Love and Killysackie

    作者:叶エイジャ

     関東、武蔵坂よりはるか遠く、南方にある住宅地。
     流れの淀んだ用水路には、ゴミに紛れて腕が沈んでいた。
     五指が鋭利な剣と化した左腕だ。
     その上には、フェンスに女がもたれかかって、何事か呟いていた。
    「――殺す、奪う、殺す、奪う、殺す、奪う……」
    「灼滅されて尚、残留思念が囚われているのですね」
    「奪う、殺す、殺す、奪う……」
    「大丈夫、私にはあなたが見えます。私は『慈愛のコルネリウス』」
    「殺す、奪う、殺す、大好き――」
    「傷つき嘆く者を見捨てたりはしません」
    「……ふざけるな」
     女が繰り言をやめ、声の主を見た。
    「サキに慈愛? バっカじゃないの?」
     女――屍斬・裂は鼻で笑った。
    「サキは六六六人衆、殺して奪うのが根本原理だよ。どうせなら弱った上位番号でも連れてきてよ。慈愛なんていらないし」
    「いいえ、貴女こそ愛を強く欲しています。愛に飢えていると言ってもいいでしょう。あなたの殺奪衝動は、すべて愛への飢餓感が原因です」
    「はぁ!? アンタにサキの何が分かるのさ!」
    「私が『慈愛』のコルネリウスであるがゆえに」
    「……うっざ」
     苛立った声で吐き捨て――不意に裂は肩を落とした。
    「もういいや、サキ死んでるし……サキね、もっともっと友達が欲しかった。でね、ぎゅっと抱きしめて、一人ずつ大事に殺したかった。サキだけのものにしたかったよ……!」
     切実な叫びは、たとえ彼女が残留思念でなかったとしても、理解する者はいないだろう。
     だがこの場でその声を聞く者も、条理の埒外にいた。
    「私の慈愛で、その飢えを満たしてあげましょう」
    「……なにそれ、アンタが友達になってくれるってワケ?」
    「貴女が私の元までたどり着けるのなら」
    「はぁ。アンタって相当なバカか、お人好しだね……レミちゃんみたい」
     ため息を吐いた裂が一転、覇気のある笑みを浮かべた。
    「いいね、いいよー。友達になろうっ。そのためなら屍山血河だって積み重ねてあげる。すぐ死なない友達なら、言うこと聞いてあげてもいいしー」
     裂の言葉に、『慈愛のコルネリウス』は微かにうなずいた。
    「プレスター・ジョン。この友人候補を、あなたの国にかくまってください」
     裂が嬉しそうに笑う。

     屍斬・裂(かばねぎり・さき)、自称・享年十九歳。
     オレンジに染めた髪、ちょっと自慢の白い肌、瞳は切れ長の茶……だったが、今は肌を金属質の蛇鱗が覆い、両手の五指は剣となり、ゴスロリ服の至る所から刃が伸び生えている。
     対上位序列用の、最終暗殺スタイルだ。
     趣味殺人。特技殺人。通称キリサッキー。元序列四四四の六六六人衆。
     トモダチが、できそうです。
     

    「慈愛のコルネリウスが、キリサッキーの残留思念に力を与えて、どこかに送ろうとしている」
     神崎・ヤマト(高校生エクスブレイン・dn0002)は、厳しい面持ちでそう言った。
     屍斬・裂。約一年ほど前、激戦の末倒したダークネスである。彼女が力を与えられて復活するらしい。
    「お前たちには、ヤツの対処を頼みたい」
     ただ、面倒なことがあった。残留思念が顕在化する場所は、住宅地の用水路だ。周りには人が大勢いる。
    「力を与えられた残留思念は、すぐに事件を起こすという事は無いようだ。だが、お前たちと相見えれば戦闘は避けられず、周囲の被害も確実に出る」
     とはいえ、このまま放置する事も難しい。未来に何が起こるか分からないからだ。
    「もう一つ厄介な点がある。ヤツ自体が、手強い相手だってことだ」
     キリサッキーの戦闘力は、灼滅時と同じ。灼滅者がこの一年で強くなった分を換算しても、勝率は五分を切ってる可能性がある。
    「ただヤツ自身も、今回は虐殺を行おうとしてるわけじゃない。なるべく被害の出ないよう工夫して戦って、その上で灼滅が難しければ戦闘をやめる――そういう選択肢も今回はあり得ると思うぜ」
     用水路から400メートルほど離れた場所に高校がある。放課後のため何人か生徒がいるが、グラウンドは周辺でもっとも暴れて良い場所になるだろう。
     同じく400メートルほどの位置にビルの工事現場。近くに住宅地があり戦闘はリスキーだが、まだ骨組だらけのその場は不意打ちなどを仕掛けやすい。
     キリサッキーは、灼滅者たちを恨んでおり、コルネリウスから分け与えられた力を使って復讐を遂げようとする為、灼滅者たちを優先的に狙う。それを利用すれば、ある程度意図した場所に誘導できるかもしれない。
     周囲の被害を度外視して、灼滅に邁進する選択もまたありだろう。今後の予想される被害者の数より少なければそれもまた良し、という考えだ。
     いずれにせよ、戦闘自体はかなり厳しいものになるだろう。
    「接触時、残留思念が顕在化する前は広範囲ESPに気を付けてくれ。バベルの鎖に影響する恐れがある」
     どういう選択をして戦うかは任せるぜ、とヤマトは言った。
    「慈愛か……何を考えているかわからないダークネスだな」


    参加者
    田所・一平(赤鬼・d00748)
    高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463)
    彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)
    東谷・円(ルーンアルクス・d02468)
    詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)
    安楽・刻(ワースレスファンタジー・d18614)
    興守・理利(伽陀の残照・d23317)
    荒吹・千鳥(風見鳥は月に鳴く・d29636)

    ■リプレイ


    「この友人候補を、あなたの国に――」
     その言葉は、平凡な用水路に殺意の狂風を渦巻かせた。風の中心に出現した女は、消えゆくシャドウへ笑顔を向ける。六六六人衆とは思えぬ微笑みだった。
    「ありがとう。またね、コルちゃん」

    「あいつも毎度、面倒な事してくれちゃってるよね」
     東谷・円(ルーンアルクス・d02468)が投げやりにその光景を評する。詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)が、用水路に佇む女の表情と纏う気配を見据えた。
    「悲しい人ですね」
    「アレに同情も憐憫も不要だ」
     田所・一平(赤鬼・d00748)の声は、臨戦態勢の獣のようだ。沙月も頷く。記憶にあるのは、以前討ち損ねた存在だ。
    「そうですね。これ以上、力あるダークネスを送るわけにはいきません。必ず阻止しましょう」
    「行こうか」
     安楽・刻(ワースレスファンタジー・d18614)が歩き出す。彼を見た裂が表情を変えた。
    「お前……」
    「久し振り。忘れてても構わなかったけど」
     相手の反応に、刻は以前の戦闘を思い出す。確か元医学生と言っていた。それが堕ちて六六六人衆となり、灼滅されて残留思念となった。随分「死」と密接な経歴だ。
    「先日は世話になったね……って、覚えてないか」
     端末を手に、彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)が殺界を形成。姿は戦装である、和服の女装だ。
    「安心しなよ、覚えてるし……というか男ぉ?」
    「……どちらにせよ、キミが憎む灼滅者であることに変わりはない」
    「新しい友人はできないよ」
     さくらえに続く刻の言葉に、裂から新たな風が巻き起こった。灼滅から一年を経てなお、変わらぬプレッシャーが五人を打ち据える。
    「今回もサキの邪魔? 最悪。せっかく……気分良いから、このまま行こうかと思ってたのにさ」
    「てめぇに行く場所はねぇよ、ダサ子」
     一平が中指を突き立てた。
    「さびしい。一人はつらい。だから蘇ったってか? 勝手に言ってろ。もう一度殺しなおしてやるよ」
    「上等じゃん、紫ゴリラが!」
     怒りも露わな裂に、円は宿り木で作られた弓を構える。
    「勝負だ元400番台、テキトーに気合入れてやってやるよ」
     円の宣戦を、裂は殺意に穢れた笑声で応えた。

    「始まりました」
     状況を、興守・理利(伽陀の残照・d23317)はさくらえの端末を通して察知していた。裂との会話が聞こえた直後、戦場予定地である高校でパニックテレパスを発動する。
    「死にたくなければ学校から遠くに離れろ!」
     夏休み中の学校には、部活動で残る生徒や教職員がいた。彼らを理利の言葉と、続く荒吹・千鳥(風見鳥は月に鳴く・d29636)の王者の風で移動させていく。高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463)が誘導した。目指すは一般人の被害0。慌ただしい光景に千鳥がため息を吐く。
    「生きとる人の世界に、死人が居残られても碌な事ならんっちゅうにな」
    「此処で絶対に終わらせます」
     逃した時の被害――理利は以前の記憶を思い返し、厳しい表情。やがて校内から人が絶えた。琥太郎が誘導班の来る方角を見る。
    「コルネリウスの慈愛は誰に向けられてるんスかね。いきすぎればタダの自己満足なんだけど」
     その言葉を裏付けるように、彼の視界で炎が噴き上がった。


    「サキを殺したこと、後悔しな!」
     裂の足元で濁った水面が弾けた。浮き上がったのは左腕だ。剣と化したその切っ先は裂の胸に突き立つ。数秒のうちに裂は己のモノだった腕を取り込み、代わりに全身から禍々しい殺気を発した。
    「じゃあ、殺り合おっか?」
    「――ッ!」
     向けられた殺意に灼滅者が地面を蹴ったと同時、用水路のフェンスが切り裂かれた。飛び上がった裂が両手の爪剣を振るう。斬撃は宙を飛翔し、後方へ駆ける灼滅者たちを掠め、道路や住宅の壁を深く刻んだ。
    「大口叩いて逃げるの?」
     砕け飛ぶアスファルト。切断面を滑り落ちる塀。軋みながら倒れていくのは両断された車だ。続く斬撃がそれらを細切れにする中、灼滅者たちは迷いなく後退していく。沙月が裂に言った。
    「戦うのに相応しい舞台があります。そこで思い切り、殺し合いましょう」
    「へぇ?」
    「邪魔が入っては興醒めですからね」
     沙月は内心不安混じりに裂を見据えた。挑発は得意ではない――ありがたいことに、返ってきたのは凶悪な笑みだった。
    「まぁいいや。付き合ってあげるよ……でもさっ」
     風を切って飛ぶ斬撃が、沙月の肩口を斬り裂いた。
    「……っ」
    「トロいと着く前に死ぬよ?」
    「面倒だな。黙ってついて来いよ」
     円が癒しの矢を沙月へ放ち、牽制の矢をすかさず後方へ撃つ。ダークネスは十指を翻らせ矢を断つと、加速して灼滅者たちの前に降り立った。唸る爪剣と一平の抗雷撃が交差――した時には、一平の身体に五筋の裂傷が刻まれている。もう片方の五指剣は、刻が展開したデモノイドの腕に深く突き立っていた。
    「……!」
     二人から苦鳴が漏れるが、歩みを止めては作戦が瓦解する。さくらえが上空から鬼の腕を振り下ろした。交差する十指の上から裂を殴り飛ばす。その間に灼滅者たちは速度を上げた。
    「あっはは♪ 誰が死ぬかな、誰が死ぬかなっ?」
     しかし哄笑はすぐさま追ってくる。斬撃が灼滅者たちを傷つける。刻が黙考した。裂の一撃は殺傷度が高い。学校まであとわずか。これ以上の負傷は避けたかった。
    「ごめん」
     刻の言葉にビハインド、「黒鉄の処女」が裂へと向かった。斬られながらも、ドレスから生やした棘でダークネスに取り付く。逆向きの霊障波が裂を押し返し、両者は無人のガソリンスタンドに突っ込んだ。喚く裂の斬撃がそこで荒れ狂う。黒鉄の処女が虚空に消える。
     転瞬、起こったのは小爆発だった。噴き上がる炎と黒煙を背景に誘導班は校庭へと到達する。
    「そのまま走り! 後ろから来てるで!」
     千鳥が黄色に発光する玉串を振るい、前衛の耐性力を上げる。理利が校内に侵入する気配を迎え撃った。
    「屍斬ッ!」
    「へぇ、お前も来てたんだ?」
     鬼の巨腕を受け止め、裂が笑みを深める。裂の斬撃が理利を襲うが、寸前で琥太郎の槍が爪剣を弾く。その鋭さに裂が後退し距離を取った。理利が小太刀を引き抜く。銘は陽炎幽契刃――以前裂と切り結んだ得物だ。
    「おれは貴方から、負の感情を嫌というほど貰いました。あのような思いはもう二度と御免だ」
     灼滅の瞬間を見て、それでも消えぬわだかまりがあった。自らの闇すら騒がせる死の塊。そんな心の翳りを、自らの手で払えなかったもどかしさだ。
     今日こそ、機。
    「絶対に、ここで倒す!」
     理利は夜霧を呼び出す。漂う霧は後衛の力を更に引き上げる。さくらえが影業を纏う。
    「どんなにキミが強くとも、僕らだって強くなった」
     さくらえも灼滅の場にいた。確実に差は詰めている。
     希望がある限り、最後まで諦めはしない。
    「キミの最後の舞台へ案内してあげる」
     覚悟の言葉と共に、さくらえは叶鏡の槍を構えた。


    「まぁ、認めるよ。サキを殺した以上、お前らは強い」
     応じる裂の言葉は、しかしどこまでも軽い。
    「だから何? サキは遺伝子に打ち勝った究極の『個』、ダークネス。闇に怯えて振り切れない半端モノに、二度も否定されてたまるかよ!」
     ゴスロリ服から伸びる刃。その一片一片が闇の力を纏って空中に展開した。
     その数、三十を超えるか。
    「もう油断しない。お前らに勝って、生きて、サキはあの子を友達にする!」
     闇を纏う刃が一斉に動いた。掃討戦の時と同じく、それぞれが複雑な軌道をもって灼滅者に牙を剥く。
     沙月が『雪夜』の、冷気纏う刀身を引き抜いた。雲耀の太刀筋で死角から迫る刃を払う。刃の一つ一つを打ち落とすたび、爆弾が炸裂したような音と衝撃波が校庭に轟いた。
    「……!」
     応じるだけで消耗を強いられる。沙月は疲労をにじませつつ裂へと向かった。刻が側面から黙示録砲、後方からは円が妖冷弾を撃ち、裂への十字砲火を行う。裂が短く滞空ブレードに命じた。
    「護れ」
     雪夜の軌跡を、凍結のサイキックを飛来した刃が阻む。刃の盾が破壊され、爆風に沙月が吹き飛ぶ。巻き起こった粉塵を切り裂いて、裂が刻へと迫った。再び伸び生えた刃が、鋭く突出する。
    「もう守ってくれる紛い物はないよ?」
     爪剣とゴスロリ服が旋回し、空を裂く刃が悪魔の哄笑のごとく刻を襲った。刻はモノリスで爪を防ぐと、迫る棘剣の群れに傷つきながらも裂に十字を押し付けた。爪剣が翻るより早く、至近距離から砲撃を撃ち込む。裂が吹き飛んだ。血の筋が後を追う。
    「ッ、切り裂けろ!」
     空中で錐揉みしながらも、ダークネスが刃を連続射出。灼滅者の半数がいる後衛陣へ、迸る刃の連撃はさみだれのごとく降り注いだ。護り手をも巻き込み、校庭は爆撃でもあったかのように何度も爆風に煽られる。土砂が高く跳ね上がってはまき散らされ、空振に校舎の窓が割れていった。
    「鏖殺炸撃刃――でもこの程度じゃ死なないでしょ?」
     戦場に溢れる殺意。それを突き破ったのは琥太郎と千鳥だった。裂が嗤って二人に迫り、同時に二人の背後から刃が飛来する。千鳥は反転すると霊力を放出、つがえた矢に収斂させてゆく。優美な所作で放った四箭が、流星となって追尾する刃を撃ち落とした。続く爆風に琥太郎が加速する。
     繰り出した裂帛の刺突には、シャドウの力が宿っていた。直進から上方へと槍をかわした裂が、琥太郎の頭上から十指を振るう。応じるのは呪装から伸ばした殲術帯だった。射出された帯は、しかしまだ精度が低い。切り払われた断片の中から伸びた爪剣が琥太郎の身体を貫いた。
    「かかったッスね」
    「!」
     血塗れた微笑からのフォースブレイク。渾身の一撃が裂の根幹に激震をもたらした。足取りを乱す裂に、すかさず千鳥が間合いを踏み消す。斬撃をかいくぐり、繰り出した草履が赤く燃え上がった。
    「あんたみたいの野放し出来へんのや!」
     噴熱の右の蹴りが、裂の全身を業火に包ませる。踏み下ろすと同時、連動する左足が裂を蹴りあげた。更に千鳥は手にした玉串『塞之神』に赤い球体を灯し、渾身のレッドストライクを振り抜く。
    「大人しくあの世で遊んどってな!」
    「――お断りだね」
     赫怒の視線が千鳥の瞳を貫き、奥底の闇さえざわめかせた。直後玉串が、赤の光が斬断される。縦横に走る爪と、飛来する刃を千鳥は避けられなかった。
    「……ぁ」
     痛撃が千鳥の命を危険域まで脅かす。鮮血に巫女服が赤染まった。
    「あの世で遊んどけば?」
     迫る裂の嗤いと刃の切っ先。
     救ったのはスナイパーとなった一平の魔杖だった。爆轟に裂が空中に跳ぶ。
    「テメェにダチなんざできねぇよ」
     千鳥をオーラで癒し、降り立った裂に鋼鉄の拳を繰り出す。
    「1秒で忘れてやる。何も持たず、残さず、孤独に死ね」
     嗤った裂が五指剣を繰り出す。爪は一平の身体を貫いた。そこへ前後左右から刃が突き立ち炸裂していく。地面に血が跳ねた。
    「分かった? 両腕があればこんなもんだよ」
     裂が弑逆の笑みを浮かべる。
    「あの時の痛み、味あわせ――」
    「――るっせぇ!」
     獅子吼が爆発した。拳は再び裂に届き、砲弾の如く校舎の壁にめり込ませる。
    「立てよ低序列。完膚なきまでに見捨ててやる」
     負傷は深刻。回復込みで二撃保てば重畳。
     だが、闘志は尽きていない。


     狂気の絶叫が校舎の壁を斬り飛ばす。虚空に刃が浮き、発射される。負傷の大きい者を円に任せ、さくらえの槍と理利の小太刀が前進した。投射刃を弾きつつ吶喊し、先行するさくらえの槍が爪剣と火花を散らす。
     ――望む路を諦めはしない!
     影が湧き立ち、触手と刃になって連撃に加わる。影が裂の片腕に巻き付いた。ダークネスの動きが致命的に鈍る。そこへ理利が斬りこんだ。
    「はああァァァッ!」
     乾坤一擲。加速する三者の剣戟の中で、強い意志が限界を破る。烈風纏う刃が身体を突き抜けていくが、その痛みすら無視して、理利は目の前の敵を見据えて小太刀を振るった。その一刀がついに狂刃の速度を上回り、裂の心窩を貫く。
    「――」
     呻いた裂が二人を爪で切りつけ跳躍。屋上に降り立った。追ってきた八人へ、よろめきつつ嗤いかける。
    「やるね。でも、サキにはまだ殺芸の秘奥があるよ?」
     邪悪な顔が、灼滅者の心に警報を鳴らす。
    「校内も避難済み――サキのことわかってんじゃん」
     上方に跳躍した裂が、膨大な力を纏った。周囲を大量の刃が颶風となって渦巻いていく。呪文めいた不吉な言葉に、大蛇の如き竜巻と化していく。
    「切れろ伐れろ割けろ剖けろ――空間ごと斬り裂けろッ!」
     全てを切り刻む狂おしい音が落ちてくる。刃の嵐は灼滅者たちの全身を梳り、着弾した屋上をも斬断し亀裂を走らせていく。校舎が限界を迎えた。崩れる建材に巻き込まれ落ちる灼滅者に、裂が直上から迫る。
    「待ってたぜ」
     円が槍を弓につがえた。必中の軌道と間合いに入った裂へ、残った力を振り絞り解き放つ。
    「奔れ、Gungnir!」
    「!」
     天に昇る力に、裂が刃の盾を多重展開――槍はそのすべてを貫通した。
     額を射抜かれた裂から力が抜ける。

     崩れた校舎から校庭に投げ出される灼滅者たち。彼らに大量の粉塵が降りかかり、視界が埋もれる。全員が満身創痍だった。既に一平は気を失っている。
    「――死ねるかよ」
     そして裂も、槍を引き抜き現れた。投射された刃に円が傷つき、膝をつく。
    「まだやる?」
    「当、然!」
     千鳥の矢をよけ、裂が五指剣を背後へ。沙月は雪夜を手に止まった。互いの喉元に切っ先を突き付けたまま、裂と睨み合う。
    「ムダだよ。サキの勝ちは揺るがない」
     戦いは既に長期戦。余裕があるのはダークネスだ。
     戦場選びと工夫を重ね、灼滅者たちは被害者0という最も厳しい条件を達している。しかしそこから強敵相手に完全灼滅を目指すのならば、難易度はさらに跳ね上がる。
     最後は綱渡りのような運勝負だったが、数歩届かなかった形だ。
     加えて、闇堕ちが起きるほど絶望的な状況でもなかった。裂の最終目的は灼滅者の殺害ではなく――
    「ようやく行ける」
     光る粒子となって朧になる裂。行先はあの場所だ。ダメ元で突き出した槍が虚空を貫き、琥太郎が歯噛みする。理利が呻いた。
    「くっ」
    「あはは、残念無念っ……覚悟してなよクソガキども」
     裂が一転、殺意の顔を見せる。
    「強くなってやる。お前ら全員、サキに会ったら恐怖で狂わしてやるよ」
    「それはないよ」
     刻が首を振った。
    「僕は壊れた君が嫌いだ」
    「僕たちは心を闇に明け渡さない。この手で必ず決着をつける」
     さくらえが言った。サキが嗤う。その姿が粒子になっていく。
    「じゃあ頑張れば? いつか大事なヒトを殺したくなったら、サキを思い出しなよ。なんなら手伝ってアゲル」
     自らをも喰らい蝕む、貪欲な蛇の心――狂った女は笑い続けた。
    「ねえ、本当に慈愛で満たせると思う? サキの、この底なしの欲望をサ!」
     裂の姿が弾ける。
     闇色の哄笑は残響となって続いた。

    作者:叶エイジャ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年8月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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