「……あ、見知らぬ岩だわ」
少女は、思わずそう呟いた。いつの間に眠っていたのか、目を覚ましたら洞窟だった――何を言っているかはわからないが、そうだったのだから仕方ない。
「あれ? 私、アルバイトの面接を……? カメラとかあるのかしら?」
少女は、カメラを探したが見つからなかった。そうなると、手のこんだ悪戯の説も危うくなってくる。
少なくとも、人影はない。少女はため息をこぼして、歩き始めた。何にせよ、この洞窟から出なくては話が始まらない。
「……どうでもいいけど、暑いわね。夏になると洞窟でも暑くなるのかしら?」
「いや、そこは実は竜種イフリートがいるから暑いんすけどね?」
湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)は、そう厳しい表情を見せた。
今回、翠織が察知したのはイフリート、その中でも竜種イフリートの存在だ。関東のとある山間、そこに竜種イフリートが拡げた小さな洞窟がある。
「何でその一般人が竜種イフリートの洞窟に迷い込んだかは不明なんすけどね? このままだと、竜種と遭遇して殺されてしまうんす。そうなる前に逃がして、そのままみんなには竜種イフリートを灼滅して欲しいんす」
竜種イフリートは、洞窟の最奥にいる。しかし、少女が動いた事で気配に気付いたのか、その後を追う。竜種イフリートは、自分の姿を見たものは必ず殺そうとする――そうなる前に、一般人の少女を救出してほしい。
「ESPなりで、洞窟の外へ逃がせばOKっす。みんなは、そこにやって来る竜種イフリートを足止めして、倒してほしいんす」
竜種イフリートの体長は六メートルほど。緋色の鱗を持つ、まさに巨大なトカゲと言った姿だ。ダークネスであり、強敵だ。みんながまともにぶつかっても勝ち目は薄い。だからこそ、数の利を活かして役割分担と連携で対抗する必要があるだろう。
「おそらくは、朱雀門が戦力増強の為に集めた戦力だと思うんすけどね。何にせよ、一般人の救助はもちろん、この機に、竜種イフリートを灼滅することができれば朱雀門の勢力を削げるはずっす」
翠織はそう真剣な表情で締めくくり、灼滅者達を見送った。
参加者 | |
---|---|
斑鳩・夏枝(紅演武・d00713) |
伐龍院・黎嚇(ドラゴンスレイヤー・d01695) |
二階堂・空(跳弾の射手・d05690) |
千凪・志命(灰に帰す紅焔・d09306) |
フェリシタス・ロカ(ティータ・d21782) |
黒揚羽・柘榴(魔導の蝶は闇を滅する・d25134) |
ユージーン・スミス(暁の騎士・d27018) |
八月一日・梅子(薤露蒿里・d32363) |
●
その洞窟に踏み込んだ瞬間、その熱気に二階堂・空(跳弾の射手・d05690)が呟いた。
「ふう、大抵の洞窟は涼しいと相場が決まってるような気がするけど……」
「あら……焼けそうな空気ですね、随分と猛々しい。早々に一般の方を助けに参りましょうか、普通の人間には辛い環境でしょう」
八月一日・梅子(薤露蒿里・d32363)の言葉に、フェリシタス・ロカ(ティータ・d21782)はランタンを手に小さくうなずく。
「急ぎ奥へと向かいます、よ?」
灼滅者達は、洞窟を駆けていく――まとわりつく熱気は、夏のそれでさえ比ではない。駆けていけば、ほどなくしてよろよろと歩く少女の姿が見えた。
「その光る石を辿れば外に出られる。そうすれば助かるぞ!」
「え、あ……はい?」
駆け抜けるユージーン・スミス(暁の騎士・d27018)の言葉に、少女はふと気付く。ユージーンの言葉通り、道に光る小石が目印として点々と道標を示しているのを。
「……急ごう」
千凪・志命(灰に帰す紅焔・d09306)の呟きに、誰もが同意した。朦朧としていた少女は気付いていなかったが、こちらに向かってくる気配が確かにあるのだ。だからこそ、灼滅者達は少しでも彼女に近づかせないため、速度を上げた。
(「竜種の居場所に一般人が迷い込んでいるとはなにやら裏がありそうですね」)
どう考えても異常な事態だ、斑鳩・夏枝(紅演武・d00713)がそう考えた時、先頭の伐龍院・黎嚇(ドラゴンスレイヤー・d01695)がその足を止めた。
「我らは弱き者の盾だ。ここから先は一歩も通さん、そしてあの少女には手を出させん」
闇の中から、光源に照らし出されて姿を現わしたのは巨大な緋色の鱗を持つトカゲ――竜種イフリートだ。その歩みが止まる、灼滅者達の存在を認めたからだ。その威圧に、黒揚羽・柘榴(魔導の蝶は闇を滅する・d25134)は呼吸を整える――思い出したのはかつて不覚を取った自分、だからこそ柘榴は言い放つ。
「竜種にはちょっと嫌な思い出があるけど……今度はリベンジするよ!!」
イフリートが、前に一歩踏み出した。それは移動のための一歩ではない、武術でいえば一撃を放つための溜め――それが理解出来たからこそ、ユージーンはスレイヤーカードを開放した。
「古の英雄よ、我に邪悪を滅ぼす力を!」
戦闘体勢を整えた灼滅者に向けられるイフリートの殺意のこめられた視線、それを真正面から受け止めて黎嚇は告げた。
「竜種よ、ここが貴様の墓場となるのだ」
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
ビリビリと熱気を震わせ、イフリートが吼える。放たれるのは、炎が生み出した無数の火トカゲの群れ――イフリートの百鬼夜行が灼滅者達へ襲い掛かった。
●
「私がお相手させていただきます!」
百鬼夜行の中を真っ直ぐに駆け抜け、夏枝はイフリートの鼻先へとシールドに包まれた拳を叩き付ける。ドォ! と確かに感じる手応え――しかし、それはまさに壁を殴ったような、重圧を伴うものだった。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!!』
わずらわしい、そう言いたげに頭を振るわれ、夏枝は吹き飛ばされる。ザザ! と硬い足場に着地すると、夏枝が言い捨てた。
「確かに、硬い相手のようですね」
「ならば、それも断ち切るまでです」
黎嚇は《ASCALON-White Pride-》を胸元へ掲げ、セイクリッドウインドを吹かせる。熱気のそれとは違う風に乗って、フェリシタスが跳んだ。
「アンタの事、ちゃんと食べてアゲるから安心して?」
壁を蹴って、垂直落下。フェリシタスは燃え盛る蹴り足を、イフリートの鱗の背に叩き込む! まるで、鉄板を蹴ったような感覚――それを強引に引き裂く、その感覚は硬い骨ごと肉を噛み砕いた感触に似ていた。
「彼の者に聖なる神の裁きを」
白銀の西洋甲冑、まさに騎士然としたユージーンが構えるのはクロスグレイブだ。ドン! と放たれた十字架先端が展開、その銃口から放たれた光弾がイフリートへ着弾する。ゴォ! と冷気と共に吹き上がる爆煙――その煙を、跳んだイフリートが突きつけた。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!』
ドォ! と着地した衝撃で、地面が揺れる。六メートルの巨体が跳んだのだ、それだけでも圧殺されそうな迫力があった。
「まぁ、随分と大きい……これが竜種ですか。素敵なお姿ですね、ざぞかし見事な剥製になりそうです」
しかし、そんな大振りな動きに付き合う義理はない。横へ跳んでかわした梅子が着地と同時に巻き起こった風に抗い、横回転で踏み込み異形の怪腕となった拳を叩き付けた。揺らぎもしないイフリートは、梅子へと尾を放つ。それも、梅子は後方へ跳んでかわした。
「よく動くね、その大きさで」
タタン! と空が宙を駆ける。より正確には、地面、壁、天井と足場を問わないのだ。空は尾が砕いた地面を足場にイフリートの真上へ、白妙ノ耀を構え引き金を引いた。放たれたのは漆黒の弾丸、デッドブラスターだ。ズドン! と背に一撃、しかし、イフリートの鱗はひたすら硬い。わずかに穿つ、それがやっとだ。
「それでも効かない訳じゃないね」
それを悟ったからこそ柘榴は五芒星を描いて契約の指輪を構え、魔法弾を撃ち込む。制約の弾丸を、イフリートはその尾で柱のように受け止めた。
「……来る」
ヴン、とシールドを拡大、ワイドガードを発動させた志命の言葉の直後、イフリートの口からボフ、と炎が溢れた。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォゥッ!!』
轟くのは、爆音。イフリートが吐き出したバニシングフレアの炎が、視界を赤く赤く染め上げた。
●
巨大さ、というのはそれだけで強味だ――その事を、疾走しながら空は悟る。
「狭い場所じゃないのにな」
洞窟は広い。だというのに、手狭に感じるのはただでさえ巨大なイフリートが俊敏に動き回るからだ。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
イフリートが、柘榴へとその牙を剥く。ガチン! と火花を散らして歯が鳴った。噛み千切ろうとしたその口は、しかし歯応えはない――既に、柘榴はそこにはいなかったからだ。
「遅いよ!」
まさに、翼を広げ舞う燕のごとく――死角へと駆け抜けた柘榴は、魔法陣を通してダイダロスベルトによってイフリートの足を切り裂く!
そこへ、志命が続く。真っ向からイフリートの眉間へとスターゲイザーの蹴りを放った。ドドン! とイフリートが重圧に、動きが止まる――その刹那に、ユージーンが踏み込んだ。
「横だ!」
「……あぁ」
ユージーンの一言でその意図を察した志命は、イフリートを足場に横へ跳ぶ。そして、間髪入れずユージーンのクロスグライブが叩き込まれた。
「――ォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
ガガガガガガガガガガガガガガガガガン!! と、ユージーンのクロスグレイブが振るわれていく。十字架戦闘術、その十字架という形状を存分に使いなした連打に、イフリートがたまらず炎に包まれた尾を振るった。
「こういうのは、尾癖が悪いというのでしょうか?」
梅子はイフリートのレーヴァテインを受けて、カウンター気味に鬼神変の殴打を放つ。そのまま、梅子は後方へ――黎嚇は右手をかざし、ジャッジメントレイを治癒の力にして、回復させた。
「気をつけろ、竜の巨体だ。どの角度からでも、あの尾は届く」
「そのようね」
黎嚇の警告に同意して、夏枝が地面を蹴る。光源が生む自身の影が伸びると、夏枝は右手を振り払った。その動きに合わせて、影が急角度で曲がる。無音で影が、イフリートの足に絡み付いた。ガクン、と失速し振り返ろうとしたイフリートへ、フェリシタスが迫る!
「余所見しちゃダメでしょ?」
イフリートが、その言葉に視線を戻す――その時には、フェリシタスの姿はそこにはない。一瞬でも視界から外れれば、フェリシタスにとって死角に潜り込むなど朝飯前だ――ザザン! とクルセイドソードによってイフリートの足が切り裂かれ、巨体が揺れた。
「ここだぜ!」
ドン! と空の妖冷弾が、イフリートへ突き刺さる。そのまま、空は足を止めずにイフリートの横を跳び去った。
(「これほど攻撃しても、なお崩れないか」)
最後衛で、黎嚇はそう判断する。竜種イフリート、その強靭さは他のイフリートと比べても高い、そう思えた。
もはや、打撃戦の状況だった。引いたほうが、不利になる。イフリートはその質量で、灼滅者達は手数と連携で――その拮抗が大きく崩れた瞬間、それこそがこの戦いの趨勢を決める瞬間だった。
『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
炎の翼を広げたイフリートが、吼える。炎が巨大な花を形取る――それを空は二丁の拳銃を構え、迎え撃った。
「させるかああ!!」
ヒュガ!! と二丁拳銃が、緋牡丹灯籠の炎を花を相殺。切り飛ばした瞬間、空は引き金を引いた。ヒュオン! とホーミングした銃弾が、イフリートを穿つ!
『ガ、アアアアアアアアアアアアアアア!?』
その瞬間、志命は妖刀『正義』を抜刀、レーヴァテインの一閃を放った。ザン! と深く切り裂かれたイフリートがのけぞり、洞窟の壁にぶつたった――そこにタイミングを合わせて、柘榴が妖冷弾を放った。
「隙有りだよ!」
ズドン! と突き刺さった氷柱がイフリートをビキビキビキ……! と凍てつかせていく。柘榴の妖冷弾に貫かれながら、イフリートは強引に動く――その背へ梅子が落下、スターゲイザーを叩き込む!
「どうぞお心のままに」
「その言葉、甘えさせてもらう――砕け散れ!」
ユージーンが、《ASCALON》を振りかぶる。非実体化したその竜を討つための刃が豪快に振り下ろされ、肉体ではなく魂を炎の翼ごと断ち切った。
『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?』
なおもあがくイフリート、そこへ夏枝は右手をかざす。そして、右手を握った瞬間、イフリートの巨体を影が一気に飲み込んだ。
「今よ!」
夏枝の言葉に黎嚇とフェリシタスが同時に地を蹴った。
「恐怖しろ、後悔しろ!この伐龍院と出遭った事をな! 逃がしはせん、ここでバラバラに解体してくれる! 龍殺しの伐龍院の名、身を以て思い知るがいい!」
《ASCALON-White Pride-》へ破邪の光を宿して黎嚇は屠竜之技を繰り出し、フェリシタスもまたクルセイドソードの刃をイフリートへと突き立てた。
「言ったデショ? ちゃんと食べてアゲルって……」
艶やかに、命を奪った食感を味わいながらフェリシタスは剣を振り払う。ドォ! と同時に放たれた斬撃が、イフリートを爆炎へと変え、粉々に散らした。
「僕こそ、邪悪を斬り裂く剣だ」
揺るがぬ信念と共に、打ち払った竜へと黎嚇は告げた……。
●
「お疲れさま、なのです。熱気がこもっているので早く出ましょう? なのですよ」
「いえ、待って」
夏枝はフェリシタスをそう制して、洞窟の奥へと向かった。ユージーンもまた、洞窟を探索する。朱雀門の痕跡や、魔術的な痕跡は洞窟内には残っていなかった――空振りだったか、と洞窟を後にしようとした、その時だった。
「あ、戻ってきた」
洞窟の入り口には、少女がいた。状況に戸惑っているような少女を見やって、ふと梅子が呟く。
「そういえばこの方は猿人化なさったりしないんですね」
今までの竜種イフリートの出現と違ったパターンだ、少女も困ったように彼らへと口を開いた。
「あの、ここってどこでしょう?」
「ああ、関東の――」
「関東!?」
柘榴の答えの途中で、少女が目を白黒させる。そのあまりの驚きの表情に、空は思っていた疑問を口にした。
「どこでどんなアルバイトに申し込んだんだ?」
「神戸市、なんだけど」
『……え?』
思わず、灼滅者達は耳を疑った。そして、納得する――確かに、関東を耳にした時、今の自分達と同じ感覚を味わっただろう、と。
詳しく訊ねてみれば、神戸市芦屋周辺で、アルバイトの面接を受けた後、出されたコーヒーを飲んだところから記憶が無い――そう、少女は答えた。
(「何かが暗躍してそうだけど……まさか竜種への生贄としてとか!?」)
柘榴はそう思い至ったが、確証はない。朱雀門の暗躍なのか、あるいは――その答えは、まだ出ていない……。
作者:波多野志郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年8月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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