目覚めは竜の巣の中で

    「……あれ?」
     大学生のハルカが目を開けると、岩の壁に囲まれていた。
    「どこここ? 確かアルバイトの面接受けてなかったっけ?」
     うまく記憶がつながらないが、少なくともこんな洞窟めいた場所にいた覚えはない。
    「よくわかんないけど、外に出ないとしょうがないよね」
     ポニーテールを揺らすと、ハルカは壁を伝って出口を探し始める。
    「にしても暑いなー。洞窟って、もっとひやっとしてるもんじゃ……あ、そっか」
     ハルカは気づく。
     この暑さは、きっと外の熱気のせいだ。最近やたら暑いし。
     だとすれば、より暑い方に進めば外に出られるはず。そう結論づけたハルカは迷いなく進む。
     その先に絶望が待っている事など、知る由もなく。

    「暑い日々が続いているが、今回の事件はもっと暑い、いや熱い」
     初雪崎・杏(高校生エクスブレイン・dn0225)がしかめ面なのは、事件のためか、暑さのためか、それとも両方だろうか。
    「一般人が竜種イフリートに殺される事件なのだ。そもそも、なぜ竜種イフリートの洞窟に一般人が迷い込んでしまったのかは判らないが」
     事件が発生するのは、秋田県東部の山奥。元々は洞窟とも呼べない小さな空間だったが、竜種イフリートによって規模を拡大したらしい。
    「そうなると、一般人がいる理由がますますわからないがな」
     首をひねる杏だが、今重要なのは、一般人の安否である。
    「洞窟内はシンプルな構造で、迷宮的なものではないから安心してくれ。熱気のする方へひたすら向かえばいい」
     竜種イフリートの数は1体。ファイアブラッドの如き炎系サイキックを自在に操る。
     更に、その口から放射される竜の吐息は、離れた灼滅者をも焼き尽くす威力を持つ。スナイパーのポジションと相まって、狙った獲物は逃がさない。
    「竜種イフリートは、自分の姿を見たものを必ず殺そうとする。戦う力と覚悟のある君達ならいざ知らず、一般人など、数秒と無事でいられないだろう」
     つまり、一般人が竜種イフリートと接触する前に救出しなければならない、という事だ。
    「おそらくこの竜種イフリートは、朱雀門が戦力増強の為に集めたのだろう。今回の一件は、竜種を灼滅するチャンスとも言える。頑張って欲しい」
     もちろん一般人を救出した上でな、と杏は付け加えたのだった。


    参加者
    橘・芽生(焔心龍・d01871)
    リーファ・エア(夢追い人・d07755)
    御影・ユキト(幻想語り・d15528)
    森里・祠(和魂・d25571)
    大夏・彩(皆の笑顔を護れるならば・d25988)
    樹雨・幽(守銭奴・d27969)
    芥生・優生(探シ人来タラズ・d30127)
    阿波根・ナギサ(南国唐手ガール・d30341)

    ■リプレイ

    ●出会いは偶然か必然か
     ほの暗い洞窟の岩肌を、大夏・彩(皆の笑顔を護れるならば・d25988)のハンズフリーライトが照らす。そのブーツが刻むリズムは、速い。
     急ぐのは皆も同じ。ハルカと竜種の不幸な出会いを止めるため。
    「偶然迷い込んだ、わけないですよね。誰が、何の目的で……」
    「まるで神隠しのよう……こうして見つけた以上は連れて行かせるわけにも参りませんね」
     橘・芽生(焔心龍・d01871)や森里・祠(和魂・d25571)も、足を速める。
    「……竜種と直前の記憶がない一般人、ですか。こうなるとやはり朱雀門の関与が……これは無事に帰さないといけませんね」
     決意と共に、額の汗をぬぐう御影・ユキト(幻想語り・d15528)。
     熱がこもってサウナ状態の分、外より中の方がたちが悪い。
    「ただでさえ暑いのに、こんなところでイフリートと戦った日には……。ま、そんなこと気にしてる場合じゃなかったなあ。おーいハルカー……」
     芥生・優生(探シ人来タラズ・d30127)は、イフリートの耳に届かぬよう、探し人の名を呼ぶ。
     すると行く手に、人間の背中が見えてくる。揺れるポニーテール……間違いない。
    「おい、ネェちゃん」
    「えっ?」
    「そっちは俺たちの縄張りだぜ。これ以上奥行くってんなら、金取るぞ」
     樹雨・幽(守銭奴・d27969)に引き止められた少女……ハルカが、振り返った。
     一行の姿を認めた途端、ぱあっ、と表情を明るくする。
    「やった、人がいたよ!」
    「こんな所で何をしているんですか?」
     ユキトに問われ、ハルカは困ったように頬をかく。
    「何って言われても……っていうか、あなた達は?」
    「最近この辺りでは、涼を求めてこの洞窟に迷い込む人が少なくない。そんな人達を出口まで送り届ける、いわばボランティアだ」
     答えたのは、阿波根・ナギサ(南国唐手ガール・d30341)。
    「ボランティア……じゃあ、出口もわかるの?」
     ハルカが、よかったー、と胸を撫で下ろす。
    「やっと出られるよ……」
    「あの、ハルカさん。ちょっといいですか?」
     エスコート班に同行するハルカに、リーファ・エア(夢追い人・d07755)が声をかける。
    「貴女、もしかして芦屋から来てたりしますか?」
    「そう、だけど……なんで知ってるの?」
    「前にも、芦屋から来た人を助けた事があるんです」
     ハルカが眉をひそめるのを見て、とっさにラブフェロモンを使いフォローする芽生。
    「それで、ここ、秋田なんですよね」
    「……は?」
     リーファの予想外の言葉に、ハルカが目を丸くした。

    ●炎竜は破壊を好む
    「意識を取り戻す前の事を聞かせてもらっても、構いませんか?」
     混乱しているところ悪いと思いつつ、祠は尋ねる。
    「そう言われても、バイトの面接を受けてただけだしなあ……」
    「それだけ、ですか?」
     彩も気になって、問いを続ける。
    「コーヒーを出してもらってね、それを飲んで……気づいたらここにいたんだよね」
     皆は、思わず顔を見合わせた。
     そうこうするうちに、出口が見えてくる。
    「じゃあ、これ食べて待っててくださいね!」
     芽生がハルカに手渡したのは、おにぎりと、冷たいお茶。
    「あ、ありがとう。また行っちゃうの?」
    「他にも、迷い人がいるかもしれないしな」
     ナギサが誤魔化すと、一行はハルカを残し、中で待つ仲間の元へと戻る。
    「そろったところで、じゃあ、行こうかなあ」
     優生の言葉にうなずき、再度奥に進む。
     徐々に、熱気が高まっていく。そして突然、ドーム状の半球空間が現れた。
     そこで体を丸めていた獣こそ、熱気の源。
    「……!」
     灼滅者たちの姿を認めると、のそり、と竜種が体を起こす。
    「わたし達がここに来たのは、一般人がここに迷い込んだから。一般人がここにきた理由、心当たりありますか……きゃっ」
    「ガアアアアッ!」
     芽生の問いかけを、竜の咆哮が掻き消した。
    「やかましいな、おい。こんな山奥で見世物小屋か? 大した儲けにはなりそうにねぇな」
     幽の挑発的な雰囲気を察したか、睨みつけるイフリート。それだけで、周囲の温度が上がった気がする。
    「夏にイフリートの炎は熱いですね……早めに終らせてアイスでも食べたいです」
    「いいですね、アイス。ハルカさんも気になりますし」
     ハーフフィンガーグローブをはめなおすユキトに、リーファも賛成した途端、その横を竜種の尻尾が薙いだ。
    「イフリートめ……もう誰も殺させたりしない!」
     いかにも乱暴な挨拶に、怒りを露わにする彩。その脳裏によぎるのは、家族を殺された過去。仲間もハルカも、絶対傷つけさせはしない。
     祠が解体ナイフを抜けば、凛々しき表情がその刀身に映る。
    「いきますよ、みたま」
     自身の数倍以上の巨体を前にしても、ウイングキャットは一歩も退かぬ。
     目の前に立った以上、逃すつもりはない。イフリートが殺気と炎をまとう。
    「Kill me if you can」
     殺れるもんなら殺ってみろ。優生の口元を、黒いマスクが隠す。
    「では、被害を出さぬよう心引き締めて……推して参る!」
     熱気を押しのけるように、ナギサが立ち向かう!

    ●竜討つは灼滅者という名の刃
    「惑わしの霧は濃く、深く……」
     祠の守り刀が、黒き霧をまく。
    「風よ此処に」
     霧と殲術道具をまとったリーファが、地面を蹴る。岩壁を利用し高く跳び上がると、スターゲイザーを放つ。
    「ガアアアアッ!」
    「くっ」
     硬い皮膚を踏み台として、離脱するリーファ。入れ替わりに、ライドキャリバーの『犬』が突撃する。
    「――穿て、螺旋の刃」
     キャリバーの背後から飛び出したユキトが、竜のうろこを貫く。槍にひねりを加えれば、肉の感触が伝わって来る。
    「龍因子解放」
     ユキトを払いのけようとする竜種に、芽生が接近する。まとった朱金の炎が翼となり、その身を加速。
    「竜種を倒せと、与えられた力。みせます!」
     敵の周りを高速で駆け、突き、叩き斬り、ダメージを重ねていく。
     その攻撃を、竜種の爪が止めた。
     上半身を起こすと、その両前足に炎を収束。
    「ガアアアアアアッ!!」
     赤き奔流が、接敵していた灼滅者達を焼き払う。
     その熱量は、これまでと比較にならぬ。
    「これが竜種の力……!」
     舞い散る火の粉に顔をしかめ、彩が剣を構える。刀身の刻印が光を放ち、癒しの風を呼ぶ。
     腕を押さえるナギサの元には、霊犬のシロが駆け付ける。
    「感謝する」
     礼を告げるや否や、すぐさま竜種へと躍りかかるナギサ。
    「その名に恥じぬ働きを見せろ!」
     龍を砕く斧が、竜種の首元に傷を刻む。
     常に状況を変える戦場を俯瞰しつつ、優生は好機を狙う。
    「竜の名と姿は伊達じゃない、ってわけだなあ」
     優生の影の刃が、竜種の前足を確実にとらえる。
    「ガアアッ!?」
     剥がれ落ちたうろこを踏み越え、幽が駆ける。
    「新商品ドラゴンの三枚おろし……ってのはどうだ?」
     真紅なる十字光が、虚空を走る。とっさに伸ばした尻尾の先端が、宙を舞う。
     もだえる竜種。しかし、再び攻撃に移るのも時間の問題だ。
    「ならば、この機に癒しを」
     舞うように、祠が小光輪を飛ばす。
     みたまがはばたけば、魔力の煌めきが竜種に降りかかる。
    「動きが鈍りましたね!」
     その身に火を残したまま、リーファが縛霊手を振りかぶる。横っ腹に一撃がきまった瞬間、霊糸が相手を縛る。
    「ガルウウ……!」
     ぶちぶちと拘束を破っていく竜種。その額を、ユキトが打撃した。外皮が堅くとも、内部からの衝撃には耐えられまい。
     四肢で地面を踏みしめ、こらえるイフリートの爪から、炎が噴出する。
    「……っ!」
     炎爪に刻まれる寸前、ユキトが突き飛ばされた。
    「御影先輩は、やらせない!」
     割って入ったのは、彩だ。熱と重みが、その体にのしかかる。
     シロが癒してくれるが、傷は消しきれない。だが不意に、宿る炎が掻き消えた。
    「悪しき炎、我が風に散りなさい」
     炎を鎮めたのは、祠だった。感謝の言葉への返礼は、凛々しい微笑み。
    「暑いのはどうにも苦手でなあ。炎と氷、力比べとしようか」
     優生がささやく歌は、竜種へのレクイエム。
     次の瞬間、十字架砲が青白い光を放った。竜種に着弾すると同時、氷結が始まる。とっさに振り払おうとするも、氷はまたたく間に扇状に広がっていく。
    「燃やすのはてめぇの専売特許じゃねぇんだよ」
     じゃきん、と幽のガトリングガンが敵を捉えた。無数の炎弾が、破壊のマーチを奏でる。
     たまらず、後退するイフリート。
     炎弾が生んだ煙を払い、ナギサが飛び込む。光帯びた拳が、傷ついた敵の全身を打つ、打つ!
    「ガアアアッ!」
     あがく竜種が放射したブレスは、幽のDMWセイバーによって両断される。
     その隙に回り込んだ彩が、竜種の背へ剣を突き立てる。
    「お前の命もここで終わりだ! 燃え尽きろ!」
     剣が傷口に炎を注ぐのと同時、芽生が龍砕斧を振りかぶった。
    「対竜兵器の名にかけて!」
     竜種の喉が、長い悲鳴を絞り出した。

    ●黒幕は闇の中に
     青白い炎に飲み込まれ、竜種が消えていく。
    「よかった……無事に守れたよ……」
     額の汗をぬぐう彩。
     熱源が消失したことで、洞窟内の温度が低下していく。
    「ったく、馬鹿力の相手は疲れるぜ」
    「じゃあ、ハルカさんのところに戻りましょうか」
     幽が一息つくと、リーファが立ち上がる。
    (「ただ1人ここに置き去りにされるなど、まるでイフリートへの供物のようだ」)
     帰り道、一件を仕組んだ者の痕跡を探すナギサ。真実を推測する材料となれば、と。
     やがて皆を、まぶしい太陽とハルカが出迎えた。
    「あ、戻って来た……ねえ、何があったの? すごい声聞こえたんだけど……熊?」
    「まあ、そんな感じですよ!」
     おびえるハルカに話を合わせる芽生。
    「あー、それじゃボランティアとか必要なわけだー……。危ないもんね」
    「とりあえず、水分補給しませんか? 竜種と戦った後に熱中症とか、なんか情けないですしね」
     リーファが開けたクーラーボックスから、白い冷気があふれた。
     喉の渇きを潤しつつ、改めてハルカから話を聞いてみるものの、それ以上めぼしい情報はなさそうだった。
    「ったく、誰がこんなつまらねぇ事考えたんだか」
     もっとも、幽には一円の得にならずとも、その誰かにとっては利益のあることなのだろう。
    「どう思います、御影さん」
    「そう、ですね……」
     再び思案する祠とユキト。
     事件の真相は、まだ見えない。
    「でも、ハルカを救えたのは、収穫だったなあ」
     優生の意見に異を唱える者は、誰一人いなかった。

    作者:七尾マサムネ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年8月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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