留守を預かる小さな少女

    作者:零夢

     ねえ、お姉ちゃん。
     お姉ちゃんはいつ帰ってくるのかな。
     お姉ちゃんがいなくなってから、体の調子がおかしいの。
     それとも、わたしの体の調子がおかしいから、お姉ちゃんはわたしをおいていってしまったのかな。
     ――ううん。違うよね。
     わたしにはわかるよ。
     お姉ちゃんも今、わたしと同じなんだ、って。

     そして、少女は握り締めていたネズミをきゅ、と締め上げる。
     短い悲鳴とともにネズミが息を引き取ると、その身体にそっと口を当てた。
     少女の口の端から、紅い雫が滴り落ちる。

     こんな姿、見られたくないもんね。
     でもこれが欲しくて仕方ないし、それに、お姉ちゃんと同じなのは嬉しいから。
     けど本当は、こんな小さな生き物じゃなくてもっと別の――。
     だめだめ、がまんがまん。
     これは、お姉ちゃんが帰ってくるための願掛けなんだから。
     お姉ちゃん。
     わたしはいい子にしてるからね。
     いい子でここを、守ってるからね――。
    「今回皆さんには、この女の子を迎えに行ってあげて欲しいと思います」
     集まった灼滅者達にそう言ったのは、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)だ。
    「といっても、もちろん簡単ではありません。何と言っても、皆さんにお願いするくらいなのですから」
     姫子はふわりと小さく笑んで見せる。
     そんな彼女の言葉に、アレクシス・カンパネラ(高校生ダンピール・dn0010)は壁に背を預けながらかすかに頷いた。
    「……闇堕ち、か」
    「はい。お姉さんの闇堕ちとともにヴァンパイアとして目覚め、ダークネスになりかかっています」
     『なりかかっている』――つまり、ダークネスにはなっていない。
     ダークネスに変わる途中段階にある彼女は、まだ救済の余地が残されているということだ。
    「なので、闇から助け出してあげてください。ですが、もしものときは――」
     一旦言葉を切った姫子の続きは、言わずもがな。
     闇に堕ちれば、引き返すことは容易くない。
     引き返せなくなったときどうなるか。
     引き返せなくなった者を、どうすべきか。
    「……わかった」
     アレクシスはゆっくりと瞼を閉じると、腕を組む。
     そう、ダークネスになる前に灼滅しなくてはならない。
    「少女の名前は巴・詩乃さん。小学五年生で、闇堕ちとともに姿を消したお姉さんの帰りを待ち続けています。今はもう使われなくなった教会で、日々祈りを捧げているようです」
     教会で祈るヴァンパイア――それは、どこか異質なものを感じさせた。
     どうしてそこなのかといえば。
    「そこが、詩乃さんとお姉さんとの思い出の場所だからです」
     廃墟となった教会は、もはや人は近づかない。
     誰も来ない建物は、子供にとって絶好の秘密基地だ。
     古びたオルガンを弾いたのかもしれないし、ステンドグラスから降り注ぐ光をあびつつ、他愛もないおしゃべりに花を咲かせたのかもしれない。
    「そこに行けば――」
    「ええ。会えるでしょう」
     アレクシスの言葉に姫子は頷き、ですが、と続きを語る。
    「……当然ながら、会ってからが大変です」
     相手は小学生とはいえ闇堕ちしたヴァンパイア。
     戦闘能力の単純計算では、灼滅者が到底叶う相手ではない。
    「人の血に飢えているようですので、ふとした拍子にいつ理性の糸が切れるともわかりません。そうなっては厄介ですが、これはもう、全力をもって立ち向かうしかありません」
     それでももし、相手に隙を作るとしたら――。
    「……姉、」
     なのだろうか。
     小さくアレクシスが呟く。
     もはや自分に血族は残されていない。
     だから、どんなに焦がれようと、待ち続けようと、二度と会うことはない。
     寂しさなんて、とうの昔に閉じ込めた。
     けれど、待ち人がいるのはいいことだと、素直にそう思う。
     そんなアレクシスに、姫子は微笑を向ける。
    「おそらくは。最も執着していることですので、そこが一番やりやすいかと。ですが詩乃さんは、お姉さんと同じく、闇に堕ちたヴァンパイアであることを誇りに思っている節があります。それが、厄介かもしれませんね」
     人に戻りたいと願わないのであれば、それはダークネスが付け入る隙となる。
     非常に悩ましい問題だが、それでも、
    「……わかった」
     アレクシスは了承した。
     もしもうまく言葉が届かないのなら。
     そのときは精一杯の拳を届ければいい。
     ありったけの想いをのせて、彼女にぶつかっていけばいい。
     元来、アレクシスは口が達者な方ではない。むしろ無口な方だ。
     けれど、だからこそというべきか、想いを伝える術は言葉だけじゃないと知っている。
     あえて言葉にすれば、想いを伝えきれない時だってある。
     心に強い想いがあれば、言葉がなくとも、たとえ傷や痛みを与えても、きっと少女に届くだろう。
    「……それでは、よい報告を期待していますね」
     そう言って、姫子は小さく礼をしたのだった。


    参加者
    泉二・虚(中学生殺人鬼・d00052)
    御園・雪春(夜色パラドクス・d00093)
    鬼燈・メイ(火葬牢・d00625)
    遊木月・瑪瑙(ストリキニーネ・d01468)
    朝間・春翔(プルガトリオ・d02994)
    シルフィーゼ・フォルトゥーナ(小学生ダンピール・d03461)
    裏辺・纏(中学生ダンピール・d03980)
    灰咲・かしこ(宵色フィロソフィア・d06735)

    ■リプレイ

    ●祈りの末に、来た人々
     かつん、かつん、と小さな足音が響く。
    「綺麗な教会っスねェ」
     そう呟いたのは鬼燈・メイ(火葬牢・d00625)だった。
     ここは今や、使う人もいなくなった祈りの場所。
     オルガンの音で満ちたこの空間を、灼滅者たちはゆっくりと歩いていた。
     大きなオルガンの前には、小さな少女。
     彼女が、巴・詩乃だろう。
     その姿を認め、泉二・虚(中学生殺人鬼・d00052)はふと疑問を口にした。
    「……私も血族を根絶やしにされた身。生存者を信じれば、彼女と同じことをしたのだろうか?」
     それは、詩乃には届かぬほどの小声。
     自身に問うたのか、どこかに答えを求めたのかはわからない。
     けれどそれに答えるように、アレクシス・カンパネラ(高校生ダンピール・dn0010)は静かに言葉を紡いだ。
    「君は、どうしたかった?」
     生ある者を信じたかったのか、死した者のために戦いたかったのか。
     じっと見つめるアレクシスに、虚はただ小さな笑みを返す。
     その疑問はあまりに深く、その答えは遠すぎる。
     そうして教会の中ほどまで歩くと、オルガンの音がぴたりと止んだ。
    「……誰?」
     手を止めた少女は、くるりと振り向く。
     その瞳に浮かぶのは微かな警戒と、期待の色。
     けれど当然、そこにいたのは待ち望んでいた相手ではなくて。
    「ごめんね、期待した相手じゃなくて」
     目が合うと、遊木月・瑪瑙(ストリキニーネ・d01468)は申し訳なさそうに微笑んだ。
    「キミが詩乃ちゃんっスか?」
     メイが訊けば、少女は溜息混じりに頷く。
    「そうだよ、わたしは詩乃だよ。あなた達は?」
     最早期待の色はなく、警戒だけがただ残る。
     それを解すように、御園・雪春(夜色パラドクス・d00093)はふわりと笑みを向けた。
    「大丈夫大丈夫、俺たち別に、危ないことしに来たんじゃないんだよ?」
    「突然の来訪者を信用出来ないのは分かるが、争おうという訳ではない。まずは話を聞いてくれないだろうか」
     朝間・春翔(プルガトリオ・d02994)も紳士に語りかける。
    「話?」
     訝しげに首をかしげる詩乃に頷いたのは、灰咲・かしこ(宵色フィロソフィア・d06735)だ。
    「そう。まずは巴嬢、きみの話から始めようか」
    「ふうん?」
     詩乃は相槌のように応えを返すと、ゆっくりと立ち上がり、灼滅者に相対するように移動した。
     手始めに、裏辺・纏(中学生ダンピール・d03980)が口火を切る。
    「そうですね、どこから始めましょうか……端的に言えば、今、貴女を塗りつぶして身体を乗っ取ろうとしている存在があり、纏たちは、その存在を倒しにきました」
     そして詩乃が頷いたのを確認すると、纏は慎重に核心に触れた。
    「……お姉さんがいなくなったのは、その存在が関係しています」
     その言葉に詩乃は僅かに目を見開き、けれど口は開かない。
     そんな彼女に、瑪瑙がぽつりと問う。
    「どうしてお姉さんが君を置いていったか、考えたことはある?」
     答えて欲しいわけではない、考えて欲しいのだ。
     自分の今の状況を、抑えつけている欲求を。
     けれど詩乃は俯き、弱々しくも抗った。
    「……お、姉ちゃんは、わたしを置いていったわけじゃないもん……」
     それは、論点をずらすように。
     肝心なことに背を向けるために。
    「お姉ちゃんは今、ちょっと大変なだけなんだよ。お姉ちゃんは、わたしと一緒で――」
    「そう。その闇堕ちはな、他人に感染すりゅのじゃよ」
     だからお主達はまさしく同じなのだと、シルフィーゼ・フォルトゥーナ(小学生ダンピール・d03461)が優しく頷く。
     少女が見つけた逃げ道は、あっさりと塞がれる。
    「姉が姿を消したのはお主に感染してほしくないと思うたからだとは思わぬか? お主が同じ道にきたら、姉は悲しむのではないかえ」
     詩乃は耳を塞ぎ、ふるふると首を振る。
    「そんなことないよ、だってわたしはお姉ちゃんと同じなのが嬉しいもん」
     揺らぎを見せ始める詩乃に、「じゃあ」と瑪瑙が畳み掛けた。
    「抑えきれなくなったその矛先は、どこに向く?」
     欲しくて欲しくてたまらないもの、もしもそれを、身近な人が持っていたとしたら――
     どれだけ頭で理解していたって、どこかで抗いきれない。
    「……それが、お姉さんを君の傍に居られなくさせている理由」
     等号は、そこに繋がる。
     だがこんな仮定、正しいか否かはどうでもいい。
     ただ、詩乃の精神を揺さぶることが出来るなら、彼女の闇を照らせるならば。
     そして。
    「……――っっ、うああああっ!!!」
     詩乃は慟哭し、理性の歯止めを振り捨てた。

    ●あなたと同じ『光』に堕ちて
     バァンッッ!!!
     凄まじい勢いで開いた扉に、教会の外で待機していた灼滅者たちは一斉にそちらに顔を向けた。
     外へと飛び出してきた灼滅者の後ろを、やや遅れて詩乃が追う。
    「闇なんかじゃ……『闇』なんかじゃないんだッ!!!」
     大きく斬った逆十字が灼滅者へと迫れば、咄嗟に間に入ったリノンが守りの糸を巡らせ、詩乃には蒼桜が威嚇の光線を放つ。
     けれど詩乃の鋭い眼光は鈍らない。
    「これを『闇』だなんて呼ばないで!!」
    「んー……じゃあ、どうしよっか?」
     素早く詩乃の死角に回り込んだ雪春が、そっと訊ねる。
    「これは、唯一お姉ちゃんと繋がる『光』なんだから!」
     声を頼りに雪春を仕留めようと詩乃は腕を上げるが、彼の方が早かった。
     日本刀が、詩乃を切り裂く。
    「そうとも限んないじゃん? キミがもしダークネスになってしまったら、おねーさんのやった事が無駄になると思うし」
     闇を抱え続けたところで、光には届かない。
     言われた詩乃は露骨に不機嫌な表情をとり、拳を振るう。
     それを受け止めたのはメイだった。
     互いの得物は同じ緋色のオーラを纏い、血を喰らう鬼の力同士が衝突する。
    「おやおや、随分我慢してたんスねェ……?」
     にたり、と口の端が吊り上る。
     まるでそれは、戦いに歓びを見出すように。
    「余計な、お世話……ッ!」
     同じ技ならば、当然分があるのは闇堕ちした詩乃。
     競り負けたメイは殴り飛ばされ、けれど、その表情はやはりどこか楽しげだった。
     その傷はすかさず文と錠が庇うように回復する。
     そして、メイの影から不意を衝いて纏が飛び出した。
     瑪瑙の光が纏を包み、その治癒力を上げれば、懐へ飛び込もうと怖るることはない。
    「この身は刃……纏うは喰らい裂く紅月!」
     強い意志を乗せた拳が、詩乃を撃つ。
     彼女が、自身の闇に負けないように。
    「闇に堕ちさせりゅわけにも、このような場所で朽ちさせりゅわけにもいかにゅよの」
     シルフィーゼの作り出した霧が前衛の仲間を包み、傷を癒すとともにその力をぐんと上げる。
    「お姉さんが自分と同じだと分かるならば、彼女も同じように戦っていると分かるだろう?」
     春翔は詩乃の足を払うように刀を薙ぐ。
     彼女もきっと、内なる闇とともに戦っている――愛する片割れを、闇の淵に堕とさないために。
     それを思うならば、光と闇を抱き違えてはいけない。
    「かもしれない……でも、だとしても、わたしはお姉ちゃんを一人になんてしたくない!」
     それは一人戦わせたくないのか、一人闇へ堕としたくないのか。
     はたまた、二人であればどちらでも構わないというのか。
     詩乃が次々に斬った逆さ十字が、かしこを襲う。
     かしこの胸に浮かぶはシャドウの象徴――それは魂を闇へ傾けることと引き換えに、彼女の生命力と攻撃力を高め、負った傷はたちまちに癒えていく。
     生憎、言葉で伝えるのは得意じゃない。
     ましてや説教が出来るほど経験豊富でもない。
     けれど。
    (「それでも、巴嬢を救おうと思う気持ちは負けない筈だよ――!」)
     真っ直ぐな視線に詩乃は一瞬躊躇い、けれどすぐに、鮮血の気を纏った拳を振り翳す。
     その間合に踏み込むは虚。
     無理に避けない、傷つくことを怖れない。
     これはきっと、君の痛みでもあるのだから。
     だからそれを、受け止めよう。
    「……姉との再会という願い、祈り続けた日々はお前自身のものだ」
    「ッッ!!」
     虚の刀が鋭く斬り上げると、詩乃は悲鳴を殺すように息を呑む。
    「強くあれ」
     堕ちる意識に意思を渡さぬように。
     詩乃を見据え、虚は低く言ったのだった。

    ●君を迎えに
     僅かに瞼を落とした詩乃は、素早く息を吸い込むと大きく上体を捻った。
     あっと思ったときにはもう遅い。
     抉るように打ち込まれた詩乃の一撃に、虚の身体は軽く宙を舞い、どさりと地に落ちる。
    「かは……ッ!」
     すぐにアレクシスが回復に回れば、弥咲と友衛も補ってくれる。
     するとその姿に、詩乃は腹立たしげに声を荒げた。
    「なんで……邪魔だよ、あなた!」
     言葉と同時にアレクシスへ放たれた十字は、しかしながら届かない。
     彼を庇うように立ちはだかる矜人、そして結界を巡らせる隼。
     悲しげに足を止めた詩乃は、小さな眉を寄せた。
    「あなたは、たくさんの人に守られているのね」
     言われ、アレクシスは静かに頷く。
    「……でも、それだけじゃない」
     ここに集った者たちには理由があり、想いがある。
    「皆で君を、迎えに来た」
     姉を大切に思う朔夜、妹と共に堕ちた雲雀、堕ちたことで肉親との日常を失った栞――誰もが誰かを守りたい。灼滅者は、その想いで立ち上がる。
     決して詩乃の苦しみは他人事じゃない。
     だからこそ、しゃんと前を向けるように。
    「キミだって、別に独りじゃないよね」
     雪春は音もなく詩乃の背後を取ると、刀を振るう。
     仲間に囲まれ笑っていても、いつも心のどこかに孤独が潜む。
     肉親なんて、顔すら知らない。
     けれどキミには、待つべき人がいる。
    「だから闇堕ちなんて、後味悪いのはヤじゃん」
     雪春の刃が詩乃を掠め、咄嗟に彼女は距離をとるが、すかさず瑪瑙が弾丸を撃ち込んだ。
     そこに込められた毒が詩乃を蝕む。
    (「約束、願掛け。それだけで、人はどこまで本能に抗えるものなんだろう」)
     脳裏を過ぎったのは己を捨てた母親。
     血縁なんて、脆いと思う。
     なのに、それ以上に儚い無形の絆で想い合う彼女たちが、少しだけ、羨ましかった。
    「ーっ、……ああぁッ!!」
     詩乃は苦しみながらも、己を奮い立たせるように叫び、飛びかかる。
    「だめっスよ、そんな動きじゃ」
     闇雲に拳を振り回す少女に、メイは指南するように言って抜刀、ビハインドの久遠が衝撃を打ち込めば体勢はあっさりと崩れる。
     そこへ、春翔の鋭い一閃が詩乃を襲った。
    「理性を保て! 姉に会って、また一緒に暮らしたいんだろう?」
     折角の姉妹、きっと仲が良かったに違いない。
     よく知った睦まじい姉妹の顔が浮かび、巴姉妹の現状が居た堪れなくなる。
    (「せめて、今目の前にいる妹だけでも――」)
     転がるように起き上がった詩乃は、体勢を立て直すと纏に向かって走りこむ。
    「わたしはここを守るの……だからあなた達になんて負けない!」
     だがその言葉に、纏は首を振る。
    「違います、貴女が戦うのは纏達ではなく、貴女の闇です」
     自分にも同じ力がある。
     でも、負けてなんかいない。
     だから。
    「貴女も負けないでください! 貴女はそのまま消えてしまって良いのですか!?」
     纏の手刀と詩乃の拳が交差し、押し負けたのは纏。
     けれど、その手が届かなかったわけじゃない、想いが届かなかったわけじゃない。
    「消えない、わたしはお姉ちゃんと……!」
     尚も攻撃を続けようとした詩乃の腕に、かしこの糸が絡みつく。
     些細な違和感に顔を上げた詩乃とかしこの視線が交わる。
    「でも、そんな状態でお姉さんに会ったとして……果たしてそれは、本当に幸せなのかい?」
     いつか会えたその日に、暗い闇の中では己を己と保てない。
     微かな希望があるのなら、なんとしてでも助けよう。
    「そんなこと、わかんないけど……!」
     詩乃は苦しみもがき、戦い続ける。
     姉を求め、彼女の帰る場所を守るために。
    「それにな、お主の姉はまだ完全に闇に堕ちているとは限らにゅのだよ」
    「え……?」
     その一言に、詩乃は反応する。
     もし、堕ちていないのだとすれば、助けられるとするのなら。
    「その時にお主の……愛する妹の声が必要になりゅはずじゃ」
     だから、こちらへ帰って来い。
     血色に染まった刀が詩乃を裂く。
    「……っ、ちゃん、……お姉ちゃんっっ!!」
     少女は泣くように、愛しい人を呼ぶ。
    「お姉ちゃん! 会いたいよ!! わたしは……どうすればいいのかな……っ」
     肩を震わせる詩乃。
     そんな彼女を、虚が静かに諭す。
    「自分を、手放すな」
     たとえどんな闇に意識を捕らわれても、姉と同じものに惹かれても。
     いつかの日の為に、祈りを奪われぬように強くあれ。
    「詩乃としてまみえる、そのために踏み出すならば、力を貸そう」
    「……ッ!」
     虚が峰を打ち込めば詩乃の動きがぴたりと止まる。
    「戻って来い」
     崩れ落ちる詩乃へ、最後に虚は呼びかけた。

    ●少女の待つ場所
     詩乃が目覚めたのは、教会の長椅子の上だった。
     起き上がり目に映るのは見慣れた風景。
     戦闘で荒れた部分は、朱梨と空が片付けてくれたのだ。
    「無事に目覚めたようだな、巴嬢」
     ホッとしたようなかしこに続き、メイも声をかける。
    「良く頑張ったっスね。お姉ちゃん、会えると良……あー、僕こういうの得意じゃねェんスよ」
     けれど途中で言葉を濁し、あとは任せた、と言わんばかりに、これからの説明を含めてバトンタッチ。
     それを纏が引き継ぐ。
    「えっとですね、実は纏達のような灼滅者の為の学園がありまして、貴女も来てみませんか?」
    「そこならば闇堕ちした者の情報を集めることが出来る、お主の姉の情報もありゅやもしれぬ」
     儂らも出来る限り協力しようぞ、とシルフィーゼも前向きな姿勢を見せた。
    「本当? わたし、お姉ちゃんに会えるかな……?」
     灼滅者を見回す詩乃の瞳に、縋りつくような希望が浮かぶ。
     見ているだけで、切なくなるような色。
     一体どれほど、一人で待ち続けたというのだろうか。
     その寂しさを拭ってやるように、春翔は優しく語りかけた。
    「ああ、君はよく頑張った。此れがお姉さんに会える第一歩になるだろう」
     その後ろでは、アレクシスも無言で首肯している。
    「そうかな……わたし、行ってもいいのかな」
    「いーんじゃない? 会いたいんなら、探してみれば?」
     躊躇う詩乃の背を、雪春が押す。
     踏み出せば、きっと何かが変わるから。
    「約束通り手を貸そう。願いも祈りもまだお前自身の物だ」
     差し伸べられた虚の手に、おそるおそる、けれど確かに、詩乃はそこに自分の手を重ねた。
    「じゃ、帰ろうか」
     瑪瑙が笑顔を浮かべて促すと、一同は出口を目指す。
     扉を開けば、詩乃を案じ、待っていた多くの灼滅者達が彼女の姿に笑顔を見せた。
    「ほんとに……本当に、ありがとうございました!」
     ぺこり、と詩乃が頭を下げる。
     そして少女は、新たな場所で姉を待つ。

    作者:零夢 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 8
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