恋人岬でつかまえて

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     新潟県柏崎市、青海川。もっとも日本海に近い駅として有名なこの地の傍には、恋人たちに人気のとある名所がある。
    「ねえ……身体が熱いの。それはきっとあなたが隣にいる所為、なんて言ったけれど――なんだか気恥ずかしくなって私、打ち寄せる波の飛沫に想いを重ねるわ」
    「ああ、今日はとても暑いね。この日差しはきっと僕等を祝福する真夏の太陽からの贈り物。さあ、この『鍵』を柵にかけよう。この胸焦がすトキメキにそっと鍵をかけて、燃える二人の愛を煌く海のなか永遠に閉じ込めて――」
     某日。一組のカップルが、岬から海を眺めていた。
     愛の言葉が刻まれたメッセージプレートを鍵と共に柵にかけ、ふたりで幸せの鐘を鳴らす。そうすれば、将来幸せになれるのだという。
     柵に鍵をかけた二人は、一緒に幸せの鐘を鳴らそうとした。その時である――。
     
    「ウホ……ウホッ! ウッホウ……ウッホ! ウンババ! ウッホウッホウッホッホ!! ウホォ~ン……ドコドコ! ドンドコドコドコ! ウッホウッホウッホッホ! ウホ……! ウホ……ウンババウホウホウホッホウホホホッホォ~!!」
    「キャー!!!?!」
    「ど、どうしたんだいエリナ……」
    「タ、タカシ! 助けて! 鯛が……鯛が私の服を食べてる!!!」
    「ははっ、エイプリルフールはもうとっくに過ぎ……鯛だーーーー!!!!」
    「ウッホッホ! クッチャクッチャ」
    「君は、鯛――いや、人なのか――愛に飢えた悪戯な堕天使の横顔は」
    「タカシ!! ポエムはいいから助けて!! ああ、私極めて布面積の少ないアフリカ的な民族衣装に着替えさせられてる……っ」
    「嗚呼エリナ、そんな君も素敵さ、そして……なんてことだ、僕もだよ!」
    「…………イヤー!!! 近寄らないで!!! タカシなんてもう知らないーッッ!!」
     
    ●warning
    「新潟県柏崎……って、おれの田舎の近くじゃん……ご当地怪人何やってんの?」
    「知らん。どうもアフリカンパンサーが指揮している訳では無さそうなのだが、ここのところ日本海側の沿岸近くで何故か気温が急上昇している。その影響でアフリカン化したご当地怪人が、ご当地のアフリカ化を目指しているようだ」
    「やめろよ!! 雪国だけど夏はふつうに暑いし、気候が狂うと米がダメになるだろ!!」
    「…………お、おう」
     哀川・龍(降り龍・dn0196)の剣幕に若干ドン引きしながらも、鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)は資料を黒板に貼りつけた。
    「えー、そのような惨事が起こる前に早急に灼滅しような。この……柏崎鯛茶漬け怪人を」
     柏崎鯛茶漬け怪人。
     灼滅者たちは画像を二度見した。
    「く、黒々とした逞しい肉体を持ち……前衛的で奇怪なデザインのお面をつけた…………極めて布面積の少ないアフリカ的民族衣装の………………何?」
    「鯛だ」
     鯛。
    「すみません柏崎感はどこへ」
    「恐らく、もとは可愛らしい鯛の怪人だったのだろう……だが異常気象でこのような惨事に。この面妖な面をよく見ろ……或いは鯛のようにも見えなくはないだろう? 泣けてくるではないか」
    「鷹神保健室行くか?」
    「正直俺も自分が何を言っているのかわからん」
    「珍獣だ」
    「そうだな哀川よかったな」
     ちょっと嬉しそうな龍を適当にあしらい、鷹神は事務的に状況説明を始めた。

    「奴は青海川駅から徒歩20分の恋人岬にて、訪れる一般人を待っている。熱々なカップルを見つけると服をはぎ取り、代わりに『何となくアフリカっぽい衣装』へ着せ替えるのだ。その結果、幸福どころか先程説明したような惨事に」
     四方八方が大惨事だが、とりあえず現地でカップルを装ってイチャイチャしていれば鯛をおびきだせるっぽい。
     周囲にいる一般人は、あらかじめ退避させておくといいだろう。
    「ちなみに、学園の灼滅者に限るが恋人や友人を誘っても構わん。その辺りは同行の仲間と相談してくれ」
    「そうそう、恋人岬ってさ、福浦海岸がずーっと見渡せてすごくきれいらしいぞ。ぜひ見てってよ、おれ的には青海川駅のものさびしい感じもオススメだけど……」
     そんな場所でムードをぶち壊すのはやっぱあんまりだよな、と龍は言う。
    「よし、新潟のためにおれも戦うよ。全国の人が新潟の米を待ってるんだ……」
    「……米が食えないのは俺も困る。リア充は爆発党の諸君も本日の所は堪えて、新潟の観光地と特産品を守ってくれ。柏崎鯛茶漬け怪人を灼滅せよ!」


    参加者
    秋篠・誠士郎(夜蒼鬼・d00236)
    花籠・チロル(みつばちハニー・d00340)
    篠村・希沙(暁降・d03465)
    三國・健(真のヒーローの道目指す探求者・d04736)
    関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)
    深海・水花(鮮血の使徒・d20595)
    狼久保・惟元(月詠鬼・d27459)
    八文・菱(菱餅姫・d34010)

    ■リプレイ

    ●1
     青い海、白い雲、照りつける太陽。新潟県柏崎市は異常な熱気に包まれていた。
    「……タカシ。どうしてかしら、なんだか寒気がする。ふたりの想いは太陽より熱く燃えているのに」
    「……実は僕もだよ、エリナ。君という太陽を傍に抱きすぎて熱中症になってしまったかな……」
    「嫌! タカシ死なないで! 帰りましょう!」
     腕を組み、ふらふらと退散していくタカシとエリナを、関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)と秋篠・誠士郎(夜蒼鬼・d00236)はげっそりした顔で見ていた。
    「北の海の色は不思議と懐かしい。……しかし暑い。変なのが湧く訳だ」
     変なの。
     怪人の事だろうし、彼らが殺気を放っているのも別に私情ではない。
    「危うく伊豆に行きかけた。龍の故郷の新潟の恋人岬だな、大丈夫だ」
    「……本当に大丈夫か関島?」
     駄目かもしれない。岬に打ち寄せる波を、二人は暫し遠い目で眺めていた。

    ●2
     海を眺める誠士郎の隣に、長身の青年が歩み寄る。狼久保・惟元(月詠鬼・d27459)だ。彼の姿を見た誠士郎は、努めて自然に笑みを浮かべた。
    「夏と言えば、やはり海だ。夏休みにこうして出掛けられるとは思わなかった。思い出の一つとして此処の名所を体験しようじゃない、か……?」
     恋人らしい事はわからない。ぎこちない誠士郎の肩を、惟元は強引に抱き寄せた。少し背の低い彼の青い瞳を上から覗きこみ、惟元は切れ長の瞳を細めてくすりと妖艶に笑う。
    「青海川、言葉通り青い海が美しいです。僕にとって青と言えば貴方ですね、誠士郎」
     普段何気なく見ている年下の居候、惟元。改めて見ると、整った顔をしている。囮とはいえ、まさかお前となんて――そう思っていた、のに。誠士郎は、不意に胸の高鳴りを感じて――。
    「(ちょっと……あからさまに嫌そうな顔しないでくださいよ)」
    「(お、お前よくそんな言葉を言え……んん、失礼)」
     いるはずもなく。
     山の神様として働く惟元。人を愛してなんぼ、性別の壁なんて越えてみせますよ――そうは言っていたが、まさか本気ではないだろうな。貞操の危機すら感じる熱演に誠士郎は正直ドン引きしていたが、これも灼滅の為だ。拗ねた表情を作り、思わせぶりな伏し目で俯いてみせる。
    「……よさないか。皆が見ている」
    「ふふ、照れる所もめんけぇこったなぁ……」
     熱っぽい声で囁かれ、誠士郎は思わず寒気を感じた。熱中症だろうか。
    「一緒にメッセージ書いて金鳴らしに行きましょうか」
    「……ああ、メッセージは一緒に考えよう」
     惟元に手をひかれ、若干放心状態で鐘の方へと歩いていく誠士郎。魅惑のBL世界を見せられた女子達は、どこか浮ついた空気になっている。深海・水花(鮮血の使徒・d20595)も近くのベンチから心配そうに見守っていた。はっとして、買ってきた新潟名物・笹団子を哀川・龍(降り龍・dn0196)に差し出す。
    「はい、あーんしてください」
    「……うん、うまいな。故郷の味だ」
    「ふふ。今度作ってみるので、是非食べてくださいね」
    「楽しみだな。じゃあ水花も、はい。あーん」
     龍に差し出された笹団子をぱくりと口に入れ、水花は穏やかな笑みを浮かべる。恋人らしいふるまいは少女漫画や小説で予習してきた、これで『らしく』見えるはずだ――そんな仲間たちの囮具合を、三國・健(真のヒーローの道目指す探求者・d04736)、花籠・チロル(みつばちハニー・d00340)、八文・菱(菱餅姫・d34010)の三人は街灯の影に形だけ隠れて見守っていた。
    「恋人岬……まさに、恋人たちのための場所、ダネ……!」
    「わらわはまだ男女の機微というものが分からぬが……うむ。これがデートなのじゃな」
     チロルと菱の女子組は、デートの模様を見るのに夢中だ。売店で買った紫いもソフトが溶けるのも構わず、きらきらした瞳を向けている。
    「美味しいですね。哀川く…………アイくんが食べさせてくれたからでしょうか。あ、口元に付いていますよ。もう、仕方ないですね」
    「ほんと? やだな恥ずかしい……」
     一方、ハンカチで龍の口元を拭う水花を見ながら、健は難しい顔をしていた。
    「恋人っていうか仲良し姉弟って感じだな。哀川兄ちゃんちょっと自然体すぎるぞー?!」
    「龍! 殿方なのじゃから、ちゃんとエスコートするんじゃ」
     菱も思わず、街灯から身を乗り出してエール(?)を送る。龍は無邪気な後輩達にわかったよと苦笑を返すと、海を見ようと水花の手をひいた。健は頷き、ひそひそとチロル達に話しかける。
    「関島兄ちゃん、暑苦しさとは無縁そうなクールな印象だけどどうだろうな。篠村姉ちゃんが熱々本命な気がするけど……同性組の大穴もアリか?」
    「うぅん、まだわからない、ダヨう……! 希沙センパイ達にチューモクっ、なのよう!」
     健、完全に女子高生。
     チロルがびしと指さした噂の大本命、篠村・希沙(暁降・d03465)はというと、唯一本物の恋人、鹿野・小太郎を同伴してきていた。後輩達の熱視線を背に受けた希沙と小太郎は、互いに切り出し方を探るように寄り添い、まだ海を眺めている。
    「か、怪人誘き出すには、タカシとエリナみたいな感じでいたらええんよね……」
     希沙がやっとの思いで口を開いた時だ。
    「海、綺麗だな。この鍵を柵に掛け海原の様に広く果てしなく輝く未来への誓いとしよう。今日が俺達の船出だ」
     背後からかなり強烈なポエム波が。
     思わず二人が振り返ると、峻が鍵を青空に掲げながら、希沙もあまり見たことがないような爽やかな微笑みを浮かべていた。しかも、相手は二人もよく知っている室本・香乃果。恥じらうように俯く香乃果へ、そっと手を差し伸べる峻。意外と演技派である。イケメンスイッチの入った彼に、健達も思わずおおっと唸っていたが――。

    「きゃっ!!」
     恋人らしく腕を掴んだら思いきり飛び退かれた。

     ……。
     なんだその、突然飛び出した男が『止めろ嫌がってるだろ!』と俺を殴り飛ばしそうな悲鳴は。
     何故、常時50cm程離れて立つんだ香乃果――。
     王子様からいきなり犯罪者になった峻。気まずい沈黙が流れる。けれどもじもじと寄り添ってきた香乃果が、立ちつくす峻の服の裾をきゅっと掴んできた。
    「あのね、私は本当は……未来の約束を積み重ねるのは、少し苦手。だって、未来はどうなっているのか分からないって心の片隅で思ってしまうから」
     真っ赤な顏で、上目づかいに見つめてくる香乃果。しかも、何だか良い香りが――峻はあまりの暑さに眩暈を覚えた。周囲に動揺がばれていないかと、後輩三人衆を見たが。
    「うおーっ、行けっ、関島兄ちゃん!」
     三人は大いに盛り上がっている。どこへ行けというのか。
    「そして、そう思う自分が嫌になる。でも峻さんとなら沢山の約束を重ねて、未来まで一緒に行きたいって思うの」
     ……演技、だよな。
     これ以上は何か危険な気がして、峻は慌てて鍵を取りだした。
    「鍵、掛けるぞ。嵐で遭難の危機でも海賊に囲まれ絶体絶命でも二人ならまあ多分恐らくいやきっと大丈夫だ、俺は困難を乗り越える為に力や知恵を振り絞ろう……うっかり沈没したり食糧難に陥らない様に手を貸してくれよ」
    「……うん、すごく波瀾万丈になりそうだけど……嵐も海賊も貴方と乗り越えたいよ」
     一緒に鍵をかけながらつい早口になる峻に、香乃果はやっと自然な笑みをこぼす。あ、可愛い。今ならいける、そう思って勢いで肩を抱こうとしたが――さっと逃げられた。
    「……普段と違い素早いな」
     そうぼやいた声も、波音に消える。思いのほか良い雰囲気の二人を茫然と眺めながら、希沙も勇気を振り絞り、言った。
    「こ……小太郎くん、きさ、体が熱いの……。きっときみが、隣に居るから」
    「えっ。こ、光栄です……じゃなく、て」
     思わず素で返してしまった小太郎は、ぎこちなく希沙の方を見る。恋愛初心者の二人は、漫画で学んだ恋人達のいちゃいちゃをなぞっていくだけでまだ精一杯。二人きりでも照れてしまうのに、皆の前でなんて――密かに育んできたものを人前へ晒す恥ずかしさのあまり、小麦色の頬は紅潮し、橄欖石の瞳は助けを求めるような涙で潤んでいた。
    「きさの心は、あの太陽より赤く激しく、燃えてるの……二人の、あ、愛の炎は……」
     握りしめた鍵をふるふると差し出す希沙。小太郎も無表情のまま赤面していたが、やがてごほんと咳払いを一つ。できる限り男らしい声で、決め台詞を囁く。
    「――愛の炎は、海すら沸騰させてしまう。このプレートは常夏の楽園への片道切符。貴女を永遠に帰しません、さあ鍵を……」
    「わぁんもう限界っ!!」
    「!? き、希沙さ……」
     急にぼふりと胸に顔を埋められ、小太郎は硬直した。ぎゅっと強く腕にしがみつく手――耳まで真っ赤に染めた希沙の初心な反応を見れば、もう、愛おしさが羞恥心を凌駕して――彼女しか見えない。
    「ああもうっ。誰よりも可愛いです」
     強く抱きしめ返され、嬉しさと恥ずかしさで希沙は撃沈した。何も言えず、小太郎の腕に収まっている。街灯の影に隠れたチロルは菱と手を叩き合い、初々しい二人の恋模様にきゃあきゃあ言っていた。
    「おお、なかなかアツアツなカップルぐあい、ダネ……!」
    「わらわも何だか胸がきゅんとするのじゃ」
    「本当に少女漫画そのものです……」
     水花まで感心している。そんな二人が、いよいよ柵に鍵をかけようとしたその時だ。

    「ウホウホッホホッホホ~ウ! ウンババウバウバ、ウホッホ! ウッホホォーイ!」
    「出たな謎の珍獣アフリカン化怪人! 龍の怒り受けてみよ……播磨の凄風、龍撃砲!!」
    「ウホッ!?」
     大量のお熱い空気を感じ、ハイテンションで走ってきた柏崎鯛茶漬け怪人(?)は、希沙たちに襲いかかる前に健のビームで吹き飛ばされた。
    「播磨の旋風ドラゴンタケル、越後の国の名物にリア充も護る為いざ見参。一致団結の力でKYな宿敵の野望は断固阻止! 行くぞ兄ちゃん姉ちゃ……どうしたー?!」
    「きさ既に瀕死……タカシとエリナリスペクトです……」
     希沙、峻、誠士郎の三人は、既に精神が重症判定を喰らった顔をしていた。ともあれ、心の傷は心の傷だ。何の問題もない。立ち上がれ愛の戦士達!
    「こんな戦いは早く終わらせて俺は柏崎鯛茶漬けを食べに行く……新潟土産を買って帰る約束をしたんだ」
    「峻さん、死なないでくれよ……財布が」
     何かデジャヴを感じる。愛とは、広い世界なのね――そんな呟きが聴こえた気がした。

    ●3
     恥じらいを一心に集め、希沙から立ち昇る優しいお日様オーラが灼熱の太陽光線と化した。
     乙女の八つ当たりレーヴァテインを受け、柏崎鯛茶漬け怪人は香ばしく燃えていた。そのまま拳を振りかざそうとする彼の前に、白い毛並みに黒い羽織をたなびかせた菱の霊犬・源氏丸が颯爽と割って入り希沙を守る。チロルは炎を宿して蜜色に輝く剣先を、怪人に突きつけた。
    「覚悟するっ、ダネ、鯛茶漬け怪人…っ! ……カナ?」
     勇ましく言い放つも、チロルはその様相にこてんと首を傾げた。何せどっからどう見ても鯛ではないのだが、まあ、長いので鯛と呼ぶことにする。串刺しにされ、燃え上がる鯛――BBQなら盛り上がる場面だが、残念ながら一行が見ているのは炎上しながら踊り狂う謎の男だ。
     負けじと雅な舞いを踊るのは菱。着物に巻いた殺戮帯が、鮮やかにたなびきながら敵を屠っていく。
    「どうじゃ!」
    「ウッホウンバボ!」
    「あ、暑いっ、ダヨー!」
    「茶漬けにカップルも熱々なのがお似合いだろうけど、アフリカン化したら日本語話せないって……野生に目覚め過ぎだぞー!?」
     芸術は、国境を越える――歴戦のご当地ヒーローたる健にも前代未聞の異文化ダンスバトルが繰り広げられている。滝のように吹き出る汗を拭いながら、健は大花火不死鳥ダイナミックを放った。煌めく汗は青春の輝きだ。
     飛び交う炎、爆発、そして謎のテンション。その最前線で熱波をモロに浴びながら、峻は冷めた目で思った――おい、何故皆気温を上げるんだ。
     理不尽さを発散するが如く巨大な十字架を打ち下ろし、鯛の脚を思い切り叩き潰す。違和感に気づいた峻は急に精神が挫けそうになった。
    「くそ、何故鯛に脚があるんだ……」
     惟元が十字架の先端を開き、聖歌とともに光の砲弾を撃ち出す。『業』が凍結し、一瞬だけ気温が下がったかに思えたが、誠士郎がすぐさま炎を纏わせた蹴りを重ねる。彼は何かがふっきれたように活き活きと鯛を燃やし、また燃える鯛を抑えに飛びかかっていた。そんなに囮が嫌だったのだろうかと、惟元は彼の背を眺める。
    「そうですね……彼もまた海の神として生物学の壁を越えた存在になったのではないかと」
    「適当な事を言うな狼久保」
     眉をひそめる誠士郎にゆるりと笑みを返しながら、惟元は手でサインを出した。後方の菱を狙って放たれた松明を、ライドキャリバーの刻朧が走って受け止める。赤い羽織をはおったお転婆なお雛様は、まだ小さくても刻朧が護るべき姫だ。誠士郎の霊犬・花の愛らしい癒しのまなざしを向けられ、紳士のような佇まいでじっと、彼女達を庇うように待機している。
     菱は刻朧と花に偉いのう、と礼を言うと、鯛を見て首を傾げた。そしてぽんと手を叩く。
    「鯛……松明……タイまつじゃ!」
    「よく気づきましたね、と褒めてあげるところなんでしょうか……」
     水花も悩んでいる。割と気づきたくない所に気づいてしまった感じだ。
    「本当に残念な感じになっておるのう……出来れば可愛らしかったお主に会いたかったぞ。せめてわらわの手で葬ってやるのじゃ」
    「何というか、間違った異文化交流の悲劇的な……?」
     水花はどこかマイペースに、やはり首を傾げた。前線で繰り広げられている熱い戦いを暫し見守った後、蒼銀の銃刃のグリップを両手で握り、祈るような仕草を見せる。救えない命に慈悲を。闇を祓い、悲しみの涙を拭う力を――。
    「それはともかく、特に女性の服を無理矢理着替えさせるのは許せないので、神の名の下に断罪します」
     結構切り替えが早かった。確かに許せないと、チロルもうんうん頷く。
    「うんっ。アフリカ化なんてさせない、ダヨ!」
     水花は鯛に足払いをかけ、地面に組み伏せながら、その仮面に銃口を突きつける。引き鉄がひかれ、乾いた音が鳴った。妖精のような軽やかさで上から降ってきたチロルが、炎を纏った両足で胴体を踏みつぶす。
    「ウボァー!!」
    「行くぞ! 哀川兄ちゃんもヒーロー魂呼び覚まして、龍の名に懸けてご当地防衛!」
    「恒例の合体技だな」
    「わらわも入りたいのじゃ! 喰らえ最大攻撃、菱餅ビーム!」
     菱は手で菱形を作り、赤白緑三色の菱形ビームを放つ。
    「越後の龍、上杉謙信の怒りを受けろ。春日山城斬り!」
    「この地に宿るガイアの力この身に受けて! 越後の国特産米の一品! 笹団子キーック!!」
     龍の断罪輪が紅の斬撃を加え、健が笹の葉の如く鋭いキックを喰らわせる。ご当地ヒーロー(?)達の熱い連撃を受けた鯛は、アフリカの熱い風を撒き散らして爆散した。ほんの少しだけ、焼けた鯛の香りを遺して――。
    「……感動すると思っているのか……?」
     誠士郎が、疲れたように呟いた。

    ●4
     菱が岬のすみに立てた木の棒は、怪人の墓標代わりだ。色々迷惑な敵だったが、奴も謎の熱波の被害者なのか――そう思い、峻は香乃果と一緒に一応黙祷を捧げておく。
    「せっかく、だから景色も楽しんでいこー、ダヨ。わぁ、海が見渡せてとってもキレイ、ダネ……!」
     海の向こうに遠い故郷、オーストリアを想いながら、チロルは福浦海岸と広大な日本海を見渡した。潮風はまだ熱いが、太陽を浴びて輝く海は、夏の自然のきらめきに満ち気持ちが良い。
     景色を楽しむ皆からそっと離れ、希沙は改めて小太郎を呼んだ。彼の顔を見たら、安堵と、照れの混じるはにかんだ笑みがふにゃりと浮かぶ。
     互いの名前と、ハートを刻んだプレートを、柵へ取りつけ鍵をかけた。一緒に鐘を鳴らしながら願うのは、きみを幸せにするという、願いに似た誓い。
     きみが幸せやと嬉しい。それは何かに頼るんやなく、きさが叶えたいから――右手ちょうだい、と手を取って、希沙は小太郎の小指の赤い輪にもうひとつ、赤を重ねた。手製の新しいミサンガ。
     絡められた右の小指には、小太郎が贈った銀の指輪。小太郎が瞬きを返す。潮風が幸せの鐘を鳴らす。光をたたえた海の上を、白い海鳥たちが祝福するように飛んでいく。まるで結婚式みたいだ――そう思い、また胸が熱くなった。
    「あんね。きみが、だいすき」
    「ありがとう、希沙さん。あ……愛してます、よ」
     幸せそうな笑みを浮かべ、海を眺める二人のことは気になるけれど見ないふりだ。柵から身を乗り出し、菱は気持ちよさそうに瞳を細める。
    「綺麗じゃな。龍が見せたいと言っていたのも頷けるのじゃ……わらわもいずれ恋をする日が来るのじゃろうか?」
     幼い少女の瞳は、恋への憧れで輝いているように見えた。その時、ぐぅ~と健の腹の虫が鳴り響く。僕も空気読めなかったな~と照れ笑いを浮かべる健へ、龍は笑って言う。
    「行こっか、鯛茶漬け。お土産はご当地サイダーがいいかな。海の味がするんだ」
    「わーいっ。龍センパイ、の地元、いいところ、ダネ!」
    「うん。ありがと」
     邪魔になりそうだしな――柏崎の夏は終わらない。遠くに、手を繋いだ恋人達が笑いあう姿が見えた。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年8月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 6
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