青い光の矢が空中でちぎれ、雨となって家屋に降り注ぐ。当然、中には人がいたはずだが、出てくる気配はない。
この村も、数分前までは平和そのものだった。
若者が減って老人ばかりになっても、農家を継ぐ者がいなくても、しかし人を傷つけることも傷つけられることもない。例えいつか老いて潰えるとしても、それは穏やかな時間だったはずだ。
数分前、その青い怪物が現れるまでは。
その怪物の名はクロムナイト。強化されたデモノイドであり、悪の騎士の手先であった。
ダークネスの動きを察知した口日・目(高校生エクスブレイン・dn0077)は、灼滅者に招集をかけた。その表情は険しく、張り詰めた空気が漂っていた。
「集まってくれてありがとう。デモノイド……その強化版、クロムナイトが出るわ」
朱雀門に所属するロード・クロムは配下の強化デモノイドのプロトタイプを人里に向けて放ち、虐殺させようとしている。その強化デモノイドこそ、クロムナイトである。
幸い、クロムナイトが配置されてから人里に到着するまで時間があるため、その間に戦闘を仕掛けることができる。ただ、これもロード・クロムの思惑の内らしい。
「クロムナイトはまだプロトタイプ。実戦で経験を積ませようっていう魂胆でしょうね」
いまいましい、と目は吐き捨てた。
「だけど、速く倒せれば、経験を与えずに済むわ」
襲われる村は高齢者が多く、避難は難しい。避難の選択肢があっても村と運命を共にする人も少なくないだろう。いずれにせよ、村人達の命運は灼滅者にかかっているのだ。
「クロムナイトとかち合うのは、山の中腹よ。麓に村があるから、そこで必ず倒して」
時間は夜。月が出ているため、光源は用意できればでいいだろう。木々も生い茂っているが、灼滅者の戦闘の支障になるほどではない。
「使用サイキックは、デモノイドヒューマンと天星弓に類似したものを使うわ」
当然、威力は灼滅者のものの比ではない。加えて、攻撃の精度も極めて高い。
「もちろん早く倒すことに越したことはないけど、容易い相手じゃないわ。まず、確実に勝つことを考えて」
もし灼滅者が敗北すれば、ひとつの村が消えてなくなることになる。それに灼滅者の危険も増すだろう、と目は言った。
参加者 | |
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ポー・アリスランド(熊色の脳細胞・d00524) |
紀伊野・壱里(風軌・d02556) |
槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877) |
普・通(正義を探求する凡人・d02987) |
煌・朔眞(秘密の眠り姫・d05509) |
片倉・純也(ソウク・d16862) |
左藤・大郎(撫子咲き誇る豊穣の地・d25302) |
綱司・厳治(窮愁の求道者・d30563) |
●青騎士
世界は闇に包まれている。絶望は深く、怒りは業火の如く。ひとたび異形が牙を向けば、力なき人々は蹂躙される定めであった。
彼らが、その行く手を遮るまでは。
麓の村を襲うクロムナイト。灼滅者達はその進路上に立ちはだかった。
(「ここから先は、絶対に行かせない」)
左藤・大郎(撫子咲き誇る豊穣の地・d25302)は懐中時計を握りしめ、自らに誓う。もしここを突破されれば、多大な犠牲が出るだろう。それを認めるわけにはいかない。
「村を滅ぼすなんてことはさせません!」
意思は音となって夜山を泳ぐ。いつもは大人しい普・通(正義を探求する凡人・d02987)でさえ、今ばかりは声を荒げた。
「さぁ来い! ぶっ飛ばしてやるぜ!!」
『ぶっ飛ばす』は槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)の口癖だ。だが今、ぶっ飛ばしたいのはクロムナイトだけではない。ロード・クロムのおぞましい実験もだ。そのためには、クロムナイトを短時間で倒さねばならない。
「ふむ、さしずめ青色の実験か……だが、我々が来たからにはご破算だよ、君」
おもちゃのパイプをくわえながら、ポー・アリスランド(熊色の脳細胞・d00524)が言った。事件は常に、探偵を待つものだ。そして、探偵が現れたからには速やかに解決するべし。それが探偵の義務であり、矜持だ。
「そちらは実験のつもりらしいが、俺もそのつもりだ。どれだけ完成しているか見せてもらう」
依頼での純粋な戦闘は久しぶりという紀伊野・壱里(風軌・d02556)。自分の技量含め、クロムナイトの完成度を量る。そのためにも、クロムの悪意を砕くためにも、全力で戦う以外にはない。
「……やっと相まみえました。お相手、よろしくお願いしますね」
普段が陽光の中に咲く大輪なら、今は荒野に凛と咲く一輪。煌・朔眞(秘密の眠り姫・d05509)は口元に笑みをたたえていたが、目は笑っていなかった。
「デモノイドの亜種、クロムナイト……対峙するのは初めてか」
綱司・厳治(窮愁の求道者・d30563)は頭の中になすべきことを羅列しながら、同時に不要な思考を削いでいく。時間が鍵を握る戦いだ。迷っている暇などあるまい。盾となるべく、霊犬とともに仲間の前に出る。
「戦闘開始だ」
腕時計を見て、片倉・純也(ソウク・d16862)が呟いた。彼もまた、デモノイドの力を持つ者だ。同時に武蔵坂の一員として、ここで敗北するわけにはいかない。
『シャアーーー』
灼滅者が襲い掛かると同時、クロムナイトもこちらの姿を認める。硬質の弓を青い燐光が包み、やがて光の矢と化す。灼滅者の誰よりも鋭く速く、矢は放たれた。
●悪意は矢となりて
飛来する矢を、鋼のボディが阻む。
「キャリバーさん! 僕らも攻撃を!」
主の命に従い、ライドキャリバーも反撃に転じる。穿たれ車体から火花を上げながら、機銃を撃つ。大郎もそれに合わせ、槍から氷の弾丸を放ってクロムナイトを体表を凍らせる。
「ふふ、鋭い攻撃です。朔眞もまけませんからね?」
朔眞の体から紫紺のリボンがほどけ、意思持つ矢となる。心の中で念じれば、それだけで軌跡を最適化し、青騎士を穿った。意識するのは、速く、鋭く。光を追いかけ、追い越すような。
「思い通りになんて、させない!」
村はまだ見えないが、灼滅者達の背後にあるのは確かだった。だから背に、命を負っている気がした。通は逸る気を抑えて、持てる気迫のすべてを槍に込める。氷の弾丸がまた突き刺さり、氷結の面積を増やしていく。
「光れ、そして断て」
短い詠唱とともに、壱里の剣が白光を放つ。夜の黒を塗り替える眩い光。夜明けにはまだ遠いが、しかしこの剣は確かに光の力を持っていた。悪騎を切り裂きながら、自らも光を浴びて守りを固める。
『シュウ、ハアァァ!』
クロムナイトが獣じみた唸り声をまき散らす。元は人間だろうが、その面影はもうシルエットくらいにしかない。もはやそれは、破壊本能のままに暴れる。怪物だった。矢を番え、放つ。青い光は空中で分裂して、破壊の雨となって降り注ぐ。
「っ、通すものか」
霊犬のキントキとともに、仲間の盾となる厳治。手足や胴を射抜かれ、赤い血が山地を汚した。数のおかげで威力が分散しているとはいえ、それでも攻撃力は灼滅者の比ではない。反撃に連打を繰り出すが、それも当たらず。量産試作型でもダークネス。単純な能力では、灼滅者をはるかに上回る。
「回復は僕に任せてくれ給え、皆は自分の役割を果たせばよいのだよ、君」
ポーの起こした風が、仲間から痛みを拭い去る。敵の強みが圧倒的な力なら、こちらは手数だ。サーヴァント含め、頭数は十。攻撃と防御、そして回復。それぞれの異なる役割を並列してこなすことができる。
だから、最も重要なことはそれを最大限に活かすことだ。小さな力を束ね、大きな槍とし、それを早く確実に突き刺すこと。それが今の、灼滅者の戦いだ。
「初っ端ッから全力でいくぜ! ……ぶっ飛べッ!」
康也のロッドを爆炎が覆う。炎は大気を喰らい、咆哮のような音を立てて燃え上がった。ぼんやりと浮かぶ、獣のアギト。赤き獣が、青い鎧に食らいつく。
「まだ余裕があるか」
ちらと時計を盗み見ながら、強酸の塊を撃ち出す純也。戦闘開始からまだ数分。あるいは、もう数分。クロムナイトはまだ余裕を見せていた。とはいえ、攻勢が足りぬわけではあるまい。現状では、これが精一杯だ。
戦いが進むにつれ、心も加速する。けれど、焦りが現実を追い抜かぬように押さえつける。
●弓を穿つ
灼滅者の陣容は、攻勢に重きを置いたものだ。回復役が一、防御役がサーヴァント二体とその主。相手次第では足りないが、今回はこれでいい。前のめりに、戦う。青い矢が閃くたび、灼滅者はそれを上回る猛攻で押し返した。
「中々に、強い……之でまだデータ収集段階とは。末恐ろしいな」
ポーは再び癒しの風を起こし、血の臭いを吹き飛ばす。回復は、かろうじて戦線を維持できるほどでいい。余裕があるなら、攻撃に回すべきだ。
ここでクロムナイトに戦闘経験を与えてしまえば、後々被害が広がるだろう。手から離れた因果は必ず巡る。だから今ここで、手の届くうちに断つ。
「ふぅ、そろそろぶっ飛ばせそうか?」
ロッドを突き入れ、瞬時に間合いをとる。血と汗を拭う手が、前髪を留めたクリップに触れた。焼け焦げたそれの感触が康也の理性を冷静に保つ。クロムナイトは目に見えて消耗している。だが、それはこちらも同じことだ。
「ここが正念場だ」
純也の無感情な瞳が、クロムナイトを映す。何かが違えば、自分も向こう側だったのだろう。けれどそれは理屈でしかなくて、感情として実感はない。むしろ青騎士は観察対象でしかなかった。右腕の傷から寄生体が湧き出て、大剣と化す。
『シュウウウウウウーーーーー!!』
悲鳴にも似た絶叫が響く。青い血を流したクロムナイトは、天に向けて矢を放った。幾度目かの、邪悪な流星群が瞬く。
「キャリバーさん、もう少しだから耐えて……!」
大郎とライドキャリバーは矢を受け、それでもまだそこに踏み止まる。精度の高い攻撃は確実に急所を狙ってくる。回復も分散するため、蓄積されたダメージはすぐには回復できない。
夜闇よりもなお濃い黒の影が、通の足元から伸びる。影は伸びる過程で幾重にも分かれ、無数の触手となってクロムナイトの動きを封じた。
「今です!」
通の声が響く。これが最後の詰めだと、皆が直感した。
「終わりだよ弓兵。あるべき姿へと還るがいい」
灼滅者の勝利を祈るかのように聖歌が鳴り響き、クロスグレイブの銃口が開く。同時、光が内部に収束。それが最高に高まった瞬間、厳治は引き金を引いた。放たれた工場は直線距離でクロムナイトを射抜き、傷口から凍結させる。
「君は悪くないのだろうけど、それでも」
壱里の剣が淡く輝き、先端から存在が薄くなっていく。非物質化した刀身は肉体を無視して、魂そのものを貫いた。化け物の喉から苦鳴が聞こえるが、しかしそれをどうすることもできない。ただ、なすべきことをなすだけだ。
「もう、お休みなさい」
高速回転する杭が、クロムナイトを貫く。胴を穿たれた騎士は力尽き、朔眞の前に跪いた。彼女はその頭をそっとなで、ふわりと笑う。次の瞬間、騎士は悪意という主君から解放され、霞となって夜の闇に溶けて消えた。
●眠りの夜
クロムナイトの消滅と同時、純也は腕時計を確認した。
「ちょうど十分だな」
これなら充分な成果といえるだろう。これ以上、布陣を攻勢に傾けていたらクロムナイトの攻撃に耐えきれなかった可能性もある。短くも長い十分だった。
ほっとする仲間を横目に、純也は灯りをかざしてクロムナイトの痕跡を探してみる。だが、それらしきものは見つからない。何かしらの調査なら、後でやるべきか。
「キントキ、ご苦労だった」
厳治は霊犬をスレイヤーカードに戻しつつ、自らの状況を確認する。全身に傷を負い、痛みを発しないところはない。霊犬ともども、倒れる寸前だった。だが、そのおかげでクロムナイトを早く倒せたのだから、甲斐はあった。
「之で連携や小隊でも組まれたら、厄介なことこの上ない……ね」
クロムナイトはまだ未完成と聞く。これがもし完成し、さらに大量生産されれば大きな脅威となるだろう。探偵でなくとも、それは容易に想像がついた。灰色の脳細胞を自負するポーなら、なおさら。
「そうだね。でも、俺達のやることはきっと変わらないよ」
使命や義務として、ではなく自然に言ってみせる壱里。誰かが脅かされるなら、守ることになるだろう。楽観でも悲観でもなく、実感としてそう思う。
「ですね。村が守れて、本当よかったです」
後ろを振り返り、通が笑む。クロムナイトを倒したことで、村が蹂躙されることはない。また、戦闘経験を与えることもなかった。今回は見事にロード・クロムの企みを潰すことができた。
「これからのこともいいけどさ、おでん缶食わねぇ?」
と康也。荷物の中にはおでんの缶詰が入っていた。有無を言わさずみんなに配っていく。
「あ、ありがとうございます」
大郎はちょっと押されながら受け取る。おでん缶はおでんの味がした。ひどく当たり前のことだけれど、すごく大事なことのような気がした。日常が、日常として存在していることが。
去り際、朔眞は振り向いて呟いた。小さな光を探すように、目を細めて。
「……大丈夫、次はいい夢を見られるわ」
やがて青と黒の夜が明け、朝がやってくる。悪意の騎士は、昨日に眠る。
作者:灰紫黄 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年7月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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