならもっと楽に倒せただろう。
    「まあ言われてみりゃあ、どこが強くなったんだってハナシだよな」
    「確かに」
     腕組みする征士郎。
    「たとえばデモノイド因子を更に強化して、いわゆる上位クラス的なものになるのであればもっと苦労して然るべきでしょう。このくらいの驚異であれば、通常のデモノイドでも出せます」
    「え、なんすか? じゃあ強化版ってのはウソっすか? それとも量産型だからザコくなったとかっすかね」
     お腹に大量の包帯をまいた雅が顔を上げた。首を振るリーリャ。
    「強くなっています。動きに対応している。けれど対応することの本当の恐ろしさは『相手も同じことができる』ということです。戦争における兵器鹵獲や対抗開発。果ては企業競争のそれのように」
    「……対抗」
    「第一、戦闘データが欲しいならヴァンパイアやデモノイドロードと戦えばいいんです」
    「たしかに、灼滅者よりもずっと強いと思いますけど」
     会話に入って首を傾げる楓夏。霧夜が腕組みをして目を瞑った。
    「……わざわざ活動を武蔵坂に晒してまで、欲しいデータ」
    「チームの連携」
    「それと戦力の規格化か」
     利恵が、パーツを手の上でもてあそびながら言った。
    「デモノイドは強力な個体だ。それはアンブレイカブルや六六六人衆、イフリートも同じだが……欠点は個の主張が激しく連携した戦闘が苦手だということにある。デモノイドロードも同じ欠点を抱えているが」
    「知能の低いデモノイドを規格化できたらその限りじゃないってことか。あんなのがチーム組んでガチで襲ってきたら、流石にオレたちでも」
    「ヤバいっすよね」

     真の恐ろしさはクロムナイトの秘密……ではない。
     後ろにいるロードクロムそのものではないだろうか。
     いつかそれは実際的な形を伴って、身に降りかかってくるのだ。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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