拷問官イザベルの甘美な殺し

    作者:のらむ


     うんざりする程に暑い、とある夏の日。
     夏休みに入ったとある高校で、怒号と血飛沫が舞っていた。
    「み……皆、早く逃げろ!! は、はや……グ、ガ、ギャァァァァッ!!」
     生徒たちに避難を呼びかけていた教師の首に棘だらけのどす黒い首輪が嵌められ、万力の様な力で締め上げられる。
    「せ、先生……ヒィッ!! た、助……イヤァァァ!!」
     自らの恩師の凄惨な死に際に恐怖する生徒の首を、鉤爪の付いた巨大な鞭が狩り取った。
    「フフ……あぁ、やっぱり殺しは素敵ね。それに路傍に転がるゴミ共の悲鳴が、この素敵な時間を彩ってくれる……」
     口を歪ませて笑い、女は次の獲物を探して校内を徘徊する。
     返り血が目立たない黒いローブに身を包み、数々の拷問器具で殺戮を広げる女。
     この女の名は、イザベル。六六六人衆序列五一一位である。
    「あら、見つけたわ……そこのお嬢ちゃん。私がたっぷり可愛がってあげるわ……だから、イイ声で鳴いてちょうだいね」
    「イ、イヤ……来ないで……」
     生徒は気が遠くなりそうな程怯えながら、ゆっくりと後退る。
    「逃げても無駄よ、お嬢ちゃん……」
    「ギ、ギャアアァァァアアア!!」
     イザベルが呟き、腕を掲げると、サイキックによって生み出されたアイアンメイデンが生徒の身体を閉じ込め、無数の針で全身を穴だらけにした。
    「フフ……あらあら、また1人死んじゃった。やっぱり悲鳴は老人より若い子。男の子より女の子のが良いわね……」
     断末魔の悲鳴を心地よいメロディーとでも思っている様子で、イザベルは人々を苦しませながら殺していく。
    「拷問官なんて名乗っているけど、こんなに直ぐ殺しちゃったら拷問官失格かしら…………まあ、楽しければそれで良いのだけれど」
     イザベルは心底面白そうに笑うと、ギョロリと辺りを見回し再び獲物を探し求める。
     この日、拷問官イザベルの手によって、多くの人々が苦痛と共に命を落としたのだった。


    「六六六人衆序列五一一位、拷問官イザベル。断末魔の叫びを聞きながら人を殺す事を好むこの六六六人衆が、とある高校で殺戮を繰り広げます。皆さんは現場へ向かい、この殺戮を阻止して下さい」
     神埼・ウィラ(インドア派エクスブレイン・dn0206)は赤いファイルを開き、事件の説明を始める。
    「この日この高校には、補修や部活で多くの生徒がいます。そして若い標的を求めてこの高校に訪れたイザベルの手によって、その多くが命を落としてしまうのです」
     この日、この高校には教師、生徒含めて110人の一般人がいる。そしてイザベルの手によって、その内60人が殺害されてしまう。
    「皆さんはイザベルがこの高校を訪れ、校舎の正面玄関に足を踏み入れた段階から、イザベルへの接触、そして一般人の避難誘導を行う事が出来ます」
     それ以外のタイミングで接触、避難誘導、目立つような行動を起こしてしまえば、イザベルのバベルの鎖に察知されてしまうだろうとウィラは説明した。
    「この高校は3階建ての校舎の他に、そこそこ広いグラウンドと、グランドの片隅に建てられた体育館があります。補修の為に校舎内にいる一般人が多めで、それ以外の場所にいた一般人の大半は命が助かっています」
     そしてウィラは、イザベルの戦闘能力について説明する。
    「イザベルは殺人鬼のサイキックに加えて、多種多様な拷問器具を使いトラウマすら呼び起こさせるサイキックや、鉤爪のついた大きな鞭で攻撃するサイキックを使います。いずれもかなり強烈で、十分すぎる程の苦痛を伴う攻撃となっています」
     そこまでの説明を終え、ウィラはファイルをパタンと閉じた。
    「説明は以上です。イザベルは相当性格のひん曲がった六六六人衆ですが、その実力は本物です。絶対に油断せず、確実に事にあたって下さい。お気をつけて」


    参加者
    織凪・柚姫(甘やかな声色を紡ぎ微笑む織姫・d01913)
    忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774)
    志那都・達人(風祈騎士・d10457)
    白石・翌檜(持たざる者・d18573)
    美馬坂・楓(幻日・d28084)
    西園寺・夜宵(ツァーメーハイマ・d28267)
    大和・猛(蒼炎番長・d28761)
    夏目・サキ(暗くて赤くて狭い檻・d31712)

    ■リプレイ


     六六六人衆イザベルの手によって殺戮が行われる未来を予知されたとある高校。
     この高校に訪れていた多くの灼滅者達は、イザベルが正面玄関に足を踏み入れた直後から避難誘導を開始していた。
    「とにかくここは危険だ。すぐに外に向かって走れ」
    「そうそう、早く逃げないと死んでしまうよ?」
     淼と柩は各種ESPを駆使しつつ、正面玄関付近にいた一般人を素早く避難させていく。
    「死にたくなければ失せろ!」
    「そうだ! あっちにはイカレた殺人鬼がいるからな! 私に付いてこい!」
     侑紀やリュカも同じく、戦場近くの一般人を優先して避難させていった。
    「これ以上ここに来る一般人等いないとは思うが……念の為だ」
    「玄関含め一階の一般人は全て避難した。後は本隊次第だろうな」
    『RiskBreaker』所属の八雲と潮は正面玄関から外に続く扉を封鎖し、未だ周囲に人が残っていないか確認に走る。
    「悪いが、今は校舎に戻っては駄目だ。すぐにここから離れてくれ」
    「不安なのは分かりますが……ごめんなさい、少し強引に運ばせてもらいますね」
     八雲達と同じチームに所属している国臣とが、ESPを使用しつつグラウンドの避難誘導を行っていく。
    「ギャラリー集めんのにラブフェロとかマジやりたくねーけどよ。まあ、四の五の言わないでおくぜ」
    「皆さん落ち着くですー! あそこの格好いいお姉さんについていってくださいですー!」
    「そうだそうだー、下にはヤバイ奴がいるからなーマジで」
     真紀はラブフェロモンとダンスパフォーマンスを併用し、2階以上に残っていた一般人達の多くを牽引。聖也と誠は呼びかけながらそれを補助していた。
    「普通の階段では無く非常階段を使うんじゃあ! わしが盾になるから安心せい!」
    「不審者が正面玄関から侵入しようとしているので非常口から避難を」
     大和・猛(蒼炎番長・d28761)と志那都・達人(風祈騎士・d10457)が非常口を強調しつつ、校舎内に残っていた一般人達を外まで誘導していった。
    「あいかわらず、六六六人衆、ムカツク。タツヒト、アスナロ。どうか無事でいて」
     大体の避難が終わった頃、夜奈は仲間達の事を思いそう呟いた。


     そして時は、作戦開始直後まで遡る。
    「あら、これは一体どういう了見かしら……拷問を受ける為の血袋が6つ。私に殺されに来たのかしら?」
     六六六人衆序列五一一位、拷問官イザベル。
     彼女は正面玄関に足を踏み入れた直後、突如として現れた数人の灼滅者達に囲まれていた。
    「ちょっとした仕事みたいなものだ。ところでお前、何でわざわざ拷問官なんて名乗ってるんだ。お前がするのは拷問じゃなくて人殺しだろ」
    「それに、なんでわざわざこの学校を標的に? 人ならどこにでもいるでしょうに」
     白石・翌檜(持たざる者・d18573)と夏目・サキ(暗くて赤くて狭い檻・d31712)はそう問いかけるが、イザベルは僅かに眉をひそめる。
    「不躾ね……でもいいわ、特別に答えてあげる――イイ声で鳴いて死んでくれたらね!」
     イザベルは叫ぶと、不意打ち気味に放たれた無数の拷問器具が灼滅者達に襲いかかる。
    「くっ……やはり六六六人衆相手に会話で時間を稼ぐのは、少し無理がありましたか……」
     織凪・柚姫(甘やかな声色を紡ぎ微笑む織姫・d01913)がそう言いつつ、スレイヤーカードを構える。
    「『偽りの倖せを奏でる金糸雀。鳥籠から羽ばたいて』」
     柚貴がコードを唱え、瞬く間に武装する。
    「……行くわよ」
     忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774)は両親から貰った鍵を握りしめ祈る事で、己の殺意を解放した。
    「折角の殺しが台無しね。もう既にあちこちで騒ぎが起きてるって事は、貴方たちのお仲間が他にもいるのね?」
     イザベルは鞭を手で弄びながら続ける。
    「でも――あなた達は私の拷問にも多少耐えそうだから、それはそれで楽しいかも。可愛い娘ばかりだし、フフ」
     イザベルは笑いつつ、舐めるような視線で灼滅者達を見回す。
    「ここまで下衆な相手ならば、一切躊躇はしません……ここで必ず、灼滅します」
     美馬坂・楓(幻日・d28084)は固い決意を込めで言い放ち、バイオレンスギター『Skoll』を構えた。
    「私を灼滅? フフ、面白い冗談……覚悟しなさい。私の邪魔をして、楽に死ねるとは思わない事ね」
    「……貴女も。わたし達を楽に殺せるなんて、思わないで」
     西園寺・夜宵(ツァーメーハイマ・d28267)がそう返し、武器を構える。
     そして殺し合いが始まった。
     

    「さて、どうやって甚振ってあげようかしら……フフ、楽しみだわ」
     イザベルは笑って鞭を振るう。
    「グッ……! 本当にこいつは分かりやすい……己を律する心もなく、ただ本能のままに殺意に従う獣。疑問を挟む余地も無く、こいつは私の敵だわ」
     玉緒は引き裂かれた身体を抑えて駆け出すと、激しい炎の蹴りを叩きこんだ。
    「本当に生意気な娘ね……だからこそ、アナタが叫びを上げ死にゆく様を見てみたい……」
     妖しい笑みを浮かべ、イザベルは玉緒を中心とした前衛に、赤熱した巨大なペンチを放つ。
    「……ここは通しません。絶対に」
     玉緒の前に飛び出した柚姫の身体を、二本のペンチが抉る。
    「…………癒して藍、護れし星」
     柚姫は呟きと共に蝶を模した白き龍砕斧を掲げ。傷を癒し護りを固める。
     そして縛霊手を構えると、そこに己の霊力を込めていく。
    「……拷問なんて、悪趣味にもほどがあります。その曲がった性格、私たちの力で叩きのめしてあげます」
     柚姫はそう言って、縛霊手をイザベルの胸に叩き付ける。
    「捕まえて蜜、遊んで小鳥」
     そして放たれた霊力の網が、イザベルの全身を鳥籠の様に包み締め上げた。
    「フフ、どうやら貴女、死にたい様ね」
     イザベルは柚姫に狙いを定めた直後、背後から迫る何かの気配を感じ取った。
    「翡晃くん、お願いします」
     死角へ潜り込んでいた柚姫のビハインド『翡晃』が、霊力を纏わせた直剣を振るう。
     放たれた斬撃はイザベルの背を抉り、その力を僅かに封じた。
    「少しはやるみたいね、貴方達……私も本気で殺しにいかなくちゃ駄目ね」
    「私達は誰一人殺されはしません……人狼の力、その身に刻み込んであげますよ」
     楓はイザベルの懐まで接近すると片腕を獣化させ、鋭い銀の斬撃でイザベルの身体を抉りとる。
    「こんなに痛みを感じるなんて久しぶり……」
     イザベルがパチンと指を鳴らすと、灼滅者達の頭上からペンデュラムが襲い掛かる。
    「……頭は、おかしそうなのに……やっぱり強い」
     サキは強烈なイザベルの攻撃に警戒しつつ、指輪に己の魔力を込めていく。
    「でもいくら強くても、ここを絶対に通す訳にはいかない……喰らって……!」
     そしてサキが放った魔の弾丸がイザベルの胸を貫き、その全身を痺れ上がらせる。
    「チャンス……今なら……!」
     サキは普段から使い慣らしている槍の様に標識を構え、自らが創りだした一瞬の隙を逃さず突撃する。
    「間合いを詰めて……一気に、突く……!!」
     サキが放った鋭い刺突はイザベルの鳩尾を激しい勢いで突き上げ、イザベルの身体は大きく退がる。
    「グ……随分とおもちゃの扱いがお上手ね、お嬢ちゃん……」
     イザベルは呟くと、拷問器具を灼滅者達に放つ。
     この攻撃を庇った柚姫のビハインドが掻き消え、攻撃はサキにも放たれた。
    「落ち着けば、絶対に避けられる……ここ……!」
     サキはダイダロスベルトを展開させ、飛んできた拷問器具を全て弾き返した。
    「……今はまだ凌げてるが、やっぱり攻撃がかなりキツイな。せめて俺だけは倒れない様にしねえと……」
     翌檜は祝福の風で仲間たちの傷を癒しつつ、戦況を見定めていた。
    「フフ……そもそも私を6人で相手取ろうなんてのが間違いよ……」
     イザベルは鋭い鞭をしならせ、更に灼滅者達に衝撃を放つ。
    「6人では無いわい!」
     直後、イザベルの前に跳びだした猛が鋭い鞭を身体で受け止めた。
    「待たせたのう、少し時間がかかってしまったわ!」
    「一般人はほぼ全て避難した。後は俺達がどこまでいけるかだね」
     猛と達人が合流し、戦闘は激しさを増していく。
    「可愛い娘が来たかと期待したのに野郎じゃない。残念ね」
     本当に残念そうなイザベルの前に、猛はビシッと言い放つ。
    「悪趣味なオバサンに言われたくはないのう!」
    「殺す」
    「殺れるものなら殺ってみればいいわい!」
     猛はそう言い放つと、炎を纏わせた拳を振り上げイザベルに突撃する。
    「わしの一撃は重いぞ! 覚悟せい!」
     猛の豪快な一撃はイザベルの身体を吹き飛ばし、激しい炎がイザベルの全身を焼け焦がす。
    「私の拷問を邪魔する奴は皆殺しよ!」
     イザベルは鞭を使った鋭い斬撃を放つが、猛は避ける事も無く真正面から受け止めた。
    「グォォォォ……!! まだじゃ! わしの役目は皆の盾になる事! この程度の攻撃で倒れる訳にはいかん!!」
     想像を絶する痛みを伴う斬撃を受けても尚、猛は全力でイザベルに飛び掛かる。
     そして猛が放った強烈な回し蹴りがイザベルの脳天を打ち、地面に叩き伏せた。
    「今がチャンス。行くよ、空我」
     達人はライドキャリバー『空我』に騎乗し、銃弾と氷の刃をイザベルに浴びせた。
    「結構今のは効いたわ……!」
     イザベルは辰人を中心とした後衛に拷問器具を放つが、達人に放たれた一撃を空我が受け止め、そのまま消滅していった。
    「…………さっきから、見てたけど。貴方の攻撃、拷問にしてはすごく中途半端」
    「どういう事かしら、お嬢ちゃん」
     不意の夜宵の投げかけに、イザベルは眉に皺を寄せる。
    「拷問なら、もっと手加減するとか、やりようもあるのに。要は、ただ、殺せれば、良いんでしょ? そんなだから、序列も、落ち着いてるのよ」
     少しでも盾役の自分が戦線を維持する為。夜宵はイザベルに挑発を投げる。
    「フフフフ……随分と調子に乗るわねお嬢ちゃん……でも。私そういうアピールにはつい乗っちゃう性分なの」
     イザベルは生み出したアイアンメイデンで、夜宵の身体を飲みこんだ。
    「グ……!! アァ!!」
     全身を無数の棘に刺され、あまりの痛みに夜宵は苦痛の声を上げる。
     己を攻撃するトラウマに精神を蝕まれ、流れ続ける血に夜宵の意識も朦朧としだすが、それでも尚戦う意思は消えない。
    「耐えて、あと一撃……なら最後に、爪痕を……」
     夜宵は失いかけた意識を押しとどめると赤きオーラを放ち、イザベルの胸に逆十字を刻みこんだ。
    「よく頑張ったわね、お嬢ちゃん……さぁ、最後に鳴きなさい!!」
    「ッ…………」
     イザベルが放った鞭が夜宵の身体を打ち、夜宵は一瞬にして意識を失った。
    「あら、鳴かないなんてつまんないわ。こんな事ならもっと苦しめておけば――」
     と、その時。イザベルの背を激しい衝撃が襲う。
     死角から現れた夜宵のライドキャリバー『かっこかり』が、イザベルの身体を物凄い勢いで刎ね飛ばしたのだ。
    「……主が倒れてもなお役目を果たす。ムカつくわね」
     イザベルは刻まれた深い傷を癒しながら、灼滅者達を睨み付けるのだった。


    「さぁ、次にやられたいのは誰かしら?」
     イザベルが放った拷問器具は、灼滅者達を何度でも痛みつけていく。
     柚姫は瀕死の状態ながらもしっかりと足を地につけ、イザベルを正面から見据える。
    「たとえ誰かが、私が倒れても。あなたはここで必ず灼滅されます……こんな酷い殺し方、もう二度とさせない。そう心に誓ったのです」
     そう言って柚姫は、最後に仲間の傷を癒した。
    「そう。でも、あなたはここで終わりね」
     イザベルが振るった鞭を受け止め、柚姫もまたその意識を手放した。
     残るディフェンダーは猛1人となり、灼滅者達の体力も相当削られ始めてきていた。
    「アナタの殺意、私の糸で絡め取ってあげる」
     そして玉緒が放った糸がイザベルの身体を締め上げ、斬る。
    「痛いわ……フフフフ。私、貴女の悲鳴が聞きたくて仕方がなかったの」
     イザベルは斬られた身体を気にも止めず、玉緒に向けて棘だらけの無数の鎖を放つ。
    「ッッ! アアアアァァア!!」
     万力の様な力で締め上げに骨が砕け、全身を痛々しい棘によって引き裂かれる。
     魂まで削られそうな痛みに、玉緒は叫んだ。
    「……そう、これよ。私はこれが聞きたかった…………ん?」
    「…………」
     その時イザベルは、玉緒の眼が確固たる意志を持ってこちらを睨み付けるのに気付く。
    「心までは屈さないとでも言う気? 気に入らないわ」
     イザベルは鎖で玉緒の身体を引き寄せると、その手にナイフを構え、一気に振り上げる。
    「この目をくり抜けば、もっと悲鳴を上げてくれるかしら? アハハハハ!!」
     グサリ。
     振るわれた刃が眼を抉るが、抉られたのは玉緒の眼では無かった。
    「な……ア、ギャアアアアアアア!!」
    「あら、本当に煩くなったわね。油断し過ぎよ、あなた……ざまあみなさい」
     快楽によって生まれた一瞬の隙をつき、玉緒がイザベルの左眼に剣を突き刺したのだ。
    「殺す!!」
    「ッ……あとは頼んだわよ……」
     そしてイザベルが怒りに任せ振るった鞭が、僅かに残っていた玉緒の体力を奪い、玉緒はそのまま倒れ伏した。
    「痛い! 痛い痛い痛い痛い!!」
     イザベルは左眼を抑えながら思考する。
     このまま勝てる見込みはある。だが、死ぬ可能性もある。死ぬ可能性があるなら逃げるべきだし、これ以上痛いのは耐えられない。
    「…………チッ!」
     撤退を決めたイザベルは踵を返す。だが――。
    「待たんかい! ここまで仲間をやられて逃がす訳にはいかん!」
     イザベルに飛びつく勢いで組みかかった猛が炎の拳を放ち、イザベルを戦場に押し留める。
    「痛い、ねえ……お前が他人に与えてきた痛みは、こんなものじゃないと思うけどね」
     達人はそう呟くと槍を構え、流れに身を任せるように戦場を駆ける。
    「ちょこまかと……!」
     イザベルは後衛に向けて拷問器具を放つが、達人はひらりと身を翻して避ける。
    「……ここだ」
     そして辰人が放った刺突がイザベルの胸を貫き、そのまま壁に叩き付けた。
    「さあ、行くよ――お前なんかに、俺達は屈したりなんかしない」
     辰人は足元の影を大きく伸ばすと、ふらついたイザベルの全身を一気に飲みこむ。
     その影は、イザベルの身体と精神を喰らっていく。
    「返すよ、お前が誰かに与えてきた痛みを」
    「い、嫌……もう痛いのは嫌……!!」
     影から吐き出されたイザベルはうわごとの様に何かを呟き、青白い顔で虚空を見つめていた。
     恐らくイザベルの前に現れたトラウマが、彼女の精神を蝕んだのだろう。
    「殺す……!!」
     イザベルは辰人に向けて、鞭で鋭い衝撃を放つが、猛が再びイザベルの前に躍り出る。
    「ここは通さんぞォォォ!!」
     そうして辰人を庇った猛は、仁王立ちしたまま気絶していった。
     残る灼滅者は4人。これは彼らの撤退開始のボーダーライン。だが。
    「続けるぞ。このまま押し切る……倒れた連中の為にもな」
     翌檜はそう仲間たちに呼びかけ、続ける。
    「それに……もしもヤバくなったら、俺が何とかする」
     翌檜は今回の依頼で、最も強い覚悟を決めていた。
    「……分かった……私もこいつは許せない……絶対にここで灼滅する……!!」
     翌檜の言葉に頷いたサキは突撃し、標識の強烈な振り払いでイザベルの身体を吹き飛ばす。
    「続きます!」
     楓は即座にギターを構え、激しくギターを掻き鳴らす。
    「鎮魂歌のつもりはありません。貴方の魂を鎮める気なんてありませんから」
     放たれた音波は衝撃波となり、イザベルの身体を吹き飛ばす。
    「私だってお断りよ……!!」
     イザベルは楓を睨み、無数の鋏を投げ飛ばす。
    「気づいていませんか? 貴女の攻撃、もうかなりボロボロですよ」
     イザベルをずっと妨害し続けてきた楓は狼の爪で鋏を全て砕き、構えた弓に畏れを纏わせていく。
    「もう終わりだと思いましたか? まだまだですっ!」
     イザベルに接近した楓は至近距離から鬼気迫る一撃を放ち、イザベルの身体に大きな穴を空けたのだった。
    「グ……アア……!! なんて事……」
     イザベルは傷だらけの身体を抑え回復するが、その傷が完全に癒える事は無かった。
    「悲鳴を楽しみすぎたか何だかしらないが、油断したな。節度を知らない拷問官なんて何の役にも立たねえよ」
     翌檜はそう投げかけると不意に駆け出し、イザベルの死角まで周り込む。
    「お前がどれだけ強かろうと、俺は絶対にお前になんか殺されない。先に死なないって約束があるからな」
     翌檜はイザベルの脚を切り裂き、膝を付かせると、片腕をデモノイド寄生体の刃と化す。
     そこに楓、サキ、達人、かっこかりが激しい攻撃を次々と叩きこみ、イザベルの身体が削り取られる。
    「悲鳴が好きなんだろ? だったら好きなだけ鳴けよ。アンタはここで殺す」
     そして翌檜は蒼い刃を振り上げ、イザベルは悲痛な表情で訴えかける。
    「い、嫌……痛いのはやめて……もう殺しはしないから……拷問も止めるから……だから……」
    「痛くはないだろ。終わるのは一瞬だ。多分な」
     一閃。
     翌檜が放った蒼き斬撃が、イザベルの身体を両断する。
    「ウ……ガ……アアアアァァァァァァァ!!!!」
     そしてイザベルは激しい苦痛の叫びを上げながら、全身が灰となり消滅し、後には何も残らなかった。
     この日8人の灼滅者達は、五一一位という高序列の六六六人衆を灼滅し、大勢の命を救う事に成功したのだ。

    作者:のらむ 重傷:織凪・柚姫(甘やかな声色を紡ぎ微笑む織姫・d01913) 忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774) 西園寺・夜宵(ツァーメーハイマ・d28267) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年8月6日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 12/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ