私に座って! 私をベンチにしてぇ!!

    作者:雪神あゆた

     波が、ざざん、ざざぁん、と押し寄せる音。
     ここは、石川県の海岸。
     老人が砂浜にたっていた。目は海、日本海の方向に向けられている
    「ふぅぅ、なんじゃか疲れたのう」
     呟いた老人に、中学一年生くらいの少女が駆け寄った。
    「おじいさん、大丈夫ですか?」
    「おや、わしを心配してくれてるのかい? 親切な娘さんじゃ。じゃが、大丈夫じゃよ」
    「でも、大分お疲れのようですよ? ところでご存知ですか? ここ石川県には日本一長いベンチがあるんです」
     少女はそういってにっこりほほ笑む。
     老人は突然、ベンチの話を振られてやや驚いたようだったが「そうなのかね」と相槌を打つ。
    「はい。日本一長いベンチは、きっと、『たくさんの人々に日本海を見ながらゆっくり体と心を休めてほしい』という優しさからできたもの! 私も、そんな優しさを持っていたいんです」
    「それは立派なことじゃ」
    「でも、ベンチのないところでは、座って体を休めることはできません。だから」
     そこで少女は四つん這いになった。満面の笑みで、絶叫する。
    「だから! 私がベンチになります! さあ、私に座って疲れた体を休めてください! 私に座って! 私をベンチにしてぇ!!」
     老人は少女の四つん這いを見ていたが、くるりと背を向け、
    「へ、変態じゃあ」
     老人とは思えぬほどの速度で逃げ出した。
     
     教室で。姫子は灼滅者たちに語り始める。
    「石川県には、世界一長いベンチがあるんですよ?」
     指を一本たて、豆知識を披露してから、姫子はまじめな顔になり、本題に入る。
    「そんな石川県の県民、キクノさんが、闇堕ちしダークネスの一種・ご当地怪人になってしまいました。
     通常ならこの時点で人の心は消え、身も心もご当地怪人になります。
     でも、キクノさんはまだ、人の心を残しており、完全にはダークネスになっていません。
     現場に赴き、キクノさんを倒してください。
     彼女に灼滅者の素質があるのなら、彼女を闇堕ちから救えるでしょう。
     そうでなければ灼滅してしまうでしょうが」
     キクノは石川県民にして中学一年生の少女だ。
    「闇堕ちした現在は、疲れた人の前で、おもむろに四つん這いになり、『私をあなたのベンチにして』とせがむ行為を繰り返しています。
    『日本一長いベンチを持つ石川県だから、ベンチのない場所でも多くの人に休んでほしい』
     そんな想いが闇堕ちしかけたことで歪んだ形で増幅し、結果、『私をベンチにしてぇ』という奇行をとっているようです。どんな想いからであれ、間違いなく迷惑行為ですが」
     そんな彼女に、まず接触しなくてはならない。
     接触するのに最適な場所は、石川県のとある公園。
     疲れている演技をすれば、彼女は大急ぎで「私に座ってください」と駆けつけてくれるので、戦闘を仕掛ければいい。
     幸い、他に人の姿はない。灼滅者はキクノの対処に専念できる。
     戦闘になればキクノは、ご当地ヒーローの技を使いこなす。
     また、「ベンチがとっても長いから、私の手も長くできる!」などと言いながら、腕を瞬間的に長くし振り回すことで、旋風輪やレッドストライクに相当する技も使える。
    「キクノさんは闇堕ちしかけているだけあって、決して弱くはありません。が、彼女の人の心を刺激することで、キクノさんを弱体化させられるはず」
     誤った善意と郷土愛から迷惑行為を働く、キクノ。
     どう語り掛ければ、彼女の心が動くか。知恵と思いを巡らしてもいいだろう。
     
    「キクノさんを助け出せたなら、キクノさんは堕ちていた時の自分の言動を、顔を真っ赤に染めて恥ずかしがると思います。余裕があればフォローしてあげてもいいかもしれません」
     姫子は優しげなまなざしで石川県の方を見た。そして皆に顔を向けなおす。
    「とはいえ、まずは彼女を止めなくては。みなさんの手に、一人の女の子の将来がかかっています。よろしくお願いします!」


    参加者
    加奈氏・せりあ(ヴェイジェルズ・d00105)
    狗神・伏姫(GAU-8【アヴェンジャー】・d03782)
    水城・恭太朗(図々しい雑草・d13442)
    氷見・千里(檻の中の花・d19537)
    流阿武・知信(炎纏いし鉄の盾・d20203)
    ヴィンツェンツ・アルファー(ファントムペイン外付け・d21004)
    真柴・遵(憧哭ディスコ・d24389)
    庭・瞳子(ケロベロスの猟犬・d31577)

    ■リプレイ


     石川県の公園で。
     流阿武・知信(炎纏いし鉄の盾・d20203)はため息をつき、ブレスレッドをはめた腕を上げる。髪を押さえた。
    「熱い……容赦ないね、太陽……」
     空を恨めしそうに見上げる知信。
     日差しは強い。熱気で視界が歪むような錯覚。
     そんな知信たち灼滅者へ、どたたたたた、一人の少女が走ってくる。
     中学の制服を着た少女、キクノは灼滅者たちの前で止まり、
    「お疲れですか? なら――」
     地に手と膝を付けた。
    「どうか、私を、私をベンチにしてえ!」
     四つん這いで叫ぶ。
     加奈氏・せりあ(ヴェイジェルズ・d00105)は眉をよせ、まじめな顔で語り始めた。
    「キクノさん、郷土愛は良いことですが……って、え、ええ?! 座っちゃうの?!」
     せりあはキクノを諭そうとしていたが、目を見開く。仲間たちをまじまじ見てしまう。
     せりあはなぜ驚いたか?
     ヴィンツェンツ・アルファー(ファントムペイン外付け・d21004)、氷見・千里(檻の中の花・d19537)、水城・恭太朗(図々しい雑草・d13442)、狗神・伏姫(GAU-8【アヴェンジャー】・d03782)が次々、キクノに座ったからだ。
     女子中学生の背は、四人掛けには小さすぎる。それでも彼ら四人はぎゅうぎゅうづめで座る。
    「キクノさんの奉仕精神を買って、あえて座らせてもらうよ」
     ヴィンツェンツは穏やかに微笑みながら。
    「女の子の上に座るなんて貴重な体験であるし、記念に」
     千里はあくまで冷静な顔つきで。
     恭太朗に至っては、どっしりと掛け、軽く尻を動かしたのち、
    「……頼りないな。ベンチとしては……40点だ」
     と大真面目に品評する。
    「なんでよんじゅっ……」
     反論しかけたキクノを、伏姫が一喝。
    「ベンチは喋らぬ!」
     庭・瞳子(ケロベロスの猟犬・d31577)と真柴・遵(憧哭ディスコ・d24389)はキクノのそばに立っていた。
    「ベンチになりたがるダークネス……想像できなかったけど、実際に見ると酷いものね。早く解決しないと……」
     瞳子は拳を握り、決意を新たにする。
     遵は、女子中学生に腰かける仲間を見、額に汗。
    (「皆すげーなオイ! お、俺にはまねできねーぜ?! ……でも、俺は俺で、できることをしねーとな」)
     遵は覚悟を決めた顔つきでキクノの前に立つ。そして自分も『四つん這い』になった。


    「俺はキクノちゃんにベンチになるより、こーして同じ目線で同じモン見てほしーんだよ! 顔を合わせて、笑ってほしーんだよ!」
     四つん這いの遵はキクノに、訴える。
    「確かに、ベンチがないと体は休まんねーけど、キクノちゃんはベンチ以上に人を癒す優しさを持ってる!」
     同じ目線からの真摯な言葉に、キクノはたじろいだようだった。
    「でも、ベンチは必要で――」
     反論するキクノから、恭太朗は立つ。
    「必要なベンチに、君はなれていない! 未成熟な体では、本当の座り心地の良さを提供できてないんだ!」
     恭太朗は遵の隣に移動し、己も四つん這いになる。
    「嘘と思うなら、俺に座れ! 大きな体が再現する、クッション性、尻のホールド感、そして安定性を味あわせてやろう!」
     恭太朗の迫力に押され、キクノが「ううっ」と呻く。
     伏姫は彼女に座ったまま、膝の上で弁当箱を広げた。箸をつけつつ独り言のように、
    「ベンチは己で移動すること適わず、雪風や鳥の糞にも耐え忍び、ただ利用者を待つ。何事も全て受け入れ、批判されるとも呻きもせぬ」
     伏姫は断じた。
    「ベンチウォーマーの心の拠り所、ベンチを――なめるな」
     キクノは悔しそうな顔。
    「じゃ、じゃあ、修行して、もっと完璧なベンチにならないと……」
     千里が口を挟む。
    「修行して完璧なベンチになったら、本物のベンチの役目を奪うことにならないか?」
     腕を組み素朴な口調で淡々と続ける。
    「キクノの本当の気持ちがどんなものであるにせよ、その気持ちが伝わらない気がするぞ。やり方を間違えているのではないか?」
     知信とせりあは、千里に同意する。
    「やり方で言うと、キクノさんが一緒にベンチに座ってお話するほうが、喜ばれると思うんだ」
    「ベンチのアピールにしても、あなたがベンチになるより、宣伝する方がもっと効果的です」
     そして二人は改めて状況を確認する。
     四つん這いになった男二人が、四つん這いになった少女と向き合ってる。しかも、少女の背にはまだ三人が座っている。
     知信は頭をかかえる。やけになったような口調で、
    「やっぱり、この状況は特異だよ! 人が四つん這いになって座ってくれって言う状況は! 恐怖や罪悪感を感じる人もいるぐらいに!」
     せりあも頬を赤らめ、遠慮がちにいう。
    「ベンチの役割はベンチが果たすべきです。人がベンチ役になると……ええっと、SMプレイとしか……」
     二人の良識を突きつけられ、「ぎゃふん!」とキクノ。腕に力が入らなくなったか、崩れ落ちる。キクノは弱弱しく呟く。
    「椅子になるのは特異なSM? 私は他のことをしたほうがよくて、今までしてきたことには意味がなかったの?」
     灼滅者たちはキクノが崩れた時点で、座るのをやめていた。
     ヴィンツェンツは身を屈めた。
    「ここのベンチは長いことで有名だけど、大切なのは、ベンチに込められた『優しさ』だと思う。君の申し出にも親切さや優しさがあったし、その優しさに、僕は心を打たれたよ」
     倒れたキクノに手を差し伸べるヴィンツェンツ。
    「けど、ベンチに座ることだけが、心や体を休める方法じゃないだろ? 皆の言うように『キクノさんだからこそできる癒し』があるはず」
     キクノはヴィンツェンツの手と顔を見つめる。
    「私だからこそできる癒し――ベンチと石川のために私ができること……ううっ」
     頭をかきむしり、飛び跳ねるように立ち上がった。
    「……皆さんが正しい気もするけど……あああっ、頭の中がっ……ううっ、皆さんを倒さないといけない気がしますううっ」
     彼女の中でダークネスが、灼滅者を排除しろと命じているのだ。
     瞳子は赤の瞳でキクノを鋭く見、言葉を口にする
    「ロゥ、ルゥ、狩りの時間よ」
     足元に出現する、霊犬ロゥと、ルゥと呼ばれた影業。瞳子はクロスグレイブを持ち上げ、構える。


     灼滅者たちの前で、キクノは両の拳を握りしめファイティングポーズ。右足を上げた。スカートをなびかせ、蹴ってくる。
    「蹴っちゃいます!」
     伏姫はキクノの蹴りを顔面に受けてしまう。膝が揺れた。
     霊犬八房が伏姫に駆け寄る。小さく鳴きながら瞳の力で、彼女の痛みを払った。
     伏姫は一歩後ろに下がる。足を曲げ、素早く伸ばす。跳ぶ。高く宙へ。
    「蘇れ真のご当地愛――サンセットヒルイン増穂キック!」
     キクノの顔に足裏を突き刺した!
     その蹴りを契機に、灼滅者は次々に攻撃を命中させる。
    「よくもぉ、こうなったら必殺技でみんな――」
     キクノは反撃しようと腕に力を込めた。
     が、キクノが技を出すより早く、せりあが軽やかに地を蹴って前進。キクノの懐に飛び込み、
    「やぁ!」
     気合いのこもった声を響かせ、腕を突き出す。装着した杭をキクノの腹に刺す!
     キクノは反撃しようと腕を振り上げた。が、振り下ろさない。びくびくと身を震わせる。せりあの技が彼女を痺れさせているのだ。
     機を逃すまいと、遵が片足を上げた。靴の先から炎が迸った。火の粉が散る。
    「ちょーっと痛いぜっ!」
     遵は足を振る。炎でキクノの体を焼き焦がす!

     キクノの動きは鈍い。灼滅者の言葉がキクノの人の心を刺激したからだ。ゆえに灼滅者は戦闘を有利に運ぶ。
     恭太朗はオーラを滾らせる。腕を前に。拳をキクノへあてる、あてる、さらにあてる。目にもとまらぬ打撃のラッシュ!
     思わず後退するキクノに、恭太朗は熱く告げる。
    「今の君には椅子ではない、他の100点をとれるポジションがあるはずさ。だから――」
     キクノは叫びかえしてきた。
    「黙って! 黙ってください! 黙らないなら、お仕置きしますよ!――ベンチがとっても長いから、長くなる私の腕で!」
     両腕を長く長く伸ばし、体を回転させる。腕が恭太朗や前衛の者の体をしたたかに打つ。
     後衛のヴィンツェンツは剣を立てた。セイクリッドウインドを巻き起こし、打たれた仲間を回復させる。ヴィンツェンツはキクノに告げる。
    「石川のベンチの長さは、現在世界一でも日本一でもないそうだが」
    「う……そ、それはそうなんですが、元は世界一で、今も地元を中心に世界一長いベンチと呼ぶ人がたくさんいて――」
     キクノは慌てて反論を始めるが、彼女の言葉を遮るようにビハインドのエスツェットがすばやく霊撃をしかける。
     キクノは攻撃を受けつつ、まだ何かを言いたそうな顔をしていた。
     知信はそんなキクノに、
    「そもそも、ベンチが長いから腕まで長いって、その理屈はおかしいと思う! 絶対に!」
     叫び、彼女との距離を一気に詰める。ナイフを振る。一閃、二閃、三閃! キクノの脇腹に傷を作る。
     キクノはなおも闘志を消さない。一分後には、
    「うわああっ、これでたおれちゃえ!」
     指から光線を放ってくる。
     瞳子が光線を受けた。痛い。顔を顰めてしまう。それでも息を吸い、力強い声を出す。
    「残念だけど倒れるわけにはいかないの。――ロゥ、ルゥ、いきなさい!」
     ロゥが地を駆け、キクノの足に刀の切っ先を突き立てる。さらに、漆黒の影がキクノの肩を咬む。
    「まだまだいくわっ!」
     瞳子はダブルの動きでさらに攻めた。巨大な十字架を防御の弱まったキクノの脇腹に、叩きつける。
     キクノは吹き飛ぶ。かろうじて着地するものの、大きくバランスを崩している。
     千里はキクノの前に移動。
     刀を鞘に納める。
    「これで、この一撃で終わらせる」
     息を止め、抜刀。キクノの腹を横一文字に裂く!
     キクノはうつ伏せに倒れ、目を閉じた。キクノの体からダークネスの気配が消えていく。彼女を救えたのだ。


     やがて、キクノは目を覚ました。上半身を起こして、目をぱちくり。
     闇堕ちしていた時のことを思い出したようで、
    「助けてくださって、ありがとうございます……でも……うわああっ。私、皆さんに暴力振るって、そのうえ座ってって言って……あああっ」
     うろたえるキクノ。
     ヴィンツェンツは大丈夫、と優しい声色で告げる。
    「恥ずかしいこともしてしまったかもしれないけど、優しい気持ちは本物だから、誇っていいと思うよ」
     遵は親指をぐっと立て、
    「テンション上がりすぎての失敗なんかあるある! 超イケメンな俺だって四つん這いになったしなー。大丈夫、武蔵坂にはぜーんぶ笑い飛ばしてくれる仲間がいるぜっ」
     からからと笑ってやる。
     千里は落ち着いた顔をキクノに向け、
    「大丈夫だ、学園には変な人が多いから、今回の行動はそんなに恥ずかしいことじゃない」
     首を小さく縦に振った。
     瞳子とせりあはキクノに歩み寄っていた。
     瞳子はキクノに手を伸ばす。助け起こしてあげようと。
    「ダークネスと今のあなたは別物だから、気にやまなくてもいい」
     せりあも助け起こすのを手伝いつつ
    「あの時のキクノさんはキクノさんじゃありませんでしたし、気にしないのがいいかと。……あ、それより、石川県自慢のベンチを、みんなで見にいきませんか?」
     なだめ、キクノの意識をベンチに誘導する。
     知信は
    「うん。疲れたし、ベンチでゆっくりとアイスでも食べたいね」
     ベンチ騒動がなかったように爽やかな口調で、せりあに同意。
    「じゃあベンチに行こう、俺たちの学園の話もしたいしね。他の人も言ってたけど、いろんな人間がいて、なりたい自分になれる所だよ。カモンジョイナス!」
     助け起こされたキクノは灼滅者たちの顔をじっと見てから、
    「はい! では、まず、ベンチまでご案内しますね! そこで皆さんや学校のお話もぜひ聞かせてください!」
     立ち上がり、灼滅者たちとともに歩き出す。
     伏姫は離れた場所から、歩く仲間とキクノを見ていた。
    「(もう、道を間違えることもあるまい)」
     伏姫は仲間達に背を向け、歩を進める。
     伏姫や仲間たちの頭上の空は透き通るように青い。太陽が大きく輝いていた。

    作者:雪神あゆた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年8月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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