その刃、凶暴につき

    作者:波多野志郎

     ――かつて、人斬りあり。
     その人斬りは、まさに獣であった。人の皮を斬り、骨を断ち、血を啜る。夜陰に紛れて行なう凶行は、当時犠牲者は四十を越えるに至ったという。しかし、人斬りとて所詮は人――当時の同心がその所在を掴んだ時には、病に倒れた後だった。
     それで、めでたしめでたしとならなかった。その人斬りの刀は、いつしか独りでに宙に浮かぶと人の斬り殺すために夜をさ迷うようになった、というのだ。この不可思議な現象に、人々は恐れ、とある社に預けられる事となった。
     そして、時は流れ現代。その社は、取り壊され移設されることとなった。しかし、その伝承の刀は跡形もなかったのである。社に伝わる逸話であっただけに、この刀が無かった事は、一つの噂を引き起こした。
    「もしや、社を壊されると知った刀が抜け出したのでは?」
     と――。


    「あるいは、最初からなかったか、っすよね。微妙なラインっす」
     逸話とは背びれ尾びれがつくのがお約束っす、と湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)はため息をこぼす。
     今回、翠織が察知したのは都市伝説の存在だ。
    「人斬りに使われた、独りでに人を斬る刀、そういう伝承っすね。困った事に、色々と話題になって都市伝説となった訳っす」
     今では、夜な夜な人を斬るためにさ迷うようになったのだから性質が悪い。犠牲者が出る、その前に対処してほしい。
    「夜、この社跡に行ってほしいんす。そこで待ち構えてれば、向こうから襲ってくるっす」
     人払いのESPと、光源の用意は必須となるだろう。それ以外に関しては拓けた境内での戦いになる、戦う分には問題は無いので思い切り戦ってほしい。
    「相手は一体、というか一本の宙に浮かぶ刀っすね。2メートルくらいの高さまでしか受けないんで、地上に居ても手が届くってのが救いっすね」
     相手は都市伝説、ダークネスほどではないが決して油断はしてはいけない。その鋭い技やパワーから来る攻撃力だけは、ダークネスに近いものがある。侮れば、逆に痛い目を見るのはこっちだ。
    「何にせよ、不意を打たれないように十分に注意して作戦を練った上で挑んでほしいっす。こんなご時勢に人斬りにあうなんて、本当ごめんっすからね」


    参加者
    稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450)
    上総・鉄(鐵・d04137)
    淡白・紗雪(六華の護り手・d04167)
    炎導・淼(ー・d04945)
    南条・忍(パープルフリンジ・d06321)
    朱屋・雄斗(黒犬・d17629)
    ユリアーネ・ツァールマン(ゴーストロード・d23999)

    ■リプレイ


    「ワイルドハントのお通りだ、彼らの狩りを邪魔しちゃならぬ……と」
     ま、死霊でも妖精でもなく灼滅者だけどね、と締めくくりユリアーネ・ツァールマン(ゴーストロード・d23999)は百物語を語り終えた。
     森の中の深夜の社跡。そこに残るのは、境内と土台だけだ。
    「暑くない!  ボクはこれっぽっちも暑くないよ!」
     南条・忍(パープルフリンジ・d06321)はジージーといつの間にか背中についたセミに鳴かれながら虚勢を張った。虚勢だから、そういう事である。
    「……っていうか、ライトを点けたら虫がじゃんじゃん寄ってくる!  あっ、クワガタムシだ!」
    「ライトよーいよーし♪」
     カ、と腰に下げたライトを点した淡白・紗雪(六華の護り手・d04167)、一人離れた場所を歩きながら、稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450)がはしゃぐ忍と紗雪を見やって呟いた。
    「あらあら、楽しそうね」
     白い丈短のタンクトップと黒いタイトスカート姿で、晴香は仲間達から離れ周囲に視線を走らせる。
    (「不意打ちしてくいるかと思ったけど……」)
     誘うため、というこちらの意図を理解したのだろうか? だとしたら――。
    「ッ!? そっち――」
    「おう! このクソ刀がっ! 俺が一から打ち直してやるぜ!」
     晴香の声と同時、炎導・淼(ー・d04945)は引き抜いたロケットハンマーのブースターを噴射させた。振るった一撃は、夜陰に紛れて飛んできた刃を上から押し潰そうと――。
    「!?」
     ギギン! と刃が横へ滑る。持ち手が居れば、不可能な動きだ。しかし、回転した刀の柄をダグラス・マクギャレイ(獣・d19431)の前蹴りが受け止めた。
    「――ッオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
     獣の雄叫び、ダグラスの蹴りが大きく刀を蹴り飛ばす! しかし、刃は地面に激突する前に、ピタリと止まった。
    「ふぅん、刀ねェ」
     浮かぶ刀を見やって、上総・鉄(鐵・d04137)は言い捨てる。
    「確かに刃には念が宿り易いとは聞くが、そんなもんオレらには関係ねえな。人に仇成すなら封じてやるだけだ」
    「その荒御霊を鎮めるは己の役目。幾人もの生血を吸ったというその刃の切味試してみようか」
     朱屋・雄斗(黒犬・d17629)が、一歩前へ出た。伝承は嘘か真実か? 今となっては知る人もおらず――ただ社があったからにはここで何かが眠っていたのは間違いないだろう。ならばこそ、雄斗にとって己の役目を果たす事に、迷いはない。
     放たれるのは、月夜の月光がごとき洗練な連撃――二の太刀の斬撃波が、灼滅者達を襲った。


     ザザン! と切り裂く衝撃が爆ぜる。その中を、一匹の獣が駆け抜ける――ダグラスだ。ニィ、と歯を剥いて笑うと、振り払った直後の刀へと拳を叩き付けた。
    「刀自体は興味の惹かれるモンだが、怨念に憑りつかれた道具ってのは頂けねえ」
     単なる打撃のみでは流される、だからこそダグラスの拳は一撃のみで終わらない。二発、三発、四発――縦横無尽に弾かれ威力を逃がそうとした刀を捉えていく!
     刀が退こうとする、その動きを遮ったのは忍だ。
    「隙有り、だよ」
     死角から回り込む忍のクルセイドソードが、刀を大きく宙へと弾く。ヒュンヒュンヒュン! と回転しながら宙に舞う刀へ、リングコスチューム姿となった晴香だ。
    「ロープに振られてからの――」
     晴香のラリアットが、刀を地面へと叩き付ける! ガシャン、と地面に触れる寸前で刀は急停止、そのまま真横に転がるように刀は移動した。
    「逃がすか!」
     ウイングキャットである寸が尾のリングを光らせた瞬間、淼が地面を蹴る。浮かび上がろうとした刀へ、燃え盛る回し蹴り――グラインドファイアの蹴打だ。ガキン! と弾かれた刀は、その蹴られた勢いそのままにギュオン! と薙ぎ払いの軌道で寸の胴を薙ごうと迫る。
    「おーとっとー♪」
     しかし、ガキン! とその薙ぎを一気に間合いを詰めた紗雪の鍛え上げた拳打が弾いた。バキン、と拳にのみ伝わる確かな手応え、刀が宿した強化を破壊しながら、紗雪は拳を振り抜く。
     吹き飛ばされながら、ビタっと空中で刀が止まった。そこへ、霊犬の銀が斬魔刀で切りかかる。ギギギギン! と火花を散らしてぶつかる二つの刃、その間に鉄は漆黒のクナイ型ナイフを引き抜いた。
    「後方支援は任せておけ、誰も倒れさせやしねえ!」
     展開される夜霧、鉄の夜霧隠れの中でユリアーネはドーピングニトロを使用する。
    「来るよ!」
     ユリアーネの警告と同時、刀が真っ直ぐに灼滅者達へと迫った。それを雄斗は右手に嵌めた黒い数珠を外して、右腕を振りかぶる。
    「――ッ!」
     鋭い呼気と共に、異形の巨腕となった雄斗の一撃が放たれた。ゴゴン! ともはや鋼鉄同時がぶつかったとしか聞こえない轟音を響かせて、拳と刃が空中で激突した。


     ――静かだ、と忍は思った。鳴り響くのは、ただ剣戟のみ。それが妙に落ち着く感覚に、忍はそんな自分に少しだけ嫌悪感を抱いた。
     ダグラスはRuaidhriを己の爪牙のように扱い、楽しげに笑う。ガ、ギギギギギギギギギギギギギギン! と間断なく足を止めて打ち合う最中も、その刀に見惚れた。
    (「武器ってのは使い手在ってのものじゃねえかと思うんだが、肝心の使い手がクズじゃなあ……ま、或る意味この刀も気の毒だわな」)
     持ち手のない自在に動く刃とは、もはやそれ単体でそういう生き物だ。だからこそわかる、刃が骨肉であり爪牙であり、魂であるという意味が。
    (「ガキの頃に、何でも使える様にと訓練で色々と武器は持たされたが剣や刀の直接性ってのが性に合った事を思い出すぜ。唯まあ、全ての感触が近過ぎるのが問題でよ……魅入られた、その感覚が解る様な気もするぜ」)
     ガギン! と大きくMiachの一撃で刀を弾きながら、ダグラスは苦笑した。今も手に伝わった手応え、刀とは刃とは己の手足に等しいほど『近い』のだ。
    「繋ぐ――!」
     弾かれた刀へと、跳躍した雄斗が踵を落とした。ズン……! という雄斗のスターゲイザーの重圧に、刀が叩き落とされる。しかし、刀は地面に突き刺さる直前で大きく軌道修正を――。
    「よっと!」
     そこへ、炎を宿した忍の回し蹴りが強打する。持ち手がいないからこその、あまりにも自由な動き――しかし、それも前提を理解してしっかりと観察すれば対応は可能だ。
    「サマーソルト~」
     ザササササササササササササッ! と紗雪が境内の石畳を滑っていく。その足にまとう影、elcici――そのまま、ヒュン! と大きく身を反らし、紗雪は蹴り上げた。
    「――キックー!」
     ガガッ! と紗雪のサマーソルトキックが、火花を散らして大きく弾かれた。クルクルと回転する刀、だが、鋭い淼の声が響いた。
    「後ろに来るぞ!!」
     ヒュッガガガガガガガガガガガガ! と飛ぶ斬撃が、後衛を襲った。紗雪を庇ったのは、寸だ。自身をすかさず癒す寸に、淼は叫んで跳んだ。
    「終わったら休ませてやるからもうちょいがんばれ!」
     炎を宿したロケットハンマーの一撃が、刀を捉える。ぐあん! という鈍い打撃音、空中で踏ん張った刀へ、ユリアーネはレイザースラストを全力で撃ち込んだ。
    「ところで晴香、刀相手にプロレスってどーやるの?」
    「見せてあげるわ」
     ユリアーネの言葉に、満面の笑みを見せて晴香が踏み出す。放たれる刀の縦の斬撃、それを晴香は踏み込み事で肩口で受け止めた。しかし、刀は振り切れない――プロレスの基本にして最奥、それは受け切る事だ。
     だからこそ、晴香は構わないで踏み出した。刀が諦めて宙へ逃げようとした瞬間、岩を足場に晴香は跳躍、高空ドロップキックを叩き込んだ。
    「フォローするぜ!」
     銀と合わせて、包帯状のダイダロスベルドを舞わせて、鉄は仲間を回復させる。包囲するように展開する灼滅者達、それを迎え撃つ刀――そういう構図が、続いていた。
    (「死してなお、刀に憑いてまで血を求め続けるか……それとも、それを求めているのは君(刀)自身なの?」)
     ユリアーネの問いが、口から紡がれる事はなかった。おそらくは、言葉が届く耳も無ければ語る口さえない――よしんばあったとして、とてもこの刀自身でさえ、それがわかるとは思わなかった。
     戦況は、まさに鍔迫り合いの状況だ。一歩でも退けば、押し切らんとばかりに押し込まれる。だからこそ、双方が限界まで踏みとどまり続けていた。
    (「よく、持ってくれるぜ」)
     鉄は、仲間達の背中にそう思わずにはいられない。それほど苛烈で、壮絶な刃だったのだ。だからこそ、決して倒れさせはしない――そう、強く思えた。
     剣戟が鳴り響く、それはまさに永遠に奏でられるのではないかと思えた。しかし、終わりというものはいつでも唐突にやってくるのだ――。
    「刀に限らず、武器なんてなあ元々「そういう」目的のシロモノではあるが、ツマンネエ主に所有されちまった謂れを所以に実体化した不幸叩き折って消してやるから其処に直れってなあ!」
     ダグラスが、吼える。刀が放つ刺突と、ダグラスの鍛え上げられた拳が激突する。刀と拳、どちらが硬いか? それは、明白だ。
    「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
     獣性を宿した拳の方が、強い! 相殺され、弾き飛ばされた刀。そこへ、淼と寸が同時に迫った。寸のアッパーカットによる猫パンチ、それに合わせて淼はチェーンソー剣を振り下ろす!
    「鉄は熱いうちに打てって言うだろ? そのまま燃えてろっ!」
     ギギギギギギギギギギギギギギギギギギン! という火花が、そのまま炎へと変わった。炎に包まれた刀が、地面に叩き付けられる。しかし、ガシャンと跳ねた刀は、下段から紗雪を狙った。
     しかし、紗雪はその刀を剣で受け止める。そのまま、鍔迫り合いで受け切って――。
    「いっくよー!」
     ギギギン! とサイキックエナジーを宿した剣が、跳ね上げられる! ガキン! と刀の刃が欠けながら、宙を舞う――それを雄斗が大きく跳躍して、迎え撃った。
    「――ッ!!」
     裂帛の気合と共に放たれえたのは、バベルブレイカーの一撃だ。回転する杭が、刃を穿った。そこへ、銀が鋭く六文銭を射撃する!
     ヒュオン! と、まだ刀は諦めずに己を振るった。鉄はそれを見やって、右手をかざした。
    「未だ斬り足りないのか? ならば存分に斬れよ。神薙の刃で斬り返してやるからさ!」
     ヒュ、ガガガガガガガガガガガガガガガガガガ! 鉄の放った旋風が、刀と切り結ぶ。風の鋼、違いはあれど刃同士、相手を切り刻まんと火花を咲かした。それに押し勝ったのは、鉄の神薙刃だ。
    「よろしく頼むよ!」
     弾かれた刀を、ユリアーネはS.C.E.I.L.で殴打、吹き飛ばした。その先に、両手を広げた待ち構えていたのは、忍だ。そこへ、晴香も駆け込んだ。
    「険を砕くのも忍者の役目! お命、頂戴しますっ!」
    「フニッシュだよ!」
     忍のクワガタ流白刃取りからの追撃の斬撃と、柄頭への晴香のニードロップが炸裂する! バキン、という乾いた破壊音、それが血に飢えた刃、人斬り包丁の都市伝説の最期となった……。


    「しゅ~うりょ~おっ♪」
     歓声を上げた紗雪の声に、ようやく終わったと彼らは安堵の息をこぼした。それに、刀の砕けた場所へと視線を向けて鉄は呟く。
    「――これでさよならだ、人斬り刀。実に惜しいな、其れ程に血に飢えた刃ならオレの物にしてやりたかったぜ」
     その言葉に、隣に立ったのはユリアーネだ。ひとつうなずき、その手を虚空に伸ばした。
    「そうまでして斬りたいんなら、斬る相手と理由を与えてあげる。だから……私にその力を貸しなさい」
     ユリアーネの呼びかけに応えるように、確かに己の中に力が宿る感覚があった。これで、あの刀も意味を帯びた――血を求めるのではなく、灼滅者の力となって戦うという意味と価値を。
    「そういや七不思議が都市伝説取り込み図るの最近よく見かけるが、やはり与し易いか否かとかあんのかね」
     ダグラスは、その光景を見てしみじみとこぼす。良きにせよ、悪きにせよ、敵であったものが味方になるのなら、それは頼もしいものだ。
    「こういう噂も、六六六人衆が招いたものなのかな……。とりあえず塩でも撒いておきますね!」
     忍の言葉に、雄斗はひとつうなずき、清めの酒を周囲に撒く。雄斗は、鎮魂の言葉――経を詠んで、送る。誰に聞かせるわけでもなく、口中でただ静かに……流れた血は無駄にはしない、そう誓うように。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年8月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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