カニがいた。いや、カニ怪人がいた。
首から下は成人男性のそれだが、しかし首から上がカニ、さらに両腕がハサミになっていた。これだけならただの福井カニ怪人だが、このカニ、スパイシーな香りを漂わせていた。そう、たとえるならアフリカ料理のような。
「貴様ら、とっとと着替えるカニ!!」
スパイシーカニ怪人は道行く人の服を切り裂いては、カラフルな衣装をばらまいていく。
そして、今日の町はやけに暑かった。
灼滅者達が教室に着くと、すでに口日・目(高校生エクスブレイン・dn0077)が待機していた。暑さのせいだろうか顔が心なしか赤い。
「えっと、集まってくれてありがとう」
日本海側の海辺の町で、アフリカンご当地怪人が出没しているらしい。その地域の気温がアフリカ並みに上昇しており、そのせいなのかどうか分からないが、怪人がアフリカン化して事件を起こしている。
「アフリカンパンサーが直接かかわってるわけじゃなさそうだけど、このまま放置するわけにはいかないわ」
事件が起こるのは、福井県の海に面した町だ。
「現れるのは、スパイシーカニ怪人。もとは福井のカニ怪人だったけど、アフリカン化してスパイシーになったみたい」
スパイシーカニ怪人は手当たり次第に通行人の服を切り、さらにアフリカっぽい服をばらまくという暴挙に出ている。
「使用するサイキックは、ご当地ヒーローのものに加えて、ハサミによる攻撃があるわ」
ハサミ攻撃は防御力を下げるだけでなく、服を切られると恥ずかしいので、注意が必要である。
「状況によっては、大変なことになるかもしれない。ホントごめんなさい……服切るなんてはれんちやぁ!」
それだけ言うと、目は逃げるように走り去った。
参加者 | |
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識守・理央(オズ・d04029) |
神凪・燐(伊邪那美・d06868) |
雪乃城・菖蒲(紡ぎの唄・d11444) |
禍薙・鋼矢(剛壁・d17266) |
ブリギッタ・フリーダ(必殺冥路・d23221) |
氷室・侑紀(ファシキュリン・d23485) |
シエナ・デヴィアトレ(ディアブルローズルメドゥサン・d33905) |
霞月・芳夜(幾望・d34794) |
●事件はスパイスの香り
とにかく暑かった。
海辺の街だというのに潮風の気配はなく、代わりにまるでサバンナのような熱波が人々を襲っていた。ただ、一人だけ、いや一杯だけやたら元気な奴がいた。当然、スパイシーカニ怪人その人である。
ちなみにカニは生きている状態なら一匹二匹と数えるが、食材としてなら一杯にヒアと数える。え、怪人まだ生きてる? 細かいこと気にすんなヨ。
「さぁ、アフリカン衣装を着るカニー!」
怪人は街中だというのに、道行く人の服を切ろうとハサミをじゃきじゃき鳴らしている。服だけでなく、イヤーンアハーン的な危機であった。
それを排除すべく、灼滅者が立ちはだかる。
「その服を着るからあなたが持っている蟹をわたし達に食べさせてほしいですの」
一般人のふりをしたシエナ・デヴィアトレ(ディアブルローズルメドゥサン・d33905)がそう言って怪人に近付く。気を逸らしている間に、周囲の一般人を避難させる手はずになっている。
「私も興味ありますね。貴方の自慢するカニはどう料理するばおいしいですかね?」
「…………」
白いワンピースを着た神凪・燐(伊邪那美・d06868)も、近所のお姉さん風にシエナを援護する。が、怪人は押し黙ってしまい、何か考えているのかカニ頭の足がぞろぞろ動いていた。
二人以外の灼滅者は物陰に隠れつつ、出ていくタイミングを見計らっている。
(「あっちー……なんだよこれ……なんの熱波だよ」)
手をパタパタさせつつ、識守・理央(オズ・d04029)は殺気を放って一般人を遠ざける。人通りも多くないのでこれで十分だろう。早くボコって涼みたいところである。
「……何だこれ。アフリカンと服破りの関連が分からん」
はぁ、と氷室・侑紀(ファシキュリン・d23485)は溜め息。土地を問わず、ご当地怪人の思考は理解不能だ。なんやかんやで世界征服とはいうが、なんやかんやって何だ。そもそも。
「関連しているかは分かりませんが、傍迷惑さが倍以上になってる気がしますし、早めに対処しておきましょうか」
輝く太陽を恨めしく見上げながら、雪乃城・菖蒲(紡ぎの唄・d11444)が言う。相変わらず世界征服からは遠い気がするが、実害があるので灼滅するしかないだろう。ハレンチ死すべし。慈悲はない。
禍薙・鋼矢(剛壁・d17266)は忙しなく両目を動かす。何を探しているのかって? 男なら分かるはずだぜベイビー。
「あんまりキョロキョロしてると、あらぬ勘違いをされますよ」
「……そうだな」
ブリギッタ・フリーダ(必殺冥路・d23221)の忠告は、混じりっ気ない善意からだろう。鋼矢はこっくり頷いた。
「これで、もう周りには誰もいないかな」
一般人を避難させようとしていた霞月・芳夜(幾望・d34794)は、周囲を確認して胸を撫でおろす。無辜の人々を巻き添えにするわけにはいかない。こんな頭の緩い事件であっても。
「えい」
と、その時。何を考えたのか、怪人は二人の服を切り裂いた。柔肌が露わに……なる前にスレイヤーカードから戦術道具が現れる。
「お前らに食わせるカニなんてないカニ! 我杯は真の使命に目覚めたカニ!」
カニ食べさせて、と言われてどうすればいいのか悩んでいたが、面倒になって行動に出たようだ。だがこれで、戦いの幕が切って落とされた。チョッキン。
●『我杯』と書いてワガハイ
カニ怪人が暴挙に出たことで、灼滅者も一斉に飛び出す。
「悪さはこれで終いにしてもらいましょう!」
ブリギッタのエアシューズが唸りをあげ、摩擦で炎を帯びる。さらに加速、加速、加速。最短直線距離を突き進み、電光石火の蹴りを叩き込む。炎は怪人に燃え移り、芳ばしい香りを周囲に放っていた。
「まったく、気の抜ける敵だ」
まだ戦闘は始まったばかりだが、ずいぶん疲れた気がする。再び溜め息をつきつつも、侑紀は螺旋の槍をねじ込む。自身の来歴ゆえか、点滴スタンドの形をした槍だった。
「おのれ、邪魔するカニか!」
もはやその身は福井カニ怪人にあらず。見た目はともかく心もアフリカン化したらしく、カニの布教に興味はないらしい。ハサミを構え、突進。前衛を切り刻む。
「ふぅ、危なかったぜ……切れてるだと!」
攻撃が外れたと思ってほっとする鋼矢だったが、甘い。怪人の早業は切られた人に気付かれることなく衣服を切り裂くことができるのだ。隣では、変な形に毛をカットされた霊犬の伏炎が、恥ずかしそうに震えていた。ぷるぷるぷる。
「何だろう……とにかくええと、よくない、これはよくないよ。早く回復しないと……!」
半裸にされ、慌て出す芳夜。男なので隠すところは少ないが、それにしたって恥ずかしいものは恥ずかしい。ちなみに彼の霊犬、朔は難を逃れたので主を回復してあげた。優しい目をしていた。
「……これは、お仕置きが必要ですね」
服を切られた菖蒲は必死に布を抑える。風が吹くたびに白い肌が見えそうに……なるけどそんなに見えないなんだよなぁ、実際。しかも、なんかゴゴゴゴとか聞こえそうな怒りのオーラがにじんでいた。
「回復しますですのー」
シエナのナイフから夜色の霧が広がり、前衛を包む。傷を癒やし、斬られた防具を少しずつ再生していく。無表情なのでやる気なさそうに見えるが、いつもこんななので問題はない。けして怪人相手だからやる気がないのではない。でもやる気出せって方が難しい相手なのも確かだった。
「なんかお腹空いてきたな……」
甲殻類特有の芳ばしさとスパイシースメルが、夏の空気を美味しくする。少し息をするだけで、ものすごく空腹感を感じる。これだけでご飯三倍いけそうだ。でもご飯はないので、理央は氷柱を飛ばして怪人を貫く。腹いせではない。灼滅者の使命である。
「突っ込んだら負けなんでしょうね。なら、灼滅するだけです」
怪人のペースに惑わされぬよう、仲間の様子を確認する燐。消耗もあまりなく、戦闘は有利に進んでいた。年少者が気になるのは、姉として育ったゆえだろうか。だが、心配の必要がなければ全力を怪人に叩き込むのみ。黄色の気の砲弾が怪人を捉え、吹き飛ばす。
「い、痛いカニ! 我杯が何したっていうカニ!」
いや、服切りまくったやん。みんなそう思ったけど、どうせ倒すのであえて口には出さなかった。
●さらばスパイシー
エクスブレインの言った通り、スパイシーカニ怪人はそれほど強くはない。灼滅者の優勢が崩れることはない。だが、勝った気は全然しなかった。むしろ負けた気しかしない。
「カニー!」
破れかぶれの突撃。理央が破いてほしそう(カニ目線)だったので、わざわざ人数の少ない中衛に切りかかる。
「やめろよ! 僕クールなイケメンキャラで売ってんだぞ!! こういうサービスショットは女子の役目じゃん!?」
「イケメンは自分でイケメン言わないカニ!」
「ぐはっ!」
怪人に言い返され、吐血する。イケメンへの道のりは遠いようだ。でも、悔しいので畏れを纏ってぶった斬る。だから腹いせじゃないってば。
「許しませんよ。肌に夏の日光がどれだけ大敵か、その身に刻んであげます」
菖蒲は色白なので、日に焼けると大変そうだ。それはさておき、全身を回転させ、自身ごと武器と化して怪人を切り裂く。激しい動きでチラリズムの神が降臨しそうになるが、しかし現実はそう甘くはなかった。この季節、神はよそで忙しいのだろう。
「使えね……忌々しい怪人だぜっ!!」
おっと言い間違い。危ない危ない、と胸をなでおろしつつ、鋼矢は怪人を燃え立つギターで殴りつける。八つ当たりではない。期待なんてしてないんだ、と自らに言い聞かせる。伏炎が何か言いたげに見ていたが、やがて諦めて怪人に射撃。
「そろそろ潮時ですよ」
「カニ!?」
背後から声がして、怪人が振り返る。だが時すでに遅し。燐の放った斬撃は両足に深い傷跡を残し、ついでにカニ足も一本切り取っていた。ちょっとだけかじると、カニのエキスと辛さが口の中に広がった。つまり美味かった。
「許さんカニ! アフリカン化の邪魔をするなカニ!」
これが最後の抵抗だろう。全身ズタボロの怪人はめげずに前衛を切り刻む。
「朔しっかりして、朔は元々服着てないから、大丈夫だから……!」
不本意にカットされ、うるうるする朔を、芳夜は必死に慰めた。でも朔は、消費者金融CMのチワワばりにずっとうるうるしていた。ご利用は計画的に、とテロップが出そうな勢いだ。
「頼むから、早く終わってくれ」
侑紀はもう呆れを通り越して諦めの心境だった。手術鋸を器用に操り、怪人の傷をより深く、より大きく広げていく。飛び散る体液からは血のそれではなく、辛い魚介スープの匂いがした。ぐう、とお腹が鳴る音を怪人の悲鳴で誤魔化す。
「美味しそうな匂いですが、惑わされはしません」
ブリギッタの赤い瞳が真っ直ぐに怪人を見据える。同じ赤色のオーラを纏い、吸血の牙と化した剣が敵を貫いた。傷口からオーラが染み出て、ブリギッタの口元に吸い込まれていく。魚介のエキスを感じるのは、おそらく気のせいだ。
「さっきから美味しそうとか何とか、お前ら人のことなんだと思ってるカニーっ!!」
「……カニですの」
無慈悲なシエナの宣告とともに、肩に羽織った白衣の袖から蔦状のダイダロスベルトが伸びる。やがて蔦は一本の槍となって怪人を貫いた。息絶えた怪人は、爆破四散して美味しそうな匂いをこれでもかとまき散らしたのだった。
●戦いの空しさ。特にお腹
スパイシーカニ怪人は倒れ、平和は保たれた。灼滅者の消耗も小さい。完勝であった……はずなのだが、みんなやたら疲れていた。これもご当地怪人の魔力だろうか。
「……暑いからなんて理由でアフリカン化なんてするわけがない。何かあるはずだ」
理央は怪人がアフリカン化した原因を探そうとするが、それらしきものは見つからない。後で時間をかけて探した方がいいだろう。
「日本海に元凶いるんでしょうか。何処に居るのやら…はぁ」
海を眺め、溜め息をつく菖蒲。今回、アフリカン化が確認されているのは日本海側の地域だけだ。順当な推理だが、これ以上は疲れで頭が回らなかった。服を切られた乙女の心は傷付いていた。
「惜しい奴を亡くしたぜ……」
鋼矢は散ってしまった怪人を思い、空を見上げた。彼にもっと力があったなら、より先の世界が見えただろう。しかし、怪人にそれを期待するのも酷だったかもしれない。
「そうですね。美味しそうな敵でした」
別の意味で、燐が頷いた。戦闘前に服を破かれていたが、どうにか支障はなさそうだ。一応、ブリギッタが持ってきてくれたバスタオルを上から羽織っている。
「……パチモンくさいですの」
怪人の残した衣服を拾い上げ、呟くシエナ。衣服はどことなくアフリカンっぽいが、偽物感も漂っていた。付け焼き刃のアフリカン化だったのか、あるいは入手できなかったのか本物ではなさそうだ。
「夏が過ぎればこういう事件も減るのでしょうかね……?」
汗をぬぐいながら、ブリギッタが困ったように言った。涼しくなって、アフリカン化も沈静化してくれるといいのだが。
「僕も朔も、トラウマになりそう……」
と芳夜。他のダークネスに比べれば危険度は低いが、危険な相手であることには違いない。いろいろな意味で。
「さて、では学園に戻ろう」
白衣を翻し、侑紀は踵を返す。気難しそうな顔なので分かりづらいが、きっとお腹が空いているのだろう。きっと
かくして、スパイシーカニ怪人は滅びた。これが新たな事件の兆しなのか、それはまだ分からない。けれどとにかく、カニは美味しそうだった。
作者:灰紫黄 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年8月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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