地方にあるサーバールームに、異形の車輪が入り込んでいた。
車輪は長い間ここに潜伏し、集まる知識を収集していたのだ。小さな川がやがて束ねられた大河となるように、ここには情報が流れ込んでくるのだ。
けれど、その任務ももう終わりだ。主が帰還を命じたからだ。
「我、充分な叡智を主に送信せり。そして、叡智の持ち主はただ一人、我が主のみ。ゆえに、今より、この地の知識を破壊する」
機械的な、抑揚のない音声が獅子の頭から聞こえる。次の瞬間には足の先から光が降り注ぎ、機械の山を灰塵と化した。
ソロモンの悪魔、ブエル。知識を自らの力とするこの悪魔は、配下を各地のサーバーに放つことで知識を収集していたらしい。だが、その配下たるブエル兵が動きを見せたことで口日・目(高校生エクスブレイン・dn0077)の予知に引っかかった。
「ブエルはブエル兵に帰還命令を出したみたい。そのときにサーバーを破壊して帰るから、その前に撃破して」
今までは事件を起こさなかったので、静かに潜伏できていたらしい。だが、破壊活動に出たことでエクスブレインの予知に映ったようだ。
ただ、ブエル兵は十分に知識を蓄えており、ダークネスに準ずるほどの力がある。通常のブエル兵とともに小隊を組んでいるので、注意が必要だ。
「事件が起きるのは、中部地方にあるサーバールームよ」
情報を吸収しきって暴れ出す前に侵入すれば、ブエル兵はサーバーは攻撃しないはずだ。深夜は無人であり、灼滅者なら問題なく侵入できるだろう。
「ブエル兵は強いのが一体、普通のが二体よ」
強力な個体は後衛で狙撃を、通常の二体は前衛で後衛を守る。使用するサイキックは、すべて魔法使いのものに準じる。
「サーバーが破壊されたらいろいろな被害が出るし、ブエルに情報を奪われるのもよくないと思う。任せたわ」
そう言って、目は灼滅者を見送る。エクスブレインの役目はここまで。ここからは灼滅者の出番だ。
参加者 | |
---|---|
千布里・采(夜藍空・d00110) |
桃野・実(水蓮鬼・d03786) |
五十里・香(魔弾幕の射手・d04239) |
上名木・敦真(大学生シャドウハンター・d10188) |
アイスバーン・サマータイム(精神世界警備員・d11770) |
神楽・武(愛と美の使者・d15821) |
枸橘・水織(あくまでも優等生な魔法使い・d18615) |
ジリアス・レスアート(水底の薄氷・d21597) |
●叡智の収集者
深夜、灼滅者達はサーバールームに忍び込んだ。サーバールームはその性質上、常に冷房が効いていて心地よい。だが、涼んでばかりはいられない。ここに来た目的は、ブエル兵の討伐なのだから。
「電気つけるで」
と千布里・采(夜藍空・d00110)。パチ、と小さな音とともに灯りが点いた。
機械が立ち並ぶ中に、異形の怪物が浮かんでいた。獅子の頭から、車輪のように獣の足が生えている。発見と同時、遮音を発動。同じ、殺気も展開する。
ブエル兵。その名の通りソロモンの悪魔ブエルの尖兵であり、同時に知識の収集装置であった。これまでも幾度となく灼滅者達の前に現れ、交戦している。
「好きにはさせないよ、ブエル。まぁ聞こえてないだろうけどね」
魔法使いたるジリアス・レスアート(水底の薄氷・d21597)にとって、悪魔は宿敵だ。故郷を滅ぼし、なおも邪知暴虐を働く存在を許せるはずもない。ただの眷属とて、容赦はしない。
「知識を集めるなら、理に適ってるかもネ」
ちらりと周りを見渡し、呟く神楽・武(愛と美の使者・d15821)。ブエルは知識を力にするという。その原理は分からないが、知識を集めるうえでサーバーを狙うのは、確かに有意義に思えた。こういった理性的な部分が、ソロモンの悪魔の厄介なところでもあろう。
「知識の収集ですか……えっと、テスト勉強さんに便利そうな能力ですよね?」
思わず心が口に出たのだろう、アイスバーン・サマータイム(精神世界警備員・d11770)はそう言った。家から出る気はないと言わんばかりのジャージ姿。勉強する時間はありそうのだが、実は忙しいのだろうか。主に自宅警備とか自宅警備とか。
「いやそれは……ズルでは…………」
深夜だからか、上名木・敦真(大学生シャドウハンター・d10188)はさすがに眠そうだ。目をこすりながら、敵を見据える。初めて遭遇する相手ではない。だが、油断していられるほど甘い相手でもないだろう。
「まぁ、ズルだな」
桃野・実(水蓮鬼・d03786)自身は前に出つつ、霊犬のクロ助を後衛にやる。このブエル兵も、元は人間だったのだろうか。かつての事件が、脳裏によみがえる。
「貪欲に知識を求めるところは、みお……分からなくもないかな?」
勉強好きな枸橘・水織(あくまでも優等生な魔法使い・d18615)も、知識を収集してくれる存在が欲しいと思ってみたり。とはいえ、他者に迷惑を……迷惑どころではないが……かけるなら、排除するしかない。
「依頼でブエル兵を相手にするのは二度目だな」
依然と差異はあるだろうか。五十里・香(魔弾幕の射手・d04239)は目を凝らして観察してみるが、少なくとも外見上は何もない。まぁ、戦えば分かることだろう。分からなければ分からないで、その程度だったということだ。
ブエル兵がこちらに気付いて向き直り、六つの眼光を向ける。およそそこに感情はなく、機械的な動作だった。
●車輪の魔物
ブエル兵は後衛の強力な個体と、前衛の盾二体の合計三体。対して灼滅者はサーヴァント含め、前衛が四、中衛が二、後衛が四。
「適正存在を確認。これより排除する」
必然、最初に動くのは能力に勝る後衛のブエル兵だ。足の先に魔力が集まり、矢となって敦真を襲う。
「おっと、簡単に通すと思うな」
その射線を、香が遮る。ブエル兵の力はダークネスに近い。ただでさえ高い精度は狙撃のよってさらに鋭くなり、威力も灼滅者のそれを超えている。だが痛みを顔に出すことはない。
「ありがとう、ございます」
庇われた敦真は己の片腕を鬼に変え、力づくで叩き付ける。攻撃役として仲間に報いるならば、攻撃あるのみ。めきりと敵が軋む感触があった。
「知識の独り占めはダメだよ」
水織の狙いは後衛だ。指輪から青い光が弾け、動きを縛る魔弾が真っ直ぐに飛んでいく。敵に状態異常を解除する手段はない。もし当たれば、行動を大きく阻害できる……が、前衛のブエル兵に防がれた。
「ほな、はじめましょ」
くふりと酷薄に笑う。采の足元、黒い影が蠢いた。サーバールームは四方に電灯があるというのに、影は消えない。むしろ明るければなお黒く、爪や牙となって敵の前衛に食らいついた。
「あらあら、こんなところから情報を盗み取ろうだなんて、その見た目のみならず性根まで醜く汚らしいのネ」
武の言葉は、自らの美に自信あってだろう。筋骨隆々にして、その仕草は非常に女性らしい。性別は男だが、それは些末なことであった。些末ったら些末なことなのだ。元々マッチョな腕をさらに鬼の腕にしてぶん殴る。
「中度損傷を確認。自己修復を実行する」
機械じみた音声。ブエル兵は自らのバベルの鎖を練り、傷を癒やしながら命中精度を高める。
「タリーア……その、今日も綺麗ですからちゃんと動いてくださいね?」
主の意に従い、アイスバーンの腕からリボンが伸び、きらきらと光を反射しながら敵を打ち貫く。その華麗さゆえか、プライドが高いのかもしれない。でも、おだてが聞く辺りは単純なのかもしれない。
「そこ、動くな」
実の足が星の光を帯びる。壁を蹴り、流星となってブエル兵を踏み蹴った。サーバーも心配だが、ブエル兵が元人間なら早く終わらせてやりたい。
「せいぜい邪魔させてもらうよ」
青く冷たい目が、敵を見据える。ソロモンの悪魔への憎悪と、故郷を守れなかった後悔が雷となってジリアスのロッドから迸る。ブエル兵は半身を焼かれ、浮遊も覚束なくなってきた。
灼滅者の狙いはまず前衛から。壁は次第に削れていく。それは知ってか知らずか、後衛のブエル兵は、相変わらずくるくると獣脚を回転させていた。
●墜ちる尖兵
くるくる、くるくる。ブエル兵の足が回転する度、魔術が閃く。熱気が高まりかけたサーバールームが再び涼しく、いや、寒いほどまで冷却された。前衛を担う灼滅者の体表が凍りつき、内部から壊れていく。
「待ってて、今回復するよ」
ジリアスの放つ風が冷気を吹き飛ばし、仲間の傷を癒やす。同時に体内の凍結も解除する。向こうは手数は多くないが、一撃の威力で灼滅者を上回っていた。
「一体目ですね」
マテリアルロッドが魔力を帯び、淡い光を放つ。打ち付け、引き金を引けば秘められた魔力がブエル兵の内部から炸裂し、爆発を引き起こす。一瞬、口と目から光が洩れ、ブエル兵は弾けて消えた。
「ちょっとじっとしててくださいね」
連結された刃がヘビのように伸び、後衛のブエル兵に絡みついた。アイスバーンはさらに柄を引き抜き、独楽の要領でブエル兵の全身を切り刻む。表情がないので分かりづらいが、機動力は削れているようだ。
「さぁ、ブサイクちゃんはさっさと退場なさい!」
キレてます、キレてます。アメエェジングなマッチョポーズによってカミを己に降ろした武は、その力によって風の刃を生み出し、ブエル兵を両断した。敵も切れてるが、武もキレていた。
「これで、残り一体」
実の漆黒の瞳が、敵を射抜く。だが、配下を倒されても様子は変わらない。そういった感情や機能は備わっていないのだろう。綺麗な海を思わせる、青いビームがその身を貫き、注意を引く。
「目標捕捉。凍結、実行」
ブエル兵の眼が瞬き、凍結魔術が再び実行される。今度の狙いは後衛だ。
「っ、サーバーが無事ならいいんだが」
仲間を突き飛ばし、攻撃を受ける香。吐く息は白く濁り、口から洩れた血は凍って固まった。冷気によってサーバーがやられていないか、もっと言えばそれで人が来ないか心配だが、今は確認している余裕はない。
「これは早ぅ片付けるしかないな」
霊犬が飛びかかるのと同時、采も毒の魔弾を放った。斬魔の刃によって足の一本が切り飛ばされ、さらに半身が毒に汚染される。分かっていたこととはいえ、リアクションが一切ないのが不気味だ。
(「ブエルさん……知識を貪欲に求める気持ちはみおは分かる気がする……でも……」)
叡智を主に送るなら、言葉も送れないだろうか。そう考えた水織はブエル兵に触れ、念で話しかけた。だが、それも一瞬。意味のある文章を送れるほど、長くは接触できない。仕方なく、魔力の矢を放って攻撃する。
盾は砕き、残るは最後の一体となった。追い詰めたといってもいいだろう。だが、まだ状況は予断を許さない。
●魔を砕け
損傷や状態異常は見られるものの、ブエル兵は健在。高い攻撃精度はなおも脅威だ。
「障害を排除排除排除排除」
高純度の魔力の矢。采の霊犬が後衛をかばい、貫かれた。
「ちぃッ、あんまし調子くれてっと、その毛全部毟って最悪な見た目をもっと悪くすんぞ、あぁッ!?」
可愛いものを傷つけられ、怒りをあらわにする武。先ほどまでの柔らかい物腰はどこへやら、今は鬼と化していた。怒りのままに腕も鬼に変え、力任せに殴る。まさに怒涛。吹き飛ばされ、ブエル兵は天井に叩き付けられた。
「……もう一度っ!」
水織は再び接触を試みるが、やはり上手くはいかない。触れることができても一瞬だ。何もかもが、足りていない。石化の呪いを撃つが、それにしても動きを完全に止めることはできなかった。
「ジンギスカンさん、食べちゃってください」
子羊型の影がアイスバーンの足元から、ブエル兵に迫る。どちらが食べ物か分からない名前だが、しっかと食らいついてトラウマを思考回路に植え付ける。異形の車輪がどんな悪夢を見るのか、それは誰にも分からない。
それから、さらに数分。矢や凍結の魔術が閃く度、灼滅者はそれ以上の攻撃を返す。趨勢は決しつつあった。
「そろそろでしょうか」
敦真の手にした剣が非物質化し、肉体を無視して存在を穿つ。魂が眷属にあるかは分からない。だが、それに準じるものはあるのだろう。浮遊が揺らいできた。
「だな。潮時だよ」
灰色の部屋を、青い光が奔る。瀬戸内のご当地パワーを持った光条が実の手から放たれ、足の一本をさらに切り裂く。
「詰めさせてもらう」
守りと援護に徹していた香も攻撃に転じる。打撃の瞬間、銀の縛霊手から縦横無尽に霊網が伸び、ブエル兵の動きをがんじがらめにした。浮遊さえ難しくなったのか、浮いたり沈んだりを繰り返す。
「ブエルさん、知識集めてどないするん?」「わわあわ我、主、に叡智、を、捧げ、ん」
答えが返ってくると思っていないだろうが、采が問うた。帰ってきたのは、分かり切った、しかも的外れな答えだけだ。といっても、一兵卒が将の意を知るはずもないだろうが。回答の礼に、氷のつぶてを見舞う。
「どうせならブエルの居場所喋ってくれると助かるんだけど……」
「しょ、障害いいいいを排除排除排除……」
「ま、喋るわけないか」
情報を期待したというより、そうせずにはいられなかったのだろう。だがジリアスの問いにも、意味のある答えは返ってこない。ならば、すべきことはひとつだ。雷がブエル兵を貫き、完全に消滅させる。
対象を撃破。これで依頼は完了だ。サーバーは守られ、知識の収集も止めることができた。気を配ったおかげで被害も最小限に抑えられたようだ。悪魔の陰謀がまたひとつ、ここに砕け散った。
作者:灰紫黄 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
|
種類:
公開:2015年8月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|