いよかんもちと蝉の季節

    作者:聖山葵

    「ふー、暑ぅ」
     思わず顔をしかめてしまうほど強い日差しと溶けてしまいそうなほど高い気温の中、一段一段歩道橋の階段を上った少女は最後の一段を登ると、ため息を洩らした。
    「むー、上まで登ってもちっとも涼しくない。これが地下道ならひんやりしてるのに」
     口から出るのは、唸りと愚痴。暑さでお冠らしい少女はしかめ顔のまま手に提げた鞄へ視線をやると、少しだけ表情を軟らかくした。
    「うん、早く帰って冷房の効いた部屋でいよかんもち食べよ」
     おそらく、鞄の中身がそのいよかんもちなのだろう。有言を実行すべく歩道橋を反対側へ少女は歩き始め。
    「ジジジジジッ」
    「え」
     悲劇はこの時起きた。近くの街路樹から何かに驚いたのか飛び立った蝉が、少女めがけて突っ込んできたのだ。
    「ぎゃあぁぁぁぁぁっ」
     当人から刷れば、少女らしくない悲鳴だとか、気にしている場合ではなかった。鞄を振り回して少女は必死に蝉を追い払おうとし。
    「あっ」
     振り回しすぎて手からすっぽ抜けた鞄は手すりを軽々越えて弧を描き落ちて行く、自動車が行き交う下の道路へと。
    「あ……」
     視線は鞄を追うが唐突な出来事に足は動かず。ぽすっと音を立ててたまたま通りかかったトラックの荷台に着地した鞄はそのまま行く先も知れぬ旅に出る。
    「あたしのいよかんもち……」
     呆然と見送った少女の視界は徐々に潤みだし。
    「うわぁぁぁぁぁぁぁん、もっっちぃぃぃ」
     号泣と共にご当地怪人へと変貌したのだった。
      
    「一般人が闇もちぃしてダークネスになる事件が起きようとしている。今回はいよかんもちだな」
     オレンジ色をした食べかけのお餅を片手に、座本・はるひ(大学生エクスブレイン・dn0088)は君達を出迎えるなりそう言った。
    「ただ、例によって一時的に人の意識を残したまま踏みとどまるようなのでね。君達には問題の一般人が灼滅者の素質を持つようであれば闇もちぃから救い出してもらいたい」
     もし完全なダークネスになってしまうようであれば、その前に灼滅を。それが、はるひからの依頼だった。
    「今回闇もちぃする少女の名は、館持・伊予(かんもち・いよ)。小学三年の女子生徒だ」
     全力で外出したくなくなるような暑さの中、それでも外出を余儀なくされた伊予は帰り道で食べるのを楽しみにしていたいよかんもちを鞄ごと蝉突撃のアクシデントで失い、オレンジ色の水着にマントといった出で立ちのご当地怪人、いよかんモッチアへと変貌する。
    「ちなみに、水着なのは暑いかららしく深い意味はない」
     そんなことよりも問題は、バベルの鎖の影響を受けずに接触出来るタイミングが変貌直後しかなく、その闇もちぃがごく普通に何台もの自動車が通行している道路の上にかかった歩道橋であることにある。
    「細長い地形で戦いにくい上に、人目がこれでもかと言うほどあるのでね」
     更に言うなら、その場で戦えば下を通る自動車を戦闘に巻き込む可能性だってゼロではないだろう。
    「そこで、このいよかんもちの出番と言う訳だ」
     そう言いつつはるひが示したのは、食べかけだったものとは別の未開封ないよかんもちの箱。
    「接触後、このいよかんもちを餌に君達には問題の歩道橋からその近くにある人気のない公園までいよかんモッチアを誘導して欲しい」
     何でもはるひの挙げた公園は手入れがあまりされて居らず、草が伸び放題の半面夏休みだと言うのに人っ子一人いないのだとか。
    「人よけの必要がないと言う意味でも理想的な場所と言えよう」
     うまく指定の公園まで連れ出せば、説得するか戦えばいい。闇もちぃした一般人を救うには戦ってKOする必要がある為戦闘は不可避だが、この時人の意識に呼びかけることで弱体化させることも可能なのだ。
    「説得するなら、突然の不幸に打ちひしがれ絶望した少女であることを踏まえ、慰めるような声のかけ方がベストだと言っておこう。出来ることなら私も同行して抱きしめたい所だが」
     いらんコメントまでついてくるところが、小学生大好きなはるひらしいと言うか、何と言うか。
    「戦いになれば、いよかんモッチアはご当地ヒーローのサイキックに似た攻撃で応戦してくる」
     堕ちかけとは言えダークネス、油断出来ない相手と言いたいところだが、それはおそらく弱体化しなかった場合の話。
    「私からは以上だ、伊予のこと、宜しくお願いする」
     はるひは最後にそう言って君達に頭を下げると、餞別兼誘導及び説得用のいよかんもちを箱ごと差し出してきたのだった。
     


    参加者
    不動・祐一(幻想英雄譚・d00978)
    神楽・三成(新世紀焼却者・d01741)
    鷹合・湯里(鷹甘の青龍・d03864)
    安田・花子(クィーンフラワーチャイルド廿・d13194)
    月村・アヅマ(風刃・d13869)
    不渡平・あると(相当カッカしやすい女・d16338)
    東屋・桜花(もっちもち桜少女・d17925)
    タロス・ハンマー(ブログネームは早食い太郎・d24738)

    ■リプレイ

    ●とある夏の
    「いよかん餅……調べましたが、安価で賞味期限も長いんですねぇ……」
     蝉が鳴く中、草刈る手を一時だけ止め、神楽・三成(新世紀焼却者・d01741)は空を仰いだ。
    「食い物関連で闇堕ちか。他人事とは思えんな」
    「まぁ闇堕ち云々はともかく、気持ちは分かる」
     少し離れた所には弁当の蓋を開け早弁を開始したタロス・ハンマー(ブログネームは早食い太郎・d24738)の呟きにコメントする月村・アヅマ(風刃・d13869)の姿があり。
    「たかが餅でダークネスに負けんなよな」
     自信に溢れた顔を少しだけ歪めて吐き捨てた不動・祐一(幻想英雄譚・d00978)は腕を組み、怒っていますというポーズでいよかん持ちに目を落とす。
    「新しいの買ってやったら戻ってくんじゃねーの、正味な話さ」
    「それなら楽なんですが」
     はるひも全力で着いて来ないということは、戦いが不可避ということで。
    「まぁ、仲間になるかはともかく早く止めてやらんとな」
    「『しっかり頼んだぜ』とは言ったけどさ、どうしてっかな女性陣。あ」
     飯を掻き込む箸を止めたタロスがポツリと漏らせば、祐一は公園の入り口を一瞥してから、小さく声を上げる。
    「落とし穴とか作っとけばひっかからねーかな」
     時間を持て余し始めた、と言ったところか。闇もちぃする少女を誘導してくる仲間達の姿は、まだなく。時計と睨めっこしていた訳でもないから、気づかなかった、少女はこの時まだご当地怪人に変貌したばかりであったことなど。
    「いよかん餅失って闇落ちか……その気持ちはわからんでもないがな。でもこういう時って、かばんの方を心配するほうが先なんじゃねえのか? いよかん餅よりかばんの方が値が張るし……」
     同時刻、所変わって歩道橋の階段。トラックの走り去った方を見つめて呟いたのは、不渡平・あると(相当カッカしやすい女・d16338)。
    「うわぁぁぁぁん、いよかんもちもちぃぃぃっ」
    「『いよかん餅が無いならまた買ってきて食べればいいじゃない』ってどこぞの暴君女王ではありませんが、あれは怒りと悲しみで暴走しているだけなのかしら?」
     トラックから視線を戻した安田・花子(クィーンフラワーチャイルド廿・d13194)の視界には、ご当地怪人に変貌しても尚、泣いている元少女の姿があり。
    「……つっても、小学生じゃ実値より食べ物の方か」
     花子にあるとが倣ってご当地怪人の方を見た直後だった。
    「その闇落ちしてしまうほどの悲しさ……よくわかります。でも、それで人に迷惑をかけてしまうようなことは見過ごせません」
     泣くご当地怪人をじっと見つめていた鷹合・湯里(鷹甘の青龍・d03864)が左右を見たのは。
    「だからこそ、全力を持って止めますよ」
    「だな、人に迷惑が降りかかる前に助けるとするか」
    「ええ。私達の手で正気に戻してみせるまで、ですわ」
     応じた二人は、敢えてスルーする。湯里がポツリと漏らした、いよかん餅もおいしそうですし的なもう一つの動機は。
    「では」
    「ああ」
    「ええ」
     ただ、東屋・桜花(もっちもち桜少女・d17925)の周囲を固め。
    「いよかんもちならここにもあるよー?」
     布陣が調った所で、声はかけられた。
    「う、本当もちぃ?」
     そして、効果も覿面だった。
    「うん、ほら」
     目尻に涙を残しつつも泣き止んだご当地怪人いよかんモッチアへ頷きを返した桜花は用意していたいよかんもちの箱を見せると、くるりと背を向ける。
    「え?」
    「近くの公園にいい場所が用意されてますわ。詳しい事はそちらで致しましょうか」
    「解ったもちぃ。ついて行けばいいもちぃね?」
     きょとんとしたご当地怪人へ花子が説明すれば、いよかんモッチアは何の疑いも抱かず、歩き出す。本当にそれで良いかとツッコミたくなる程にチョロいご当地怪人であった。

    ●公園にようこそ
    「しかし暑いですねぇ……」
    「本当もちぃね」
    「こういう時の水やお茶ってホントうまいんだよなぁ……」
     一人増えた人数で行く公園までの道を喧しい程の蝉の声が包む。
    「さてと、そろそろですわよ」
     途中、転んだ桜花が例によって下着とお尻を曝す以外は何のアクシデントもなく一行は、公園の入り口にさしかかり。
    「おかえりー」
    「って、何か設営されてるし。まあいい、一休みしよーぜ」
     完全くつろぎスペースが誕生していることに仰け反りながらも、即座に立ち直ったあるとはいよかんモッチアと仲間を促し、公園へ足を踏み入れた。
    「いや、ちょ……っ」
     この時、アヅマが一瞬何か言いたげな顔をしてから口を噤んだのは、ご当地怪人の格好を見れば是非もなかったのかもしれない。もっとも、この時オレンジの水着にマントという格好にツッコんでいたとしても首を傾げるだけの反応で終わったと思われる。
    「どうぞ」
    「わぁ、ありがとうもちぃ」
     いよかんもちの箱をいよかんモッチアへ手渡す桜花がご当地怪人に変貌していた時にしたように。
    「災難でしたねぇ……。まあ、此処でいよかん餅を食べて涼んでて下さい」
    「災難だったね。とりあえず食べて飲んで落ち着こう?」
    「いただきますもちぃ」
     日差しを遮るパラソルの下で三成が勧める声に桜花の声が重なり、元少女は早速箱を開けていよかんもちを食べ始め、訪れるは、おやつの時間。
    「いよかんもち、そっちのお姉さんらにもう貰ったみたいだけど。冷やしといたのもあるから良ければどーぞ。飲み物もな」
    「ありがとう」
    「それでは、私も」
    「これだけ暑いと水分補給は必須だからな。遠慮なく」
     音を立ててアヅマがクーラーボックスを置くなり蓋を開ければ、ご当地怪人だけでなく灼滅者の何人かが手を伸ばしていたのも無理からぬこと。
    「……あ、勢いで取ってしまったけれど良かったもちぃか?」
    「大丈夫。ここにあるいよかんもちはもうなくならないし、いっぱい食べていいんだよ」
     ただ、そんな灼滅者達を見て少し冷静になったのか、モッチアらしく好物のお餅は手放さないながらもいよかんモッチアが確認するも、返ってきたのは笑顔と肯定の言葉。
    「うわ、まじで柑橘の匂いがするわこの餅、すげーな」
     聞くまでもなく既に食べ始めている灼滅者も居るぐらいなのだ。
    「一緒に食べよう。一人で食べるより、みんなと食べたほうがきっと美味しいよ」
    「そうですね、実際美味しいですし」
    「うん、お姉さんありがとうもちぃ」
     笑顔でお礼を言うなり、早速口にいよかんもちを運ぶ姿は一見すると微笑ましい光景ではあるが、灼滅者達がいよかんもちをあげていなければ、完全な闇落ちの末、永遠に失われていたかも知れない光景である。
    「いよかんもちの喪失は、闇堕ちするからには当人にとっちゃ相当なショックだったんだろうが」
     眼前に広がるおやつの時間をタロスが見る限り、闇もちぃする理由は半ば消滅したと言っても過言はないだろう。現にご当地怪人から感じられる威圧感は大幅に減退しており。
    「はむはむ」
    「……そろそろ始めっか」
     美味しそうにいよかんもちを頬ばる横顔を見てしかけたのは、祐一だった。
    「伊予かんもちはそんなに好きならほら、何個でも買っ」
    「っ、本当もちぃか?」
     言葉を遮る早さでいよかんモッチアは反応し。
    「……おう、学園の財力さえあればこれからも買い放題だ。ほら、さっさと戻ってこい」
    「そうだな親御さんや友達に心配かける前に人間に戻っちま」
    「解ったも……あ、ぐ」
     頷く祐一達へ再び即座に応じようとしたところで、頭を押さえ、蹲る。
    「はぁはぁ……な、なんて恐ろしいことを言う奴もちぃ、ようやくこの身体を手に入れることが出来ると思っていたもちぃに」
    「どうやら、追いつめられてダークネスが表に出てきたようですわね。ならば、このクィーン☆フラワーチャイルド2世の名に賭けて!」
     こうして、おやつの時間は幕を下ろした。
    「……さあ、戦いましょうか」
     その一言をきっかけとするかのように、空気は変わる。
    「青・龍・召・喚!」
     ある者はスレイヤーカードの封印を解き、またある者は肉体のみがダークネスへと変じた。
    「っ、まさかお前た」
    「不慮の事故で好物を失った事には同情するぜぇ……、だがこう考えてみろ、『過去の餅との離別は、未来の餅との出会いの為』ってなぁ!!」
     出現する殲術道具にようやく灼滅者達の正体に気づいたらしいご当地怪人が身構えようとする中、凶暴な笑みを浮かべた三成は杭を高速回転させながら、もう我慢出来ねぇとばかりに飛び出していた。

    ●災難
    「オオオオオォ!」
    「ヒャッハー!」
    「うぐっ」
     正面からは杭、左手からは巨体から繰り出されるバトルオーラで包んだタロスの手刀。この時点で、連係しての攻撃にいよかんモッチアは挟まれていた。
    「もちぃっっ、おのれえっ!」
     説得に人の意識が心揺さぶられ弱体化したご当地怪人へ防ぐ手だてはない。ただ、少しでも衝撃を殺そうと顔を険しくしつつ、身構え。
    「もべばっ」
     二人に気をとられすぎた元少女の背中に握り拳を作ったアヅマの縛霊手がめり込んだ。
    「ナイスだぜーっ! オラーっ!」
    (「この世紀末紳士もまぁ『神楽君』と……」)
     歓声を上げつつ蹌踉めくご当地怪人へ襲いかかった三成へ腑に生じた驚きを何とか消火しつつ、アヅマは思う。
    「も、がぁっ」
    「いくぜ!」
    「……しかしなー」
     杭に貫かれたところを執刀術で斬られる水着を着た小学生といった出で立ちのご当地怪人を目に。
    「いくら必要な事とはいえ、小学生女子を数人がかりでフルボッコとか、実に酷い絵面だ。誰かに見られたら言い訳できないぞコレ」
     今は三人だが、ここから加勢が入るのは明らかだった。いや、明らかだったというのに。
    「う、ぐっ、おの」
    「三秒待ってやる、攻撃をやめないとこの餅を食う!」
    「な」
     せめて一矢報いようと掴みかかろうとしたご当地怪人の足は、祐一の一言に思わず止まり。
    「ほら、焼きいよかんもちにしてやるよ、燃えろ」
    「もぢゃあっ」
     隙を見せたところへ容赦なく叩き込まれた一撃で水着の元少女が花一匁へ宿した炎へ包まれる。
    「それにしても暑いですね……服が汗でべとべとに……」
    「あー……もう、マジでクソ暑い! 畜生めー!」
     アヅマ言う実に酷い絵面な訳だが、見方を変えるとただでさえぐてっとしそうな暑さの中、視界の中に炎が産まれたと言うことでもある。
    「汗で服がベトベトに張り付くし……これだから夏なんて大ッ嫌いだ! 特にここ近年異常過ぎんだろバーカ!」
    「肌から引き離しませんと……えいっ」
     戦う直前の休憩で水分を取っていたこともあるのだろう、あるとが理不尽な暑さを罵倒すれば、湯里は汗で貼り付いた巫女服を引き剥がそうと肩を大きく揺すり。
    「暑い日こそビキニアーマー……これが一番楽ですわ。涼しいし、選んで正解だったようですわね」
     一人、花子だけは余裕を見せていたが、それも長くは続かなかった。
    「……えっ?」
    「ん?」
     巫女服がずり落ち、生じた涼しさ。
    「ひっ?! い、いやぁ?! み、見ないで下さい~!」
     ポロリとこぼれ落ちたモノを隠しながら湯里が悲鳴をあげ。
    「ちょ、何をしていらっしゃいますの? あら、肩紐の辺りに違和感が……って、外れかかって」
     すぐ側で起きたハプニングに声を上げつつ自分の肩を見た花子は、進行しつつある脱衣のカウントダウンに顔をひきつらせれば。
    「つーか、二人とも何やって……え、何?」
     あきれ顔で二人を眺めていたあるとは胸の違和感に視線を落とし、出会う。
    「うわっ! べっとり張り付いた服に乳首が浮かんで……ッ?!」
     服を押し上げる二つの盛り上がり。そう、双頭閣下と。
    「って、てめえら! 特に男ども! あんまこっち見んなよ!?」
     三人纏めてアヅマの危惧とは別の意味で誰かに見せられない光景であった。
    「ちょ、ちょっと大丈夫?」
    「ヒャッハー! そんなハプニングなんて俺様達が消し」
    「あ」
     そして、珍しくハプニングに襲われなかった桜花が他人事とは思えず、三成と助けに向かい。三成が最後まで言い終えるよりも早くクーラーボックスに躓き、転倒する。
    「うみゃあああっ」
    「ちょ、ちょっ、あ」
    「ひでんぶっ」
     とっさに掴んだ湯里を引き倒し、巻き込んだ三成に胸を押しつけ、バランスをとろうと跳ね上げた足で花子のビキニアーマーを引っかけたのだ。
    「……ひゃっ?! い、いやぁ~?!」
     三人が五人に増えた瞬間であった。ビハインドのセバスちゃんとライドキャリバーのサクラサイクロンが他者からの視界をガードしなかったら、きっと大変なことになっていただろう。
    「がうっ」
    「もぢゃばっ」
    「おらぁっ」
    「べっ」
     もっとも、この間もご当地怪人はご当地怪人で大変可哀想なことになっていたが。霊犬の迦楼羅に斬魔刀で斬られ、悲鳴をあげた所へ突き刺さるのは、流星の煌めきを宿した祐一の跳び蹴り。
    「逃がさんっ」
     吹っ飛ばされてごろごろと地面を転がるを追いすがって飛んだタロスの利き腕はクロスグレイブを呑み込み、刃と化し。
    「あ、やめ、もぢゃああっ」
     集中攻撃は継続中であった。
    「うう、今日は大丈夫だと思ったのに」
    「余りに暑いからブラつけてこなかったのが失敗したかー……。想像力が足らんかった」
     そこに味方一名をとらぶるで戦闘不能に追い込んだ四名が復帰すれば、どうなるか。
    「ゴメンな?」
     何とも形容しがたい顔で、アヅマは謝った。クロスグレイブの銃口は開いたままに。
    「いよかん餅のためにその力を……ですがそのような無法を続けては、かえっていよかん餅の名を落とす事になりますわ!」
    「怒りに任せて暴れてどうすんだ?! それで人殺しや破壊を繰り返したら、いよかん餅を作る奴すらいなくなっちまうぞ!」
    「大好きな物を失った気持ち……痛いほどわかります。ですがその力は人を不幸にする……自分を見失ってはいけませんよ!」
    「暴れるというか、絶賛不幸な目に遭ってるのはこっ」
     湯里達へ反論しかけてたいよかんモッチアの声は炸裂した光の砲弾によってかき消され。
    「もちゃぎゃぁぁぁぁっ」
    「いくよ、サクラサイクロ……あ」
    「いよかん、もち」
     再び始まった集中攻撃に加勢すべくライドキャリバーに声をかけた桜花は見た。傾いだご当地怪人が倒れ込みながら人の姿に戻って行く様を。

    ●首肯
    「おかえり」
     意識を取り戻した少女に桜花はそう言って笑顔を見せた。
    「あ、えっと……」
    「今度は学園で一緒に食べよう。その時はあたし自慢の桜餅もご馳走するよ」
     二次災害で今だ目覚めぬ三成から視線を逸らし、戦いのさなかに起こったトラブルなどなかったかのように笑顔のまま、桜花は少女をいつもの様に学園と餅屋に誘う。
    「……あ」
     救いを求めるように少女が周囲を見回すと、幾人かが遠い目をしていた。
    「腹が減ったから何か食って帰らねえか」
     救いがあったとするなら、黙々と後片づけをしていたタロスがその場にいたことか。
    「うん」
     夏空の下、少女はどちらへの答えなのか、一つ頷いた。

    作者:聖山葵 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年8月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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