臨海学校2015~そこは緑の森

    作者:佐伯都

     関東が連続猛暑日記録を絶賛更新中というなか、佐渡ヶ島も異様な熱波に襲われていた。
     しかもひとくちに熱波と言ってもただの熱波ではない、その気温はおよそ40度超。夏期のニュース恒例『本日の最高気温地点』常連の埼玉県某市とか某市とかが裸足で逃げ出すような数字だ。
     その、突如異常なまでの高温に包まれた佐渡ヶ島の地下深くにのびる、無数の佐渡金銀山の廃坑。
     もう打ち捨てられて久しい廃坑の奥、何者かが坑道を奥へ奥へと掘り進んでいた。いや、正しくは『者』ではない。
     くるくると巻いた蔓、生い茂る大きな葉、球状の頭のような何か、をわさわさ動かしながら怪物は無心に廃坑を掘り進んでいた。
     
    ●臨海学校2015~そこは緑の森
     連日猛暑日更新でいい加減うんざりしてる人もいるかもしれないけど、と成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)はほのかに嫌な予感アリアリなことを言いながら、ルーズリーフを開いた。
    「佐渡ヶ島周辺に異常な熱波が発生している。しかも、佐渡金銀山の廃坑が『アガルタの口』化しそうな雰囲気でね」
     ――『アガルタの口』。軍艦島攻略戦において、突如軍艦島の地下に現れた謎の密林洞窟の名として記憶している者もいるかもしれない。
    「ダークネスの移動拠点化した軍艦島が、佐渡ヶ島に接近している可能性も否定できない。何より北陸周辺で発生していたご当地怪人のアフリカン化事件の原因はこれかもしれないし、放っておけば佐渡ヶ島が第二の軍艦島になってしまうことも考えられる」
     そこで毎年恒例の臨海学校を、佐渡ヶ島で行う……というわけだ。
     まずそれぞれのグループが佐渡ヶ島の廃坑を探索し、アガルタの口を作り出している敵を撃破。その後軍艦島の襲来にそなえるため海岸でキャンプ、という流れになる。
     アガルタの口を作り出している敵を排除しても、24時間の間は熱波が続く。
    「まあ、海水浴で臨海学校を楽しみながら軍艦島の接近に備える……という感じで大丈夫じゃないかな。佐渡ヶ島に灼滅者が集結していることがわかれば、あっちも無闇に手は出してこないだろうし」
     廃坑に潜んでいるのはスイカ型の植物型眷属で、スイカの果実に目と口がつき、ふよふよ浮遊しながら赤い口を開けて噛みついてくる……というイメージを想像すればわかりやすいかもしれない。
    「可愛い……かどうかはまあ、好みと意見の分かれるところだと思う」
     遠い目をしたところを見ると、樹個人としては『可愛い』カテゴリに入る外見ではないようだ。合掌。
     個体としてはあまり強くはないようだが、何せ数が多い。廃坑奥にいるこのスイカ型眷属を全滅できれば、廃坑のアガルタの口化を阻止できるだろう。
    「スイカ型眷属を排除してアガルタの口化を阻止し、気温が普通の夏に戻るまでの約一日の間キャンプをして、臨海学校終了。こういう流れかな」 
     灼滅者ならば熱中症になるような事はないはずだが、何しろ40度超という気温の中での依頼になる。急激な気温上昇だったため海水の水温はさほど上昇しておらず海水浴にはもってこいだが、念のため水分補給は忘れないでおいたほうがよいかもしれない。
    「まあ、スイカ型眷属の掃討のあとは海水浴や花火をしたり、カレー作ったり、気温が下がるまでのあいだ普通に楽しんでくればいいと思うよ」
     ああそういえば、とルーズリーフを閉じたあと、樹は思い出したように付け加えた。
    「眷属化する前なら、廃坑内のスイカは普通に食べられるみたいだね」
     ……スイカ割りとデザート用のスイカは現地調達ってことですか、という声が上がったとか上がらないとか。


    参加者
    小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229)
    月翅・朔耶(天狼の黒魔女・d00470)
    神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)
    三和・悠仁(偽愚・d17133)
    黒鐵・徹(オールライト・d19056)
    オリヴィエ・オーギュスト(従騎士・d20011)
    静堀・澄(魔女の卵・d21277)
    日野原・スミ花(墨染桜・d33245)

    ■リプレイ

    ●そこは緑の森
     ふと黒鐵・徹(オールライト・d19056)は居並ぶ前衛陣を見て……いや前衛「陣」と言ってもいいのだろうか、前衛「犬」? 前衛「サーヴァント」? ……よくわからない。
     もふもふふりふり、ふよふよナノナノ、と実に見ていて可愛らしいことには可愛らしいのだが、なぜかこう、何と言うか、これでいいのだろうか……と一抹のなんとも言えない不安がよぎるのは小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229)の考えすぎか否か。
     よりにもよってわんこにゃんこナノナノにディフェンダー全任せとか。可愛いけど。可愛いけど!
     ふむ、と相棒のリンフォースが尻尾を振って気合十分なのを見届けた神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)が満足そうに微笑む。
    「いっそこの潔すぎる感じ、嫌いじゃないわ」
    「何しろ去年よりは随分と平和的ですからね……」
     そこはかとなく癒し効果抜群なサーヴァント達の様子に、三和・悠仁(偽愚・d17133)はつい昨年の臨海学校を思い出して遠い目になった。去年は色々物騒だった。本当に色々と。
     リンフォースに加え小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229)の蒼、月翅・朔耶(天狼の黒魔女・d00470)のリキ、静堀・澄(魔女の卵・d21277)のフムフムまでもがにゃあにゃあナノナノわふわふ、とウォーミングアップよろしく動き回っていれば、オリヴィエ・オーギュスト(従騎士・d20011)もやる気を出さざるを得ない。
     スイカ眷属さえぱぱっと倒せばあとは楽しい臨海学校。
     スイカ割りと海水浴と花火とカレーとキャンプが待っている! 死ぬほど暑いけど! 灼滅者はこんな暑さじゃ全然死なないけど!
    「あついとしぬ……かえりたい」
    「まあまあ、スイカ割りとかしてから帰りましょう。カレーも皆で楽しく作れば、きっとすごくおいしいですよ」
    「確かに……遊びたいし眷属捨て置くわけにも行かないしがんばる……がんばるよ」
     40度を超す高温にすっかりうつろな目になっている日野原・スミ花(墨染桜・d33245)の肩を叩き、澄は気分を変えるように清々しい笑顔でハサミを手にした。……ハサミ?
    「妖冷弾で周りを冷やせないかしら?」
    「食べられる分だけはあとで収穫に来なくちゃね。地図に書いておこ」
     明日等の呟きに、オリヴィエがとてもいい笑顔でいそいそと地図を取り出す。
     なんたって廃坑内は、まさかのタダでスイカ採り放題状態だ。ただし眷属化前に限る。40度を超える気温の中で食べるひんやりおいしいスイカを満喫しない手はない。今年の関東圏のスイカの出来は『食べない方がいい』、とまで言わしめたくらいだったので楽しみにしない理由がない!
     そのためにもスイカ眷属をさくっとまるっときれいに排除しなければならないのだ。楽しい楽しい臨海学校を邪魔するダークネスは滅ぶべし。

    ●そこは西瓜の山
     わさわさと元気よく縦横無尽に茂っているスイカの葉をかきわけ、朔耶はスイカ眷属の姿を探す。足元はスニーカー、凍らせたスポーツドリンク、猛暑対策に抜かりはない。
    「洞窟冒険かあ……ふふっ」
    「あっ、オリヴィエ隊員、向こうから怪しい音が!」
     冗談めかしてはいるが、オリヴィエに眷属の気配を知らせる徹の目だけは真剣だ。すかさずオリヴィエが遮音し、サーヴァントがずらりとやる気満々で並ぶ。その勇ましさは小さな背中にちょっと後光が見えてきそうで、主としても明日等はちょっと誇らしい。
    「みんな可愛くてなんだか申し訳なく……でも、だからこそ私も頑張るっすよ!」
     可愛いのは置いておくとしてもこの暑さで死んでしまいそうだ、とスミ花は無表情のまま、しかし暑さに覿面にやられたうつろな目でダイダロスベルトを持ち上げる。あつい。しぬ。たおそう。頭の中はひたすらにその9文字しかない。
     スイカはもちろんシダやらソテツやら、いかにもな植物が生い茂る廃坑の中、ふよふよ浮遊するスイカ眷属が灼滅者の気配に気付いたらしい。きしゃーっ、と威嚇するように口を開け、周囲の葉や枝を揺らして振り返る。
     ぱっくりと三日月型にあいた真っ赤な口。歯のつもりなのか何なのか、四角く縁がとられてまるでハロウィンのジャック・オ・ランタンだ。
     ……どうしよう、この眷属、個人的にけっこう可愛い。
     うっ、と悠仁がバスターライフルを構えたまま内心眷属を撃つことをためらう。確かにこれは可愛いかどうか個人で意見が分かれそうだ、でも! だけど! 微妙に愛用してる影業に似てる気がするし! 世の中にはぶさかわという便利な単語もあるし!
    「必要ですから叩き割りますけど、叩き割りますけど……!」
    「あつい、しぬ、たおそう」
     何やらうつろな目でぶつぶつ呟きながらスイカ眷属を倒していく悠仁とスミ花の進んだあとには、非常に気前よくカチ割られたスイカが累々と転がっていく。ちょっと勿体ない。
     もふもふふりふり、ふよふよナノナノ、となんとも可愛らしい四匹を先頭に廃坑を快進撃で進む灼滅者の姿は、そのあとスイカ眷属の間で『かわいいあくまにみちびかれたすれいやー』として語りつがれる……なんてことには、すっかり全滅してしまったので、ならない。諸行無常。

    ●そこは海のそば
    「あんまり小難しく考えなくても大丈夫だったみたいですね……」
    「まあ折角ここまで来たんですし、何より今回は臨海学校っすからね。楽しまないと損っす!」
     さくさくと割り当ての廃坑内にいたスイカ眷属を掃討し、翠里がいい汗をかいた、とばかりにキラキラ額を拭うのを笑って眺めながら、澄はオリヴィエが持参したクーラーボックスにスイカを詰めていく。
     そこには先ほどまで氷と一緒に果汁100%の飲み物が満載されていたのだが、廃坑内の掃討作戦中にほとんどが消費されていた。帰り道は冷たく冷やされたスイカのための容れ物と化している。
     陸からも海からも見晴らしのよさそうな、しかし丁度良く松原の木陰がおちる砂浜を選んで一行はスイカ割りの準備を始める。最優先でやるべき事をぱぱっと手際よく済ませた今、これから佐渡ヶ島周辺の気温が下がるまでの約一日、臨海学校を心置きなく楽しめばよい。
    「それじゃあの岩まで競争ね!」
    「ん。負けない!」
     徹は準備よく服の下に水着を着込んできていたようで、ぱぱっと波打ち際で服を脱ぐと、少し先の波間に洗われる岩場をオリヴィエに指差した。
     しゃらしゃら、足元を洗う白波の心地よさに笑いあいながら二人で遠泳競争を終えるころには、砂浜ではスイカ割りの準備が終わる頃合いだ。
    「ほら、リキ、おいで。本来の意味でのスイカ割りだぞ」
     こっそり植物好きな朔耶にとっては多種多様な植物が生い茂る密林洞窟内もなかなか魅力的なロケーションだったのだが、やはりスイカ割りにふさわしいのは陽光あふれる砂浜に間違いない。おたのしみ前の軽い運動をすませた、とばかりにご機嫌なリキをひと撫でしてやってから、砂浜に悠仁が持参したブルーシートを敷くのを手伝う。
    「それにしても、臨海学校でここまで大がかりなスイカ割りをする羽目になるとは思ってもいなかったわ」
    「武蔵坂の臨海学校がたいてい普通の臨海学校にならないのは恒例っすからね……」
     ふんふんとリンフォースがスイカの匂いを嗅いでいるのを横目に、明日等と翠里がスイカ割りに適当な棒を探してきた。夏の海恒例のスイカ割りではあるが、意外に経験者ばかりというわけではないようで、実際スミ花と澄が未経験者である。
    「え、目隠し……やっぱりいるのかな」
     若干方向感覚に不安のある悠仁が、朔耶に目隠し用の手ぬぐいを渡されて戸惑っていた。
    「スミ花もスイカ割りやりたい。……槍がいいか? こっちじゃ砕け散りそうだからな」
    「マテリアルロッドよりは、槍のほうがいいんじゃないかな……」
     はて、とどこまでも真顔でマテリアルロッドと妖の槍を持ちだしているスミ花に一瞬ぽかんとしつつも、澄は気を取り直して明るく笑う。

    ●そこはカレーの国
     スイカ割りに海水浴、とめいっぱい海を満喫して日が西に傾く頃には、砂浜には夕食を準備する声がにぎやかに響いていた。
    「……何を捌けばいいんだ? 普通に切るだけか」
    「普通でいいっす普通で! スイカでアレンジとかしなくていいっす!」
    「ズッキーニみたいにならないかな……」
     放っておくと鍋の中へスイカを投入しそうな勢いのスミ花を牽制し、翠里は悠仁と手分けして材料を切り分ける。
     星形に飾り切りがされた人参やじゃがいも、たっぷりの玉葱や肉を軽く炒め、じっくりアクを取りつつ煮込んでいく作業も、何故だか楽しい。
    「日本のカレー、大好き……これを入れるだけで簡単に出来るんだよね!」
     じゃーん、と効果音つきで某有名メーカーのカレールーの箱をとりだしたオリヴィエに、徹が目を丸くする。
    「外国のカレーってルー使わないの?」
    「え? あ、えーと、どうなんだろ……?」
     考えてみればどうなんだろう、とすぐ近くで聞いていた朔耶と澄が顔を見合わせて首をかしげていた。
     何しろビーフシチューを所望した(ただし材料を知らされただけで料理人はその料理の存在を知らない)はずが、外国の料理なのになぜか醤油と味醂で味付けするという暴挙を経て肉じゃがが考案されるような国なので、外国のカレーが日本で魔改造を経ていてもおかしくない。きっと。
     カレールーを割り入れ、そこからさらに少し煮込んで完成。翠里が飯ごうで炊いておいたごはんもばっちりだ。
    「リンフォース、はい、あーん」
     スイカ眷属を前に勇敢に前衛を務めたごほうび、とばかりに相棒へできたてのカレーを明日等が差し出している。
    「陽が落ちてもっと暗くなったら、花火で遊びましょう。線香花火持ってきたんです」
     澄の声に朔耶がこっそりリキと顔を見合わせていた。もっと戦闘に手間取るものかと想像していたので、リキと過ごせるたっぷりの遊び時間は嬉しい想定外だ。
     後片付けも全員で手際よく済ませると、ちょうど陽も完全に水平線のむこうへ沈みきり、夜空には満天の星が輝く時間帯になっている。
    「こんな話、知ってます? 線香花火が最後まで落ちなかったら、願いごとが叶う、って」
    「流れ星の話みたいっすね」
     でもそんな澄の語る話のような逸話も浪漫があっていい、と翠里は手元の線香花火をながめながら、傍に寄ってきた蒼のもふもふの身体を脇へ抱き寄せる。
     夜陰に閉ざされた水平線の向こうには、何も見えない。どこか遠くからこちらを伺っているかもしれない軍艦島の影も、何も。
     でもたまには、こんな静かなあたりまえの時間も悪くないな、と悠仁はちりちり細かな火花を散らす花火を眺め、うすく笑った。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年8月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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