ハイパーアルバイター田中の受難

    作者:空白革命


     ハイパーアルバイター田中(46歳独身)はハイパーなアルバイターである。
     始めたバイトを一ヶ月足らずでやめる彼の最高辞職記録はなんと五分。
     そんな彼が次なるバイト先としてバリバリ――。
    「はっ、ここはいったい!?」
     と思った矢先、田中は急に目が覚めた。
     辺りを見回してみると、探検隊くらいしか来ないような洞窟である。
    「おかしいな。さっきまでバイトの面接をしていたはずなのに……」
     ぷるぷる首を振って立ち上がる。
     にしても熱い。さっきから寝汗でシャツがびっしょびしょである。
    「熱いなあ。夏だからかなあ」
     田中は知らないが、普通洞窟ってのはもっとひんやりしているもんだ。
     なのになぜこんなにも熱いのかと言うと……。
     

    「洞窟の奥に竜種イフリートがいるせいなんですよ」
     エクスブレインはそのように、今回の事件の話をしていた。
     どうやら、洞窟に迷い込んだ一般人が竜種イフリートに殺されるという事件が発生している……いや、しようとしているらしい。
    「人里離れた洞窟ですし、なぜこんなところに迷い込んでいるのかはわかりません。ですが遭遇してしまうところまでは確定するので、そこへ割り込んで竜種イフリートを灼滅するのが皆さんの任務となります」
     
    「洞窟内に潜んでいる竜種イフリートはトカゲ型。後ろの二本足で立ち、前足と大きな顎を武器にして戦うタイプです。シルエットとモーションだけで見るならトカゲというより肉食恐竜のイメージが近いでしょう」
     勿論竜種イフリートは強力だが、八人で力をあわせれば決して勝てない相手ではない。
    「田中さんを助けて竜種イフリートを倒す。どっちもクリアして初めてミッションコンプリートです! がんばりましょう!」


    参加者
    橘・芽生(焔心龍・d01871)
    月雲・悠一(紅焔・d02499)
    マリーゴールド・スクラロース(中学生ファイアブラッド・d04680)
    漣・静佳(黒水晶・d10904)
    月村・アヅマ(風刃・d13869)
    朱屋・雄斗(黒犬・d17629)
    クロード・リガルディ(柘榴石と約束と・d21812)
    白藤・幽香(リトルサイエンティスト・d29498)

    ■リプレイ


     道中、電車内。
     漣・静佳(黒水晶・d10904)は黙って車窓を眺めていた。
     つい先程までビルの群れていた光景も、今は土と山とまばらな家々のみである。
     静佳の佇まいに大人っぽさを感じて月雲・悠一(紅焔・d02499)もまねをしてみたが、車窓にハイパーアルバイター(46)の顔が浮かんだ気がしてげっそりした。
    「なんだよハイパーアルバイターって、ただの無責任おっさんじゃねえか」
    「46歳で独身、か……」
     黙って本を開いていたクロード・リガルディ(柘榴石と約束と・d21812)がぽつりと呟く。
     自らの額に指を当てる白藤・幽香(リトルサイエンティスト・d29498)。
    「田中さんのインパクトが強くて忘れがちだけど、今回相手にするのは竜種のイフリートなのよね。状況も色々と引っかかるところがあるし……」
    「そうだよっ。とらわれてるのがお姫様じゃなくっても、洞窟のドラゴン退治なんだよ。はりきらなきゃ」
    「ナノッ」
     お膝に菜々花(ナノナノ)置いて身を乗り出すマリーゴールド・スクラロース(中学生ファイアブラッド・d04680)。
     両手を小さく翳して身をひく月村・アヅマ(風刃・d13869)。
    「いや、そういうわけじゃ……。でも竜種をなんとかしないことには始まらないってのは確かだな。どう思います、朱屋さん」
    「……」
     話を振られた朱屋・雄斗(黒犬・d17629)は腕を組んだまま瞑目し、そして何も言わなかった。
     眠っているのか考えているのか、見た目からは判然としない。
     その代わりというわけではなかろうが、橘・芽生(焔心龍・d01871)がごく小さな声で呟いた。
    「竜を倒すのは、人を守る為に」
     新幹線は一路、富山へと向かっている。


     新幹線で揺られてしばし、電車を乗り継ぎバスに乗り継ぎしまいには山道を歩き登って、ようやくその洞窟を発見した。
    「限界だろォ! 現実じゃネェ!」
     裏声で奇声をあげる田中氏が両手両足をばたばたさせながら仰向け姿勢でもがいていた。
     それを至近距離で見下ろすイフリート。
     ひと思いにと足を振り上げ、たたきつぶそうとしたまさにその時。
    「身体を丸めていろ!」
     素早く頭から飛び込んだ雄斗が田中氏を抱えて奪取。
    「そして、眠っていろ!」
     踏みつけられた足からすり抜けるように転がると、身体の回転を乗せて洞窟の外へと放り投げた。
     茂みの向こう側まで飛んでいく田中氏。
     イフリートがぎろりと見下ろしたが恐れることはない。
     雄斗は立ち上がり、イフリートに向けてグッと拳を突き出す構えをとった。
    「後ろばっかり見てるなよ。こっちにもいるぞ!」
     アヅマが豪快に駆け寄り、イフリートにドロップキック。
     エネルギー噴射によって加速した蹴りである。その威力たるや凄まじく、イフリートはそのまま洞窟の奥へと転倒、数メートルほと引きずられた。
    「おいおい、一番乗りは譲ってくれねえのかよ」
     等と言いながら悠一は拳を握り込み、シールドを展開。
     起き上がろうとしたイフリートの顎めがけ、強烈なシールドバッシュを叩き込んだ。
     反動をオーラの噴射で相殺し、更に連続してパンチのラッシュを繰り出していく。
     一方的かと思われたその時、イフリートは尻尾を強引に振り回してきた。
     至近距離にいた悠一やアヅマたちは立ちまち吹き飛ばされる。
     回転を活かして立ち上がったイフリートが、大きく息を吸い込む。
    「構えて」
     静佳は短くそう言うと花模様が刻まれたケーキナイフを抜いた。
     頷き、あえてイフリートへとダッシュするマリーゴールド。
    「菜々花、任せたよ!」
    「ナノッ!」
    「せーのっ!」
     マリーゴールドが虚空から道路標識を取り出したのと、イフリートが口から炎の渦をはき出したのは同時だった。
     マリーゴールドが至近距離で炎を浴びたおかげで渦は二つに分かれ、静佳への直撃を免れた。
     ヒュウ、と息を吸い込むマリーゴールド。リュックサックよろしく背中に背負っていた菜々花がハートを暖かくすることで、顔や腕に浮き上がった焦げ跡が急速に修復されていく。
    「ドラゴンのくせに金銀財宝も隠してないなんて、ブラック洞窟認定モノだよね!」
    「ナノナノッ」
     一方で、静佳の周囲は炎にまみれていた。
     熱が風となり、肌や服をちりちりと炙っていく。
     しかし。
    「炎、とても綺麗、ね」
     静佳がケーキナイフを撫でるように振るや、周囲に濃密な霧が発生。炎がたちまち消えていく。
     炎の消えた後には白煙と霧。そして二つの人影が浮き上がる。
     影は急速に濃くなり、そして霧をやぶって飛び出した。
    「さあ竜種さん、灼滅者がお相手です」
     芽生の姿は赤い鎧と炎の外套で覆われていた。
     腕を覆っているのは腕部装着型かつ複刃式の斧である。
    「灼滅される覚悟は、いいですか!?」
     腕の斧を叩き付け、食い込ませ、更に蹴りを加えて強制離脱。
     一方のクロードは眼鏡を親指と中指で覆うように直すと、地面をジグザグに疾走。
     イフリートの視界から一時的に消失すると、手にした本を素早くめくった。一説を指でなぞったなら、虚空に無数の魔方陣と弾丸が発生。イフリートの背中や脇へ次々と叩き込まれ、うめき声をあげさせた。
    「そろそろね」
     幽香が大型の包帯を宙に放ると、それが意志をもったかのように展開。包帯を巨大なカミソリのように変化させると、幽香は腕の一振りだけでイフリートへと叩き込んだ。
     切りつけた次の瞬間から大量のナイフへと変化し、それを切りつけた次の瞬間には更に大量のメスに変化していた。より鋭く、より大量にである。
     イフリートが切りつけられるたびに傷口から炎があふれ、周囲を照らしていく。
    「それにしても、暑苦しいわね。氷付けのようが良かったかしら」
     幽香はそう言って髪を払うと、全てのメスをイフリートに突き刺した。
     イフリートは暴風にでも煽られたかのように突き飛ばされ、洞窟の壁へと叩き付けられる。
     包帯が幽香の懐へと戻った頃には、イフリートはずるずると崩れ落ち、その場に倒れ伏したのだった。


     頭の後ろで手を組み、歩み寄る悠一。
    「やったか! 案外あっけなかったな!」
    「まあ、そうだな……」
     本を閉じてきびすをかえすクロード。
    「あの……」
     おずおずと手を翳すアヅマをよそに、マリーゴールドは菜々花を頭に載せて洞窟を出て行った。
    「じゃあ次は田中さんへの質問タイムだね!」
    「五分で辞めたバイトの話も聞いてみたいわね」
     白衣を翻す幽香。
     芽生は暫くイフリートを見下ろしていたが、残念そうにうつむいて洞窟を出た。
    「田中さん起こそ? あれ、でも朱屋さんまだ来てないよね。洞窟の中かな」
    「あの……ですね」
     アヅマが申し訳なさそうに言う。
    「『やったか』は、やってないフラグだと思うんですけど」
    「復活の呪文じゃねーんだしやったもんややっただろ」
    「いいえ」
     笑う悠一たちの隣でひとり、静佳は洞窟の奥だけをじっと見ていた。
    「まだ生きてる」
     次の瞬間。
     何が起こったのかを、一言で述べるならば。
     風景が崩壊した。

     洞窟の岩場が、周囲の木々が、地面の土が石が砂が何もかもが皆まとめてひび割れ、崩壊し、やがて白い光に包まれた。
     風景も臭いも感覚も、音までもが消え、上下感覚の分からないまま光の中を浮いていた……ように思えた。
     実際は地面を凄まじく叩いた衝撃で周囲の地形が崩壊し、ひびを伝って吹き出した強烈な炎が一種のホワイトアウト現象を引き起こし、肝心の我が身は天高く放り上げられていた最中であった。
    「――な、菜々花ァ!」
    「ナノ!?」
     はっと我に返ったマリーゴールドは菜々花に合図を送り、菜々花は彼女を緊急修復。片腕の感覚が既に無いが、立って殴る程度はできる。片腕が物理的に無くなっているかどうかに関しては、あえて確認しないことにした。視界がチカチカするのがむしろ助かる。
     眼下には、崩壊しきった風景の中にふたつのものを確認する。
     全身を黒焦げにした雄斗が田中氏を庇って丸くなっている様子と、それを眺めるようにして立つ仮面の少女である。少女は真っ黒なワニ革で顔全体を隠していたが、不思議と視線が分かった。なぜなら顔をこちらに向けてきたからだ。
     直感でわかった。竜種イフリートだ。
    「漣さん、朱屋さんをお願い! あいつを引きつけるから!」
    「……」
     宙に浮き上がっていた岩を蹴って落下加速をかけるマリーゴールド。一方で静佳は再び霧を発生。周囲の空間を覆っていく。
     マリーゴールドは空中で反転してイフリートへキックを繰り出す。しかしイフリートも逆立ち反転キックでそれを相殺。
     空中でバランスをとろうとした彼女の足を掴み、崩壊した岩場へと投げつける。
     一方で静佳は両足から着地し、霧の力場を展開。雄斗の傷が癒えていく。
     雄斗は脂汗を流して、むっくりと起き上がった。
    「彼が狙われたの?」
     白衣を軽くパラシュートのようにして着地する幽香。雄斗は首を振る。
    「いや、話通りだ。流れ弾は行っていない。俺が残ったのは念のためだ。だが竜種イフリートの特性上……」
    「目撃者は全て殺す。たまたま優先順位がこちらにあるだけ、ってことね」
     見れば、岩に叩き付けられた上に拳の連打を食らったマリーゴールドが、岩場に寄りかかるようにして気絶していた。
     彼女をして一分と持たないとは。
    「速くて硬い、ですけど!」
     続いて、落下スピードを乗せた芽生が回転斬撃を叩き込んだ。
     高速スウェーで回避するイフリート。地面にあたった爪が盛大に土砂を掘り返す。
    「当たって削れるなら、私の炎は竜にも負けない!」
     が、諦めずに逆立ち姿勢からのキックを敢行。イフリートはそれを腕でガードした。
     カウンターで放った蹴りが炎を纏い、芽生は地面と水平に吹き飛ばされる。
    「てめっ……ほんとにやってねえのかよ!」
     荒っぽく転がるように着地した悠一が、虚空からハンマーを取り出した。レバーを握り込んで炎を噴射。凄まじい勢いで殴りつける。
     対して、イフリートは突き出すような蹴りを繰り出し、ハンマーのインパクトを相殺した。
     脚をぐっとたわませ、バネ仕掛けのように蹴り飛ばす。
     一瞬よろけそうになった悠一だが、そこはチームプレイである。
     横から割り込んだクロードが呼び出した無数の弾丸で射撃。
     イフリートは連続バク転でそれを回避。回避した先に急接近した幽香が先程のメスを一本だけ出して凄まじく鋭い斬撃を繰り出した。足首を切断。
    「外さないわよ、これは」
     着地を失敗するイフリート――と見せかけて、逆立ち姿勢でバランスを維持。足に纏った炎をふくれあがらせ、周囲にまき散らす。
    「俺の後ろに隠れろ!」
     雄斗が飛び出し、オーラを全力展開。が、まだ癒えきっていない傷が更に焼け焦げ、全身がオーブンに入れられたように変化していく。
    「う、ぐ……!」
     自らもオーラで修復していくが、追いつかない。雄斗はガード姿勢のまま、そして立ったまま気絶した。
     頭をぐしゃぐしゃとやるアヅマ。
    「通りで強そうだと思ったんだ。田中さんのインパクトで忘れてたけどこいつ――竜種イフリートなんだ!」
     アヅマはロッドを召喚。強く握り込むと、イフリートへと殴りかかった。
     強烈な横スイング。空振り。流れるように持ち手で突く。空振り。素早くかがんで足下もとい手元を払う――も空振りした。
     ぴょんと飛びはね、空中で回転し、両足から着地する。その頃には既に足は再生しており、背中からは炎の翼がはえていた。
    「バケモンかよ」
    「バケモンですよ」
     悠一とアヅマが両サイドを挟むように構える。同時に突撃。
     と見せかけてクロードがいつの間にか大きく跳躍し、イフリートの上をとっていた。太陽と被る位置だ。さすがに逆光に隠れはしないが、彼の身体は大きな影となってイフリートを覆った。
     大量に呼び出しに呼び出した弾丸の群れを一斉発射。
     咄嗟に防御するイフリート。
     が、翳したはずの腕がない。よく見れば、視界の端を回転しながら飛んでいた。
     幽香に切断されたのだ。
     まずい、という顔をした。顔が覆われているのにそれが分かるほどの動揺を見せたのだ。
     好機。悠一は全てのエネルギーをハンマーに注ぎ込み、噴射。
     同じくアヅマも全力をロッドに注ぎ込み、スイング。
     二人の打撃がイフリートを挟み込み、爆炎となってはじける。
     血の代わりに火花を吐くイフリート。
     そこへ、静佳がゆるやかに腕を翳した。
     彼女によって回復した芽生が、霧の海からゆっくりと起き上がる。
     突撃体勢。炎を開放型に展開し、ミサイルのように駆けだした。
    「――!」
     最後に何を言ったのか、聞き取ることはできなかった。それほどの音をたてて燃え上がる炎が、螺旋状の渦を巻く。かくして炎はイフリートを文字通り突き破り、消し炭ひとつ残さずに消滅――いや、灼滅したのだった。


     さて。
     イフリートを灼滅し終えた彼らは眠りこけた田中を揺り起こし、皆それぞれに持ち寄った質問をなげかけるつもり……だったのだが。
     示し合わせたのかというくらいに同じ質問だった。
     曰く、『どんな面接をうけたのか』。
    「はあ……掲示板にあった張り紙を見て行きました。流れてくるバナナの皮を半分だけむく仕事だそうです」
    「絶対嘘だろそれ」
    「社名は?」
    「ヨロシク製薬」
    「絶対嘘だよねそれ」
    「面接官の名前は?」
    「ラオモト・コキ」
    「絶対嘘よねそれ」
     一同は一様に頭を抱えた。
     質問を浴びせまくったつもりが、総合して『こいつ馬鹿だな』という情報しか出てこなかったからだ。
     質問というのは得てしてそういうものである。最初から分かっていることを確認する作業でしかない。新しいことは分からないし、仮に新しい情報が出たとして、それが真実である保証がないのだ。
     そんな中、静佳が大事なことを確認した。
    「芦屋の喫茶店ね?」
    「……え? はい、そうです。駅前で待ち合わせて喫茶店に行ってコーヒーを……あっ、そこから記憶無いですね」
     はたと顔をあげる悠一たち。
     依頼の情報にそんな地名はなかったし、喫茶店などという具体的な名前も出ていない。
     静佳はそれこそ確認するように、小さく頷いた。
     それ以上は何も言わない。
     クロードは眼鏡を押し上げて、小さく呟いた。
    「兵庫で何かが、動いているな……」

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年8月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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