夏虫疑冰

■リプレイ

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　蝉時雨が窓硝子を隔てていても耳に痛い。逃げ水のように揺れる道を隔てる様に締めきられた扉は旧き街並みを思わせる重厚感を感じさせた。
　汗を掻いたアイスコーヒーを見下ろして怜悧な瞳を細めた識守・理央（オズ・d04029）は『古都』とは掛け離れた魔術師然とした格好をし、椅子に深く腰掛けている。
　蝉の声は遠い喧騒の様で、理央は待ちうける任務を想い深い溜め息を吐いた。稼働する冷房の機械的な音は風流とは程遠い。頬杖を付く天津・麻羅（神・d00345）は澄んだ霊水が如き瞳を揺らし灼熱地獄の様な気候から切り離された喫茶店の店内を堪能している様にも見える。
「ふむ……」
　電力不足とは良く言ったものだと稼働する冷房を眺める麻羅の傍らで、メニュー表とにらめっこした藤花・アリス（淡花の守護・d33962）が悩ましげにこてんと首を傾げた。
　喫茶店に入った以上は何か頼んだ方がいいのでは、というのが幼いながらも周囲に気配りをするアリスらしい考えだったのだろう。カウンター席では足が床に付かないとぷらん、と垂らされた両膝の上にきちんと兎が着席している。
「とりあえず芋で」
「は？」
　Sweet potatoと描かれた服からも『芋が好きなんだ』ということが良く理解できる。携帯電話から下がる芋のストラップは何処で買ったものかと問いたくなるほどに個性的で。
　喫茶店のマスターが不安げに優木・ギン（純情ポテトオペレッタ・d25227）を見つめながら冷蔵庫に仕舞いこまれたスイートポテトをそっとテーブルへとセッティングしてゆく。
　古都への小旅行を楽しむかのような一行は一般客を装いながらその時を待っている。稼働音に、涼しげな風が流れ出す空調機械――クーラーの恩恵を一身に受ける四方祇・暁（天狼・d31739）は「ありがたや……ありがたや……」と口をぱかんと開けて冷風を吸い込み続けている。
　黒の燕尾服、一見して暑そうな風貌のレオン・ヴァーミリオン（鉛の亡霊・d24267）も暁と同じくクーラーの下に位置し、汗一つ流さずに涼しげな表情をしている。適当にと頼んだアイスコーヒーに混ざり込んだミルクがじんわりと黒い液体に混ざりゆく様子を眺め、ゆっくりと彼は顔を上げた。

　灼滅者たち一行から少しばかり離れた裏口のテーブルへと腰かけた四月一日・いろは（剣豪将軍・d03805）は古都に馴染みそうな鮮やかな着物に身を包み、異人を思わす銀の髪を揺らして居る。流石は『ヤマトナデシコ』、抹茶セットを注文し焦らず臆さず悠々とした態度で『その時』を待ち望んでいる。
「来たね」
　ゆっくりと立ち上がった九津見・早雪（闇夜のサイバーウィザード・d34433）はからん、と音を立てて店内へと入ってきた奇怪な姿のご当地怪人へと視線を向ける。
『打ち水怪人』たる三人衆は涼しげな店内に憤った様に「現代人め！」と地団太を踏んでいる。なんとも面妖な彼らに視線を向けて、珈琲を一口含んだ早雪はゆっくりとクーラーのリモコンに手を掛けた。
「はい、解散」
　ぴぴ、と温度が二度くらい上がった。

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「ちょっちょっちょ、ちょっと待ったりーな！？」
「はい？」
　思わず旧き良き時代に懐古するこの喫茶店の空気を壊す程のハイテンション（語弊）で早雪へとツッコミを入れる事となったご当地怪人たち。
　クーラーが嫌い。世は打ち水だ！
　そう言うならば、クーラーが気にならない程度の温度になればいい。圧倒的なボケを前にご当地怪人達はたじろいでいた。
　無論、喫茶店の客やマスター達もそうだ。
「……ぬっふっふ、驚いたかの？　邪神よ！」
　びし、と指差す麻羅。宿敵(じゃしん)の存在は彼女の心を揺さぶり続けているのだろう。
　勝気な青に浮かべられた『出番じゃな！』の勢いと願望はそれはもう、ご当地怪人達にも伝わっている事だろう。
「えーと」
「変な事件に巻き込まれないように一緒に部屋に出ませんか？　支払いは、あの人達に任せて」
　一般人へと営業スマイルを浮かべたいろはが裏口を指差して一般人達を誘導してゆく。
　あからさまな戦隊ヒーロー物の展開に一般人達もこくりと頷く他なかった。
「早く避難を！　ここは危ない」と冷静に声をかけ続ける理央に首を傾げながらも一般人達はいろはの言う『変な事件に巻き込まれたくない』と察知したのだろう。
　会話を伸ばし、出来得る限り戦闘に巻き込まないようにの配慮を見せる暁と早雪は萌えキャラのように「ぐぬぬ」と奇妙な唸り声を見せるご当地怪人達と対峙したままである。
「打ち水？　打ち水でござるか？」
「打ち水がええんどす」
　力のこもった『水』の言葉に暁が首を傾げる。赤いマフラーをはためかせ、暗殺術を見せる前に――友好的、且つ『打ち水』についての情報をご教授下さいと下手に出ているのは流石の行動だ。
「打ち水って悪戯に湿気を増やすだけのイメージあるでござる」
「うーん……。それに、全住民が、夏を越えるのに一体どれ程の水を消費するやら」
　打ち水が合理的ではないのではと告げる早雪にご当地怪人達がたじろいだ。打ち水が良いという意見は合理的でもなければ、答弁で勝る論法を彼らが持つ訳ではない。つまり、彼らは簡単に言えば「アホ」だ。
「うむ。風流があって良いと思うがの。それは昔の話じゃ！
　人が生きる為に必要なライフラインは最後は水なんじゃぜ！　それを悪戯に振りまくとは人類を死に陥れるかのような行為！　水と言う資源を生み出す大いなる神に対する侮辱に相応しいのじゃ！」
　びし、と指差した麻羅の言葉にご当地怪人達はぐ、と言葉を飲みこんだ。
　その内にも完了してしまった避難に胸を撫で下ろしたアリスはあまり強い言葉は使えない、けれどその狙いをクーラーや店に向けさせるわけにはいかないと兎をぎゅっと抱きしめる。
「……打ち水だけでは、熱中症や脱水症状は、防げないと……思います、です」
「飲めばよかろう！」
　どや、と麻羅が一言。
　飲むのと撒くのは大違い――打ち水怪人達は幼女の一言に大いに心を震わせていた。
　うなだれる水。そしてそれを慰める夏と涼。「ちょっとー水ちゃんを苛めないでよぉ」とでも言いそうな三人衆の勢いに負けずアリスは「でも」と口を開いた。
「打ち水も大事で、大切にしたい気持ちはわかります、けれど。
　なんとなく……わたしは、それだけでは、ダメだと思い、ます」
「そんなこと、そんなこと言うたかて！」
　涙ながらに飛び込むご当地怪人『水』を前線で受けとめたギンは「ちゃきーん！」と構えたスレイヤーカードを輝かせながらにんまりと笑った。
「まあまあ！　落ちつきましょう！」
「落ちつけるわけあらへんやん！」
「焦っても良い事無いですよ！　必殺・ひんやり紫芋ソフトビイイィーム！！！」
　言葉は穏便であれど、行動はかなり凄惨であった。
　びゃ、と鳴いたご当地怪人の眼前へと「あ、忘れ物しました」と一般人に手を振って戻ってきたいろはが襲い来る。
「ま、打ち水の冷却効果ってのは社会実験でも立証されてる」
　その動きを阻害する様に狙いを定めるレオンの細められた瞳は何処か楽しげで。
「よく冷えるってな！」
　放たれた氷に合わせ、怜悧な刃は『涼』の文字を持つご当地怪人の胸元にしっかりと標的を定めたまま振り下ろされる。
「この季節にエアコンを壊されちゃうと修理の順番が来る頃には秋か冬になっちゃうよね」

●
　理央にとって打ち水怪人は特段危険因子ではなかったのだろう。
　クーラーを壊して回る集団。傍迷惑な存在ではあるし、商売をしていれば営業妨害に当たるのだろうが、それでも『殺す』程のものではないとは理解していた。只、彼らが『ダークネス』であるかないかが一番の問題なのだが。
「……やれやれ」
　部品の一つ一つが空回りを続ける槍を手にヒーローたる彼は敵の足を止めんとその身を投じる。
　理央の心情と同じく、殺す必要に疑問を感じるのはレオンとて同じだったのだろう。直向きに好きなモノを好きだと伝える存在、その行為自体に善悪も存在していない――しかし、だダークネスは『死』すべきだ。
「――だが、自分の好きなモノを広めるために、他を排除してしまえという根性が気に食わん」
　赤い骨と組み合わさった薔薇十字。レオンの標的たるご当地怪人は一斉に狙いを定められ、慌てた様に攻撃を放たんとする。
「ダメ、ですよ」
　最愛（りょうしん）のプレゼントを手にしたアリスがふるりと首を振る。
　癒しに徹する彼女にちらりと視線を向けたりぼんはご当地怪人を受けとめて「にゃ」と鳴いた。
「伝えるだけじゃ、駄目、なんです」
　その言葉に、ご当地怪人達の胸が高鳴って――
　眼鏡の位置を正した早雪が唇に笑みを浮かべる。
「本気を出した私の『魔法』をご覧あれ！」
　――蹴りだった。

「シリアス！　いかんのじゃ！」

　胸を張った麻羅がびしっと指差した。「いいね！」と笑うギンが前線でご当地怪人を受け流しながら笑っている。
「じゃ、一人お先にいっちゃいますか？」
「行動と言葉が違うやないですか！」
「いやいや『逝っちゃいますか』？」
　にんまりと笑った彼女の芋への愛情(オブラート)が打ち水怪人達を襲い往く！
　守り手たる彼女達の脅威に後方で支援行動を中心とする男性陣も驚いた事だろう。
　暁は「女性はかくも恐ろしいものでござるか……！」と怯えた様な視線を傍らで兎を抱き締めるアリスへと贈る。
「可愛く育ってほしいでござる……」
「な、なんでしょう……」
　無垢な少女に幸あれ！
　首を傾げるアリス(小３)の視線は前線で懸命に水の大事さを語る神様(小４)へと向けられていたのだった。
「わしの名は天津麻羅、高天原の神（ご当地ヒーロー・自称）なのじゃ！
　この地の民を誑かす邪神めが、このわしが成敗してやるのじゃっ！」
　だん、と地面を踏みしめる。それでも可愛い表情は変わらない。
「必殺！　神ビ～ムッ！」
　神々しい（とかいて可愛いと読む)ものだった。

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　事態は着々と進んでいる。
　具体的に言えば前線で戦ういろはと早雪、そして守り手のギンと麻羅を支えるアリス。
　三体居れど、その動きを阻害する理央に着実に攻撃を与えてゆくレオンと暁という布陣。
　逃がさないと言わんばかりに囲われた打ち水怪人達にとっては自分達よりキャラの濃い彼らに圧倒されきりだ。
「ま、待ちィな……！」
「待つ必要など」
「ありますえ！」
　それでも、もやもやするのだと理央が首を振る。しかし、好きや嫌いの感情で大きな被害を与えるならば容赦しないとレオンは困った様に笑いながら攻撃を放った。
　彼らとてこの世界で生まれてきた誰か。ならば――恨め、と。
　レオンの言葉に唇を噤む理央。そして、首をふるりと振った暁。
「それでも――」
「水でも被って落ちついてくれやす！」
　ばしゃ、と掛けられた水にギンが「きゃー、冷たいですー」と楽しそうに笑っているが、モロに顔面へとアタックされた暁は柔らかな微笑みを浮かべた。
「ははーん。これはこれは」
　少年の表情が『コイツ、殺さなくちゃ』に変わった様な気がした。
「待つのはやめたでござる！」
「きゃ、きゃあ！」
　可愛い叫び声を上げたご当地怪人は命乞いでもしてるつもりなのだろうか。
　首を傾げたアリスの前で、水を浴び、懸命に倒し続ける彼らの笑顔は輝いていた。
「えっと、風邪は、ひいちゃだめですよ」
「タオル準備してた方がいいですね！」
　芋の姫君はへらりと笑ってご当地怪人をフルボッコ(語弊)し続ける。
　一体、また一体と時間が掛かったとしても逃がすわけがないと倒す灼滅者の何処からくるかわからないその底力は夏の魔物(クーラー)に囚われているかのようだった。
　ラスト１体。たじたじの水は萌えキャラの様に「ふええ」と泣いている。
「えあーこんとろーるは廃せぬものじゃとその身を以って理解したじゃろう！」
「せやかてぇ……」
　間延びするその声を聞きながらも見下ろす麻羅は「異論があるのかえ？」とじぃと打ち水怪人を見下ろしている。神様は徹底的に叩き潰す様だった。
　死角から飛び込んだ蹴りは彼女の得意とする攻撃の一つか。
　いろはの着物が大きく揺れる。印象的な金の瞳は、それでもなお獲物を捉えたままだった。
「ひとつ、教えてあげようか？」
　眼前へと刃を向けたいろははびいびいと涙を流し続ける『水』へと告げる。
　金の瞳は憐みを抱き、シリアスの雰囲気を帯びていた。
「君達の敗因は打ち水のせいで足下が滑りやすくなっていた事だよ」

　無事に作戦も終了。うんと一つ伸びをした理央の隣でアイスコーヒーを啜るレオンの表情は涼しげだ。
「クーラーの使いすぎは、健康にも環境にも悪影響。もう少々控え目の温度設定の方が、私は嬉しいかな」
　小さく息を付き、温かな珈琲を口に含んだ早雪がふるりと体を揺らす。
　温かいよりも、暑いがよく似合う太陽に照らされながら暁は目を細めた。
　八月も半ば、翳る場所であれど、生温さは回避できない。吹く風に汗を拭ったレオンが店先にぽつんと置いてあった桶から水を撒く。
「では、お清めといきますか、っと」
　滴る汗を拭い、アスファルトから蒸発する水を眺めながらアリスが何処となくげんなりした様に俯いた。
　燦々と降り注ぐ太陽は、恵みというには余りにも強すぎる。
　濡れた衣服を絞るギンの隣で辟易したように「朝顔の水やりをでもするでござるか……」と呟く暁は日差しの強さにもうぐったりとした様子である。
「うーん、帰りは天然氷のかき氷屋さんにでも寄ろうかな？」
　一つ伸びをしたいろはの視線の先には、道が揺らぎ逃げ水が見えていた。

作者：菖蒲	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2015年8月17日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 5
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