星泳ぐホワイト・ホエール

    作者:中川沙智

    ●ざぶーん。
     夜のプールで水しぶきが上がる。
     まっくらやみでもよくよく見える。
     おおきなおなかがよくよく見える。
     白いくじらが泳いでいるんだ。
     ぼくらのプールで泳いでいるんだ。
     きっと月から降りてきて、ぼくらのプールで泳いでいるんだ。
     水をどんどんかき分け進む。ぼくらのプールは、くじらのプールだ。
     
    ●ざざざざ。
    「学校のプールにまつわる怪談が事件に絡むかと思ったら、思いの外ファンシーだったね」
    「ファンシーっていうかシュールね。白い鯨が噂になるなんて、昨今の小学生も結構夢を見ているのかしら」
     暑いしね、と陽瀬・瑛多(高校生ファイアブラッド・d00760)が言えば暑いわね、と小鳥居・鞠花(高校生エクスブレイン・dn0083)と返す。それぞれがうちわで己をあおいでいる。うちわは通学途中のドラッグストアで無料配布されていたらしい。
     恐らく月が水面に反射してそう見えたのだろうとは鞠花の談だが。
    「それで白い鯨の都市伝説?」
    「そう。その小学校の夜のプールにしか出現しないし、あんまり強くはない。とはいえとにかく大きいのね。もし万一子供達が会いに行っておなかでぷちっと潰されましたとかそういう事になったら……」
     流石に夢見が悪いどころの騒ぎではない。瑛多と、隣で話を聞いていた鴻崎・翔(高校生殺人鬼・dn0006)が得心して頷けば、鞠花は資料を次のページに進める。
    「ホワイトホエール……まぁ白鯨でいいでしょ、子供達の噂が元になっているからか、見た目はそのまんま、大きな白いクジラのぬいぐるみよ。黙っていれば可愛いっていうアレ。動きもゆっくりめでユーモラスで、……ね、戦闘中になごんだりしちゃ駄目よ?」
     敢えて忠告したのは、鞠花が実際にその場に居合わせたらきっとなごんでしまうからだろう。
     白鯨はおなかで押しつぶそうとしたり、しっぽでぺちーんと叩いたり、身体を水に勢いよく沈める事で波を起こしたりするという。
    「戦闘場所はプールの中だけど、小学生用プールだから深さも全然ないわ。そもそもが白鯨が巨体だから、攻撃が当たらないってこともないと思う」
     どのくらいのサイズかというと、教室ひとつを埋め尽くすくらいだという。灼滅者のひとりが想像した。なごんだ。
    「その小学校には『プール掃除のボランティア』って事で話は通してあるから、入るのは簡単。夏休みの夜に学校のプールに来ようとする子もいないわ。人払いの心配もいらないから平気よ」
     そこで。
     鞠花が資料のページを閉じて、にこやかに笑顔を掲げてみせる。
    「都市伝説を倒してからになるけれど。夜のプールで遊ぶ機会なんかあんまりないでしょうし、貸切なのは間違いないから遊んで来たら?」
     中学生以上の灼滅者にとっては水深が浅いから泳ぐというより水遊びくらいしか出来ないだろうが、夜にプール遊びをするのも楽しいかもしれない。勿論小学生の灼滅者なら泳ぐ練習をしてもいいかもしれない。
     明かりは非常灯しかないから何かしら用意をして、飲み物なんかも準備して。夜しか味わえない想い出を作ろう。
    「皆なら油断しなければ大丈夫。白鯨をしっかりばっちり倒して、そしてプールを満喫してきてね」
     うちわを再び手に取って、鞠花はあおぎながら告げた。
    「行ってらっしゃい、頼んだわよー」
     くるりと向けられたうちわの柄は、クジラだった。


    参加者
    陽瀬・瑛多(高校生ファイアブラッド・d00760)
    各務・樹(虹雫・d02313)
    壱寸崎・夜深(満つ愛心・d03822)
    八坂・善四郎(海を見に行く・d12132)
    朝川・穂純(瑞穂詠・d17898)
    居木・久良(ロケットハート・d18214)
    庵原・真珠(魚の夢・d19620)
    創・瑞枝(創り手・d34500)

    ■リプレイ

    ●くじらがあらわれた!
     目指すはプールの王様くじらさん。
     水着に着替えて、照明を設置して、準備は万端!
    「でっかいでっかい鯨だね! やっぱりー大きいことはいいことだね」
     陽瀬・瑛多(高校生ファイアブラッド・d00760)が、どーんと登場した巨大くじらさんを見上げて瞳を輝かせた。瑛多もプールの怪談とは予想したけれど、こんなファンシーとはびっくりだね!
     傍らのウイングキャット、アイスも心なしかわくわくしているようにすら思える。不思議な高揚感が夜のプールを満たす。
     こう言う不思議な話って好きなんだよね、と呟いたのは居木・久良(ロケットハート・d18214)だ。
    「夢があるよね。月夜の晩にでる巨大な白い鯨のぬいぐるみか……」
     強敵というのとは違うかもしれないが、ちょっとやりづらいかも。ね、と視線を向けると八坂・善四郎(海を見に行く・d12132)が深く頷いた。予感通りのめっちゃ可愛いくじらさんを目の前にして、そわそわせずにはいられない。
     けれどちゃんと役割はわかっている。きちんと成敗しなければ!
     女性陣も善四郎同様、ぬいぐるみのようなくじらさんの容貌にきゅんとした人もいるようで。朝川・穂純(瑞穂詠・d17898)は目を輝かせて歓声を上げる。
    「大きくて可愛い! ねえねえ、月から来たの? きっと星空を泳いでこのプールに辿り着いたんだね」
    「わ。特大、白鯨さン! 可愛…!!」
    「可愛い、かわいいけどこのままにしておけないわね。ちょっと遊んでもらって……じゃない、ちゃんと安全なプールにしましょ」
     くじらさんがふわふわきょとんとしているように見えるのが尚更可愛さを倍増させている。壱寸崎・夜深(満つ愛心・d03822)が感激に身を震わせる中、各務・樹(虹雫・d02313)は思わず口をついた言葉をどうにか抑えて、本来の目的を再認識。
     夜深もぷるぷると首を横に振って、きりりとくじらさんを見上げる。
    「ぎゅーしタい、けド……都市伝説さン、だシ。退治しなキャ……」
     手を伸ばしたくなる衝動を堪えたら、ウイングキャットの杏仁とこくり頷きあう。がまん。
     同じくウイングキャットのくろと共に、庵原・真珠(魚の夢・d19620)は僅かに表情を曇らせる。今夜はどうやらサーヴァント連れの灼滅者が多いよう。
    「夢のような、大きな白い鯨さん。嫌いじゃない、むしろ好き、だけど……」
     誰かに危険が及ぶなら――決意を新たにした瞬間、腰に据えた灯りが揺れる。
     創・瑞枝(創り手・d34500)は本来このプールで遊ぶ小学生ではあるのだけれど、その年齢にも関わらず、物静かな眼差しでくじらさんを眺めている。
    「楽しいプールのイメージと白いクジラへの憧れが生み出した都市伝説。でも、あぶないなら放置できません」
     誰ともなく視線が交錯する。すべき事は、ひとつ。
    「私達もプールで遊ばせてね。かのこ、行こう!」
     穂純がクロスグレイブを振り上げて特攻すれば、水しぶきがひときわ高く上がった。

    ●くじらとさよなら
    「気合い入れていくよ!」
     後々の水鉄砲合戦のためにも。久良がプールの縁を蹴り高く飛ぶ。描かれたのは月のマーク、踵に宿るのは炎。くじらさんの豊かな横っ腹に一蹴を食らわせた。
    (「目とか見てると倒せなくなりそう。一緒に遊べたら良かったんだけどね」)
     気持ちが伝わって、何となく受け止めて反響してしまうような気も、しなくもない。
     すかさず続いた善四郎が生み出したのはカミの風。螺旋を描いて切り裂く刃がくじらさんを襲う。
     その刹那。
    「……! 来るっす!! ディフェンダーやってるのは別にくじらさんと触れ合えるチャンス狙ってるとか、そういうのじゃないから! ホントだよ信じて!!」
    「そうだよちょっと抱き着きたいとか思ってないよ!!」
     善四郎に大声でものすごくでれでれした顔晒しながら宣言されたら、いっそのこと清々しい。素直で。瑛多も両手を広げながら前のめり。
     ずももももと前衛陣に迫るくじらさん。
     つぶらな瞳のくじらさん。
     なんという命中率。避けられない。一部は避けようとも思っていない。
    「ぐわ――――!!」
     ぷちっ(※実際の音とは関係ありません)。
     何という事でしょう。くじらさんのしろいおなかに、前衛陣がどーんと潰されてしまったではありませんか!
     挙句吹っ飛ばされてプールに落下し沈んでいく灼滅者達。前に立つ人数が多かった事もあって幸い制約は付されなかったが、プールの床に頭を打った者が出なかったのはもっと幸いだろう。全員浮き上がったし。
     とはいえ水面に叩きつけられたのは、やっぱり痛い。
    「いてて……そうも言ってられないか。せめてひと思いに倒さないとね」
     久良が軽く頭を振って向き直る。その傍らで真珠はつばを飲み込んだ。可愛いものは好きだしふかふかしたいなあと思いながらも、直撃するとヤバいと目の前で思い知らされる。
     傷を負った仲間達へ瑞枝が語るのは、七不思議にちなんだ心温まる話。衝撃を柔らかく和らげていく様子を見て、いザ! と殲術道具を構えたのは夜深。
     特大のくじらさんは予想以上の可愛らしさ。
    「ぎゅーしタい、けド……都市伝説さン、だシ。退治しなキャ……」
     がんバロ! と発射するは闇より黒き弾丸。杏仁の魔法と共に夜風を貫く。
     きゅるるるる、と弱々しい鳴き声が聞こえて胸の奥が締め付けられたけれど、ここで負けるわけにはいかない。二重の意味で!
     掲げた十字架から光の砲弾を放ったのは穂純だ。それが着弾すると同時に、真珠が流星輝く飛び蹴りを炸裂させれば確かな感触を得られた。成程、事前に聞いていた通りそんなに強いというわけではないらしい。 
     鴻崎・翔(高校生殺人鬼・dn0006)が鋭い裁きの光条を放つと、くじらさんがぺちぺちとしっぽを床に叩く。ギブアップという意味かもしれない。
     とはいえここで見逃す事など、出来ないのが灼滅者だ。
    「今度は狭いプールじゃなくて広い空を泳いでね」
     空へ送り届けるから――そう唇が象る。樹が鋭い神風を吹き荒れさせればそれが止めとなった。くじらさんのおおきなからだがしなる。まるでそう、白いお月様のように。
     確かにここはくじらさんにとっては狭すぎるかもしれないと、夜深は思い至る。
    「月。御帰り下さイ、な! 月で、沢山。泳イで、ネ?」
     くじらさんのつぶらな瞳が、ぱちっと灼滅者を見つめる。戦わざるを得なかったとはいえ、何となく気持ちが通った気がする。
     息を吐く。気を抜かず戦い続けた。下手な遠慮は介入させていない。
     けれど。
    「本当は鯨さんとも一緒に泳ぎたかったな……」
     穂純がぽつりと零したのは本音。叶うなら、いつか違う形でまた出会いたい。
     ――その形を現のものにするべく、声をかけたのは、瑞枝だ。
    「ごめんね。あなたは悪くない、でもあぶないからほっとけなかった。だから、わたしといっしょにいこう」
     差し伸べる手、優しい瞳。それから願いを紡ぎだす。
    「わたしの七不思議になってほしいの」
     ほんわり。
     くじらさんが微笑んだような、気がした。
     弾けたように溢れたのは真珠色の泡。ゆっくりとゆっくりと、瑞枝に吸い込まれていく。
     すべてが吸収された後に残ったのは、しろくてまんまるな余韻だけ。
     まっさらなよろこびを胸に抱いたのは、誰だったろう。

    ●プールであそぼう
     各々が用意したライトを分散させて配置すれば、優しい光が夜のプールを満たした。それはどこか幻想的で、まるでそう――くじらさんがゆったりと泳いでいるようで。
     あらかじめプールの片隅で穂純が冷やしていたすいかはすっかり食べごろ。けれど、皆で味わうのはもう少しお預けの模様。
    「クジラ退治お疲れ様、樹」
     怪我はないかと拓馬がいたわれば、
    「うん、大丈夫よ」
     声に愛情をこめて樹は返す。
     澄んだ青色の水着を纏い、プールサイドで緩やかな時間を過ごそう。出逢ったくじらさんがどんな様子だったのか、他愛のない会話を口に上らせるのも楽しい。
     勿論、ねぎらわれるのは樹だけではなない。
    「お疲れさん、近くのコンビニでサイダー買ってきたけど飲むか?」
     久良に差し出されたのはキラトの笑顔と、飲み物と。そして差し入れを用意したのは彼の他にもいる。
    「部長はん、手作りの抹茶アイスに麦茶用意して待っとったんよ。皆はんの分あるから食べてな♪」
     夜のプールはなんかどきどきするなぁと眦を下げる鞠栗鼠は、白のセパレート型水着姿。しろいくじらを私もちょっと見たかったかもと笑んだ見桜は、赤とオレンジを基調にしたシンプルな水着姿だ。
     そんな美少女二人を傍らに、キラトと久良が洒落こむは――水鉄砲対決。
     キラトが取り出したのは大がかりなカスタムを施した大型水鉄砲だ。対する久良は早撃ちが可能なタイプをチョイス。
    「昼間だと人が多くて、なかなか使わせてもらえねーもんな。こういうときに思いっきり使っとかねーと!」
    「思いっきり楽しむつもりだからね。気合い入れていくよ!」
     勝者はあんまり濡れなかったほう。プールに入る以上どうせ濡れるだろうというツッコミは敢えて聞かない方向で。
     どうせなら楽しまなきゃ損。開始早々高く跳躍し一撃を撃ち込むキラトに対し、咄嗟に一歩引いて身体を捻り、その反動を生かして久良は引き金を引く。
     なまじ対ダークネスの戦闘に慣れているだけあり派手な戦局となるのは必定。ご機嫌で歌を口遊んでいた見桜が途中で奇襲を試みるけれど、本気の男子陣にはあっさり露呈して返り討ちにあった。
     無茶するところは心配だけれども、それも――淡く微笑みを浮かべた鞠栗鼠が見届けた勝負の行方は彼らのみぞ知るものの。
    「今日は楽しかったよ」
    「楽しかったね!」
     何よりもその満面の笑顔が、感想すべてを言い表す。
    「熱戦だったね……」
    「そうだな。灼滅者の身体能力で本気の水鉄砲対決をすると、ああなるのか」
    「ねえねえ見て! まるで星空の下で泳いでるみたいで綺麗!」
     ついつい観戦していた真珠と翔の視界を星空が埋める。感嘆のため息を吐く頃には、プラネタリウムランプを用意した穂純によるものだと教えてもらう。
     きっと子供達が憧れていた、星の海を泳ぐくじらさんの気分はこんな感じ。
     プールは浅いとはいえ軽く泳いだりするのは大丈夫。かのこも犬かきを披露してくれて穂純はご満悦。一緒に泳ぐ事自体が、嬉しくて楽しい。戦闘でも頑張ってくれたから褒めてあげなくては。
     一方、くろはビート板に乗ってまったり。海のように揺られる感覚を好む様子はきっと主人の真珠譲り。真珠も浮き輪で浮かんでのんびり過ごす。その時間が、ほんのり満ちる何かを齎す。
     ひとりと一匹の様子に目を細めながら、翔が問う。
    「庵原はプールが好きなのかな」
    「うん。海も好き。夜のプールは初めてだから、わくわくしてる」
     塩素のにおい。賑やかな声。暗い水に広がる光。
     ぼんやりと揺られて、しあわせだなあっておもう。
     樹と拓馬はプールへと入り、ゆらゆら魚のように揺らめく。夜のプールはどこか神秘的ですらあって、何だかちょっと不思議な感じ。
     少し涼むつもりだけのつもりだったけど冷えすぎてしまったよう。
    「帰ったら温かいスープでも作ろうかしら」
    「いいね。今日は一緒に眠ろう」
     優しい思いにこそ、浸る。

    ●プールのおもいで
     プールサイドでゆっくりと、瑞枝は皆のプール遊びを眺めていた。
     賑やかな光景から思い描くのは、この小学校の子達のプールに対する楽しい想い、そして白いクジラへの憧れが生み出した都市伝説。
     それは水と親しみ喜ぶこの場所だから生まれたものだろう。
    「わたしがこの場所に来ることはもうないと思います。だから、わたしはおぼえておきたいんです」
     星空を映し出す、楽しいプールを。
     明かりに水鉄砲、炭酸系飲料(2Lのやつ。夜でも熱中症になるからね!)にコップ。それが【駅番】のお母さんたる善四郎の事前準備だ。
     奏はわくわくする気持ちを抑える事もしない。満面の笑顔だ。
    「夜のプールなんて初めてですよ私! ひゃー! テンション上がっちゃいますね!」
    「駅番チキチキ男女対抗水鉄砲合戦なの!? わーい! やるやる!」
     素晴らしく端的に状況を説明した夏蓮が二丁拳銃ならぬ二丁水鉄砲を構えきりりとポーズ。特攻隊長とばかりに手数を武器に、素早く連射を開始する。実季はスナイパーの如く淡々と照準を合わせ、銃口を向けた。
    「すみません、ずぶ濡れになって下さい」
    「これは……合戦か! 水場での合戦っすね! やったー、戦うぞー!」
     こんな時のためにちょっとイイ感じにライフルっぽい水鉄砲を持ってきた善四郎。だがしかし彼は最初の段階で気付くべきだった。
     人数比、女子>男子という事実に。
     夏蓮と舞依、奏と実季。それだけでも不利なのに。
    「あー、ビート板使ってるー! 盾じゃないっすかー! ずーるーいー!」
    「水鉄砲以外を使ってはいけないルールなんてありませんでしたので」
    「そうよ! ずるい? 知的戦略と言ってちょうだい!」
     と言いつつ、女の子はか弱いから手加減してもいいでしょと声も上げる。女の子というのは複雑な生き物なのです。 
    「チャッ虎がリア充共に囲まれてがリア充共に囲まれて置物みてぇになってたら目も当てられんので来てやったが……」
     ちなみにチャッ虎とは善四郎を指す。
    「マァ、番長として、今日は保護者代わりッブッッ」
     仁王立ちで頷きつつ部下共(部員の事だそうです)の戯れる様を見ていようとした大文字だったが、顔面に一撃を食らったおかげで語尾が決まりませんでした。
    「コラーッ! 誰だーッ!」
    「キャーッ!!」
     戦闘モード入りました。ビート板を装填――水に沈めて飛ばす準備――し、大文字は濡らすというより打撃を食らわせる方向に向かっている。上手く飛ぶと嬉しいよね、ビート板。
     結局は男女入り乱れて、皆揃って楽しくずぶ濡れ。
    「って待ってリロード中に攻撃すんのは無しですってぎゃー!」
    「あっ! ちょっと! ビート板の盾こっちに飛んできてるー!?」
     何てアクシデントもご愛嬌。だって皆が本気で向かって本気で笑っているのだから。
    「水遊びが一段落したら持ってきたジュースを飲むっすよー! 水分補給はしっかりしようね☆」
    「チャッ虎おかーさん……みんなの為に……!」
    「さすが我らのお母さん。配慮がさすがだわ」
     皆で全力で遊んだ後のジュースは、ひときわ美味しい。
     勝っても負けても楽しかったらそれで良し、なのだろう。
    「はいはーいおっつかれー! だいじょぶー潰されてないー?」
    「潰されたけど平気! って差し入れありがと!」
     瑛多の元へやってきたのは妹のすずめ。目の前に差し出されたコンビニの袋をありがたく受け取って、その奥に見え隠れする水鉄砲に目が留まる。
    「どーよ一勝負っ」
    「武器を持ったからには手加減できねーなぁ」
     言うが早いか、瑛多が水の中を走りながら狙い澄ませたのは、顔だ。
    「!? ふぎゃっ! 女の子の顔狙うとは卑怯なー!!」
     負けじと反撃を試みるすずめに、瑛多はアイスが盾になってくれればと妙案を思いつく。
     が。
    「避けるな! ぎゃー!」
    「アイスちゃんに見捨てられてやんのー!」
     とはいえ完全にすずめの味方というわけでもないらしく、二人の戦いは白熱必至だ。
     賭けを持ちかけたのは氷菓のほうのアイス。果たしてどちらが勝利を手にしたのか――。
     星空の下、プールではしゃげば昼間の熱も忘れることができそうだよ。
     白い花嫁衣装に似た水着を着た夜深は、杏仁とお揃い。そして少女達が向かうのはただ一人、芥汰のところ。抱き着きに飛び込むんだ。
    「御待たセ、しマしタ!!」
    「っと、元気が有り余ってるご様子?」
     水着も似合うよと褒めてもらえれば、ぱあと表情が華やぐ。そして杏仁に視線を動かした。どうやら本日が、杏仁のプールデビューらしい。
     お水大丈夫かナと様子を見ていたところ、やはり最初は恐怖が勝ったようで芥汰の腕へ飛び込んだ。
    「俺が抱っこしたまま浸かっちゃえば良いし、平気平気」
    「抱ッコ体勢なラ、恐怖、和らグ、かモ」
     高い位置までよじ登ったものの、少しずつ水に近づいて様子を見る杏仁。それでは今日はどうしようか、水遊びをしようかと話し合っていたその時。
     ぱしゃり。
     芥汰と杏仁に水を掛けたのは夜深だ。
    「よし杏仁。母様に反撃して良いぞ」
     手の代わりに尻尾で対抗。跳ねる水、舞う飛沫、そしてころころ転がる笑み。
    「あイや! 冷たイ……あ。今、最上、親子ポい、予感! 仲良シ家族的、かモ!!」
     夜深が思い至って、きらきらを瞳に宿して顔を上げた。杏仁は芥汰と夜深にとって二人の子供。自然に生まれるかけがえのない幸せ。それを愛しく思うのは芥汰も同じ。
     これからも三人一緒に、いろんな思い出を作っていこう。
    「夏の間は海に行きたいので、二人とも練習頑張ってくれるよね?」
    「わわ。海! 行きタい!! 我、我。練習、頑張チャう……!! 杏仁モ。一緒、ぱニャにゃン、ヨ!」
     指と尻尾で、ゆびきりげんまん。

     夜だというのに光が満ちる。
     たっぷり遊んだ後、穂純はしろくじらさんの姿を思い浮かべる。
     星の海を越えてきたくじらさん、可愛かった。
    「忘れないからね」
     祈りのように囁けば、遠い夜空で月が豊かに煌いた。

    作者:中川沙智 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年8月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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