星巡りのうた

    作者:菖蒲

    ●stella transvolans
     海が好きで自由奔放。泣き虫で大人ぶる。
     彼とあなたは友人であるかもしれないし、他人の空似というものなのかもしれない。
     夏の空、星の海――きっと、その夜は日常と呼ぶにふさわしい。
     
     夏休みの頃となれば、旧七夕が近付く暦の季節でもある。日中の太陽は膚をじりじりと焦がす様に暑く、伝う汗が擽ったさえも覚えさせる。文月の末に生まれた海島・汐(高校生殺人鬼・dn0214)は故郷の海を見て育ち、夏色の空をこよなく愛していた。
     七月から八月の――お盆の八月十三日前後に多くみられるという流星群の予兆は彼にとっても特別な予感を感じさせて。
    「ペルセウス流星群、見に行こうぜ」
     抱え上げた望遠鏡。レジャーシートはしっかりと折り畳んでリュックの中に。
     印象的な泣き黒子に明るく染め上げた髪を温い風に遊ばせて汐は折角なんだと笑みを浮かべた。
    「よしっ、夏の星座を見に行こう。ビルの明かりも人工の光りもない綺麗な場所に」

     静かな夜の海は、月の光が反射して幻想的にも思える。
     人工の明かりもない景色は空を飾った星達が、まるでランプの様に照らし上げる。
     空いっぱい、宝石の様に飾られた星がおちてくる。流星群と呼ぶにふさわしい幻想的な風景は中々見られるものではないだろう。
     海沿いの片田舎。何もない辺鄙なところと言われるかもしれないが――自然の美を感じるにはうってつけの場所だ。
    「魚達が小さな音を立てるんだ。岩場には秘密の場所が見つかるかも知れねぇ。
     砂浜に書いた文字は波が攫って――消していく。海は、空は、特別なんだ」
     持ちよった弁当を食べても良い。寄り添って話すのも良い。静かな時間を共に過ごすのだって良い。
     ――それは、夏の日の『特別』で、尊い、少しだけの秘密の時間。


    ■リプレイ


     ざわめく波の音に耳を澄ませ、七はミュールを手にし海へと足を踏み入れた。
    「なにやってんの!?」
     彼女へと鶴一は「脚見てるのー」と大声で笑いかける。下心がないわけがないだろとわざとらしく告げる彼に七は気にも留めず手を引いた。
    「そんなこと言って、蛭川はそーいう目で見てないでしょう」
     見せびらかすなんてとわざとらしく拗ねたように波を蹴り、泡立つ泡に瞳を輝かせる。
     ――ほら、波に映った星が押し寄せてくるみたいじゃない。
     個人的な区切りなのかもしれないし、気分転換なのかもしれない。理由を付けてしまうのはシグマ『らしさ』なのかもしれないが。
    「ほら、ムジョーこっち!」
     手を引かれ無常は楽しさに彼の手をつかみゆっくりと進んでゆく。新鮮な感覚に無常は「ありがと」と小さく告げる。
     関係ない――その言葉は十分に重くて。関係ないわけがないと首を振り、影は月明かりに大きく伸びた。
     靴を脱ぎ、波打ち際を歩く仙の足元で黒耀は嬉しそうに尻尾を揺らす。
     流星群――星に願いを。沢山流れるから、願いを言う時間だってあるはずだと笑う仙は「志水は?」と振り仰いだ。
    「これからも糸木乃とたくさん遊びに行けますように、とか」
     冗句めかして告げた彼に仙は負けじと「星に願わなくても大丈夫だよ」とからからと笑う。
    「自分は、そうだなあ。大事な人たちとずっと一緒に居られますように、かな」
     海色小瓶の飴玉にペットボトルのジュース。おめでとうと手渡された汐は嬉しそうに二人の背中を見送った。
     シートに腰かけた依子は夏の夜更かしは特別と傍らの篠介と星座を探す。
     慌てたように顔をあげた篠介は目でも負えなくなった流星雨にほうと息を飲む。
    「私の願い……はお星さまじゃなくこの手が叶えてくれたわ」
     ほら。重ねた指先のぬくもりで二人分。願いはもう叶っている。
     綺麗と手を星空へ翳した雪菜へと寄り添った雪花が小さく笑う。
    「雪菜、これからも、ずっと僕の傍に居て欲しいな」
     沢山の愛情を酌み交わす自分の事をよく分かっているから。その意味を込めて頬へと一つ口付けた。
    「今はまだ、その返事ができないかな……私、解らないや、自分の気持ち」
     赤らめた頬の色に雪花は待ってるから、とその掌をぎゅ、と繋いだ。
     星が舞い落ちる。足元に転がる貝殻の一つをあげたいと一遂は貝殻と波を見下ろした。
     反射する光にはっと顔をあげれば樂は「……取れそう」と小さく零す。
     呆気ないほどに零れるその言葉は星を受け止めますとはしゃぐ一遂の声が響く。
    「先輩!」
     ぶっ、という声と共に砂へと転げ落ちた一遂は、いい意味で変な子で共に過ごすのが楽しくてたまらない。
     ころりと転がった真人の腹の上で愛太郎が嬉しそうに空を見てはしゃぐ。
    「鏡月よ、探している物は見つかりそうかッ?」
     その声にふるりと首を振った空は麟狼の背を撫でて難しいと肩をすくめた。
    「……帰りにラムネでも買っていこうぜッ!」
     いつか、探し物が見つかればいいと願う様に彼は小さく頷いた。


     真夜中のお出かけは初めてだとサンダルを片手にゆっくりと歩む雛は【世界の狭間】の仲間達を振り仰ぐ。
    「これでひぃもマヨナカ族ですね」
     波打ち際のヒカリは「願い事は考えてきた?」と嬉しそうに歌う雛へと耳を傾けて問い掛ける。
     吹く風に髪を煽られ、顔を上げた雛は「願うって難しい」と唇を尖らせる。
     二人の背を追い掛けた蒼穹言はゆっくりと瞳を伏せり、「強くあれますように……かな?」と冗句めかして笑った。
     歓声は夏の思い出に丁度良い。夏は、まだ始まったばかりだから――
     岩場でのんびりと眺めようとデジタルカメラを手にした竜鬼は準備を整える。
     天文学は解らないけれどと何度も何度もフレームの中に星を収め「中々……」と呟く彼がフレーム越しに星を捉えた所でぴ、ぴ、と電子音が鳴り響く。
    「あっ、しまった。電池切れだ……」
     一人、浜にたたずんで煌介は水平線のはざまを眺めた。恋しい人を思うほどに拒まれた事を思い出す。
     諦めるしかないのかと息をつき優しい誰かを思い出すたびに彼は首を振った。
    『星』と『月』――希望と不安が胸の内をぐるりと回る。未来はどうあれ、定めなければと顔をあげる彼の前で流星が尾を引いた。
    「みしまさんたんじょうびってきいたです」
     星を見るのが好きだから嬉しいと金平糖を幾つか掌に乗せて夜野は海へと駆けてゆく。
     尻尾をゆらし、波の音を聞きながら星を見る贅沢が幸福で仕方がなくて。
    「流れ星だ! 明日も皆幸せだといいな。後、肉食べたい……」
     イルカのキーホルダーを手渡して真珠は「おめでとう」と柔らかく告げる。一人辿りついた海は何処か涼しげな空気が漂っていて。
     冷たいココアにビスケット。潮のにおい、波の音、藍色の海が故郷を思い出させて已まない。
    (「私はかえれるんだろうか」)
     かえる事を望むのだろうか――?
     暗い海と月に引き摺られる様な気持を振り払い笑って手を空へと伸ばす。
     空との境がぼやけた海は輪郭を曖昧にして、恐怖心よりも幻想的な空気が胸を打つ。
    「海島さんにとって海と空は特別って聞きました」
     隣同士。静謐に近付く事も許されない気がして成海は只、海を見守り続ける。
     海は、月へと続く道を作りだすようで。汐の『特別』を聞いてみたいと成海は一人続ける。
    「星が降るってまさにこの事を言うんでしょうね」
    「うん。……海も、空も、きっと俺を作る世界なんだ」
     冗句めかして笑う汐へと成海は「お誕生日おめでとうございます」と目を細めた。
     貴方に幸あれと、願う様に。


     海を見下ろす事が出来る丘は星に近い場所なのだという。掌が、星を掴めてしまいそうな程に近く、アレクシスは「お前」と従者を振り返る。
    「……綺麗」
     唇から漏れだしたソラの言葉は、この空に圧倒されているかのようで。
     落ちる星を瓶に詰められるなら自慢してやるよと無邪気な笑みを浮かべるアレクシスにソラは瞬いて、柔らかに微笑んだ。
    「光栄ですわ……アレクシス様」
     夏は、変化を齎して。星は素知らぬ振りして流れ続ける。
     マットに座って。小さなバスケットをセッティングしたゆまはマフィンを差し出した。
    「お腹が空いたら食べてくださいね?」
     保冷ボックスからサイダーとお茶を取り出す慧樹に礼を一つ、シェアメイトたちはのんびりと星を眺める。
    「夏の夜は暑いけれど、海辺だと少し風が冷たいかも……」
     ブランケットもあるよと百舌鳥が差し出したその時、降り注ぐ星々にゆまが息を飲む。
     目を見開く慧樹の感嘆の声を耳にして心の中で願い事を唱えては百舌鳥は、ゆまは目を伏せる。
     願わくばみんなが幸せでいてくれますように――一瞬の光に短い永劫を。どうか。
    「皆さん来てくれてありがとうっす」
     微笑むギィは綺麗なものは自分の周りにいっぱいっすけどと冗句めかして笑う。
     ミュリリは「わたしたちも綺麗って、ありがと、ギィくん」と恥ずかしそうに笑う。
     【天剣絶刀】の面々は星降る丘で贅沢な時間を満喫中だ。ワンピースに水色のカーディガンの美久は膝枕はどうでしょうかと恥ずかしそうに頬を赤く染め上げる。
     未熟な己に彼の重さを感じて星を見上げて過ごしたいと微笑む彼女の声を聞き「綺麗だね」とシヴィルは瞳を伏せる。
    「星々が恋人さんたちなら、この広い夜の器はラフィットさんだ」
     ロマンチストなシヴィルは流れ星に願う。素敵な人が、現れます様に――
     彼女達を見詰めながら星型のクッキーを焼いた友は心地よい夜空を楽しむだけだと静かに息を吐く。
     ロマンスはどうにも似合わない、けれどピンと張り詰めた意識が少しでも緩めばと。休息を味わいながら。
     星に興味を持ってくれるのは嬉しくて。風樹は「星座の話をしよう」と解説を買って出る。【Fly High】の部員達曰く「ふーふー先輩の星座講座」といったところだろう。
    「あ、珈琲をどうぞ。……星も、星座もロマンティックですね」
     茫と見上げる乙羽から珈琲を受け取った歌音は風樹の解説に一喜一憂、表情をころころと変えてゆく。
    「……なんだか、吸い込まれてしまいそうだね」
     桂はあ、と呟き「やっぱり、キミはそうでなくちゃ」と浮かぶ気持ちに嬉しさを感じながら小さく頷いた。ころん、と転がったアメリアは「我慢できない!」と立ち上がり箒を掴む。
     飛びきりの笑顔を残し空を目指した彼女を見上げたエンは可笑しそうに小さく笑う。
    「アメリアさんらしい……」
    「あー……うちの大将はやっぱりな」
     自分も、と思いながらも箒の持ち合わせがないところりと寝転がる空の視界には楽しげに笑ったアメリアがふりふりと手を振っている姿が焼きついた。
    「ミナお姉さん、初めまして」
     蓮花は【天文学部1年】の澪音について丘を登る。流石は天文学部だろうか、準備万端の澪音は「沢山の流れ星を見たいわね」と柔らかに微笑む。
    「流星群、見られたら夏休みの課題の自由研究にしちゃうのもいいかもよ~」
     柔らかく微笑むミナは専門機材がないと星の美しさを留められないだろうかと唇を尖らせた。
     星を辿る彼女に澪音は「物語の列車の旅」とかの星を往く列車を思い浮かべる。
     ちょこりと座った蓮花は空へと手を伸ばし、小さく笑った。
     心に流れた流れ星――ずっと、大切にしまっておきたな。
    「シオネくん、サンドイッチどう?」
    「……わざわざ買って来たんですか?」
     ほら、と差し出すミックスサンド。誇らしげな士乃の表情にも疑問を抱かずにシオネは小さく首を傾げた。
     手作りのミックスサンドだと頬を膨らませた彼女に嘘吐けとあからさまな反応をするものだから、士乃はぐいぐいと差し出した。
    「美味しい?」
     美味しいですよの言葉に舞い上がる。そんな子供っぽさが微笑ましくて。我に帰った士乃が私の方が年上だからねと慌てだすのも後少し。
     一緒に行こうと約束した天文台ではないけれど、星を見に行こうと手を引いて。
    「小麦、おほしさまのなかをとんでみたいなあ」
     瞳を輝かせる小麦の頭を撫でた彩歌は可愛らしいと瞳を細める。
     星や月は自分たちを飲み込んでしまいそうだから――願い事をしようと二人で寄り添って。
    「こんな穏やかな日をいつまでも楽しめるようにありたい」
    「小麦にもおうじさまがきてくれないかなあ」
     星が一つ、二つ。風が吹き抜ける度に感じた心地よさに月祈は目を細めて。
     風が気持ちいいわねと笑う小夜子はその掌を星へと伸ばす。掴めそうで掴めない、そんなものだから。
    「月祈とこれからも、ずっと、仲良しで、一緒に居られます様に」
     そんな願いを心の中で唱える姉の姿へと視線を向けた月祈は「小夜子ちゃんの笑顔を叶え続けたい」と胸の内で唱えた。
     願いは口にしなくても良い。星に願いを、そして自分にはその願いを叶えるだけの力を、どうか――


    「毎年、この時期には星は結構見に来るのだけれど、今年も綺麗でよかった」
     ユウの言葉に「毎年でゴザルか」と頷くウルスラは星座を眺めユウの言葉を促した。
     国や地域によって意味合いが違う流星の美しさにユウは幸福の意味があればと願い手を伸ばす。
    (「これからも皆と沢山の思い出を築けますように――」)
     視線を向けたウルスラは「心はいつも一緒で有ります様に」と願い、へらりと笑って見せた。
     高い所が良い、そんな我儘は和泉にとっては些細な事で。時兎は流星は一瞬の運だ空を見上げる。
    「敷物を持ってくるべきだったねえ」
     直接腰を下ろせば、地面の冷たさが伝わってくる。地上より親しみのある空――時兎にとっての『空』
    「ちょっ」
     ひょい、と持ち上げて。今よりも空へ近い場所で彼を横抱きにした和泉はへらりと笑う。
     粋な計らいに負けたようだと唇を尖らせた彼が和泉に組みついて二人して転がるのはもう少し後の話し。
    「占い?」
     草の臭いが濃い。壱はみをきの言葉に耳を傾けて、光を茫と眺める。
    「希望は、あると。……ずっと、星が見守っていると」
     学園祭の占い。お守りにと渡した紫苑の守り。星の意味あるそれを思い出し首筋を掻いた。
    「あのね、俺にとってもみをきは星だよ」
     届いてしまった青い星。重なった指先を絡めてみをきは口元に笑みを浮かべる。
     その意味がわからないから、教えて――?
     一緒に見上げた空の色も、贈った望遠鏡の重さも暁にとっては忘れらないもので。
     スコープ越しに見る空の色を瞼に刻んだ暁の背中を見詰めるアリスはゆっくりと顔を上へと上げた。
    「この空はアタシの世界で描くつもり。描いた世界はアンタの祝い損ねた誕生日祝いに、ね」
    「てっきり祝って貰えないのかと思ったよ」
     冗句めかすアリスの言葉に暁は瞳を細める。何時までも変わらない――段々と解れる糸の様な繊細さに暁は嬉しいのだとアリスへと告げた。
    「ほら、暁。星が流れる」
     ――ねぇ、アリス。変わっていく、アンタを見たい、なんて言葉にはしないけれどさ。
    「決まって、悪夢を見るんです」
     伝えるには余りにも拙過ぎて。美希の言葉に耳を傾けた優生は息を飲む。手探りで掴んだ裾。震える声音と指先が余りにも切なくて。
    「ずっと……一人でずっと抱えてたのか、先輩」
    「――あの日もこんな星の流れる澄んだ空、でした」
     腕の中の温もりに、身を預けて美希の唇は小さく紡ぐ。ないていいですか、なんて。
     泣きたくなったら、呼んで。いつだって飛んでいくから。
    「私、泣き虫なのですよ。飛んでくるのも大変かも」
     それでも、泣いたら恥ずかしそうに笑う顔が好きだから。腕に込めた力が、嗚咽を掻き消した。
    「星を見る子は夭折するって聞いたことあるんだけど」
     綺麗な星空は、二人で肩を並べてみて居たくなるから。樹が小さく笑いかければ拓馬は頷く。
     二人一緒に同じ世界を共有している気がするから――紙コップで揺れる水面に視線を落とし拓馬は「ほら」と星を指差した。
    「星のことは余り詳しくないけど、こうやって星空を眺めるのは好きなんだ」
     ペルセウス流星群をしっかりと見たいと悠花は万全の準備を整える。懐中電灯にレジャーシート。おやつに飲み物を常備して落ちる星空をじっくりと眺め続ける。
     伸ばした指先が届きそうな程の星空に彼女は小さく頷いた。
    「夜と海と流星群……どちらも見るのは初めて、です」
     書物で星降る夜を見知ったと告げる裄宗に真鶴は「汐先輩のお家の方は星が綺麗なのよ」と笑いかけた。
     星降る夜も、海も、綺麗なのですねと息を吐く裄宗は「お誕生日おめでとうございます」と一つ、柔らかく語りかけた。
    「よー、汐。誕生日おめでとだぜ」
     流星群が見たいとレジャーシートを引いた十六夜に汐は「あんがと!」と笑い掛け腰掛ける。
     ハチミツとバターのラスク、ダージリンティーをお供に天体観測。好きな星を繋げば思い描く新しい何かを見つけられそうで十六夜は星図を放りごろんと転がった。
     丘の上から海を見下ろした。反射する星空は命の燃え尽きた後なのだという。
     斬は茫と友人達を思い出しながら只、言葉無く空と海のコントラストを見守って、目を伏せる。


     視界に入った人物に重ねたのは「今はもういないあの子」。思い出す三月の日に、預かり物を渡してくれたのは彼女で。
     あの子と似ているとさくらえは小さな背中をじぃと眺めた。やけに華奢な肩は普段の雰囲気を違いこわばっているようで。
    「……さくらえちゃん」
     振り仰いだ陽桜はむっとしたように唇を尖らせた。
     自然と近寄って、タンブラーから漏れる濃いにおい。陽桜は飲み干して首を振る。これは、きっと薬。心をこちらへ残しておけるわずかな抵抗。
     鶏肉にトマトと野菜。嵐リクエストのサンドイッチを手にした葵に嵐はジャスミンティーと差し出した。
    「一緒に飲も」
     ピクニックみたいな星見は旧七夕なのだとふと思い出させてやまない。
     星へ手を伸ばし、願いを口にしようと二人同時で口を開く。
    「嵐はずっと僕が傍で守る」
     繰り返す言葉の先、嵐が「葵がだいすき、だいすき、だいしゅ……」と噛んだことがおかしくて。
     願い事でもない、ただの宣言。笑う嵐に葵は瞳を細める。
     なんていったか聞こえてた、なんて質問は空を見上げたこの瞬間に分かるだろうと身を寄せた。
     眠らない街――東京から随分と離れたものだと晴汰は空を見上げる。
    「流星群なんて楽しみぃー」
     騒ぐ胸を押さえて、千巻は楽しげに笑みを浮かべた。二人して転がって、電線さえもない空は遮るものもないせいか、いつもより近く思えて仕方がない。
     草が擦れ、波がさざめく。言葉すらなくとも、心地よくて。少しだけ気を置いてくれてもいいのにと笑う晴汰は願をひとつ、ふたつ。
     ナイショにした願い事。二人でいつまでこの星を見られるだろうか――どうか遠ざからないで。 
     波の音が、遠い。莉奈は寝転がり、降り注ぐ星に瞳を輝かせた。
     出来過ぎたプラネタリウムを見上げる恢が腰を下ろした音にそっと視線を向けて。
     夜が似合う人だから、きっとこの星もよく似合う。
    「――おや、きれいな星がここにも一つ。いつ流れ落ちてきたのかな」
     袖を引かれ、落ちてゆく。隣り合って転がった時、空はいつもより大きく感じられた。
     四季を楽しみ思いを重ねて。今を楽しみ未来を思うのは特別な贅沢で。寄り添って、囁いた。
    「夏の終わりも、秋も冬も一緒に過ごせたらいいね」
    「――ね、次は何を見に行こうか」

     ここは星の降り注ぐ場所。
     夏を告げる星々にそっと、手を伸ばして。

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年8月12日
    難度:簡単
    参加:72人
    結果:成功!
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