火竜の穴倉

    作者:灰紫黄

     暗い洞窟の地面に大学生くらいの青年が一人、気を失った状態で倒れていた。青年は暑さにうなされて、息苦しさで目を覚ます。
    「あれ? ここはどこだ。俺は……うん、覚えてるよな」
     おそらくこんな時しかしないような独り言。ぺたぺたと周りを触って、ここが洞窟だとわかる。やがて眼が暗さに慣れてくるが、しかしそれは問題の解決にはならない。
    「アルバイトの面接を途中だったはずだけど……いや、まずはここを出ないと」
     前と後ろ、どちらが出口なのかも分からない。だが、じっとしているわけにはいかない。
    「それにしても、暑いな。蒸し上がっちまいそうだ……」

     竜種イフリートの洞窟に一般人が迷い込む。
     その光景が見えた。だから、口日・目(高校生エクスブレイン・dn0077)は灼滅者を教室に集めた。
    「理由は分からないけど、このままじゃ一般人は殺されるわ」
     彼女によれば、竜種イフリートが潜伏している洞窟に、何らかの理由で一般人が迷い込んでしまったらしい。当然、このままでは殺されるのは時間の問題だ。
    「だから、その前に対処してほしいの」
     現場となるのは近畿の山中にある洞窟だ。もとは小さかった洞窟をイフリートが広げたもののようで、特別由来のあるものではない。
    「入り口から入って普通に進めば、一般人が殺される直前に保護できると思う。ただ、その直後に戦闘になるから気を付けて」
     竜種イフリートはファイアブラッドに似たサイキックに加え、口から炎を出す技、シャウトを使う。体力、攻撃力ともに高いので油断はできない相手だ。
     洞窟内は暗く狭いが、なんとか戦闘に支障はない。気になるなら、光源を用意してもかまわないだろう。
    「まず、一般人の救出。その上で竜種の灼滅ができればいいんだけど」
     このイフリートは、おそらく朱雀門の手勢だろう。その戦力を削る意味でも成功させたいところだ。


    参加者
    御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)
    一橋・智巳(強き魂に誓いし者・d01340)
    深火神・六花(火防女・d04775)
    絡々・解(解疑心・d18761)
    津島・陽太(ダイヤの原石・d20788)
    井瀬・奈那(微睡に溺れる・d21889)
    武藤・雪緒(道化の舞・d24557)
    日下部・颯太(小学生七不思議使い・d33731)

    ■リプレイ

    ●火に入る
     一般人を救出し、竜種イフリートを倒すため、灼滅者は洞窟へ侵入した。中はとても暑く、それはここが敵の縄張りの内だということを意味していた。
     ヘッドライトとランタンを身に着けた御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)を先頭に、早足に進む。
    「要救助者、発見です」
     光の先に、ぐったりした様子の青年がいた。猶予はない。思わず八人は駆け寄っていた。
    「君達は……?」
    「大丈夫、動ける? 聞きたいことあるかもしれないけどとりあえず外に……」
     ラブフェロモンを発動し、矢継ぎ早に話しかける絡々・解(解疑心・d18761)。警戒はされていないようだ。もっとも、それだけの体力もないのかもしれないが。塩入りの飴やら何やらを見せる。
     だが、それを摂るだけの時間はなかった。青年の向こうに炎の塊が現れたからだ。竜種イフリートだ。重戦車のごとき体躯は炎で覆われ、頑健な鱗で鎧われている。見るからに硬そうで熱そうだ。進めば進むほど暗くなるはずの洞窟が真っ暗にならないのは、どうやらこの竜種のせいらしかった。
    「っ、失礼いたします!」
     深火神・六花(火防女・d04775)はほとんど反射的に青年を担いで走り出す。彼がいる状態で戦闘になれば、守ることは不可能に近い。幸い、追ってくる気配はなく、出口に近付くにつれ気温も下がっていく。
    「後は僕達に任せてください!」
     その背に、津島・陽太(ダイヤの原石・d20788)が叫ぶ。ファイアブラッドとして、宿敵であるイフリートに負けるわけにはいかない。かつて堕ちかけた自分が救われたように、自分も誰かを救えたらと思う。
    「久々だな、竜種! 熱さ比べじゃ負けねぇぜ?」
     一橋・智巳(強き魂に誓いし者・d01340)も同じくファイアブラッドだ。使い手の気概を表すように、オーラが炎のように全身を覆う。強き炎を焼き尽くすのは、より強き炎。そう言わんばかりに激しく燃え上がる。
    「うう……、本当に熱いですね」
     竜種だけでも尋常ではない火力なのだが、仲間の火力も激しい。あまりの熱さに、井瀬・奈那(微睡に溺れる・d21889)は思わずたじろぐ。油断すると、それだけで発火しそうだ。
    「うんうん、俺なんて蒸発アンド爆発しちゃいそうだよ」
     戦闘形態になった武藤・雪緒(道化の舞・d24557)もそれに頷く。魔法使いの人造灼滅者である彼は、戦闘時はガイコツ頭の付いたスライムになる。どう見てもヘンテコ生命体だが、本人に気にした様子はなかった。
    「僕だって、やれるよね」
     夏を凝縮して油をつぎ足しまくった極暑の空間。噴き出る汗を拭いながら、日下部・颯太(小学生七不思議使い・d33731)は微笑んだ。竜種は一目で分かる強敵だ。だが、仲間がいるから怖くはない。
    『グワアアアアアアアアッ!!』
     竜種の咆哮が轟く。全身の炎が一際赤く輝いて、それが開戦の合図となった。

    ●燃える巨躯
     洞窟を駆け抜けた六花は、青年を入り口で降ろした。
    「ここは危険です。落ち着いて、速やかに下山して下さい」
     来た道を教え、下山を促す。竜種の攻撃力は圧倒的だ。灼滅者が突破されることも十分に考えられる。その場合ここにとどまっていれば、彼の命はないだろう。状況を理解しあのかそれとも早く去りたいのか、青年は頷いて洞窟から離れていった。

     炎の奔流が、竜種の口から放たれる。火山をひっくり返したような熱の波。兵器に例えるなら、これは主砲だろう。
    「僕が焦げてないうちは誰も焦がさないんだからね!」
     仲間をかばい、解が炎を受け止める。余裕ぶっているが、実はかなり熱い。当然と言えば当然だが。必然、体もところどころ焦げているが、気付かないふりで通す。ビハインドが少し心配そうなのに心が痛むが。
    「……よし、出来ることをしなくちゃ、ね。ガンガン回してくからね、皆!」
     颯太の交通標識が黄色に変わり、前衛の仲間に状態異常への耐性を与えた。標識には『竜種注意』と書かれ、イフリートらしきトカゲの絵になっている。
    「まずは涼まない? あ、やっぱダメ?」
     ケタケタ笑うガイコツ。空っぽの眼窩が睨んだ座標を中心に、大気の温度が死んでいく。だが、それも一瞬。雪緒の魔術は鱗に弾かれ、刹那に六角形の結晶を残しただけだった。
    「大人しくしてください」
     奈那の霊縛手が淡く輝き、祭壇が展開する。同時、竜種の周囲を同じ色の結界が覆い、その力を封じようと押さえつける。だが、結界はわずかに体力を削っただけで、跳ね除けられてしまった。イフリート一体に、列攻撃では少々効率が悪いか。
    「燃え上がれ!」
     炎の翼が広がり、不死鳥のごとく羽ばたいた。花火のように火の粉が舞い散り、そのひとつひとつが魔を砕く力を前衛に与える。エクスブレインの言う通りなら、イフリートも同じサイキックを使うはず。だが、仲間がいる陽太の方がより有効に扱えるはずだ。
    「竜種に餌でも与えているのでしょうか……」
     一般人が洞窟にいる理由を考え、独り言ちる天嶺。月光に似た、神秘めいた刃が閃く。螺旋の回転を与えられた薙刀は竜種の鱗を切り払い、そして肉を抉り斬った。傷からこぼれた血は、すぐに炎となって霧散した。
    「俺のキバとお前のキバ、どっちが相手を食い千切れるか勝負だぜ!」
     ジェット噴射により、バベルブレイカーごと智巳の体が加速した。ブレイカーの紫のボディはそのまま紫電と化して、火竜に突き刺さる。生身のくせに、貫くときはまるで金属のような感触だ。いや、並大抵の金属より硬いかもしれない。
     イフリートの火力に負けることなく、灼滅者は猛攻を仕掛ける。だが、まだまだ炎に揺らぎはなかった。

    ●烈火激炎
     戦闘開始から数分、六花が戦線に復帰した。全員が揃って、ここからが本番だ。
    「お待たせしました」
     人間の腕を上回る大きさを持つ腕鎧には、獣に似た爪が備わっている。力任せに叩き付ければ、咆哮じみた衝撃音。さらに霊網が放たれ、イフリートの全身を絡めとる。
    『アアアアアァァァァッ!!』
     竜が、叫んだ。洞窟全体を揺るがすほどの轟音が鳴り響く。音量、迫力。何もかもが人間のそれとはスケール違いだ。
    「本当に、大きいですね……」
     地獄の底にでもつながっていそうな大顎。底なしの闇を見て、奈那がそう呟いた。大気の振動が心臓に伝わってきて、そこから全身へびりびり走る。大きい、強い。本能がそう警告する。それでも、怖がったりはしない。黒い波動を刃に変えて、飛ばす。
    「こんなのもあるぜ、喰ってけよ」
     智巳の腕に集まったオーラが稲妻に変わり、眩い光を放つ。限界まで、踏み込んで、踏み込んで。ほとんど真下まで来たところで、溜めた力を込め、アッパーカットを思いっきり叩き込んだ。
    『グオオオオォォォッ!!』
     逆襲とばかりに、炎の爪が智巳に降りかかる。爪だけで、胸の幅以上はありそうな頑健な凶刃。命中の寸前、陽太がそれをかばう。
    「っ、これくらいでっ!!」
     裂傷が頭から腹にかけて刻まれ、大量の血液が視界を遮る。だが、瞬時に血を炎に変えて振り払った。意識が飛びそうになるが、声を荒げて自分を鼓舞する。
    「今治すよ、しっかりして」
     颯太の装備した縛霊手から、癒しの光が飛んだ。傷を癒やすと同時、炎を鎮火させる。颯太は今回の参加者の中では最も経験に乏しい。だが、癒し手として強力に仲間をバックアップしていた。
    「まさかペット扱いじゃないでしょうね」
     一般人が餌なら、竜種はペットだろうか。この洞窟もケージと思えなくもない。自分の想像に、天嶺は肩をすくめた。だが、今は目の前の敵だ。洞窟を縦横無尽に蹴り、流星となって蹴りを背後に入れる。
    「ミキちゃん、お願いね」
     解の言葉に、ビハインドはコクリと頷く。次の瞬間、二人は左右に分かれ、同時に攻撃を見舞う。湾曲した刃が鱗をめくりあげ、霊気を伴った腕がその内を抉った。二人仲良く返り血ならぬ帰り炎を浴びる。
    「いよっしゃ、喰らえ!」
     どうやって装備しているのか、考えたら負けなのだろう。雪緒のエアシューズが加速。スライムの体が空気に抵抗でぷるぷるするのに耐えながら、星の光を帯びた飛び蹴りを放つ。命中の瞬間、衝撃でスライム体がさらに揺れ、波打った。
    『グウウゥゥ……』
     低い低い、唸り声。灼滅者は確実に重戦車の装甲を削りつつあった。けれど、それはこちらも同じ。みな体は焼け焦げ、切り裂かれ、無事な者はいない。それでも、瞳に宿る闘志はなおも激しく燃え上がっていた。

    ●空洞
     竜種は回復を捨て、より攻勢をかけてきた。追い詰められた証拠だろう。大顎が開いて、そこから煉獄が吹き上がる。狙いは後衛だ。
    「ミキちゃん……っ!」
     ビハインドが炎の奔流にのまれて消える。癒しきれないダメージが蓄積され、これが決定打になった。瞬間、解のおどけた空気がかき消えた。帽子を目深にかぶっているため表情は分からないが、鋭く研ぎ澄まされた刃の気配が、そこに浮いていた。
    「正念場ですね……」
     と奈那。構えた大鎌に秘められた『死』が黒くにじみ、刃を身の丈以上に伸長する。当たるか分からない。けれど、破れかぶれではない。手持ちで最も威力の高いサイキックだ。自らの体を振り子のように利用して、振り下ろす。
     灼滅者達は竜種を倒せなかった場合の撤退条件を設定していた。サーヴァントを除く半数の戦闘不能。まだ届いてはいないが、それも時間の問題だ。その前に、イフリートを倒せるかどうか。
    「やっちゃるぜぇッ!!」
     智巳の手には、炎の王の名を冠した斧槍。その名の通り竜の骨を断ち切らんと地下荒の限りに振り下ろす。斬る、というよりも割る、と表現した正しいような、粗削りな攻撃だ。刃は右肩に食い込み、大きな火の噴水を生み出す。
    「炎邪暴竜! 思うままにさせてなるか!!」
     剣閃は炎を映し、赤い軌跡を残す。五位鷺の鞘から飛び立った翼のごとき刃は、瞬時に竜の前足を斬り断った。六花の手には、鱗、肉、骨、全てを斬った感触があった。
    『ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォッ!!!』
     悲鳴にも似た、大きな鳴き声。イフリートの背から突起が現れ、炎の嵐をまき散らす。狭い洞窟内が刹那、赤のみに塗り潰された。前衛が吹き飛び、その半数が戦闘不能に陥る。
    「……、まだまだぁっ!!」
     陽太の胸の中で、炎より熱い何かが弾けた。肉体の限界を超え、立ち上がる。心が、血が肉が、全身の全てが倒れるなと叫んでいた。その昂ぶりをそのままロッドに乗せて叩き込む。
    「ありがとうございます。必ず、報います」
     自分をかばって意識を失った解を寝かしてやり、武器を構えなおす天嶺。音もなくに迫ると、殺人注射器を鱗の接ぎ間にねじ込んだ。そしてその注射器に渾身の蹴りをぶちかまし、深く深くに突き刺す。
    『ギャアアアアァァァァッ!!』
     痛みに耐えきれず、竜種が叫んだ。こちらも満身創痍だが、向こうも虫の息。最初は大きく見えたその体も、不思議と小さく見えた。
    「押し込むぜ、オォーイエェーーーーーーー!!!」
     雪緒もテンション叫ぶ。ガイコツの眼がキランと光った……ような錯覚。スライムからド派手なロッドが飛び出し、竜種に激突。瞬間、秘められた魔力が体内を駆け巡り、内側から破壊する。
    「防戦一方、なんて事はないからね。僕だって、戦えるんだ」
     最初は小さく、次第に大きく燃え上がる颯太のエアシューズ。七人の闘志が燃え移ったかのように赤く、何よりもきらめいた蹴りがイフリートを捉えた。
     途端、火竜の瞳は力を失い、どうと音を立てて倒れた。それから間もなく、自らを火葬するように全身に火が回る。疲弊した灼滅者は火が消えるまで、黙ったままそれを見ていた。結局、何も燃え残ることはなく、空っぽになった穴倉だけが残った。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年8月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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