密室血泳プール

    作者:邦見健吾

    「やめ、やめてくれえ!」
    「だーめ♪」
     水の張られていないプールの傍、逆さまに吊り下げられた男性に、水着を着た若い女が笑顔で歩み寄る。
    「いやだ、死にたく――」
    「ぶっしゃー」
     恐怖に駆られた男性が言い切るより前に、女が手にしたナイフを振るった。あっさりと首が飛び、男性の体は血液をプールに流すためだけのものに成り果てる。
    「だばだばだばー……いつか泳げるようになるかなー?」
     何人もの血を溜めたプールを見下ろし、女は愉快そうに唇を歪めた。

    「先日市役所が密室になっていたが、今度は市民プールが密室と化しているのを発見した」
     神門・白金(禁忌のぷらちな缶・d01620)はそう手短に伝え、冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)に説明を交代する。
    「密室はスポーツ施設を中心に形成されており、密室の支配者である六六六人衆は常にプールにいるようです」
     六六六人衆の名はアヅサ。ナイフと拳銃を武器とし、若い女性の姿をしている。
    「アヅサは密室内に閉じ込められた人を殺し、その血液でプールを満たそうとしています。近いうちに住民を皆殺しにする可能性が高いので、早急に密室内に侵入し、アヅサを灼滅してください」
     密室の中にいつのは1000人ほど。とてもプールを満たすことはできないが、とりあえずやってみようという考えなのだろう。
    「ただし、密室の外側ではハレルヤの配下が灼滅者を警戒して巡回しています。密室に侵入するには配下に見つからないよう近づく必要があります」
     密室の周囲は人通りが少なく、一軒家が立ち並ぶ住宅街。できるだけ目立たないようにし、路地や建物の陰に隠れながら進むのが望ましい。
    「アヅサはシャウト及び殺人鬼のサイキックのほか、ガンナイフのサイキックを使います。序列は番外、序列を持つ六六六人衆には戦闘力で劣ります」
     とはいえ相手はダークネス、もちろん油断できる相手ではない。なお、プールの周りには生存者はいないので、周囲のことは気にせず戦闘できる。
    「ハレルヤの配下と遭遇した場合は密室への侵入を断念し、配下を撃破して早急に撤退してください。配下を倒すのに手間取ると、増援が来て撤退できなくなります」
     配下の戦闘力は不明だが、正面から戦って勝てない相手ではない。だがハレルヤは失態が続いており、配下も神経を尖らせている。密室に侵入する際は細心の注意を払いたい。
    「ただ、配下の目を逃れるために人数を分散させるのは危険です。発見されると少数で戦わなければいけないうえ、合流できても、撃破に時間がかかれば増援がやってきます」
     どう行動するか決めるのは灼滅者だ。どのように警戒をかいくぐるか、リスクも考慮した上で考えてほしい。
    「密室の解決が目標ですが、ハレルヤの配下と戦闘になった場合は密室は諦め、撤退を優先してください」
     残念ながら今回は特別な抜け道はない。警戒に引っかからないよう慎重に進むことが必要で、何らかの工夫があった方がいいかもしれない。
    「密室を潰すことで、ハレルヤやMADが何らかの動きを見せるかもしれません。組織の動向が気になるところですが、今回は密室に集中するようお願いします」
     蕗子は淡々と説明を終え、灼滅者達を送り出した。


    参加者
    神門・白金(禁忌のぷらちな缶・d01620)
    神楽・慧瑠(戦迅の藍晶石・d02616)
    三影・幽(知識の探求者・d05436)
    高峰・紫姫(辰砂の瞳・d09272)
    シア・クリーク(知識探求者・d10947)
    永舘・紅鳥(氷炎纏いて・d14388)
    英田・鴇臣(拳で語らず・d19327)
    吉武・治衛(陽光は秋霖に降り注ぐ・d27741)

    ■リプレイ

    ●アニマルスニーキング
     灼滅者は全員が動物に変身し、物陰や塀に身を隠しながらアヅサが待つ密室を目指す。
    (「……動物変身って苦手なんだよな……。好きじゃないというか……」)
     神門・白金(禁忌のぷらちな缶・d01620)は兎に変身。獣になるのは好まないが、事態が事態だけにやむを得ない。
    (「アヅサ……アだけは合ってるんだが。奴ではないな」)
     アツシの居場所を突き止めたいところだが、名前で合っているのはアの一文字だけ。アツシに辿り着けないのは残念だが、目の前で起きている事件を見過ごすわけにはいかない。
    (「猫になるっていうのも不思議だけど、これも経験だよネ……」)
     猫に姿を変え、障害物の間を素早く移動するシア・クリーク(知識探求者・d10947)。
    (「こっそりと隠れながら密室まで向かうって、なんだかスパイみたい。さって、ボクのこと楽しませてね?」)
     どんな時も楽しめるのは悪いことではないが、油断は禁物。慎重に、敵に見つからないよう動かなくては。
    (「血の海ならぬ血のプールでございますか。悪趣味には違いありませんし、その目論見は潰させていただきます」)
     神楽・慧瑠(戦迅の藍晶石・d02616)は犬に変身し、仲間を視界に収めつつも少し離れて進む。犬があまりコソコソしていても不自然だと思い、強く隠密行動を意識することはない。
    (「血液をプールに、なぁ。随分と悪趣味なもんだ。想像するだけで気持ちわりぃ。しっかり気を引き締めていかねぇとな!」)
     同じく犬に変身し、英田・鴇臣(拳で語らず・d19327)は心の中で眉をひそめた。足音を立てないよう歩いていると、道の向こうから人影が。
    (「普通の犬のふりでやり過ごすか? ……いや」)
     咄嗟に塀や路地に隠れる鴇臣達。気配がなくなるまで息を潜め、いなくなったのを確かめてまた歩み出した。
    (「そういえば友達に、よく危険な現場に飛び込んでいる気がするって言われましたけど、その通りですね」)
     それもそのはず、誰かが危機に陥っているからこそ高峰・紫姫(辰砂の瞳・d09272)は己の身を盾にして護りに行くのだから。猫となった紫姫は庭の茂みから顔だけ出して周囲を見回し、誰もいないことを確認して茂みを出た。
    (「密室殺人、実際に関わるのは初めてだけど……これは止めなきゃ、いけないね」)
     エクスブレインの話によると、近々アヅサは密室内の人間を皆殺しにするという。何の罪もない人が殺されるのを見逃すわけにはいかない。吉武・治衛(陽光は秋霖に降り注ぐ・d27741)は猫の眼を見開き、歩みを進めた。

    ●小さき侵入者達
    (「これなら……」)
     三影・幽(知識の探求者・d05436)は猫の足で家の塀を蹴り上がり、また次の家の塀に隠れて密室の方向へ歩いていく。
     コツ、コツ。
     そこに響く、わずかな足音。
    (「待っ――」)
     だが気付けたのは、音に注意を払っていたシアだけだった。しかも猫に変身しているため呼びかけることができず、数人の仲間達が姿を晒してしまう。
    「なんだ? 犬やら猫やら多い日だな」
     幸いなことに、足音の主は住宅街に住む男性だった。数匹の犬猫が固まって街を歩いていることに違和感を覚えつつも、気に留めることなく通り過ぎていく。
     灼滅者達は慎重に進んでいるつもりだったが、警戒や注意が具体的でなく、危うい場面もあった。一歩間違えば生きて帰れなくなる可能性もあるので、様子の窺い方や、何かと遭遇しかけた場合の対処もより明確にしておくべきだったかもしれない。
     それでも灼滅者達は運良く侵入に成功し、変身を解いて密室内に突入する。プールに足を踏み入れた途端、むせ返るような血の匂いが灼滅者を包み込んだ。
    「現実の血の海……おぞましい光景です。悪魔のような所業、というのがぴったりですね……」
     幽が目の当たりにしたのは、プールサイドに乱雑に放置された首なしの死体達。そしてより鮮烈だったのは、水の張られていないプールを赤黒く染める、大量の血の跡だった。
    「悪魔でも、そうでなくても関係ありません……こんな物語は、私達で、終わらせましょう……」
    「あらぁ? お客さんかな~?」
     灼滅者達の姿を見つけ、ビーチチェアに腰掛けていた派手な水着の女が歩み寄ってくる。六六六人衆番外、アヅサだ。
    「あははっ、じゃあアンタたちもプールに入れてあげるよ!」
     ギラつく視線は、灼滅者達も血肉の塊としか映っていないよう。ナイフを抜き放ち、素早く突き立てる。
    (「密室とか言ってますけど、結局やっていることは他の六六六人衆と同じ……ですね。大量殺人、止めてみせます」)
     紫姫は腕で刃を受け止め、鮮血を滴らせながらも動じず反撃。巨大な十字架砲を構え、至近距離から光弾を叩き付けた。
    「ああん、血がもったいないよ~」
    「悪趣味にも程があるぜ、まったく。殺人鬼ってよりただの鬼って感じだなこれは」
     アヅサが紫姫から流れる血を見てぼやいていると、永舘・紅鳥(氷炎纏いて・d14388)が槍を携えて接近、螺旋描く一撃を繰り出した。
    「やっほー、なんて言ってる場合じゃないね。さあ、実験開始だよ!」
     シアも殲術道具を解放。軽くバックステップしながらナイフを振るい、夜色の霧を生み出して仲間を包み込む。
    「無駄な遊びをしているようだな……だが、次に流れるはお前の血だ。」
     白金は鋼の糸を操り、細い糸が幾重にもアヅサに絡みつく。鈍く光を反射する糸は刃となり、動きを奪いながら切り刻んだ。

    ●死のプール
     灼滅者とアヅサは赤黒い血のプールで力をぶつけ合い、火花を散らす。
    「六六六人衆というのは本当に度し難い存在でございますね。命の意味を理解できない、その程度の頭でございますから、簡単に命を奪うことができるのですよ」
    「あはは、面白いこと言うね~」
     慧瑠は口元を隠す扇子をパチッと閉じ、ガンナイフに影を宿す。血の床を蹴って刃で一閃、影が乗り移ってトラウマを呼び起こした。
    「これ以上はやらせねえよ!」
     鴇臣の握る拳に雷光が走り、バチバチと空気を焼く。ジグザグに駆けて距離を縮めると、紫電迸る拳を振り抜き顔面を打った。
    「はは、はははっ!」
    「させない!」
     アヅサが一跳びで距離を開け、笑いながら拳銃を連射。弾丸の雨が降るが、治衛とライドキャリバー・無銘の騎馬が身を盾にして受け止めた。傷ついたキャリバーはスロットルを全開に、治衛は浄化の風を吹かせて体に刺さった弾丸を吹き飛ばす。
    「永劫の盾……顕現せよ……」
     さらに幽が光輪を飛ばし、小さな光の盾が治衛を照らす。霊犬のケイも癒しの眼差しを送り、キャリバーを修復した。
    「はじめましてだけど、ここでサヨナラしてもらうよ!」
     シアは右手で床を押し、ハンドスプリングの要領で自身を跳ね上げる。頭上を飛び越えて背後に回り、左に握ったナイフで素早く足を切り裂いた。
    (「絶対に止めないと……!」)
     もしアヅサの撃破に失敗すれば、おびただしい数の人命が失われる。紫姫は黒い翼を模した十字架を携えて突進、強い意志を乗せて正面から叩き付けた。紅鳥は指輪から魔力の弾丸を放ち、魔弾がアヅサの体に吸い込まれてその行動を制限する。
    「動かないでくださいませ」
     冷静な瞳で敵を見据え、体に巻き付いたダイダロスベルトを解く慧瑠。意思持つ帯は敵を穿つ矢となり、同時に敵の動きを学習する。鴇臣が怨嗟を込められた槍を横薙ぎに振るうと、帯びる妖気が氷柱となって突き刺さった。
    「必ず……守ってみせる」
     自分達の双肩に千人の命がかかっていることを実感し、治衛の胸の内で炎が燃える。纏うオーラを両拳に集約させ、砲弾に変えて撃ち出した。
    「赤く染まってぇっ!」
    「人を諌めし黄の光……」
     鳴り響く銃声とともに、再び灼滅者に降り注ぐ弾丸。だが幽は魔女注意と書かれた黄色の交通標識をかざし、伸びる光が仲間を癒した。

    ●血泳プール、終了
     灼滅者達はアヅサの攻撃を凌ぎ、着実に反撃してダメージを蓄積させていく。
    「はあっ、あははっ」
    「血のプールって……凝固して泳げそうにないな、ハハッ……」
     段々と追い詰められてきたアヅサだが、それでも不気味な笑みは絶やさない。紅鳥はエアシューズで駆けながらローラーに点火、血の赤を炎の赤で染め上げ、烈火纏う蹴りを見舞った。アヅサは蹴りの勢いで吹き飛び、固まりかけた血液の海に叩き付けられる。
    「調子に乗るなよ、番外が!」
     プールの壁を蹴り上げ、頭上から襲い掛かる鴇臣。螺旋描く槍を突き出し、一直線に落下。自身ごと槍になったように敵を貫く。治衛は手の中に激しく渦巻く風を生み出し、アヅサ目掛けて解き放つ。宙を踊る風は鋭い刃となり、斬撃を浴びせた。
    「そろそろ、決めます」
     紫姫はもう一度十字架を構え、鳴り響く聖歌とともに開く砲口をアヅサに向ける。収束された光が砲から飛び出し、罪業を凍てつかせた。シアは軽快なステップで翻弄しながら影を伸ばし、獣の顎に変えて呑み込む。
    「……あなたの行き先は、灼熱地獄です。……炎纏いし報牙……!」
     真っ直ぐにアヅサを見据え、直線距離でエアシューズを滑らせる幽。電光石火で接近し、そのままの勢いで燃え盛る後ろ回し蹴りを見舞った。
    「奴は何処だ。……どーせ答えないのだろう?」
    「だって言うわけないじゃん。ははっ」
     白金はトドメを刺そうと鋼糸を伸ばすが、アヅサは拳銃を連射して弾き飛ばす。ギリギリの窮地に立たされるも、その表情はどこまでも変わらない。
    「この密室、完成などさせません。闇は闇へとお帰りいただくと致しましょう」
    「あははは、あはははっ!」
     そう淡々と告げ、慧瑠が肉薄。ガンナイフで高速の斬撃を連続で繰り出し、アヅサは鮮血を噴き出しながら赤色の中に消えていった。

    「これではちっとも足らないな……無駄な遊びをよくもやるものだ……」
     血の跡は膨大ではあるが、プールを満たすには足りるはずもない。白金は呆れたように嘆息し、手掛かりの捜索に取り掛かる。
     アヅサを無事倒すことができた灼滅者達だったが、戦いにはそれなりの時間がかかってしまった。もし配下と遭遇して、同じような戦い方をしていたら増援が到着して撤退できなかった可能性が高かっただろう。
    「ふう……お疲れ様です」
     殲術道具をカードに封じ、治衛が息をつく。漂う血の匂いは消えていないが、これで犠牲者が増えることはなくなった。
    (「そんなにプールに血を溜めたいんだったら、自分のを最初に入れたらいいのに」)
    「……こんな最期じゃ、悲しすぎるよ」
     シアがプールに残る血の跡を見つめ、嘆きの言葉口をついて出る。遺体は全て首を切断されており、残念ながら走馬灯使いは使えそうにない。ならばせめてもと、静かに祈りを捧げた。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年8月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ